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3月23日:染色体の核内立体地図(3月17日Nature掲載論文)

2017年3月23日
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染色体の立体構造に関する研究が加速している。
    今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、ゲノム、エピゲノム、集団レベルの染色体立体構造についての詳しい情報が揃ったES細胞を用いて、単一細胞レベルの染色体構造解析(主にHi-C法を用いた)と、各染色体の核内の位置を知るためのCENP-Aヌクレオソームの位置決めなどを組み合わせて各染色体の位置を決めたという研究で3月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「3D structures of individual mammalian genomes studied by single cell Hi-C(単一細胞レベルのHi-C法で明らかにした単一の哺乳動物ゲノムの立体構造)」だ。
   各染色体の核内の位置決めについての論文がいつか出ることは間違い無いと思っていた。ゲノムの各領域同士の位置関係を調べるHi-Cなどの方法と、折りたたまれる方向を知るためのゲノム配列、及び折りたたみ方を決めるCTCFとコヒーシンの結合状態、さらには核マトリックスとの関係や染色体構造を正確に決める方法は揃っている。
   とはいえ、もう論文が出たのかと正直驚いている。というのも、3D地図を書くために克服すべき最大の問題があった。それは、上に述べたほとんどの方法が、かなりの数の細胞を必要とし、その結果得られるデータは多くの細胞の平均値でしか無いことだ。この問題を完全に解決するためには単一細胞にHi-Cなどの手法を適用する必要がある。
   この論文のハイライトは、まさに単一細胞レベルに適用できる技術を開発したことだ。これによって、Rabl構造と呼ばれる、分裂により染色体構造が完全にほどけた後、もう一度構成されたばかりのG1期の染色体にだけ焦点を当てた研究が可能になっている。
   具体的には、核内で紡錘糸が結合するCENP-Aヌクレオソームなどの位置決めをした後、観察した細胞についてHi-Cを用いて各染色体のどことどこが近接しているかを調べ、先に撮影した画像にこの結果をスーパーインポーズする方法で染色体の立体地図を完成させている。最後の折りたたみは計算機が用いられているが、美しい。
   単一細胞レベルの技術開発はさぞ大変だったと思うが、複雑性をできるだけ排するために、染色体が1本ずつしか無いハプロイドES細胞を用いるなど、ケンブリッジ大学周辺の幹細胞研究、ゲノム研究、染色体研究、そしてシステムバイオロジー研究の全てが集大成されたと言っていい。
   ただただ感心するだけだが、G1期に揃えてあると、調べたほとんどの細胞で同じ地図が描けることは想像以上にこの方法が信頼できることを示している。
   後は、転写活性の強い遺伝子は核膜から離れたところに存在していること、CTCF/コヒーシン結合部位は細胞ごとに異なり、転写により変化していることなど、これまで想像されていたことが確認されている。最後に、多能性に必要なNanog分子やNuRD分子が調節している遺伝子の分布地図を示して、今後細胞の分化や分裂に合わせてこの地図がどう変わるかを調べることが可能になり、全く違う観点から遺伝子発現調節について研究が進んでいくことを予言している。
   この分野が、私の予想を超える速度で進んでいることを実感する。私は現役時代、ケンブリッジの幹細胞研究所のアドバイザーを勤めていたが、あの時の知識は遠い昔の話として古びてしまっている。ともかく進歩に目をみはる。
    一方、我が国では、幹細胞研究、ゲノム研究、システムバイオロジーが個別に助成され、このような共同研究の影も見られない。この差をどう埋めるのか、指導者達は真剣に考える必要があることを示す論文だと思う。

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