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11月21日:体で体験しないと一晩寝たら忘れる(11月9日号Science掲載論文)

2018年11月21日
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覚醒中に一時的に記憶した経験は、寝ている時にもう一度体験し直して確かな記憶に転換されることが知られている。しかし、どの記憶を確かな記憶にするのかなどわかっていないことは多い。今日紹介するフランス・collège de Franceからの論文は、体を動かして体験したことは、安定した記憶になりやすいことについてのメカニズムを調べた面白い研究だった。タイトルは「Nested sequences of hippocampal assemblies during behavior support subsequent sleep replay (行動時の海馬の細胞集団の興奮がその後の睡眠での再経験を支持する)」だ。

例によって、海馬の多くの神経を同時記録して、場所に応じて神経細胞がまとまって興奮するのを統計的に調べる論文で、データを見て完全に理解できているわけではないが、大枠はわかるのでそれに従って紹介する。

これまでの脳内地図に関する研究で、動物が行動する間に連動して刺激される神経細胞の神経接合が高まることで脳内に場所記憶が形成され、それが寝ているうちに早い時間スケールでもう一度早回しで呼びおこされ、記憶が安定化すると考えられている。しかし、場所記憶を誘導した後では、この早回しだけを止めることは難しいため、この可能性を証明するには至っていなかった。この研究では最初から、寝ている間の早回しに体を動かす時の体内からのシグナルが連携することが必要と仮説を立て、実験を組み立てている。すなわち、ラットがじっとしている時に景色だけの変化が目から入ってくる状況と、同じスピードで動きながら変化を感じる状況を作り、それぞれの状況で一晩寝た後の記憶が安定化するかどうかを調べている。具体的には、ラットが汽車の窓から景色の移り変わりを見るという状況で、座って景色を見るのか、あるいはトレッドミルで走りながら景色を見るのかという違いを実験的に作って、両方の状況を作っている。こんな実験を構想したことがこの研究の全てだろう。

まず、初めての景色を経験させると、景色の変化が目からだけ入った場合も、動きながら変化を感じる場合も。場所記憶がほぼ同じように形成されるのがわかる。ところが、この行動と連携して、おそらく身体感覚から無意識に入ってくる早い神経細胞興奮のθ波の強さについては、体を動かした時だけ強いことがわかる。

そして期待通り、寝ている間の早回しによる再体験があるかどうかを調べると、θ波で記録できる場所細胞の順序だった興奮が、体を動かして経験した場合だけに起こり、体を動かさない経験では全く起こらないことがわかった。そして、体を動かして安定化させた記憶は、次に体を動かさずに同じ景色の変化を経験する時に呼び起こされ、記憶が強まることも確認できた。


以上の結果から、体を動かすことで身体内部の感覚が発生し、このθ波を介するシグナルが、視覚等を通して形成される場所記憶と統合されることで、寝ている時に早回し可能な記憶が成立し、θ波により導かれる睡眠中の記憶の呼び起こしが、たしかに記憶の安定化に必要だ、という結論になる。

オキーフさんやモザー夫妻がノーベル賞をもらった時は、極めて特殊な発見かという印象を持ったが、最近では、裾野がますます広がり、私のような素人にも面白い普遍的な発見だったことをつくづく感じている。

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