11月8日 新しいレプチン反応性神経回路(10月30日 Nature オンライン掲載論文)
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11月8日 新しいレプチン反応性神経回路(10月30日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月8日
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昨日に続いて今日も摂食に関わる神経回路について同じ研究室から発表された論文を紹介するが、今回は古くから研究されているレプチンにより刺激される回路の話だ。ただその前に勝手な進化の話を述べておく。

脊椎動物のなかの無顎類と有顎類の違いについての与太話の一つは、顎が生まれて堅いものも食べられるようになると、食べ物のレパートリーも増えて、よりおいしいものを求めて脳が発達する。ただ、食べるものが複雑化してリスクも増えるので免疫系が発達するという話だ。これに加えて今日は、おいしいものを食べられるようになること自体が身体へのリスクとなるので、レプチン、Agouti-related peptide (AGRP) 、そしてmelanocortin (MC) などの摂食を調節する分子サーキットが有顎類から生まれたという話になる。ただ、レプチンシステムが本当に有顎類から見られるのかは調べていないのであしからず。

さて、レプチンは遺伝的肥満マウス ob/ob で欠損する原因遺伝子として Friedman らにより遺伝子クローニングされた分子で、脂肪細胞から分泌されるアディポカインの一つだ。この研究をきっかけに、柳沢さんのオレキシンや、今はやりの GLP-1 など摂食に関わるホルモンの研究分野が広がったといえ、当然ノーベル賞候補だと思う。

今日紹介するのも昨日と同じロックフェラー医科大学、leptin の遺伝子クローニングを行った Friedman 研究所からの論文で、今度はレプチン反応性の新しい神経回路を特定した研究だ。Friedman がこの分野を今もリードしていることを示している。タイトルは「Leptin-activated hypothalamic BNC2 neurons acutely suppress food intake(レプチンにより活性化される視床下部 BNC2 神経は接触を急性に抑制する)」だ。

これまで、レプチンは MC を分泌して食欲を抑制する神経と、AGRP を分泌して食欲を高める神経の両方に作用して食欲を調節していることが知られていた。通常レプチンは MC 神経を刺激し食欲を抑制するとともに、MC の作用に拮抗する MGRP 神経をさらに抑えることで摂食行動を調節、カロリーバランスを保っている。当然レプチンが欠損すると、抑制が外れ肥満になる。

この研究では、これら2種類の経路以外にレプチン反応性の経路が存在するのではと考え、視床下部弓状核の single cell RNA sequencing 解析で、これまで記載されていない basonuclin 2 (BCN2) をレプチン受容体とともに発現する新しいレプチン反応精神系を発見する。(余談になるが、AGRP も MC も色素細胞機能にも関わるが、新しく発見された神経のマーカー、basonuclin 2 もメラニンレベルを調節する転写因子で、この因縁めいたメラノサイトとの関係を考えると、レプチン系は脳幹に存在し神経堤とは関係ないように思えるが、意外と有顎類で発生する神経堤細胞により構成されるのかもしれない)。

次に BCN2 陽性のレプチン反応性神経の機能を、この神経特異的に興奮・抑制を調節できるマウスを用いて調べると、それまでの経験から判断される食べ物の価値に応じて反応が高まり、興奮により20分ぐらいは食欲を抑える働きがある。言い換えると、食の価値に応じて興奮し、一定期間食べ過ぎを抑えることにつながる。そして昨日紹介した BDNF 反応神経のように、反射行動ではなく、食の価値をしっかり判断し、それに応じて接触を抑えることに関わっている。従って、食べ物以外には全く反応しない。また、食べ物がなくなると、全く興奮はなくなる。そして、この神経集団特異的にレプチン受容体をノックアウトすると、接触の抑制が効かず肥満になり、おそらくレプチン欠損の肥満原因の大きな要因を占めると考えられる。

さらに、メカニズムは明確ではないが、興奮するとインシュリン感受性を高め、血糖を下げる効果があるので、代謝を整える働きがある。

以上が結果で、これまで知られなかった新しいレプチン反応性神経の発見により、レプチン回路はより複雑になったが、これまでわからなかった現象の多くが説明できるようになった。また、この回路はGLP-1 とは全く無関係なので、BCN2 の機能も含め、今後も重要な肥満治療ターゲットになるだろう。

与太話に戻ると、顎ができ、賢くなって、外界からのリスクに対する免疫システムができたように、顎の発達した賢い動物が、喜びに任せて食べ過ぎて身を滅ぼすのを、無意識下で自然に抑制する回路を開発して有顎類は生き延びてきたといえる。ただ、人間になってこの回路はおいしいものでの強い欲求のため意識的に弱められ、その代わりにお薬でそれを補うという現象が起きているのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月7日 食べるという行動を直接抑制する神経回路(10月23日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月7日
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GLP-1 受容体刺激剤が様々な疾患に使われるようになったためか、最近食行動の脳回路研究を目にすることが多くなってきた。もちろん最近紹介したように GLP-1 がどの回路を刺激するかという論文も多いが(https://aasj.jp/news/watch/24811)、これにとどまらない。そこで今日、明日と2回に分けて食行動に関わる研究論文を紹介する。

学生時代、統合失調症の患者さんが、時に異食と呼ばれる何でも口にしてしまう症状を示すことがあると習った。すなわち、我々はおなかが空いても木片にかじりつくことはなく、食行動を抑制する回路を持っているが、この抑制がなくなると、木片にかじりつく反射的行動が生まれるというわけだ。ただ、今日の今日まで、異食を調べた研究は読んだことがなかった。

今日紹介するロックフェラー医科大学からの論文は、食べるという運動を直接支配する神経回路について詳しく調べた力作で、読んでいて異食について思い出した。タイトルは「A subcortical feeding circuit linking an interoceptive node to jaw movement(身体の内受容性感覚と顎の動きを結ぶ皮質下食行動回路)」で、10月23日 Nature にオンライン掲載された。

この研究のとっかかりは、神経増殖因子の一つ BDNF やその受容体がが片方の染色体で欠損すると、異常な肥満に陥るという事実で、BDNF がどのように食行動に関わるか、BDNF 発現神経で食行動の変化で興奮が起こる神経を fos 発現を指標として調べ、視床下部腹内側部 (VMH) の一部が過食による肥満マウスで BDNF と fos を療法発現していることを発見する (VMH-bdnf神経) 。

あとはこの神経集団の機能、投射を調べ食行動との関係を事細かに調べているが、あまりに深く実験しているので、おそらく詳細は省いて結論だけを紹介した方がいいと思う。

まず、VMH-bdnf を刺激すると、空腹でも食べなくなる。一方、VMH-bdnf を光遺伝学的に抑制すると、十分食べていてもまだ食物に飛びつく。ただ、この行動は食べ物が近くにあるときだけ起こる反射に似た行動で、空腹により食べ物を探すという行動ではない。しかも、VMH-bdnf が抑制されると、鼻先にあるものは木片でも飛びついてかじる。そして、VMH-bdnf の興奮を記録すると、食べる行動時には必ず低下するが、食べなかったときには上昇していることがわかる。以上の結果から、VMH-bdnf は食べ物に飛びつくのを抑制する神経回路で、これが抑制されると、空腹、満腹に関係なく、しかも見境なく食べ物に飛びつく。

次に VMH-bdnf に神経を送って調節する回路を探ると、明日も話題にする食欲を支配する中心にあるレプチン反応性の神経回路やメラノコルチン経路など、多くの食欲行動に関わる回路が集まっていることを発見する。そして、例えばレプチン回路を刺激すると、VMH-bdnf が抑えられ食行動が上昇するが、この回路が抑制的に働いても、直接 VMH-bdnf を刺激すると、レプチン回路に関わらず食行動を抑えることから、様々な食行動の回路を集めた上で、直接食べ物に飛びつく反応を起こしているのが、VMH-bdnf であることがわかる。

最後に、VMH-bdnf が投射している神経を探ると、顎や舌を直接支配する脳幹神経核 (Me5) と結合して、近くにある食に飛びつくという反射的な反応を抑制することがわかる。面白いのは、VMH-bdnf が抑制されると、顎が勝手に周期的に動くことで、食欲とは無関係の顎の動きを調節していることがわかる。また、Me5 が発生過程で形成されないノックアウトマウスでは、固形物を食べれずに死んでしまうが、液体食だと問題なく食べて生き残れることが知られている。

以上まとめると、食行動は基本的に、代謝状態、快楽・ VMH-bdnf 興奮により抑制することが、安全な食生活に必須であるという結果だ。

食欲とは別に食べるという行動反射があり、それを抑制することで我々の食行動は成り立っているが、これが破綻すると異食につながることを知って、学生時代からの疑問が一つ解けた気がする。明日は本家のレプチン回路についての論文を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月6日 心筋梗塞後は眠りがちになるのは心臓を守る反応(10月30日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月6日
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この論文を読むまで知らなかったが、心筋梗塞後眠りがちになることがあり、これは心臓の機能が低下するからだとされてきた。

今日紹介する米国マウントサイナイ医科大学を中心の国際チームからの論文は、心筋梗塞後、白血球の脳脈絡膜への移動を介して眠りが誘導され、これによって心筋梗塞の修復が早まるという、極めて合目的な仕組みを示した研究で、10月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Myocardial infarction augments sleep to limit cardiac inflammation and damage(心筋梗塞は睡眠を促進して心臓の炎症とダメージを抑える)」だ。

この研究ではマウスの心筋梗塞を誘導したあと、睡眠を記録すると、ゆっくりした脳波が発生する徐波睡眠が梗塞1日目から高まり、夜もほとんど活動しなくなり、1週間以上眠りがちになることを示している。

素人考えだと、梗塞による不安や痛みなどで寝られないのかと思うのだが、結果は逆のようで驚いた。この眠りがより能動的な心臓と脳とのコミュニケーションの結果だと考えた著者らは、脳の脈絡膜に TNF を分泌する単球が梗塞直後から集まることを発見する。そして single cell RNAsequencing から、この移動がケモカインにより誘導され、これを阻害すると夜眠らず活動するようになる。実際、心筋梗塞がなくても心筋梗塞後の単球を脳に移植すると、睡眠が促進され、この単球が脳に集まることで誘導されていることを確認している

また TNF を阻害する抗体を全身投与すると、傾眠傾向は抑えられるが、それほど強くない。しかし、TNF のノックアウトされた単球を脳に移植する実験を行うと、眠りの誘導性がほとんどなくなる。また、TNF 受容体がノックアウトされたマウスで心筋梗塞を誘導すると傾眠傾向はほとんど消える。すなわち、神経細胞の中で TNF 受容体を発現している集団が、白血球からのシグナルを受けて睡眠を誘導していることになる。

Single cell RNA sequencing や組織解析から、TNF に反応して睡眠を誘導する神経細胞は概日周期にも関わる視床の外側後部に存在するグルタミン作動性神経であることを突き止める。

では、この眠りの促進の機能的意味を調べるため、心筋梗塞を誘導したあとで誘導される睡眠を、何度も棒でつついて妨げる実験を行うと、心筋梗塞の治りが悪くなる。組織学的には修復が遅れ、繊維化が促進し、機能的に拍出量が低下する。

同じことが人でも見られるか、梗塞後の睡眠を記録すると、よく寝れた人の回復が高いことを確認する。

最後に、眠りにより梗塞の治癒が高まるメカニズムを探り、交感神経がリラックスすることで、炎症性マクロファージの梗塞巣への侵入が防げること、この結果心筋梗塞の損傷治癒が早まることを示している。

結果は以上で、心筋梗塞で眠りがちになるケースがあることに注目した点が面白いが、結果としてはよく寝ることが病気の回復には重要なことを改めて示した研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月5日 TRIM21 を標的タンパク質にリクルートする化合物の発見(11月1日 Cell オンライン掲載論文)

2024年11月5日
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アルツハイマー病の異常 Tau を除去する方法として、神経系で発現している TRIM21 のリングドメインを、標的タンパク質に結合する分子と融合させ、凝集 Tau を分解する試みが進んでおり、このブログでも8月(https://aasj.jp/news/watch/25114) と9月(https://aasj.jp/news/watch/25224)に紹介した。ただ、この方法はこれらの分子をコードする遺伝子を細胞に導入する必要があった。

一方、プロタックと呼ばれる標的分子を使ってユビキチンリガーゼを標的分子にリクルートする治療法は、基本的に小分子化合物が細胞内に入って、ほとんどの細胞に発現しているユビキチンリガーゼと標的分子を結合させ分解する。古くから利用されているのは、骨髄腫の治療に用いるレナリドマイドで、セレブロンと呼ばれるユビキチンリガーゼとイカロス転写因子を結びつけて分解している。

今日紹介する中国精華大学からの論文は、TRIM21 も、レナリドマイドと同じように、化合物で標的タンパク質にリクルートできる可能性を示した研究で、11月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Selective degradation of multimeric proteins by TRIM21-based molecular glue and PROTAC degraders( cTRIM21 を基盤として重合タンパク質を選択的に分解する分子接着剤とプロタック分解因子)」だ。

この研究が面白いのは、最初からプロタックを目指した研究ではないことだ。最初はインターフェロン刺激を受けたガンを選択的に殺す化合物を探索していた。その結果、これまでドーパミン受容体の阻害剤として知られていた ACE (Acepromazine) が8万種類の化合物のスクリーニングで見つかった。

ACE がインターフェロン刺激腫瘍を傷害する過程を調べて、ついに ACE が TRIM21 をユビキチンリガーゼとして他の標的にリクルートすることで細胞障害性を発揮していることを発見する。ただ極めて複雑な実験を繰り返してこの結論に至っている。

まず ACE 自体に細胞障害性があるのではなく、細胞の中で aldo-keto reductase で OH 基が付加された化合物に変換されて初めて細胞障害性を持つようになる。

次に、インターフェロン刺激ガン細胞だけで障害が起こる原因を探ると、インターフェロンが TRIM21 を誘導し、TRIM21 が存在しないと ACE の細胞障害性は消失することがわかった。すなわち、ACE がインターフェロンで誘導された TRIM21 を標的分子にリクルートすることで、細胞障害性を発生している可能性が強い。

そこで TRIM21 と ACE が作用している細胞のプロテオーム解析を行うと、いくつかの核膜孔構成タンパク質が分解されていることを発見する。そして最終的に NUP98 核膜孔構成分子が ACE のによりリクルートされる TRIM21 の標的であることを突き止める。結果だけを手短に紹介しているが、実際には様々なテクノロジーを駆使した実験の結果この結論を引き出しており、かなり高い実力を感じる。

このように、 ACE はそれ自身で核膜孔分子に TRIM21 をリクルートし、その結果核膜孔が破壊されることで細胞が傷害されることが明らかになった。ただ、このままでは薬剤として使用できる対象は限られている。

そこで、例えばセレブロンなどのユビキチンリガーゼを目的のタンパク質にリクルートする、いわゆるプロタックの方法を、ACE にも適用して TRIM21 を NUP98 以外のタンパク質にリクルートし、分解できるかを、ACE に BRD4 転写因子と結合する JQ1 を融合させると、NUP98 を分解する活性はなくなり、代わりに BET1 が分解されることを観察している。そのほかにも、細胞質内に存在する DNA センサー分子 GAS に結合する SLF を融合させ、同じように ACE により GAS が分解することを示している。

結果は以上で、ガン治療薬として発展させる可能性は大いにあるが、やはり TAU 分子と結合する化合物と融合して、TAU を分解する飲み薬の開発へと発展する方が面白いような気がする。現在 TRIM21 を利用するプロタックの研究が進んでいるが、ACE はかなり筋のいいリード化合物であるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月4日 ホモサピエンスのHLA多様性をNK細胞の活性の変化が決める(10月29日 Cell オンライン掲載論文)

2024年11月4日
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T細胞は MHC に結合した抗原ペプチドを認識して活性化されるが、NK細胞のキラー活性の調節は複雑だ。私の理解の範囲で述べると、NK細胞は KIR と呼ばれる受容体を発現して標的を傷害する。ただこの KIR には抑制型と活性型が存在し、細胞内のシグナルが異なる。抑制型 KIR はクラスI  HLA を認識し、刺激を受けると活性を抑える。これが、HLA-I が発現している細胞が NK細胞から守られるメカニズムになる。一方、活性化型 KIR の多くはガンやウイルス感染細胞で起こる変化を捉えていると考えられる。それぞれの KIR は数種類存在するため、その認識は極めて複雑で、しかも抑制型と活性型のバランスで反応が決まるので、理解が難しい。

今日紹介する米国コロラド大学、オーストラリア・モナーシュ大学他いくつかの研究施設が共同で発表した論文は、この複雑な NK細胞のバランスが、場合によっては HLA の多様性を大きく変化させるという面白い論文だが、KIR の複雑性から、現象の背景についてはよく理解できなかった。タイトルは「An archaic HLA class I receptor allele diversifies natural killer cell-driven immunity in First Nations peoples of Oceania(旧人類から受け継いだ一つの HLA クラスI受容体が最初のオセアニア人の NK細胞による免疫を多様化させた)」だ。

この研究ではアボリジニとして知られるオーストラリア、パプア・ニューギニアの人々のゲノムデータから、MHC と抑制型 KIR の多様性について調べている。オセアニアの原住民は、ヨーロッパ人よりずっと早くアフリカから移動したホモサピエンスだが、HLA や抑制型 KIR 分子の多様性は、他の地域のホモサピエンスと特に変わらない。

ところが、KIR3DL1 の一つのハプロタイプ KIR3DL1*114 は、他の民族と異なり、オセアニア人に広く発現されていること、そしてアフリカ人には全く存在しないことから、おそらくデニソーワ人との交雑を通してホモサピエンスに導入されたハプロタイプであることを明らかにしている。さらに、現在のオセアニア人の3割がこのハプロタイプを持つことは、急速に KIR3DL1*114 が選択されてきたことを示している。

そして驚くことに KIR3DL1*114 のホモサピエンスへ流入に伴い、HLA-A*24:02 を持つ人間がオセアニア人の多くを占めるようになっていることで、その比率はなんと46%にも達している。オセアニア人の出アフリカからのコースを辿ってそれぞれの地域でハプロタイプの頻度を辿ると、東南アジアのどこかでデニソーワ人との交雑の後、オセアニアルートで急速に KIR3DL1*114 が増大し、それと呼応して HLA-A*24*02 が上昇していることがわかる。

この共進化のメカニズムを探ると、この KIR/HLA の組み合わせが最も強い結合を示すことがわかった。すなわち、KIR3DL1*114 が導入されたことで、これに最も強く結合する HLA のハプロタイプが増加し、おそらく細胞をNK活性から守ることができる。

ただ、わからないのはここからで、その結果現在のオセアニア人はインフルエンザウイルスに対する感受性が高いことだ。研究でも、この HLA-A*24:02 にインフルエンザウイルスペプチドがが結合した複合体にも、KIR3DL1*114 が強く反応することを示している。KIR3DL1*114 は抑制型 KIR なので、当然ウイルスが感染し、HLA-A*24:02 にウイルスペプチドを提示している細胞は、KIR3DL1*114 によりNK 細胞のキラー活性から守られることになり、ウイルスへ感受性が上がる。

この結果は、確かに現在のオセアニア人がヨーロッパ人と比べてインフルエンザ感染に弱いことを説明するが、逆になぜ現在では感染抵抗性を弱めている、デニソーワ人由来 KIR3DL1*114 と、それに対応する HLA-A*24:02 の組み合わせが集団の中で広がってきたのかを説明できない。おそらく、現在ではウイルス感染性が高いことになってしまっている組み合わせも、他の観点から見ればよほどのアドバンテージがあったと考えられる。

以上、たしかにデニソーワ人由来の KIR が HLA ハプロタイプの頻度を変化させたことは面白いが、何がこの組み合わせのアドバンテージになっているかわからないと、フラストレーションだけが残ってしまう。

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11月3日 自然免疫に関わる2型自然リンパ球が生後の抑制神経シナプス形成に関わる(11月1日 Science 掲載論文)

2024年11月3日
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新生児期に脳は刺激に応じてシナプスを剪定し、脳回路をより外界の刺激に適応するよう変化させる可塑性を発揮する。この重要な過程は、脳への刺激だけでなく、炎症刺激などによっても影響されることが知られている。例えば、この時期に寄生虫に強く晒されると、学習能力の低下が起こることが知られている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、新生児期の神経発達に、寄生虫に対する免疫を担う2型自然リンパ球 (ILC2) が、外界からの感染とは無関係に髄膜内で発達し、この細胞から分泌される IL13 が直接抑制性シナプス形成を促し、主に社会性を発展させることを示し、また IL4/13 と神経回路との関わりを示した興味深い研究、11月1日 Science に掲載された。タイトルは「Group 2 innate lymphoid cells promote inhibitory synapse development and social behavior(2型自然リンパ球は抑制性シナプスを促進して社会性を発展させる)」だ。

ILC2 は新生児期に様々な組織で発達することが知られているが、この研究ではこのとき脳ではどうなっているのか、これまであまり問われなかった疑問にチャレンジしたことがハイライトになる。Single cell RNA sequencing と組織学を組み合わせて調べた結果、脳実質内にまでは侵入しないが、髄膜で生後急速に ILC2 の数が増加し、生後15日ぐらいでピークに達すること、このとき自然に IL-13 や IL-5 といった Th2 型サイトカインを強く分泌することを発見する。この ILC2 の増加とサイトカイン分泌を誘導するメカニズムについてはわからないままだが、おそらく外界からの刺激ではなく、発生の一つの過程として ILC2 が脳髄膜で発達していることになる。

IL-13 受容体は脳細胞で発現していることは何度も報告され、またこのブログでも紹介しているので、ILC2 の新生児期の発達は当然脳発達に影響が及ぶ可能性がある。そこで、ジフテリア毒素を特異的に発現させることで ILC2 を除去する実験を行うと、なんと抑制性シナプス形成が特異的に低下することを発見する。一方、抑制性神経細胞数や興奮性シナプスについては全く影響を受けない。

この効果が IL-13 が直接神経細胞に作用した結果であることを示すために、IL-13 の受容体 ( IL-4Rα と IL-13Rα1 のダイマー) を様々な抑制神経でノックアウトすると、抑制シナプスの減少が観察される。一方、他の細胞で IL-13 受容体をノックアウトしても、抑制性シナプスに影響はない。この結果は、ILC2 の発達と、そこから分泌される IL-13 が発生のシグナルとして、抑制性シナプス形成に関わっていることを示している。

抑制性シナプスと、興奮性シナプスのバランスの乱れは、自閉症や統合失調症の重要な特徴だ。そこで ILC2 を欠損させたとき行動変容が起こるかについて、様々な行動テストを用いて調べている。活動性や、不安症などは認められないが、他の個体との社会性を示す行動テストは ILC2 が欠損すると強く抑制されていた。

以上の結果は、本来は自然免疫細胞として進化してきた ILC2 が、免疫以外の組織の発達に、IL-4 や IL-13 を介して関与するようになり、その一つが脳内の抑制性シナプス形成を促進して、興奮/抑制バランスを安定させる働きを獲得したことになる。もちろん ILC2 は様々な外界の刺激にも反応するので、新生児期の感染は脳発達に影響が及ぶ可能性があるので、これからは発達期の髄膜 ILC2 は注目していく必要がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月2日 アルコール毒を除去してくれる ALDHがオウムの鮮やかな赤い色の決定要因になっている(11月1日 Science 掲載論文)

2024年11月2日
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これまで3回、オーストラリアに鳥や動物を見に行って、名前が覚えきれないぐらいの鳥を見たが、なんと言ってもカラフルなオウムやインコの印象が強い。典型はゴシキセイガイインコで、カミさんが撮影した写真を掲載する。これからわかるように。緑、青、橙、黄色と本当に美しい。

これほど複雑な色合いを、マウスのようにメラニンだけでは到底説明はつかない。これまでの研究で、赤、橙、そして黄色まではオウムやインコ独自で合成する Psittacofulvins と呼ばれる色素がベースになっていることがはわかっていたが、異なる色を作る化学的基盤についてはよくわかっていなかった。

今日紹介するポルトガル・ポルト大学、米国ワシントン大学から共同で発表された論文は、Psittacofulvins からどのように黄色から赤までの様々な色が作り出せるのかを明らかにした研究で、11月1日号 Science に掲載された。タイトルは「A molecular mechanism for bright color variation in parrots(オウムの鮮やかな色の多様性の分子メカニズム)」だ。

研究では、まず様々な色彩の羽の化学分析から Psittacofulvins 分子の末端基がアルデヒドの場合は赤く、それがカルボン酸基になるほど黄色(緑も同じ)になることを発見する。

とすると、まさに色の多様性を決める酵素はアルデヒドデヒドロゲナーゼ (ALDH) 、すなわちアルコールからできるアルデヒドをカルボン酸に変えて無毒化してくれる酵素と同じということになる。そこで、羽を形成する羽囊細胞で発現している ALDH を探索し、ALDH3A2 が Psittacofulvins のアルデヒドをカルボン酸に変える酵素であることを突き止める。

一羽のオウムで濃い緑の羽根、薄緑の胸、そして真っ赤な頭それぞれで、ALDH3A2 の発現を見ると、見事に真っ赤な頭では ALDH3A2 の発現は低く、濃い緑の羽根で最も高いことから、間違いなく ALDH3A2 の発現量が羽の色を決めている。

次の課題は、ALDH3A2 が赤から黄色までの遺伝的多様性を種ごとに決めているメカニズムになる。幸い、交雑可能な同じ種で、赤いオウムと黄色いオウムが存在しており、それぞれの羽囊細胞、特に分化して羽を形成する分化した細胞で ALDH3A2 の発現量が大きく異なっており、これを決めているのが遺伝子発現に関わる調節領域の多型であることを突き止めている。

この結論をさらに突き止めるため、遺伝子調節領域のクロマチン構造や、結合転写因子についても詳しく調べているが、割愛する。結論をまとめると、極めて多様なオウムの色彩も、赤から黄色(緑)の変化については、ALDH3A2 の発現レベルが決めており、Psittacofulvins のアルデヒドとカルボン酸修飾のバランスで全て決まっているという結果だ。

もちろん羽の色だけでなく、模様の遺伝的基盤についても解明する必要があるが、色は多様に見えても、比較的シンプルなメカニズムで調節されているようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月1日 幹細胞は様々なエピジェネティック不安要素に備える必要がある(10月29日 Cell 載論文)

2024年11月1日
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毛根は多分化能を持つ幹細胞システムだが、これがなくなっても実験室のマウスは生きられるので、全身でノックアウトすると致死的な分子でも、毛根幹細胞系では研究がしやすい。特に毛根幹細胞は増殖と安定な休止期を繰り返すことから、幹細胞維持に必要な分子について多くの研究が行われ、またこのブログでも紹介してきた。

今日紹介するテキサス大学 MD アンダーソン ガン研究所からの論文は、内因性レトロウイルスを抑制しているエピジェネティック過程の調節因子の一つをノックアウトすると毛が消失してしまう原因を追及し、内因性のレトロウイルスの一部が、幹細胞システムにとって有害であることを示した研究で、10月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Stem cell activity-coupled suppression of endogenous retrovirus governs adult tissue regeneration(幹細胞の活動とリンクして内因性レトロウイルスを抑制することが生体の組織再生に重要な働きを演じている)」だ。

この研究では、幹細胞が増殖休止を繰り返すとき DNA メチル化に関わるエピジェネティックな変化が起こり、このとき内因性のレトロウイルスを再活性化する危険があるため、これを抑制するメカニズムを幹細胞システムが持っているはずだと仮説を立てた。そして、これまで内因性レトロウイルスの抑制因子として知られるヒストンメチル化酵素 SETDB1 を毛根特異的にノックアウトしてみると、期待通り増殖期幹細胞が死にやすくなり、結果ヘアサイクルの期間が短くなり、最終的に毛が失われることを発見する。実際毛母の増殖細胞では、カスパーゼの発現が上昇して、細胞死が亢進していることが観察される。

この増殖幹細胞死の原因を探ると、期待通りマウスゲノムに最近組み込まれたばかりの内因性のレトロウイルスが再活性化し、ウイルス粒子まで合成されていることがわかる。言い換えると、ほぼウイルス感染と同じ状態が起こっている。そこで HIV などに用いられる抗ウイルス剤を投与してウイルス活性を抑制すると、ヘアサイクルを正常化させることができる。また、ウイルスに対する防御センサー AIM2 分子をノックアウトしても、毛根幹細胞の減少を抑えることができるため、細胞内で抗ウイルス反応が誘導され、炎症的細胞死が誘導される可能性が高い。

では直接ウイルスが細胞を傷害しているのか調べるとそうではなく、細胞死の原因はウイルスの複製と転写が活発に起こるため、転写と複製の競合しておこる DNA 損傷が、特に増殖幹細胞で高まり、これが細胞死の原因であることを突き止める。以上の結果は、SETDB1 が存在しないと、幹細胞増殖期に内因性レトロウイルスが活性化するのを抑えきれず、ウイルスの転写と複製が活発化し、その結果起こる DNA 損傷が細胞死を誘導していることを示している。

とすると、最後に残った問題は、内因性レトロウイルスのエピジェネティックな抑制が増殖期の幹細胞で特異的に外れるメカニズムになる。内因性レトロウイルスは通常 DNA メチル化により抑制されている。増殖幹細胞では、メチル基をハイドロオキシメチル基に転換する酵素TETが上昇しており、これを欠損させると、SETB1 が存在しない動物でも毛根は正常化することから、TET による脱メチル化反応がウイルス活性化に関わっている。そして、TET によりハイドロオキシメチル化されようとしている領域のヒストンを SETB1 が抑制的に変化させて、染色体を閉じて、ウイルスの活性化を抑制していることを明らかにしている。

実際には、SETB1 により誘導される H3K9 メチルヒストンの関わりを詳細にしらべ、さらに幹細胞の運命を決定する転写因子との関わりを調べて、なぜ増殖期幹細胞だけで、しかも完全なウイルス機能を持つ内因性レトロウイルスだけを SETB1 が抑制するのかについて詳細に検討されているが、ここでは割愛する。

以上の結果は、私たちのゲノムは常に新しいレトロウイルスに晒され、これに対してゲノムに組み込まれるとすぐにエピジェネティックに抑制仕組みを我々は備えているが、増殖、休止を繰り返す幹細胞では、通常の DNA メチル化だけでは新しく組み込まれたウイルスの抑制が外れやすい。そのため、ヒストン修飾を介する別ルートの抑制システムが用意されたことを示している。

まさに、利己的遺伝子とホストゲノムのバトルが新しい進化の引き金を引く面白い例だと思う。

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10月31日 免疫リボゾームを可能にするメカニズム(10月21日 Cell オンライン掲載論文)

2024年10月31日
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免疫リボゾームという概念がこれまでも提唱されている。すなわち、一部のリボゾームが機動的に免疫反応特異的にリクルートされ、様々なサイトカインが関与して起こる反応に必要なタンパク質を機動的に作っているという考えだ。実際、考えてみると mRNA の量でだけ翻訳が決まるとすると、免疫反応のように抗原やサイトカインに反応して様々なタンパク質を急速に用意するのは簡単ではなく、今必要な mRNA を必要とされるときに優先して作る仕組みがあることは望ましい。

今日紹介するオランダ ガン研究所からの論文は、免疫リボゾームが存在するはずだという信念で、サイトカインに反応して免疫に関わる分子の翻訳が特異的に高まる可能性を探り、P-Stalk と呼ばれる翻訳の速度や正確性を調節している分子により実現していることを明らかにした面白い論文で、10月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「P-stalk ribosomes act as master regulators of cytokine-mediated processes(リボゾームから突き出た P-stalk はサイトカインにより媒介される過程のマスター調節因子として働いている)」だ。

もし免疫反応に必要な分子が優先的に翻訳されるなら、サイトカインの刺激によりリボゾームで飜訳されている分子を調べると、他の分子に比べ、免疫反応に関わる分子の飜訳が高まっているリボゾームが存在し、そのリボゾームと他のリボゾームは構成しているリボゾームタンパク質に差があると考えられる。そこでメラノーマを様々なサイトカインで刺激すると、期待通りクラス I MHC をはじめとする抗原提示に必要な分子の翻訳が高まる。選択的な免疫リボゾームが存在する可能性を強く示唆する。そこで、サイトカインで刺激したときだけにリボゾーム起こる分子変化を探索した結果、p-Stalk として知られる構造の構成因子 P1 分子がサイトカイン刺激によってもう一つのタンパク質 P2 と結合し、それがリボゾームに統合されることを発見する。すなわち、サイトカインに反応してリボゾームの構造が変化する主役が、P-Stalk の形成になる。

そこで、実際に P-Stalk がサイトカイン刺激時のリボゾームの機動性を担っているのか調べる目的で siRNA を用いたノックダウン実験を行っている。P1 をノックダウンしたメラノーマ細胞では HLA タンパク質の発現が強く抑制され、その結果機能的にもT細胞を刺激する活性が強く抑制されることを明らかにしている。この間、ハウスキーピング分子などの飜訳には特に影響がないので、サイトカイン刺激により、免疫刺激に関わる分子がより選択的に飜訳される。実際、サイトカインにより形成された P-Stalk により翻訳が促進される分子の7%は免疫関連で、これらは翻訳されている全タンパク質のなかでは0.6%に過ぎない。

最初の実験はメラノーマで行っているが、どの細胞を使っても、またインターフェロン、TNF、IL17 などほとんどのサイトカインで同じように P1 と P2 の会合とそれに続く P-Stalk 形成が誘導される。また、細胞はガン細胞に限らず、本来免疫刺激の役割を担っている、正常マクロファージや樹状細胞でも同じことが起こる。

最後に、P1/P2 の会合の分子メカニズムを調べている。その結果、サイトカインは P1/P2 会合を阻害しているタンパク質リン酸化を何らかの経路でブロックすることで、P1/P2 会合を誘導することがわかった。面白いのは、例えば TGFβ のようなサイトカインとは逆の反応を起こす分子は、P1/P2 のリン酸化を誘導して、両者の会合をブロックし、急速に免疫に関わる分子の翻訳は低下する。

以上が結果で、リボゾームも P-Stalk 形成により、ある程度選択的に翻訳を高めることで、細胞の急速な変化を支えていることが明らかになった。残念ながら、なぜ特定の mRNA だけが P-Stalk -リボゾームにリクルートされるのかのメカニズムはわからないままだが、ガンの免疫逃れを考える上でも面白い発見だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日 GLP-1 受容体刺激剤使用対象の止めどない拡大(10月22日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2024年10月30日
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2023年の医学の最大トピックスは、抗肥満薬としての GLP-1 受容体アゴニストの快進撃で、体重を低下させるだけでなく、インシュリン抵抗性まで改善が見られるという研究結果が相次いで発表された。その結果、GLP-1 受容体アゴニスト (GRA) が品薄になり、この薬剤の本来の治療対象だった2型糖尿病患者さんに薬剤が回らないという事態にまで至った。

ただ、この快進撃は今年も止まらず、糖尿病や肥満から、その適用がさらに拡大する有様になっているので、簡単にまとめておく。

まず読んでほしいのは、9月26日号の Nature に掲載されたレポートで、

、「どうして抗肥満薬はこれほどたくさんの病気に効果を示すのか」というセンセーショナルなタイトルがついている。

実際、2型糖尿病の罹患者の数は天文学的なので、GRA で治療したグループと、そうでないグループに分けて、一つの病気の罹患頻度を比べると、GRA の効果が推定できることが多く、それまで考えられたことのない病気への GRA の効果が報告されるようになった。

最近ケースウェスタン大学から発表された例は、アルツハイマー病にかかっていない糖尿病患者さんを追跡し、3年目にアルツハイマー病の診断がついた患者さんを、GAR 治療群とそれ以外で比べると、AD と診断される確率が50%程度の低下するという結果だ。

これを受けて糖尿病とは切り離して、治療治験が行われており、その結果も近々現れるだろう。

実際パーキンソン病については、糖尿病から切り離して偽薬を用いた無作為化治験が今年4月 The New England Journal o Medicine に発表された。

結果は、MDS-UPDRS という指標で調べると、12ヶ月目で運動機能のコントロールは3ポイント低下したのに、GRA 使用群は全く低下しなかった。これは第2相の試験なので、さらに大きな治験が行われていると思う。

さらに驚くのは麻薬やアルコールの中毒を抑えられる可能性で、米国 NIH の研究グループが JAMA Network Open に9月25日オンライン発表した論文では、米国で乱用され問題になっているオピオイド・オーバードーズに陥る患者さんが GRA 利用で強く抑えられるという結果が発表されている。

このように神経系だけでなく、今日最後に紹介するオランダ フロニンゲン大学を中心とする国際チームが10月22日 Nature Medicine に掲載した論文は、これまで糖尿病性腎症を対象に GRA の効果が示されてきた慢性腎症 (CKD) を、糖尿病の合併がない CKD 患者さんを対象に効果を確かめた治験だ。

この研究では、糖尿病に罹患していない HbA1c が平均5.7の CKD 患者さんを50人づつに分け、片方は GRA としてセマグルタイド、もう片方は偽薬を投与。約半年、24週間、eGRF や urine albumin-to-creatinine ratio (UACR) の変化を追跡している。

結論は明確で、eGFR は SGLT2 治療と同じで、セマグルタイド群でも初期の低下が見られるが、これは正常化する。SGLT2 の方は糸球体の生理から説明がついているが(Youtube 解説を参照してください:https://www.youtube.com/watch?v=Z6Tsb4AvU1Q&t=3s ) GRAでも同じようなパターンが得られるのは面白い。

24週という短い時間で明確な効果が見られたのが UACR で、投与群では24週で50%の低下が見られている。すなわち尿タンパク質量が低下している。この指標は通常糖尿病の合併のある患者さんの腎機能を知るために使われるが、今回の対象は全く糖尿病の既往がない。しかし、25%低下すると腎不全の確率が抑えられることが知られており、糖尿病とは関係なく50%低下を達成できたことは大きい。ただ、メカニズムは明確ではない。

以上、最近報告された論文をピックアップして紹介したが、Nature のレポートが報告しているように、ほとんどの病気が GRA の対象になる勢いだ。神経系に関しては、代謝改善、炎症抑制が合わさった効果と考えられるが、まだまだメカニズムはわからない。いずれにせよ快進撃がどこまで続くか期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ