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1月22日:鬱状態とJNK1(Molecular Psychiatry オンライン版掲載論文)

2017年1月22日
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   うつ病にかかったことはなくても誰でも憂鬱な気分に沈むことはあるし、身近な人がうつ病にかかっていたという経験を持っていると思う。私も身近な人が重いうつ病にかかったという経験があるが、症状が重いとまず仕事を続けながら治療などと悠長なことは言っておられない。このうつ病に対しては現在、セロトニン再吸収阻害剤、セロトニン・ノルエピネフリン再吸収阻害剤が使われるが、これらは残念ながら対症療法でしかない。特に、最近の研究でうつ病の患者さんでは海馬の神経細胞増殖分化が抑制されている可能性が示され、根本的治療は細胞の増殖力や分化力を元に戻すことであると考える人が増えてきた。
   このホームページでも、
1) FGF2対して拮抗作用を持つFGF9を脳に投与するとラットの鬱状態を誘導できること(http://aasj.jp/news/watch/4086
2) 神経幹細胞を増殖させる化合物NSI-189の第2相の治験で症状は改善されるが、海馬の大きさは変化なかった(http://aasj.jp/news/watch/4537
などを紹介してきた。
   今日紹介するフィンランド・トゥルク大学からの論文も神経細胞の増殖分化を調節できればうつ病を治せる可能性を示した研究でMolecular Psychiatryオンライン版に掲載されてた。タイトルは、「JNK1 controls adult hippocampal neurogenesis and imposes cell autonomous control of anxiety behaviour from the neurogenic niche(JNK1は海馬の神経細胞生成を調節し、神経細胞生成能をもつニッチに起因する不安行動を細胞自律的に調節する)」だ。
   断っておくが、この研究は全てマウスで行われており、またメカニズムの解析も不完全だと言わざるをえない。とはいえ、現象自体は面白いので紹介することにした。
   研究はJun転写因子をリン酸化して活性化するJNK1遺伝子がノックアウトされたマウスが不安を感じなくなり、これと並行して海馬の顆粒細胞の増殖と分化が上昇しているという発見から始まっている。ノックアウトマウスは最初からJNK1が存在しないため、成体でのJNK1阻害剤の効果を調べると、長期間投与を続けると不安反応が低下し顆粒細胞の樹状突起が増え、細胞数も増えることを明らかにしている。以上の結果から、JNK1はなんらかの理由で海馬の顆粒細胞の増殖と分化を阻害しており、これを抑制することで、海馬での顆粒細胞の数や機能が促進され、不安反応が低下すると結論できる。JNK1阻害剤は必ずしも特異的でないので、これを確認する目的でレトロウィルスベクターを用いてJNK1阻害配列を海馬に注入し、成体での効果もJNK1の特異的阻害によることを示している。
   話はこれだけで、ではうつ病ではJNK1の活性が上がっているのか(これを示す論文は存在する)など、実際のうつ病患者さんの解析が必要になる。うつ病に海馬幹細胞の増殖が関わっているという可能性はヒトで完全に証明されたわけではない。また、鬱状態で脳の酵素活性を調べることも簡単ではない。したがって、この発見をすぐに臨床応用することは難しいだろう。その意味で、Neuralstem cell Incが進める、幹細胞増殖活性化化合物の治験は重要な意味を持つだろう。これが成功裏に終われば、まず重症患者さんに限ってJNK1阻害剤などの治験も行われるようになると思う。その意味では、試験管内で人間の神経幹細胞を用いた研究が重要になる。
   重症のうつ病患者さんの治療の難しさを考えると、発展を期待したい。

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