1月7日 形質理解のためのゲノム解析の重要性(1月1日 Science 掲載論文)
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1月7日 形質理解のためのゲノム解析の重要性(1月1日 Science 掲載論文)

2026年1月7日
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想像を超える多様性の存在が自然を観察する楽しみだ。多くの多様性の背景には遺伝系が対応しており、このブログでも何度も紹介した。例えばずいぶん昔、ヨーロッパに済む2種類のカラス(一つは真っ黒、もう一つは黒と灰色の2色)は交雑可能だが、見た目の違いを形成する遺伝系に加えて、それを認識する視覚系の変化により、交雑が起こらず、種分化が進行中であることを示す研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/1735)。しかし形質の多様性は全てゲノムだけで決まるわけではない。例えばオス・メスが環境で変わる生物は多い。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、ゲノムと形質のさらに複雑な関係を示すアメリカの砂漠に生息するワキモンユタトカゲの3種類のタイプが、ゲノムと発生の可塑性の両方が合わさって決まっていることを解明した研究で、1月1日号の Science に掲載された。タイトルは「The genetics, evolution, and maintenance of a biological rock-paper-scissors game(生物学的グー・チョキ・パーゲームの遺伝学、進化、そして維持)」だ。

グー・チョキ・パー(rock-paper-scissors)とは混乱してしまうタイトルだが、このじゃんけんゲームこそがこのトカゲを有名にしている。オスは、喉の色でオレンジ、ブルー、そしてイエローに分かれる。オレンジが一番強く、多くのメスのハーレムを作っている。ブルーやイエローは腕力ではオレンジにかなわない。それでもブルーは一匹のメスとペアを作り小さな縄張りで生きている。ただし、オレンジが来るとメスは略奪される。イエローは基本的には常に一匹で生活するが、縄張りが大きくなりすぎたオレンジの縄張りに忍び込んでメスと交雑する。この関係が何百万年も続き、おそらく3種類の形質は維持されてきたと考えられる。もちろん、それぞれのタイプの比は変化する。イメージとは異なるが、これをじゃんけんゲームとして捉えている。

この研究ではブルーとオレンジそれぞれ40匹あまりのゲノムを調べ、3種類の形質の形成過程を調べている。最初に明らかになったのは、形質の違いはSPRと言う遺伝子の上流の違いによることを特定した。

この違いは一塩基変異等ではなく、大きな領域の違いで、ブルーにしかない領域とオレンジにしかない領域が、両者共通に存在する領域に挟まれて存在している。これらの領域は、いくつかのトランスポゾンが飛び込んで形成しており、遺伝子発現調節に関わると思われる。それぞれの遺伝系をOとBに分けることができる。

3種類の形質について遺伝系を調べると、オレンジは全てOOで、一方ブルーはBBかBOがほとんどだ。ただ、OOでも3匹ほどブルーが存在することから、完全に遺伝系で形質が決まっていないのがわかる。これがイエローになるともっと極端で、BB、OB、OOが存在する。とすると、イエローやブルーへの可塑性を説明する遺伝型が存在する可能性があり、探索しているが相関する遺伝子は見つからない。

そこで遺伝系で系統樹を書いてみると、基本的にはOとBは完全に分かれているが、2つの間でしばしば交雑が起こる結果、O系統にBが少し見られ、逆にB系統にO が少し見られることがわかる。

ではOとBの遺伝系でどのように3種類の形質を説明するのか? これまで、イエローがメスとペアリングした結果ブルーになったことが観察されており、おそらくイエローは発達途中でメスとペアリングできない結果発生する可塑的形質と考えられる。

またこの謎を解く鍵はSPR分子にある。この酵素が関わる経路には、ドーパミンやアドレナリンなどのホルモンとともに青い色素形成にも関わる基質がある。そして、Bタイプの上流はより強い遺伝子発現に関わる。

これらを総合すると、SPR発現が強いと青い色素が出来るだけでなく、少し穏やかな行動をとるようになる。逆にオレンジはSPRの発現が低めで、結果青の色素がなくなり、行動がアグレッシブになる。これらは発達途中でメスとの関係で決まるが、メスとペアできないと、より環境の影響を受けて、イエロー形質が発生する。即ち、色と行動がリンクし、それが環境で変化できることで、3種類の形質がじゃんけんゲームを繰り返し、何百万年も維持されたことになる。ゲノムがわかって初めて理解できる多様性だが、自然の多様性は興味が尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月6日 脳へ移行できる酵素を用いたライソゾーム病治療(1月1日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2026年1月6日
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ライソゾーム病はムコ多糖症とも称され、ライソゾーム内に存在するグリコサミノグリカンを分解する酵素の欠損により起こり、分解できなかった物質が全身に沈着し、様々な臓器障害を起こす。欠損する酵素によって様々なタイプに分かれ、発見した人の名前がついている。現在可能な治療法は酵素補充療法で、リソゾームに選択的に取り込まれる酵素を投与することで、リソゾーム内の酵素活性を復活させることができる理にかなった極めて有効な方法だ。

しかしながら、リソゾーム病の多くは脳でもムコ多糖類蓄積が起こり神経を強く傷害するが、酵素は脳内に移行しないために、身体症状は改善しても中枢神経系には届かず、神経症状を改善することは出来ない。この問題を解決するためには、脳に遺伝子を導入する遺伝子治療と、脳血管関門を通れるように改変した酵素の開発が行われている。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は、X染色体上にコードされている iduronate-2-sulfatase酵素の欠損を原因とするリソゾーム病・ハンター症候群に、トランスフェリン受容体結合ドメインを付加した酵素を静脈注射することで脳内へ移行できるようにした薬剤:tividenofusp alfa の第1/2相治験の報告で、1月1日 The New England Journal of Medicine に掲載された。タイトルは「An Intravenous Brain-Penetrant Enzyme Therapy for Mucopolysaccharidosis II(脳に移行する酵素を静脈注射するムコ多糖類症IIの治療)」だ。

tividenofusp alfa は、iduronate-2-sulfase (IDS) にヒト免疫グロブリンFcを結合させ、このFc部分にトランスフェリン受容体結合部位と、リソゾームに取り込まれる糖修飾を加えて合成されており、相物実験で中枢に取り込まれて神経細胞、アストロサイト、そしてミクログリアに取り込まれて、リソゾームの酵素活性を回復させることが確認されている。

これを最終的に43人の患者さん(平均年齢5歳)を対象に、様々な量を投与する治験を行っている。第1/2相治験なので、最も重要なポイントは安全性の確認になる。実際には5年投与し続けて経過を見ており、最終的に41人が治療を続けていることから、様々な副作用はなんとかマネージできることを示している。

最も頻度が高く深刻な副作用は、投与した酵素に対するアナフィラキシーで、既に酵素補充療法を受けた経験のある患者さんでは高い頻度で起こる。ただ、予想可能でステロイドをあらかじめ投与するなど対策を打っておけば、ほとんどの患者さんで治療を5年間継続できる。また、死亡例は観察されていない。

もう一つ予想できる副作用がトランスフェリン受容体をトランスフェリンと競合する結果、鉄の取り込みを抑え、鉄欠乏性貧血が生じることで、特に治療開始11週目までに25%の患者さんで貧血が起こる。

次は効果だが、全身だけでなく脳内の酵素活性が回復できたことが、脳脊髄液中の Heparan Sulfate が90%減少することからわかる。また、神経障害を示すニューロフィラメント分子の量も大幅に減少する。

この結果、適応行動、認知を調べる様々なスコアが改善し、また聴力の改善も見られることが明らかになり、確かに脳内で働くことが確認された。

結果は以上で、現役の頃開発が進んでいた脳血管関門を通す技術が実現しつつあることをがよくわかった。、幸い懸念された貧血やアナフィラキシーもマネージできそうなので、今後例えば抗アミロイド抗体など様々な分子を脳内に移行させる方法として定着できるのではと期待する。

(追記:愛知ガンセンターの堀尾先生から指摘を受けて、ほぼ同じ薬剤が日本のJCRにより開発され、日本では発売されていることを知りました。JCRは芦屋にある会社で、個人的にも以前は一緒に読書会をしたりしており、またBBBを通る独自のテクノロジーで抗体治療などに取り組んでいるのは知っていたのですが、IDSの脳内移行薬剤を開発していたのは知りませんでした。もしほとんど同じ結果なら、この論文がNEJMに採択されるのは少しフェアでない気がします。)

カテゴリ:論文ウォッチ

1月5日 二型糖尿病とアミロイド(1月2日 Cell オンライン掲載論文)

2026年1月5日
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二型糖尿病はインシュリンが効きにくくなるインシュリン抵抗性と呼ばれる時期に、それに対抗するためインシュリンを過剰に分泌するため膵臓のβ細胞が頑張りすぎて、最終的に力つきて死んでしまう結果と考えられている。これに対し、インシュリンと一緒にβ細胞から分泌されるアミリンという小さなタンパク質が、アミロイド線維を形成し、これが細胞死の原因になるという考えもある。事実、2型糖尿病では経過とともにアミロイドの蓄積が見られ、これを抑制することでβ細胞を保護する研究も進んでいる。一方、β細胞が自己免疫で傷害される一型糖尿病ではアミロイド形成は起こらない。

今日紹介する上海交通大学からの論文は、2型糖尿病で膵臓の腫瘍を併発した患者さんの外科的に切除した膵臓からアミロイド線維を抽出し、その構造を解読し、アミロイド線維もβ細胞変性に十分関わる可能性があることを示した研究で、1月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Structure of pancreatic hIAPP fibrils derived from patients with type 2 diabetes(膵臓の2型糖尿病患者さん由来のhIAPP線維の構造)」だ。

タイトルのhIAPPとはアミリンのことで、ここではアミリンとする。これまでアミリンが膵島でアミロイド線維として沈着しており、抗体も開発されていたが、実際のアミロイド線維を抽出することは出来ていなかった。この難関を克服したのがこの研究だが、抽出方法の詳細は全て割愛する。

こうして得られたアミロイド線維の構造をクライオ電顕で解読し、

  1. 一つのアミリンがΩ型の平べったい構造をとり、2個のアミリンが相補的に2量体を形成している。
  2. この結果極めて安定的な平面ユニットが縦に重なって線維が形成される。
  3. これまで試験管内でアミリンからアミロイド線維を形成することが可能だったが、実際の組織から抽出したアミロイド繊維と比べると、21番目から37番目のアミノ酸で、線維形成の分子同士の重合のインターフェースは構造が一致するが、他の部分は大分異なっている。ただ、7-18番目の構造は、組織由来の線維を加えて線維化させることで、構造が似る。すなわち、組織内に存在するまだわかっていないリガンドの助けを得ることで、今回示された構造が形成されることになる。
  4. また、組織内のアミロイド線維は正常アミリンを線維型に変化させる播種効果があることが構造からもわかるが、アルツハイマー病でのβアミロイドと構造を比べると、構造的にはよく似ているので、ひょっとしたらこれまで言われてきたように、膵臓のアミロイドがアルツハイマーアミロイドを誘導する可能性があるかも知れない。

以上が結果で、実際の線維をクライオ電顕で解析できるまでに組織内から抽出したことが最も重要な研究だ。構造を見て、2型糖尿病もアミロイド病である可能性をかなり受け入れる気になった。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月4日 血液のクローン性増殖を防ぐ遺伝子の発見(1月1日 Science 掲載論文)

2026年1月4日
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血液幹細胞の一部が普通より少し高い増殖能を獲得すると、クローン性造血という状態が発生する。白血病のように、他の正常クローンを完全に圧迫するほどではないが、この状態に他の遺伝的あるいはエピジェネティックな変化が付け加わると、骨髄異形成症候群や白血病へと発展する。クローン性造血を誘導する遺伝子変異も研究が進んでおり、JAK2のように直接増殖に関わる変異もあるが、DNMT3a、TET2、ASXL1のようなエピジェネティック過程、即ち結果として様々な遺伝子の発現を変化させる変異によるケースが多い。

今日紹介するハーバード大学とスローンケッタリングガン研究所からの論文は、UKバイオバンクの大規模データを用いて、クローン性造血を抑制する一塩基変異 (SNP) を特定し、クローン性造血を抑えるメカニズムをヒト血液幹細胞を用いて示した研究で、クローン性増殖を考える上でも重要な研究だ。タイトルは「Inherited resilience to clonal hematopoiesis by modifying stem cell RNA regulation(クローン性造血に対する遺伝的耐性は幹細胞のRNA調節を変化させることで達成できる)」だ。

UKバイオバンク及び Geisinger health study に登録された人たちの中から5万人のクローン性増殖を示す人を特定し、発生率と相関する遺伝子座をゲノムチップで探索し、17番染色体のSNP、rs17834140を特定する。このSNPを持っていると、原因となる変異を問わずクローン性増殖を抑えることができる。

このSNPが存在するゲノム領域を調べると、MSI2遺伝子のイントロン領域にあることがわかり、クロマチンはオープンで血液幹細胞の転写に関わる様々な遺伝子が結合するエンハンサー領域であることがわかった。そしてこのSNPではGATA2結合が低下することも明らかになった。これはドンピシャの当たりで、MSI2 (Musashi-2) は慶応の岡野さんが若い時代にショウジョウバエで発見した幹細胞維持に関わることが知られているRNA結合タンパク質で、白血病のリスク遺伝子として知られていることから、クローン性造血と相関したことは納得できる。

MSI2ノックアウトマウスは筋肉、骨、生殖細胞の発達低下が見られるが、正常に生まれてくる。逆に、この研究の結果と同じで、欠損マウスは白血病にかかりにくいことが知られている。

人間の臍帯血幹細胞を用いてMSI2をノックアウトすると、幹細胞の自己再生が低下するが、完全に消失するわけではない。またSNPに相当するエンハンサー領域だけノックアウトすると、自己再生の低下の程度はずっと緩やかになり、2割程度の低下で終わる。

この研究ではこの遺伝子が過剰発現したヒト血液幹細胞と、MSIノックアウトやエンハンサーノックアウトで変化するRNAを調べ、MSI2結合RNAにより強く調節を受けている208種類のRNAを特定し、これらの多くが協調して血液幹細胞の自己再生を助けるネットワークを形成していることを明らかにしている。即ち、MSI2のエンハンサー機能異常により、このネットワーク全体の活性が少し低下することが、クローン造血を抑えていることを示唆している。

これを証明するため、ASXL1変異を導入したヒト幹細胞を作成し、これにMSI2ノックアウト、あるいはエンハンサーノックアウトを組み合わせる実験で、クローン性造血を強く抑えることを示している。また、ヒトでの実際の効果を確かめるため、クローン増殖が認められたヒトの5年後の状態を調べると、このSNPを持つ人ではクローン性造血の進展がほとんど見られないことも確認している。最後にマウスモデルも作成して、同じ結果が見られることを示している。

以上が結果で、自己再生を少し低下させることで正常の造血は維持したままクローン性造血を減らせること、また血液細胞の自己再生がRNAレベルの調節でマイルドに調節されていることが明らかになり、今後クローン性造血だけでなく、白血病発生を理解するにも重要な貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月3日 協力を学習した2匹のマウスの脳を強化学習AIで再現する(1月1日号 Science 掲載論文)

2026年1月3日
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協力を成立させる脳を研究するためには、最低2個体に一つの課題を学習させる必要がある。ただ、学習可能な協力レベルは動物ごとに異なる。例えば、レバーを押した時に、まず相手に褒美が与えられ、次に相手がレバーを押したときだけ自分に褒美が来るような、将来の可能性のための協力関係はチンパンジーでも難しい。一方、相手の動きに自分を合わせることで褒美を得るような課題はマウスでも可能だ。

今日紹介するUCLAからの論文は、二匹のマウスが褒美を得るために協調することを学習したとき形成される脳回路の示す特徴を、同じ課題を学習した2台のAIも示すようになるかを調べた研究で、1月1日 Science に掲載された。タイトルは「Neural basis of cooperative behavior in biological and artificial intelligence systems(生物学的及び人工知能システムでの協調行動の神経基盤)」だ。

研究ではまず2匹のマウスを透明な仕切りで相手が見える2つの部屋に入れて自由に行動させる。この部屋の端には鼻を突っ込む穴があり、反対側に水が出てくる孔が設置されている。マウスが単独で鼻を突っ込んでも水にはありつかないが、両方がほぼ同時に鼻を突っ込むと水にありつけるという課題で、協調することを学習させる。すると、徐々に成功率が上がって、相手に合わせて鼻を突っ込むようになる。こうして得られた学習効果は、間仕切りを不透明にして相手が見えないようにすると、全く消失する。即ち、完全ではないがこのレベルだとマウスでも協調行動を学習させることができる。

行動を分析すると、協調行動は孔に向かうアプローチ、すぐに鼻を突っ込まずに少し待つ行動、そして相手の場所を見て相手に合わせる行動に分析できる。この研究では最初から前帯状皮質神経だけに焦点を絞って、これらの行動に対応して反応する神経群が存在すること、またその活動記録からマウスの行動を解読できること、そして前帯状皮質神経活動を抑えるとこの学習効果がなくなることを示している。

動物を使った事件概要は以上で、おそらくこれだけでは Science に採択されなかったと思う。この研究のハイライトは、動物実験というより、同じ課題を2台の独立した再帰型ニューラルネットワークに Proximal Policy Optimization と言う学習アルゴリズムで別々に学習させている。それぞれのAIは自分の位置、行動、相手の位置行動がインプットとして入るようにしている。最初は全くランダムな行動の中で、協力すると報償が得られることを学習するまで、実際には4000回の学習を行わせている。

結果、全く協調ということを教えなくても、それぞれのAIは強調して報償を得ることを学習するようになり、この時のAIの行動でも、鼻を突っ込む行動を少し待って、相手の行動に合わせて次にとる行動の確立を決めるようになっていることがわかり、強化学習AIも学習したマウスと同じように行動していることを示している。

次からは完全に理解できているわけではないのだが、使った再帰性ニューラルネットワークを構成する256ユニットの活動を時間的に解析し、待つ行動に対応するユニット、相手の状態を表象しているユニットを特定できるとしている。

このような強化学習AIのユニットを神経活動とそのまま対応させていいのかは素人なのでわからないが、何も教えなくても強化学習が新しい課題を学び、行動的にはほぼ動物と同じ学習を行っていることから、実際の脳とニューラルネットを比べることで、両者の新しい理解につながっていくのだと思う。おもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月2日 新しい抗真菌薬の開発(12月31日 Cell オンライン掲載論文)

2026年1月2日
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真菌感染は人類にとってまだまだ勝利宣言が難しい感染症で、WHOによると何年380万人の方が亡くなっている。私が医師として働き始めた1973年には、アンフォテリシンB(当時ファンギゾンという製品名だった)が利用可能になっていたが、強烈な副作用で使いたくない薬剤だった。ただ、この分野も少しづつ進歩しており、2001年からエキノキャンディン系の抗生物質が認可されるようになり、副作用の少ない抗菌治療が可能になってきた。クリプトコッカスはメカニズム的にCAPの標的になるが、他の真菌と比べると効果が低いことから、エキノキャンディンを助けるアジュバント薬の開発が行われていた。

今日紹介するカナダ・マクマスター大学からの論文は、放線菌や真菌由来の4000種類の化合物ライブラリーを、エキノキャンディンの一つ caspofungin (CAP) のアジュバントとして利用できるかスクリーニングし、最終的に Butyrolactol A (BLA) を発見した研究で、2月31日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Butyrolactol A enhances caspofungin efficacy via flippase inhibition in drug-resistant fungi(Butyrolactol はフリッパーゼ阻害を通して薬剤耐性の真菌に対しcaspofunginの効果を高める)」だ。

スクリーニングで得られたBLAは、それ自身でも少し抗菌活性があるが、CAPと組み合わせると、2種類のクリプトコッカスを試験管内で抑制する。またマウス皮膚にクリプトコッカスを感染させる治療実験でも、CAPと組み合わせるとほぼ感染による死亡を抑えることができ、組織学的にもクリプトコッカスの増殖が抑えられていることがわかる。さらに、マウスレベルでほとんど副作用がない。

後は、BLAの作用機序を様々な方法で検討し、

  1. 標的分子が膜のフリッパーゼの一つApt1-Cdc50に結合し、本来の基質と競合することでフリッパーゼ活性を完全にブロックすることを明らかにする。フリッパーゼについて少し説明すると、膜の外と内の脂質を入れ替える働きを持つ酵素で、例えば膜の構成成分フォスファチジルセリンやフォスファチジルコリンを膜の内側に輸送している。
  2. この阻害機構について構造学的に解析し、BLAがApt1と結合することで、脂質を移送する入り口を物理的に詰まらせる。
  3. その結果、エンドゾームの形成が阻害され、アクチンの極性が喪失し、ATPが細胞外へと漏れ出し、細胞死に陥る。
  4. また、この機能変化により、CAPの細胞内濃度が上昇することで、CAPの抗菌作用を促進させる。
  5. フリッパーゼは我々の細胞にも重要だが、多くのフリッパーゼを持っており、また真菌の脂質に特異的に作用することから毒性が低いと期待できる。

結果は以上で、BLAは直接細胞を殺すわけではないが、フリッパーゼの機能をブロックすることで細胞の活性を低下させ、さらに細胞内のCAP濃度が高まることで、抗菌効果を高めるという結論になる。今後いくつかの動物を用いた前臨床から、臨床治験に進むと考えられるが、50年前ファンギゾンを使った経験がある医師なら、ゆっくりでも医学が着実に進んでいることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月1日 気になる代謝研究2題(12月18日 Cell Metabolism オンライン掲載論文)

2026年1月1日
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読者の皆様、明けましておめでとうございます。5000回を目指して毎日書き続けてきた論文ウォッチも今年ついに5000回を迎える予定です。是非今年も論文ウォッチをよろしくお願いします。

さて、元旦の今日は Cell Metabolism にほぼ同時に発表された健康につながる生活習慣についての論文を2編紹介します。最初はオランダ マーストリヒト大学、スイス ジュネーブ大学、ドイツ リュウマチ研究センターからの共同研究で、仕事場での自然光の重要性を示した研究。タイトルは「Natural daylight during office hours improves glucose control and whole-body substrate metabolism(仕事中に自然光を取り入れるとブドウ糖のコントロールと全身の物質代謝を改善できる)」だ。

10人の2型糖尿病の患者さんに、窓から自然光が入る仕事環境と、全く人工光だけの仕事環境で4.5日づつ仕事をして貰って、持続的なグルコースモニター、血液検査、カロリメトリー検査、そして筋肉バイオプシーによる代謝物や遺伝子発現について、自然光と人工光の差を比べている。どの被検者も、4ヶ月の間隔を経て両方の環境での実験が行われているので、基本的には個人差の問題は解決できているとしている。

多くのデータが示されているが、まず注目されるのは、連続測定からわかる血中グルコースレベルの食事による変化が緩やかになることだ。もちろん4日ぐらいの実験で血中の糖尿病指標が変化することはないが、グルコースの正常域の時間が長くなることは重要だ。これと平行して、脂肪燃焼が終日上昇する事で、これも糖尿病にとっては重要だ。

もう一つの大きな変化は、概日周期に影響がある点で、例えば夜の唾液中のメラトニンの量が上昇することは、概日周期がよりはっきり刻まれることを示している。同じことは筋肉バイオプシーで得た細胞の培養の概日周囲に関わるPer1やCry1の発現で見ると、発現レベルが上昇している。

以上、同じ明るさで仕事をするにしても、窓の大きい環境で仕事をすることが健康に良いことを示している。

次はスペインのPablo de Olavide大学からの論文は、硫化水素を体内で発生する化合物が糖代謝や脂肪代謝を改善し、マウスを11%長生きさせるという研究で、タイトルは「Enhanced non-enzymatic H 2 S generation extends lifespan and healthspan in male mice(酵素非依存的に二硫化水素の合成が促進することで、雄マウスの寿命と健康寿命が延びる)」だ。

タイトルは硫化水素が長生きの元と読めてしまうので「何?」と不思議に思うが、実際にはニンニクなどが含む硫黄化合物が急性的にも慢性的にも健康長寿に重要であることを示した研究になる。ここで調べられたのは硫黄の付き方が異なる、diallyl mono-sulfide (DAM) 、diallyl di-sulfide (DAD) 、そしてdiallyl tri-sulfide (DAT) になる。まず、これらを水に溶かしてグルタチオンを加えたときに発生する硫化水素の量を量り、後者のDADとDATが酵素なしでも分解して硫化水素を発生させることを確認している。この結果は、DADやDATを経口摂取させると、肝臓に移行したときグルタチオンの働きで硫化水素が肝臓で発生することを示している。

後は正常食や高脂肪食を与えたマウスにDADを中心にDAM、DATを加え diallyl sulforated compound (DAS) を投与し、まず3時間後の肝臓の遺伝子発現を調べると、これまで長寿に関係するとして知られている様々な遺伝子の発現パターンが変化することを示している。また、AKTやS6分子のリン酸化を調べると、やはりDAS投与で大きく上昇し、DASが大きな効果を持つことが示された。

次は慢性実験で、雄マウス20週目からDASを与え続ける実験を行い、様々な時期で代謝を調べるとともに寿命を調べると、DAS 投与群では11%も寿命が延びている。しかも、寿命だけでなく、認知や筋力など身体機能の維持も出来ており、いわゆる健康寿命が延びている。

後は詳しく代謝を調べて、インシュリン分泌も含めてグルコース代謝がDAS投与で改善すること、脂肪の燃焼が高まること、高脂肪食摂取時の脂肪肝を抑えることなど、いいことづくめだ。肝臓細胞の遺伝子発現、プロテオームを調べると、代謝から炎症まで全て良い方向に変化することがわかる。

また硫黄が付加されたタンパク質の量が、肝臓だけでなく筋肉でも上昇しており、筋肉の低下を抑えていることを示している。

以上のように、ニンニクに含まれるアリシンが分解した化合物の驚くべき健康長寿延長効果が、その代謝学的エビデンスとともに示されている。ここでDAS150mg/kgがどの程度の量かが問題になる。例えば50kgの人では7.5gを摂取する必要があるが、調べてみると生ニンニクのアリシン含有量は230mgなので、ニンニクからこの量を摂取するのは現実的でなさそうだ。

最後に年賀の挨拶としてChatGPTに作って貰った年賀状を添付します。

Screenshot
カテゴリ:論文ウォッチ

12月31日 トリプルネガティブ乳ガンの新しい治療法(12月24日 Science Translational Medicine 掲載論文他)

2025年12月31日
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今年最後はトリプルネガティブ乳ガンに対する新しい治療法の可能性を調べた2編の論文を紹介する。

最初のテキサス大学MDアンダーソンガンセンターから発表された論文は、トリプルネガティブ乳ガンやCDK4/6阻害剤抵抗性を獲得した乳ガンの2-5割の患者さんで見られるRb1欠損は、後期細胞周期の阻害剤を組み合わせて治療できる可能性を示した研究で、12月24日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Rb1 deficiency induces synthetic lethality with ATR and PKMYT1 coinhibition in breast cancer cell lines and patient-derived xenografts(Rb1欠損は ATR と PKMYT1 両方の阻害によって殺せることが、細胞株と患者由来ガンの移植モデルで明らかになった)」だ。

CDK4/6阻害剤の成功のおかげで、細胞周期をガンの標的とした薬剤の開発が進んでいるが、現在治験が進んでいるS-G2チェックポイント分子ATRとG2-Mチェックポイント分子PKMYT1に対する阻害剤を有効に使う条件としてRb1欠損患者さんを選ぶことを提唱したのがこの研究だ。手短に紹介するため、実験の詳細は全て割愛するが、研究のアイデアは、Rb1はE2Fに結合して細胞周期を抑えるだけでなく、細胞周期とは独立にDNA修復に関わっているため、Rb1が欠損すると細胞周期が進むと同時にDNA修復機能が低下する。DNA複製中の修復がうまくいかないとチェックポイント機能が働いて、細胞周期を止めて修復を待つが、このチェックポイントを阻害することで、DNA複製が止まってしまうストレス、分裂期への早期への移行等が起こり、Rb1を欠損したガン細胞だけ殺すことが期待される。

結果は期待通りで、両方の阻害剤を同時に使った時だけに強い細胞死を抑制できる。この阻害剤による細胞死が期待通りDNA修復異常、チェックポイント機構の喪失、そしてストレスに対するJNK/p38シグナルによる細胞死が起こることを示している。

実験のほとんどは細胞株で行われているが、乳ガン患者さん由来のガン細胞を免疫不全マウスに移植する実験も行い、Rb1欠損の乳ガンだけでこの治療法が有効であることを示している。このことから、トリプルネガティブ乳ガンやCDK4/6阻害剤に耐性を獲得した乳ガンの治療として、S-G2、 G2-M期阻害の併用は期待できる。ここで使われた薬剤は単独では治験に入っているので、比較的早くRb1をバイオマーカーとした治験が進むと思う。現役時代には副作用が起こるため不可能と考えていた細胞周期そのものを狙った薬剤の開発が進んでいるのには驚く。

次のスペインバルセロナの Vall d’Hebron ガン研究所からの論文はトリプルネガティブ乳ガンに現在使われているPARP阻害剤に加えて、新しいMycを標的にする Omomyc を併用することでコントロールできる可能性を示した研究で、12月23日号の Cell Reports に掲載された。タイトルは「MYC inhibition by Omomyc causes DNA damage and overcomes PARPi resistance in breast cancer(OmomycによるMyc阻害はDNA障害を誘導して乳ガンのPARP阻害剤の耐性を克服できる)」だ。

ここで使われたMyc阻害剤 Omomyc は、今はやりのペプチドデザインのパイオニアとも言えるイタリアの研究者により開発されたペプチド薬で、Mycの2量体形成を阻害する薬剤で、長い時間を経てMycを標的とする唯一の薬剤として治験が行われている。

この研究ではMycを阻害することで、重要なDNA修復機構に関わる遺伝子が軒並み低下し、実際細胞で切断され修復できないDNAが増加することを示している。元々トリプルネガティブ乳ガンはDNA修復機構が低下しており(BRCA変異など)、DNAの一本鎖切断タイプの修復酵素PARPを阻害する薬剤が既に利用されている。

しかし、RARP阻害剤は使用中早期に耐性が発生するため、これに対する対応が求められていた。この研究ではPARP阻害剤耐性ガンではMycの発現が上昇していること、またMycを抑えると single strand、double strandの切断に関わる修復システムの機能を抑えられることから、トリプルネガティブ乳ガンにPARP阻害剤と Omomyc を併用することで高い効果が得られると着想している。

これを確かめるため、治療前のトリプルネガティブ乳ガンバイオプシーで得られた組織を免疫不全マウスに移植。腫瘍が大きくなった時点で腫瘍を植え替えて、それぞれの阻害剤単独あるいは併用で効果を調べている。 結果は期待通りで、Omomyc 単独でも効果は認められるが、PARP阻害剤と併用したときに最も強い抑制効果が見られることが示されている。

結果は以上で、この場合も Omomyc の治験が始まっていることから、すぐ臨床応用の可能性が試されると思う。

以上、トリプルネガティブ乳ガンにも新しい光がさしていることを示す研究だが、いずれにせよ遺伝子診断は必須であることがよくわかる。

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12月30日 単一細胞の培養から解析まで可能にするカプセル(12月18日 Science オンライン掲載論文)

2025年12月30日
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単一細胞レベルのテクノロジーの開発は2010年以降に始まったと思う。まだ現役の頃は、単一細胞由来のライブラリーを作るのはほとんど職人芸と行っても良かった。しかし、バーコード技術と、細胞を一つの液滴の中にマイクロフルイディックス技術が発展し、単一細胞のオミックスが維持か担っているのを見るとうらやましい。しかし、この技術の最大の問題は、一旦細胞を液滴に閉じ込めると、全ての処理をその液滴内で一度に済ます必要があった。

これに対し、今日紹介するリトアニア・バイオテクノロジー研究所からの論文は、デキストランとメタクリル・ゲラチンを混ぜることで起こる相分離で出来たカプセルを光重合させることで、一個の細胞が詰まったカプセルが出来、そのままミクロ試験管として何段階もの処理を細胞に加えることができることを示した研究で、12月18日 Science にオンライン掲載された。タイトルは「High-throughput single cell omics using semipermeable capsules(部分的に透過性を持つカプセルを用いたハイスループット単一細胞オミックス)」だ。

使っているポリマーは異なるがほぼ同じ内容の論文がハーバード大学からサイドバイサイドで発表されていたが、リトアニアからの論文を紹介する。

細胞を浮遊させた液に高分子デキストランを加え、マイクルフルイディックスを用いてメタクリル・ゲラチン液と会合させると、デキストランとアクリルジェラチンが培養液から分離する。この分離したデキストラン・アクリルゲラチンに光を当てると、タンパク質や小分子は通るが、300bp以上の核酸は通らない穴の空いたカプセルが出来、その中に細胞が閉じ込められる。

このカプセルは酵素処理をしない限り壊れることのない、30nmから200nmの大きさを保つ。このおかげで、カプセルの中で細胞を培養して増やすことが出来るし、またsingle cellの入ったカプセル内で細胞を分解し、カプセルを透析することで、タンパク質などの夾雑物質が除かれた300bp以上のRNAやDNAを精製することができる。

こうして精製した核酸はカプセル内でバーコードを加えることができる。ただバーコードは一個ずつのカプセルをマイクロプレートに撒いて行う必要がある。 その後カプセルを全部回収してよく洗った後、もう一度プレートにまき直して異なるバーコードを加えることも出来、この作業を繰り返せば、1万種類以上の個々の細胞を標識できる。

この方法により、一般の single cell RNA sequencing などとで行える細胞のトランスクリプトミックスと同じ解析が行え、また夾雑物のない条件で解析が出来るため、例えば骨髄性白血病で分化したように見える白血病細胞でも増殖プログラムが発現していることなど、高い精度のデータを得ることができる。歩留まりも良い。

極めつけは、バーコードを付加した後、蛍光PCRを用いて特定のゲノムやRNAを増幅・蛍光標識した後、セルソーターで目的の遺伝子を含むカプセルだけを選び、その後カプセル内のRNAからライブラリーを作成することで、特定の遺伝子を確実に含むライブラリーを作成することができる。もちろん今の方法でも、たくさんの単一細胞を調べて遺伝子発現から選び出すことも出来るが、より精度の高い解析を行うためには優れていると思う。また、核酸だけにとどまらず、オルガネラなど他の指標も使うことができる。

結果は以上で、全く新しい有望な単一細胞解析テクノロジーが開発された。おそらくすぐにサービスが始まり、普及は早いと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月29日 NAD減少を抑えるだけでアルツハイマー病を抑制できる(12月22日 Cell Reports Medicine オンライン掲載論文)

2025年12月29日
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Nicotinamide adenine dinucleotide (NAD) は、さまざまな酵素過程で電子の運び役として働く補酵素だが、老化とともに低下することから、NMNなどの前駆体を摂取して、ミトコンドリア機能やサーチュインによる遺伝子発現機能を活性化して老化を防ぐ可能性が注目されている。

今日紹介する Case Western Reserve 大学からの論文は、アルツハイマー病 (AD) では老化以上にNAD低下が著しいが、NADのサルベージ経路の酵素NAMPTの活性を促進する化合物P7C3-A20を投与することでNADレベルを正常化し、ADによる神経死を防ぎ、認知機能を保全できるという驚くべき研究で、12月22日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Pharmacologic reversal of advanced Alzheimer’s disease in mice and identification of potential therapeutic nodes in human brain(マウスの進行したアルツハイマー病の薬剤による正常化と治療標的の特定)」だ。

この研究で使われたP7C3化合物は2010年神経細胞の生存を促進する新しい化合物として報告され、その後NADのサルベージ経路の酵素NAMPTの活性を促進する作用があることが報告されるとともに、薬剤としての効果を高めたP7C3-A20が開発された(Cell 158, 1324–1334,2014)。現在まで網膜変性、パーキンソン病、ALSへの効果が示されており、ADについての研究も発表されてきた。ただ代謝の核とも言えるNADなので、ガンを活性化させるなどの問題や、動物実験での効果から臨床治験までは進んでいない。

それをもう一度復活させようとしたのがこの研究で、まずサルベージ経路活性の場合、原料となるニコチンアミドの量が律速するので、NMNを摂取する場合と比べて安全であることを強調している。また、実験では半年にわたる投与実験も行い、問題がないことを示している。

まず使ったのは5xFAD と呼ばれるアミロイドが強烈に蓄積する系で、12ヶ月例ではNAD/NADH比が半減するが、P7C3-A20 (以後A20) によりバランスが正常化する。これと並行して、さまざまな認知機能を調べる行動実験の全てで著しい改善が見られる。さらに、神経学的にも海馬シナプスの長期増強が起こる。

驚くのは、機能だけでなく病理にも変化が見られる。しかもアミロイドプラーク数ではほとんど正常化しないにも関わらず、Tauタンパク質のリン酸化を低下させ、早期診断に使われる217pTauの血中濃度も低下させる。すなわち、アミロイドの沈着はあってもTau病変の進行を抑えることになる。そのうえ、ADでおこる脳血管関門の破綻も正常化する。この結果、脳内での神経炎症が抑えられ、最後の指標として神経細胞死も強く抑えることができる。

効果を示すのはアミロイド沈着によるADだけでなく、PS19と呼ばれるヒトTauの変異体を組み込んだADマウスモデルでも、病気の最終段階でも効果があることを示している。

メカニズムとしては、ADによる酸化ストレスを正常化することで、Tau病変の進行を止めると考えられるが、これだけでは説明できないだろう。そのため、ADにより変化するタンパク質のうち、どのタンパク質がA20で正常化するかを調べ、40種類のタンパク質をリストしている。この中にはアポトーシス阻害、ミトコンドリア活性化など、なるほどと思える分子が多いことから、今後AD治療の標的にならないか検討していく必要がある。

人間でも、死後脳を調べると、NAD/NADHバランスとADのさまざまな分子マーカーが相関することから、A20を治療薬として再考する価値はあると結論している。ただ、この薬剤が臨床に使えないとしても、一度スイッチが入ったADでも、細胞の状態を変化させることで、Tau病変を元に戻せることが明らかになったことは大きい。

カテゴリ:論文ウォッチ