10月21日:ゲノムによる発ガンの疫学(10月18日号Science Translational Medicine掲載論文)
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10月21日:ゲノムによる発ガンの疫学(10月18日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年10月21日
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現役の頃、上海であった会議の後、中国の医学研究者達と一緒に、先日地震で大きな被害を受けた九寨溝や黄龍を駆け足で回ったことがあるが、九寨溝から黄龍までの途中の峠に大きな漢方薬の材料を得る店があり、一緒に旅行した近代医学の先頭に立つ研究者達も、結構真剣に冬虫夏草や様々な薬草を買っていたのを見て、漢方薬が中国に根付いていることを認識した。今中国や香港では、漢方薬にわざわざ医薬品を混ぜて効果を上げた製品が売られているのが問題になっているが、長年治療に使われてきた薬草の多くは、伝統に根付いた安全性があると確信されているようだ。

しかしすぐに副作用が現れず、伝統でも安全性を保証しきれない薬草もある。そんな一つが、2003年に台湾で腎不全という重大な副作用が指摘され使用が禁止されたウマノスズクサ科の植物だ。ただ副作用の原因として特定されているアリストロキア酸(AA)はDNAに特徴的な突然変異を誘発して、膀胱や尿道ガンを起こすことも分かっており、台湾での膀胱癌の大多数はこのAAが原因とされている。今日紹介するシンガポール大学と台湾・長庚大学からの論文は代謝経路にある肝臓にもAAの影響があるのではないかを調べたゲノム疫学研究で10月18日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Aristolochic acid and their derivatives are widely implicated in liver cancers in Taiwan and throughout Asia(アリストロキア酸とその誘導体は台湾及びアジア全体の肝臓ガンに関係している)」だ。

ガンゲノム研究の大きな成果は、ガンに見られる突然変異のパターンから、その成立機序がわかることだ。これまでの研究で、AAによる膀胱癌や尿道ガンの塩基変異の特徴が分かっている。今回ゲノムが調べられた台湾の肝がん患者さんでは、なんと78%がこの変異の特徴を持っており、変異の種類に基づく主成分解析で、一般の肝がんではなく、尿道ガンに近いクラスターに属することが確認された。
その上でこの特徴を持つ肝臓ガンの頻度を各国で調べると、中国でも4割以上、南アジア各国で6割程度、さらにベトナムでも2割程度の肝がんにこの特徴が見られている。一方幸いなことに、我が国ではほとんどこの特徴は存在しない。もちろん米国やヨーロッパも同じだが、米国での中国人患者さんでは2割近い頻度で見られることが示された。このことは、中国の伝統に根付いた薬草であるため、中国人の多い地域、あるいは文化の影響が強い地域でこの問題が発生しているのがわかる。
膀胱癌や、尿道ガンではAA自体による変異誘導が発ガンの原因になっているが、肝がんではどうか知るため、ガンのドライバー遺伝子や、ガン抑制遺伝子上でAAによる変異があるか調べたところ、多くの遺伝子の変異でこの特徴が見られることから、発ガンの危険因子として考えるべきだと結論している。
話はこれだけだが、アジア各国でガンゲノム解析が進んでいることがわかるとともに、確かにゲノム疫学研究が面白い領域になっているのを実感した。実際、薬草でも食品でも、あるいは放射線被曝でも長期的影響を調べるのは簡単でない。それをゲノムから疫学的に解析できるようになると、実験室と疫学フィールドの直結した面白い分野に発展すると思う。
カテゴリ:論文ウォッチ