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12月5日:ドマニシ人(11月25日Science掲載レポート)

2016年12月5日
   昨日に続いて今日も論文紹介ではなく、11月25日にScienceに掲載されたミーティングレポートを紹介する。Scienceの編集者Ann Gibbonsさんが書いた記事で、タイトルは「The Wanderers(さすらい人)」で、私の好きな曲の一つシューベルトのピアノ曲と同じロマンチックなタイトルをつけている。
   この記事は、今年の9月グルジア共和国トビリシで開催されたドマニシ人についての研究会についてのレポートだ。
   ドマニシ人と言われても一般には馴染みがないだろう。私も人類進化の本を読み始めて初めて知った名前で、1991年グルジア共和国ドマニシで発見された人類の化石を指している。この研究会も、ドマニシ人発見25周年を記念して開催されている。
   私の頭の中に残るドマニシ人のイメージは、歯痛に苦しむ姿だ。メモを残していないのでどの本で読んだのか忘れてしまったが、その本では頭蓋に残る歯の状態から、初期の人類が齲歯、歯周病に苦しんでいたことを示す例としてあげていた。
   ドマニシ人が注目されるのは、アフリカから移動した最初の人類である点だ。諸説あるが人類がサルから分離するのが7百万年前、2足歩行のオーストラリアピテクスが現れるのが450万年前、そして最初のホモ族が現れるのが300万年前と考えられている。現在化石に残る最も古いホモ族は、ホモ・ハビリスで約260万年前のエチオピアに生息していた。多くの人に馴染みの北京原人やジャワ原人はホモ・エレクトスと総称され、170万年前頃に中国内陸部へ進出した共通先祖由来と考えられる。
   ドマニシ人が注目されるのは、その骨格がホモ・ハビリスとホモ・エレクトスを結びつける中間の形態をとることから、ホモ・エレクトスの共通祖先ではないかと考えられるからだ。記事でも、「ドマニシ人は私にとってはジャワ原人の先祖だ」という、我が国国立自然博物館の海部さんのコメントが引用されている。ただ、100万年を超えるとDNAが残存する確率はほとんどないので、今後もドマニシ人と、他のホモ族との関係は謎のまま残ると思う。
   ただこの記事から見えてくるドマニシ人の姿は以下のようにまとめることができる。
1) 身長は150cm前後で、エレクトスより2-30cm低い。骨格から、おそらく完全な2足歩行より、チンパンジーに近い歩き方をしていた。
2) オルドワン型と呼ばれる最も原始的な石器を使っている。オルドワン型の石器はアフリカからドマニシまでの経路で発見されており、ドマニシ人がホモ・ハビリスから別れ、アフリカから脱出した最初の人類と考えていい。
3) この石器では、肉を骨からそいだりすることは難しく、おそらく自分の歯でナマ肉をかじり、骨を割っていたと考えられる。これがドマニシ人の骨格に痛々しい歯周病の跡が残る原因で、おそらく植物を主食とする生活から、肉食中心に移ったことを示している。
4) おそらく肉食に移行したことが、寒い北への移動のきっかけになったと考える研究者もいる。すなわち、人間に対する恐れのない動物が多い場所では、原始的石器しかない場合でも狩りがしやすかった。それに惹かれて寒い北への移動が行われたというもっともらしい話だ。
5) 下顎は間違いなくエレクトスと言えるが、頭蓋の大きさがあまりに多様で、多くはハビリスに近いため、ドマニシ人をどちらに分類するかは難しい。下顎の発達は、肉食に歯を多用するようになったからとも考えられる。実際、日本人の歴史を見ても10cm身長が伸びることは証明されている。まただからこそ、ハビリスとエレクトスをつなぐ中間としてドマニシ人の価値は大きいと思う。
 私としては、歯痛に苦しむドマニシ人のイメージが間違っていなかったこと、またその原因が、歯を道具と同じように使っていたからと納得した。
   しかし、古代DNAだけでなく、人類起源を探す研究の発展には目をみはる。そして200万年前後に人類学者が最も注目する、他人への思いやりのような、人間的性質が現れた。この思いやりの気持ちが人類進化を牽引し、言葉の獲得まで進んだと考える研究者は多い。だからこそ180万年前のドマニシ人が注目される。
   これに反し、ブレクジット、トランプと、人間の間に線を引く動きが人類に広がり始めている。もし思いやりの心に対する自然選択が人類進化を牽引したのなら、間違いなく人類は滅びへの歩みを始めたことになる。

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