2026年9月3日
性染色体というと、一般には XX (メス) / XY (オス) を思い浮かべると思うが、他にも鳥類に代表される ZZ (オス) / ZW (メス) も存在する。さらに遡って魚類や両生類になると、両方のタイプの性染色体が存在するだけでなく、性染色体の区別がつきにくい種も存在し、極めて多様だ。以上のことから、まず環境によって性が決まる、即ちはっきりと性染色体を持たない種から、XYとZWという2つのタイプの染色体によって性を決める方法が分かれてきたと考えられている。
同じような多様性は、Gecko (ヤモリ) でも見られることが知られることから、ヤモリは性染色体進化過程を知る上で重要な動物として研究されている。今日紹介する中国中山大学からお論文は、性染色体を持つヤモリの全ゲノム解析から、性染色体の形成過程を明らかにしようと考えた研究で、8月27日 Science に掲載された。タイトルは「Genomic predisposition is associated with the direction of sex chromosome evolution(性染色体進化の方向性はゲノム自体の傾向で決まる)」だ。
この研究では、温度で性が決定される3種、XY型5種、そしてZW型11種の全ゲノムを高いカバレージで解析している。これにより、系統樹とともに、性決定に関わる遺伝子などのクラスターから性染色体のタイプを決めることができる。共同研究者に北京ゲノムが加わっており、野生動物でもかなり高いレベルの全ゲノム解析ができている。それでも性決定タイプが決められないヤモリも2種類存在した。
これらヤモリの系統樹に性決定タイプをマップすると、性決定法が系統樹とは全く無関係に発生していることがわかる。また近縁の系統でも、XYタイプもあればZWタイプもあり、性決定はほかの遺伝子進化とは全く別の歴史を持つことがわかる。
温度により性が決定される種のように、明確に性染色体が存在しない種から性染色体が発生したと考えると、性染色体は常染色体から進化したと考えられる。事実、それぞれの種の性染色体の起源になった常染色体を特定して、それが性染色体として固定する過程を追跡することができる。
性染色体として選ばれると、互いに組み換えが起こらないように染色体内で逆位などが進むとともに、片方では急速な遺伝子の喪失が起こる。次にどの染色体が性染色体として選ばれるのか追跡すると、祖先種に存在するほとんどの染色体から性染色体がランダムに選ばれていることがわかる。しかも、例えば祖先種の10番目の染色体は、ある種ではZWシステム、ある種ではXYシステムとして選ばれるが、様々な種で選ばれている16番目の染色体は全ての種でZWシステムを形成している。一方、11番染色体はXYシステムに進化する。重要なのは、これらの選択は系統樹と無関係に起こっている。
性染色体の発生時期を調べると、様々な種でランダムに起こっているように見える性染色体の発生は、地球が急速に寒冷化した時期に一致する。おそらく、それまで温度差で性が決まっていた種の維持が出来なくなるため、常染色体に存在した性決定に関わる遺伝子の選択を性染色体として固定化する過程が進んだと考えられる。この過程で組み替えの抑制が起こるが、ヤモリの場合ほとんどが逆位を繰り返すことで進み、この変化は染色体上で起こった歴史=進化階層として残っているのを確認できる。
どれを性染色体に選ぶかの選択の原因を調べるために、祖先染色体上に発現の性差が存在する遺伝子を調べると、オスで発現が多い遺伝子が多い場合はZWシステムへと進化し、一方オスで発現が高い遺伝子がが多く乗っている染色体の場合はXYシステムを形成する確率が高いことを示している。即ち、通常は転写調節で決まる発現の性差を性染色体で固定化して性決定を安定化させていることがわかる。
以上、性染色体の発生過程を、環境変化による常染色体性決定の不安定化が引き金となり、発現の性差がある遺伝子の多い染色体が選ばれて、主に逆位で組み替えを抑えた進化階層を形成し、その後片方で遺伝子の喪失が起こるという4段階に整理したおもしろい研究だ。このように「役に立たない分野」での中国は大躍進している。
2026年9月2日
CRISPRによる遺伝子編集が可能になり、突然変異を正常化する遺伝治療が可能になったとはいえ、臨床応用まで解決すべき課題は多い。従って、できる限り様々な方法が変異に応じて開発されることが重要になる。遺伝子がコードしているタンパク質の機能不全につながる様々な変異があるが、11%が翻訳の途中でストップコドンが入るタイプだが、これはストップコドンを読み飛ばしてしまうことで最後まで翻訳させるという方法の開発が行われている。一つはリボゾームに結合する抗生物質を改変して合成されるリードスルー薬だが、治験が行われている段階だ。もう一つの方法は、アミノ酸を結合する tRNA のコードをストップコドンに変えたサプレッサー tRNA (stRNA) を合成し、これを細胞に供給する方法が研究されている。
今日紹介するトロント大学からの論文は、嚢胞性線維症 (CF) の原因遺伝子 (CFTR) のストップコドンを治療できるサプレッサー tRNAとそのデリバリーについて徹底的にトライアンドエラーの検討を行い、マウスでは治療可能な脂質ナノ粒子とサプレッサー tRNAの組み合わせを突き止めた研究で、8月27日 Science に掲載された。タイトルは「Nonviral delivery of chemically modified tRNA rescues nonsense mutations in cystic fibrosis(化学修飾を行った tRNAをウイルスを使わずに注入することで嚢胞性線維症のナンセンス変異を直すことができる)」だ。
これまでサプレッサー tRNAによるリードスルーを阻む最も重要な壁が、ウイルスベクターによって導入した tRNA遺伝子が細胞内で、通常の tRNAが受ける様々な化学修飾を受けることが難しい点にあった。このグループは、最初から様々な化学修飾を行った tRNAを用意し、これを mRNAワクチンのように、脂質ナノ粒子に詰めて細胞に届ければ、高いリードスルーが得られるはずだと考え、リジン tRNAのコドンを変化させ、様々な化学修飾を行った tRNAを14種類合成、一つづつリードスルー活性を調べ、高い活性を示した修飾を選んでいる。その上で、その中から大量に導入しても自然免疫を誘導しない修飾方法を確定している。
次に導入した tRNAはアシル化酵素でアミノ酸と結合出来る必要があるが、この効率を検討してアルギニンに結合する tRNA をA58番目をメチル化したがアミノアシル化される率が高く、さらに細胞内での半減期も延長することを確認し、またアルギニンが導入されてもCFTR機能に変化がないことも確かめ、tRM6を stRNAとして選んでいる。
次はこの tRNAを肺の細胞に届ける脂質ナノ粒子について、脂質のヘッド、リンカー、テールまで成分を変化させ導入効率を調べている。トライアンドエラーでは大量に合成できないので、ミクロフルイディックスを用いて実験用を調整している。そして、その中から熱い粘液で覆われたCF患者さんを想定した細胞へのデリバリ-実験を行い、TTP-3と呼ぶ至適ナノ粒子を完成させている。
後はマウスの気管に注入して気管上皮への効率の高い導入を確かめた後、CFTR変異を持つマウスで発現を正常化できるか検討し、正常肺レベルの5-6割程度まで発現量を回復させられることを示している。また、患者さんの腸細胞のオルガノイドを用いて、イオンチャンネル活性が回復できることまで明らかにしている。
以上が結果で、ともかく可能な条件についてトライアンドエラーを繰り返し、目的を実現するという、かなり古典的な研究だが、我々古い世代には爽やかな印象を残す研究だ。今後人間に投与するとき、吸入になるのか、そのときどれほどの量の stRNA-ナノ粒子が必要なのか、など調べる課題は山積みだと思うが、期待したい。
2026年9月1日
アミロイド β(Aβ) や Tau の蓄積がアルツハイマー病 (AD) での神経機能低下や細胞死に関わることは間違いないが、シナプス結合が低下して、最終的に細胞が死んでいくまでには様々な分子が関わっている。ということは、Aβや Tau 以外にもAD治療の標的は存在することを意味する。
今日紹介する韓国・科学技術先進研究所からの論文は、ADの初期からERBB4が興奮神経に発現することがADでのシナプス結合の低下の原因である可能性を明らかにした研究で、8月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Aberrant excitatory neuronal ERBB4 promotes Alzheimer’s disease pathology(興奮神経の異常ERRB4発現がアルツハイマー病の病理を促進する)」だ。
このグループはADでアストロサイトやグリアが興奮神経のシナプス突起を貪食で除去する過程に興味を持って研究していたようで、アミロイド沈着モデルマウスで、アストロサイトやミクログリアが興奮神経ではシナプスを貪食し、逆に介在神経では貪食が低下することを観察する。そしてこの原因が興奮神経が過興奮することで生まれるシナプス増加を抑える反応であることを、神経興奮実験で明らかにする。この結果は、ADの変化の最初に、興奮神経が過興奮するというこれまでの結果と合致している。
この過興奮によるシナプス除去に関わるメカニズムを探るべく、ADモデルマウスの single cell 転写解析を行い、様々な変化の中でも受容体チロシンキナーゼで、乳ガンのHer2分子と同じファミリーに属するERBB4がADの興奮神経に過剰発現していることを発見する。
あとは、実際にERBB4がアストロサイトのシナプス除去に関わるかを調べるため、興奮神経のERBB4遺伝子をクリスパーでノックアウトする実験を行い、期待通り興奮神経で起こっていたシナプスの貪食亢進が正常化し、逆に介在神経では低下していた貪食が正常化することを明らかにしている。一方、Fosの発現からわかる興奮神経の過興奮は、ERRB4をノックアウトすると正常化する。病理的にも、 ADでのアストロサイトやグリアの増殖がERBB4ノックアウトで正常化することも確認している。
以上の結果から、ADが始まると興奮神経の過興奮が起こり、このシナプスを除去するためアストロサイトやミクログリアが活発になる一方、代償的に抑制性介在神経のシナプスが増え、興奮神経の活動が低下することがわかる。
この研究で最も重要な実験は、正常の興奮神経にERBB4を過剰発現させた実験で、これによりADに見られるシナプスの生理学的、細胞学的変化を再現することができる。さらに、認知機能の低下も誘導出来る。従って、ADでは何らかのきっかけでERBB4の過剰発現が起こることが、AD病理の重要要素になっていることがわかる。AD患者さんでERBB4の発現を調べると、ERBB4の発現と認知症状の相関が見られる。
以上が結果で、細胞内シグナルの検討から通常のERBB4活性化と同じように、AKT、mTORを介したシグナルにより、興奮神経がリプログラムされ、その結果過興奮になることも確認しているので、おそらくAβが引き金になってERBB4の過剰発現が起こることが、ADの発症過程の引き金になっていると結論している。
今後は人間のADについてより詳細な検討を進めるとともに、ERBB4の過剰発現を誘導する過程を明確にする必要があると思う。また、Tauだけで誘導するADではどうかなど、検討項目は多い。しかし、ERBB4は十分介入可能な標的なので期待できる。
2026年8月31日
糖尿病の治療薬として開発された新しい薬剤ではGLP-1受容体アゴニストが一般にも有名だが、SGLT2阻害剤も21世紀を代表する薬剤として多くの患者さんに使われている。SGLT2は腎臓の尿細管に存在するナトリウムとグルコースを同時に再吸収する酵素で、これを阻害することで血中グルコースを下げ、同時にナトリウム排泄を通して、様々な効果を発揮する。特に腎臓機能の保護と心臓機能の保護は重要で、今や糖尿病を超えて腎不全や心不全の中心的薬剤になっている。
心臓には発現していないSGLT2の阻害が何故心不全に効果を示すのかについては、エネルギー代謝の改善とナトリウム利尿作用などの2次的効果と説明されてきたが、SGLT2以外にも薬剤が作用するプロセスが存在するという可能性が常に指摘されてきた。実際臨床で使われている薬剤の心不全に対する効果の差が見られるし、切り出した心筋にも効果が見られることも報告されてきた。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、切り出した心筋にたいしてSGLT2阻害剤の一つエンパグリフォロジン (EG) の効果を調べ、EGが作用する新しいメカニズムを明らかにした研究で、8月27日 Science に掲載された。タイトルは「SGLT2 inhibitors activate pantothenate kinase in the human heart(SGLT2阻害剤は人間の心臓でPantothenate kinaseを活性化する)」だ。
この研究ではSGLT2阻害剤としてEGだけを検討しているので、他の阻害剤で同じ効果があるかはわからない。研究では心臓のブロックの血流を保持した上で、EGを作用させ代謝学的にまず調べている。その結果、EGが心筋に直接作用して酸化的代謝を大きく改善し、これが心筋機能を高めていることを発見する。
特に効果が広い範囲で見られるので、焦点を絞らす中間代謝物全体の変化を調べた結果、pantothenate (ビタミンB5) から補酵素CoAが合成される経路がEGで活性化することを発見する。この経路は心不全の患者さんの心筋では低下しており、EGはこれを補うことで心不全に効くことが示唆される。
代謝阻害剤などを用いたEGの作用する経路の探索から、最終的にEGは pantothenate kinase 1 (PANK1) に作用することがわかってきたので、実際にEGがPANK1に結合して酵素活性を高めること、さらに心不全ではこの酵素の活性低下が見られ、pantothenate から CoA への合成が低下していることを明らかにしている。
最後に、もう一度心臓の生理学に返り、この酵素を介して心筋の収縮拡張機能がEGにより高められること、更には右心室の心筋が線維化する心筋症の筋肉にも少し効果が見られることも示して、PANK1の活性化がSGLT2阻害剤のもう一つの標的で、これが心不全の治療に貢献していると結論している。
もちろんSGLT2阻害を介した代謝改善、Na排出、利尿などが心不全に効果があることも間違いないが、PANK1活性化が明らかになったことで、心不全への効果を新しい目で見ることができ、心不全治療にも役立つと思う。
2026年8月30日
塩基配列に我々は様々な意味を付加したうえで理解する。人間の頭では、配列だけ見ても通常何のことかわからないから当然だ。例えば特定のゲノム配列にネアンデルタール人とか、デニソーワ人、あるいは縄文人や弥生人と意味づける。しかし、このような意味づけされたレファレンスを使わずに、ゲノム各部位の系譜をたどることで、ホモサピエンスと交雑した未知の人類が存在する可能性を示唆した論文を昨日は紹介した。そして最も広く行われている意味づけが遺伝子名だ。実際自分のガンを考える時でも HRBB2 や AR が発現しているので導管ガンに近いと考える。ただ自分で遺伝子発現を解析してみると、必ずレファレンスゲノムの上にショートリードの配列がマップされ、その頻度が計算される。即ち、一度は遺伝子名に還元するように解析ソフトが出来ている。このように一度遺伝子名にまとめるために計算コストは急上昇するだけでなく遺伝子配列に表現される様々な違いもしばしば捨てられてしまう。
遺伝子配列をアノテーションすることで膨大な計算コストが生じる single cell sequencing 解析を対象に、遺伝子名への還元をスキップして、配列だけで細胞を定義する Malvabと呼ぶモデルを開発したのが今日紹介するドイツ・ベルリンのマックスデルブリュックセンターからの論文で、8月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ultrafast and reference-free sequence discovery in single-cell data(単一細胞データからレファレンスなしで配列を発見する超高速のインデックス)」だ。
Single cell 解析は細胞の関係図や分化チャートによる全体の俯瞰が出来るのが重宝されているが、せっかくデータには含まれているのに、情報を引き出すのが苦手な課題が多々ある。例えば、ガン組織でどの細胞が Ras変異を持っているかを調べようとすると、一度遺伝子名にリードが還元されていると、この課題は難しい。ところが Malva は遺伝子名へのアノテーションを完全にスキップして、それぞれの細胞内の遺伝子配列のリードだけでデータ処理する sequence centric なシステムなので、これが簡単になる。
では Malva はどのように構築されているのか。まず、インプットする single cell sequence データは、各リードを24塩基づつに分けてストーレージする配列比較がしやすい K-mer 法を用いている。例えば100bp遺伝子リードがあると、4つの配列にわけ、それぞれに細胞や組織のアノテーションを付加してインデックスしている。即ち、配列は遺伝子名ではなく、細胞のアノテーションでくくられ、この配列がどの細胞に存在するかがインデックスされる。細胞側のアノテーションが一致すれば、このインデックスはほぼ無限に拡大することができる。また、人間から大腸菌まで、正常から異常まで、全く同じワークステーションにストーレージ出来る。
では、このインデックスをどのように使えばいいのか。例えば Ras を発現している細胞をピックアップしたいときはどうすればいいのか? これには Ras を配列に変換することが必要なので、インプット前に配列がデータベースから得られるようにしてあり、そこから得られた配列は、1塩基づつずらした24gpを生成、その配列をインデックスと照合することで、例えば Ras に相当する K-mer がある細胞にいくつ存在するかを調べることができる。このようにストーレージには配列をずらさないで分けて K-mer を作成し、調べるときには調べたい配列から1塩基づつずらしてサーチすることで、ある細胞にどのぐらい Ras が発現しているかも推定することができる。そして何よりも、k-mer は配列なので、Ras 突然変異を持つ細胞だけをデータから簡単に探し出すことができる。
単一細胞データは先に述べたように細胞間の関係の俯瞰図を作るという意味がある。K-mer 配列の入った一つの袋として細胞を扱うと、結局遺伝子のアノテーションをし直すなどの膨大な計算が必要になってしまう。代わりに、Malva ではよく似た配列をまとめて一つのユニットとし、10万個程度のユニットに圧縮してしまうことで、計算を容易にしている。実際、通常の細胞クラスタリングと比べても、ほぼ同じような結果が得られるので、Malva でも細胞間の関係を調べることができる。しかも、配列ベースなので、例えば遺伝子多型を同時に比べたりも出来る。
以上、遺伝子名へのアノテーションをスキップし、配列→細胞の種類という辞書を作って、質問は前もって24bpに書き直してインデックスを使うという逆転の発想で計算コストの低い素晴らしいインデックスが完成している。さらに、k-mer と言う膨大な配列コーパスを10万程度のユニットにまとめる機能を保たせて、配列だけから細胞を分類することも可能になっている。
論文ではこれを使って、いままで難しかった、突然変異を持つ細胞を選び出す、スプライシングにより発生する環状RNAを検出する、更には細胞内への細菌などのコンタミネーション、などなどに便利に使えるかが示されており、是非一読を勧める。私が現役だったら、絶対使うと思わせる便利なインデックスが出来た。AI時代に逆行するというより、 AI時代だからこそ必要とされるインデックスを提案した優れた論文だと思う。
少し褒めすぎた感もあるが、実を言うとこの論文の責任著者は私が留学したRajewskyの息子Nikolausで、私の留学時代は音楽家を目指していた高校生だったが、今やドイツを代表するインフォーマティストに成長したのをみて、ついつい甘くなったのかもしれない。
2026年8月29日
我々ホモサピエンスのゲノムに、発掘された骨から特定されたネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムが存在していることはこのブログで何度も紹介してきた。これは発掘された骨からそれぞれのゲノムが解読され、それをレファレンスとして我々のゲノムを調べた結果だ。もちろんこれ以外の未知の人類がホモサピエンスと交雑していた第三、第四の可能性を否定できないが、これは第三、第四の人類が発見され発掘された骨などからDNAが解読できない限りわからない。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、レファレンスがなくてもゲノム各部位の系譜を作成することで、ホモサピエンス以外の人類との交雑の跡を特定できることを示した研究で、8月27日号の Science に掲載された。タイトルは「Recovering signatures of archaic hominin introgression using ancestral recombination graphs(祖先の組み換えグラフを利用して古代人類の交雑の証拠を見つける)」だ。
レファレンスなしに古代人類との交雑を見つけるために、この研究では TRACE という方法を開発している。この方法は、昨年 Nature Medicine に発表された遺伝子各領域ごとにその系譜を再構成する方法(https://www.nature.com/articles/s41588-025-02317-9?utm_source=chatgpt.com)を基盤にしている。多くのゲノムを比べることができるようになったおかげで、一代づつ、他の個体からのゲノムが組み変わっていく系譜を明らかにすることが出来、しかも比べる領域のサイズを小さくすれば、15000代まで系譜を構成できる。こうしてできあがるゲノム各部の系譜は、ホモサピエンス同士の交雑の場合は分岐した後の枝の長さは同じだが、ホモサピエンスから別れた人類と交雑した場合は、枝が長くなり、その部位の組み換え率が落ちるため、長い部位がまとまって残りやすくなる。これを計算するのがこの論文の TRACE だ。
ただ、この方法では見つかった他の人類との交雑の痕跡がネアンデルタール人か、デニソーワ人かはわからない。他の人類と交雑したかがわかるだけだ。そこで TRACE で明らかになった領域をレファレンスゲノムと比較して、これによって初めて、TRACE で見つかった領域のうちどれがネアンデルタール人で、どれがデニソーワ人かを決定できる。結果はこれまでの研究とほぼ一致しており、この方法が期待通り使えることを示している。
驚いたことに、TRACE で明らかになった領域のかなりの部分がネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムと一致しないこともわかった。元々ネアンデルタール人やデニソーワ人と人との交雑のないサハラ以南のアフリカ人にも、他の人類との交雑の痕跡がちゃんと存在している。そして分岐後のブランチの長さなどから約83万年前、ネアンデルタール人やデニソーワ人がホモサピエンスから別れる前に分岐した未知の人類と、30万年前ぐらいに交雑が起こったと推察している。この論文ではこの人類を gohst と呼んでいる。
次にデニソーワ人との交雑の痕跡の多いオセアニア原住民のゲノムを調べ直し、デニソーワ人から流入したゲノムの中に、全く異なるゲノム断片が紛れ込んでおり、これがデニソーワ人との交雑でオセアニア原住民や我々東アジア人にも流入した可能性を示唆している。このゲノムの持ち主を超古代人と呼んで、おそらく170万年前に他の人類から分岐し、40万年前にアジアのどこかでデニソーワ人と交雑したと結論している。
他にも gohst や超古代人由来の遺伝子が我々にも有用で自然選択されている可能性等重要な結果が示されているが割愛する。以上、結論としてはゲノムにはまだまだ通常の系譜解析では説明できない、他の人類との交雑の痕跡が認められるということがわかった。しかしレファレンスゲノムのない状況で、それが本当に交雑の痕跡だと結論するには今後の研究が必要だと思う。
数理が交雑の可能性を予測し、今後その人類についての探索が進むとなると、考古学も物理学に近づいてきた。
2026年8月28日
抗体に抗ガン剤を結合させてガン特異的に抗ガン剤を運ぶ治療=Antibody Drug Conjugates (ADC) が急速に進展している。ただ現在使われているほとんどの ADC は、抗体が結合してから細胞内のエンドゾームにとりこまれ、そこで薬剤が切り離される構造になっている。特異性の面では良いのだが、抗体と結合するとエンドゾームに取り込まれる標的は限られている。そのような標的の一つが乳ガンで発現が見られる Her2 で、私のガンでも発現がある。現在我が国では世界初の ADC カドサイラと第一三共のエンハーツが臨床に使われている。この二つを比べると、結合している抗ガン剤の種類の違いもあるが、エンハーツは Her2 がエンドゾームに取り込まれない場合でも、細胞外に存在するプロテアーゼで抗ガン剤が遊離され効果を発揮することが知られており、さらに抗ガン剤が細胞膜を自由に通り細胞外で切断されるため、Her2 陰性のガン細胞が発生しても同時に殺すという耐性の出にくい薬剤として期待を集めている。
今日紹介する北京大学からの論文は、最初から抗ガン剤を細胞外で遊離されるように設計して、さらに多くのガンに ADC と同じガン特異的薬剤デリバリーのアイデアを広げようとした研究で、8月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A binding-to-release strategy for targeted anticancer drug delivery(結合による薬剤遊離の戦略をガンへの薬剤デリバリーに用いる)」だ。
実際にはこの方法は ADC ではなく、ガン特異的に薬剤を運ぶ方法の開発になる。電子を多く持つ側鎖を持つアミノ酸によって、リンカー化合物の硫黄原子がフェノールに置き換わることで、自発的に薬剤が遊離されるように設計されたリンカーを用いて、ガン組織の線維芽細胞で発現する FAP と呼ばれる膜分子に対するリガンド FAPI と微小管阻害薬 MMAE を結合させている。
まず FAP を発現する線維芽細胞のガンを使って、MMAE が細胞外で切り離された後ガン内に侵入するかについて、同じ化合物だが細胞膜を通らない MMAF と比べている。結果はいずれの化合物も FAP に FAPI が結合すると切り離されるが、膜透過性の MMAE だけがガンに取り込まれる。
この実験系で、切り離しに必要が FAP の構造を調べると、FAPI と結合するポケットにチロシンを中心とする電荷を多く持つ側鎖が存在して薬剤を切り離していることを明らかにしている。
さらにこのリンカーの効率を高め、FAP ポケットに結合後3.5時間で切り離しが起こるよう改良した後、ガンを移植したマウスで効果を確かめている。この実験ではガン自体は FAP を発現しない膵臓ガンを使っている。FAP は正常組織には発現しないが、膵臓ガンでは線維芽細胞が強く発現していることが知られている。即ちこの治療は薬剤をガン自体ではなく、ガンの周りに集積させて治療することを目的にしている。結果は膜を通過する MMAE を結合させたときだけ見事な治療効果が発揮される。
以上の結果は FAPI と言う特殊な化合物以外のリガンドにも使えるかどうかを調べるため、現在はやりの環状ペプチド薬のライブラリーを用いて、環状ペプチドにこのリンカーを薬剤が遊離される条件を確かめ、最後に PD-L1 に反応する環状ペプチドにこのシステムを導入して治療効果を確かめている。PD-L1 は全くエンドゾームに取り込まれない表面分子だが、見事な抗腫瘍効果が示されている。
結果は以上で、FAPI リガンドを使った方法は膵臓ガンに使える可能性が高いが、他の表面分子に拡大できるかどうかは、まだ評価できない段階だと思う。いずれにせよ細胞外でも遊離される第一三共の ADC の成功を見て、新しい遊離リンカーを開発する意義は大きいと思う。
2026年8月27日
血管が閉塞すると、局所的に低酸素状態になり、細胞は死んでしまう。これを補うため、低酸素に反応する様々な血管増殖因子が誘導され、局所に新しい血管が発生する。特に太い血管枝から発生する新しい血管を側副血管と呼んでいる。既存の動脈枝から生えてくるので、動脈が伸びたものだと考えてしまう。事実、腹側血管の内皮がどこから来たか、遺伝マーカーを使う研究が行われており、動脈内皮が伸びてきたものとされてきた。
今日紹介する上海中国科学技術院大学からお論文は、これまでの通説の元となった実験システムを再検討し直し、心筋梗塞後の側副血管内皮のほとんどは毛細血管から由来することを示した研究で、8月20日 Science に掲載された。タイトルは「Tracing the origins of de novo coronary collateral formation in cardiac repair(心臓修復時に冠状動脈に新たに生まれる側副血管の起原を追跡する)」だ。
血管内皮細胞の起原を追跡するためには、発生後それぞれの場所の内皮を標識する必要がある。動脈起原と結論した実験では、Cx40 と呼ばれる分子をマーカーとして、成長後タモキシフェンを注射すると Cx40 を発現していた動脈内皮だけが標識されるという戦略をとっていた。この研究でも、まずこの方法を再検討し、Cx40 発現が決して動脈内皮特異的でないことを発見する。即ち、腹側血管内皮が動脈からだけ由来しているという結論は間違っている可能性が浮上した。
そこで、Cx40 と毛細血管特異的なアペリン (apln) 遺伝子両方を発現する内皮をラベル、Cx40 だけでラベルした内皮と心筋梗塞部位への寄与を調べると、動脈内皮由来の細胞よりはるかに多くの毛細血管由来内皮が側副血管に寄与していることを明らかにした。
この後は、これでもか、これでもかと、様々な遺伝子改変マウスを作成し、動脈内皮と毛細管内皮を別々にラベルして、同じ実験を繰り返している。結論的には、梗塞が起こった段階で動脈に存在していた内皮はほとんど側副血管には寄与しないことを証明している。
これほどのダメ押し実験が必要な理由は、血管内皮自体、場所に応じて遺伝子発現が変わるからで、動脈内皮も動脈から離れた途端異なる内皮に変化するし、逆に毛細血管内皮も動脈の来ると、動脈内皮として振る舞う。このおかげで、バイパス手術で静脈を移植した場合でも、時間がたつと動脈のように変化出来る。従って、遺伝子標識を誘導するために用いるタモキシフェンが体内に残っておれば、毛細血管内皮が腹側血管に到達した後で、動脈内皮として標識されてしまう可能性がある。
このような分化の揺らぎを明確に定義するための実験の圧巻は、平滑筋と相互作用する内皮だけを、人工 Notch シグナルを使ってラベルする方法の開発で、これにより確実に毛細血管でない内皮をラベルすることができる。さらに、毛細血管から由来した内皮が平滑筋の存在する腹側血管に入って、合成 Notch で刺激され、動脈の内皮へと転換することも明らかにしている。ここまでマニアックな血管内標識実験は今まで見たことがない。
これらの実験は再生力の強い新生児マウスで行われているが、大人のマウスの心筋梗塞でも同じ結果が得られることを確認し、あとは腹側血管内皮の形成に必要なシグナルを検討している。結論は、局所の血管増殖因子、特に VEGF-A によって誘導される YY1 転写因子が Notch シグナル経路など、血管形成に重要な遺伝子をエピジェネティックに変化させ、最終的に側副血管に統合されることが示されている。
残年ながらこの結果からだけでは内皮がリードして側副血管が形成されるとまでは結論できないが、今後持続的イメージングなどの研究が行われるだろう。そのとき、今回使われた遺伝子改変マウスが大きく貢献することは言うまでもないだろう。
2026年8月26日
セロトニン吸収阻害剤はもとより、ケタミンや幻覚剤がうつ病症状を改善することから考えると、うつ病は神経回路の病気と考えるが、もっと深いところでは神経幹細胞からの分化細胞の供給が傷害された結果という研究結果も多く出されている。この考えに基づき、うつ病患者さんに神経幹細胞の増殖をサポートする薬剤の治験が行われており、このブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/4537)。
今日紹介するコロンビア大学からの論文は、平均47歳前後の健常人、あるいはうつ病患者さんの死亡後の脳の提供を受け、海馬の歯状回とアンモン角の細胞について、現在可能なほぼあらゆる単一細胞テクノロジーを用いて解析し、うつ病が幹細胞からのリクルートメントの異常であることを示した研究で、8月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Dysregulated adult hippocampal neurogenesis in major depressive disorders(大うつ病性障害で見られる成人海馬の神経細胞新生異常)」だ。
組織バンクから死後24時間以内の50人を超える大うつ病性障害 (MDD) の脳サンプルを得られるというのが驚きだが、この脳のpHを調べ、変性が進んでいないことを確かめた上で、
- 細胞核を取り出し手調べる single nuclei RNAseq、
- 同じサンプルでの Atac-seq, 組織、
- スライドグラス上の組織からRNAライブラリーを作成する Visium、
- RNA scope による高感度 in situ RNA、
- 同じ目的の Xenium,
- 細胞レベルではないが、選んだ組織領域の質量分析によるタンパク質解析、
とあらゆる解析方法を駆使して、MDD の脳を正常と比較している。
まず、正常脳で神経幹細胞から分化細胞へのリクルートが成人でも見られることを single cell 解析から明らかにしている。この研究では総数50万という大量の細胞が解析されており、遺伝子発現が重なり合いながら変化するのを利用する分化の道筋の解析 Pseudotime が信頼性高く行える。この結果、成人の海馬で、神経幹細胞から、様々な中間段階を経て顆粒細胞までの分化が確認され、さらに未熟細胞段階では増殖マーカーも発現していることを示している。そして、それぞれの段階を誘導維持する特異的な転写因子を特定、このように、成人の脳でもコンスタントに神経幹細胞からのリクルートが存在する。
この研究では Visium 等の空間トランスクリプトミックスを使うことで、これらの細胞分化が起こる場所も特定しており、歯状回の幹細胞から顆粒層へと分化した細胞が移動していることも確認している。
このように正常個体での神経細胞の新陳代謝を明確にした上で、うつ病の脳を調べると、歯状回で神経幹細胞数が上昇する一方、分化した neuroblast 細胞の数が変化することから、MDDでは未熟細胞からの分化が阻害されていることが示唆された。
後は、この結果として起こる様々な遺伝子発現について検討しており、うつ病では神経細胞のリクルート異常とともに、その結果としてセロトニンシグナル経路をはじめとする神経伝達システムの発現異常がおこり、さらに自然炎症の誘導が二本の柱となって、ストレス依存的に神経幹細胞のエピジェネティックの変化を持続的に誘導するというサイクルが進んでいることを示唆している。
実際には、様々な転写因子について詳しい解析が MDD で行われているが全て割愛した。おそらくストレス反応と脳の炎症が最初に来るような気がするが、その結果エピジェネティックな変化が幹細胞レベルで起こり、分化細胞の供給とともに、転写因子の発現異常などが重なるのがうつ病ということになる。
今後は、神経回路から考えるうつ病と、細胞レベルで考えるうつ病をうまく統合することが重要だと思うが、その先に本当のうつ病の根治法開発がある気がする。しかし、ここまで多くのテクノロジーを動員できる研究グループがうらやましい。
2026年8月25日
頭蓋骨骨髄から脳へつながる血管についての論文が発表されたのが2018年(https://aasj.jp/news/watch/8894) だが、8年たった今年には頭蓋に直接ナノ粒子に詰めた薬剤を注射して脳に運ばせるという驚くべき研究まで進んでいる(https://aasj.jp/news/watch/28166)。 即ち、頭蓋骨髄と脳との関係には我々のまだまだ知らない秘密があることを示唆している。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、頭蓋骨髄の中には脳由来抗原をサーベーランススルリンパ組織まで存在することを示した研究で、8月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Functional role of skull lymphoid structures in CNS immunosurveillance(頭蓋リンパ組織の脳の免疫監視機能)」だ。
何か特別な現象がきっかけになったというより、脳との直接血管ルートがあり、頭蓋骨髄で作られた血液細胞が直接脳に到達しているとしたら、頭蓋内に抗原反応を調節するリンパ組織が形成しているはずだという、まあ当然の成り行きとして研究が始まっている。最初から、リンパ組織に存在するようなリンパ球が頭蓋組織にないか単一細胞レベルの探索を行い、その結果 Tfh と呼ばれる、リンパ濾胞に存在するT細胞の存在を発見している。他の骨髄組織を調べると、Tfh の下図は半分以下で、組織学的にもクラスターを形成しており、リンパ組織が形成されているように見える。
一方、B細胞も、いくつかの活性化マーカーを発現した集団が頭蓋骨髄だけで見られ、IgG を分泌するプラズマブラスト細胞も存在している。さらに、Tfh や B細胞は同じクラスターに集まっており、T と B細胞が直接接して存在する像も、頭蓋骨髄のみで見られることから、他の骨髄とは異なり、頭蓋骨髄ではリンパ組織が形成されていると言って良い。
最後にこのリンパ組織が機能的かどうかを調べるため、卵白アルブミン (OVA) をモデル抗原として脳に発現させ、これに対する反応が頭蓋で起こっているかを調べ、抗原が頭蓋へ移行していること、OVA反応性細胞の T、B細胞が誘導されていることを明らかにしている。
今度は同じようにOVAを発現するグリオーマ細胞を脳に移植し、これに対する抗腫瘍免疫反応を調べている。まず、CD40抗体を頭蓋内に注射して、局所的に抗体反応を抑えると、ガンの増殖が促進する。即ち、グリオーマについてはガン特異的抗体反応も重要な働きをしており、これはもっぱら頭蓋で合成される。逆に、CD40を刺激する抗体とともに IL21とインターフェロンγを投与することで、グリオーマの増殖を一定程度抑えることができる。また、この処理でNK細胞が増え、D8やCD4T細胞も強くはないが上昇する。しかも、CD8細胞のキラー分子の発現は大きく増強される。このような抗ガン作用は、全身に同じ処理をしても得られない。ただ全身のリンパ組織がなくても、頭蓋だけで反応が維持できることも示しており、極めて局所の反応と言える。気になるのは、全身のリンパ組織のないマウスとして、lymphotoxinノックアウトマウスを使っており、これで頭蓋の反応が起こるのは、LTαとは全く異なるメカニズムでリンパ組織を頭蓋では形成できることになる。
以上が結果で、特に驚きはないが、脳と骨髄の関係の研究はますます拡大する気がする。