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脊髄損傷:細胞治療についての最近の総説のサマリー

2013年11月3日

私たちの活動の方向性は、医師・研究者として患者さんの側に立つとことと決めている。この立場で出来る限り多くの難病の方に役に立つ情報を発信したいと考え、様々な病気についての最新の総説を読んで、それをまとめることを活動の一つにしたいと考えている。今回は脊髄損傷を取り上げる。脊髄損傷の場合、原因とか、病態などについてはほぼ完全にわかっている。患者さんの関心は、切断された神経が部分的にでも回復して、より高い機能を取り戻せるかだ。健康人が外からだけ見ていると、運動障害だけに見えるが、実際には自律神経も傷害されており、その結果様々な症状に苦しんでおられる。
  さて今回読んだ総説は、
1) Advances in Stem Cell Therapy for Spinal Cord Injury,
2) Cell Transplantation for Spinal Cord Injury, A systemic Review
3) Evaluation of Clinical Experience using cell-based therapies in patients with spinal cord injury: a systematic review
の3報の総説だ。それぞれ新しい順に並べてあり、最初の2報が2013年、最後の論文は昨年出版されている。1)、2)は、より一般的な総説で、脊髄損傷の成り立ちから、病理、そしてそれに対する可能性も含めた細胞治療法について概説している。一方、3)は完全に細胞治療のこれまでの臨床例を全て検索し、その中から、症例数など一定の基準を満たした論文を拾いだし、紹介している。全体で、基礎から臨床までうまくまとまった構成だ。ここでは論文3)について少し詳しく紹介する事で、臨床研究の現状、問題点などを伝える事が出来ればと考えている。
   まず論文1)であるが、カナダトロントのWestern Research InstituteのMotheさん達の論文だ。カナダでは毎年4000例の新しい脊髄損傷患者さんが発生しているようで、特に最近では高齢者の転倒による脊髄損傷も大きな位置を占めているようだ。まず、病気の状態の評価については様々な基準が出来ており、なかでも最も信頼され、使われているのがASIA(アメリカ脊髄損傷学会)により作られた障害スケールのようだ。逆に、論文でこの基準を使っていない場合はあまり信頼が置けないと言う事になる。この論文では、脊損の病態の基礎についても詳しく紹介されている。損傷直後の壊死、出血、血管収縮に始まって、虚血、細胞死、体液バランスの障害、そして炎症による更なる組織障害が進み、最後に障害部に空洞が形成されるまでの様々な段階がある。詳細については、ここでは割愛し、ニコニコ動画等で詳しく紹介する。この総説では細胞治療の歴史についても紹介されている。私も知らなかったが、細胞治療が脊損治療として試みられたのは既に1970年からで、末しょう神経や、胎児の脊髄細胞などの移植が行われており、これをきっかけに様々な細胞治療が試みられるようになったようだ。

  これまでの研究から、幹細胞移植による症状回復のメカニズムとしては、
1)神経やミエリン鞘を形成するオリゴデンドロサイトの置換、
2)分散した神経アクソンのミエリンによる再被服
3)神経回路の回復、
4)ダメージを受けた神経やグリア細胞の保全、
5)神経増殖因子等のサイトカイン分泌の増加、
6)血管新生促進、
7)損傷部分に出来る空洞の修復、
8)炎症やグリア細胞増殖の抑制、
9)アクソン再生のための環境づくり
などが考えられる。従って、様々な細胞が効果を示す可能性があり、これまで行われた細胞移植は十分な正当性がある。
  とは言え、計画中を含めて、移植の対象になっているのは、ES/iPSなどの多能性幹細胞、神経幹細胞、皮膚由来神経細胞、骨髄から樹立する事が多い間葉系幹細胞などがあり、ES細胞や胎児由来神経幹細胞も含めて臨床研究が進んでいる。これらの細胞の特徴や、予想される効果のメカニズムについてはやはり動画で紹介する。この総説では、主に細胞治療の可能性に焦点が置かれており、臨床研究についてはほとんど記載がない。この点については、3つめの総説を紹介の時に概説したい。
  2つめの総説はドイツ、中国、ブラジルの研究者が共同で著わした総説だ。中国、ブラジルは、意外にも脊損の細胞治療がかなり行われている国であり、その意味でも多くの研究に目を配れると言う点でこの総説は重要だろう。事実、細胞移植による脊損治療の議論を、韓国と中国で行われた問題の多い臨床研究についての記載を論文の始めに持って来ている点などは、3カ国の研究者が協力した結果だろう。
   この総説の特徴は、実験レベルの細胞治療について、ES/iPS、間葉系幹細胞、神経幹細胞、嗅細胞を取り巻く嗅神経鞘細胞、シュワン細胞の5種類を取り上げ、包括的なまとめが表として提供されている。この表については、わかりやすく変更して、動画の際に提供する予定だ。いずれにせよ、脊損については実験レベルでの様々な試みが数多く行われ、一定の効果も見られている事だ。他の希少疾患と比べたとき、研究者の層は厚い。総説の最後の部分では、当然臨床研究について記載している。ES細胞については、ジェロンの研究が中断されたため、最終的な評価は他の研究待ちの状態だ。これまでの間葉系幹細胞移植、シュワン細胞移植に対しては、この筆者はあまり高い評価を与えていないようだ。特に、慢性例で6ヶ月にわたって自己間葉系幹細胞移植を受けた45例が、対照群と比べて改善がほとんどなかった事、及びそのうち半数に神経原性の痛みが副作用としてみられた事を紹介している。その上で、本当の評価のためには、移植した細胞を追跡する検査法の確立が必要である事を強調している。残念ながらこの総説の全体としての結論は、まだ脊損の皆さんを本当に喜ばせる研究は出ていないと言う事になる。
  最後の総説は細胞移植の臨床研究のうち一定の基準を満たした論文を集めて内容をサーチし、2人の専門家が読み、2人の意見を調整後まとめると言う形式の総説だ。サーチした論文は1966年から2012年1月までに出版された論文で、その中から少なくとも10例以上の症例を調べ、エビデンスに基づいた研究を行っている論文を選び出してまとめている。脊損に関する論文は650余りサーチされたが、筆者等の基準を満たすとして残ったのは12編しかなかった。この事は、細胞治療への大きな期待にも関わらず、脊損の細胞治療の臨床研究はまだまだ初期段階にある事を示している。結論から言ってしまうと、さらにこうして残った論文も、臨床研究としての質が低いと断じられている。その上で、更なる前臨床研究と、しっかり計画された臨床研究がもっと大きなスケールで行われないと、患者さんを満足させる治療として完成しない事を結論としている。ただ一つだけ朗報は、細胞治療は副作用がない訳ではないが、安全性は高い点が指摘できる。
   内容についてもう少し詳しく見ていこう。まず、臨床論文を評価するための国際基準があるのに驚いた。オックスフォードにあるエビデンスに基づく医学センターから出ている。研究のデザインと、バイアスがかかっていないかどうかについての評価を総合して4段階にランク付けをするものだ。
  最終的に残った12編の論文については、このスコアも含めて詳しくまとめた表が作成されている。多くの論文で細胞治療の効果がうたわれているが、専門家の目からは解釈にいろいろな問題があるようだ。詳細については割愛するが、動画では紹介するつもりだ。この分野を概説したこの筆者等の結論は、
1)12編とも研究としての質が低い。全論文が、4段階のうち下位のランクの2段階に集まっている(グレード3が3/12. グレード4が9/12)。ただこれは、いずれの研究も完全な無作為化手法を研究計画段階で取っていない事に由来する。無作為化しないとバイアスがかかる事は確かだ。しかしこの点だけで評価すると、ほとんどの新しい外科手術は同じように評価されると思う。
2)対象に最初から多様な患者さんが選ばれていたり、論文の中で移植までのプロセスについての記述が詳しくないなど、臨床研究論文としての基本的基準を満たしていない場合が多い。この点については、国際的なコンソーシアムを設立し、研究デザインなどを一本化するしかないだろう。
3)有効性を報告した論文が多いが、患者さんが期待できる物かどうかは、論文発表後ももう一段チェックを行った方がいい。この問題に対して、患者さん団体自体が、論文を評価する機構を持つことで解決できる。
4)損傷直後の細胞移植による介入は、効果が見られる事が多い。これは今回サーチされた論文で共通する。この点については、最近スウェーデン、カロリンスカ大学から出された面白い基礎的な論文も含めて、別の原稿と、動画で紹介する。
5)神経原性の痛みなど、様々な副作用が報告されているものの、細胞移植による重大な問題はほとんど発生しておらず、安全性は高い。勿論、ES/iPSなどはこれからの評価が必要。
   さて3編の総説を読んだ私の印象をまとめると次の様になる。
1)脊損の細胞治療は、成功すると効果が目に見えるため、再生医学の目指す一つのシンボルとなっている。その意味で、研究者の層は厚く、十分期待できる分野だ。しかも、この厚い層の研究者を留めておくだけの期待できる基礎研究結果がある。そして、どの総説も新しい可能性としてのES/iPSに言及している。従って、いつ実現すと予測は出来ないが、十分期待を持っていい領域だ。
2)とは言え、まだ臨床研究は始まったばかりだ。そして、3つ目の総説にあったように、専門家の目から見ると問題を抱える論文も存在する。一方、論文の多くは移植が有効である事を唄う。とすると、いい結果が報告されているからと、一喜一憂するのではなく、また査読を通った科学論文だからと安心するのではなく、患者さんの側でもう一度論文を見直し評価する仕組みが必要だ。
  この様な問題について、日本脊髄基金の伏見さん、坂井さんとざっくばらんな対談を行い、ニコニコ動画で放送します。文中動画と書いているのは、これを指します。ご期待ください。


  1. 福井和浩 より:

    16年5月、この論文から4年が経ちました。この間の再生医療の進歩はいかがですか。脊髄損傷の慢性期の研究が知りたいです。以下の研究状況が慢性期の脊髄損傷が対象か、その治療に有効で期待が持てるのかについてご存知でしたら教えて下さい。東邦大学の浜之上博士のp38mapキナーゼたんぱく質、国立障害者リハビリセンターの長尾博士のzbtb20、阪大の山下博士のRGM、名大や岐阜大学の歯髄幹細胞、米国ステムセル社のヒト神経幹細胞製剤。

    1. nishikawa より:

      このホームページでも何回か面白い論文を紹介していますが、浜上さんや長尾さん、山下さんの話は把握していません。一度また最近のレビューも調べてみます。

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