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8月17日:なぜ象は体が大きくてもがんが多発しないのか(8月14日号Cell Reports掲載論文)

2018年8月17日
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象は地上の動物の中では最も大きい動物で、産まれるまでに2年もかかる。アフリカゾウでは大人で6トンと人間の100倍、新生児で100Kgと人間の30倍の大きさがあることを思うと、妊娠期間が長いのも当然だ。とはいえ、この論文を読むまで、体が大きく、多くの細胞を作る必要がある動物でなぜがんが多発しないのかといった疑問を持ったことはなかった。言われてみれば真っ当な疑問で、この問題は昔から指摘され、体のサイズとガンの発生率に関係がないことをPetoのパラドックスと呼ぶらしい。

しかしガンの原因になる変異の多くが増殖時のDNA複製エラーによるならガンの頻度は体の大きさに比例してもいいはずで、比例しないとすると特別なメカニズムが働いていることになる。事実、同じ種の場合体が大きいほどがんになりやすい。体が大きくなることに伴うガンの危険性の問題を象は新しいLIF遺伝子を使って解決していることを示したのが今日紹介するシカゴ大学からの論文で8月14日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「A Zombie LIF Gene in Elephants Is Upregulated by TP53 to Induce Apoptosis in Response to DNA Damage(象ではゾンビのように蘇ったLIF遺伝子がDNA損傷によるp53により活性化され細胞死を誘導する)」だ。

おそらく象のゲノムの特徴を調べるうちに気づいたと思うが、この研究では象だけでLIF遺伝子が繰り返し重複し、アフリカゾウでは10個以上になっていることから、これがガンの発生を抑えるのに一役買っていると最初から考えて研究を行なっている。

次にもし重複したLIFが一役買っているなら全ての細胞で発現しているはずで、アフリカゾウやインドゾウの培養ファイブロブラストや血液を調べて、分泌されない形のLIF-Tの一つLIF6をこの条件を満たす新しいLIFとして特定している。

もともと細胞内で止まるLIF-Tは細胞死誘導を助けることがわかっているので、このシナリオに沿ってLIF6についての実験を行い、
1) DNA損傷により誘導されるp53により転写が高まる
2) ファイブロブラストに遺伝子導入すると、細胞死を誘導できる
3) LIF6による細胞死もカスパーゼ阻害で完全にブロックできる
4) LIF6を象以外の動物細胞に誘導しても細胞死を誘導できる
5) マンモスやパレオォクソドンなど化石DNAや現存の象のDNAを比較し、LIF6はすでにこれらの絶滅象にも存在し、6千万年ほど前に進化した時一旦機能が失われるが、その後2.5千万年前に機能を回復させる突然変異が起こり、大きな象を実現するのに働いた
などを明らかにしている。

ゲノムから細胞実験まで、結構実力のあるチームだと思うし、面白いストーリーだった。もちろんこれ一つで全て説明できるかどうかはわからない。ただ、象は体が大きいだけではなく、長生きだ。損傷した細胞をいち早く除去することが長生きの秘訣であることはわかっているので、LIF-Tを使った長寿法も開発されるようになるかも知れない。

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