7月30日 心臓内の神経回路(7月22日 Cell オンライン掲載論文)
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7月30日 心臓内の神経回路(7月22日 Cell オンライン掲載論文)

2026年7月30日
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手違いでアップロードできておらず、発表が遅れたため、心配されているようです。手違いで私は正常通り生活しております。

心臓の機能に交感神経や副交感神経が影響していることはだれでも知っている。緊張するとドキドキするし、ゆっくり呼吸してリラックスすると脈拍を落とせる。ただ、先日心房細動の後頻脈が何時間も続いたときは、副交感刺激をトライしてみたがあまり効果がなかった。ところが頻脈が続いたまま病院から炎症再生医学会で講演させて貰っていると、10分ほどで頻脈は収まったので、驚いて主治医が見に来てくれた。要するに、心臓はペースメーカー、伝導系、心筋がまとまった独立系以上の複雑なシステムで、まだまだ理解できていないことが多い。

今日紹介するイエール大学からの論文は、まさにタイムリーに心臓に存在する神経回路の存在を私に教えてくれたおもしろい研究で、7月22日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The intrinsic cardiac nervous system is essential for cardiac function and survival(心臓内の固有の神経回路は心臓の機能と生存に必須)」だ。

心臓内の固有神経システム (ICNS) は一般にも知られているが、実際の機能に正面から取り組んだ研究は少ない。この研究では心臓内の神経細胞をラベルして FACS で純化後、single cell RNA sequencing で解析、遺伝子発現から4種類の集団に分け、そのうち大きな2種類の集団をニューロペプチドY (Npy) と、NO合成酵素 Ddah1 を分子マーカーとして区別することが出来ることを発見する。

それぞれの神経の心臓内の投射を調べると、Npy 神経は心臓に広く分布しているが、特に大動脈機部と洞房結節に多く投射している一方、Ddah1 神経は、洞房結節、房室結節、肺静脈、肺動脈に投射し、いずれも心臓のリズムや機能と深く関わることが示唆された。

次にそれぞれの神経の機能と脳の自律神経支配を調べている。Npy 神経は副交感神経から投射を受け、Npy 神経自体の刺激により副交感神経刺激と同じ心拍数の低下を誘導することができる。また、ジフテリアトキシンを発現させて Npy 神経を除去すると、副交換刺激剤の作用が消失する。ただ、副交換刺激をただリレーしているだけではないことが、Npy神経を除去したマウスを長期に追跡すると明らかになってくる。即ち、Npy 神経がないと全てのマウスは心拍数が低下し続け、特に拡張期の血圧が強く抑制され、1週間で死に絶える。

この生理学的原因を探っていくと、大動脈基部での力学的コントロールに必須で、Npy 神経がないと大動脈弁閉鎖に対応する dicrotic notch が無くなり、弁が閉じた後大動脈圧が急速に低下し、結果、冠動脈への血流が低下することがわかった。即ち、大動脈基部に分布するNpy神経は、自立的に大動脈基部での力学的機能維持に関わっており、生命に必須であることがわかった。

一方、Ddah1神経は直接交感神経と結合しているが、驚くことにこの神経系をディフテリアトキシンで除去しても、マウスは正常に生存する。素人から見るとよく見つけたなと思うのだが、このマウスも、狭い場所に閉じ込めるストレス、あるいは37度という熱い環境で飼育すると、徐々に死に始める。即ち、ストレスに弱くなる。その生理学的原因を調べると、ストレスによる交感神経緊張に対して、心拍数の上昇が抑えられず、そこから不整脈、そして心室頻脈へと発展することがわかった。逆に、強いストレスにさらされたときDdah1神経を刺激すると、抵抗力が上がり生存率が高まることを示している。即ち、Ddah1 神経系は、心臓の様々なストレスに対して心機能のホメオスターシスを守る働きがあることが示された。

結果は以上で、心臓内の神経回路を理解することで、正常及び異常状態での心機能についての新しい視点が生まれることがよくわかる。それぞれの神経と伝導系や心筋との関係についてはこれからの問題だが、研究が進むに従い新しい不整脈などに対する治療が生まれることは間違いがない。また、アブレーションと言ったある意味乱暴な方法から、より特異的な治療方法の開発にも道が開ける気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月29日 発ガンに影響する遺伝的バックグラウンドの探索:原点の動物実験に戻る(7月22日 Nature オンライン掲載論文)

2026年7月29日
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千人規模のゲノム研究が可能になったおかげで、元々個別の個性を持つガンの共通性と特殊性を調べることが可能になった。実際気がついてみると、トップジャーナルに掲載されるガンの研究の多くが、つい先日紹介した京大小川研からの研究のように、1000人を超す対象を調べる研究になっている。とは言え、これらのガンの背景に、さらに100億人規模の人間の遺伝的多様性が存在することを考えると、ガンのゲノム多様性と形質について理解することは簡単でない。

今日紹介するイェール大学、エジンバラ大学、そしてハイデルベルグ ガン研究所からの論文は、ガンの多様性に寄与する遺伝的バックグラウンドについて、もう一度遺伝的に揃ったマウスの実験系へ戻って検討し直した研究で、7月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic background sets the trajectory of experimental cancer evolution(遺伝的バックグラウンドが実験的発ガンの方向性を決める)」だ。

この研究では一般的なマウス系統 C3H と B6 に加えて、東南アジアに分布するクリイロハツカネズミ (cast) 、及び同じく我が国では沖縄と東南アジアに分布するオキナワハツカネズミ (caoli) の4種類に発ガン剤を投与、発生してくる肝臓ガンのゲノムとRNA発現を調べ、発ガンに関わるホストの遺伝的バックグラウンドを調べている。この時環境面もコントロールするなど、かなり徹底した条件管理が行われている。

自然発ガンで見ると、C3H、B6、 cast、caroli の順番でガンになりやすく、caoli では通常発ガンを認めることはない。これに発ガン剤を投与すると、caoli でも肝臓ガンを誘導出来るが、600日潜在期間が必要だ。一方 C3H では200日、B6 と cast では300日ぐらいになり、発ガンに遺伝的バックグラウンドが大きく関わることがわかる。

ガンの変異には様々なタイプが分類されているが(人間ではSBS) 、これがマウスの系統により異なる。特に caroli では DEN1a と名付けたタイプが中心で、DEN1b は少ない。また、DEN2 タイプの背景には修復遺伝子の発現の差があることも示している。詳しいメカニズムはほとんど調べられていないが、このように突然変異の起こり方が遺伝的バックグラウンドで異なる。

変異遺伝子の染色体分布を見ていくと、他の系統では全く見られない、腫瘍内でのゲノム重複が caroli だけで高率に見られる。最も可能性の高い理由は、caroli でテロメアが短いことがこの異常に繋がっていることがわかる。Caroli がガンになりにくい理由も関係しているはずで、昔から言われているがテロメアも遺伝的バックグラウンドとして重要であることがわかる。

次にドライバー遺伝子を見ると、EGFR、Hras、Braf を中心とする MAPK 経路の活性化が全ての系統でドライバーになっていることがわかる。しかし、3種類のうちどの遺伝子変異が中心に来るかは遺伝的バックグラウンドが強く影響しており、例えば cast では EGFR 変異が選択される確率が高い。また、Hras 変異のうちどのアミノ酸変異が選択されるかを調べると、例えば C3H では全く起こらないアミノ酸変異が特定できる。おそらく、この変異はガンのネオ抗原として免疫サーべーランスに引っかかる可能性がある。

これまでのガン研究との絡みで重要なのは、MAPK ドライバー変異と相互作用する遺伝子発現 signature で、それぞれの系統で特徴的な転写パターンを認めることができる。特に、p53 を含むストレス応答、及び TGFβ を含む炎症反応に関わる転写パターンが系統ごとに異なり、ガンの性質を決めていることがわかる。

最後に、ガン細胞のクローン進化のパターンも変化することを示している。例えば C3H では最初のガンがあまり変化しないが、他の系統ではガン自体が多様化することがわかる。 結果は以上で、こんな簡単な遺伝的バックグラウンドの違いだけでここまで大きな変化が起こることに驚く。人間の遺伝的バックグラウンドを含めてガンを理解することの難しさを、改めて思い知らされた。時には実験の原点、単純化も重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月28日 AlphaFold の新しい使い方II:CRISPR-Casの特異性を上げる(7月22日 Nature オンライン掲載論文)

2026年7月28日
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ちょうど二日前、AlphaFold アーキテクチャーの新しい利用方法 MSA Pairformer を紹介した。本来アミノ酸配列から3次元構造を予測する AlphaFold2 の2種類のエンベッディング、multiple sequence alignments と pair representation だけを使って、異なるタンパク質同士の相互作用を解析する方法だ。具体的な構造をスキップする英断に感心した。

ただ同じような決断は、明確な目的を持って AlphaFold を利用しようとするときに必要なようで、今日紹介する北京大学からの論文は、CRISPR-Cas の特異性を上げて off target の編集を減らすための Cas 設計を AlphaFold3 をベースに追求して、構造予測前の pair representation を用いて特異性の高い Cas を設計できることを示したおもしろい研究で、7月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Precise DNA base editing using AlphaFold3-based contact modelling(AlphaFold3をベースにしたコンタクトモデルにより正確な遺伝子編集が可能になる)」だ。

遺伝子編集には標的に結合する ガイドRNA が用いられるが、これがミスマッチ部位でも Cas をガイドしてしまうと、標的でない off target 編集が起こる。ただ、闇雲に起こるわけではないので、どこで off target の編集が起こるかをまず特定し、on target 部位と比べる必要がある。ただ、遺伝子切断活性のある Cas9 を使うと、切断後の修飾など on 及び off target 部位を正確に特定できない。そこで、この研究では Cas9 の切断活性を除去し、アデニンをイノシンに変えるデアミナーゼを結合させて、一塩基の変化で Cas が認識した部位が正確に特定できるようにしている。これにより、いくつかのガイドについて on target と off target の編集サイトをリストすることができた。

そこで、核酸とタンパク質の立体構造を決めることができる AlphaFold3 を使って、off target であるにもかかわらず編集が起こった構造学的基盤を特定しようとした。まず、デアミナーゼが Cas に結合したままでは、AlphaFold3 と言えども、DNA、ガイドRNA、Cas9が集まる構造を正確には示せなかったようだ。幸い、Cas9のみにすると、結合部位の立体構造がわかり、ガイドと標的が完全に結合していないが、結合コンプレックスが構造的によく似ていることがわかった。

AlphaFold3はsingle representationと呼ばれる分子構造情報のエンベディングとアミノ酸残基同士のpair representation(2日前の MSA pairformer についての解説を参照)を用いているので、onとoffでの違いをエンベッディングのベクトル距離で探ると、pair representationから抽出できるcontact probabilityが、on とoffの違いを敏感に区別出来ることを発見する。おもしろいのは構造にしてしまうと見えない差が、pair representationレベルでは見つかる点で、計算もしやすいことから今後タンパク質の解析に使われていく予感がする。以前、児童精神医学のカルテを、小さな言語モデルでエンベッディングして文章をベクトル化することで、カルテを読むだけではわからないコンテクストが、容易に発見できるという論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/26447)、デコードする前の潜在空間の情報量のすごさに感心する。

これに基づいて、contact probability に関わる領域に変異を入れて編集の特異性を上げる可能性を調べ、on target に対する編集効率はそのままで、off target 編集を抑えることが可能なこと、さらに同じ方法を Cas9 だけでなく、Cas12 にも利用できることを明らかにしている。

以上が結果で、2日前に紹介した論文と、目的は違うが AlphaFold などを構造予測に使うのではなく、構造予測を支える pair representation を使ってタンパク質を解析・設計するという点でよく似ているので紹介した。両方の論文を読んで感じるのは、生命科学の明確な目的を持って生成AIを使うなかで、AIの問題点をしっかり把握し、自分流に改善することの重要性だ。これには何よりも若手研究者の育成が重要で、どちらも長期の「骨太の計画」が必要だと思う。さて、だれが立案するのか?

カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日 GLP-1受容体アゴニストの気になる副作用(7月22日 British Medical Journal オンライン掲載論文他2編)

2026年7月27日
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昨日の日経新聞に「肥満薬、開発レース激しく」というタイトルで、GLP-1などの抗肥満薬の市場規模が30兆円になろうとしていることについての記事が出ていた。驚くべき数字で、フィーバーぶりがわかるが、GLP-1受容体アゴニスト (GLP-1RA) の作用についてはまだまだわかっていないことも多く、思わぬ副作用が起こる可能性を示した論文を3編紹介する。

最初のペンシルバニア大学からの論文は、GLP-1RA を使っている糖尿病患者さんは脱毛症になる危険性が SGLT-2 阻害剤群より高いことを示した研究で、British Medical Journal に掲載された。タイトルは「Risk of hair loss associated with glucagon-like peptide-1 receptor agonists in adults with type 2 diabetes: target trial emulation(2型糖尿病の成人のGLP-1RAは脱毛症のリスクがある)」だ。

研究はペンシル大学医学部の関連病院の電子カルテから、2型糖尿病で GLP-1RA、SGLT2 阻害剤、DPP4 阻害剤のいずれかの投薬が始まった患者さんで、投薬前に円形脱毛症の診断を受けたことのない患者さんを年間追跡、脱毛症の発生を調べている。

結果は明白で、SGLT-2阻害剤やDPP-4阻害剤投与群と比べて、円形脱毛症の発生頻度は2倍近い(1000人に7人程度の発症)。GLP-1RA の薬剤の中では、GIPR にも効果がある Tirzepatide 服用群が最もリスクが高い。

以上の結果は、これまで小さな規模の研究で指摘されてきたことを、1万人規模の対象で確認したもので、脱毛症は GLP-1RA の副作用として明確になった。これまでカロリー制限が脱毛を誘導することは知られており、急速に体重を低下させる GLP-1RA も同じメカニズムで脱毛を促進すると考えられる。ただ、自己免疫性の円形脱毛症の発生は認めないので、免疫より、代謝や内分泌の変化が重要と結論している。

2番目はトロント大学からの論文で、GLP-1RA 使用による虚血性視神経症の発症リスクを調べた研究で、6月22日号の Neuro-ophthalology and strabismus に掲載された。タイトルは「Ischemic optic neuropathy with semaglutide: global observational analysis of sex- and formulationspecific risk(セマグルタイドによる虚血性視神経症:国際的観察研究による性別、薬剤別のリスク)」だ。

研究ではFDAの副作用レポートデータベースから2017-2024年にいずれかの GLP-1RA を用いたとき虚血性視神経症を発症が診断されたリスクをオッズヒトして算出している。結果は驚くべきもので、ozempic、semaglutide、wegovy 全てで、特に男性で虚血性神経症の発症リスクが上昇している。おもしろいのは、成分は同じでも wegovy を利用時のリスクが高く、それぞれが含んでいる用量から考えると、使用量の多いほどリスクが上がることになる。一方 GIPRA 作用も持つ Tizepatide ではほとんどリスクは上がらないことから、抗肥満剤として用いるとき、wegovy のような高用量の GLP-1RA は避けて GLP-1/GIPRA を選んだ方が良いという結論になる。

最後のカナダ・British Columbia大学からの論文は、動物実験で GLP-1RA 投与が骨再生に関わる骨芽細胞に影響する可能性を示した研究で、7月21日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Negative effects of semaglutide on bone in obese mice(肥満マウスでセマグルタイドは骨にネガティブな効果を示す)」だ。

研究は単純で、12週間高脂肪食で肥満にしたマウスに、4週間毎日セマグルタイドを投与して、大腿を採取、重さや強さ、血液中の分子マーカーなどを調べている。セマグルタイド非投与群では食事量を投与群と同じに調整して、食事量による変化を平準化している。

結果は明確で、大腿骨の重さ、強さ、もろさなど強度が低下していること、そして血中のオステオカルシンやPINPのような骨芽細胞活性マーカーが低下していることが示されている。ただ、セマグルタイドをやめると全て元に戻る。

以上の結果は、動物実験で、セマグルタイド毎日投与という方法の問題はあるが、GLP-1RA が脂肪や筋肉だけでなく、骨の代謝にも影響して体重を落とす可能性があることを示唆し、臨床的にも確かめる必要性を指摘している。

以上が結果で、30兆円という市場が形成される薬剤だが、まだまだ我々の知らないことがあることを示唆している。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日 MSA Pairformerという AI の新しい方向(7月21日 Cell オンライン掲載論文)

2026年7月26日
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自分のガンのRNAデータを見ていると、例えば分子Aは分子Bと結合するだろうかなどと疑問が出る。この分子間相互作用については膨大な研究があり、例えば K-ras がどの分子と結合するのかなどは文献を探すことでかなりわかるのだが、AとBをインプットして結合するかどうか判断してくれる AI があればさらに便利だ。

今日紹介する MIT からの論文は、まさにこのようなリクエストに正確に答えることができる AI モデルについての研究で、7月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Expanding the scope of protein language modeling to protein-protein interactions with MSA Pairformer(タンパク質の言語モデリングをタンパク質同士の相互作用に拡大する MSA Pairformer )だ。

例によって数理部分をほとんど理解せず紹介していることを断っておく。

さて、ほとんどのタンパク質についての LLM は、個別のタンパク質を学習して、それらが分布する進化コンテクストの潜在空間を作っており、異なるタンパク質の相互作用に関するデータは存在しない。そのため構造を予測してから相互作用するか計算することになる。例えば KRAS と RAF1 が結合するかどうかを調べようと思うと、頭に浮かぶのは AlphaFold-multimer や AlphaFold3 を用いて構造を予測して相互作用の可能性を計算する方法だ。元になる AlphaFold は、構造を決定するとき、可能な限り多くの異なる種のアミノ酸配列を比較する Multiple sequence alignment (MSA) を作成し、またアミノ酸残基間の位置関係を記録する Pair representation を作成する。これから Transformer/attention で特徴抽出を行い、構造もデジュールで構造をアウトプットしている。従って、K-ras と Raf の構造を予測した後、結合面があるかを計算することになる。

この研究では、MSA と pair representation は一つのタンパク質の異なるアミノ酸残基の共進化と位置関係を表現しているので、わざわざ計算の大変な構造予測まで進まず、MSA と pair representation だけで、アミノ酸同士の結合を予測できるのではと考えた。さらに、可能な限り多くのアミノ酸配列の MSA ではなく、例えばヒトの K-ras に近いアミノ酸配列を重み付けして MSA や pair representation を形成することで、予測精度を挙げられると考えた。

そしてまず普通の LLM と同じように多くのタンパク質を学習させたあと、相互作用するか比べたいタンパク質AとBを、あたかも一本のタンパク質に統合して調べる、Paired MSA 方法を考案した。もしA、Bが相互作用している場合は、MSA を作成することで、セットで共進化するアミノ酸残基の組み合わせが見つかると予想され、見つかった場合はその残基同士が相互作用時の結合部位になっていると考えられる。もちろん全く共進化がないとすると、相互作用のないタンパク質ということになる。

この時、通常の Transformer と異なり、著者らが Query Biased Outer Product と呼ぶ方法を考案し、例えば調べたい human K-ras と Raf に近い配列で paired MSA を作成し、アミノ酸残基の関係が抽出された pair representationから相互作用するかどうか、どこで結合するのか、結合の強さはどうか等を計算することができるようにしている。

重要なのは、実際の構造予測をスキップしているおかげで、小さなワークステーションで済む点で、著者らは MSA pairformer では一つの H100 GPU で10日あればトレーニング可能で、大規模な ESM2 モデルのように512題の H100 GPU を使う必要がないことを強調している。

後は、既に知られている例えばバクテリアのトキシンとアンチトキシンや ABC トランスポーターなどいくつかのタンパク質について、分子間相互作用を数値化できるか、変異が起こったときの相互作用の変化を予測できるか、等を他のモデルと比較し、MSA pairfomer が高いパーフォーマンスを示すことを明らかにしているが、詳細は全て割愛する。

以上、数理については全く理解せずに紹介していることを繰り返すが、これまで一本のアミノ酸に限定されていた MSA や pair representation を、異なるタンパク質を一本に統合する Paired MSA を考案して、タンパク質同士の相互作用を正確に予測できるようにしたことは、私のような素人にもコロンブスの卵のような素晴らしいアイデアに思える。しかも、一般的な MSA のように可能な限り多くのアミノ酸のアラインメントをとるのではなく、知りたい (Query) 分子に近い (biased) タンパク質を重み付けしてアラインメントをとることで情報の質を高め、3次元構造生成をスキップして、計算コストを大幅に下げたということは、何でもかんでも大きなモデルを作ってそのパーフォーマンスを誇るのではない、新しい方向性を示しているように感じた。

おそらく私の説明では不十分だと思うので、是非自分で論文を読まれることを勧める。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日 完新世の言語多様性の変化(7月25日号Science掲載論文)

2026年7月25日
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ビクトリアの滝を案内してくれたザンビア人のガイドさんが、20種類の言語を話せると自慢していた。と言っても、英語以外はザンビアやジンバブエ周辺に住む人たちが使っている言葉のことで、それぞれはかなり似通っているおかげで何種類も話せるのだと思う。ろうあの子供から自然発生したニカラグアの手話は集団が200人ぐらいに達したときに誕生したと言われているが、ホモサピエンスは一定の集団になるとそれぞれの言葉を自然発生させるのだろう。とすると、膨大な数の言語が生まれ消えていったことになる。

今日紹介するハーバード大学とイエール大学からの論文は、完新世、即ち人類がユーラシアに分布した後2万年が経過した後から現在までの比較的温暖な気候で人類が急発展した時代の言語の多様性を理論的に探った研究で、7月25日 Science に掲載された。タイトルは「The rise and fall of language diversity through the Holocene(完新世での言語多様性の盛衰)」だ。

人間が生み出した道具と比べると、言語は音以外の物理性がない点で際立っている。この物理的制限がないおかげで、未来や目的など存在しないものを表現できる唯一の道具として、宗教から科学まで人間のあらゆる文化の基盤となってきた。ところが、この物理性の欠如は、文字が生まれる前の言語の研究を困難にしてきた。

この研究も含めて完新世の言語多様性の研究はほとんど理論的な研究になる。これまで3種類の仮説があり簡単に紹介しておくと、

  1. Megadiverse paleolithic hypothesis : 農耕により集団が大きくなる前に、人間の集団数だけ言語が生まれ、その数は何万にも達したが、農耕が始まってからはコンスタントに減ってきた。
  2. Demographic Boost Hypothesis : 逆に農耕は人口動態を安定化させ、これに呼応して言語数も増加、農耕前に数千に達していた言語が人口とともに1万程度に自然増加した。
  3. Premodern equilibrium hypothesis : 言語の数は、植民地主義以前はずっとコンスタントに1万近くで維持されていた。即ち、農耕などはほとんど言語多様性に影響がなかった。

それぞれの仮説の基盤となるエビデンスがあるのか全く知らないが、大議論が続いていると言った話ではないように思える。これに対し、この研究では民俗学や人口動態研究に基づいて仮説を立て、言語多様性の変化を調べたのが、この研究の重要性だと主張している。

この研究では、言語は集団で生活する狩猟採取民から発生し、従って狩猟採取民の数が言語の数とほぼ同じであること、農耕による定着前の完新世での狩猟採取民のグループサイズは一定化していたこと、しかし、農耕などにより急速に人口が増加し、言語数の増加を遙かに上回るようになった。以上のことを基盤に、モデルを作成、言語数を推定している。

これによると、農耕前に5000近くに達していた言語多様性は、農耕による人口増加とともに、さらに拡大を続け、これまで言語数を低下させると考えられていた エジプト、メソポタミア、黄河 などの文明の誕生後もさらに多様性が加速し、2000年前にピークに達したと結論している。即ち、これらの文明は他の地域を一つの言語圏へ集約させるモーメントはなかったと考えている。しかし、2000年になると、これまでの仮説が全く及ばない要因が発生する。例えば世界宗教、ローマなどの植民地主義等などだ。そして、ヨーロッパ列強による植民地主義が広がる500年前ぐらいから、言語数は急速に低下し、現在は農耕前の7000程度の言語数に低下した。

以上が結果で、ある程度納得は出来るおもしろい研究だとは思うが、まだまだ本当かという疑問の心は残る。また、この研究の基本は完新世の初期段階が中心で、文字のインパクトはあまり考慮されていない。しかし、物理性のない言語に物理性を付与する文字は、文字のない言語が消失する大きな要因になったのではと想像する。

こうして考えると、そのオリジンはわからないが、最終的に1億人が日本語で統一され、しかも漢字を日本語用に使い回して日本語に同化させ、ワープロの登場で漢字を使うことが楽になった日本語の歴史は奇跡に感じられる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月24日 他の個体に感染するナマズのメラノーマ:第4の感染するガン(7月17日 Nature オンライン掲載論文)

2026年7月24日
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感染性のガンの存在はイヌを飼っている人には広く知られていると思う。主として交尾中にイヌからイヌへ伝搬し、遺伝子解析からオオカミから存在し、数百年以上にわたって維持されていることが示されている。イヌ以外には、このブログで何度も紹介したタスマニアデビルの顔面に発生する腫瘍で、食べ物を争うときに感染し、一時はデビルは絶滅の危機にまで追い追い詰められた(https://aasj.jp/news/watch/4641)。これに加えて北アメリカのオオノガイの白血病は、細胞が海を漂って他の貝にに感染することが報告されている(https://aasj.jp/news/watch/3246)。

今日紹介する米国・バーモント大学からの論文は、バーモント州の Memphremagog 湖のナマズに発見されたメラノーマが感染性であることをゲノムから証明した研究で、4番目の感染性腫瘍の発見になる。タイトルは「Brown bullhead catfish melanoma represents a novel transmissible cancer ブラウンブルヘッドナマズのメラノーマは新しい伝搬性のガンだ」」で、7月19日 Nature にオンライン掲載された。

この湖では2012年に一部のブラウンヘッドナマズ (BHC) にメラノーマが見つかることが報告された。そして、2014年から2017年にかけて、なんとメラノーマにかかった個体が23-37%へと上昇し、一般的な個別の個体に発生するメラノーマの頻度をはるかに超えていることがわかった。そこで、第4の感染性腫瘍の発見と考え、19個体のメラノーマと正常脳組織、さらに近くの湖の BHC の全ゲノム解析を行っている。

まずミトコンドリアゲノムを調べると、全てのメラノーマはホスト組織と異なっていること、そして腫瘍のミトコンドリアは多様化はしていても、は同じ起原を持つミトコンドリアに由来していることが明らかになった。

次に核染色体のゲノムを調べると、メラノーマと、正常組織の系統樹は全く異なることが明らかになった。即ちメラノーマの起原は、この湖で見られる個体のゲノム多様性が生まれるより早い段階で発生し、その後メラノーマ自体で多様化していることがわかる。さらに、組織でもメラノーマでも一塩基レベルの多様化が発生しているが、個体で見られる多型のほとんどは1個体だけでしか見られないが、メラノーマの多型の多くは16/19メラノーマを筆頭に、複数のメラノーマで共有されていることを明らかにした。

さらにより大きな構造変化を見ると、メラノーマではほとんどの変異が12種類以上の個体で共有されているが、脳組織では頻度も低く、ほぼ全てが1個体だけで見られる。

以上が結果で、ゲノム解析だけが行われているが、間違いなくメラノーマが感染性に伝搬していることは間違いないと思う。タスマニアデビルと異なり、野生の魚と言っても飼育することが出来るだろうから、ゲノムとガンの個体を超えた伝搬について実験的な研究へと進むことを期待する。このナマズは生殖時に身体をすりあわせるので、おそらくこの時に感染したと著者らは想像しているが、感染の拡大から考えると、実験的な感染実験と、それに基づく個体間感染のメカニズムが明らかに出来るのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月23日イントロンとスプライシングのない真核生物を作る(7月23日 Cell オンライン掲載論文)

2026年7月23日
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実は昨日起床して隣の部屋に行くとき失神し、肋骨を骨折してしまいました。最初脱水による立ちくらみかと思っていたのですが、病院で血圧が低く、130を超す洞性頻脈があることを指摘され、心房細動による血圧低下が原因ではと、一晩病院に泊まり様子を見ました。たまたま炎症再生委学会で講演をする予定だったので、会長の椛島先生にお願いして病院からzoomで講演をしたのですが、初めて10分ぐらいで頻脈が見事に治ってしまいました。結局ホルター心電図を装着して退院する前にこの記事を書いています。肋骨骨折はCTでははっきりわからないのですが3本ほどカクカク言うので、間違いはないと思います。こちらの痛みの方がやっかいそうです。とは言え、今日もおもしろい論文を紹介することが出来ました。

真核生物と原核生物を比べた時、イントロンの存在は真核生物の特徴の一つだ。そして、遺伝子がイントロンを含む場合、必ずスプライシングによって翻訳される遺伝子を作る必要がある。このようなイントロンやスプライシングの進化を考える時、イントロンのない原核生物を形成して、イントロンの意義を調べるのは一つの方法といえる。

今日紹介する中国科学アカデミー上海生化学細胞生物学研究所からの論文は、イントロンは真核生物にとって必要かという素朴な疑問を、全てのイントロンを出芽酵母ゲノムから取り除くのに成功し、イントロンなしでも真核生物は生きていることを証明した論文で、7月23日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A spliceosome-independent eukaryote generated by complete intron removal(スプライソゾームの必要ない真核生物をイントロンを完全に除くことで作ることに成功した)だ。

出芽酵母には300のイントロンが存在し、これらを一つ一つ欠損させるとすると、10年以上の月日がかかるらしい。そこで、ランダムにイントロンを導入した後、二つの染色体を持った酵母内での減数分裂時の組み替えでイントロンの除去数を増やす方法で、最終的に完全にイントロンが存在しない SYNE27 の作成に成功する。それまでの中間段階の解析もおもしろいが、全て割愛して SYNE27 について説明する。

スプライシングが必要無くなってさぞかし楽になったかと思いきや、イントロンが減るにつれて増殖力は低下していく。しかし、SYNE27 を正常のゲノムとディプロイドにしても細胞増殖は低下しないことから、増殖にネガティブに働く要因が存在するわけではない。

増殖が低下する原因を調べると、リボゾームの合成に関わる様々なリボゾームタンパク質の合成が低下し、翻訳活性が低下することが最大の要因であることがわかった。このことは、イントロンの獲得とスプライシングシステムが進化的に染色体を持つ真核生物の適応性を高めることを意味する。その意味で、イントロンの全く存在しない SYNE27 をスタートラインにして、イントロンの新たな獲得の意義を調べる新しい研究が可能になる。

イントロンを全部は除去しても、スプライシングに必要な遺伝子は全て残っている。しかし、SYNE27 からスプライシングに関わる様々な分子を除去しても、SYNE27 は増殖を続ける。即ち、スプライシング分子は、スプライシング以外の他の機能を保っているかもしれないが必須ではない。おもしろいのは、イントロンが存在しない SYNE27 でも、配列の中からスプライスシグナルを探し出して遺伝子の一部を除去する反応が低い確率であるが見られる。これはイントロンのある酵母では見られない反応なので、本来のスプライシング標的がなくなったときに現れるが、原始的なスプライシング酵素がどのような mRNA 調節を担っていたのかを知るための重要なヒントになるかもしれない。

以上が主な結果で、最後に書いてあるが4年という月日を費やしてイントロンが全く存在しない出芽酵母を作成したことは、本当に素晴らしいチャレンジだと思う。さらにこの過程で、様々なレベルでイントロンが除去されて中間段階の酵母が樹立され、また SYNE27 ではスプライシングに必要な分子を全て除去する株の確率にも成功している。これらの材料は、スプライシングの進化を考える上で必須のツールになる。これまで、遺伝子の中に飛び込んだ selfish DNA がイントロンの起原と考えられているが、この研究で 自己的 DNA がホストに取り込まれて、安定な遺伝子制御に使われた可能性が示唆されている。一つの合成生物学の道筋がついた気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月22日 抗体を用いた分子間相互作用とRNA発現を同時に調べる空間トランスクリプトーム法の開発(7月17日号 Cell オンライン掲載論文)

2026年7月22日
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組織標本上で何千ものRNAやタンパク質の発現を調べたり、あるいはトランスクリプトームを調べたりできる、空間トランスクリプトーム法についてはこのブログでも何度も紹介し、おそらく実験室でも高額ではあっても利用可能なテクノロジーになってきている。そして、次から次へとより困難な課題にチャレンジする研究も生まれている。

今日紹介するシカゴ大学からの論文もこのようなチャレンジの一つで、複数の抗体による染色とVisiumトランスクリプトームを組み合わせて、分子間、あるいは細胞間相互作用が起こっている場所でのトランスクリプトームの変化の解析を可能にする研究で、7月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Spatial proximity sequencing maps developmental dynamics in the germinal center(トランスクリプトームの空間的近接性は胚中心の発生動態を明らかにする)」だ。

胚中心はリンパ組織内で免疫反応に関わる構造で、抗原刺激により現れ、抗体産生とその成熟に必要なリンパ球や樹状細胞の相互作用が進むダイナミックな組織だ。この研究の目的は、複数の抗体を用いて分子間あるいは細胞間の相互作用を特定した後、そこで起こる遺伝子発現変化を解析する方法の開発なので、胚中心は方法を検証するのに格好の対象と言える。

さて方法について詳しめに解説する。この方法の基盤は 10XGenomics 社の Visium と呼ばれる空間トランスクリプトーム法で、2ミクロン平方のスポットに異なるバーコードを持つ polyT を結合させ、その上に貼り付けた細胞に発現する mRNA をキャプチャーし、そのあとスライドグラス上の全ての RNA をまとめてシークエンスしたあと、バーコードに従って発現していた RNA の空間配置を再構成する方法だ。

この研究で開発された Sprox-seq と呼ぶ方法は、これに32種類の抗体を用いる染色を合体させる方法だ。重要なのは抗体を組み合わせるだけでなく、分子と分子が近接して相互作用している現場を特定することを目的としている点だ。事実、抗体を Visium に組み合わせるだけなら、抗体に PolyA と特定する配列を結合させておけば、発現 RNA とともにどの抗体が結合していたかを、同じ配列解析から抽出することができる。一般に行われるかどうかはわからないが、Visium 自体は RNA だけでなく、原理的には抗体によるタンパク質の同定も同時に出来る立て付けになっている。

例えば接着分子同士の結合を考えると、2種類の抗体が同じスポットに現れれば可能性は高いと推察できるが、Visium の解像度では本当に近接していたのかはわからない。そこでこの研究では、Aと言う分子に対する抗体に一つの PCR シグナルとバーコード、そして DNA 同士のリゲーション部位を結合させ、Aと反応するB分子に同じくリゲーション部位、バーコード、そして Visium にキャプチャーされるための polyA を結合させ、両方の抗体が近接する場所だけ抗体の情報がスポットに残るようにしています(この文章を読ませて Chat に書かせた図を掲載しておきます)。

これによって、例えば接着分子が結合している部位を空間トランスクリプトーム上にマップすることができる。

様々なテクニカルな条件を検討した後、胚中心で相互作用している分子の局在や、結合の強さを調べているが詳細は省く。代わりに一つだけ例として CD29 と VCAM1 、インテグリンα4 の接着分子同士の結合を検討し、インテグリン α4/VCAM1 及び CD29/VCAM1 の結合の局在が異なることを示している。

方法を説明したかったので、胚中心のバイオロジーについてはほとんど割愛してしまったが、発生学、免疫学、腫瘍学など様々な分野で役立つのではないだろうか。しかし、空間トランスクリプトーム解析法の進展は著しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月21日 Resident マクロファージ機能と老化(7月16日 Science 掲載論文)

2026年7月21日
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細胞レベルでも、臓器レベルでも古くなった分子や細胞を新しいものに置き換えることが生命にとって必須の過程だ。この過程の異常は老化の重要問題として研究されてきた。まずリクルートする側、即ち幹細胞から分化した細胞の供給が老化で低下することは、だれもが感じる。さらに、最近では老化した細胞を速やかに除去できないと、臓器や個体全体の老化が促進されることが示され、死にかけの細胞の処理を速めるセノリシスによって老化を食い止める方法の開発が進んでいる。ただ最近様々な治験結果が出てきて、人間でセノリシスが老化を抑えるという仮説については再検討が必要なようだ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、古くなった細胞を処理する機構を高めて老化を防ぐという点ではセノリシスのアイデアに似ているのだが、処理される細胞が好中球に限られており、古くなった好中球が臓器に溜まると障害を起こすが、これが臓器老化の一因であることを示す研究で、7月16日 Science に掲載された。タイトルは「Restored clearance of senescent neutrophils by tissue-resident macrophages limits organ aging(老化した好中球の除去機能を組織で回復させると臓器の老化を抑制できる)」だ。

この論文はおもしろいというより、老化という定義の難しい言葉を使ってしまうことの問題を認識させる論文だとおもい紹介することにした。肝臓のクーパー細胞、脳のグリア細胞など、組織内で再生して機能するマクロファージは、tissue resident macrophage (TRM) として知られている。

この研究に至ったいきさつはわからないが、まず TRM 特異的にプロスタグランディンE2受容体 (EP2) をノックアウトするところから研究が始まっている。TRM とそれ以外のマクロファージを区別することはそう簡単ではないので、完全に TRM 特異的 KO とは言えないが、TRM での発現レベルが半分以下になるマウスを作成して、肝臓、肺、脳で TRM を調べている。TRM は老化とともに数が低下するが、EP2-KO ではこの低下が抑制される。

特に自然炎症や免疫に関わる遺伝子発現を見ると、老化 TRM で上昇傾向が見られるが、これが EP2-KO で元に戻る。これは、肝臓や肺だけでなく、腸、心臓、腎臓でも見ることができる。大事なのは、その結果で老化に伴う脳の認知機能低下が防がれ、四肢筋肉が強くなり、心筋の強度も高まる。実際に TRM の数の低下は2-3割程度で、それが9割ほど元に戻るだけなのだが、臓器機能への効果は意外に高い。

この原因を single cell RNA sequencing で調べると、老化によるTRM の減少に呼応して、老化した好中球や、細胞死の途中の好中球が処理されずに溜まってきていることがわかる。それだけでなく、溜まった死にかけ、あるいは細胞死細胞から炎症性サイトカインが放出され、NETosis と呼ばれる核酸の排出まで起こっている。ところが、PE をノックアウトすると、これらの異常がほとんど正常化することがわかった。このように、死にかけの好中球を処理することをエフェロサイトーシスと呼ぶが、老化に伴い TRM の数が減るだけでなく、エフェロサイトーシス機能が低下し、その結果死にかけの好中球から炎症物質が出て臓器を傷害する。

老化に伴う TRM のエフェロサイトーシス機能低下は、細胞をマクロファージが取り込むときに必要なインテグリンなどの発現異常によっており、EP2-KO でこれら機能分子の転写調節に関わる分子の発現が活性化されることで、エフェロサイトーシスが正常化することも示している。またノックアウトだけではなく、EP2 機能を阻害する化合物を2ヶ月投与する実験で、肝臓や脾臓で老化とともに上昇してくる死にかけの好中球の数を、化合物により低下させられることも示している。

最後に、人間の肝臓の single cell RNA sequencing データベースから、人間でも老化に伴い死にかけの好中球が増加し、炎症性サイトカインの分泌も高まっており、マウスと同じ状態が起こっていることを示している。

結果は以上で、元々プロスタグ TRM を減らし、マクロファージのエフェロサイトーシス機能を落としてしまう結果、死にかけの好中球が臓器に溜まることで、逆に炎症が起こるという結論だ。そして、EP2 機能を抑えることで、老化を防げるという結論になっている

しかし、これを老化と言っていいのかわからない。EP2 も若い段階では炎症が高まらないよう重要な機能を果たしている。しかしこの論文では追求し切れていない、年齢による影響により TRM 特異的に思いがけないサイクルが始まり、この時 EP2 のような炎症を抑える分子が逆に炎症を高め、臓器が傷害されるという話だ。これを老化と一言でまとめていいのか、そして EP2 阻害を若返りの薬と言っていいのか、個人的には違っているような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ