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4月26日:政治的傾向と読書傾向(4月3日号Nature Human Behaviour掲載論文)

2017年4月26日
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    先日、世界中でMarch for Scienceと名付けたデモが科学者の呼びかけで行われたが、トランプ政権になってポピュリズム政治が簡単に反科学的になりうることが強く認識されたからだ。このこと自体は、多くの社会学者によって昔から指摘されており、特に現在のように政治的分断が深刻になると、科学に関する分断もますます深刻になる。
   このことは十分わかっているつもりだったが、今日紹介するシカゴ大学からの論文を読んで、階層間の分断だけがトランプ現象として現れているのではなく、あらゆる階層でイデオロギーの深刻な分断が進むとともに、一般の人にとって科学自体が自分の好みで消費する対象でしかないことがよくわかった。タイトルは「Millions of online book co-purchases reveal partisan differences in the consumption of science(何百万冊の本の同時購買から科学の消費における党派的分断がわかる)」で、今年から出版が始まったNature Human Behaviour4月2日号に掲載された。
   もともと科学は中立で、国力を増大させ、国民の生活を向上させることで分断を和らげるものと考えられてきた。おそらく、多くの科学者もそう考えていると思う。しかし、産業革命から現代の情報社会に至るまで、科学自体がデジタルデバイドや失業といった分断の原因になることも確かだ。
   この論文を読んでまず驚くのが、著者らが着想した方法だ。従来このような研究ではもっぱらアンケート調査が用いられてきた。これに対し、この研究ではアマゾンなどのオンラインブックショップを通して買った本の分析を通して、政治傾向と科学への興味を調べる、いわゆるビッグデータ解析が用いられている。一人一人の行動から社会を解析することがますます現実になっていることを実感する。
   多くのオンライン購買では、まとめ買いも行われる。この場合、同時に買った本のタイトルは全て記録されているので、政治の本を買った人が、ほかのどの分野に興味を持っているのかがわかる。この研究では、オンライン消費記録から、政治に関する本を含むまとめ買いを行った行動を抜き出し、まず買った政治の本のタイトルから、消費者が保守orリベラルかを割り出す。その上で、同時に買った本の中に科学に関する本が含まれている場合、タイトルからわかるその本の内容で、政治傾向と科学への関心との関係を調べている。
   予想したとはいえ、結果は驚くべきものだ。まず、保守もリベラルも、異なる意見の政治本は読まない(身に覚えがある)。すなわち分断されている。ただ、どちらの立場でも政治本を読む階層は同じ程度に科学書を買うことから、同じ程度に科学にも関心があるといえる。
   しかし、読んでいる科学書の内容を詳しく見てみると、保守は応用科学を好む傾向があり、リベラルは基礎科学を好む傾向がある。例えば生命科学に対する興味は半々だが、保守の人は医学書は手にとっても、生物学や動物学の本を買うことはない。またリベラルは広い分野にわたる科学書を買っているが、保守層が買う科学書は比較的限られている。
   実際、保守の人が最も多く買うのが、気候についての本だが、気候について出されている多くの本の中の極めて限られた本が買われている。また、リベラルが買う気候に関する本とは完全に分離している。同じことは環境科学の本についても言える。
   要するに、保守とリベラルは政治本だけでなく、科学書でも全く異なる本を読むことで、さらに分断が深まるという結果だ。
   この研究では同時に買われた政治、経済、哲学、芸術などの本についても分析している。予想通り、政治、経済、哲学では両者が買う本はやはり分断しているが、それでも共通に買われる本も一定の割合で存在し、科学書のように完全に分離はしていない。
   以上が結果だが、方法論にまだまだ問題があるとはいえ、私はこの結果を極めて重要だと受け止めている。
   まず政治本をネットで買う階層は、現代社会に取り残された階層ではなく、現代社会を代表する階層と言っていい。この現代を代表する階層の政治信条が異なるのは当然だが、一旦どちらかの傾向が選ばれると、読む本の傾向が決まってしまって、蟻地獄に落ちたように、一つの方向へと縛られることだ。そして、本として提示される科学も、最初から分断された読者を向いていて、分断を助長している。類は類をよぶと納得している場合ではないと感じる
   科学は中立で、思想を超えて大多数の人をつなぐ力があるというのは間違いなく幻想だ。さてどうするのか?重要なのは、異なる考えの人が、違いをもう一度認識するところから議論を始めることだと思う。しかしNature Human Behaviourは面白い雑誌だ。
  1. 橋爪良信 より:

    我が国においても科学技術利用の二面性が語られるなかで、興味深く読みました。為政者が特定の科学技術を支援することについて、我々は正統性の根拠が何処にあるのかを正確に見極める力を持たなければなりません。

  2. 橋爪良信 より:

    私は政治学の勉強を始めて以来、中古品も含めアマゾンから大量の専門書の購入をしていますが、上記のような分析が行われるということは、購入履歴によって個人の政治信条を調査することが可能ということになります。ビッグデータ分析の有用性が示されるとともに、新しい人権問題が発生しました。
    AIによる人事評価、能力査定については、既に欧州で人権規定が設けられつつあります。国を挙げてAIが資本投資のキーワードになっていますが、さまざまな観点での議論と必要な法整備が並行して進んでいくことを望みます。

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