10月8日 ちょっと変わった臨床研究(10月5日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)
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10月8日 ちょっと変わった臨床研究(10月5日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2026年10月8日
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今日はテーマが極めてユニークな論文を2報紹介する。

最初の論文はカナダのマクギル大学を中心に世界の研究者が集まって、118カ国の600万人から現在感じている痛みについて自己申告して貰ったデータを、一つの土台に統合し、年齢、性別、地域での痛みの傾向を分析した研究で、読んでみるとなんとなく納得してしまう結果が示されている。タイトルは「Global and regional reference curves for pain across the lifespan in 6.1 million individuals in 118 countries(生涯をカバーする118カ国610万人について調べた痛みのグローバル及び地域のレファレンス曲線)」だ。

これまで痛みの統計調査は病気との関係で調べられることが多かった。即ちリューマチの関節炎といった具合だ。一方、この研究は病気等の条件とは関わりなく健康調査の聞き取りで、今どこにどの程度の痛みを感じているかについての自己評価だけを集めて解析している点が特徴だ。これまで、このような原因を無視した調査は科学的でないとあまり行われていなかったようだが、600万人以上について調べると、なるほどと納得できるおもしろい結果になっている。我が国からも4大学が参加しており、日本人のデータも含まれる。

まずどこが痛いかと聞かれたとき、例えば「背中から腰」あるいは「膝」と11カ所の痛みにわけて比率が示されている。まずどの場所でも痛みを訴える比率は女性が多い。最も多くの人が訴えるのが背中から腰で、納得できる。ただ、増加速度が20-30歳をピークに、男性ではほとんど増えないことで、本当かなと感じる。一方老化や体重に影響される膝や股関節では増加のピークが40-50歳で納得できるが、70を超えるとそれ以上増加がないというのは意外だった。頭痛や腹痛は10歳代で増加のピークを迎えるのも納得できる。Open accessなので図のURLを示すが、この図を見て痛みの傾向を感じることは結構役立つ気がする(https://www.nature.com/articles/s41591-026-04696-w/figures/2)。

痛みの質で言うと、強い痛みは30代前半をピークに増えて、50代からは低下する。一方、あちこち痛いですと言った答えは50歳をピークに増加し、70歳を超えると減る。即ち70までどこか痛いという症状がないと、後はあまり心配がないと言える。

地域差も調べてあり、我々東アジア人は世界と比べるとどの場所の痛みも少なめだ。一方で、経済格差と痛みの比率は明確で、トータルの数で言えば関節痛、背中腰、頭痛では所得の低い国ほど多い。即ち生活環境に左右されるが、他にも胸痛は喫煙が強く影響するし、膝の痛みは肥満と強く相関する。

以上が結果で、600万人のデータをまとめただけで素晴らしく、是非掲載されている図をゆっくり眺めてほしいと思う。

次はコペンハーゲン大学からの論文で国際宇宙ステーションに滞在した宇宙飛行士52人の血液を、滞在前、滞在中、滞在後に採取し、代謝物解析を質量分析で行った研究で、ちょっと古いが6月29日に Nature Communication に掲載された。タイトルは「Longitudinal metabolomics profiles reveal increased gut microbial protein fermentation during Spaceflight(持続的メタボロームによって宇宙飛行時の細菌叢によるタンパク質の発酵が上昇する事が明らかになった)」だ。

結果はは一つの図にまとめられているのでURLを示すので是非見てほしい(https://www.nature.com/articles/s41467-026-74979-w/figures/2)。宇宙飛行によるメタボロームの変化のうち27%は食事の変化で、限られたレパートリーから選ぶ宇宙では逆に寄与が少ないのではと思えるぐらいだ。おもしろいのは、魚由来の代謝物が上昇している点で、通常魚をあまり食べない人が多く、宇宙では魚の多い食事が提供されていると考えられる。

タイトルにあるようにこの研究で最も協調しているのが、細菌叢による代謝物が上昇する点で、特に図に示したようなタンパク質の発酵が強く起こって、アンモニアや硫化水素など、毒性のある代謝物が腸で合成され、また図にあるフェニルアセチルグルタミンのような細胞老化誘導分子が合成される。

何故このような変化が起こるのかだが、おもしろいことに微小重力空間で暮らす宇宙飛行士の多くは便秘に悩むようだ。従って、便通を維持するのと、タンパク質の発酵が少ない食事を考えることが重要になる。

以上が結果で、「宇宙飛行士は便秘」という話だけが頭に残りそうだが、フムフム論文としてはおもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日 胎児型ヘモグロビンから成人型ヘモグロビンへのスイッチに関わる新しい分子(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月7日
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ヒトの大人のヘモグロビンはα鎖2本とβ鎖2本が4量体を作っているが、遺伝子レベルで見ると結構複雑だ。αもα1とα2の2つの遺伝子が存在するが、どちらから転写翻訳されてもほぼ同じαが造られる。余分に遺伝子を持っているということはそれだけ生命にとって重要な分子であることを意味する。発生の極めて初期に現れる卵黄嚢の赤血球ではαの代わりにζ鎖が使われる。ζとペアを組むのはεで、発生初期だけに発現するが、胎児期から成人まで、αはγ、β、δとペアリングする。胎児期にはα4γ4が多いが、α4β4も10%程度存在する。そして生まれてから、α4γ4からα4β4へのスウィッチが起こる。この機構については、タラセミア等の研究を通して例えばBCL11A遺伝子などが特定され、一部は遺伝子治療の対象になっている。

今日紹介する米国ハーバード大学を中心とする国際チームからの論文は、胎児型と成人型のバランスを大規模に調べることでこれまで知られていない制御機構を明らかに出来るはずだと、28279人の成人で胎児型の割合を調べ、それと相関するゲノム解析から、胎児型ヘモグロビンを制御する新しい機構を明らかにしたかなりマニアックな研究で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Human genetics implicates a BACH2–NRF2 axis in fetal haemoglobin activation(ヒト遺伝学からBACH2-NRF2軸が胎児型ヘモグロビンの活性化に関わることが示される0)だ。

胎児型ヘモグロビンのレベルに関わる多型を3万人規模で調べると、91種類の多型を特定でき、これを遺伝子発現、クロマチンの折りたたみ構造、クロマチンのアクセシビリティー等を総合的に調べると、期待通りこれまで指摘されていない多型をBACH2遺伝子の近くで特定している。

BACH1遺伝子はヘモグロビン遺伝子調節因子としてよく知られているが、これまでBACH2遺伝子はリンパ球の機能に関わることが指摘されているが、ヘモグロビンに関わると言う指摘はないので、この遺伝子に絞って研究を続けている。

まずBACH2の発現に関わる多型rd1010474の機能をヒト血液細胞を用いて、クロマチン構造や、CRISPR/Casによる遺伝子ノックアウトを用いて調べ、この領域がBACH2遺伝子発現を調節するシス領域であることを確認している。

まず赤血球培養系にBACH2阻害剤を加える実験系で、BACH2が赤血球分化ではなく、胎児型ヘモグロビンの発現調節に直接関わることを確認している。後は、BACH2が結合する胎児型ヘモグロビン調節領域を特定し、転写のメカニズムを解析することになる。まず、結合解析から胎児型ヘモグロビン遺伝子からは少し離れた Locus control region (LCR) に結合し、同じ領域にこれまで胎児型ヘモグロビンの発現を高めることが知られているNRF2結合部位も存在することを発見する。即ち、BACH2がNRF2と競合して胎児型ヘモグロビンの発現を抑えている可能性が強く示唆された。実際、BACH2が欠損するとNRF2は胎児型ヘモグロビン遺伝子にリクルートされてくる。そして、BACH2とNRF2は直接結合していることも明らかになった。即ち、BACH2はLCRでNRF2と直接結合してNRF2の転写活性を制限する役割を持つことが明らかになった。

最後にLCRに存在するBACH2とNRF2の結合する部位の塩基を遺伝子編集して、BACH2やNRF2の結合が低下する変異を導入して、BACH2とNRF2が重なるLCR内の領域を競合して胎児型ヘモグロビンの発現を決めていることを明らかにしている。

以上が結果で、昔血液を研究していた個人的興味で選んだので、専門外の方々には少しマニアックすぎる論文だと思う。ただ、大規模なゲノム解析から、これまで全く知られなかったヘモグロビンの転写調節機構が明らかになるというのは、ヘモグロビン転写がいかに複雑かを物語ると改めて感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月6日 新しいGPCR阻害方法の開発(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月6日
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今年のノーベル医学生理学賞は、Karl Deisseroth、Peter Hegemann、Georg Nagel の3人が、光に反応して開くチャンネルロドプシンの発見と、それを動物の脳神経操作に仕上げ、光遺伝学の時代を造った業績で受賞した。いつ受賞してもおかしくない業績で極めて順当なノーベル賞といえる。毎年解説を Youtube 配信するのだが、Deisseroth 論文については Youtube でも何度も解説しているので、今年の解説はやめてもいいのではないかと思っている。もちろん光遺伝学のここが知りたいというリクエストがあれば解説することにして、当分は静観する。

さて、今日紹介するハーバード大学からの論文は、光遺伝学とは全く異なる話で、最も重要な創薬ターゲット GPCR (Gタンパク質共役受容体)の全く新しい阻害方法の開発で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「GPCR antagonism via rewiring of receptor trafficking and degradation(受容体の輸送と分解を再編成するGPCR阻害)」だ。

このグループはユビキチン化を通してタンパク質を分解する薬剤の開発などを手がけてきているが、今回はGPCRが刺激されるとアレスチンと結合して、GPCRを細胞内のエンドゾームに取り込まれることをGPCRの不活化に利用できないかと考えた。もちろん刺激によりエンドゾームに入るのだが、この細胞内への取り込みを高めるために、エンドゾームから細胞膜へのシャトルを高速で行っているトランスフェリン受容体 (TfR) とGPCRを結合させることで、GPCRの細胞膜から細胞内への移行を促進し、受容体機能を抑えられるのではと着想した。

この目的のために、様々なGPCRに対する抗体と、TfRに対する抗体をキメラにして、GPCRをTfRとリンクさせうる実験を行い、ほぼ全ての受容体でGPCRが小胞体に輸送されることで細胞膜から消失し、GPCRの機能を阻害できることを示している。GPCR阻害剤は医療で多く使われているが、化合物を探索し薬剤として使えるまでの大変な努力と比べると、どの受容体でも抗体さえあれば阻害剤を造ることが可能になる。まさに画期的な方法と言える。

実際に何が起こっているのかを調べるため、GPCRに蛍光タンパク質を結合させ、この蛍光タンパク質に対する抗体とTfRに対する抗体が合体したキメラ抗体を加えると、蛍光ラベルされたGPCRの機能を抑制する。即ち、GPCRの機能とは全く無関係に機能を抑制することができる。GPCRと結合した蛍光を追跡することでGPCRが細胞表面からエンドゾームに移行するだけでなく、完全にそこで分解されることも明らかになった。即ち、リソゾームをうまく使うタンパク質分解誘導薬が可能であることを示している。

あとは、いくつかのGPCRを選んで、その阻害に必要な条件を探っている。はっきりしているのはただ抗体があれば阻害できるというものではなく、GPCRの性質によりGPCRに対する抗体のアフィニティーや、TfRに対するアフィニティーを調整する必要がある。このような検討には蛍光ラベルしたGPCRは同じ分子に対する様々な抗体を条件設定に使えるので極めて役に立つ。これとTfRに対する様々なアフィニティーの抗体を組み合わせて分解効率を比べることができる。ただ様々な組み合わせを試したとしても、阻害剤を探すよりははるかに条件探しは簡単だ。その例として、リラキシンに対するGPCR=RXFP1阻害条件を検討している。このGPCRはリガンドとGPCRが同じ細胞に共存するオートクラインシステムで、細胞表面に発現する受容体の数も少なく、これまで全く阻害剤が開発できなかった他のGPCRと比べると難度は高いが、RXFP1の機能をほぼ抑制できるキメラ抗体を完成させている。これにより薬剤がない卵巣ガンの転写プログラムを抑えることが出来ることを示している。

次は高血圧に使われるアンギオテンシン受容体阻害剤の開発で、完成したキメラ抗体を iPS細胞由来心臓細胞のアンギオテンシンに対する反応を完全に抑制して、正常な心拍数を維持することを示している。

最後に生体内でも効果があるかを調べる目的で、炎症に関わるTh17細胞の移動を誘導するケモカイン受容体CCR6の機能を、ヒト化したマウスの皮膚乾癬炎症モデルを用いて調べている。キメラ抗体投与で、Th17細胞の遊走はほぼ完全に抑えることができる。また、皮膚炎の症状も抑えることができる。

結果は以上で、もっと生体内での実験を増やして臨床応用が可能かを検討することが必要だと思うが、標的細胞に合わせてGPCRとTfRに対する抗体を組み合わせるだけで、難しい構造解析なども全てすっ飛ばして阻害剤が開発できることは画期的だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月5日 AIが使われたことを示す電子透かしをデザインタンパク質に入れる(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月5日
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AI で作成された小説や絵画がコンクールで賞をとるという問題が起こって、AIで作成したことを後から検証できるような電子透かしが用いられるようになっている。Google が開発した Watermarking という方法に基づく SynthID と言うツールが Google や Open AI モデルには実装されており、秘密の鍵を用いると作成が AI によるものかどうかがわかるようになっている。

今日紹介する Google Deep Mind からの論文は、同じ watermarking を、AI でデザインしたタンパク質や分子構造に当てはめることで、AI デザインという来歴をすり込む方法の開発で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Function-preserving watermarking of AI-generated proteins(AI によりデザインされたタンパク質を機能を維持して watermarking する)」だ。

専門外なのでザクッと理解しているだけだが、watermarking では例えば文章を生成するとき、次のトークンを選ぶ時の確率を最適な選択から少しずらして選ぶことで、選び方の偏りをわざと組み込むことで AI によって作成されたことが後からわかるようになっている。大事な点は、読んでいるときその違いがわからないほどのずれにすることで、だれも透かしが入っていることに気づかないようにしている。

さて、この watermarking をタンパク質デザインにも使えるかだが、まずアミノ酸配列としてデザインするケースを考えている。例えば構造からアミノ酸配列を生成する ProteinMPNN は何度も紹介しているが、これに自然言語の LLM で使うトーナメントサンプリングと呼ばれる秘密のキーに従ってサンプルするトークンにバイアスをかける SynthID を組み込んでいる。原理的には単語に対応するトークンがアミノ酸に対応するようになっただけだが、大きな問題は、単語の場合は同義語も多くずらしても文章の質が守れるが、次のアミノ酸となると選ぶ相手は20種類しかなく、選ぶ時の自由度が低い場合が多い。即ち watermark が入らない。そのため、自由度を上げて他のアミノ酸も選べる distortionary watermarking という方法を使っている。ただ、この方法で本来の構造を壊さずに自動的に透かしが入る様になるのは素人の私には理解しがたい。

これについては watermark を入れた後のタンパク質の構造について、コロナウイルススパイク、血管増殖因子VEGF-A、そしてチェックポイント分子PD-L1に結合するタンパク質を、watermarker なし、自由度を変化させた distortionary watermarking 、そして自由度を変化させない方法で200以上のタンパク質を作成し、タンパク質を合成させて確かめている。結論はどちらの water marking でも結合力の低下は軽微でとどまったと結論している。ただ、図を見たところスパイクに対するバインダーを distortionary watermarking した場合は結合が低下しているが、逆に VEGF-A に対する場合は通常の自由度で water marking した方が結合が低下しているように見えるので、今後さらに厳密に評価する必要があるように感じた。いずれにせよ、watermarking をしても構造を保てる可能性はあることは間違いなく、今後さらに改良が進むのだろう。

同じような電子透かしを AlphaFold3 (AF3) のような3次元構造予測に適用する SynthlDBio-structure と呼ぶモデルも開発している。言語と同じ方法が使える塩基配列は変化させられないので、そこから予測される構造に watermarking が入るようにしている。数理的な処理はもちろん理解出来ている訳ではないが、AF3がdiffusion でノイズを消して正しい原子間座標を描かせるときに、モデル自体がノイズを消す段階で少しずらして watermark が自然に入るように AF3 をファインチューニングしている。

この勝手にずらして watermarking を構造に入れる AF3 に配列をインプットして予測される構造は、これまでの AF3 を使って予測した構造とほとんど違いがない。ということは watermarkingは 無視して予測された構造を使うことができる。

以上が結果で、これまで画像などの知財を守る意味で watermarking が開発され、Google、Open AI、Anthropic などの LLM に実装されているのは知っていた。画像や文章、更には音楽など、AI によることがわかることは重要で、当然のことだと思う。しかし、塩基配列や分子構造が AI 由来であることを明示する電子透かしが本当に必要かは実感がない。と言うのも、現在の研究では AI で機能的タンパク質をデザインすることが重要な課題なので、AIでデザインしたことを研究者が隠すという状況は考えにくい。

それでも論文の discussion では私には全く思いつかない、watermarking を必要とするいくつかの状況が議論されている。最初の例は DNA を受託している合成会社で、現在も危険 DNA 配列データベースと比較して、安全性に問題がある DNA は合成を拒否しているようだ。今後 AI で合成される配列の注文が増えると、スクリーニング作業は大変になるが、最初から AI でデザインしたと注文を受けた配列に watermarking が確認できると、顧客をより信用できるというわけだ。

もちろん、AIデザインの配列がGeneBankやタンク室構造のデータベースに忍び込むことを防ぐことも出来る。

結果は以上で、タンパク質デザインにも電子透かしの必要性が議論されていることに全く気づかなかったのは恥じ入るし、AIトップを走る研究所が率先して様々なリスクを議論していることには感心した。しかし、意図した結果の再現性を重視する科学で、検出できないとは言え敢えてwatermarkingのために結果をずらすという行為が受け入れられるか、科学のあり方まで変える必要がある気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月4日 p53が上皮細胞の増殖を誘導する新しいメカニズム(10月1日 Science 掲載論文)

2026年10月4日
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自分のガンのゲノムを見ていると、多形腫独特の転座でゆっくり増殖していた良性腫瘍が、ウイルス感染か何かのストレスでAPOBEC3の上昇が起こり、これが突然変異誘発頻度を高めることで、p53の点突然変異、その後もう片方のp53の deletion が起こって急速に悪性化したのがわかる。これまで、p53がガン抑制遺伝子として働くメカニズムは、p53による細胞老化促進、細胞死、あるいは細胞周期抑制が外れる結果として説明されており、直接p53が増殖のドライバーと関わる可能性は考慮されてこなかった。

これに対し今日紹介する Icahn School of Medicine at Mount Sinai からの論文は、p53は上皮細胞の増殖に関わるWntシグナルを抑えているため、p53が欠損することでWntシグナルが活性化され、直接増殖を誘導するという新しい重要なメカニズムを示した研究で、10月1日 Science に掲載された。タイトルは「Loss of the tumor suppressor p53 generates a signaling gradient that drives epithelial clonal expansion(腫瘍抑制遺伝子p53の欠損は上皮のクローン増殖を誘導するシグナル勾配を形成する)」だ。

これまでp53欠損により上皮の増殖が高まることは知られてたが、先に挙げたように細胞周期や細胞死に関わる多様な機能があるため、新しい機能を調べることが簡単ではなかった。そこでこの研究では細胞死、細胞周期、細胞老化などに関わる機能はブロックして、他の機能が残ったp53変異( p53(3KR/3KR )を用いて、p53 (-/-) や野生型 (WT) と上皮増殖について比べている。上皮でp53をノックアウトすると、生後49日目には上皮の増殖が見られる。しかし、WTはもとより p53 (3KR/3KR) に置き換えた場合、細胞死など基本機能は同じようになくなっているのに、増殖は見られない。即ち、p53変異による上皮増殖は、細胞死、細胞周期、細胞老化などの機能とは無関係であることが明らかになった。

この結果を受けて、あとはp53に支配される上皮増殖に関わる新しい分子の探索を始めている。RNAseq や Atac-seq を用いた遺伝子発現、更にはWTや3KR/3KRの結合部位の解析などを合わせて、細胞死などとは異なる機能に関わる遺伝子候補を1000近く特定している。

これらの候補の機能を調べるために、siRNAをレンチウイルスで胎児期に導入し、未分化な上皮で濃縮される(即ちノックダウンで上皮が増殖する)と、分化上皮で濃縮される遺伝子を探索している。生体内でのスクリーニングでこの作業が一番大変だったと思われるが、最終的にp53によって調節され、それぞれ独自で細胞の増殖を抑える3種類の遺伝子、Sfrp1、Lrp1、Usp22 を特定する。

この3つの遺伝子は全てWntシグナル抑制に関わることがわかっている。Sfrp1はWntの受容体結合を競合阻害する。Lrp1はWnt 受容体のFrizzledと結合してシグナルを抑制する。そしてUsp22はβカテニンなどWntシグナル分子をユビキチン化して分解する。即ち上皮増殖に直接関わるp53の機能は、これらの3分子を介してWntシグナルを抑制することを示す、上皮のガン化を考える上で極めて重要な結果だ。

これを確かめるため、Wntシグナルレポーターを導入したマウスで局所的にp53をノックアウトすると、細胞クローンの増殖とともに中心にある細胞ほどWntシグナルを強く受けていることを示す勾配が成立していることが明らかになった。Wntは上皮増殖の最も重要なシグナルで、APC遺伝子がこのシグナル抑制の主役として考えられてきたが、これに加えてp53欠損はWntシグナル抑制が外れるだけでなく、クローン増殖が進むにつれて中心の細胞がより強くWntシグナルを受け、ますます増殖力が高まるという、まさにガン細胞を助ける変異であることがわかる。逆にいうと、上皮の異常増殖を直接抑える重要な役割をp53が演じていることがわかる。

P53が直接Wntシグナルにつながったことは、自分のガンを理解する上でも大変重要な結果で、今も発ガンの研究が着実に進んでいることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月3日 異なる折りたたみ構造のヒトTau (Tau strain) は、マウス脳で同じTau strainを複製する鋳型として働き、この構造が病態を決めていることの明確な証明(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月3日
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アルツハイマー病(AD)ではTau、パーキンソン病(PD)ではαシヌクレイン、ALSではTD-43などの分子が異常に折りたたまれて凝集することで神経変性が起こることがわかっているが、分子が凝集するメカニズムの最も重要なポイントは、この異常折りたたみ構造が鋳型になって正常の分子を異常な構造へと転換し、異常が増幅することだ。このブログで何度も紹介したように、異常タンパク質が鋳型になって構造を増幅させる現象は、まさに狂牛病のようなプリオン病と言っていい。まだ人から人への感染は報告されていないものの、神経変性疾患をプリオン病の枠内で捉える研究者は増えている。

とは言え知り合いの厳密な神経科学者に本当かと聞くと、ADでTau strainが鋳型として同じTau strainを増幅し、Tau strainの型によって病気の形が異なることを明確に示した研究はまだ見たことはないという返事だった。

今日紹介する英国MRCと我が国の東京都臨床研が共同で発表した論文は、ADと同じくTauによる基底核症候群 (CBD) からTau strainを取り出しマウスに注射すると、同じ構造のTau strainがマウスTauから形成され、AD、CBDそれぞれの病態を再現できることを初めて示した重要な研究で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Prion-like transmission of human tau strains in the mouse brain(ヒトのTau-strainはマウス脳でプリオン様の伝搬を起こす)」だ。

「Tauもプリオンのように伝搬するのか」とそのままタイトルを読んでしまうと、何を今更ということになるかもしれない。ただ、Tau strainの原子構造まで確認して同じ構造がプリオンの様に複製されることを示したのがこの研究の最大のハイライトだ。簡単そうな実験に見えるが、実際には鋳型として働く分子を調整するところから、かなり職人芸が必要で、これが保証されていないとだれも信用しない。共同責任著者になっている都立臨床研の長谷川さんのグループは、だれもが信用する研究室のようで、2021年ALSを誘導するTDP-43分子についての研究を紹介したときも長谷川さんのことを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18545)。

おそらく長谷川さんの手によって調整されたADとCBD由来Tau strainをマウスの脳に注射してその後の経過を1年近く追跡し、神経変性とそれを引き起こしたTau strainを解析している。少し専門的になるが、ヒトのTauは異なる長さの6種類のアイソフォームがあり、微小管結合部位を4コ持つフォーム (4R) と、3コ持つフォーム (3R) に分かれる。CBDは4Rによって起こるが、ADは3R+4Rが混ざったTauがないと発生しない。ところがマウスでは4Rしか存在しないので、そもそもADを伝搬できるはずはないという議論があった。

ところがADとCBD患者さんから調整したTau strainをマウスに注射すると、9ヶ月後にマウスTauの凝集体が発生する。重要なのはADとCBDそれぞれのTau strainは異なる脳領域へと拡大することで、CBDのTau strainはより脳幹へと伝搬するのがわかる。即ち伝搬の鋳型になるTau strainの違いが、様々なTau異常症の病態を形成する原因になることがわかる。

さらに、ADのTau strainは神経細胞だけにしか伝搬しないが、CBDのTau strainは神経細胞とグリア細胞にも伝搬し凝集体を造る。ヒトとマウスのTauを区別する抗体で調べると、注射したヒトTau strainは速やかに除去され、9ヶ月後で凝集しているのは全てマウス由来Tauである事も確認されている。即ちヒトの鋳型でマウスの異常構造が形成され、それが増幅する。

さてここからがこの研究のハイライトになるが、3Rと4Rが混ざったTauがあるときだけ形成されるAD型Tau strainを染める抗体で調べると、4RしかないマウスTau由来なのに、ADのTau strainで誘導すると抗体で染まる構造が形成される。一方、CBD由来Tau strainで誘導すると、出来たTau構造は全く染まらない。結構ややこしい結果で頭がこんがらがると思うが、結論としてはADとCBDを決めているのは3R、4Rと言ったイソフォームではなく、4Rで起こっている折りたたみ構造の違いで、AD型構造では2番目のリピートが外に出ていて抗体に反応するが、CBD型構造では抗体認識部位が隠されると考えている。

そして、注射に使ったAD及びCBDのTauの折りたたみ構造と、それを鋳型にマウスTauで形成されたマウスの構造をクライオ電顕で比較し、Tau折りたたみ構造は最初注射したヒトの構造と、それを鋳型に形成されたマウスの構造が完全に一致することを明らかにしている。

以上が結果で、3R, 4Rの謎など、これまで理解できていなかった私の頭は完璧に整理できた。しかし、完全に証明することが如何に難しく、しかも実験が研究者のもつ名人芸に依存していることを改めて認識させる研究だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月2日 光と音で活性化できるCRISPR/Casシステムの開発(9月28日 Cell オンライン掲載論文)

2026年10月2日
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今日は前置きなしで論文紹介に進む。スタンフォード大学からの論文で、CRISPR/Cas遺伝子編集システムを、光や音でスイッチを入れられるようデザインし直したというおもしろい研究だ。論文の中でも、このような遺伝子編集システムは世界初と自慢している。タイトルは「Non-invasive control of gene editing in vivo by photoswitchable Cas12f and focused ultrasound(生体内の非侵襲的遺伝子編集を光でスイッチが入るCas12fおよび焦点を絞った超音波で実現する)」だ。

この研究は、以前東大の濡木さんたちが構造決定した最も小さなCas分子、Cas12f に着目した。これはホモ二量体で働くが、アデノ随伴ウイルス (AAV) にも十分収まる大きさで、局所で遺伝子編集するときに最適と言える。これをさらに小さくしたのが CasMINI で、通常のCas12の半分の大きさで機能することが2021年に報告されている。

この小さくてホモ二量体ではたらくことを利用して、これに Dronpa と呼ぶ、通常は互いに結合しているが、400nmの青い光が当たると離れる性質を持ったタンパク質を結合させ、光のないところでは Dronpa により CasMINI の機能がマスクされ、光が当たったときだけ dronpa が離れて CasMINI が活性化され遺伝子編集できるCasをデザインできるのではと着想した。

CasMINIとdoronpaをつなぐ最適なリンカーの長さ中心に様々な条件を検討し、ついに期待通り400nmの光が当たったときだけ活性化される psCasMINI をプロトタイプとして完成させた。

Cas MINIの働きでルシフェラーゼ遺伝子のストップカセットが切断されるレポーターを組み込んだマウスの筋肉に psCasMINI を AAV で導入してもルシフェラーゼ遺伝子は活性化されない。しかし、全身あるいは局所的に400nmの光に一日16時間4日間さらすと遺伝子導入した筋肉でルシフェラーゼの経口が観察できるようになる。

この研究がおもしろいのは、同じシステムを使って、今度は音で CasMINI を活性化できるようにした点だ。これには超音波の機械刺激が来ると400nmの光を発するナノ粒子を用いている。まず同じ psCASMINI をアデノウイルスで目的の組織に注射する。スイッチを入れる前に、このナノ粒子を静脈注射し、それが体内に流れている間に局所的に超音波を当てると、当てた場所でナノ粒子が光るため CasMINI が活性化して、ルシフェラーゼのストップカセットが外れルシフェラーゼが光るようになる。

ただ、光を直接当てる場合と比べると編集効率は低い。そこで CasMINI と Dronpa に変異を導入して、光が当たると、通常の CasMINI(光とは無関係に遺伝子を切断する)とほぼ同じ効率を示すps2CasMINIを完成させている。この方法を脳細胞の遺伝子編集に使えるか調べるため、ps2CasMINI を静脈注射している。静脈注射で脳に遺伝子を届けられるのかと驚くが、これにもあたらしい CAP.B10 と呼ばれる脳にも移行するAAVを用いて、なんと2-5割の脳細胞に ps2CasMINI を届けている。注射後14日目に、マウスを400nmの光で1日間刺激する、あるいはナノ粒子を静脈注射して超音波を照射すると、脳での遺伝子編集が可能であることを示している。400nmの光は脳経も通過するようで、かなり高い編集効率が得られている。また、超音波の場合改良前の psCasMINI ではほとんど編集が出来なかったが、新しい ps2CasMMIN では音による脳細胞の編集が可能になっている。

最後に、ルシフェラーゼのストップカセットを切断するモデル系ではなく、肝臓で合成されアミロイドーシスの原因にもなるトランスサイレチン遺伝子をノックアウトできるか調べている。結果は期待通りで、光でも、超音波でも血中のトランスサイレチン濃度を1/8に低下させることが出来ている。また肝臓細胞のゲノムを調べると、光で40%、音で30%の頻度で遺伝子の欠失が確認されている。

以上が結果で、光や音で遺伝子編集をオンにするおもしろい方法が開発された。どんな状況で使うのか考えてみると、例えばこれまで脳細胞の除去手術を行っていた focal epilepsy (局所性てんかん) などで、神経伝達に関わる分子をノックアウトする治療が可能になると思う。また、変異遺伝子をターゲットにしたガン治療にも遺伝子編集を使える可能性がある。道のりはまだまだだが、期待できる。しかし、Deisseroth の光遺伝学といい、この研究といいスタンフォード大学は光による遺伝子操作のトップを走っている。   

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 Tauopathyによる神経変性に、樹状細胞により抗原刺激を受けたCD8T細胞が関わっている(9月3日 Nature Neuroscience 掲載論文)

2026年10月1日
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2023年3月、アルツハイマー病 (AD) は Tau分子に対する自己免疫では ないかというワシントン大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21734)。この研究では、Tauopathy が起こるマウスの脳ではおそらくTauや神経細胞由来分子に対するT細胞が浸潤し、これがADの細胞死を誘導していることをマウスモデルで示していた。

今日紹介する論文は同じグループからの論文で、神経細胞を傷害するのは主にCD8T細胞で、脳内ではなく末梢リンパ組織で抗原刺激を受けた後、脳内に浸潤して神経細胞を傷害する可能性を示し、少なくともマウスでは抗原特異的免疫反応がAD等の Tauopathy に関わっていることをより明確にした研究で、9月3日 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Priming of CD8 + T cells by peripheral dendritic cells exacerbates tau-mediated neurodegeneration(CD8T細胞を末梢の樹状細胞が刺激することでTauによる神経変性を促進する)」だ。

この研究でも変異TauとAPOE4を組み合わせて早期に Tauopathy が発症するモデルマウス (TE4) を用いている。自己抗原に対する免疫反応だとすると、それを処理して抗原提示する樹状細胞が除去されたマウスでは神経変性が起こりにくいはずだと考え、まず1型樹状細胞 cDC1 発生に必須の Irf8遺伝子のエンハンサーをノックアウトして cDC1 の欠損したマウス(Δ32マウス)を作成している。期待通りΔ32マウスで cDC1が除去されていることを確認した後、Δ32をTE4と掛け合わせ、Tauopathyによる神経細胞死を抑制できることを示している。このマウスでTauの蓄積を調べると、cDC1がなくても蓄積自体は進んでいるので、Tau蓄積により誘導される免疫系による神経細胞傷害が神経変性の原因と考えている。

次に、この変性に関わる細胞を特定するため single cell 解析を行い、最終的にTauが蓄積するTE4マウスでは、活性化されたCD8T細胞の脳内への浸潤が見られるが、cDC1が欠損するとこの浸潤が見られなくなることを発見する。ミクログリア反応もTau蓄積で起こるが、cDC1が欠損するとこの反応も抑えられるので、CD8T細胞による細胞傷害がTau蓄積により誘導されることが変性の最も重要な要因であることが示された。

このように cDC1とCD8T細胞という役者が揃うと最も考えられるのがクロスプレゼンテーションと呼ばれる現象だ。cDC1は外来分子を取り込み通常クラスII MHCを介してCD4T細胞を刺激するが、細胞内で分解されたペプチドの一部はクラスIにロードされCD8キラー細胞を誘導することが知られている。ガン免疫でクラスIIを発現していないガン細胞が樹状細胞により処理されキラー細胞を誘導出来るのもクロスプレゼンテーションのおかげだ。この研究でも実際にクロスプレゼンテーションでCD8細胞が誘導されるか、卵白アルブミンを用いた系で確認したあと、クロスプレゼンテーションが出来なくなるマウスを作成し、Tau蓄積による細胞変性を調べるとCD8T細胞の浸潤が防がれ神経変性が低下する。即ち、Tau蓄積により障害を受けた神経細胞から出てきた分子が cDC1に取り込まれ、クロスプレゼンテーションによって神経障害性のキラーT細胞が誘導され、神経細胞を傷害することで、Tauopathy の進行が促進されると言う可能性が示された。

cDC1は脳内に存在しないためCD8T細胞は脳内とつながるリンパ節で誘導され脳に浸潤すると考えられる。これを確認するため、Tauが蓄積したTE4マウスの脳と連結するリンパ節からCD8T細胞を取り出し、まだ Tauopathy が進んでいないTE4マウスの脳に注射すると、グリア反応が高まることを確認している。

結果は以上で、2023年の論文と比べると、神経細胞変性を誘導する免疫過程がかなり絞り込まれたと思う。またMHCと結合するペプチド解析も行い、Tau由来ペプチドを始め多くのペプチドを特定しているが、これらがキラー活性を誘導しているかどうか今後の問題になっている。

神経変性疾患に抗原特異的免疫反応が関わる可能性を示す研究が増えてきており、例えば制御性T細胞を用いたADの治療まで進むかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月30日 イヌの脳との比較から人間の言語学習を探る(9月24日 Science 掲載論文)

2026年9月30日
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私は補聴器を使っているが、デンマークに優れたメーカーが多い。「何故」とAIに訪ねると、高水準の福祉、産業集積、聴覚研究のレベルなどが答えとして帰ってくるが、もう一つ重要な要因があるのではと思っている。どの論文だったのかは忘れたが、デンマーク語は子音が複雑で、さらに母音も40種類もあることから、聞き取りが極めて難しいことが書かれていた。補聴器は単純に音を大きくするだけが調整ではなく、話す言葉がはっきり聞き取れるように調整される。とすると、当然デンマーク語は調整が最も難しい言語のはずで、これが優れた補聴器メーカーを育てたと言える。この調整の際、子音の区別に重点が置かれているようで、実際人の話が理解できなくなる最大の理由がこの点にあることは実感している。

このように子音と母音は我々の言語の音節構築の基本単位だが、人間は単語の識別をより子音に頼って行っているようだ。これは言語理解が急速に発展する一歳児で既に見られる現象で、音としては母音の方が強いのに、何故子音をベースに聞こえている文章の音節を区別するのかはよくわかっていない。

今日紹介するハンガリー・ブタペストの ELTE Eötvös Loránd 大学からの論文は、何故子音が文章の区切りの区別に母音より重要かという問題についての、極めてユニークな研究で、9月24日 Science に掲載された。タイトルは「Neural evidence that dogs segment the speech they hear with a humanlike consonant bias(イヌも人間の様に聞いているスピーチを区切るとき子音により頼るのかについての神経学的エビデンス)」だ。

何故子音をベースに区切るのかについては、言葉の意味を学習する中で生まれてきたという考えと、話している音を聞いている中で確率的に学習した結果という考えがあるようだ(ただ、個人的には本当にこの2つの説明しかないのか、またそれぞれは具体的に何を意味するのかがよくわからない。ただいまは気にしないで進める)。

ここからが大展開で、この2つを区別するためには、言葉の意味を知らないイヌと人間が話し言葉のような並びを聞いたときそこに存在する音、シラブル、単語、センテンスの区切りを脳内で区別しているか調べれば良いのではと着想した。

そのために、母音を固定してその前に来る子音がバラバラ(_e_u_á _o_é_ü _ö_i_a)の意味のない文章らしき音の区切りが規則的に繰り返す母音型文章を合成する。このなかで(_o)は最少音節単位で1秒に8回(8Hz)の頻度、_e_uはシラブルで4Hzの頻度、さらに音節が3回以上繰り返す文章は1.3Hの頻度になる。同じように子音を(b_n_k_ m_z_t_ p_f_g_)の規則的繰り返しを子音型文章として合成し、これを脳波計を装着したイヌと人間に聞かせている。大事なのは文章が規則的で学習しやすいことで、これで音節を頭の中で区切れるようになる。

聞いている音を追跡し始めると、それぞれの音節に対して脳波が同期するのが観察できる。人間の場合、意味がとれなくても(例えば私がハンガリー語を聞いている場合)、人間では、子音と母音が組み合わさった音の最小単位 8Hz、シラブル 4Hz、及び3音節が組み合わさった単位1.3Hzに対して脳が同期していることがわかる。ただ、同期の強さを比べると、子音型文章を聞いたときの方が同期が強い。これが人間で文章を聞くとき子音を主に区切りとして使っていることの証拠になる。

さてイヌだが、人間と同じように 8Hz、4Hz での同期は観察できるが、1.3Hz ではほとん同期がない。ただ、音響学的にこれに対応する区切りが 2Hz にも存在することが想定でき、ここにはっきりと同期が観察されるので、音節の繰り返しも区別することがわかった。ただこれは子音型文章だけで母音型文章は区別出来ない。即ち、イヌも同じ人工文章の流れを追跡するが、音節が長くなると子音型文章だけに反応している。いずれにせよ、子音で区切りを付けるのは人間もイヌも同じということになる。

実際には単語を聞くとき脳の反応は人間では 400−500ms ほど遅れる。これをERPと呼んでおり、イヌでは少し早く350msほどだ。これを使ってERPを抜き出して調べると、同じ結論が得られている。

おもしろいのはイヌを生後12週前から人間と暮らしたか、12週以後から暮らしたかで区別して反応を調べており、両者で全く違いがない点だ。すなわち、子音をベースに区切りを付けるというのは発達期の学習の問題ではない。ただ、人間の言葉を聞いたことのない野生のイヌで調べたわけでないので、何故子音が区切りのベースに使われやすいのかの理由は全くわからずじまいで終わっている。

結果は以上で、私の説明もわかりにくかったと思うが、論文自体も独自の言い回しが多く、読みづらい論文で、読んだ後も、本当にこの結論でいいのかと完全に納得できない。ただ、同じ文章を聞いたときの脳の反応をイヌと人間で比べるという着想は買えると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月29日 気になる臨床研究2題(9月24日 The New England Journal of Medicine 掲載論文他)

2026年9月29日
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1月に一回はできるだけ臨床治験など直接治療に関わる論文を紹介したいと思っているが、今月は最近の The New England Journal of Medicine に掲載された2編の論文を紹介する。

最初は9月24日に韓国・延世医科大学から発表された論文で、心房細動で脳卒中の危険因子を持っている患者さんは、経口抗凝固剤によって卒中リスクを70%近く抑えることを示した研究だ。タイトルは「Anticoagulation for Atrial Fibrillation with Intermediate Stroke Risk(中程度の脳卒中リスクのある心房細動患者さんに対する抗凝固剤治療)」だ。

唾液腺ガンの術後ほぼ1ヶ月目に、意識を失う心房細動発作を起こして1日入院し、その後βブロッカーと脳卒中予防としてアピキサバン(エリキュース)を服用しているが、このタイトルを見て驚いた。と言うのも、この論文の対象はまさに私自身で、既にこの論文で検証されている治療をまさに受けている。当然自分が受けている治療は、とっくに治験で確かめられた結果だと思っていた。ところが2000人規模の患者さんを無作為化した臨床治験が、今頃臨床のトップジャーナルが掲載している。何を今更と驚いて読んでみた。

Introduction を読むと、我が国だけでなく、米国やヨーロッパの医学界は、脳卒中リスク(例えば糖尿病と高血圧)を持っている患者さんが心房細動発作を起こした場合、抗凝固剤を強く推奨していることは間違いない。しかし驚くことに無作為化した治験は行われていないようだ。この研究では脳卒中リスクを一つでも持っている患者さんで発作性、あるいは持続性の心房細動を持つ患者さん1800人を無作為に経口抗凝固剤投与、非投与に分けている。偽薬は用いていないが、元々様々な薬を処方されていると思うので、わざわざ偽薬の必要はないのかもしれない。それぞれを2年間観察して脳卒中の発生を比較している。

結果だが、両グループはそれぞれ902人、901人と母数に変わりはないが、抗凝固剤投与群では4例、非投与群では13例の脳卒中が2年間で発生している。即ち、70%もリスクを低下させた。一方心配される出血が止まり憎くなることによる問題は、ほとんど非投与グンと変わらなかったという結果だ。他にも、卒中のリスク因子ごとに効果を調べているが、割愛する。学会により推奨され、広く臨床応用が進む治療法について、コントロールを置いた治験が行われていなかったというのに最も驚いた。逆から考えると、大規模治験至上主義を今後検討していく余地があると言うことになる。

もう一報は8月28日に発表されたLetterで、昨年同じグループが発表した、肝臓細胞のANGPTL3遺伝子を CRISPR/Cas9 でノックアウトした第一相治験の論文のフォローアップで、最初の論文は180日までの観察、今回のレターは360日までの観察で、治療効果が持続していたという結果だ。タイトルは「Durability of CRISPR-Cas9 Gene Editing Targeting ANGPTL3 with CTX310(CTX310を用いたANGPLT3を標的にしたCRISPR/Cas9遺伝子編集法の効果持続性)だ。

ヒトの遺伝子解析から、変異により高脂血症が防げる遺伝子がいくつかリストされているが、このグループは通常の薬剤でコントロールできなくなった高脂血症患者さんの肝臓から、このような遺伝子、ANGPTL3やPCSK9遺伝子を CRISPR/Cas9 を用いた遺伝子編集で肝臓からノックアウトする第一相治療を相次いで発表している。

治療の発想自体は新しいものではなく、モノクローナル抗体やRNA阻害剤を用いた治療が開発されているので、遺伝子編集法が検討されるのも当然だと思う。このグループが用いる編集法は、CRISPR/Cas9とガイドRNAをAPOEと結合するリピッドナノ粒子に包んで静脈注射する方法になる。今回のレターの結論は、期待通り一回の治療で効果は1年間続き、その後の副作用はなかったという結果でこれだけ読むとなるほどで終わる。

ただ個人的に気になったのは、Cas9をそのまま遺伝子編集に用いている点だ。すぐに副作用として現れなくてもオフターゲットの遺伝子切断が起こっている可能性があるのに、前臨床でほぼ観察されないとしてCas9利用が許可されている点に驚いた。最近の論文を読んでいると、Cas9ではオフターゲット編集があるのをを当然として新しい編集方法が開発されている。結局は確率論で、低い確率なので治療効果は良くても本当にこのままでいいのかと気になった。

カテゴリ:論文ウォッチ