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1月31日 パーキンソン病発症に関わる様々な因子が明らかになりつつある(1月2日号 Nature 掲載論文)

2021年1月31日
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現在パーキンソン病の発症には、様々な過程が関わっていることが明らかになってきた。αシヌクレインの蓄積、ミトコンドリアの新陳代謝の障害、細胞ストレス、さらには免疫機能まで示唆されている。確かに、慢性的な変性疾患は、一つの要因だけで決まるほど単純ではない。逆に言うと、パーキンソン病のリスクを抱えていても、他の要因をうまくコントロールすることで発症を遅らせることも可能になる。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は細胞内のリソゾームの活性がパーキンソン病の発症に関わることを示した研究で、新しい発想の介入法のヒントになるかもしれない。タイトルは「A growth-factor-activated lysosomal K + channel regulates Parkinson’s pathology(殖因子により活性化されるカリウムチャンネルはパーキンソン病の病理を調節している)」で、1月27日号のNatureに掲載された。

この研究では最初から外部の増殖因子の影響を受けてリソゾームのpHを至適化するため、カリウムの流入を調節するチャンネルがあるはずだと考え、神経細胞のリソゾーム膜のパッチクランプを行い、カリウムチャンネルの活性を調べ、TMEM175がインシュリンシグナルの下流に存在するAKTと膜状で結合することで、インシュリンシグナル反応性のカリウムチャンネルを形成していることを明らかにした。もちろん、AKTが活性化できればどの増殖因子でも同じ効果があるが、AKTのリン酸化活性は必要ないことも明らかにしている。

この様に、リソゾーム膜のカリウムチャンネルの特定、そしてその機能を明らかにした上で、TMEM175にはパーキンソン病のリスクと相関する5%ほどの正常人に分布する多形が存在することに着目し、これらのバリアント・カリウムチャンネルの機能をさらに追求した結果、パーキンソン病発症リスクと相関する多型ではカリウムチャンネルの開きが低下していることを発見している。

最後に、この多型を導入したマウスや、TMEM175がノックアウトされたマウスを用い、カリウムチャンネルの機能が少し低下するだけで、αシヌクレインが蓄積しやすくなること、さらにはTMEM175ノックアウトマウスではドーパミン神経数が低下していることを示し、TMEM175のバリアントがパーキンソン病発症に関わることを実験的にも示している。

以上、増殖因子により調節されるカリウムチャンネルの研究から、リソゾームが最終的な掃除屋として神経細胞保護に関わると言う、しごく当たり前の話だが、病気の進行を遅らせると言う意味では、重要な標的が示された様に感じる。

さて、これは細胞の中の掃除の話だが、折しも脳全体の掃除機能もパーキンソン病のリスクになることを示す論文が中国鄭州大学から1月21日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Impaired meningeal lymphatic drainage in patients with idiopathic Parkinson’s disease。(髄膜のリンパ管還流がパーキンソン病の患者さんでは低下している)」。詳しくは述べないが,これまで何度も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3542)脳の活動で出る老廃物を脳外へと洗い流すリンパ流量をMRIで測定し、突発性のパーキンソン病の方では、流量が落ちている、すなわち老廃物の排出がうまくいっていない可能性を示した研究だ。この研究でも、人間での観察だけでなく、マウスの実験系でリンパ流をブロックすると、αシヌクレインの脳内蓄積が高まり、運動障害が出ることを示している。以前脳内の掃除は夜寝ている時行われていることを示す論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11657)、この論文が正しければ、よく寝るなど、なんとかこのリンパ流を戻す方法を突き止めて、病気の進行を遅らせる方法を開発してほしい。以上、細胞の掃除、脳の掃除過程が、パーキンソン病だけでなく、神経変性疾患の介入ポイントになることを示す重要な貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月30日 コウモリはどうしてウイルスの運び屋になれるのか?(1月21日号 Nature 掲載総説)

2021年1月30日
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考えてみると、バンパイア伝説は、今人類が直面するウイルス性のパンデミックと重なるところが多い。伝説ではバンパイヤとヒトとの接触が、ヒトを吸血ゾンビに変化させ、今度は人から人へと広がる。そして何よりも、バンパイアにはSARSウイルスなどのコロナウイルスや、エボラウイルスなどの運び屋コウモリが擬人化されている。

以前紹介したが、17世期ポーランドの村では村で最初に疫病にかかった人をバンパイアと考えて、特別に埋葬した(https://aasj.jp/news/watch/2490)。とすると、コウモリが伝染病を媒介することを経験的に予感していた可能性すらある。そして今やこの可能性は事実となり、コウモリとウイルスの関係に科学的メスが入れられている。

今日紹介したいのは、デューク大学とシンガポール国立大学が協力してシンガポールに設立した医科大学と浙江大学が共同で発表した、まさにタイムリーな総説論文で、どうしてコウモリがウイルスのキャリアーになるのかがうまくまとめられていた。タイトルは「Lessons from the host defences of bats, a unique viral reservoir(特殊なウイルスキャリアーとしてのコウモリの宿主防御機能から学ぶ)」で、1月21日発行のNatureに掲載されている。

総説はまずコウモリの生物学から始まっているが、読んでみてなんとすごい生き物かということが理解できた。しかも、この特殊な性質が、コウモリとウイルスの不思議なバランス関係を成立させている。

まず驚くのは、種によっては2000万匹にもなるコロニーサイズで、おそらく人間と家畜・ペットを除くと破格の数の集団だが、繁殖率は低めで、雑食だ。かなり人間に近いが、驚きはさらに続く。なんと記録が残る寿命は43年以上で、小型哺乳動物としてはハダカデバネズミを超えて最長を誇っている。一方、運動能力では人間の比では無い。空を飛べるだけではない。そのために、体温を41度以上に高め、さらに心拍数はなんと1分に1000回近くまで上昇する。要するに、抗老化には最悪の高い代謝を維持しながらも、長寿を達成するという羨ましい存在と言える。

ただ、空を飛べて、長寿でもウイルスのキャリアーにはなれない。一番重要なのは、ウイルスに対する免疫機能がどうなっているかだ。多くのウイルスは動物により媒介されるが、ウイルス感染後、当然自然免疫が誘導され、動物も何らかの症状を示す場合が多い。Covid-19で言えば、ハクビシンやミンクにも感染するが、この場合必ず何らかの症状を示す。これに対しコウモリはエネルギー代謝に影響する特殊なウイルスで重症化・死亡する例外はあっても、ほとんどのウイルスに感染しても、無症状のことが多い。ある意味で、ウイルスが共存できるのは特殊な免疫システムがあるからだ。

PubMedで調べてみると、パンデミック理解にこれほど重要なコウモリの免疫機能に関する論文はようやく1000を越したところで、あまり研究費が回っていなかったと思う。しかし、この総説を読んでみると、新型コロナに関わらず、十分研究価値が高い哺乳動物なのがわかった。

コウモリのウイルス免疫(特に自然免疫)機能を一言でまとめると、1型インターフェロンに代表される防御機構が、ウイルス感染にかかわらず、高いレベルで維持されている。エボラウイルスやコロナウイルスは、感染初期から1型インターフェロンシグナルを抑える仕組みを何重にも持っているが、コウモリを運び屋にする中で培ってきたのかもしれない。いずれにせよ、最初からインターフェロン防御を高めることで、感染量を低下させることができる。

とは言え、エボラウイルスやコロナウイルスをコウモリに感染させるとウイルス量は最終的に極めて高いレベルに到達できる。これは、ウイルスがインターフェロンをすり抜ける仕組みがあるからだが、なぜ症状が出ないのか?

驚くことに、コウモリでは、いわゆるインフラマゾームを活性化して炎症を誘導する機能が低下している。というより欠損していると言っていいのかもしれない。というのもコウモリだけが、細胞内のDNAを感知してインフラマゾームを活性化するために働く、AIMなどのPYHINファミリー遺伝子が完全に欠損している。完全に欠損しているのは、これまで調べられた哺乳動物の中ではコウモリだけらしい。この結果、ウイルス感染が起こっても、細胞死や、組織全体を巻き込む炎症が起こりにくい。さらに、caspase IやIL-1βシグナル自体を抑える機構も備えており、種によっては免疫性の炎症に関わるTNFシグナルも低下している。この結果少々ウイルスが増加しても、炎症が起こることはほとんどない。

要するに、ウイルスへの自然免疫と、炎症を切り離してしまった結果だが、この間に、獲得免疫系が誘導され、ウイルスのさらなる感染は抑えられれば、最終的に感染は収束する。残念ながらこの総説では獲得免疫については、コウモリのMHCが長いペプチドを認識できる以外に紹介されておらず、モデル動物以外の研究の難しさがわかる。

なぜ細胞内の核酸を認識して自然炎症を誘導する仕組みが欠損したのかについては、おそらく平常時の30倍にも代謝を上昇させたときにおこる、細胞内ストレスや生成したDNA断片は自然炎症を誘導してしまうので、これに対応するため、インフラマゾームによる炎症プロセスを抑える仕組みを進化させたのではと議論している。また、炎症を抑える仕組みを獲得したことで、高い代謝を維持しながらも長寿を達成できたのだろう。

いずれにせよ、ある程度初期の感染量を抑える定常的自然免疫と、ウイルスへの自然免疫反応を抑えることができる仕組みがあれば、無症状のままウイルスと共存できることを、コウモリは見事に示している。この教えをいかにサイトカインストーム治療に生かすことができるか、covid-19だけでなくこれから経験する多くのパンデミックを乗り越える鍵になると思う。

最後に私の妄想で聞き流してほしいが、この様なウイルスとの共存を可能にする免疫システムは、コウモリで選択的に進化してきた証拠があるらしい。だとすると、コウモリはウイルスの運び屋になることで、疫病を運んで人間を近づけない様にしてきたのかもしれない。ただ、間違ってもコウモリ全滅計画などと騒がないでほしい。コウモリの平和を乱しているのも人間だということを忘れてはならない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月29日 新しいインシュリンシグナル阻害分子の発見(1月27日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月29日
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言われてみるまで全く気づかなかったという話は多いが、今日紹介するミュンヘン・ヘルムホルツセンターからの論文はそんな例だ。この研究は、インシュリンで満たされた環境で、どうしてインシュリン受容体を発現している膵臓のβ細胞が、強いインシュリンシグナル下で正常に発生し、機能できるのかという疑問からスタートしている。そして、β細胞のインシュリン中毒を防ぐための分子があるはずだと探索を進め、ついに新しい分子に到達している。タイトルは「Inceptor counteracts insulin signalling in β-cells to control glycaemia(Inceptorはβ細胞でのインシュリンシグナルに対抗し血糖をコントロールする)」で、1月27日Natureにオンライン掲載された。

この論文を発表したHeiko Lickertは、彼がトロントRossant研究室のポスドクの頃から期待してきたが、彼のキャリアにとってこの研究はかなり大きな意味を持つ様に思う。論文からだけでは、彼がinceptorと名付けたインシュリン受容体の拮抗阻害分子をどう特定したのかわからなかったが、ともかく細胞外ドメインはインシュリン受容体や、IGF受容体に似ているが、チロシンキナーゼドメインを持たない受容体分子にたどり着き、構造からこれこそインシュリン受容体の作用を抑える調節分子だと確信して、研究を進めている。しかし、なぜ今までこんな分子が気づかれずに残って、Heikoを待っていたのか不思議な気持ちだ。

次に、inceptorに対するモノクローナル抗体を作成し、発生途上から成熟後まで発現を調べると、期待通り膵臓の内分泌・外分泌系が分化し始めるここからこれら分泌細胞で発現が見られ、成熟すると膵島に強く発現していることを確認する。

次にその機能を調べるために、ノックアウトマウスを作成している。マウスは正常に発生し生まれるが、生後5時間以内でほとんどが死亡する。死因を調べると、β細胞の数が増加し、結果インシュリンレベルが高まり、マウスが低血糖で死ぬことがわかった。まさに期待通りの結果だ。

コンディショナルノックアウトを作成してみると、正常状態では特に差はないが、ブドウ糖を注射してインシュリンに対する反応を見ると、インシュリンに対する感受性が高まっていることがわかる。そして、分離した膵島にインシュリンを加える実験を行い、inceptorが存在しないと、インシュリンやIGFに対する反応性が高まっていることを明らかにしている。すなわち、β細胞にのインシュリン受容体を介して強いインシュリン刺激が入ると、β細胞が過増殖を行うため、これを防ぐメカニズムが存在するという最初の仮説を証明している。

最後にインスリノーマ細胞を用いた細胞学的な実験で、inceptorがインシュリン受容体と全く同じエンドゾームからゴルジ体へと移行するためのメカニズムを共有し、細胞内へインシュリン受容体のinternalization を促進し、受容体の活性化を調節していることを明らかにする。さらに、inceptor細胞ガイドメインに対する抗体により、inceptorとともにインシュリン受容体のエンドゾームの取り込みが低下し、細胞膜にとどまることも示し、将来臨床的な利用が可能であることまで示唆している。

以上、inceptorがインシュリン受容体刺激後の細胞内へ取り込みを促進し、インシュリンのシグナルを抑えることでベータ細胞を守る全く新しい仕組みを示した。Heikoの得意満面の顔が思い浮かぶが、例えば過剰な糖を取りすぎておこるペットボトル症候群などに対する臨床応用も含めて面白い分野が開かれた様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月28日 アミノ酸リピートによるALSにガン抑制遺伝子p53が関わっている(2月4日号 Cell 掲載論文)

2021年1月28日
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ALSが運動神経の変性による病気であることは間違いないが、運動神経が死に至る原因は様々だ。中でも、C9orf72と呼ばれる遺伝子のプロリン/アルギニンペプチド繰り返し配列が増大するタイプは、他のリピート病と同じ様に、異常アミノ酸の毒性が原因だろうと片付けてしまっていた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はC9orf72のプロリン/アルギニンリピートの細胞死の原因が、ガン抑制遺伝子p53の活性が上昇することによることを明らかにした、この分野では画期的な論文で2月4日号Cellに掲載された。タイトルは「p53 is a central regulator driving neurodegeneration caused by C9orf72 poly(PR)(p53はC9orf72poly(PR)により誘導される神経変性を促進する中心的因子だ)」。

おそらくこのグループはALSのエピジェネティックな要因を調べていたのだろう。その過程で、RNA結合分子TDP-43の変異と、C9orf72のプロリン/アルギニンリピート(PR)による神経細胞死を誘導する実験系を用いて、神経細胞死が誘導された細胞で開いているクロマチン領域をATAC-seqを用いて調べ、PRリピートによる場合のみ、多くの遺伝子のp53結合部位が開いていることを発見する。また、PRリピートを誘導した細胞で発現している遺伝子を調べても、ATAC-seqの結果と同じで、p53により誘導される遺伝子群の発現がはっきりと上昇している。

さらにp53をノックアウトした細胞にPRリピートを導入しても、細胞死は起こらないことから、p53がPRリピート導入による細胞死を調節する中心に存在することがわかる。一方、TDP-43による神経細胞死はp53ノックアウトで抑制できない。

さらに、PRリピートをアデノ随伴ウイルスベクターで導入して神経細胞死を誘導する実験モデルで、p53ノックアウトマウスは、正常マウスより倍近く長生きすることも示している。しかし、p53遺伝子の欠損は、同じ機能を持つp63やp73で代償され、またこれらの分子もPRリピート導入によりレベルが上昇するので、生存期間を伸ばせても、治すことはできない。

そこでp53以外に標的になる分子がないか調べ、p53の下流に存在する細胞死を誘導する分子Pumaをノックアウトした細胞でも、PRリピート導入による細胞死を防げることを示している。

実際にはかなり端折って紹介したが、結果をまとめると以下の様になる。

PRリピートが細胞内に蓄積すると、まだよくわからないプロセスを介して、p53などのタンパク質が安定化し、この結果下流の遺伝子が誘導される。この結果、DNAの切断がおこり、同時にpumaをふくむ様々なp53下流分子が誘導され、神経細胞死へと到る。

p53を標的にした治療はあまり現実的ではないが、Pumaを始めp53の下流分子が特定できたことで、このタイプのALSは治療戦略が立てられる可能性が生まれたのは期待できる。また、他のリピート病でも同じ可能性があるのか興味深い。いずれにせよP53が出てきたという意外性も含めて、面白い研究だが、なぜPRリピートでp53が安定化するのか、なぜ運動神経におこるのか、など新しい疑問が生まれた。無駄と思わず、わからないうちはなんでも調べてみることの大事さを示す研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月27日 肺魚のゲノム(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月27日
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2年前まで在籍していたJT生命誌研究館に入ると、まず2匹の大きな肺魚が客を迎えてくれる(https://www.brh.co.jp/exhibition_hall/hall/lungfish/)。そのうち1匹は、さらに以前に在籍していたCDBの竹市先生由来なので、肺魚には特別の親しみを感じる。ただ好みの問題を超えて、肺魚は脊椎動物の上陸作戦を知る上で重要な動物だ。陸上で歩くための四肢の原型が生まれ、さらに陸上で呼吸するための肺が最初に進化した。おそらく、上陸が始まった4億年前に同じ様な魚が存在したと考えられ、実際に化石も残っているが、現存の肺魚はたった6種類しか残っていない。

いずれにせよ、陸上への適応を考える上で極めて重要な動物だが、ゲノム解析は進んでいなかった様だ。今日紹介するドイツとオーストリアの数カ所の研究所が共同で発表した論文は、この肺魚のゲノム解析で、1月18日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Giant lungfish genome elucidates the conquest of land by vertebrates(巨大な肺魚のゲノムから脊椎動物の上陸作戦が明らかになる)」だ。

最近動物や植物の全ゲノムを初めて解析したからといって、なかなかトップジャーナルに掲載されることはない。そんな珍しい例となったこの論文を読んでいくと、肺魚のゲノムがNatureに掲載されたのが、進化的に重要な位置にあるだけではないことがよくわかった。

まずゲノムの大きさが半端ではなく、ヒトゲノムの14倍近くある。14人倍シークエンスを読めばいいと思う人もいると思うが、ほとんどお手本のない人間の14倍もあるゲノムを決めるなど、想像を超える事業だ。実際、普通の次世代シークエンサーとはことなり、一本のDNAを端から順番に読んでいくナノポアテクノロジーを使って長いスパンの配列を決定し、そこから全体のゲノムを再構成している。ナノポアを使って、PacBioのテクノロジーを使わなかったのもおそらく私には想像できない意味があるのだろう。結果、これまで動物の中で最も大きなゲノムとして知られていたアホロートルのゲノムより3割も大きな、31120個の遺伝子と、17095個のノンコーディングRNA、そして1042個のtRNA, 1771個のrRNA、そして3974個のmicroRNAを含む43Gbのゲノムがほぼ明らかになった。

確かに遺伝子やmicro RNAはヒトより多いが、14倍というゲノムサイズの違いから考えると、差はほとんどなく、コードされた遺伝子とは異なる部分の大きさがこの大きな差を作っている。その原因の一つは、イントロンが異常に大きいことだが(最大のものはDMBT1遺伝子の第一イントロンの5.8Mb)、それよりも何よりも現在も活動しているトランスポゾン、特にLINEと呼ばれるトランスポゾンが増大して、大きなゲノムを作っている。しかし、これを除くと、ゲノム構造は脊髄動物共通の構造(シンテニー)をとっている。

もちろん、上陸作戦で新たに起こったゲノム変化についても見ているが、正直いって表面を引っ掻いたという程度の結果で止まっているが、ゲノムをみるだけではわからないことも多く、今後の研究が必要だ。とりあえず示された結果を以下に列挙しておく。

  • 259種類の肺魚への進化で変化した遺伝子を明らかにしているが、その多くはメスの生殖に関わるエストロジェンなどの遺伝子。上陸と雌の生殖システムの変化はこれまで考えたこともなかったので、面白そうだ。
  • 肺の進化と共にshhの発現が、両生類型に変化する。また、肺を膨らませるサーファクタント遺伝子が進化する。
  • フェロモンを感じる鋤鼻の匂い受容体の数が増え、陸上での匂い受容体の進化の前触れになっている。
  • 四肢の発生に必須の転写因子Sall1発現パターンは肉鰭類の中では最も四肢動物に近く、またHoxc13の発現パターンもアホロートルに近づいている。
  • Hoxdクラスターのサイズは哺乳動物より大きいが、これはhoxd12以降に長いイントロンが存在するためだが、d8-d11についてはほとんどアホロートルと同じで、肺魚がルーツであることがわかる。言い換えると、アホロートルは肺魚と四肢類のちょうど中間で、その結果d13の発現場所については、アホロートルは肺魚に近く、カエルとは異なる。

以上が結果で、進化の道筋という点ではまだまだ断片的だ。ととはいえ、ただ努力賞の論文というだけでは決してなく、今後の大きな財産を残せた研究だと言える。この大きなゲノムにおじけづかず、果敢に上陸作戦の進化にチャレンジする研究者が出ることを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月26日 乳ガン治療の新しい可能性(1月18日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年1月26日
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乳ガンというと、ガンの中でも予後が良いと思われているし、それは正しいのだが、21世紀に入って乳ガン治療は様変わりした。手術が可能な症例も、少し顔が大きいと、まず抗ガン剤を用いるネオアジュバント治療を行い、腫瘍を縮小させた後手術、そしてその後も放射線、抗ガン剤と徹底的にガンを叩く。これは徹底すれば徹底するほど、再発を防げることがわかっているからだ。治療を受ける患者さんからすると、何もここまでしなくてもと思われると思う。しかし、ステージIIIになると10%以上の人が再発するし、血中のガン細胞の数を調べる検査で乳ガン細胞が速いステージから血中に流れているのをみると、医者の立場からは念には念を入れたくなるのも当然だ。

ただ、この様な徹底的な治療は、副作用がなく高い効果が期待できる薬剤があれば負担はへる。今日紹介するオーストラリア・アデレード大学からの論文は、エストロジェン依存性乳ガンの増殖を男性ホルモン受容体(アンドロジェン受容体AR)の刺激が強く抑制することを示した研究で1月18日号Nature Medicine に掲載された。タイトルは「The androgen receptor is a tumor suppressor in estrogen receptor–positive breast cancer(アンドロジェン受容体はエストロジェン受容体陽性乳ガンを抑制する)」だ。

男性と女性の2次性徴は男性ホルモンと女性ホルモンとのバランスで決まる様に、両ホルモンは拮抗する作用を持っている。このため、男性ホルモン依存性が強い前立腺ガンは、現在も抗アンドロゲン剤を投与するとともにエストロジェンなどの女性ホルモンを投与することがあるが、乳がんでも随分昔にはアンドロジェン剤を投与して女性ホルモンと拮抗させることが行われていた。ただ、男性化作用が強いのと、エストロジェン受容体阻害を含む優れた治療法が開発されて、男性ホルモン剤の使用は廃れてしまった。

この研究は、男性化作用が少ないアンドロジェン刺激剤が開発されてこともあり、もう一度アンドロジェン剤を見直してみようと考えて始められた。まず確認のために乳ガン患者さんの組織サンプルでAR発現を調べると、ARの発現が高いほど予後が良い。

次に、手術摘出された患者さんのガン組織を立体培養し、AR刺激剤を加えると、ガンの増殖が抑え得られることを確認している。ARもERも共に核内受容体で遺伝子調節領域に直接結合するので、AR刺激による抑制効果のメカニズムを調べるために、AR、ERの結合部位をそれぞれの刺激剤の存在下で調べると、ER結合領域がAR刺激により大きく変化し、その結果ガンの増殖に関わる分子の発現が低下し、さらにARが乳がんの増殖を抑える遺伝子を発現させる多元的な効果を発揮できることを示している。

そして、このER、AR結合部位の変化が、転写のコファクターp300やSRC3をARとERが競合する結果であることを示している。すなわち、ARが活性化されることで、p300/SRC3がARの方に吸い上げられ、その結果ERの作用が弱まることになる。

同じことはER阻害剤でも起こるはずだが、ARで競合させる場合は何百という遺伝子発現の変化による多元的な効果が集まっているため、耐性が現れにくく、長期間効果を維持することができる。

最後に、人間の乳ガンを移植したマウスモデルで、様々なAR刺激剤が乳ガンを抑制する効果を示すこと、ER阻害材に抵抗性を獲得した再発癌にも効果があること、現在使われ始めたCDK4/6阻害剤との併用でも強い効果を示すことを示している。

以上が結果で、ER陽性乳ガンの増殖にはERにより誘導される遺伝子が必要だが、ここに刺激されたARが割って入ると、p300/SRC3がARにとられて、ERの結合が低下すると共に、AR結合により活性化されるガン抑制分子が発現し、その全体の効果がガン増殖を抑制するというシナリオが示された。

明日からでも実際の症例を用いた治験が可能な結論で、基礎的な検討を読んだ後での個人的印象としては結構いける様な気がする。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月25日 低炭水化物のケトン食と低脂肪食の比較(1月21日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年1月25日
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今日のお昼2時から、難治性てんかんの子供さんをお持ちの保護者の方と、ケトン食についてzoom 勉強会を行い、その模様をそのままYoutube配信する予定だ(https://www.youtube.com/watch?v=f8En4tBse6o)。実際文献を集めてみると、様々な難治性てんかんに、かなりの効果を挙げている。ただ、ケトン食はカロリー制限でも、断食でもなく、一種体の代謝を変化させてケトン体を高いレベルで維持し、代謝だけでなく、ケトン体自体の細胞シグナルやエピジェネティック調節を変化させる力がある。従って、かなり高度な医療と言えるが、これを指導してもらえるクリニックはそう多くない。ぜひ保護者の方と話し合って、いいアイデアが出て来ればと期待している。

今日の勉強会にふさわしい論文はないかと探していたら、タイミングよく1月21日Nature Medicineにオンライン掲載された米国衛生研究所からの論文を見つけたので、紹介する。タイトルは「Effect of a plant-based, low-fat diet versus an animal-based, ketogenic diet on ad libitum energy intake(自由に摂取させた植物ベースの低脂肪食と動物ベースのケトン食の比較。)」だ。

最近食に関する論文が急速に増えているのを感じるが、読んでみるとこんなこともわかっていなかったのかと驚くことが多い。正確に低脂肪食とケトン食の比較をすることがこの論文の目的だが、裏返すとそんなこともできていなかったのかと意外だ。

読んでみると、一定数の人間を長期間拘束し、決まった食事を取らせるということ自体が難しい。この研究では21人のボランティアをなんと28日間も入院させ、低脂肪食2週間/ケトン食2週間、あるいはケトン食2週間/低脂肪食2週間とったときの、体重、エネルギー、脂肪、糖代謝などを詳しく調べ、それぞれの食事の効果を調べている。食事の内容は厳しくコントロールするが、量に関しては自由に食べさせるプロトコルを採用している。

結果は膨大で、しかも何か明確な結論があるというより、詳細なデータが得られたといった論文なのでまとめるのは難しい。とりあえず面白いと思った点だけを箇条書きにする。

  • 最も驚くのは、ケトン食では摂取するカロリー量はかなり高いにもかかわらず、体重の低下は低脂肪食と同等か、それ以上に見られる点だ。すなわち、脂肪を多く摂取し、エネルギー摂取量が多くなるケトン食でも、体重を減らすという意味では機能する。
  • インシュリン分泌量や食後血糖などで調べると、低脂肪食を続けると、当然のことながら、インシュリンの分泌は上昇し、血中グルコースも上がる傾向にある。
  • しかし、インシュリン抵抗性をみる耐糖能試験では、ケトン食がインシュリン抵抗性を高めている。
  • ケトン食をスタートすると、1週間でケトン体の一つβ-hydroxybutyrateが上昇する。

などが気になった。

要するに、食事で何かを達成することがいかに複雑な課題で難しいかがわかった。例えば、ケトン食は低脂肪食と比べるとはるかに植物繊維が少ない。従って、子供に使う場合は、腸内細菌の発達も考える必要が出てくるなどなどだ。栄養学というと、医学から弾き出された感じがあるが、21世紀に入って間違いなく再度重要な医学分野に躍り出たことは間違いがない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月24日 過敏性腸症候群を実験的に再現する(1月13日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月24日
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症状の程度は様々だが、過敏性腸症候群と診断を受けた人は、かなり多いのではないだろうか。特に潰瘍や細胞浸潤を伴う炎症のようなはっきりした病理所見がないのに、腸の運動が更新して腹痛や下痢を訴える病気で、これまで自律神経の反応の問題と片付けられてきたように思う。

今日紹介するベルギー・Leuvenカソリック大学からの研究は、全てではないにしても過敏性腸症候群(IBS)が、食品に対するIgEによる1型アレルギー反応が原因である可能性を、臨床的、実験的に示した研究で1月13日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Local immune response to food antigens drives meal-induced abdominal pain(食物抗原に対する局所免疫により食事に伴う腹痛を誘導する)」だ。

まず読んでいて20世紀を思い出す極めて古典的な免疫研究が、Natureに掲載されたのに驚いた。おそらく、この病気の患者さんが多いのに、明確な原因がはっきりしていなかったからだろう。

この研究では、IBSの多くの患者さんが、発症前に細菌性の腸炎を起こした経験を持つことに注目して、食物抗原と細菌感染が重なると、食物抗原に対するトレランスが破綻し、食物抗原に対する局所的な1型アレルギー反応が成立し、IBSが発症するという仮説に基づいて、まずマウスでIBSを再現することを試みている。

結果は期待通りで、マウスの腸の動きをモニターするトランスミッターを埋め込み、IBSをリアルタイムでモニターできるようにし、このマウスにCitrobacter rodentiumを感染させ大腸炎を誘導し、同時に卵白アルブミン(OVA)を経口摂取させると、OVAを摂取するたびにIBSが再現できる。重要なことは、このアレルギー反応が局所的で、皮膚にOVAを注射しても、反応は起こらない。

重要なことは、IBSと同じで病理学的にも炎症所見は少ない。そして、IgEに対するモノクローナル抗体を投与すると症状を抑えることができるし、逆にOVAに対するIgE抗体を投与しておくと、同じ症状を誘導できる。すなわち、症状は全て食物抗原に対するIgEによる1型アレルギーであることがわかる。これを裏付ける様に、腸管に存在するB細胞のレパートリーを調べると、OVAに対するIgEを産生している細胞が存在する。

以上のことから、感染と抗原感作が重なると、局所で抗原特異的IgE合成経路が成立し、これがマスト細胞と結合して、抗原が入ってきた時にマスト細胞からヒスタミンをはじめ様々なメディエーターが分泌され、これが痛み受容体の閾値を下げて、腹痛を誘導し、また自律神経に働き腸の動きを亢進させるというシナリオが成立した。他にも、このトレランスの破綻と持続的IgE産生システムの成立に、細菌が持つスーパー抗原が関わることも示しているが、詳細は省く。要するに、IBSをかなり正確に再現できるモデルが完成した。

この分野をフォローしているわけではないので間違っているかもしれないが、病気モデルを初めて作ったという点では高く評価できる。ただ、これだけではNatureに採択されなかったのではないだろうか。著者らも、モデルの完成に満足することなく、最後にこのモデルの妥当性を、IBSと健常人を使った一種の人体実験で確かめている。すなわち、直腸鏡を用いた抗原チャレンジテストを行い、自分では食物アレルギーを認識していないIBSの患者さんだけで、様々な食物抗原に対する反応が見られること、この反応がマスト細胞を介していること、バイオプシーでIgEが結合したマスト細胞が神経端末の近くに存在することを明らかにし、モデルマウスでのシナリオが人間でも起こっていることを示している。

残念ながら、IgE産生するB細胞の数は健常人と患者さんで差がなかったので、局所が腸管免疫組織を含む局所化、あるいは粘膜直下をさすのかなど、今後調べる必要があるが、これまで実験的に示されたことがないなら、重要な貢献だと思う。しかし、直腸鏡を用いる抗原チャレンジテストまでやってのける執念には脱帽。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月23日 白血球の糖代謝を正常化させてボケを防ぐ(1月20日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月23日
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老化に細胞ストレスと、それが原因の慢性炎症が関わっていることはほぼコンセンサスができている。先日紹介した東大中西さんたちの研究は、この原因になる老化細胞を積極的に除去して、全体を若返らせるSelnolysisの考えに基づいているが、これ以外にストレスや炎症を抑えるという方法も開発が進んでいる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、白血球の炎症を止めることで脳の老化が抑えられることを示した研究で1月20日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Restoring metabolism of myeloid cells reverses cognitive decline in ageing(骨髄細胞の代謝を元通りにすると老化による認知機能の低下を防げる)」だ。

この研究ではまず炎症メディエーターの一つプロスタグランジンE2(PGE2)が高齢化のマーカーになると決めて、血中マクロファージのPGE2を65歳以上と、35歳以下で比較すると、高齢者では倍以上高いことを確認する。

次に血中マクロファージをPGE2で刺激すると、EP2 受容体を介したシグナルを通して、刺激に応じて糖の分解が低下し、ミトコンドリアの酸素消費が低下する。その結果、ミトコンドリアが肥大化し、密度が高まる。このような代謝の変化はEP2の阻害剤で抑制することができ、糖代謝やミトコンドリアの状態を若いレベルに戻すことができる。

そこでCD11陽性骨髄系細胞だけでEP2をノックアウトしたマウスを作成し、高齢化に伴う脳機能は元に戻るか調べると、海馬の長期増強が正常化し、様々な記憶力テストが改善することを示している。EP2は全身に発現しているが、認知改善効果は骨髄細胞の代謝を直すだけで達成できる。

糖代謝については詳細な解析を行い、EP2刺激で糖代謝をグリコーゲン合成へとシフトさせ、糖分解からミトコンドリアでの呼吸回路が低下すること、その結果一種の低酸素ストレスが生まれ、炎症性サイトカインが分泌されるというシナリオを示している。普通は、糖経路がダメな場合、グルタミンやピルビン酸などを用いてエネルギーに使うのだが、高齢者の骨髄細胞ではこれができず、もっぱらブドウ糖だけに依存している。従って、EP2を抑制し、糖分解を戻すことはストレスを除き、炎症を抑えるのに大きな効果がある。

最後に脳にも移行するEP2阻害剤を投与する実験を行い、EP2シグナルを抑えると脳内のミクログリアの代謝も改善し、認知機能が正常化することを示している。

結果は以上で、認知機能を阻害する慢性炎症にマクロファージなどの骨髄細胞の老化が大きく関わっており、この糖代謝を糖分解の方向へ戻してやれば、ミトコンドリアにかかるストレスが低下して、炎症状態が改善し、炎症性サイトカインの分泌が低下させて、認知機能も戻せるという結果だ。

骨髄細胞というちょっと中途半端な用語を使って、脳ではミクログリアが最も重要なのかどうかがボカされている気はするが、全身へのEP2阻害剤による認知改善効果はあるので、結構期待できそうだ。ただ、EP2受容体は神経細胞を含む様々な細胞で発現しており、実際の臨床に使えるかどうか問題も多い様に思う。

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1月22日 母親の炎症から胎児を守るメカニズム(1月15日号 Science 掲載論文)

2021年1月22日
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ある時、米国の健康保険システム(KP)の研究所から発表された妊娠時に受けたインフルエンザワクチンの子供への影響を長期的に調べた研究を読んで驚いたことがある。健康保険システムでは、医療保険を払う側と、健康管理や医療提供側が一体化しており、従って会員が健康であるほど利益が上がる。当然、妊婦さんについてもワクチンを受けてもらいたいというインセンチブが働く。結論は喘息や自閉症など様々な疾患について、インフルエンザワクチン自体は影響がないというものだったが、驚いたのはこのコホートに参加した妊婦さんたちの内訳で、25%がマスター以上の学位取得とあった点だ。これは、この健康保険組合が富裕層に傾いた構造になっていることを示すが、それとともにワクチン接種には自ら情報を収集し、それに基づいて決断するという過程が重要で、そのための教育の重要性を示していると考える。

いずれにせよ、妊娠時に感染症にかかると胎児に様々な問題が起こることは事実で、ウイルス感染の場合、現在それを防ぐのはワクチンかソーシャルディスタンスしかない。とはいえ、長い進化の過程で、この様な状況から胎児を守る方法も進化しているはずで、今日紹介するデューク大学からの論文は、これにエストロジェンシグナルが関わることを示した面白い論文だ。論文のタイトルは「GPER1 is required to protect fetal health from maternal inflammation(GPER1は母親の炎症から胎児を守るのに必要)」で1月15日号のScienceに掲載された。

母親の炎症シグナルの重要な経路は、1型インターフェロン(IFN)を介しているので、この研究では人間の上皮細胞を用いてCRISPR/Cas9ノックアウトスクリーニングを行い、IFNシグナルを抑える分子を探索し、エストロジェンのなかでもエストラジオールに反応する受容体GPER1がIFNシグナルを抑えていることを発見する。

エストラジオールで誘導され、炎症を抑えるという意味ではまさに目的に合致した分子と言え、この分子に焦点を当てて実験を行い、

  • GPER1はエストラジオールを介してインターフェロンシグナルを抑制するが、細胞自体の生存には影響がない。また、この抑制効果は特異的阻害剤G15で完全にキャンセルできる。
  • 母体にインフルエンザを感染させる実験システムで、GPER1を阻害すると、胎盤特異的にインターフェロンシグナルにより誘導される様々な分子の発現が上昇する。組織学的には、胎盤の血管内皮の脱落が見られる。
  • 妊娠中にGPER1の機能を抑制すると、それだけではほとんど影響ないが、インフルエンザ感染マウスでは、出生仔数が低下する。
  • Poly(I:C)アジュバントで妊娠マウスの炎症を誘導する系でも、炎症により誘導される出生仔数の減少がさらに悪化するとともに、胎児死亡率も大きく上昇する。

ことを明らかにしている。

結果は以上で、胎児を母親の炎症から守る仕組みの一端が明らかになった。このメカニズムははっきりしないが、転写レベルでの調節で、さらなる標的を見つけるためにも今後の研究が必要だ。幸い、GPER1に対する特異的阻害剤G15は、他のエストロジェン受容体には影響しないので、母親に炎症が見られる時など、その影響を軽減するために利用される可能性は高い。

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