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6月30日 脳内刺激で臭いを合成する(6月19日号 Science 掲載論文)

2020年6月30日
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私たちの感覚は脳に集められて認識へと統合する。従って、この経路を完全に再現することができれば、実際の感覚なしに認識を再現できるはずだ。しかし、これは写真に撮ったコピーを複製するといった話ではない。視覚では視線を動かすことで像の認識が形成されることから、刺激の順番という時間要素も極めて重要だ。

認識の対象となる脳内の感覚表象を実験することは極めて難しいと思っていたら、ニューヨーク大学のグループが、実際の臭い物質刺激を一切用いないで臭いの表象を研究できることを示した論文を6月19日号のScienceに掲載した。タイトルは「Manipulating synthetic optogenetic odors reveals the coding logic of olfactory perception(光遺伝学により合成した臭いによって嗅覚認識の論理が明らかになる)」だ。

この研究ではニオイ物質は全く使わず、嗅覚神経が投射する領域を光遺伝学で刺激することで臭いを嗅いでいる錯覚を形成している。この時、一個の神経を刺激して学習させるのではなく、いくつかの神経を順番に刺激し、一つのパターンを認識記憶させるという実験を行なっている。光遺伝学的に臭い感覚を合成する時も、マウスは鼻をクンクンさせて空気を吸い込む動作をするが、このタイミングも記録している。また、同じ匂いと認識した時、どちらかのノズルを舐めて、水を飲む様訓練し、臭いを認識したか判断している。

実際の臭い実験では、臭い物質を変化させ、認識できるか判断するが、この実験では刺激するスポットを変化させたり、刺激の順番を変えたり、あるいは時間感覚を変えることで、同じと認識される臭いパターンが脳内に合成できているか調べている。

その結果、臭いの表象が興奮する神経細胞の脳内パターンと、興奮するタイミングとして形成されていることが明らかになった。

実際には、興奮する神経のパターンと興奮の順番を記憶させたあと、嗅球内で興奮させる細胞を少しずらせたり、順番を変えたりして、同じ匂いとして認識できているかどうかを、ノズルを舐める行動結果をもとに判断している。例えば、全く違う神経細胞を刺激しても同じ匂いとは認識されない。しかし、一部の刺激細胞をずらせても同じと認識される。このように、刺激する細胞と刺激のタイミングをずらせる実験を繰り返して、嗅い感覚の表象形成ルールを探っている。

結果だが、

  • 臭いの表象は興奮細胞のパターンと、興奮の順番として認識される。
  • 興奮する細胞が元の細胞からずれるほど、認識されなくなるが、最初に興奮させる細胞をずらせたときに、影響が最も大きい。一方、後になるほど刺激細胞をずらせても認識への影響は少なくなる。
  • どの順番で興奮が起こるかが認識には重要だが、このタイミングは決してクンクン嗅ぐ動作と連動するのではなく、純粋にそれぞれの細胞の興奮の絶対的時間間隔により決められている。

以上の結果から、臭いの感覚は、興奮神経のパターンと興奮のタイミングを鋳型として認識され、この鋳型と実際の刺激を継時的に比べていくことで同じ匂いかどうか判断しているというモデルを提案している。

臭いという感覚の特徴を生かして、感覚により脳内に形成される表象に迫った、素人でも楽しめる研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月29日 メチル化DNAは癌のスクリーニングの切り札になるか?(6月22日 Nature Medicine オンライン版掲載論文)

2020年6月29日
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ガン細胞から末梢血中に流れ出すDNAに存在する突然変異を解析し、ガンの大きさやステージを診断するリキッドバイオプシーと呼ばれる方法は、転移ガンのモニタリングには定着し始めている(我が国で検査として認められているかは把握していない。ただ、この方法を推進しているグループが期待してきた様に、初期ガンのスクリーニングに用いるまではいっていない。

代わりに注目されているのがガン特異的にメチル化されるDNA配列を直接読んで、このパターンからガンを早い時期から診断する方法の開発が進められており、このHPでも2014年に大便中に存在するメチル化された3遺伝子断片を用いることで、直腸鏡検査と比べた時、92.3%の診断率で大腸ガンの診断が可能であることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/1302)。しかし、現在に至るまで実用化には至っていないのも現実だ。

今日紹介するハーバード大学からの論文はもともとリキッドバイオプシーが難しい腎臓ガンを診断するためのメチル化DNA解析法の開発で、コストはともかく実用可能なところまで来たことを報告している。タイトルは「Detection of renal cell carcinoma using plasma and urine cell-free DNA methylomes (血清中および尿中のメチル化DNA解析を用いて腎臓ガンを検出する)」で、Nature Medicineのオンライン版に6月22日掲載された。

この研究では、まず99人の腎臓ガン患者さんの血清中に存在するDNAからメチル化DNAを精製し、得られたメチル化されたDNA領域の配列を、ガン患者さんと正常とで比べ、ガン患者さん特異的に強くメチル化されるDNA領域300箇所を選び出し、このメチル化領域の頻度から、ガンの存在を予測する検査法を開発している。

結果はステージ1も含め、ガン患者さんをほぼ正確に推定することができる様になり、正常とガンでは99%、ガンと尿管ガンでは98%の診断率で診断可能なこと、さらには尿を材料として使っても86%の診断率で、ステージにかかわらずガンの存在を推定できることを明らかにしている。

以上の結果は、少なくとも腎臓ガンについてはこの方法は実用段階に来たと言えるが、課題はどのぐらいの数が検査可能か、そしてコストだろう。

同じ号のNature Medicineに同じ様な方法でメチル化DNA を解析することでグリオブラストーマの検出が可能であることが報告されていた。この場合もガン特異的メチル化領域300種類を用いており、おそらく腎臓ガンとかぶる領域もあるかもしれない。とすると、今後多くのガンでメチル化データを集め、一回の検査でガンの存在とその種類を診断できるところまで持っていくのは可能性が高い。AIなども組み合わせられると思う。血管誘導性の高いガンにはなると思うが、そこまで進めばスクリーニングとしての現実性を帯びてくると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月28日 PD-1チェックポイント治療の効果を高める治療法の開発(6月24日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年6月28日
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チェックポイント治療は、免疫システムがガンを除去させる切り札になることを示してくれたが、ガン抗原特異的免疫反応が誘導できたあとのプロセスを対象にしているため、効果が見られないケースも多く存在している。このため、チェックポイント治療の拡大のためには、ガンに対する免疫刺激をより強く誘導することがカギになる。

ガンに限らずT細胞免疫は、抗原ペプチドと MHCにより刺激される抗原受容体+CD3複合体の刺激と、CD80などの共刺激分子の刺激に対するCD28受容体の刺激により誘導され、PD-1やCTLA4のチェックポイント機能は、この最初の反応が始まってから起こる。従って、ガン抗原による刺激あるいは共刺激を高めれば、理論的にはPD-1チェックポイント治療を高めることができるはずだ。

今日紹介するリジェネロン社からの論文はガン特異的抗体と、CD28刺激抗体をキメラにして、ガン細胞特異的反応が起こるときに免疫反応を高めることで、PD-1チェックポイント治療の効率を上げる可能性について検討した研究で6月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Tumor-targeted CD28 bispecific antibodies enhance the antitumor efficacy of PD-1 immunotherapy (ガン特異的にCD28を刺激するキメラ抗体は、抗PD-1免疫治療の効果を高める)」だ。

リジェネロン社はヒト抗体を作るマウスの作成など、抗体についてのノウハウを最も蓄積している会社と言えるが、ガン特異的にT細胞を刺激する方法について長年研究を重ねている。最初はCD3およびCD28に対する刺激抗体を、ガン抗原を標的にガン細胞上に集め、T細胞を刺激する方法の開発を目指したようだが、現在のところ完全にガン特異的と言える抗原が存在しないため、うまく行っていない。

この研究では、ガン特異的反応についてはガン自体の抗原に任せ、CD28共刺激分子に対する抗体をガン特異的抗原でガン局所に集める方法をPD-1抗体と組み合わせる方法の開発に絞って行なっている。結論から述べると、かなり有望だ。

まず、CD28刺激とPD-1抗体の相互作用について細胞学的検討を行い、PD-1抗体が、ガン抗原でT細胞が刺激されるとき、CD3とシグナル複合体を形成するCD28を、この複合体から追い出す働きがあることを美しい実験で示している。すなわち、PD-1抗体により最初からガン抗原に対するシグナルを高めることができる。

これを確認した後、前立腺ガンで高くなるPSA に対する抗体とCD28に対するキメラ抗体を作成して、PD-1抗体と組み合わせると、それまでPD-1治療に適していなかった前立腺ガンをほぼ完全に絶滅できる。すなわち、前立腺ガンでもガン抗原が存在して、CD3シグナルを誘導しており、共刺激を強めることで十分なガン免疫が誘導できる。

もちろんガン抗原が全くない場合は、この方法はうまくいかないが、逆にガンに抗体を集めるために用いるPSAなどが、正常細胞にもある程度存在しても、反応をガン特異的に制限することが可能になっている。

これを確かめるために、今度はより広い正常細胞が発現していると考えられるEGFをガン局所に共刺激を誘導するために用いる実験を行い、PD-1抗体の効果を高めて、これまで治療できなかったガンも治療できることを示している。

実際には、ヒト化マウスなどを用いて、実際の臨床応用を前提とした前臨床実験を徹底的に行なっている。また、共刺激によるサイトカインストームの副作用についても、サルを用いて検討しており、ほぼ臨床研究へ踏み出すところまで来たことを報告している。

褒め過ぎかもしれないが、さすがリジェネロンと思える研究で、かなり有望な方法になるように思う。ただ、PD1抗体でもいい値段がしているのに、キメラ抗体となるといくらになるのか心配だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日 ソリ犬の進化(6月26日号 Science 掲載論文)

2020年6月27日
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南極に残された樺太犬タローとジローの話は、今も私たち世代の心に残る話だが、ソリ犬は何千年もにわたって極地に生きる人類を支えてきた。おそらくスノーモービルなどの普及で、犬ぞりの使用は減ったと思うが、イヌイットなどの生活には今も欠かせないのではないだろうか。このようにソリ犬ゲノムは極地でのソリの牽引に向く様人間により選択されてきた結果を反映している。

今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は、シベリアのZhokhov島から出土した9500年前の遺跡に残るソリ犬と、シベリアから出土した3万年前のオオカミのDNAを解読して、ソリ犬が家畜化された過程を調べた研究で6月27日のScienceに掲載された。タイトルは「Arctic-adapted dogs emerged at the Pleistocene–Holocene transition (極地に適応した犬は更新世から完新世に移る時期に出現した)」だ。

この研究ではまず、9500年前には家畜化されていたと考えられるシベリアのおそらくソリ犬と3万年前のオオカミのゲノムをグリーンランドに現存する10匹の現代ソリ犬のゲノムと比較して、それぞれの関係を比べている。

結果だが、9500年前のソリ犬ゲノムは、現代のソリ犬ゲノムに極めて近く、ソリ犬は9500年より前に、Zhokohov島のソリ犬の先祖を共通の祖先とする一群の系統であることがわかった。また、ゲノムの共通箇所から、更新世ではソリ犬の先祖と狼との交雑が起こっていることも明らかになった。しかし、現代のオオカミとのゲノムの共通性はほとんどなく、家畜化されてから完全にオオカミとは分離して系統維持されてきたことがわかる。また、系統が分岐してからソリ犬と他の犬との交雑はあまり行われていないこともわかった。

最後に他の犬と比べた時に選択された遺伝子をゲノムの中から拾い上げると、他の犬の系統と比べ、デンプンを分解する遺伝子が狼に近い。一方、脂肪代謝にかかわる遺伝子群は極地型を示しており、脂肪成分の高い、デンプンの少ない食事で進化してきたことがわかる。

他にも、血管の緊張性に関わる遺伝子、痛み受容体などの温度感受性に関わる遺伝子、さらには筋肉収縮に関わるカルシウムチャンネルなど、極地のソリ犬特有のゲノムについても明らかにしている。

以上が結果で、動物のゲノム研究としては驚くほどの話ではないが、更新世から完新世の境目で人間が極地でどの様に暮らしてきたのかを考える上では貴重な資料になっている。例えば、極地では狩猟のために長距離の移動が行われたと推定される証拠が多くあるが、これらは犬ゾリという優れた輸送手段に支えられたと思う。実際、高速で回る車輪を開発するより、ソリの開発はずっと容易だっただろう。この様に、人間の歴史を家畜ゲノムから読み解くのも面白い領域だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月26日 パーキンソン病の新しい遺伝子治療 (6月25日号 Nature 掲載論文)

2020年6月26日
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山中iPSは体細胞を一度多能性幹細胞に分化を戻してから、もう一度目的の細胞へと分化を誘導して、再生医学に利用している。これに対してdirect reprogramming、すなわち組織中の体細胞を操作して、他の細胞に変換するリプログラムの方法が昔から提案され、研究が進んでいると思う。ただ、効率などの点で、臨床応用が可能だと確信できる方法はまだ確立していない様に思う。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は中脳でアストロサイトを神経細胞へとリプログラムしてパーキンソン病を治療する方法開発についての研究で、臨床応用も可能ではと感じた。タイトルは「Reversing a model of Parkinson’s disease with in situ converted nigral neurons (パーキンソン病のモデルマウスを黒質局所でニューロンへ転換することで治療する)」で、6月25日号Natureに掲載された。

この研究グループは、PTBと呼ばれるRNA結合タンパク質が神経分化の転写ネットワークの鍵になっていることに注目し、アストロサイトのPTB転写を抑えることで神経細胞への分化を誘導できるという発見をから始めている。

一個のしかもRNA結合分子だけであらゆる過程のスウィッチを入れるというのは乱暴な考えに見えるが、1ヶ月という時間はかかるものの、半分以上のアストロサイトを機能的な神経細胞へとリプログラムできる。そして何よりも、中脳のアストロサイトを用いれば、ドーパミン産生細胞も分化してくる。

そこで、直接PTBのshRNAを脳内に注射して10週間待つと、8割近くの局所のアストロサイトが神経へと分化し、さらに機能的神経へと分化することがわかった。

中脳にこのshRNAを注射すると、12週間後には3割近い細胞がドーパミン神経へと分化することを確認している。すなわち、時間はかかるが、PTBをAAV+shRNAで抑制すると、脳局所でのアストロサイトを神経へと転換でき、その場所に応じた成熟神経、例えば中脳ではドーパミン鎮痙が出来てくる。

このドーパミン神経の機能を確認した後、黒質細胞を除去するというモデル実験系で、PTBを抑制するベクターを中脳に注射すると、

  • 12週間でドーパミン産生細胞が3割程度まで回復し、
  • これらの細胞は様々な神経結合を形成し、刺激依存的にドーパミンを分泌し、
  • 様々な運動テストで、パーキンソン病症状をほとんど正常化できる。

ことを示している。

一つの遺伝子を抑えて、あとは果報を寝て待つという少し乱暴な方法だが、しかし単純であることが逆にこの方法の魅力だろう。何に分化するかわからないなどと目くじらを立てず、脳の可塑性に任せることも面白い気がする。重要なのはこの方法がパーキンソンに限らない点で、場所に合わせた神経ができるなら、用途も広がることが期待できる。

高橋さんたちの細胞治療は完全を最初から求めているが、この完全性を捨て、結果オーライを求める割り切りが、吉と出るか凶と出るか期待してみていきたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月25日 VirScan:総合的ウイルス感染歴検査(7月23日号 Cell 掲載予定論文)

2020年6月25日
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ウイルス感染を考える時、特定のウイルスについての感染とそれに対する反応に限定して考えてしまうが、人の一生を考えると、問題になっているウイルス感染より前に、様々なウイルスに感染し、その中には慢性的に私たちの体内に住み着くものまで存在している。そして免疫機能が正常であれば、それぞれのウイルスに対する抗体、T細胞免疫反応が起こり、その一部は記憶細胞として維持される。さらに重要なのは、新型コロナに対する反応でもわかった様に、それ以前の様々な感染経験が免疫記憶として維持され、新型コロナ感染にも動員される。

言ってみると、ウイルス感染は全て環境要因だが、この感染歴史が一種のアイデンティティーを形成しており、特定の感染症を考える時、各人の感染歴アイデンティティーを知ることは、新しい疫学の可能性を開くのではと考えられる。

今日紹介する米国国立ガン研究所からの論文はVirScanと呼ばれる原理的には無限のウイルス抗原に対する抗体を同時に計測する新しい方法を用いて肝臓ガンの患者さんに特徴的なウイルス感染歴を調べた研究で7月23日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「A Viral Exposure Signature Defines Early Onset of Hepatocellular Carcinoma (ウイルスへの暴露歴は肝臓ガンの早期発生を定義している)」だ。

この研究の核は何と言ってもVirScanと呼ばれるウイルスに対する抗体を測定する方法だ。この方法は、現在知られている206種類(新型コロナは入っていないとおもう)のウイルス、1000種類にも及ぶ亜種を網羅するウイルス抗原遺伝子を挿入したファージウイルスベクターを用い、ファージの外殻に発現したウイルスエピトープに反応する抗体で免疫沈降し、沈降したウイルスを増やした後、それぞれのエピトープに対するバーコード配列をDNAシークエンサーで解析、配列の出現頻度から、各エピトープに対する抗体の有無だけでなく、量までも測定する方法だ。

もちろん多くの急性感染症ではウイルスに対する抗体は低下してしまうが、体内で抗体を刺激し続けるウイルスも存在する。この方法では、ある時点でのそれまでの抗ウイルス反応の総体が測定できる。

この方法で肝ガン、慢性肝炎、そして正常人を比べると、抗体が反応するウイルスエピトープから推定される感染歴はそれほど大きな差はない。ただ、それぞれのエピトープに対する反応を全て機械学習させ、ウイルス感染歴を数値化すると、同じC型肝炎ウイルスにより発生する肝ガンと慢性肝炎を高い確率で区別できることがわかった。一般的に、肝ガンを発生する患者さんは、インフルエンザやサイトメガロウイルスなど他のウイルスに対する高い抗体を持っている。

さらに重要なのは、肝ガンの死亡率がVirScanをもとに算出したスコアと相関する点で、様々なウイルスに感染歴がある場合、より悪性の肝ガンになりやすいこと、また悪性化率予測も現在最も使われているアルファフェトプロテインよりはるかに高いことを示している。

最後に、この指標と相関する遺伝的背景についても検討し、この指標がホストの何らかのウイルスへのかかりやすさと相関することも示している。

特定のウイルス感染を、不特定のウイルスに対する感染歴から解析するユニークな研究で、まだまだ検討を要する点も多いと思うが、面白い方向だと思う。おそらく、今回の新型コロナウイルス感染で得られた血清でこの研究を行えば、普通の方法では得られない新しい発見があるのではと期待できる。現在、膨大な数の感染患者さんの血清が、臨床経過とともに世界中に集まっている。おそらくすでに解析が始まっていると思うが、何が出てくるか期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日 筋肉を鍛えればウイルスに強くなる?(6月12日号 Science Advances 掲載論文)

2020年6月24日
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ウイルス感染に対して私たちは抗体産生と、T細胞を介するキラーや炎症を介して反応するが、ウイルス感染が長引くとT細胞が消耗して反応が低下する。これは、いつまでも炎症やキラー活性が続かない様にする重要な反応だが、感染やガンと戦うためには邪魔な反応になる。このT細胞の消耗は抗原刺激によりT細胞が発現するチェックポイント分子の作用により媒介されており、このシグナルを止めて免疫を長続きさせるのがチェックポイント治療だ。

チェックポイント治療は現在ガンの治療に用いられているが、場合によっては長引くウイルス感染症などにも利用可能で、データはほとんど出てきていないが、新型コロナ感染症に本庶先生のオプジーボを用いる計画は治験登録サイトに早い時期から登録が見られた。

要するにウイルス感染でT細胞の消耗を抑えれば感染を抑えられる確率は上がる。今日紹介するドイツ ガンセンターからの論文は、この問題に筋肉量を高めるという意外な解決策を示唆する論文で6月12日号のScience Advancesに掲載された。タイトルは「Skeletal muscle antagonizes antiviral CD8+  T cell exhaustion (骨格筋は抗ウイルスCD8T細胞の消耗を防ぐ)」だ。

これまでもなんども紹介してきた様に、ウイルス退治の切り札が、感染細胞を殺してくれるキラーT細胞だが、このグループはT細胞の消耗を防ぐIL-15シグナル経路を刺激するIL-15/IL-15Rα複合体の発現がウイルス感染時の筋肉で上昇していることを発見し、筋肉ではT細胞の消耗が防がれる可能性に気が付いた。

この意味を探るために、筋肉細胞のIL-15遺伝子をノックアウトしたマウスにLCMVウイルスを感染させると、全身のPD-1陽性T細胞が増加し、T細胞が消耗する。実際、リンパ組織のCD8細胞と比べると、筋肉組織中のCD8T細胞は高い増殖能を維持している。LCMVウイルスは全身感染させているが、おそらく筋肉ではウイルス抗原や炎症がほとんどなく、T細胞の消耗が防がれる上に、IL-15/IL15RαがT細胞をさらに守っているからだろうと考えられる。すなわち、筋肉がCD8T細胞の心地よい隠れ家になっている。

この時IL-5遺伝子をノックアウトされた筋肉では、T細胞の浸潤が起こらないことから、IL-15シグナルの最も重要な役割は、ウイルス感染により刺激消耗しかけたT細胞を筋肉という隠れ家に呼び込むことといえる。

そして最後にTGFβ受容体を阻害して筋肉量を高めると、CD8Tの消耗をより防ぐことができることを示している。

以上が結果で、実際にはウイルス感染処理についてのデータが全くないので、この効果を少し割り引く必要があるが、そのまま受け取るとウイルス感染に対するキラー免疫は、筋肉を鍛えた人の方が高いことになる。

本当かどうか、疫学調査などで調べる必要はあるが、高齢者で重症化する理由の一つが筋肉の衰えかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月23日 腸内細菌叢をそのまま培養できるか?(6月25日号 Cell 掲載論文)

2020年6月23日
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ゲノムから種を特定することが可能になり、腸内細菌叢の量や多様性をゲノム解析から測定することが可能になり、免疫や栄養状態と腸内細菌叢の状態との相関についての理解が急速に進んだ。ただこの方法で得られる相関を、生物学的因果性へと転換することは難しい。AIもあるのでそれでいいという考えもあるが、生物学者としては、最後は細菌叢を培養して、因果性を目指す研究を行いたいと思う研究者が出てくるのは当然のことだ。

今日紹介するプリンストン大学からの論文はできるだけそのままの形で腸内細菌叢を培養して、様々な機能解析と、その因果性解析に用いることができるか調べた論文で6月25日号のCellに掲載された。タイトルは「Personalized Mapping of Drug Metabolism by the Human Gut Microbiome (人腸内細菌叢による薬物代謝の個人別のマッピング)」だ。

目的は極めて単純で、「腸内細菌叢をそのまま培養できるか?」だ。ただ、何千種もの細菌が存在し、実際にはバイオフィルムも含めて構造化されている細菌叢を培養することは本当は難しい。従って、この研究ではゲノム解析での多様性を維持できるかどうかに絞って、培養法を開発するところから始めている。

もともと細菌培養とは多数の菌の中から特定の菌を分離培養することを指すが、この研究ではその逆をいっている。一人のボランティアの便を14種類の培地で4日間培養し、質量ともに元の大便に最も近い培地を探している。この結果、我が国で開発された岐阜嫌気性培地が再現率7割と優れていることがわかった。

次はこの方法を用いると、試験管内で因果性についての研究が可能かをテストしている。そのために、細菌叢により経口薬が分解されるという現在問題になっている点について、575種類の薬剤をそれぞれ細菌叢培養に加え、加えた薬剤とそれ由来の代謝物を検出している。結果の詳細は省くが、これまで予想されていた薬剤の変化だけでなく、培養を用いるとこれまで知られなかった分解や代謝が起こることがわかった。すなわち、この様な培養を用いて、投与する薬剤が細菌叢により分解されないかあらかじめ調べることができる。

次に、20人の異なる個体にこの解析を広げられるか調べている。ただ、岐阜培地でうまく行ったからと言って、他の人にも同じ培地が通用するかどうかわからない。そこで、10種類の異なる培地を用いて、比較的平均値に近い培地を探索し、最終的にBryant and Burkey培地70、岐阜培地30を混ぜた培地が最も適していると結論している。実際には、あらゆる可能性が試されない以上、この程度で妥協する必要があるのだろう。

その上で、様々な薬剤の分解について20人の細菌叢を調べている。例えばヒストンアセチル化阻害剤ボリノスタットの分解能は個人ごとに多様だが、強心剤ジゴキシンはほとんどの人が分解できるのに2例の例外があると入った具合で、予想通り、薬剤への細菌叢の影響が大きいことがわかる。

次に、薬剤の分解や代謝に関わる細菌種と分子の特定が問題になるが、これを現在知られているゲノム解析の結果から割り出すのは簡単ではなさそうで、どうしても関連する遺伝子が決まっている薬剤に限られてくる。

この問題を克服するために、この研究ではなんと100万個のバクテリアから発現遺伝子ライブラリーを作り、それを大腸菌に導入してできた機能分子ライブラリーに薬剤を加え、その分解や代謝に関わる分子を特定する可能性について、ステロイドホルモンの分解をモデルに示している。

要するに、できるだけそのまま腸内細菌叢を培養することで、生物学的因果性に関わる研究が可能であることを示そうとした論文だ。もちろん色々問題はあるが、この意気込みと、遺伝子発現スクリーニングまでやった徹底性に脱帽。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日 抗がん剤の相分離(6月19日号 Science 掲載論文)

2020年6月22日
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一旦存在が明らかになると、今度はあらゆるものが同じ様に見えてくる好例が相分離現象だろう。今や私たちの細胞の中は相分離した様々な液滴で満ち満ちている様だ。すなわちタンパク質がそれぞれの液滴に分離しているなら、分子量のずっと小さい薬剤の分布はどうなのか?

今日紹介するハーバード大学からの論文はこの問題にチャレンジした研究で、おそらく効果の高い抗がん剤を考える意味では極めて重要な貢献だと思う。タイトルは「Partitioning of cancer therapeutics in nuclear condensates (核内で相分離した液滴への癌治療薬剤の隔離)」で、6月9日号のScienceに掲載された。

この研究は転写やエピジェネティックスの大御所Richard Youngの研究室からの論文だが、Youngはスーパーエンハンサーの研究から、エンハンサー場での転写因子複合体の形成が相分離によると見抜き、この分野をリードしている。

まずスーパーエンハンサー(SE)を形成する転写因子をガン組織より調整した細胞で調べ、期待通り相分離が見られ、SEでの相分離が一般的な現象で

よく知られた5種類の転写因子とメディエーターMED1が相分離していることを確認している。

その上で、それぞれの転写因子が試験管内でも相分離すること、しかしこれらの系に蛍光分子などの小分子を共存させても、分離した駅的に濃縮されることはないことを確認している。

次に、MED1を含む5種類の転写因子の相分離実験系に、プラチナ化剤のシスプラチン、DNAのintercalatorミトキサントロン、エストロジェン受容体阻害剤タモキシフェン、CDK7阻害剤、そしてSEのBRD4を阻害するJQ1を加え、がんの治療薬なら相分離した液滴に濃縮されるか調べている。すると、全ての薬剤はMED1が相分離した液滴に分離すること、そして例えばJQ1、メトキサントロンはそれぞれBRD4 およびFIB1, NPM1にも濃縮されることを発見している。すなわち、普通の低分子と異なり、抗ガン剤の一部はMED1に濃縮され、SEにリクルートされることを示している。

この相分離液滴への濃縮は、非特異的なものでMED1に存在するアミノ酸の芳香環と薬剤側の芳香環の作用により起こる現象で、例えばシスプラチンによるDNAのプラチナ化を指標に調べると、MED1液滴に濃縮されることが活性に重要であることがわかった。そして、シスプラチンによりDNAがプラチナ化されるにつれて、SEが解消されることも明らかになった。

次に、乳ガンのエストロジェン受容体阻害剤について相分離の観点から、詳しい検討を行い、エストロジェン受容体はエストロジェンと結合することでMED1を含むSEに濃縮され、タモキシフェンはMED1液滴内で、このプロセスをブロックすることでエストロジェン受容体のSEへの濃縮を阻害している。その意味でタモキシフェンが濃縮され有効濃度が高まることに相分離は貢献しているが、MED1が強発現することで相分離の液滴が大きくなると、相対的に有効濃度が低下するため、MED1の発現が上昇した乳ガンではタモキシフェンの効果が低下することなど、これまで説明が難しかったことを見事に説明している。

結果は以上で、転写に効果がある薬剤をSEなど相分離液滴に濃縮させることで、より高い薬効が得られる可能性は、今後単純な薬剤動態だけでなく、相分離液滴への濃縮まで考えた薬剤開発が重要であることが理解される優れた研究だと思う。

もしかしたらコロナウイルスの分子も相分離という観点で見直したら面白いことがわかるかもしれない。おそらく、この可能性をテストしている研究者はいると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日 ワクチンはT細胞反応誘導効果の検証が重要(6月17日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年6月21日
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今、我が国では、新型コロナについておかしな逆転現象が起きている。前にも批判したが、外出自粛や新しい生活様式といった本来なら政治家や経済学者が研究者のアドバイスをもとに語る内容を、医師や科学者が語り、ワクチンや治療薬についての見通しを首相や知事といった政治家が語っている。

一方ワクチンについては科学者内でも、期待できるとかできないとか議論がSNSで白熱している様だが、科学者として丁寧な説明にはあまりお目にかかったことがない。丁寧な説明ができるかは、開発したワクチンの免疫学的特性をどこまで正確に検証できるかにかかっている。逆に丁寧な説明がないと、とりあえず抗体ができるから、感染機会の多い医療従事者に使って効果を確かめればいいといった乱暴な議論が横行してしまう。

では丁寧な説明は可能か?今日紹介するオックスフォード大学からの肝炎ワクチンに関する論文を例に、これが可能であること、そして我が国のワクチン開発者も、自らの口で効果について丁寧な説明ができる様、十分な検証実験をする様促したい。論文のタイトルは「MHC class II invariant chain–adjuvanted viral vectored vaccines enhances T cell responses in humans (クラスII-MHCのインバリアント鎖を用いたウイルスベクターワクチンはヒトのT細胞反応を促進する)」で、6月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。

抗体誘導を目的に開発された様々なワクチンの失敗から、ウイルス感染細胞を除去するT細胞を誘導するワクチンの開発が現在加速している。以前紹介した様に、うまくキラー型のT細胞(CD8T)が誘導できると、一種類のインフルエンザワクチンでほとんどの異なる系統のインフルエンザへの抵抗力ができる(https://aasj.jp/news/watch/12433)。

このT細胞免疫は抗体反応に必要だが、抗体反応とは独立に誘導される。例えばBCG摂取を受けたあと、結核菌に免疫ができているかどうかは決して抗体で検証しない。我が国ではほとんどの人が受けことのある、ツベルクリン反応(結核の抗原PPDに対するT細胞の反応を皮膚反応としてみる)で検証している。

このグループは、ウイルスに対するT細胞の反応を誘導する方法の開発を進めてきた様で、長い研究に基づき、人間にはほとんど自然抗体が見られない猿のアデノウイルスベクターを用い、抗原遺伝子に、細胞内で抗原の処理を高めMHCとの相互作用を高める、インバリアント鎖遺伝子を融合させた抗原をデザインし、T細胞の反応を高めるワクチンをにたどり着いた。

この研究では、このワクチンが期待通りウイルスに対するT細胞反応を誘導できるか、ヒトに接種して調べている。結論的には、ワクチン接種で様々な副反応が起こるが、全て軽度で終わること、抗体はほとんど誘導されないこと、長期にわたる強いCD4TおよびCD8T反応が誘導でき、またワクチン接種後のペプチドに対する2次反応も誘導でき、極めて有望であることを示している。ただ、ワクチンの有効性については有望という一言で済ませて詳細は割愛したい。

その代わりに是非紹介したいのは、ワクチンがT細胞反応を誘導できるかどうか、ヒトで確かめる方法が存在するという点だ。

この研究ではインバリアント鎖を融合させたワクチンと融合させていないワクチンを摂取した時、

  • 末梢血にインターフェロンγ陽性細胞が現れ、長期間持続すること、
  • 抗原に用いたタンパク質をカバーするペプチドを準備し、プールしたペプチドに対するCD4T、CD8T細胞の反応を調べると、インバリアント鎖を持つワクチンではるかに高いT細胞免疫が誘導されること、
  • 一部のボランティアについては、MHCとペプチドの複合体を準備し、これと結合するT細胞の数までカウントし、34週間にわたって末梢血中の抗原特異的T細胞の数を数えることができる(なんとCD8Tでは20%が抗原と結合するレベルまで上昇する)こと、

を示している。すなわち、ワクチンに対するT細胞の反応をヒトで正確に検出できる方法が整っているということだ。

それでも、このワクチンがC型肝炎予防に有効かどうかは実際の臨床実験が必要であることはいうまでもない。

この研究から、我が国のワクチン計画を担う研究者へ以下の様に要望したい。

  • インバリアント鎖の効果からわかる様に、免疫誘導を助けるアジュバントの仕組みがワクチンのキモになるが、これについてそれぞれの方法を正確に説明すること、
  • 動物実験のみならず、ヒトの接種実験でも、ペプチドプールも含めて上に述べた検出方法を用いて、T細胞免疫誘導性について説明すること。

これは研究者自らが語るべきことで、いくら一般の人に知識がないからといって、政治家やメディアレベルの知識でお茶を濁して臨床応用へ突き進むことは許されない。

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