2026年8月13日
ステージ4の膵臓ガンの生存期間を大幅に延長したダクソンラシブが大きな期待を集めている。これを開発した Revolution Medicines の株価は2026年に入って4倍近くに上がっており、投資家の期待も集めている。Ras 変異が半数近いガンのドライバーになっていることを考えると当然だろう。しかし期待の薬は失望の薬でもある。すなわちガンが耐性を獲得して薬剤が効かなくなる。そこで先回りして耐性のメカニズムを探り、対策が行われる。期待の薬ほど耐性研究が行われる。ダラクソンラシブの論文が出たのが5月のことだが、6月には耐性研究がスローンケッタリング ガン研究所から Cell に発表されこのブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/29051)。肺ガン、大腸ガン、メラノーマ患者さんの再発例のガン組織を採取してゲノムを調べた研究で、RAF などの下流経路の新たな変異が耐性の原因になることを示していた。
これに対し、今日紹介する薬剤開発者 Revolution Medicine からの論文は、膵臓ガンでの耐性獲得はかなり異なる様相を示していること、また末梢血に流れる circulating DNA の解析から耐性メカニズムを診断することで、耐性を克服できる可能性を示した研究で、8月11日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Acquired resistance to the RAS (ON) multi-selective inhibitor daraxonrasib guides rational combination therapy strategies in pancreatic cancer(膵臓がんでのOn型の Ras 変異に対する薬剤ダラクソンラシブに対する耐性獲得)」だ。
研究では、様々なドーズのダラクソンラシブを投与され、ガンの増殖が一度は抑えられた膵臓ガン患者さんの末梢血に流れる DNA (ctDNA) の配列をモニターし、再発時に起こる変化を調べている。薬剤が効果を示すと K-ras 変異の頻度は低下するが、耐性が起こると変異 K-ras 頻度が上昇して来る。即ち、ctDNA はガンのマーカーとして使える。
こうして耐性が出てきたガン患者さんの ctDNA の変化を見ると、スローンケッタリング ガン研究所の論文と大きく異なり、下流遺伝子の変異は観察できるが頻度が低い。代わりに62%の耐性ケースで 変異Ras の遺伝子増幅が起こっていることを発見する。おもしろいことに、増幅は高いドーズのダラクソンラシブを用いた患者さんで頻度が高い。さらに、ctDNA からここまで正確なガンのゲノム解析が可能であることにも驚いた。
もう一つ特徴的なのは、K-ras 自体に新たな変異が起こらないことで、これはダラクソンラシブがほぼ全ての K-ras 変異をカバーしており、ソトラシブのように特定の変異特異的でない結果だと考えられる。
増幅で耐性が起こる理由を探ると、Myc 遺伝子の変異や TP53 ガン抑制遺伝子の変異が併発していることが確認される。特に TP53変異 は 変異Ras 増幅と相性が良い。ただ、増幅によってどのようなシグナル伝達系の変化が起こり、これに他の変異が重なるのかなどの詳しいメカニズムは今後の研究が必要だ。ただ、実験的に 変異Ras の発現が高まると、ダクソンラシブ耐性が出来ることは実験系で確認しており、これまであまり研究されてこなかった重要な分野になると思う。
最後に、こうして発生した耐性ガンを抑制する可能性について調べている。下流遺伝子や他のシグナル伝達系に新たに変異が発生した場合は、正確な遺伝子診断の元に薬剤を選ぶことで耐性を克服できる。最もおもしろい例が、Her2の発現が誘導されるケースで、ダラクソンラシブに第一三共開発のエンハーツを併用することで完全にガンを抑制することができる。
もう一つおもしろいのは、RasのG12D変異に限るが、Revolution Medicineが開発したオン型G12D変異特異的薬剤ゾルドンラシブとダラクソンラシブを同時に投与することで、変異rasの遺伝子増幅に対応できることを示している。標的結合については異なるが、シクロフィリンをリクルートするというメカニズムでは同じなので、この二つの薬剤が耐性を抑えるのかメカニズムはおもしろそうだ。
以上、薬剤が開発されることで、全く新しいrasバイオロジーが始まることを実感するとともに、着実にrasドライバーガン治療法が進んでいることを確信する。あとは、現存のras阻害剤のように月100万円を超す値段をよりアフォーダブルな価格に抑えてほしいと期待する。そのためには、特許の期間をもっと延ばしてもいいような仕組みが必要な気がする。
2026年8月12日
今日は最近気になった臨床研究を3編紹介する。
最初はハーバード大学からの論文で、大人のピーナツアレルギーの反応性を便移植で改善できることを示した臨床研究で、大人の食物アレルギーを対象にしたという点では最初の治験研究と言える。タイトルは「Fecal microbiome transplant in food allergy in humans and mice identifies a role for bile acid metabolites in oral tolerance(マウスとヒトでの食物アレルギ―の便細菌叢移植による治療はトレランス誘導に対する胆汁酸の役割を明らかにした)で、8月5日号 Science Translational Medicine に掲載された。
ピーナツアレルギーの成人(18歳から33歳)15人にカプセルに入った健康人便由来の細菌叢をカプセルに詰めて経口投与する。その後1ヶ月、4ヶ月後にアレルゲンテストを行い、移植前より皮膚反応の閾値が上昇している場合をレスポンダー、変化がなかった場合をノンレスポンダーとしている。
結論だが、4ヶ月後で見て6人がレスポンダーとして確認され、細菌叢移植によって大人のアレルギーを抑えられることが示された。レスポンダーは半数以下だが、4ヶ月にわたってアレルゲンの閾値が低下したことは大成功と言える。おもしろいのは、2月に紹介した便移植では(https://aasj.jp/news/watch/28246)、ガンのチェックポイント治療の際の免疫を増強する方向に働き、今回は免疫を抑える方向に働く臨機応変のフレキシビリティーは不思議だ。と言うのも、この研究では、アレルギーが抑えられるメカニズムを探っており、
- レスポンダーでは制御性T細胞が末梢血で上昇している。
- 便移植後アレルギーが抑えられた患者の便を無菌マウスに移植すると、卵白アルブミンアレルギーが抑えられる。
- 便移植自体で明確な細菌叢の変化を誘導はしないが、これまでアレルギーを抑えるとされてきた一部の Bacterioides が増え、Bacteriodes による胆汁代謝により Cholate や Tauroccholate が合成され、制御性T細胞が誘導される。
と言う過程が起こっていることを明らかにしている。
結果は以上で、なんと言っても15例中6例で4ヶ月以上続くピーナツアレルギーへの感受性が低下したことを示したのがこの治験だ。しかも、レスポンダーとノンレスポンダーで、抑制性T 細胞の誘導で様々な点で大きな違いがあることがわかったことから、移植細菌叢の定着をより確実にすることで、治療効果を上げられる可能性が高い。しかし、同じ方法が免疫を促進したり、抑えたりするメカニズムが今後最も重要な課題になる気がする。
次は英国ロンドンキングスカレッジからの論文で、このブログで何度も紹介した幻覚剤シロシビンがうつ病に実際に効果があるかどうかを確かめた臨床治験で、8月6日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Psilocybin-assisted therapy for treatment-resistant major depressive disorder in a public healthcare setting: a randomized controlled trial(難治性のうつ病のシロシビンによる治療を公的医療サービスのセッティングで行う:無作為化対照治験)」だ。
シロシビンについてこのブログで最初に紹介したのは2021年の話なので、もっと多くの臨床治験が行われているのかと思っていたが、正常ボランティアを用いた第一相、その後の小規模治験の上に、2021年から60名の他の治療に抵抗性の重症うつ病を無作為化してシロシビン投与を行っている。
投与方法は、指定病院を受診、医師の診察を受けた後、25mgシロシビンを経口投与、その後は医療スタッフが様子を観察、最終的に正常に戻ったことを確認して、帰宅させている。そして3週後、6週後にうつ状態について自己診断及び専門家の診断により評価している。
結果は期待通りで、いずれの指標も大きな改善が認められるいっぽう、安全性は高い治療であると結論している。唯一この治験の問題は、シロシビンを投与されたか、偽薬だったのかが患者さんにすぐわかる点だが、これを持って効果なしとするわけにはいかないほど有効性が高い。今後は症例を選んで治験が拡大すると思う。
うつ病に関して、少し古いが最後にもう一つおもしろい論文を紹介して終わる。エジンバラ大学からの論文だが、対象はスエーデンのの電子カルテレコードで、GLP-1受容体アゴニスト (GLP-1RA) を用いた糖尿病患者さんと、他の治療を受けた糖尿病患者さんの中から、うつ病患者さんを選び出し、GLP-1RA 使用によりうつ病が改善することを示した研究で、今年4月 The Lancet Psychiatri に掲載された。タイトルは「Association between GLP-1 receptor agonist use and worsening mental illness in people with depression and anxiety in Sweden: a national cohort study(GLP-1RAとうつ病や不安症:スウェーデンの国家コホート研究)」だ。
電子データの解析からスウェーデンでは1/4の糖尿病患者さんが GLP-1RA を処方されている。GLP-1RA 以外の方法で治療されている患者さんと比べると、不安症もうつ病もともに症状が悪化するリスクが大きく低下している。即ち、GLP-1RA を用いると不安症やうつ病の症状の悪化が防げる。
ただおもしろいのは、同じGLP-1RAでも薬剤によって大きく違いがある点で、1番効果があるのがセマグルチドで、次がリラグルチドになる。もともと、血中動態からセマグルチドの方が抗糖尿効果があるので、この差からGLP-1Rへの効果がうつ病や不安症に効いている可能性が示唆される。実際、より古くから使用されており、現在ではほとんど使用されないエキセナチドを投与された人では、逆にうつ病が悪くなる率が上昇している。
結果は以上で、少なくとも糖尿病患者さんでうつ病がある場合はセマグルチドによる治療が勧められるという結果だ。いずれにせよ、糖尿病にも効果が高いセマグルチドが最も効果を示したことは、GLP-1Rがうつ病や不安症にも関わる可能性を示唆するおもしろい研究になる。
2026年8月11日
インシュリン抵抗性が生じると、脂質分解を抑えられなくなり遊離脂肪酸が血液を通って肝臓に流入、肝臓で中性脂肪 (TG) が合成され LDL として血中に放出される。TG が増えると、HDL と VDL 間の脂質の交換が上昇、結果コレステロールを回収する HDL の分解が進む。即ち、インシュリン抵抗性により TG が上昇し、善玉コレステロール HDL が経ることから、TG/HDL はメタボリックシンドロームの良い指標になるのではと提案されている。
今日紹介する米国の製薬会社リジェネロンからの論文は、エクソーム解析が行われているコホート研究を集めて、TG/HDL と相関する遺伝子を、エクソーム解析からわかる遺伝子レベルの相関まで含めて探索し、全く新しい治療標的を発見したというおもしろい研究で、8月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「FNIP1 variants are associated with favourable metabolism in 1 million humans(100万人規模の探索からFNIP1変異が健康的代謝と関連していることがわかった)」だ。
この研究では11コホート研究参加者100万人のエクソーム解析から、メタボリックシンドローム(メタボ)に関わる遺伝子を発見することを目標にしている。ただ、多くの検査項目との相関を調べるのは複雑になるので、メタボのマーカーとして TG/HDL で行こうと割り切った。ただ、この割り切りが必ずしも間違いでないことを、TG/HDL と体重、脂肪代謝、インシュリン抵抗性検査、から脂肪肝や肝臓線維化まで徹底的に比べ、TG/HDL がほとんどの指標と正比例することを確認している。
このようにほとんどのコホートで調べられている TG/HDL を指標にすることで、ゲノムとの相関を調べることが容易になり、一般的 GWAS 検査とエクソーム検査を組み合わせて59種類の遺伝子変異が TG/HDL と正あるいは負の相関を示すことを突き止める。
特定された遺伝子の2割は脂質代謝異常遺伝子として特定されており、また半数は薬剤の標的候補として研究が進んでいる遺伝子だ。さらに、多くは肝臓で発現していることも明らかになった。このように、見つかった遺伝子は薬剤開発に重要な遺伝子であることから、TG/HDL にメタボを集約させる割り切りの合理性が明らかになった。
後は、エクソーム解析で初めて明らかになる極めて希な2種類の変異について詳しく調べている。一つは FNIP1 遺伝子で、7000人に一人というまれな機能喪失変異が86人見つかっている。この遺伝子はfolliculinと強調してミトコンドリア新生を抑える役割がある。FNIP1も folliculin も両方の遺伝子の機能が失われると、免疫不全や心材肥大、肺のシスト形成などが起こるが、片方だけの変異では高脂肪食でも太りにくい体質を持っている。
そこで、これを標的に高脂肪食による肥満や脂肪肝を抑えられるか調べ、体重増加を抑制し、インシュリン抵抗性から脂質代謝まで大きく改善できることを示している。
さらに極めて希な肝臓細胞膜上のセリンプロテアーゼヘプシンの機能喪失変異も TG/HDL を改善することを発見している。ただ、この場合は血中アルブミンも低下する。
以上の結果から、TG/HDL はメタボの簡易指標として有用であること、またエクソームレベルの解析が行われることで、直接形質に関わる遺伝子を特定することが出来、通常なら引っかかってこない極めて希な遺伝子変異を見つけられることを明らかにした。しかも、ここまでわかるとすぐに成果を創薬に生かすことができる。
2026年8月10日
試験管ベイビーと呼ばれた体外受精を初めて成功させたのは英国のロバートブラウンで、2010年にはノーベル賞が授与された。我が国では体外受精児は全出産の8%に上り、先進国では10%近くに上る国もあることから、様々な批判はあったがノーベル賞は当然と言っていいかもしれない。ただ、その後の生殖補助技術の著しい発展で、実際にクリニックで行われている治療は極めて複雑になっている。例えば受精率を上げるために、精子を卵子に注入する顕微授精が行われる率はかなり高いと思われる。しかし、京都大学の金津-篠原さんはマウスを用いて顕微授精が遺伝可能な変異を誘導し、孫の世代の発生異常を上昇させることを示して、警告を発している。
今日紹介する中国・南京大学からの論文は、両親と子供の全ゲノムを解析して、子供だけに新たに発生する変異を調べるコホート研究を行い、遺伝可能な生殖細胞系列の変異がおこる要因を探った研究で、8月7日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Large-scale whole-genome sequencing reveals the landscape and health implications of de novo mutations(大規模全ゲノム解読は子供の de novo 変異の状況と健康への影響を明らかにした)」だ。
要するに両親と子供の血液を用いて30カバレージ程度の全ゲノム解析を行い、子供でだけ発生した突然変異を、父親の精子が作られる過程で発生した変異、母親の卵子で作られた変異、そして胎児発生過程で発生した変異に分類している。胎児発生過程で起こったと決めるのは簡単ではないが、変異率が0.35を下回った場合、即ちキメラが生じた場合を胎児発生過程の変異と見なしている。
De novo の変異 (DNM) は、圧倒的に父親の精子形成過程で発生することが多い。次に、母親から、そして胎児発生過程での変異になる。当然のことながら、父親の年齢に応じて DNM が増える。ところが母親の場合は、年齢の影響は父親ほどではない。唯一時間とともに増える変異は、デアミナーゼによる変異の蓄積で、極めて特徴的な変異の出方でわかる。
この研究のハイライトは、7851人のコホートの中に2232人の生殖補助医療で生まれた子供が含まれている点で、親の年齢などの影響に加えて、生殖補助医療自体が変異を発生させるかについて調べることができる。
結果だが、生殖補助医療で誕生した子供では DNM の数は優位に増加している。ただ、生殖補助医療で使われる様々な技術との相関を調べると、生殖補助医療自体が大きな原因になっているわけではなく、男性側の染色体での DNM は顕微授精が最も大きな要因になっている。また、母親側では排卵誘発処置、特に卵胞刺激ホルモンのアゴニスト法を用いたケースで、変異の率が上昇している。
これら以上に変異を誘発するのが、胚を培養した後着床させる方法で、凍結卵を胚盤胞まで発生させて着床させた場合が最も多くの変異が入る。ここで見られる変異は、培養により酸化ストレスがかかったことによるタイプの変異であることも確認している。
これらの変異が子供の異常につながるかも検討しており、顕微授精やアゴニスト法は強く発生異常を誘導するわけではない。ただ、早産や低体重児とは明確な相関がある。一方で、胎児培養を行った後着床させた場合は、神経系の発生異常が起こる確率が上がることも示している。
結果は以上で、体外受精自体が問題ではなく、その後妊娠率を上げるために開発された様々な方法が、異なるメカニズムで変異を誘導することがわかる。今後は金津さんたちがマウスで調べたように、孫の世代がどうなるのかを追跡することは重要だろう。
2026年8月9日
外国から感染症が持ち込まれて広がるというのはウイルスや細菌だけではない。一般的に感染性の低い真菌類でも同じような外来感染症が問題になっていることをこの論文を読んで初めて知った。感染真菌の名前は Candida auris で、実際の起源は明確でないが、2006年帝京大学医学部で初めて分離されたカンジダだ。このカンジダは2016年に初めて米国で発見される。最初はNYやシカゴのような大都市で発見されていたが、その後は多くの州で発見されるようになっている。基本的には皮膚から皮膚への感染なので、いかに現代では人のグローバルな移動が新しいパンデミックを生み出しているのかがわかる。しかも悪いことにこのカンジダは重症の感染症に発展する。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、同じカンジダでも、病原性の低い albicans と auris ではホストの免疫との相互作用が全く異なることを示した研究で、8月6日号の Science に掲載された。タイトルは「The fungal pathogen Candida auris exposes chitin to trigger IFNγ and persist in hair follicles(病原性真菌 Candida auris はキチンを使ってインターフェロンγを誘導し毛根に居続ける)」だ。
研究ではマウスがヒト感染のモデルになるかを調べるため、毛を剃ったマウスに albicans あるいは auris を塗布し、皮膚での持続を見ると、auris は長期に皮膚に居続ける力があり、特に毛根の入り口付近に選択的に存在することを明らかにする。次に、それぞれを塗布したときに皮膚の免疫反応を調べ、albicans は IL-17 が誘導される 1/17 型、auris はインターフェロンγ (IFNγ) 中心の 1型の反応が中心になることを確認する。
これを手がかりとして、研究ではそれぞれの真菌とホストの関係を順番に調べているが、今日は実験過程を無視して、最終結論だけをまとめて紹介することにする。
まず albicans だが、皮膚と相互作用すると、細胞壁のグルカンなどを介して自然免疫を誘導し、また皮膚のγδT細胞やTh17型T細胞を介して IL-17を誘導することが知られている(この過程については実験は行われていない)。IL-17はケラチノサイトに働いて、増殖を誘導して皮膚を厚くするとともに、タイトジャンクション分子の発現を高める。この結果、albicansの皮下への移行は防がれる。実際、IL-17をノックアウトしたマウスでは albcans への抵抗力が低下する。
一方 auris だが、IL-17を少しは誘導するが、程度は低い。一方で、毛根の入り口を中心に IFNγが誘導される。これは auris の細胞壁に存在するキチンは Th1細胞を刺激して IFNγを誘導、IFNγはケラチノサイトに働いて、IL-17 とは逆の働き、即ち増殖を抑え、ジャンクションを弱める働きがあることがわかった。即ち、IL-17は真菌から皮膚を防御する役割があり、逆に IFNγ はケラチノサイトのバリア機能を抑えて真菌の存続を助けることがわかった。
IFNγ をノックアウトしたマウスでは、auris の毛根内の維持は低下するし、逆に IFNを強制発現させたマウスでは、aurisの感染が増強する。また、aurisのキチン合成経路をブロックしてやると、感染持続が抑制されることから、感染を抑える薬剤の標的として利用できる可能性がある。また、IFNγが感染に重要であることから、IFNγや Th1反応を抑えることも感染を抑える薬剤の標的になる可能性がある。
以上、同じカンジダでもホスト免疫系との関係次第でこれほどの違いが出ることに驚くとともに、私の真菌への見方も全く変わった。
2026年8月8日
今日紹介するスタンフォード大学とアーク研究所からの論文は、Evo1、 Evo2 と名付けたゲノム進化だけを学習させた生成AIモデルに、大腸菌に感染できるファージウイルスゲノムを生成させるのに成功した研究で、8月6日 Science に掲載された。タイトルは「Generative design of bacteriophages with genome language models(ゲノム言語モデルを用いてバクテリオファージのデザインを生成する)」だ。
実はこの論文は査読前の論文を発表する BioRxiv に昨年9月に発表されており、そのときから話題をさらっていた。私もそのときから、教材としてこの論文を利用している。そのため、8月6日査読を通って発表された論文を見ると、えらく時間がかかったなという印象だ。2024年に発表された原核生物のゲノムを学習した Evo1 の論文が発表されたときから(https://aasj.jp/news/watch/25610)、ウイルス設計も時間の問題だと思っていたが、実際にはそれから1年で、より広いゲノムを学習した Evo2 を発表するとともに(https://aasj.jp/news/watch/25610)、両方を用いて機能的なファージウイルスを作って見せた研究になる。
一般の人から見ても重要な論文と判断され、日経は昨日の夕刊トップで紹介しているが、論文発表前にも多くのメディアで紹介されている。いずれの紹介記事も、ゲノム生成の方法についての説明には困っているようだが、以前紹介したように Evo1、Evo2 も Chat のような単純な transformer/attention とは異なる、畳み込みと rotary attention を組み合わせて1Mの核酸配列を扱えるように設計したモデルなので、これも含めて紹介していかないと、生物分野でのAI研究の重要性を過小評価してしまうことになる。
まず Evo が目指すのは、DNA を媒体とする情報が集まる潜在空間を形成することだ。そのために、通常の transformer ではないモデル・Stripedhyena を作成し、1Mまでのゲノムをそのまま学習できる様になっている。これにより、これまでの進化過程で起こった様々なコンテクストが潜在確率空間として形成される。生成AIの潜在空間は可能性の空間であり、起こったことを学習していても、この空間から起こっていないが可能な配列を生み出すことが出来る。例えばハムレットの最初「Speak; I am bound to hear」とchatにインプットしても、必ず「Ghost so art thou torevenge・・」と続くわけではないのと同じだ。
Evo1、Evo2 の説明は以前のブログを参照して貰うことにして続けると、この研究ではそれぞれのモデルにゲノム可能性を生成させるときは、まず生成したいタイプ(この研究ではφx174)が属する Microviridae ウイルスゲノムをを多く学習させるファインチューニングを行う。このファインチューニング配列には Microviridae である事とφx174 との相似性を示すトークンを加えている。こうして、進化確率空間の内部に印が付けられる。
次に、ゲノムを生成するときには Microviridae という特殊トークンと欲しいゲノムの φx174 との相似性を表すトークンに続いて、Microviridae の5‘に保存されている遺伝子配列をインプットしている。同じインプットを入れても、アウトプットが異なるのが確率空間の面白い点で、膨大な数のアウトプットが生成される。面白いのは、この最初の遺伝子配列の長さを変えてやる実験を行って、Evo1 で予測させるときは6個並べれば良いが、Evo2 の場合は9個並べる必要があることを示している。理由については述べられていないが、このような結果はモデルが形成している潜在空間を理解する意味で重要に思える。
我々が Chat と向き合うときには、何万もの答えの中から選ぶことはしないが、この研究のもう一つのポイントは、出てきたゲノムを徹底的に評価して選ぶという過程を行なっている点だ。すなわち、Evo だけでは終わらず、たとえばウイルスらしさ、GC の使い方、長さ、などなど多くの条件でアウトプットを自動的に選ぶための様々なソフトを開発している。φx174 の場合、ゲノムの長さ、遺伝子の配置、GC 含量、遺伝子オーバーラップ、ゲノムの構造などをチェックして、最終的に200程度に絞っている。
あとは、機能的ウイルスゲノムかどうか、想定した系統の大腸菌にまず遺伝子だけを導入し溶菌がおこり、その上精をもう一度大腸菌に加えて感染性があるかどうかを調べ、16種類の機能的ゲノムを分離している。これらは最初指示した通り、φx174の配列とは95%以下になっている。すなわち、全く新しいゲノムが生成されている。ただこうして生まれるゲノムは進化可能性が生成されたもので、決して新しい設計というわけではない。
こうして得られたウイルスの中には、φx174 よりも高い感染性を示すものもあり、しかも大腸菌の方で抵抗性が獲得されると、それに対する抵抗性を自然に進化させる能力があり、全く通常のウイルスと同じだ。
全ゲノム配列を調べる中で、自然にイントロンのような配列が挿入されており、それを除くとウイルス活性が落ちるようなケースも見つかっている。個人的な解釈だが、イントロンの進化などについても研究可能性があるように思えた。
結果は以上で、できたウイルスについての詳しい解析は割愛したが、次の目標は自立生命の設計だろう。
2026年8月7日
ミクログリアが胎児期の卵黄嚢から発生時期に脳に移動して、後は脳内で自己再生し、骨髄からの新陳代謝がないことは広く受け入れられているが、この研究は私の研究室の Igor Samokhavlov 君とシンガポールから共同研究に来ていた Ginhoux 君の発見で、短い期間に Igor の実験系から重要な実験を成し遂げたのは本当に感心した。
ただ、高齢者の血液で見られるクローン性造血が追跡されるようになり、場合によっては骨髄細胞が脳のミクログリアを置き換えられることがわかってきた。実際 CSF-1 受容体をブロックしてミクログリアを除去すると、人間でも骨髄細胞からミクログリアを置き換えられることを示す研究も発表されている(https://aasj.jp/news/watch/27099)。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、生理的な条件でも骨髄細胞からミクログリアがリクルートされることを、高齢者に自然に起こるクローン性造血発生を利用して調べた研究で、こうしてクローン性造血細胞で置き換わることがアルツハイマー病を予防することまで示した点でおもしろい。タイトルは「Somatic mutations reveal the ontogeny of microglia in human aging(体細胞突然変異は高齢者のミクログリアの発生を明らかにする)」だ。
この研究では、コホート研究として死後解剖で脳組織が保存され細胞レベルの解析が可能な検体の末梢血の全ゲノム解析を詳しく行い、一定の割合で発見されるクローン性造血に対応するゲノム変異を特定している。この中には直接増殖を促進する変異もあるが、多くのケースでは明確なドライバー変異はなく、またいくつかの変異が時間とともに積み重なっており、クローン性造血は発生から後の過程をゲノム変異から追跡することができる。
こうして特定した変異が、脳の実質に存在するか調べると、同じ変異を持つ細胞が脳実質に存在することを確認する。即ち、クローン性造血を始めた細胞が脳実質にも存在する。そして、この現象は決して明確なドライバー変異が存在するクローンに限らず、少なくともクローン性造血として特定できる細胞の一部は脳に浸潤していることがわかる。
次は脳内に浸潤しているクローン性造血細胞は血液細胞のうちどの細胞になっているのかを調べるため、脳細胞核を Atack-seq で解析して細胞の種類を特定するとともに、ゲノム配列から特定した遺伝子変異が存在するかどうか、変異部位をキャプチャーする方法で調べている。結果は、クローン性造血で特定される変異はほぼ全てミクログリアに存在しており、ミクログリアが高い効率でクローン性造血細胞で置き換わることを明らかにした。
クローン性造血細胞で置き換わったミクログリアの比率はまちまちで、多くは25%ぐらいだが、なんと75%のミクログリアがクローン性造血細胞で置き換わったケースも存在する。また、末梢のクローン性造血とミクログリアを置き換えたクローン性造血はほぼ正比例しており、血液でクローン性造血が増えたあと、ミクログリアへとリクルートされるのもわかる。また、時間がたつほどミクログリアがクローン性造血細胞で置き換わることもわかる。
置き換わりの速度を調べるために、骨髄移植を受けたあと亡くなった患者さんの脳と末梢血を、特にミトコンドリアの変異について single cell level で調べている。即ち、ミトコンドリアの変異を解読すると同時に Atac-seq で細胞種を特定する実験を single cell level で行っている。おもしろいことに、このケースでは脳ではT細胞とミクログリアにだけ見られるミトコンドリア変異が、血液では他のクローン性造血細胞で置き換わっていたことで、脳に早く入ってきたクローンが血液とは独立に残っているという発見だ。即ち、脳内でのターンオーバーはそれほど早くない。この患者さんの場合骨髄移植後20ヶ月で亡くなっていることから、2年以内にかなりの細胞が置き換われることを示している。
最後はこの研究の最大のハイライトで、アルツハイマー病 (AD) コホートで集められた脳と末梢血からクローン性造血細胞のミクログリアへの寄与率を調べ、ミクログリア内のクローン性造血、特にドライバーのはっきりしないクローン性造血細胞の割合が増えるほど、AD 発症が抑えられることを示している。通常、クローン性造血細胞は悪い細胞の代表として語られるのだが、AD に関しては全く逆でおもしろい。ともかく脳内のミクログリアを置き換えれば ADの進行が抑えられると考えればいいのだろう。本当ならおもしろい仕組みだ。
2026年8月6日
つい3日前に L1トランスポゾンが何故X染色体に多いのかについて研究した論文を紹介したばかりだが(https://aasj.jp/news/watch/29317)、今日紹介するテキサス大学とコロンビア大学からの論文は、L1が免疫グロブリンの遺伝子変異を促進し高い親和性を持つ抗体産生に必須であるとするおもしろい研究で、8月3日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Co-option of retrotransposons promotes antibody diversification(レトロトランスポゾンを利用することで抗体の多様性を促進できる)」だ。
抗体多様性の形成は免疫学の中心課題で、我が国では利根川さんや本庶さんなどが20世紀の終わりにしのぎを削っていた課題だ。この中から、本庶先生はクラススイッチと、抗体V遺伝子の突然変異の頻度を高める APOBEC ファミリー分子 AID を発見する。
今日紹介する研究は、多くの抗体 VH 遺伝子上流に L1トランスポゾン、特に活性化が出来なくなったタイプが近接して存在していることに気づいた。そして、これだけ多くの VH と近接しているのは偶然の話ではないと考え、B細胞の機能、特に免疫後リンパ節の胚中心で起こる急速な突然変異誘導に関わるのではと考えた。おそらく最初はプロの勘のようなものだが、さすがと思う。そして、VH 遺伝子上流の L1 を除く実験を行い、期待通り VH の突然変異頻度が著しく低下することを確認する。実際には様々な VH 遺伝子に隣接する L1 を除く実験を行っているが、全てで変異生成が低下する。ただ、影響の及ぶのは L1 の下流にある VH 遺伝子だけで、遠くの VH 遺伝子には全く影響がない。
この段階の突然変異生成はもっぱら AID の作用なので、L1 は下流 VH に AID をリクルートする作用を持つことになる。また L1 はゲノムから見たとき外来遺伝子なので、すぐに HUSH と呼ばれる分子コンプレックスによってサイレンスされる。このことから、AID を L1 下流 VH へとリクルートするのは L1 の動きを感知した HUSH に AID が結合して、リクルートされるのではと考えた。そして、HUSH と AID が複合体を形成して L1 に結合することを CHIP 法と呼ばれるゲノムとタンパク質の相互作用を調べる方法で確認している。
問題は HUSH はサイレントな L1 と結合しないことで、VH 上流の L1 が活性化され転写が始まっている必要がある。しかし、ほぼ全ての VH 上流 L1 は活性化に必要な領域を失っている。そこで考えたのが、抗体の転写を誘導するプロモーターが、逆向きにも働いてL1の転写を誘導する可能性で、RNAseq を詳しく調べると、VH 上流のプロモーターから L1 の転写も誘導されていることがわかった。この活性化状態を検知した HUSH が L1 に結合し、B細胞分化の後期ではそのとき AID が発現しており、HUSH と結合した AID がVHへ選択的にリクルートされることになる。
VH全体を眺めると、L1の存在しないVHも多く存在するが、L1下流の VH と比べると変異頻度は低い。しかし、このような VH の上流に L1 を挿入すると変異の頻度が上昇することから、L1 は免疫反応後期に起こる hypermutation 誘導による抗体の親和性の上昇に必須の働きをしていることになる。
そして、これはヒトやマウスに限ったことではなく、ニワトリを含む多くの種で同じように見られる。即ち抗体遺伝子進化の早い段階でと L1トランスポゾンを利用することが始まり、現在に至っている。特におもしろいのはニワトリで、我々と違い使う VH 遺伝子は一つだけだが、偽 VH 遺伝子との gene conversion で変異を増やす仕組みを持っている。この偽 VH 遺伝子にも L1 トランスポゾンが近接して存在しており、多様化システムにかかわらず、抗体多様化に L1 が組み込まれている事になる。
免疫反応に沿って今回の研究をまとめると、免疫後期胚中心でB細胞がクラススイッチを始めると、AID が発現して、VH とは全く別のイントロンに働きクラススイッチを誘導する。これと平行して、VH 遺伝子上流のプロモーターが強く働くと、L1 の転写が起こり、これに HUSH が結合するが、そのときクラススイッチを終えた AID は VH にリクルートされ、今度はデアミネーションによる hypermutation に関わる。実験的には示されていないが、HUSH は元々クロマチンを閉じる働きがあるので、この時 L1 領域が閉じる過程で AID が VH に運ばれる可能性も示唆される。
以上の過程を見てみると、目的から時間経過まで、なんとうまく L1 が使われいるかに驚くが、L1をジャンクと呼ぶのがためらわれる、進化の妙に感動する。
2026年8月5日
現在病気の診断は、具合が悪くなって医療施設に訪れたとき、あるいは定期検診で行っているが、全てスナップショットの検査が診断の中心になる。ただ、定期検診の場合、時間経過が追いかけられるので、同じ検査でも情報量が多いと考えられる。例えば胸のX線検査だけでも、肺の病気だけでなく、骨の状態などもわかる可能性がある。ただ医者の立場で言うと、そこまで考えて診断をすることは希だ。この問題を LLM にデータを学習させることで、特殊な検査なしに経過から病気を診断する取り組みが進んでいる。
今日紹介する中国温州大学からの論文は、百万人規模のコホート研究データを学習させた Oncoformer が個人の経過を追跡した検査データからガンの種類やステージを予測できるとする研究で、7月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Advancing cancer detection and treatment using longitudinal routine clinical data(ルーチンの臨床データを経時的に集めることでガンの発見と治療が進展する)」だ。
ここまでは割とポジティブに紹介してきたが、実際にはこの論文にいい印象を持っていない。同じグループは2025年同じ電子データを用いて老化や様々な病気のリスクを予測できることを示し、このブログでも紹介している(https://aasj.jp/news/watch/27704)。この同じフレームワークをガンの発生予測に特化したのが Oncoformer になる。手法は全く同じ、経時的な検査からガンが予測できてめでたしめでたしと言う論文になる。しかも、胸部レントゲン以外は胃カメラなどの特殊検査は全くしていないのに、様々なガンの種類を予測できる。
この論文には詳しく示されていないので、2025年の論文から184種類の検査項目を見直してみると、例えば末梢T細胞を CD4、CD8 は言うに及ばず、樹状細胞や Treg まで調べている。さらに CEA やシフラなど15種類のガンマーカーも検査に入っている。さらに、インターロイキンは8種類、血液ガス、また便中の血液細胞などが含まれている。このような検査を百万人規模で行った中国パワーに驚くが、検査項目はおそらく高級人間ドックでも行われていない詳細なものだ。論文を読むとルーチン検査を続けておれば早く診断が出来るように錯覚するが、これだけの検査を定期的に行うためには膨大なコストがかかると思う。
前の論文で紹介したように、一人の電子レコードを検査ビジットごとの歴史としてトークン化するなどのアイデアはいいのだが、予測精度を争うのではなく、その背景にあるメカニズムも浮き上がるような LLM の使い方をすべきではないかと思う。
良い例をあげると、Alphafold は構造予測精度で評価されているが、その背景にある Multiple sequence alignment, pair representation が重要で、構造予測なしにこれら進化と構造のコンテクストを利用することすら出来る。この研究でもどの項目が予測に役立ったのかを探索しているが、異なるガンでの寄与度や、実際に時系列でどうだったのか(上昇や下降など)でどうだったのかが全く書かれていない。要するに予測競争だけに終始して、経時的データから何がわかるのかの検討が皆無だ。かわりに Oncoformer では single cell 解析の velocity のように、経過が流れとしてわかりガンへの道筋が見えるとしているが、これも背景を議論せずうまくいったことだけ述べている。
読んでいて正直詳細な結果を紹介する気は失せてしまったので申し訳ない。結局ほとんど文句だけを並べたが、LLM を black box の診断ツール開発だけに使うことは、少なくとも医学研究としてはやめた方がいいと思う。これまで膨大すぎて分析できなかった診断の背景から病気の発生メカニズムが抽出できることが、今後の方向だと思う。その意味で、最終的に診断予測精度だけを議論したこの論文は、LLM の悪い使い方として紹介した。
2026年8月4日
リソゾームは細胞内で発生する様々な老廃物を分解し、またオルガネラのリサイクルを通して細胞代謝を支えている。様々な理由でリソゾームの機能が傷害されるリソゾーム病では、時間とともに細胞機能が傷害され、中枢神経系を始め様々な臓器の不可逆的な障害を引き起こす。これらの治験から、リソゾームから細胞老化を考える研究が行われている。
今日紹介する米国MITからの論文は、老化細胞からリソゾームを直接調整して代謝物を調べ、リソゾーム内に蓄積するシスチンと glycerophosphodiester が、老化と正比例する分子マーカーとして利用できることを示した研究で、7月30日 Science に掲載された。タイトルは「Atlas of lysosomal aging reveals a metabolite signature shared with lysosomal storage disorders(リソゾームの老化アトラスはリソゾーム病と同じ代謝の特徴を明らかにした)」だ。
この研究の最大のハイライトは、老化細胞からリソゾームを精製してきて代謝物を直接調べる方法を用いたことだ。最初は、リソゾーム膜に発現している分子にタグを付け、これを指標に老化マウスの脳、心臓、筋肉、脂肪組織からリソゾームを生成、老化に伴って大きく変化する代謝物を探索している。この直接的実験により、アミノ酸ではシスチン、脂質では細胞膜の脂質が分解する過程で出来る代謝物 glycerophosphodiester (GP) が老化とともに上昇する事を発見する。この変化はリソゾームを精製しないと全く検出できない。
この発見が研究のハイライトで、次はタッグを付けていないリソゾームを精製する方法を開発し、リソゾームを精製さえすれば同じ結果が安定して得られること、さらにマウスだけではなくラットやサルでも同じ結果が得られることを明らかにしている。ただ、サルの場合シスチンは優位の差はなかった。
何故 GP やシスチンの蓄積が起こるのかについてはほとんど解析が行われていないが、老化リソゾームで bis phosphate と呼ばれるコレステロールのリソゾームからの輸送や、リソゾーム内の酵素のコファクターとして働いている分子が蓄積していることも示しているが、明確なメカニズムは示されていない。
代わりに、脳でどの細胞がシスチンや GP の蓄積が著しいかを調べ、最も老化の影響を受けるのがミクログリアで、次いで神経細胞自体であること、一方アストロサイトやオリゴデンドロサイトでは老化による変化はほとんど認められないことを示している。即ち、細胞により影響が全く異なる。
さらに、この変化が細胞老化自体を反映しているのか、他の要因の二次的変化かを調べるため、異なる年齢のマウスからリソゾームを取り出して、シスチンや GP を調べると、見事に年齢と正比例することから、これらの分子は老化度を測るマーカーになることを示している。
最後に、この変化を老化を遅らせる介入で変化させられるかも調べ、カロリー制限によって心臓や筋肉では老化に伴う変化を軽減することが可能だが、脳では全く効果がないことを示している。
結果は以上で、リソゾームを精製して調べたという点がこの研究の全てで後は現象論に終始していると思う。しかし、リソゾームが細胞老化の鍵として働いていることは納得できる仕事だ。