3月15日 光遺伝学創始者 Karl Deisseroth が老化を研究したら(3月12日号 Science 掲載論文)
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3月15日 光遺伝学創始者 Karl Deisseroth が老化を研究したら(3月12日号 Science 掲載論文)

2026年3月15日
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Karl Deisseroth は哺乳動物に光遺伝学を導入し、神経科学のあり方を根本的に変えた研究者で、いつノーベル賞を受賞してもおかしくないとだれもが認める神経科学者だ。このブログでも何度も紹介したが、マウスを使っていても彼の論文はいつも楽しめる。2020年に紹介した解離体験をマウスで研究するロジックなどはむちゃくちゃ面白いだけでなく、精神医学からドストエフスキーに至るまでの強要の深さを感じた(https://aasj.jp/news/watch/13913)。あまりに感激したので Youtube 配信までしてしまった(https://www.youtube.com/watch?v=6Q6tbLO79sw)。

その Deisseroth があろうことか老化にチャレンジした論文が3月12日号の Science に掲載された。タイトルは「Lifelong behavioral screen reveals an architecture of vertebrate aging(一生涯行動を追跡すると脊椎動物の老化の構造が見えてきた)だ。

まず脊椎動物として選ばれたモデルだが、やはりこのブログで何度も紹介している寿命の最も短い脊椎動物、キリフィッシュを選んでいる(https://aasj.jp/news/watch/4519)。と言うのも、キリフィッシュを実験室で飼育できるようにしたのが、Deisseroth と同じスタンフォード大学の Anne Brunet で、おそらく一緒に研究しようという話が持ち上がったのだと思う。

ただ、これまで紹介したような老化研究に Deisseroth が満足するはずはない。この研究では、一匹づつケージに入れて、その行動を死ぬまで毎日ビデオで記録し、老化に伴う行動変化を研究できるかという大変な課題にチャレンジしている。光遺伝学で数多くの細胞を同時記録し操作するシステムを開発した Deisseroth ならではの発想で、研究では一度に40匹ほどのキリフィッシュを同時に死ぬまで飼育し記録できるシステムを構築している。

膨大な記録だが、これをニューラルネット畳み込みモデルを用いて6種類の行動パターンをキャッチさせ、この基本パターンの変化としてキリフィッシュの行動を数値化している。こうして得られる多次元配列構造をテンソル成分分析により44種類のコンポーネントに分解し、これから得られる毎日の行動の変化を、飼育開始から死ぬまでの軌跡として表現出来るようにしている。

キリフィッシュでは寿命にそれほど差がないのかと思っていたが、飼育環境は全く同じなのに46日から394日まで寿命は極めて多様だ。その結果、短命の個体と、長命の個体の軌跡を比べることが可能になり、両者の行動パターンが大きく異なることを明らかにしている。

膨大なデータなので、誤解を恐れずまとめてしまうと、寿命の長短を決める行動パターンは、若いときから異なっており、例えば運動が素早い魚ほど長生きすると言った相関が見える。人間でも歩くのが速い人が長生きするといった感じだ。ただ行動から寿命を正確に予測するとなると、100日目を超したぐらいの行動パターンの比較が重要で、よく動き、よく眠り、概日周期にしっかり合わせた行動パターンを示す魚ほど長生きすると言える。

とは言え、行動パターンは徐々に変化するのではなく、行動が大きく変化するいくつかの段階を経て死に至ることがわかる。さらに、健康的な動きを示す期間が最後まで続くわけではなく、寿命と健康寿命は分かれる。

もちろん寿命の長短を決める遺伝子発現と相関させることも可能だが、この研究では脳の遺伝子発現との相関はあまり調べられていない。しかし、肝臓でリボゾーム合成が高いほど短命である事もわかる。

詳しい内容は是非自分で読んでみてほしいと思うが、行動と老化を脊髄動物で詳細に調べたのは初めてではないだろうか。ともかく測定や分析システムはさすが Deisseroth と思わせる実験系で感心する。

魚でこそ行動分析は簡単でないが、我々人間はスマートウォッチやスマートフォンで一定の行動を記録され続けている。さらに、我々の脳の経験のアバターも可能になることは間違いない。この記録に、当然我々の脳の機能も含まれる。おそらく Deisseroth の頭の中には、将来を見据えた長期の計画があるように感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月14日 ウイルス流行のゲノム背景(3月6日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月14日
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インフルエンザやコロナウイルスが人間で流行する前、様々な動物で維持されていることは、今や専門家以外にも知られる事実になっている。そして、この動物内で維持される過程で、エンデミック、あるいはパンデミックに流行するための下地が用意されていると考えられている。すなわち、動物の中で人間で流行が進むような適応が起こっていると考えられてきた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校を中心とするグループの研究は、この通説にチャレンジして、ほとんどの場合ウイルスが急速に進化するのは人間に感染してからである事を、様々なウイルスで確かめた研究で、3月6日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Dynamics of natural selection preceding human viral epidemics and pandemics(人間での流行やパンデミックになる前のウイルスの動態と自然選択)」だ。

基本的には人間への感染が広がるためには、人間の生活環境や免疫システムにフィットするように進化することが必要で、ウイルスの場合、コードされる遺伝子のアミノ酸変異を伴う変異の蓄積として現れる。これについても、コロナパンデミックの時にメディアを通して、コロナウイルスがどんどん変異していく様子をほとんどの人が目の当たりにした。

もしこのような人間での流行を起こす変異が動物で維持されている段階で発生しているかを、インフルエンザ、エボラウイルス、マーブルグウイルス、サル痘ウイルス、そしてサーズウイルスで調べたのがこの研究で、ウイルスの組み替えの少ない領域での変異がアミノ酸の置換を伴うか伴わないかの比を指標に調べている。研究としては極めてシンプルだ。

結果もシンプルで、動物で維持されている期間には、あまり強い選択圧がない(即ちアミノ酸置換変異が特に選択されることはない)が、人間同士で感染するようになってすぐから、アミノ酸置換変異が増え、強い選択圧が発生していることがわかる。

唯一の例外はコウモリからジャコウネコに感染したサーズウイルスで、動物内で選択圧にさらされていることがわかるが、それ以前のコウモリでは選択が見当たらない。面白いことに、この場合人に感染してもそれほど強い自然選択が起こっていないので、動物で流行が用意されても、人間でそれが反映されないことの例になっている。

SARS-Cov2についても、感染が始まった初期の中国で、コウモリ、ハクビシン、人間と調べているが、動物で選択パンデミックが進化したサインは全くないことが示されている。

その上で、最後に1950年代に流行したH1N1インフルエンザが、1977年になって再流行したケースについて詳しく調べ、おそらくワクチン作成のために実験室でウイルスが人為的に選択された結果生まれた多様性が、新しい流行を発生させたことを明らかにしている。

結果は以上で、結局人間の密度や生活環境がウイルスの多様化を生み出し、パンデミックを発生させることがよくわかった。さらに、コロナの場合、動物と人間で感染し合うことは普通にある事はスパイクに対する受容体の共通性からもわかるので、おそらくこの間にウイルスが人間の免疫システムを逃れるように進化し、後は人間の生活環境がパンデミックを生み出したのだろう。重要なのは、実験室の継代がウイルスを選択することで、生きたウイルスをワクチンとして使う場合は、十分以上に注意が必要だろう。単純な研究だが、勉強になった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月13日 ミトコンドリア病をバイアグラで治療できる(3月11日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月13日
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Leigh症候群は、様々な遺伝子変異によりミトコンドリアの酸化的リン酸化障害、即ち細胞内でのATP合成が傷害され、乳児期から脳幹の神経細胞壊死が起こる病気で、現在のところ治療法はない。

今日紹介するドイツ・デュッセルドルフ大学を始め、イタリア、アメリカ、ルクセンブルグ他、様々な国が共同で発表した論文は、Leigh症候群治療にバイアグラが使えることを、薬剤スクリーニングから臨床治験まで進めた研究で、3月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Pluripotent stem-cell-based screening uncovers sildenafil as a mitochondrial disease therapy(多能性幹細胞ベースのスクリーニングにより sildenafil (バイアグラ) がミトコンドリア病の治療に利用できることが明らかになった。)」だ。

Leigh症候群の原因遺伝子は100種類を超えるが、この研究では最も代表的な MT-ATP6 の変異患者さんから iPS細胞を作成し、そこから神経前駆細胞を誘導し、この細胞を用いてスクリーニングを行っている。患者さんではミトコンドリア膜電位 (MMP) が低下しており TMRM の蛍光強度として測定できる。この方法で、臨床応用が可能な5632種類の化合物をスクリーニングしたところ、MMP が中程度に回復する化合物の中に Phosphodiesterase5 (PED5) 阻害剤が2種類も発見された。

このスクリーニング化合物には含まれていなかったがPED5阻害剤と言えばバイアグラで、しかも勃起不全だけでなく子供の肺高血圧に既に臨床応用されており、後は全ての実験をバイアグラに変えて行っている。

長い話を短くすると、Leigh症候群由来の神経前駆細胞の呼吸機能やATP合成異常だけでなく、神経発生の様々な活動が正常化する。特に Hoxa5 の下流の遺伝子発現が大きく改善して、神経のマトリックス形成や増殖などの活性が正常化する。この細胞レベルの変化をより明確にするために、神経オルガノイド形成を用いて調べると、遺伝子変異により特に神経前駆細胞の増殖と分化が傷害されているが、これをバイアグラが正常化できることを明らかにしている。

バイアグラの標的分子は PED5 なので、この分子の阻害がミトコンドリア酸化的リン酸化、そして ATP 産生を正常化することになるが、メカニズムについて、オルガノイドのスライス培養を用いるカルシウムイメージングや MMP 測定を行い、最終的に PED が阻害されることで、cGMP濃度が上昇し、それが cGMPプロテインキナーゼを活性化することで、小胞体から細胞質内へのカルシウム流入を低く保つことで、間接的にミトコンドリアの呼吸活性を維持するとともに、軸索形成など神経機能自体を活性化することで、神経機能正常化に関わっていると考えられる。

生化学的メカニズムは今後さらに検討されていくと思うが、バイアグラは小児にも使われている薬剤なので、まずマウスやブタのLeigh症候群モデルに投与実験を行い、通常なら1ヶ月ぐらいから死亡が始まるマウスモデルで、死亡を20日ぐらい抑えること、また生後すぐに死亡するブタモデルで、25%のブタが250日以上生存できていることを示している。

この結果に基づき、肺動脈高血圧治療で示された副作用の出方なども勘案し、6人の患者さんにバイアグラ投与を行い、一人の患者さんでほてりが見られた以外はほとんど副作用なく、運動機能や神経発生の改善が見られ、2例では認知機能の改善まで認められている。また、ミトコンドリア病の症状判定スコアでも、明確な改善が見られている。

結果は以上で、Leigh症候群についてはさらに大規模治験が行われていると想像され、初めての内服薬として使われるようになるのではと予想する。ミトコンドリア病は酸化的リン酸化異常だけでなく、様々な過程に関わる分子の変異で起こるので、他のタイプの異常にバイアグラが効果があるかはわからないが、iPS細胞を用いて調べることができるだろう。

と言うのも、バイアグラを服用していた患者さんでアルツハイマー病の発生が70%低下していたという驚くべき結果が報告され、現在治験が行われている。最近発表されたアルツハイマー病にたいする様々な治験を調べた Alzheimer’s Research & Therapy 誌の報告でも(https://doi.org/10.1186/s13195-025-01895-4)、さらに大規模治験へと進み期待できる3種類の薬剤の中にバイアグラが残っている。その意味で、ミトコンドリア異常が見られる多くの病気で、ひょっとしたらバイアグラが使えるのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月12日 DNAだけを言語として使うEvo2モデル(3月4日 Nature オンライン掲載論文)

2026年3月12日
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私は今 Open AI のGPTを通常使っているが、これが生成AIと呼ばれるのは、文章をインプットしたとき、学習した言語の確率空間の中から新しい単語や文章を生成するからだ。即ち「To be or not to ?」とインプットすると、・・・be, that is the question. と続けてくれる。同じことを生物のDNA配列を学習させてDNAだけを言語とする生成AI構築にチャレンジしてきたのが、ARC研究所、スタンフォード大学、NVDIAで、原核生物のゲノムを学習した Evo1 については2024年11月にこのブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/25610)。

今日紹介するのは、原核生物だけでなく、酵母から人間まで真核生物のゲノムも学習させた Evo2 についての論文で、以前から査読前の論文を公開するサイトに掲載され、AI x 生物学勉強会でも使っていたが、ついに3月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genome modelling and design across all domains of life with Evo2(様々な生物のゲノムのモデリングとデザインを可能にする Evo2 )」だ。

Evo1 を紹介したときに説明したので詳細は省くが、Evo2 は畳み込 (convolution) に rotary attention を統合して、1Mと言う長さの配列を処理できる Striped Hyena をさらに改良した Striped Hyena 2 というアーキテクチャーに、9.3兆トークン(このモデルでは1塩基が1トークン)のDNA配列を学習させている。この時、最初から1Mという長いストレッチではなく、通常使われる短いストレッチを学習させるなどいろいろ工夫があるが、全部割愛する。

こうして完成したモデルは、オープンソースで完全に公開されており、自由にダウンロードして使える様になっている。調べてみると、最近では6000ドルぐらいのワークステーションにクラウドGPUを組み合わせてこのモデルを使っている人が多いようで、研究室で使うことはそう難しくない。

エクソン以外のゲノム領域の多い、即ち進化の情報量の少ない領域の多い真核生物ゲノムを相手に何が可能になるのかを示したのがこの研究で、

  1. 様々な突然変異を導入したゲノムをインプットしたとき、次のDNAを生成できる確率から、突然変異の効果を調べることが可能で、ゲノムの情報密度の多い真核生物は言うまでもなく、真核生物でも、同じ目的で構築された様々なモデルを十分凌駕する。
  2. さらに、イントロンの変異についてもかなりのパーフォーマンスを示すことができる。これは1塩基変化にとどまらず、欠損についても効果予測が可能だ。即ち、DNAしか学習させていないモデルで形成されている進化の潜在空間に、変異の結果がコンテクストとして含まれていることを示している。誤解を恐れず言ってしまうと、タンパクの構造や、転写調節などはDNA進化潜在空間の中にコンテクストとしてある程度含まれていることになる。
  3. 一般ユーザーにとって重要な方法も提案されている。Evo2モデルでBRCA遺伝子の変異のエンベッディングを作成して、これだけをリッジ回帰分析すると言ったことも可能で、これにより極めて高い確率で変異の効果を推定できる。
  4. 同じように、Evo2に形成される表象空間をSAEと呼ばれるニューラルネットの中身を解析する方法を用いて調べることができ、この結果学習したゲノムが、それぞれの特徴に応じてマッピングされていることがわかる。即ち言語モデルで教えなくても単語が名詞や動詞に分けられ、また同じ単語も意味に応じてクラスタリングされるのと同じクラスタリングが行われている。その結果、例えばCRISPRアレーは原核生物の種を問わずまとまって分布しているし、人間のゲノムでも同じ転写因子に結合する部位はクラスターしているのがわかる。もちろんイントロンやエクソンの区別も出来ている。
  5. 生成AIなので、長いインプットを入れると次に新しいゲノム配列が生成される。これを利用して Evo1 では新しい原核生物を設計させたり、感染性のあるファージをデザインしたりしていたが、ここではまず人間のミトコンドリアの設計が可能かを調べている。さらに、出芽酵母の配列をインプットし、20種類の330kb配列を生成させ、その中に様々な機能ユニットが存在することを確認している。
  6. この論文で最も面白かったのは、エピジェネティックデザインで、エピジェネティックは細胞ごとに異なるので、ゲノムしか学習させないモデルでどう研究するのかと思って読んでみると、Evo2をクロマチンの予測が可能な Enformer と Borzoi モデルと合体させ、配列とクロマチン構造を紐付けできるようにしている。この紐付けから、例えばES細胞で短いオープンクロマチンが出た配列(モールス信号でトン)、長いオープン配列が見られた配列(モールスでツー)、閉じていた配列(スペース)を集めることが出来る。これを示すためのしゃれた研究も行っており、例えばモデルの Evo2 という名前をまずモールスコードに変え(トン トントントン ツー ツーツーツー トントントン ツーツーツー)これをクロマチンの構造のパターンとしてデザインしてから、このデザインに合うDNAストレッチ設計してインプット、Evo2 から出てきた配列を Enformer+Borzoi でサーチし、そのパターンに最も近いDNA配列を選んで、その配列が実際のES細胞に導入したとき、期待通りのクロマチンパターンを示すことを示している。即ち、クロマチンの構造をデザインして例えばエンハンサーを設計できることになる。

以上が主な結果で、最も面白いのはクロマチンの形だけ設計してやると、調節領域を生成できるという結果は驚きで、ゲノムだけを学習させた生成AIモデルも、例えばαゲノムなどと組み合わせることで、生命の設計図を構成的に研究できること大きな可能性を示した結果だ。今後多くの人に使われることで、さらなる可能性が生まれるだろう。我が国でも多くの研究室で利用できるようにすることが重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月11日 RNAワールドを可能にするRNAポリメラーゼを再構成する(3月5日 Science 掲載論文)

2026年3月11日
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ありがたいことにこの歳になっても大学から講義を頼まれ、若者との交流を持つことができる。一回の講義の場合は「生命誕生からChatGPT38億年」というタイトルで、今我々が目にしている生物活動から生まれた様々な情報がAIにより統合されつつある大きな変化を講義しているが、二回講義していい場合、我々がまず目にすることはない「無生物から生物の誕生」過程の研究を紹介している。この講義では非平衡熱力学や、有機化合物による秩序形成により可能になる核酸やアミノ酸合成を経て、RNAワールド、そしてコドン形成まで研究の現状を紹介している。そして、RNAワールドやコドン形成を考えるとき、チャールズ・サンダース・パースの記号論の面白さも脱線して話している。パースの記号論では、記号はイコン、インデックス、シンボルに分かれるが、RNAワールドをインデックスとして、またコドンの誕生をシンボルとして提示している。

RNAは高分子として自然に構造を持つことで酵素反応を媒介できるようになるが、他の高分子と異なり要素自体が配列という情報性を持つ。一種のインデックス性で、このおかげで同じ構造をもう一度再現する可能性が生まれる。即ちRNAワールドはイコン性とインデックス性を両方備えた新しい世界の誕生を意味する。そしてこれを支えるのがインデックスをイコンへと変えるRNA複製活性を持つリボザイムになる。

RNAに存在する酵素活性、即ちイコン性の発見以来、RNAを複製して再現可能なRNAワールドを支えるRNA複製リボザイムの設計が試みられてきた。今日紹介する英国医学協会の分子生物学研究所からの論文は、これまで示されてきたRNA複製酵素より遙かに小さな、高々45塩基からなるRNAがRNA複製活性を持ち、さらに自分自身の複製までやってのけることを示した画期的な研究で、今年の講義には是非使いたい論文で、3月5日 Science に掲載された。タイトルは「A small polymerase ribozyme that can synthesize itself and its complementary strand(小さなポリメラーゼリボザイムはそれ自身、そして自身のネガティブストランドを合成できる)」だ。

これまで分離されてきたRNAポリメラーゼリボザイムは大きさが300塩基以上で、ポリメラーゼ活性はあっても、大きく複雑なため、自己の複製は難しかった。実際、講義で話すときにいつも困った。このグループはもっと小さなRNAストランドでRNAリガーゼ活性を持つリボザイムが作れないかを、ランダムに合成した配列を持つリボザイムをプライマーと結合させ、リガーゼ活性を持つものが残るようにして選んでいる。この時RNAポリメラーゼとして頭にあるのは、現在のように1塩基ずつつなげるのではなく、複製したいストランドに結合する主に3塩基の鳥ヌクレチドを結合させるリガーゼ活性になる。

この活性を持つリボザイムが3種類得られ、その中から51塩基の配列を選んで活性を至適化している。即ち、たった51塩基という小さな構造がポリメラーゼ活性を示した。この構造をスタートに、最終的に45塩基からなるリボザイムを設計し、まず様々なテンペレート、そして鋳型に結合する様々なトリプレットを用いて、QT45と呼ぶリボザイムが、かなり複雑なRNAも含めて、90%以上の信頼性で複製することが出来ることを示している。

45塩基と言う長さは、ついにリボザイム自体が自己再生できる可能性を大きく開いた。そこで、QT45のネガティブストランド、またネガティブストランドからポジティブストランドの合成可能である事を示した上で、ポジティブ、ネガティブがハイブリッドを形成したブルストランドから、コンスタントにポジティブストランドが形成され、リボザイムが供給されるプロセスを再現している。

結果は以上で、こんな小さなリボザイムでRNAワールドが可能になることを示しせたことは本当に大きいと思う。Abiogenesis過程を実際目にすることはまずないと思うが、しかし頭の中では38億年前の世界が思い描けるようになっている。今年も講義の予定だが、この論文のおかげで少し楽になった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月10日 新しい心臓治療開発論文(3月5日 Science 掲載論文他)

2026年3月10日
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ちょっと気になる心臓治療の論文が先週2編発表されていたので、紹介することにした。

最初は、深圳先端技術研究所からの論文で、血栓の発生源になる左心耳を閉鎖する方法の開発で、3月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term thrombus-free left atrial appendage occlusion via magnetofluids(磁気を持つ液体を用いて長期間血栓なしに左心耳を閉鎖する方法)」だ。

左心耳は心房細動の患者さんで血栓が形成される場所として知られており、脳血栓のリスクが高い。そこで左心耳を閉鎖する様々な方法が開発されている。中でもボストンサイエンティフィック社から発売されている Watchman FLX はカテーテルで左心耳に設置することが出来、現在多くの患者さんに使われている。ただ、左心耳のサイズは様々なため、完全にフィットせずに血液が漏れる問題が残っている。

この研究では、心耳に水に触れると固まるゲルで塞ぐ可能性を追求している。ただ、心耳にぴったりフィットするゲルを設計できても、早い血流が流れているところでゲルを注入しようとすると、ゲル化する前に流れてしまう。この問題を解決するため、ビニルアルコールに、ネオジウム・鉄・ホウ素という今話題のレアアース磁石の粉と、腐食性が全くないレアアースのタンタルを混ぜて磁場に反応する様にし、カテーテルから心耳に液体を注入するとき、心耳全体に磁場で引っ張られて広がるように設計している。後は水と反応してゲル化し、さらに心耳の高分子と水素結合を介して固定されることになる。

ラットを使って、正確に左心耳にゲルを挿入できること、それが長期に維持できることを確かめた上で、人間に近いブタを用いて左心耳閉鎖を行い、10ヶ月組織学的にも完全に細胞とフィットして維持できることを示している。

磁場を使って薬剤の場所をコントロールすることはこれまでも広く試みられているが、左心耳閉鎖という最適の標的を見つけたことがこの研究の売りだと思う。ただ、ボストンサイエンティフィックを脅かすところまでには時間はかかりそうだ。

今日19時から「中国創薬研究の躍進」と題して、特徴があって大変面白いと感じた中国アカデミアからの研究論文を紹介する予定だが、今日紹介するユニークな研究の裾野に課題を見つけて、現在可能なテクノロジーを集め治療法を開発する多くのトランスレーション研究があり、この論文はその典型だと思う。

次は米国コロンビア大学からの論文で、松尾、寒川によって発見され、現在急性心筋梗塞治療に使われているナトリウム利尿ペプチドANPを遺伝子治療に変える可能性を示した研究で、3月5日号 Science に掲載された。タイトルは「Single intramuscular injection of self-amplifying RNA of Nppa to treat myocardial infarction(自己増殖型RNAを含む脂質ナノ粒子の一回投与で心筋梗塞を治療する)」だ。

ANPは心房から分泌され、心臓保護効果があることがわかっており、リコンビナントペプチドの点滴が急性期の心筋梗塞治療として行われている。ただ、血中ですぐに分解されることから、使用が急性期に限られていた。

この問題を解決すべく、現在一回の投与で効果が長く続くANP遺伝子治療開発が進んでおり、アデノ随伴ウイルスを用いて肝臓からANPを供給する治験が進んでいる。

この研究では、コロナワクチンと同じ脂質ナノ粒子を用いてANP遺伝子を造らせる方法の開発を進めているが、治療に必要な量の遺伝子をそのまま注射すると自然炎症を含む副反応が強いので、コロナワクチンでも試みられた自己増殖させるαウイルスのRNA合成システムを用いて、RNAを少量注射しても持続的にANPを分泌させられる方法を開発している。

筋肉注射後リンパ節に移るナノ粒子と異なり、今回使われたナノ粒子ではほとんどの遺伝子が筋肉に導入され、注射した領域の筋細胞だけでANPが合成される。さらに、ANPの代わりに心臓の分解酵素の作用で初めて活性が発生する pro-ANP を用いることで、心臓特異的にANPが作用するよう工夫している。結果は通常のANP遺伝子一回投与やコントロールと比べ、心筋梗塞後の回復が高まり、組織学的にも心筋再生が進んでいるのを確認できる。

この論文は投与群と非投与群の心臓細胞を single cell RNA sequencing で解析し、何故このような効果が生まれるのかもしっかり調べている。結論的には、血管内皮に作用し、様々な再生に関わる分子を誘導するとともに、炎症反応を抑えることを示している。その結果、筋肉再生は上昇する一方、ファイブロブラストによる瘢痕形成を抑えることで、心筋梗塞の回復を高める。

最後に、ブタを用いて心筋梗塞を誘導し、同じ治療により心機能が改善し、病理学的にも心筋回復が促進することを示している。

以上が結果で、先行しているアデノ随伴ウイルスを凌駕するかどうかは今後の研究にかかっているが、ANP自体の効果はわかっているので、1ヶ月以上効果が続き、慢性期もカバーできる方法として開発が進むと予想する。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月9日 RETT症候群の新しい治療戦略(3月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2026年3月9日
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Rett症候群はメチル化DNAに結合してグローバルに遺伝子調節に関わるMECP2遺伝子の変異による病気で、X染色体上にあり、男性ではほとんどが致死、一方女児では正常に誕生するが、発達に伴い神経系の様々な異常が発生する。ただ、神経細胞の変性は伴わないので、遺伝子機能を取り戻せれば症状もかなり抑えることができると考えられている。ただ、X染色体にコードされているため、正常細胞と異常細胞がキメラとして共存していること、そしてMECP2重複症からわかるように、遺伝子発現量を上昇させれば済む話ではない。そのため、例えば量をセルフコントロールする遺伝子治療(https://aasj.jp/news/watch/26480)が試みられている。

今日紹介するテキサス大学 South-Western 医学センターからの論文は、量を自己コントロールする遺伝子治療よりもう少し単純な方法で治療できる可能性を示した重要な論文で、3月4日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Modulating alternative splicing of MECP2 is a potential therapeutic strategy for Rett syndrome(MECP2遺伝子のオルタナティブスプライシングを変化させることでRett症候群を治療する戦略になる)」だ。

この研究はこの分野をリードし、Rett症候群とMECP2重複症の新しい治療可能性を続々提案しているZoghbiさんの研究室で、この論文を読むと彼女が日々これらの病気の治療可能性を考えていることがわかる。さて、今回提案された戦略はタイトルにある、MECP2遺伝子のスプライシングを変化させ、遺伝子量を調節するというアイデアだ。

このアイデアの元は、2012年に我が国の国立神経研究所がJBCに発表した論文だ(Vol287, 13859, 2012)。MECP2はスプライシングの違いでe1とe2の2種類のRNAが出来るが、e2が出来ないようにしたマウスでは、MECP2発現量の変化で胎盤形成に影響はあるものの、生まれてきてからはほとんど正常であることを示す研究だった。

Rett症候群の遺伝子変異の多くは機能が低下していても、発現量を4倍ぐらいに上げてやるとなんとか病気を発症せずに済むことがわかっている。さらに、e2は翻訳効率が悪く、その結果、e1からのタンパク質量が相対的に低下している。従って、スプライシングをスキップさせて、e2が出来ないようにしてやると、翻訳効率の良いe1mRNAが増えて、トータルのタンパク量が変異による機能低下をカバーするところまで高められると着想した。

この研究はこの着想を細胞レベルで定量的に調べ、e2をスキップすることで、Rett神経細胞に起こっている遺伝子発現異常のかなりの部分を正常化できることを確認している。もちろん機能低下が強い突然変異では回復は弱いが、それでも遺伝子発現上正常化への変化が認められる。さらに、神経細胞の興奮も一定程度の回復が見られる。

この結果に基づき、生まれた日にマウス脳にエクソンをスキップさせるモルフォリーノRNAを注入すると、脳全体のMECP2タンパク量が2倍近く上昇する事を示している。

結果は以上で、現在治験が行われている治療法より、より簡単な方法で、遺伝子導入が必要無いことから、早期診断、早期治療のスキームは比較的早く臨床応用が進む可能性がある。問題は、遺伝子導入と異なり、いつまでもモルフォリーノ投与が必要になる可能性だ。マウスの実験では14日まではタンパク質の量が維持されていたので、期待は持てるが、今後の長期観察実験が必要になるだろう。

逆にe2だけが合成されるような方法があれば、MECP2重複症も治療する可能性が出てくる。簡単ではないと思うが、このグループなら考えつくかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月8日 概日リズムの振幅を調整して老化を防ぐ(3月4日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月8日
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3月4日 Cell にオンライン発表された中国からの論文の最後は、昨日と同じ北京の国立生物科学研究所からの論文で、視床下部の概日リズムを核酸アナログ3-deoxyadenosine (3dA) で調整すると老化マウスの運動機能や代謝が改善する抗老化作用が得られるという研究で、タイトルは「Restoring circadian rhythms in the hypothalamic paraventricular nucleus reverses aging biomarkers and extends lifespan in male mice(視床下部房室核の概日リズムを回復させると老化のバイオマーカーを逆回転させ雄マウスの寿命を延ばす)」だ。

このグループは概日リズムを研究する中で、新しいリズム分子としてATP-aseの一つRUVBL2を発見し、また核酸アナログ3dAを投与することでRUVBL2とBMAL1との相互作用を促進して概日周期による転写活性の変化の振幅の大きさを高めることについて、トップジャーナルに発表していた。この操作の抗老化作用とそのメカニズムを解析したのがこの研究になる。

研究で概日周期でライトオフにする1時間前ZT11に3dAを投与すると、概日リズムのマーカーになるPer2の転写が高まる。即ち、リズムをそのままにリズムによる遺伝子発現の増減の差が大きくなることをまず確認して,3dAで概日周期の振幅を大きく出来るというこれまでの研究を確認している。

次に、老化マウスに3dA投与を1ヶ月行い様々な生理機能を調べると、グルコース代謝が改善し、酸素摂取量が高まり、肥満が防げる。その結果、筋力が高まり、なんと寿命がほぼ10%延長することを明らかにしている。

抗老化という観点でバイオマーカーを調べると、血清中の炎症マーカーは低下し、肝臓細胞老化細胞が低下し、筋肉のDNAメチル化で測定する老化指標が若返っている。即ち、身体の細胞レベルで若返りが進んでいることが明らかになった。

この身体全体のリズムが調整される原因として、ホルモン分泌量を調べると、老化に伴って日内リズムの振幅が小さくなっている副腎皮質ホルモンなどの分泌量が若いレベルに戻ることが強く示唆されたので、視交叉上核のリズム指示を受けて身体に伝える視床下部房室核 (PVN) の神経活動への3dAの影響を調べると、興奮神経の数が増えPVN細胞のリズムを支配するPer2やCryの転写レベルの振幅が2倍近くに達することを明らかにする。即ち、PVNでの概日周期の転写サイクルの振幅が大きくなり、リズム変化を強く身体に伝えることで、抗老化作用が得られる可能性が強く示唆された。

そこで、様々な方法でPVNの興奮を抑えると、3dAの効果は消失しすることがわかった。また、3dAの作用を媒介するRUVBL2―ATPaseをノックアウトしたマウスを作成すると、やはり3dAの抗老化作用は全くなくなることを示している。

最後に、リズムに合わせてPVNの興奮を光遺伝学的(実際には化合物投与を用いて)に高めると3dAと同じ効果が得られ、ホルモンの分泌が高まり、炎症が低下し、代謝が改善することも示している。

調べてみると3dAは冬虫夏草の成分として知られているようで、さすがに中国の研究だと感心するが、長い研究に裏付けられた面白い論文だと思う。ただ、3dAを投与し続けて大丈夫かどうかはわからない。もともとRUBL2は様々な発ガンにも関わるので、注意が必要だと思う。

以上、中国からの論文3編を紹介したが、どれもレベルが高いと実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月7日 生体でのシヌクレイン凝集をモニターできるマウスを用いたシヌクレイン症解析(3月4日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月7日
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2日目の今日は、北京の国立生物科学研究所からの論文で、パーキンソン病 (PD) 、レビー小体認知症、多系統萎縮症などのシヌクレイン症の進展を生きたマウスでモニターできるマウスの開発と、それを用いたパーキンソン病の細胞レベルの解析で、タイトルは「Genetically encoded fluorescent reporters to visualize α-synuclein pathology in live brain(遺伝的にコードされた蛍光リポーターを用いて生きた脳でのシヌクレイン病理を可視化する)」だ。

シヌクレインがPD等の原因である事が明らかになり、またシードと呼ばれる異常凝集シヌクレインが神経から神経へと伝搬して病気が広がることがわかって、この過程をモニターするためにシヌクレインを蛍光標識したマウスが作成され、凝集体を観察することは行われてきた。この過程で、凝集することで分子が集まって蛍光が上昇する事も報告されてきた。ただ、凝集体だけより選択的にモニターする試みはほとんど行われてこなかった。

おそらくこの研究もシヌクレインを蛍光ラベルしたマウスを使う中から始まったと思うが、凝集線維に取り込まれたときだけよりはっきりと蛍光が検出できる可能性があると着想し、シヌクレインとGFP蛍光タンパク質の間のリンカーを変化させて、最終的に凝集したときに蛍光強度が5倍以上になるリンカーを発見する。

このキメラ遺伝子を発現する細胞はもちろん蛍光を発しているが、シヌクレインのシードを加えて凝集を促進すると蛍光が5倍以上に上昇する。都合のいいことに、C末端に蛍光を結合させていることから、蛍光シヌクレイン自体は凝集しない。しかし、正常シヌクレインが存在し、それが凝集を始めると線維に取り込まれて蛍光が高まる。おそらくリンカーはこの時取り込みやすくする役割を持っている可能性があるが、この点については検討されていない。

この蛍光シヌクレインをマウス脳で発現させてもそれ自体の弱い蛍光が見られるだけだが、そこにシードを注入すると期待通り強い蛍光が注射部位に発生し、時間をかけて他の神経へと伝搬することが観察される。

この伝搬過程を生きたマウスでモニターするため、片方のシヌクレイン遺伝子に蛍光シヌクレインをノックインしたマウスを作成すると、シードを注射した場所にまず凝集が発生し、その後周りの神経へと伝搬するのを2ヶ月以上にわたって追跡することができる。そして、凝集が起こった細胞と、起こっていない細胞を区別して調べることができる。例えば、凝集が発生した神経だけで神経興奮頻度が強く抑制されるが、一回の興奮の強さはあまり変化がない。

このように凝集が存在する細胞と、存在しない細胞を分けることが出来るので、生理学から病理学、そして生化学まで多くのことを単一細胞レベルで調べることができる。

生理学的には凝集によって明確にシナプス機能が低下し、グルタミン酸受容体、GABA受容体ともに低下する。組織レベルの遺伝子発現や質量分析を用いるメタボロームも凝集の有無で調べることもできる。さらに、ドーパミン神経だけでなく、例えばシヌクレイン症で異常が見られるコリン作動性神経を選択的に調べることもできる。

詳細は全て省くがこの解析は圧巻で、知りたいことが徹底的に調べられている。個人的に面白いと思ったのは、凝集が存在するドーパミン神経でドーパミンの濃度が上昇していることで、従来からドーパミンによって最も毒性の高い可溶性シヌクレインオリゴマーが形成されることが知られており、パーキンソン病がドーパミン神経の病気として現れやすいことの理由がよくわかった。

転写レベルで見ると、凝集が起こることでリソゾームのイオンチャンネルが低下し電解質バランスがとりにくくなること、神経増殖因子シグナルが低下することなども面白いが、なによりも凝集を神経興奮を誘導することで抑えられるというマウスを用いた実験も重要だ。この研究では薬剤が用いられているが、他の方法でドーパミン神経の興奮を誘導することは重要な治療になる気がする。

以上、蛍光シヌクレインなどとっくに試されていると諦めるのではなく、目的に合わせてともかく可能性にチャレンジしているのも最近の中国研究の強みになっている。3日目の明日は、神経を通した抗老化の論文を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月6日 抗体を使わずアミロイド除去が可能なSPYTAC(3月4日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月6日
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Cell と Nature はオンライン発表された時点で目を通すようにしているが、3月4日オンライン掲載された3編の論文の全てが中国からの論文だったのに驚いた。3月5日に掲載された1編も中国発で、これを見ても中国科学の躍進がわかる。3月9日に主に医療開発分野について中国の躍進を論文から見るジャーナルクラブを開催することもあって、3月4日 Cell に発表された論文の全てを順番に紹介することにした。

最初は中国科学院大学からの論文で、細胞外に沈着したアミロイドβを、細胞内のリソゾームで分解させるペプチド薬の開発で、タイトルは「Efficient amyloid-β degradation in Alzheimer’s disease using SPYTACs(SPYTACsを用いてアルツハイマー病のアミロイドβを効率よく分解する)」だ。

研究のアイデアは、スタンフォード大学が2020年 Nature に発表した細胞外の分子を細胞内のリソゾームに取り込ませて分解する LYTAC と呼ばれるテクノロジーで(Nature, 584 ,291, 2020)、細胞内の分子を分解させる PROTAC に匹敵する創薬モダリティーとして世界中で開発競争が行われている。特にリソゾームに取り込まれてリサイクルされる表面分子に結合するリガンドと分解したい細胞外タンパク質に結合する分子をリンカーでつないだ2重特異性を持つ薬剤の開発が進められている。従って完全にオリジナルではないが、アミロイドβ除去が可能なペプチド薬にいち早く仕上げて、前臨床実験を終えたという点では中国創薬研究の力を示す論文だと思う。

リソゾームと細胞膜をシャトルする分子としてこの研究ではリポプロテイン受容体 (LRP-1) を用いている。LRP-1 に特異的に結合するペプチドの設計については論文を読んでもよくわからなかったが、LRP-1 特異的である事は確かめてある。アミロイドβに結合するペプチドは現在もかなり研究が進んでいる領域だが、ここでは KLCFF と言う短いペプチドで、この二つをリンカーでつないだのが SPYTAC になる。

LRP-1 を発現する肝臓細胞を用いて、このペプチドがAβをリソゾームに取り込み、そこで分解すること、また LPR-1 を発現している肝臓や脳にペプチドが分布し、一定程度脳血管バリアを超えて脳内に入ることを確認した後、5xFADと呼ばれるアミロイドとそれを処理するプレセニリン分子に全部で5つの変異を導入したアルツハイマー病マウスモデルを用いて治療実験を行っている。この時、対照の一つとしてAβに対する抗体レカネマブを用いる実験グループをおいて比較している。

結果だが、アミロイドプラーク除去でみると、レカネマブをほんの少し凌駕している。生化学的に調べると、抗体はDEAで分解できるプラークのみを除去するが、SPYTACはformic acid で解ける画分も除去している。とはいえ神経萎縮については両者はほとんど同じで、認知行動テストでも両者は変化がない。

レカネマブと最も大きく違うのは、ARIAとして知られる血管炎症がほとんど起こらない点で、ARIA自体は治療をやめる理由にならないとわかっているとは言え、アドバンテージになると思う。

この研究では副作用がないと結論しているが、懸念される点はある。まず、LRP-1 結合ペプチドを全身投与することで、高脂血症を誘導する可能性がある。肝臓障害などについては調べているが、かなり気になる。もう一つの問題は、半減期の問題だ。抗体は2-4週間に一回投与で良いが、このペプチドの半減期は短かそうで、毎日腹腔投与を行っており、長期投与には向かない可能性が高い。

とは言え、LYTAC から始まる競争に参加して、薬剤候補まで短期にたどり着いているのは中国創薬の力を示す例になる。明日はパーキンソン病の原因分子シヌクレイン異常を可視化する研究を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ