10月30日 電気で活性化できる触媒を用いて糖尿病を治療する(10月22日 Science 掲載論文)
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10月30日 電気で活性化できる触媒を用いて糖尿病を治療する(10月22日 Science 掲載論文)

2026年10月30日
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手術後4ヶ月が過ぎた。手術から放射線治療を続ける間も、元々治療していた糖尿病治療は続けているが、驚いたことに普通に食べ、同じ薬を服用しているのに血糖が下がり、HbA1cも手術前よりずっと良くなった。代謝は簡単には理解できないのを実感する。現在服用しているのは、SGLT2阻害剤とDPP-4阻害剤だが、SGLT2阻害剤は腎臓尿細管でのグルコース取り込みを阻害して、一日に100g近いグルコースを捨てて血糖を維持する。グルコースを捨てるというのは極めておもしろい発想なので、Youtubeでも紹介した。それまで高血糖には、インシュリン感受性を高める方法と、インシュリン分泌を高める方法が使われてきたのだが、そこにグルコースを捨てるという方法が加わった。

今日紹介するスイスチューリッヒ工科大学バーゼル校からの論文は、このグルコースを捨てるという発想を、電気で活性化できるグルコース酸化触媒で実現しようとしたおもしろい研究で、10月22日 Science に掲載された。タイトルは「Wireless electrocatalytic closed-loop system for drug-free management of diabesity(無線で駆動する電気触媒を用いた閉鎖システムで薬剤を全く使わない糖尿病管理を実現する)」だ。

この研究が目指したのは、体内にグルコースを酸化する触媒を設置して、グルコースを腎臓から排泄できるグルコン酸に変換し、腎臓から排泄させるという全く生物的薬剤を使わない画期的方法だ。腎臓の透析も同じアイデアだが、血管を装置につなぐのではなく、装置を皮下に設置して持続的に触媒を働かせてグルコースを変換すると言うアイデアだ。

この論文でも紹介されているが、酵素なしでグルコースを酸化する方法は、グルコースを用いて発電する方法として酸化銅を触媒とする方法が開発されていたようだ。ただ、この研究では触媒活性を全く調節できない。この研究では金の粒子に白金を重ねたナノ粒子をグラファイトに塗布した触媒を用いている。この触媒はそのままでは活性がないが、0.7V近い電気で刺激すると金属表面にグルコースを吸着し酸化する触媒だ。従って、体内のグルコース濃度と電気刺激をリンクさせれば、グルコースが上昇したときだけ酸化することができる。

この研究ではこうして作成した電気触媒がグルコースを酸化することを確認した後、フルクトース、マンノース、ガラクトース、キシロース他、様々な分子や薬剤について調べて、ほとんど酸化活性がなくグルコース特異的であることを示している。酵素のように複雑なポケットを持たない触媒でこのような特異性が生まれるのは驚きだが、この組み合わせを発見したというのはもっと驚きだ。ただ、この触媒の開発までの説明はほとんどされていない。

次はこの装置が生体内で働くかどうかで、電気装置はFDA認可の埋め込みケースに入れ、これにポリセルローズをアルギン酸コーティングした小分子が浸透する膜で出来た袋に入れた触媒とつないで、電気的に触媒活性を調節できるようにして、皮下に埋め込んでいる。db/dbと呼ばれるレプチン欠損により2型糖尿病を発症するマウスに装置を埋め込んでいるが、腎透析のように血管をつなぐわけではなく、そのまま拡散でグルコースを局所的に処理する仕組みだ。しかし、皮下で処理するだけで身体全体のグルコース濃度を調節できるのか?

案ずるより産むが易しで、db/dbマウスに設置して電気刺激すると、1時間で血中グルコースが正常化する。さらに、この装置を市販のグルコースセンサーと組み合わせ、グルコース濃度が閾値を超えたときだけ無線で電気刺激が起こるようにした自動調節装置を作成し、2週間にわたってdb/dbマウスの血中グルコースを正常範囲に維持することが可能であることを示している。

db/dbマウスではインシュリンは分泌できるので、インシュリン作用により脂肪がエネルギー産生に使われるようになり、ケトン体などが上昇する。ただ、ケトアシドーシスなどは起こっていないように見える。また、自動調節ではないが6週間この装置でグルコースを下げたdb/dbマウスでは、同じように脂肪をエネルギー源にしている代謝に変化していることがわかるが、問題になるようなケトアシドーシスは起こらない。

以上が結果で、インシュリン分泌はそのままで、グルコースだけを低下させる画期的方法が開発されたことになる。では人間にも利用できるのか?5リットルのグルコース液を十分処理できるサイズは人間に設置可能としているが、サイズのハードルは高いと思う。しかし、SGLT2阻害剤と異なり、血中グルコースに合わせてグルコースを除去できる方法としては画期的で、インシュリンは自然分泌なので低血糖発作の危険性もない。一方、ケトン体は作り続けられることになるので、これが許容されるかはわからない。しかし、糖代謝という生物代謝の核を、全く人工的な方法で変化させられることだけでもおもしろい。おそらくマウスを用いた新しい実験方法として、グルコースだけを調節できる新しい研究に使える気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月29日 言葉でタンパク質をデザインする(10月21日Nature オンライン掲載論文)

2026年10月29日
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自然言語を用いて、機能や構造を記述した通りのタンパク質のアミノ酸配列を予測してくれる生成AIの開発競争は熾烈だ。これまで紹介した中では、Evolutionary Scale が昨年発表していたESMシリーズが普及しているようだが、実際にはもっと多くのモデルが提案されているようで、なるべくAIをフォローしようと思ってもカバーするのは難しくなってきている。結局、トップジャーナルに発表された氷山の一角から全体を推定するのが関の山だ。


今日紹介するのは中国浙江大学から10月21日 Nature にオンライン発表された論文で、自然言語でデザインしたいタンパク質の機能をインプットすると、その機能を保ったタンパク質のアミノ酸配列を生成するモデルの開発で、これまでの研究にはなかったいくつかのおもしろいアイデアが試されているので紹介することにした。タイトルは「Programmable design of functional proteins from natural language(機能的なタンパク質を自然言語からデザインする)」だ。

これまでタンパク質デザインの場合、標的基質や、コアになるアミノ酸の配位などの原子配置を抽出して、それに合わせたペプチド構造を設計する例えば Baker さんたちの RFdiffusion や、アミノ酸配列、構造、そして自然言語による機能キーワードを学習させた ESM3 等が使われており、特に ESM は自然言語のキーワードでタンパク質のデザインが可能になっている。これに対して、浙江大学のグループはまず自然言語の自然な記述文章からタンパク質のデザインを可能にするモデルを目指している。
まず Swiss protタンパク質データベースを使って、自然言語と構造、及び自然言語とアミノ酸配列をencoder/decoder として学習させてたモデルでの予測性能から、アミノ酸は大きく異なっていても構造は保存されているケースが多く、自然言語による記述はまず構造に decode することが必須である事を確認し、これに基づいて自然言語記述をどう使うか設計している。


Pinal と名付けたモデルは、これまで開発された様々なモデルをうまく組み合わせたのが特徴で、まず自然言語をT5と呼ばれる生命科学テキストの encoder を使いベクトル化、タンパク質の構造をタンパク質内のアミノ酸同士の関係に落とし込んだ Foldseek と呼ばれる方法と組み合わせて、言語記述を Foldseekトークンとして生成している。これにより、複雑な構造も通常の LLM で扱える。そしてここがこのグループのアイデアだが、同じテキストを普通のBERT を使ってトークン化して、これを先の構造トークンと合わせてエンベッディングし、このタンパク質構造に対するアミノ酸配列が生成できるようにしている。
構造と配列を一体として学習する点では ESM と同じだが、自然言語を異なるエンコーダーで処理して、構造トークンにリンクさせる点が特徴だと言える。


最初50万のテキストとタンパク質の配列、構造が揃っている Swiss Prot を用いて学習させているが、LLM としては小さすぎるので、現在知られている1億3500万個のタンパク質について学習させて LLM としての予測性能を上げるための大規模な取り組みを次に行っている。さらに多くのタンパク質についてのデータと言っても、ほとんどのタンパク質では構造や記述情報がないので、これを自動生成する方法を開発している。具体的には Swiss aprot テキストをベースに GPT4 で新しい表現方法のライブラリーを作成、そのライブラリーの表現を TrEMBL を用いて配列しかわかっていないタンパク質に当てはめ、他にも Evolla、InterPro と言ったテキスト情報をタンパク質ライブラリーに加えて、最終的に1億3500万のタンパク質について、なんと17億の言語表現とのペアを作成している。また、アミノ酸配列は、AlphaFold 等で構造化して、これを Foldseek でトークン化して使っている。基本的にはこの作業は自動化されているが、多分大変な作業だと思う。こうして出来た17億のペアを学習させたのが、ESM 等と比べたときにより自然言語の説明を主役にしたタンパク質のデザイン生成AI、Pinal が誕生している。


後は Pinal をどう使うかについて、例えばグルコースをリン酸化する活性を持つ酵素をデザインしたいとインプットすると、進化的系統関係をきちっと示する数多くのアミノ酸配列が生成されることを確認し、また既に知られている酵素と相同性の低いタンパク質を大腸菌で合成させて、実際の酵素活性が観察できることも確認している。


最後に Evolutionary Scale の ESM 論文との比較で蛍光タンパク質の設計を比較し、キーワードに一致するタンパク質を設計する確率では Pinal が優れていると結論している。実際の使い方の詳細は省くが、プラスチックの分解酵素がほしいとインプットしたときの経過を紹介しておく。このインプットに対し、なんと20万もの候補配列が生成される。即ち最初から正確な構造予測を狙うのではなく、同じベクトル空間にある多くの配列が生成されるようにしている。従って、この中から折りたたみ可能性やプロンプトで指示した機能との相関性など様々なフィルターをかけて、まず2416種類、そして遺伝子合成可能で酵素活性のはかれる96種類と順番に絞っている。たくさん拾ってしまうので、おそらく絞り込む過程が大変だと思う。
とは言え、最終的には自然言語による機能記述に合致した、これまでの酵素とは異なる配列を有する酵素を作成することが出来ている。


以上が結果で、これまで発表されたタンパク質デザインや、自然言語処理に関わる様々なAIに精通した上で、自分のアイデアを加えてこれらのモデルを統合して、自然言語記述でタンパク質をデザインするという意味では最高レベルのモデルを構築した研究という印象を持った。しかし、プロンプトに対して何万もの配列が生成されるため、その後でのフィルター作業が大変で、最初からより詳しい条件がインプットできるようになるかが将来を決めるように思う。
例えば同時期に David Baker さんらは亜鉛が酵素活性に必要で設計が難しいメタロプロテアーゼのデザイン論文を発表していたが、この時RFdiffucionに提示した構造、1) 亜鉛とヒスチジン、グルタミンの配位、2) 亜鉛に配意した水分子を活性化するグルタミン、3) チロシンにより形成される4面体、そして4) 切断する基質構造の配置、等を自然言語記述で与えて Pinal が本当にメタロプロテアーゼを設計できるかなどは重要なテストになるだろう。
この研究はおそらくスマートな研究者が大変な作業量をものともせず進めたように感じるが、今後は正に同じような作業を Agent AI がやってしまうのだろうとも感じた。問題はあると思うがおもしろい論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月28日 エンハンサー領域のRNA転写は遺伝子発現を抑制する方向に機能している(10月22日 Science 掲載論文)

2026年10月28日
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若い研究者や学生さんには馴染みのない名前だと思うが、今日はショウジョウバエを用いた発生学の大御所 Michael Levine の論文で、さすが大御所と感心した論文を紹介する。タイトルは「Noncoding transcription controls the developmental dynamics of long-range gene regulation(長いレンジの遺伝子調節による発生動態はノンコーディングRNAの転写により調節されている)だ。

発生過程で特定の遺伝子が転写されるとき、エンハンサーとプロモーターが近づいて転写マシナリーが転写開始点に揃う結構複雑な過程が進行する。この時、エンハンサー領域の配列が転写され、これがエンハンサー活性とリンクしていることが知られている。ただ、実際に転写されたノンコーディングRNA (ncRNA) が何をしているのかは明確ではない。

この問題にショウジョウバエの発生過程で胸部の体節の特異性を制御するHox遺伝子の一つ Scr の発現調節をモデルとして取り組んでいる。これまでの研究でScr遺伝子の調節に関わるエンハンサーやクロマチンのループ型性を支えるテザリング領域、そしてそのとき転写される ncRNA については詳しくわかっている。そして、体節の特異性が決まるとき、Scr遺伝子のエンハンサー部位の RNA (eRNA) が発生のタイミングに合わせて発現することもわかっている。

この研究では、まずショウジョウバエの胚で体節が決定されるとき、Scr の eRNA と mRNA、加えてテザリングに関わる領域で転写される ncRNA、dtRNA の転写開始のタイミングを蛍光遺伝子を標識に追跡している。ただわかりにくくなるので、できるだけ dtRNA は省いて内容を紹介する。

多くの細胞で eRNA と mRNA の転写タイミングを調べると、Scr の転写が始まるかなり前からえRNAの転写が観察される。驚くのは、eRNA の発現量が一定のレベルに低下した段階で、急に Scr の転写が始まることだ。これまで eRNA はポジティブに遺伝子の転写に関わると考えられていたが、この結果はまるで逆で、eRNA が遺伝子の転写を抑えていることになる。

この可能性を確認するため、eRNA の転写開始点を除去して eRNA発現を抑える実験を行うと、予想通り Scr の転写が何倍にも高まることを確認する。即ち eRNA は遺伝子転写を抑え、おそらく転写開始のタイミングを調節している。逆に eRNA の発現を高める実験も行っており、この結果 Scr遺伝子の発現は強く抑制され、発現時期も遅れる。

この時特定の eRNA の配列が関わるのかを調べるため、eRNA をファージの遺伝子で置き換える実験を行っている。おもしろいことに、遺伝子転写を抑制する機能は、特定の eRNA の配列には関わらない。即ちエンハンサー部位で ncRNA が転写されることが重要であることがわかった。

では eRNA は何をしているかが問題で、ここからは少し専門的になるが、先に述べたエンハンサーとプロモーターを近づけるためのループが形成される時、このループを支えるのがテザリング領域だが、この近くで転写される dtRNA と eRNA はこのテザリングの強さを変化させていることを明らかにしている。即ち、dtRNA はテザリングを維持するのに必要だが、これを eRNAが競合的に阻害することで、ループ維持が低下し、エンハンサーとプロモーターの相互作用が抑えられる。dtRNA については大分割愛したのでわかりにくいかもしれないが、この研究が示すのは、1)エンハンサー活性は基本的にプロモーターと近づくことで決まり、ncRNA は直接関わっていない。しかし、2)エンハンサーとプロモーターの相互作用を維持するためのループ型性テザリング機構は、その機能を通して遺伝子転写のスウィッチを入れている。この時、3) eRNA は遺伝子転写の始まる前から発現して、テザリングを抑制し遺伝子発現のタイミングや量を決める。最終的なメカニズムは、転写機構に関わる分子を競合するのか、あるいはエンハンサー部位で見られる相分離を調節するのか、今後明らかになると思うが、eRNA についてさすが大御所という論文で感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月27日 中国中期更新世の旧人類遺跡の多くはデニソワ人遺跡?(10月21日 Nature オンライン掲載論文

2026年10月27日
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昨年からハルビン(https://aasj.jp/news/watch/26958)、弁福洞(https://aasj.jp/news/watch/29598) と、これまで中国独自の旧人類として考えられてきた中期更新世の遺跡から出土した骨が、タンパク質解析からデニソワ人骨であることが示され、中国全土がデニソワ人の歴史を知る鍵となることがわかってきた。

ネアンデルタール人研究の中心がライプチヒのマックスプランク研究所であったように、今やデニソワ人研究の中心は、北京にある中国科学アカデミーの「脊椎動物古生物及び古人類学研究所」がその中心で、今日紹介する論文もこの研究所から10月21日 Nature に発表されている。タイトルは「The proteome of Middle Pleistocene Xujiayao and common Denisovan morphology(中期更新世の許家窯人のプロテオームとデニソワ人共通の形態)」だ。

この論文は1976年に許家窯で発掘された20体の様々な部位の旧人の骨についての解析で、アイソトープ検査により19万9千年から13万8千年前と年代がわかっている。これまで中国や東アジアではほとんどネアンデルタール人の骨は発見されず、その結果中国にはホモサピエンスでもネアンデルタールでもない旧人が存在したとして、様々な名前が付けられていた。許家窯人についてはホモサピエンスとネアンデルタールの中間として、ホモ・ユルエンシスと言う名前が付けられ、更には形態的特徴からHomo Sapiens Neanderthalensis と言った名前までついていた。


まずお得意のタンパク解析を2種類の骨について行い、アミノ酸変性の状態から更新世中期のタンパク質であることを確認した後、デニソワ人と他の旧人とを区別出来るコラーゲン1A2のアミノ酸配列を調べ、得られた全てのペプチドがデニソワ人型であることを明らかにしている。また得られた200を超すペプチドの配列の違いから、他のデニソワ人と 許家窯人の系統関係も明らかにしている。

このようにデニソワ人と特定した跡で、許家窯から発掘した頭蓋の骨を他の頭蓋と形態的に比較し、ホモサピエンスとは完全に分離するが、後期ネアンデルタール人や東アジアの直立原人とは少し似たところのあるデニソワ人の頭蓋の特徴を抽出することに成功している。これにより、中国から出土する頭蓋については、形態的にかなり正確な種の特定が可能になると考えられる。Nature ダイジェストに今回の骨の顔の復元図が掲載されているので是非見てほしい(https://www.nature.com/articles/d41586-026-03360-0 )。我々アジアのホモサピエンス形成にもデニソワ人が寄与したのではと思わせる顔だ。


結果は以上で、中国全土から得られる中期更新世の骨から、ネアンデルタール人がほとんど発見されない東アジアではデニソワ人が広く分布し、しかもかなり多様化していたことがわかる。ただ、ハルビンのミトコンドリアDNAを除くと、ほとんどはタンパク質解析による特定で、最終的にはコラーゲンの多型だけでデニソワ人と特定している。しかし、ホモサピエンスもネアンデルタールもこの場所の多型では同一なので、新しい原人でないと結論は出ない気がする。もっと新しいホモサピエンスと共存した時代の骨が発掘され、DNA解析が進むと、ヨーロッパで明らかになったネアンデルタール人とホモサピエンスの交流の歴史と同じようなエキサイティングな歴史が浮き上がるのだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月26日 パーフォリンがガン細胞を殺すメカニズム(10月23日 Cell オンライン掲載論文)

2026年10月26日
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順天堂大の奥村さんの大学院生だった眞貝さん(現在理研)が、キラー細胞が細胞を殺すときに標的の膜に孔をあける補体によく似た分子パーフォリンの遺伝子クローニングの論文を Nature に発表したのは今でもよく覚えている。そのとき、なるほど膜に孔を開けて殺すのかと納得して、私の頭の中は現在もそのときのままだ。
しかし今日紹介するミシガン大学が、10月23日 Cell にオンライン発表した論文を読んで、なんと38年ぶりに理解がアップデートした。タイトルは「Perforin triggers iron-induced mitochondrial damage to drive ferroptosis and anti-tumor immunity(パーフォリンは鉄が媒介するミトコンドリア障害によるフェロトーシスとガン免疫を誘導する)」だ。
この分野はほとんどフォローしていなかったが、パーフォリンにより膜に数多くの穴が空いて細胞がネクローシスに陥るのはパーフォリンの濃度が高いときで、実際にはその穴を通して、やはりキラー活性を担うグランザイムなどを細胞内に送り込む役割と考えられてきたようだ。とすると、キラー活性の主役はグランザイムなどになるのだが、この研究ではそれも疑って、実際のキラー活性はパーフォリンとグランザイムのどちらが重要か、それぞれノックアウトマウスを作成して調べるところから始めている。
すると、意外なことにグランザイムをノックアウトしても腫瘍障害性はそれほど影響を受けないが、パーフォリンは絶対的に必要であることがわかった。そして様々な細胞死を阻害する実験から、パーフォリンは生理学的濃度では、鉄に依存して脂質酸化を誘導する細胞死、フェロトーシスを誘導していることがわかった。
しかし、パーフォリンが細胞膜に形成する孔がどうしてフェロトーシスにつながるのか、なかなか難しい問題だ。そこで、フェロトーシスに必要な鉄や活性酸素を調べ間違いなくフェロトーシスを介しているかを調べるところから始めている。まずパーフォリンによる細胞障害性は鉄を外部から供給すると高まる。これは生体内でも同じで、鉄の多い食事をとらせるとガンに対するキラー活性が上がる。これと同時に、パーフォリンによる細胞傷害では、活性酸素による脂肪の過酸化が起こっていることも確認している。
おそらく最初はパーフォリンによる孔から鉄が流入するのかと考えたようだが、実際にはパーフォリンによるフェロトーシスに使われる鉄は膜上のトランスフェリン受容体が細胞内に鉄とともに取り込まれることで供給されていることを発見する。何故パーフォリンによる孔の形成がエンドサイトーシスを促進し、トランスフェリン受容体による鉄の細胞内への輸送を高めるのかについてのメカニズムは示されていないが、私にとっては極めて意外な結果だった。
こうして細胞質で上昇した鉄は活性酸素とともに脂質を過酸化してフェロトーシスを誘導できるが、活性酸素の発生に関しては、鉄がミトコンドリアに取り込まれて機能を傷害することで発生するストレスが重要な要因になっていることを示している。

まとめると、パーフォリンによる穴の形成→トランスフェリン受容体のエンドサイトーシスによる鉄取り込みの上昇→細胞質内鉄の上昇→ミトコンドリア内への過剰な鉄の取り込み→ミトコンドリア膜の障害→活性酸素生成→脂質の過酸化→フェロトーシスという過程が明らかにされた。形態学的にも細胞では多くのエンドゾームが形成され、ミトコンドリアの形態異常が見られることが確認され、このシナリオと矛盾しない。
以上が結果で、新しくアップデートした理解は、極めて複雑な過程だった。しかし、ガン免疫ではパーフォリンが主役で、鉄摂取も大事なことがわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日 人間の島皮質の機能(10月25日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月25日
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今日は人間の島皮質に設置された留置電極を使って脳刺激や神経活動を記録し、研究が簡単でない島皮質機能を調べたスタンフォード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Functional architecture of the human insula(ヒト島皮質の機能的構造)」だ。


おそらく一般の方に島皮質と言っても何のことかわからないので、GPT-5 で作成した図を掲載しておくので参考にしてほしい。図からわかるように島皮質は脳の真ん中にあって、身体や内蔵からのインプットを常に統合して身体感覚を形成していると考えられている。
この研究では、てんかん発作起原を特定するため島皮質の様々な領域に複数のコンタクトサイトを持つ電極を設置した患者さんで、電極を通した刺激や記録を行い、その結果から島皮質の機能を調べている。87人の患者さん全体で478カ所の電極で島皮質をカバーし、そのデータを集めた結果から機能を推定している。
実験自体はペンフィールドの手術中に脳各部を刺激したときに起こる運動や感覚をリアルタイムで患者さんに聞いて、神経機能を推定したのとほぼ同じ実験だが、現代では留置された電極を用いて刺激が行われている。これら電極は同時に神経記録にも使える。
さて結果だが、島皮質を前方から4カ所に分けて刺激効果をマッピングすると、最も後ろから中央にかかる最も大きな2領域では、口、腕、足という順番に痛みや熱感と言った体性感覚を誘導出来る。皮質の感覚野ほど明確ではないが、それでも体性感覚のボディーマップが島皮質に形成されているのはおもしろい。これに続いて中部の領域は、内臓感覚で胸が詰まった感じ、あるいは胃や腸が履きそうな感じに襲われると言った感覚を誘導する。他にも、頭頸部に波のように違和感が広がると言った感覚を訴える人もいる。一部の方では不安感も訴えている。
中でも最もおもしろいのは最前方部で、この領域を刺激しても何の感覚も誘導しない。しかし、Salience task と呼ばれる目立ったものを見たときに注意や記憶が呼び起こされる過程を調べる課題で、強い興奮が見られることがわかった。
さらに刺激により他の領域の興奮を記録して神経結合を調べると、最前方領域は島皮質の他の領域と双方向の強いつながりを持っていること、また大脳皮質では他の領域と異なり、特に前頭葉とのつながりが強いことが明らかになった。即ち身体の感覚だけで無く、認知や記憶と言ったより高次な脳機能を島皮質と連結することで、行ってみれば心と身体をつなぐハブになっていることがわかった。
うまい具合に島皮質に留置電極を置く必要のある患者さんは多くないだろう。そんな患者さんを10年にわたって87人も集めて刺激実験を行ったということが驚異的だ。また、研究が難しいヒトを用いて主観的な感覚と脳刺激を対応させることで、島皮質の場合我々の心と身体の問題をより進化させられる可能性がある。例えば離人体験など、今後の研究が楽しみだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月24日 ビッグテックが目指す医療のAI化を探る(10月21日Natureオンライン掲載論文他2編)

2026年10月24日
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Google と Microsoft から医療に関する AI agent の論文が相次いで発表された。また以前少しだけ紹介した Google が医師向けに開発している MedGemma に関する論文がようやく Nature Medicine に発表された。そこで、今日は論文紹介というより、これら3編の論文を眺めながら、私の考えを述べてみる。

2008年から4年間、Google は Google Health という名称で、個人の健康データを病院ではなく、個人で管理できるようにするD2Cクラウドサービスを展開していた。個人が自分の健康を管理することの重要性を考えると素晴らしいプロジェクトとして注目していたが、結局うまくいかず2013年に閉鎖している。しかしスマートウォッチの Fitbit を中心に Google Health に再チャレンジしているようで、Google が10月21日に Nature に発表した論文を読んで、強くそのことを感じた。タイトルは「The anatomy of a personal health agent(個人健康管理エージェントの解剖学)」だ。
この研究ではスマートウォッチなどの健康管理器具を装着して自分の健康を管理したいというカスタマーに対して、様々なプログラムを駆使して個人データを解析するエージェント、専門の医学領域とデータをリンクさせるエージェント、そしてカスタマーと対話してデータや知識を伝え生活改善を指示するエージェントを用いて、Google Health の目指した個人の健康管理を AI で行おう可能性を検討している。

構築した Agent AI を様々なベンチマークを用いて、かなり人手と時間をかけて検証したのがこの論文で、カスタマーが十分満足できる管理が可能であることを実験的に検証している。もちろん死亡率や罹患率が減ったという検証はないが、D2Cサービスとしての可能性はポジティブで、今後実装されるのだと思う。論文はオープンアクセスなので詳細は自分で調べてほしいと思う。Chat を使えば専門家でもかなり理解できると思う。

最後に個人的に気になった3点を述べる。各エージェントは、Google だから Gemini に固定するのではなく、GPT や Claude にもアクセスして最適な情報を提供できるようになっているのが売りで、特にオーケストレーターを設定して、一つの問題に様々な側面から答えられるようにしているのだが、この結果様々な LLM にアクセスしてコストが急上昇するのではという点は気になる。

2つめは、ウェアラブルなデータをとっているので、一定期間ごとに自動的に検査してより積極的アドバイスができるように出来ないかという点だ。この場合クラウドのエージェントに加えて、個人側にも小さいエージェントが実装される感じの立て付けになるのではと思うが、カスタマーの質問だけに対応するよりずっと有用だと思う。おそらく既に計画されているだろう。

そして3つめになるが、このような仕組みを通して毎日のデータが医療機関のデータと結合できる様になると思うので、医療との連携をどう図るのかこれからの最大の問題点になると思う。

Google は医学研究から医療、そして今回の一般の健康サービスまで、多くの AIモデルを発表している。ただ、一般人、患者、医療従事者、研究者それぞれのモデルがまだまだ分離している感が強い。その中の医師向けの診断支援モデルが10月6日 Nature Medicine にオンライン掲載された MedGemma だが、プレプリントは既に広く出回っており、このブログでも今年の5月28日に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/28944 )。タイトルは「An open vision-language model for diverse medical applications(広い医学用途に使える画像認識言語モデル)」だ。


このモデルの特徴はオープンソースとしてそれぞれの医療機関のワークステーションにダウンロードして使える点だ。医学データを使うときには重要な点で、画像とテキストを処理する27Bモデルでは、48G GPUメモリを搭載したRTX 5090でギリギリ動くサイズのモデルで、医療機関としてはもちろん購買可能なサイズだ。
モデルについては医学テキスト、電子カルテデータ、放射線画像、皮膚画像、病理画像、眼科画像を学習させたマルチモーダルLLMとだけ紹介しておく。論文の記述は他のシステムと比べたときのパーフォーマンスの差に終始しており、最も重要なポイントは Gemini など大きなモデルを凌駕する性能を示すことで、各医療機関に置いて使うように設計されている。


例題として胸部X線画像をダウンロードすると「左肺の気胸を治療中だが完全に広がっていないこと。右上葉に結節造あり」等と診断する。専門家の診断は「Ex vacuo 気胸で右上葉結節からガンの肺転移」になる。もちろん専門家がより正確だが、どこに問題があるのかは正確に指摘されている。
もちろんさらにファインチューニングすればより正確になると思うが、個人的には医学部での教育にかなり役立つのではと思って、大学で講義するときはいつも導入して学生さんが AI に馴染むようにしたらとアドバイスしている。

Google の医学的テキストの処理についてはこのブログで昨年紹介した AMIEモデルが印象に残り(https://aasj.jp/news/watch/26528 )、これらの成果が MedGemma にも生かされているのではと期待する。ただ、これまで Google 発表として紹介したモデルのほとんどは単独モデルで各用途に対応する方向だった。


今日最後に紹介するマイクロソフト研究所が10月22日 Science に発表した論文は Agent AI を用いた診断支援モデルを開発している。タイトルは「Sequential diagnosis with language models(言語モデルを用いた逐次的診断)」だ。
この研究では DxO という全体の指揮をする Agent AI を用いて、GPT-5 をベースにデータを集める診断エージェントと、患者さんのデータをまとめて処理するゲートキーパーエージェントを使って、まず限られた症状、病歴から GPT-5 を用いて鑑別診断可能性をリスト、それを何度も検討して必要な質問を GPT-5 へ戻す。この後実際の検査結果を経て、最終診断へと何度も2つのエージェントの対話を繰り返すことで到達する。これを GPT-5 と患者さんから得られるレコードだけから進められるのが驚きだ。

このDxOの能力を The New England Journal of Medicine に連載されている Clinico-pathological conference の症例を用いて確かめ、一般医と比較している。最初に上げられている症例では、喉の痛みや扁桃腺の腫れから、出血が見られた患者さんを例に、様々な質問をベースに検査を注文し、最初の鼻咽頭ガンの可能性から最終的に珍しい胎児性筋肉肉腫に至るまでの経過を追跡している。
これだけ難しい症例になると一般医では40%以下の正答率になってしまうが、DxOだと最大83%まで正答する。この研究では、正答までに何回の質問が行われたのか、そして最終的にかかった検査費用はいくらかを調べている。
結果を図にまとめるが、検査費用に制限がないと確かに診断率は上がるが、

一般医の方が多くの検査を注文している。検査費用を一般医の半分以下に落としても、一般医よりは高い診断率で終わるのは驚く。医療費を抑制したい政府や保険会社が見れば飛びつくだろう。


以上かなり駆け足で紹介したが、ビッグテックが着々と医療分野でAIを導入しているのがわかる。実際には Google、meta、NVIDIA、 アンスロピック等は自前の生命化学研究所まで設立して、身体と心を統合した新しいシステム構築を進めている。これに対し、我が国の AI for Scientist 等の国家プロジェクトはどこまで大きなビジョンを持っているのだろうか。是非教育から見直す長期ビジョンで対応してほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日 抗老化研究2題(10月21日 Nature オンライン掲載論文他)

2026年10月23日
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むちゃくちゃ大事とは思えないが、ちょっと気になった抗老化論文を2編まとめて紹介する。詳細には入り込まずに、結果と感想のみ書いておくことにする。

最初の論文は私が留学していたドイツ・ケルン大学からの論文で、線虫を用いて低温が長生きにつながる原因を探る研究で、10月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cold activates a BH2 metabolic network promoting longevity and proteostasis(低温によりBH2代謝ネットワークが活性化され寿命とタンパク質恒常性が維持される)」だ。

ほとんどの動物で低温の方が長生きできることが知られている。この研究では寿命の長短を調べやすい線虫を用いて、低温時に誘導される代謝変化で寿命に関わる代謝物を探索している。この中から酵素の働きを助ける補酵素の一つBH2が線虫で上昇していることをまず発見する。これを手がかりに、低温で寿命が延長するメカニズムを探り、最終的に以下の結論を得ている。

まず低温に反応した筋肉でCAT-4と呼ばれる GTP cyclohydrolaseがBH2 を合成する。BH2は体内に浸透して、特に腸管細胞や神経細胞でDHFR-1酵素により活性型の補酵素BH4に転換され、これが補酵素としてチロシン合成酵素を活性化して、チロシンが合成される。これが最終エフェクターとして脂肪代謝を中心に変化を誘導し、寿命を延ばす。一方、神経細胞では同じ経路で合成されたチロシンがタンパク質の合成分解のバランスを維持する恒常性維持を促進し、寿命を促進する。このシナリオは、例えばCAT4の過剰発現でBH2が造られると、寿命が延びること、あるいはBH2投与やチロシン投与でも寿命が延びることから確認している。

最後に人間の細胞にBH2やチロシンを加える実験で、タンパク質の恒常性が維持されることも示して、人間でも同じことが言えるように議論している。ただここまで言うのははばかられたのか、人間の細胞の場合酸化ストレス下では、より複雑な回路で効果が得られないことを議論している。それでもチロシンは蛋白質恒常性維持に役立つと結論している。ただ簡単にチロシンが蛋白質恒常性維持に役立つから抗老化作用があるかもしれないと結論してしまっていいのか気になる。と言うのもチロシンは、サプリとして必要以上に高齢者が摂取することは危険とされている。以上のことから、話は線虫に止めておいた方が良さそうだ。

次は米国ロサンジェルス Cedars-Sinai Medical Center からの論文で、老化に伴いPD-L2が発現することが老化細胞の除去を妨げていることを示した研究で、9月10日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Blocking PD-L2 prevents senescent cell accumulation and age-related dysfunction(PD-L2を阻害すると老化細胞の蓄積を抑え老化による機能低下を改善する)」だ。

医科研の中西さんたちがPD-1抗体で老化細胞除去が上昇することを示していたと思うが、この研究もその延長にあると思う。ただ、PD-1やPD-L1を抑制すると当然自己免疫病発症という副作用が考えられる。これに対し、この研究では細胞老化でPDーL1だけでなく、PD-L2も上昇する事、そして発現したリガンドが切り出されて流れてくるのはPD-L2だけであることを示し、標的はPD-L1であれPD-L2であれ、PD-1細胞による老化細胞除去をブロックしているのは、血中に流れるPD-L2だと結論している。

そして、ノックアウトマウスを作成し、p16を発現した老化細胞の除去がノックアウトマウスではよりスムースに起こっていること、そして特に雄マウスで、PD-L2ノックアウトでインシュリン感受性など代謝が正常化することを示している。また、血中のPD-L2を抗体でブロックすると同じ効果が得られることも示している。

結果は以上で、これにより長生きが可能になったという実験は行われていないが、PD-1による老化細胞除去というスキームの一つのバージョンと言える。ただ、PD-L2ノックアウトではP21発現細胞が残っていることや、PD-L2ノックアウトでもベースの炎症があると自己免疫が起こるので、やはり抗老化の切り札になることはないだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日 幹細胞動態研究2:ケラチノサイト動態の性差(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月22日
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幹細胞動態研究論文2日目は、マウスの皮膚細胞だ。研究はベルギー・ブリュッセル自由大学の Blanpain 研究室と、英国・ケンブリッジ大学のSimons研究室だ。Blanpain は皮膚幹細胞研究の世界のリーダーだが、Simons の方は昔から幹細胞動態の理論を数理的に扱う研究を続けている。即ちこの研究は Blanpain の皮膚細胞の様々な実験手法と Simons の数理解析が一体化した論文で、10月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sexual dimorphism in epidermal stem cell dynamics(皮膚上皮幹細胞の細胞動態に見られる性差)」だ。

マウス皮膚幹細胞の研究の多くは毛根で行われることが多いが毛根と毛根の間の皮膚 (IFE) にも幹細胞が存在し、細胞を供給している。この IFE 細胞を蛍光ラベルして、140日にわたって観察し続けるシステム開発がこの研究のハイライトで、この動態研究から出てきた問題を、通常の方法で掘り下げると言う立て付けになっている。

クローンを追跡するため、蛍光ラベル(3色のどれかが選ばれるシステム)が低い確率でオンになるようにして、耳介のほんの一部の細胞だけが光るように設計している。この研究では全ての IFE をラベル出来る方法を用いているので、幹細胞から分化細胞まで様々な段階の細胞がラベルされる。もし増殖力が高いとクローン増殖が観察できるが、分化した細胞の場合増殖せず皮膚から剥がれ落ちて無くなるのが観察される。

こうしてラベルした1171個の細胞を140日間(と言っても途中で消失する細胞も多い)追いかけている。10匹のマウスのデータで、1匹当たり100個の細胞を観察していることになる。観察は1週間に一度、麻酔をかけて同じ領域を観察し、場所で細胞を特定して長期間動態を観察している。この時、上皮の基底層か上層かも区別して調べている。

ほとんどの細胞は数個の子孫を残す程度で終わる。ただ、中には10個以上の子孫細胞を造る幹細胞様の細胞も特定できる。この動態を詳しく観察し、数理的に細胞動態モデルを構想している。さすが数理学者と思うのが、クローンの数が偶数か奇数かまでしっかり調べている点で、これを元に IEF が「幹細胞」、「少し分化した増殖細胞」、そして「分化して上層に移行する細胞」という、一般的な細胞構成を取っていることを示している。多くの子孫を造る幹細胞系と異なり、IFE の様に少ない子孫しか造らない場合、このような複雑なコンパートメントを証明するのは難しいが、これほどの数を調べることで可能になっている。

この観察の中で、クローンの数がメスでは圧倒的に偶数が多いことに気づく。さすが Simons と顔が浮かぶが、偶数は分裂が対称に起こっていることで、この違いからそれぞれのコンパートメントの分化増殖に性差があると考えた。そして動態の違いから、オスでは分化して基底層から離れる過程が促進する一方、メスでは幹細胞や増殖細胞の対称性分裂が増えることを示している。

これが正しければ当然細胞増殖の必要な皮膚修復はメスの方が早く起こることになる。実際増殖細胞をラベルする実験を使って調べると、メスの方が増殖力が高く、結果修復力も高い。さらに個体のホルモン環境を変化させて、性ホルモンの IFE の直接作用も調べているが、詳細は割愛する。これまでの観察通り、アンドロゲンは増殖細胞の非対称性分裂を促進して、基底層から上層への移行を促す。一方、エストロジェンは増殖細胞の基底層の維持に必須であることを示している。

最後に、これほど明確な性差を誘導する転写システムについても詳しく示しているが、これも詳細はいいだろう。幹細胞動態から想定されるように、オスでは分化誘導遺伝子が上昇しており、メスでは幹細胞マーカーの発現が高い。

結果は以上で、論文の大半を占めるオスメスの違いについての詳しい解析は全て飛ばして紹介したが、典型的な幹細胞動態研究の雰囲気がわかってもらえれば十分だ。そして、Simons もそうだが、伝統的に動態数理に関しては英国が強い。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日 幹細胞動態研究1:腸管幹細胞でのHes1発現の振動(10月15日号 Science 掲載論文)

2026年10月21日
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昔から幹細胞研究では、細胞動態と呼ばれる幹細胞から分化細胞までの詳細な細胞種を特定し、時間経過とともに起こる各細胞腫の変化を記述し、その背景にある分子メカニズムの研究が最重要分野として研究されてきた。幸い、Science と Nature に幹細胞動態に関するおもしろい研究が相次いで発表されたので、今日・明日と紹介することにした。

最初はオランダ ユトレヒトの Hubrecht 研究所からの論文で、腸管幹細胞のオルガノイド培養を用いてHes1転写因子発現の振動周期の差によって細胞運命決定が変わる事を明らかにした研究で、10月15日号の Sicence に掲載された。タイトルは「Frequency encoding regulates cell type composition in the small intestine(周期的コード発現が小腸での細胞種の構成を決める)」だ。

慶応大学の佐藤さんたちが開発した腸管のオルガノイド培養は、腸上皮細胞の分化を再現するモデルとして幹細胞動態の研究に用いられてきた。とは言え、絨毛やクリプトに存在する様々な細胞種のバランスがどう決定されるかわかっていないことが多い。ただ、Notchシグナルを刺激すると吸収に関わるエンテロサイトが増え、抑えるとPaneth細胞が増えることが知られている。

Notchシグナルの下流で働く転写因子の一つがHes1なので、この研究ではHes1発現を蛍光で追跡できるようにして、腸のオルガノイドで発現をリアルタイムに観察している。リアルタイムが重要なのはHes1やHes7の発現が振動を示すことが知られているからだ。最初の発見はフランスの Pourquie らがニワトリの中胚葉でHes1に相当する遺伝子が後ろから前へ波のように発現することで体節が形成されることを明らかにした。その後体節細胞にとどまらず、様々な細胞でHes1が周期的に発現することを京大の影山さんたちが明らかにした。

これらの研究の上に、Hes1発現周期が腸管上皮細胞の運命決定に関わるのではと考えたのがこの研究だ。最初オルガノイドでHes1発現を調べると、期待通りNotch依存的に発現し、クリプトの増殖細胞で発現している。ただ、体節で見られるような同期した発現の波は見られず、それぞれの細胞が異なる発現周期を示すことがわかる。

最初は3次元オルガノイドを用いていたが、よりモニタリングが容易な2次元培養で同じような周期性が見られるか確認した上で、周期長さがパネット細胞からの距離を反映することを発見する。パネット細胞はNotchリガンドを発現していることから、Notch刺激実験を行っている。Notch 刺激を培養に加えると、Hes1の発現が上昇するけでなく、周期が短くなる。逆にNotchシグナルを抑えると周期が長くなる。ただNotchだけでなく、肝細胞増殖に必要なWntシグナルも、強いと周期を短くすることも示している。

次に実際の周期が細胞運命を決定することを示すため、Notchシグナルを調節できるマイクロ培養系を作成し、90分、130分、170分周期のHes1発現が全ての細胞で見られる条件を構築している。この実験が研究のハイライトで、これにより幹細胞維持には短い周期のHes1発現が必要なこと、分化細胞に関してはエンテロサイトやパネット細胞は長い周期が適しており、ゴブレット細胞は短い周期の方が増えることを示している。

実際の組織ではパネット細胞由来のNotchリガンドがHe1の発現と周期を決めており、パネット細胞から近いクリプト部位では短い周期が維持され、増殖システム即ちパネット細胞と増殖細胞を維持するが、パネット細胞から離れていくと周期が延びて、分化細胞が増えるという構造になっている。

以上が結果で、幹細胞動態の分子メカニズムを試験管培養で調べる典型的な研究と言っていいだろう。明日は、生体内での幹細胞動態の研究を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ