6月25日 ガン抗原特異的CD4T細胞の新しいガン抑制機構:徹底的に単純化することで見えてくる世界(6月18日  Science 掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

6月25日 ガン抗原特異的CD4T細胞の新しいガン抑制機構:徹底的に単純化することで見えてくる世界(6月18日 Science 掲載論文)

2026年6月25日
SNSシェア

ガンのペプチドワクチンは、通常樹状細胞のクラスII MHC ( MHC II ) に提示される。従って、CD4T細胞を抗原特異的に活性化する。一方で、ガンを直接殺す細胞はCD8キラーT細胞で、これはガン特異的なネオ抗原と MHC I との結合体を認識する。とすると、ペプチドワクチンではガンを殺せないことになる。これに対して、キラー活性を持ったCD4T細胞の存在、あるいはクロスプレゼンテーションと呼ばれる小胞体輸送システムによる MHC I へのロード、更にはトロゴサイトーシスト呼ばれるガンの膜成分を樹状細胞の膜成分に取り込むメカニズムなど、複雑なメカニズムが提案されてきた。

これに対し今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、ガン抗原に反応するが、ガンを直接殺すことのないCD4T細胞によるガン抑制機構を、ともかく徹底的に単純化した実験系で明らかにした研究で、6月18日 Science に掲載された。タイトルは「CD4 + T cells impair tumor growth through IL-3 and TNF-dependent vascular damage(CD4T細胞はガンの増殖をIL-3とTNFによる血管損傷を通して抑える)」だ。

これまで多くの研究はCD4T細胞が自ら、あるいはCD8T細胞を介してガンを殺すメカニズムに焦点を当てていたが、この研究の特徴はガン抗原特異的なCD4T細胞が直接ガンを殺すことが無いというユニークな実験系を使っている。まずガンに古くから免疫学で用いられているLCMウイルスを感染させ、このウイルス抗原だけがガン抗原として働く系を用いている。

次にCD4T細胞だが、LCMV が処理されて MHC II に提示されたときのみ反応するモノクローナルCD4T細胞 (smarta) を用いている。ガン自体は MHC II を発現しないので smarta にキラー活性があったとしても直接殺すことはない。また、ガン局所で smarta が活性化するためには、ガン細胞が樹状細胞により処理され、その過程でLCMVペプチドが樹状細胞の MHC II に提示することが必要になる。

そして、免疫細胞が全く存在しない(場合によってはNK細胞も存在しない)マウスにガンを移植し、そこに smarta を注射してガンが抑えられるかを見ている。これによって、T細胞が免役される過程は全てスキップして、ガン抗原に反応する smarta 以外に全くリンパ球の存在しない条件で、smarta のガンに対するエフェクター機能だけを調べることができる。

この直接ガンを殺すことがない smarta でも、ガンの増殖を抑えることができ、このエフェクター機能に他のT細胞やNK細胞は全く必要ない。ではどのようにして抗ガン作用が発揮されるのか?空間トランスクリプトーム解析とホストの遺伝子ノックアウトを組み合わせて到達したシナリオが以下になる。

まず、smarta がガン局所でおそらくLCMV抗原ペプチドを提示した樹状細胞に反応すると、当然Th1型の様々なサイトカインが誘導されるが、その中のIL-3だけがこのシステムでの抗ガン作用に必須で、これにより smarta 周囲にマクロファージを集積させる。

こうして集まったマクロファージは、IL-3の作用によりTNFを分泌する。Tumor necrosis factor と名前がついているが、このセッティングでは腫瘍を直接傷害することは全くなく、代わりに受容体を発現している血管内皮や周囲細胞を傷害することで、ガンの周囲のみで血管が破綻し、赤血球が流出する。これにより、急速な酸素、栄養障害が誘導される結果、ガン細胞は低酸素環境に適応する暇なく、壊死に陥る。

Single cell RNA seq や空間トランスクリプトーム解析を用いてはいるが、かなりオーソドックスな免疫研究で、CD4T細胞は、直接ガンを殺さなくても、また他のT細胞のキラー活性を助けなくとも、それ自身で局所での刺激でガンの血管を破綻させてガンの増殖を抑制できると言う結果は新鮮だ。

もちろんこれほど単純化した条件が、実際のガン免疫にどこまで適用出来るのかは難しい問題だ。しかし、単純化してみることで、これまで考えたことのない景色が見えたということも重要で、自分のガンも含めてガン免疫を考える時には是非考慮したい論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日 5000年前のペスト菌も致死的な感染症だった(6月17日号 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月24日
SNSシェア

15日手術を受けて、今日朝退院になったので、早めに論文ウォッチをアップしている。

歴史上にペスト・パンデミックが現れるのは紀元-8世紀の東ローマ帝国、そしてヨーロッパ中世で黒死病と恐れられ大流行、そして19世紀の中国起点で我が国にも感染者が見られた流行の3回で、それ以外に大きな流行は記述されていない。この理由は、ペスト菌が仮性結核菌から別れた後、一定の病原性はあってもひどい流行を起こすための遺伝子が欠損していたからと言われている。即ち、ペストが大流行を起こす菌へと進化するためには、まずノミの体内で生存するための遺伝子が獲得され、その後肺ペストへ進展する毒性を獲得した結果、パンデミックを起こす恐ろしい菌となったとされている。

今日紹介するデンマーク コペンハーゲン大学、カナダ アルベルタ大学、そして英国 オックスフォード大学からの論文は、ペスト菌が仮性結核菌から別れてすぐ、主に子供を襲う致死的感染症として流行を繰り返していた可能性を示す研究で、6月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lethal plague outbreaks in Lake Baikal hunter-gatherers 5,500 years ago(5500年前のバイカル湖の狩猟採取民に見られる致死的ペストの流行)」だ。

バイカル湖周辺では、長期間にわたって定着性のない狩猟採取民が独特の文化を形成しており、考古学研究の重要なフィールドになっている。3カ所の発掘現場から出土した46体の個体をについて感染症の原因となる菌を探索した結果、ペスト菌の感染が35%と言う頻度で見られることを突き止めた。

もちろん感染しているからと言って致死的とは言えないので、ペスト菌の進化と多様化だけでなく、菌保有者の親族関係、埋葬のされ方など文化人類学的特徴を詳しく解析している。すると、ペスト菌感染がほとんど時間をおかずに近親者間で起こっていること、近親関係が強い子供だけが3体一度に埋められた墓が見つかるなど、感染症の流行が起こったことが強く示唆されたと結論している。ただ、身体的な明確な病気のサインは骨から得られているわけではないと言えるので、この文化人類学的な結論をどこまで信頼できるのかが問題になるだろう。

ただペスト菌が広く感染していることは確かで、文化人類学的にも病気による埋葬を特定できているのだとすると、仮性結核菌から別れたばかりのペスト菌も致死的感染症を起こす原因となったことになる。この時代のペスト菌はノミが媒介することは出来ないので、いわゆる腺ペストの病態ではなかったと思える。この研究では、親族内で感染が起こっていること、特に子供に致死性が高いと言った特徴から、これまで知られている成人を襲うペストとは異なる、呼吸器感染症を含む炎症性疾患でなかったかと考えている。さらに小さな狩猟採取民の集団で見られることから、バイカル湖で狩猟の対象になっていた大型齧歯類マーモットの中で進化していたペスト菌が、おそらく生肉などを通して人間に感染し、人間同士でも感染する流行性感染症になったと結論している。

最後にこの病原性の原因遺伝子についても検討し、ypmとして知られるクラスII MHC に結合して免疫反応を誘導して炎症性疾患を起こすトキシンが短い間に進化した結果である可能性が高いことを示している。同じような免疫反応が我が国で泉熱と呼ばれる小児疾患や、川崎病に似た発熱疾患でも見られることから、特に小児で感染者が多い今回の発見と一致すると結論している。

結果は以上で、結論はともかく、時代特定、埋葬のされ方等の文化人類学的検討とともに、一体一体ゲノムを調べて親族関係を決めるという分子生物学が合体した、新しい考古学のあり方がよくわかる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月23日 言語の脳内表象を探る(6月17日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月23日
SNSシェア

ALS患者さんの言語支援の研究を皮切りに、クラスター電極を用いて人間の脳神経活動を記録する研究を紹介してきたが、最後の今日は我々の話している言語を脳内の神経細胞興奮と相関させて、言語とはなにかを調べようとした、かなりチャレンジングなハーバード大学からの論文で、6月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mapping the neuronal building blocks of human language with language models(人間の言語の神経的ビルディングブロックを言語モデルを用いてマッピングする)」だ。

この研究も機能回復のための研究ではないので、96ミクロ電極を備えたクラスター電極を、発話に関わることが知られている側頭皮質の様々な箇所に設置したてんかん患者さんでの別々の神経興奮記録を集めて、一つのデータとして扱っている。即ち、言語に関わる領域全体をシステミックに調べたわけではない。

重要なのはそれぞれの患者さんに自由に発話して貰って、その前後の神経活動記録を集めていることで、何を話せというような指示は一部を除いて行っていない。その結果、8人の患者さんが自由に発話した文章と、その発話に対応した全体で579の神経細胞活動が記録されている。具体的には1895センテンス(10460単語からなる)の発話時の神経記録が得られ、文章の様々な要素との相関が調べられた。

では患者さんの言葉と脳記録の相関をどう分析するのか。調べた側頭皮質領域は文章を構成するときに活動する領域なので、その興奮は音が発せられた時と同時に起こるはずがなく、実際には400ms-100ms前に起こることがわかっている。従って、それぞれの単語の発話前の核神経活動と文章の関係を分析するかなりハードルの高い分析になる。さらに、文章とは何かについて私たちが分析できることが必須で、でないとただただ特定の単語と神経細胞を対応させるだけで終わってしまう。

この研究で最も印象深かったのは、文章を脳の活動と対応する文章の分析方法について、最初にチョムスキーの phrase structure grammar に沿って作られた文章解析法 context-sensitive constituency parsers を用いて、構文の中で単語やフレーズの機能を定義し、これと神経活動を対応させたことだ。結果、いわゆる単語と言える文章の部分に反応する神経は10%で、それ以外は文章の中心からの距離、mergeと呼ばれる単位を集めてすすむ構文の完成度、そして単語が集まったフレーズに対応する神経を特定することに成功している。

とは言え、研究ではチョムスキーの自然文法が脳活動を反映すると結論するわけではない。文章の中の単語の持つ異なる要素機能を取り出すエンベッディングモデルを用いて、患者さんの発話文章の構文や意味をベクター化するとともに、小さなトランスフォーマーをもちいた文脈的ベクターを形成させ、それぞれの神経活動との相関を調べている。その結果、それぞれの神経細胞活動は、構文か意味のどちらかと相関して重複がほとんどないが、トランスフォーマーによる潜在空間が反映する、それ以前のセンテンスから次を予測する、いわゆる文脈モデルの方が、他のモデルより神経細胞の興奮を予測する確率が高いことを示している。おもしろいことに、我々の発話のほとんどは、5単語程度を遡って、次を決めているようだ。

他にも神経細胞のまとまりや、左右脳での違いも調べているが、ややこしくなるので割愛する。この研究が素晴らしいと思ったのは、上に示すように、我々が様々な方法で行う言語分析による様々な特徴は、脳の神経細胞レベルの活動のアンサンブルと相関させられるという点だ。即ち、チョムスキーが正しいとか、LLMの方が優れているという優劣ではなく、脳活動にはこれまでの言語学者やAI研究者が文章に関して定義してきた構造の全てを対応させることが出来るという事実だ。

昨年京大医学部のピカピカ1年生にLLMの講義をしたとき、一人の学生がチョムスキーは間違っていたのでしょうかと質問に来た。もちろん講義ではチョムスキーの話はしていないので、高校を出たばかりの若者がチョムスキーを読んでいることに感心したが、不覚にもLLMの成功から考えると、間違っていたのかもしれないと答えてしまった。今この論文を読んで、私の答えが如何に浅薄であったかを思い知った。そして、明確に脳研究として進める新しい言語学こそが、言語の謎に本当に迫れるのだと理解した。その意味で、チョムスキーは間違いなく先駆者だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日 人間の運動野に表象される身体はホムンクルスではなく抽象的(6月17日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月22日
SNSシェア

昨日の脳PCインターフェースによるALS患者さんの言語機能を回復させる論文で紹介したように、言語が最後に言葉として語られるときに使われる Pre-central gyrus (PGC) の腹側部に電極を設置して500個あまりのニューロンの活動を指標にするだけで、あれだけの言語機能を長期にわたって回復出来るのは驚きだ。よく考えると、言語機能には脳の広い範囲が関わっているはずなのに、運動野の一部でほぼ完璧な言語機能を再現できるのが不思議に思える。これが可能になるのは、PGCに発話のための言葉の表象が投影されるからだが、これを考えるとき、以下のウェッブをクリックして、だれもが一度は見たことのある図、即ちペンフィールドのホムンクルスを見ていただきたい(https://www.flickr.com/photos/bethscupham/7362405446)。この図では身体の各部位を動かす筋肉への支配神経がPGCに沿って手から口までボディーマップに対応して分布しているように絵が描かれている。ただ、我々が腕を動かそうとするとき、ペンフィールドが考えたようにPGC各部位に対する極めて限られた領域だけが興奮するとはまず考えられない。右を動かす場合、左も支配してバランスを保つ必要があり、頭から足まで、様々な領域が関わって初めて運動が可能になる。

この問題を、昨日でも使われた脳内に設置するクラスター電極を用いて再検討したのが今日紹介するスタンフォード大学からの論文で、6月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A mosaic of whole-body representations on the human precentral gyrus(ヒトのの中心前回には身体の全体がモザイクとして表象される)」だ。

結論はタイトルにあるように、我々が手を上げる、あるいは指を曲げると言った運動を意図して、必要な筋肉と結合する最終領域PGCに指令を出すとき、興奮する細胞はPGCの広い範囲にわたっており、決してペンフィールドのホムンクルスに描かれたように限定されていない。

ただ、手術中に脳を刺激したペンフィールドの実験と異なり、この研究ではてんかんの発生部位を特定するためPGCの様々な領域に20電極を持つクラスター電極を設置した患者さんに、’ban‘と発声せよ、口を開けろ、舌を出せ、右向け、手を閉じろ、かかとを上げろ、等など全身にわたる44種類の運動を指示して、対象者がその運動をイメージしたときのPGCの活動を拾っている。昨日のように500個を超える電極を一人の人に設置したのとは異なり、20電極を、患者さんに応じてPGCの異なる場所に設置するため、正確性は少し犠牲になる。

それでも、同じ細胞を追跡すると、例えば右腕腕を上げる時だけでなく、左手を閉じる、首を左に曲げる、更には舌を出すという運動でも興奮する、即ち一つだけの運動に関わる細胞はほとんど存在しないことがわかった。

ではホムンクルスに描かれた領域の違いは全くないかというと、核神経反応の強さをみると、大まかな領域が存在することがわかる。特に昨日の研究でも使われた言葉を話す時に必要なPGCでも腹側領域にある神経は、言葉と顔の動きには興奮するが、手や足の動きではほとんど興奮が見られない。この興奮をPGCにマップすると、最も背側側に特に腕の動きに強く反応するが、左右の四肢の動きに関わる広い領域、続いて言葉や顔の動きにより強く反応する狭い領域、ほとんどの動きに反応する領域、そしてもう一度言葉と顔の動きに反応する広い領域が、背側から腹側にかけて分布することを認めている。

重要なことは、20電極の結果を集めた神経活動パターンから44種類の運動の多くをデコードできることで、モザイク状に分布する神経の様々な程度の興奮が一つの運動を形成していることがわかる。

ではペンフィールドのホムンクルスはねつ造なのか?一個一個の神経の活動を見ると、特に強く反応する運動は確かに存在することから、手術中に行われた刺激は強い反応だけを拾ってしまって、同じ神経が実際には全く違う場所の運動に関わることを見落としてしまった可能性は高い。勝手な想像だが、具象画の世界から、抽象絵画への歴史も、我々が自分の脳について理解し始めた歴史かもしれない。

昨日の研究からもわかるように、運動を起こす指令を出す最終的なPGCは、一つの行動に関わる脳回路の活動が全て表象されてくる。その意味で。ALSのみならず、多くの運動障害の機能回復を構想するためにも重要な領域として今後も研究されると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日 脳内埋め込み電極を用いてALSの患者さんが2年間の言葉を用いる仕事を続けることができる(6月15日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年6月21日
SNSシェア

手術後6日目になるが、顔は見事に腫れたままだが、昨日ドレーンを抜いてベットから離れる時間が多くなった。20日までは予定投稿が必要で、21日からはこれまで通りその日に論文紹介することが出来ると期待したが、期待通り今日から始められる。病気のことも少しづつは報告していくが、まず論文紹介が再開できるのがうれしい。

今日紹介するカリフォルニア大学デービス校からの論文は、筋肉がほとんど動かないALS患者さんの脳内に電極を埋め込み、2年近く脳の活動をデコーダーに伝えて、コンピュータを用いて話したり仕事を続ける可能性について示した研究で、6月15日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term independent use of an intracortical brain–computer interface for speech and cursor control(脳内コンピュータインターフェースを会話とカーソル操作のために長期間にわたって用いる)」だ。

昨年6月12日、同じグループは脳の運動野に電極を設置し、GPTのような言語処理トランスフォーマーモデルでデコードさせることで、コンピュータ音声ではあってもほぼ日常会話が可能になることを示した論文を、Nature に発表し、このブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26998)。ただ、この時の結果は全て患者さんに実験室に滞在して貰って行われた結果で、次の課題は自宅でこの技術を患者さんが使いこなして仕事に使えるかとなっていた。

昨年の論文では2種類のデコーダから初めて発話の自然さなどを実現させる試みなども加えられたが、最終的に言語と相関が高い運動野にクラスター電極記録だけでトランスフォーマーがリズムやピッチも調整できることが示され、今回の研究でも発話に関わる領域に64電極を有するクラスター電極を4つ設置し、256カ所から一定以上の興奮とその頻度を拾っている。運動野と発話の関係については明日の論文で紹介するが、この限られた領域に通常使われるクラスター電極を設置するだけで、2年近く言語を介する仕事を可能にする脳とPCのインターフェースとして機能することには驚き、勇気づけられる。

この研究では会話だけでなく、同じ接地電極を用いてカーソルとクリックでPCが使いこなせるシステムも同時に設定しているのが素晴らしい。これにより、会話だけでなく、情報を得、レポートを書くという作業が可能になる。

さて言葉のデコードに戻ると、基本的には昨年の論文の延長なのでそれを見てほしい。まず最初実験室での280日の訓練を行い、90%以上の正確さで意図する会話が可能になっている。おもしろいと思ったのは、最初より単純なrecurrent neural network(必要最小限の文章を学習させている)を600日間使い、その後急に文章を学習させたトランスフォーマーモデルにスイッチしている点だ。即ち脳で文章を考えた時の神経活動が我々が同じ文章を異なるモデルにインプットするのと同じように働いて、モデルがスイッチされても違和感がないことになる。最終的には、1分間に50単語前後を書いたり話したりすることができる。また、患者さんの構文力はコンスタントに上昇し、文章当たりの単語も2年目には20単語も近づいている。この向上はトランスフォーマーへのスイッチ後に起こっているようなので、デコーダに使うモデルが向上すればさらに複雑な構文が可能になりそうだ。

この患者さんではアイトラッカーを用いてPC操作ができるよう訓練するとともに、同じ電極セットでカーソルの動きを運動野に表象してPC上でカーソルを動かしクリックできるようになることも示している。これに必要なデコーダーは脳研究で使われるリニアでコーダーから、recurrent neural networkにスイッチして、同じ神経細胞の興奮をより素早い作業につなげている。

以上の結果、この患者さんは、支援の人に毎日PCと脳をつなぐ作業を行って貰う必要はあるが、周りの人と会話し、PC検索を行い(これも今やLLMに置き換わっている)、レポートを書き、時にはリモートで話して仕事をすることが可能になっている。

そして一番重要な問題、即ち現存のクラスター電極が長期間機能するかだが、同じようなタスクに、同じように興奮を続けることが示されている。従って、実用上も2年にわたって機械と脳のインターフェースとして機能できることを明確に示した。

この研究の最大目標は、筋肉が使えない患者さんの知的活動の支援を可能にする工学システムの確立だが、前の論文の紹介でも述べたように、ここで得られたデータはそのまま言語を可能にしている脳についての理解に直結する。

明日は、同じ運動野に形成される身体表象の研究について紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月20日 多様性に優しい医療(6月4日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年6月20日
SNSシェア

今日紹介する英国キングスカレッジからの論文は LGBTQ+ の若者の精神を安定させるための一種のペットロボット治療に関する治験で、6月4日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A socially assistive robot to support mental wellbeing in LGBTQ+ young people at risk of self-harm: a randomized controlled trial(社会的な支援ロボットは自傷リスクのある LGBTQ+ の若者の精神的安定性をサポートする)」だ。

読んでいてともかく優しさの溢れた論文だと思った。LGBT についてはレスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの略でわが国でも普通に使われているが、Q+ がついているのは、Queer and Questioning のことで、自分の性的指向について迷っている人たちも含めた、性的アイデンティティーが一般とは異なる人たちのことだ。英国のような進んだ社会でも、自己形成期にある LGBTQ+ の若者は疎外感を感じ、自傷リスクが高まるため、精神的ケアが行われている。そのための専門家の面談を中心とした Safety planning 呼ぶプログラムを LGBTQ+ の若者が提供されている。

この研究ではこのプログラムを受ける若者を無作為化して、半分は Safety planning のみ、残りの半分に Safety planning に加えて Purrble と呼ぶ反応型のペットロボットを提供し、精神的な癒やしを加えることが出来るか調べている。

Purrble とはどんなペットロボットかだが、ウェッブでの紹介記事があるので結構よく知られているようだ。最初手に取るとドキドキと鼓動が聞こえ、ゴロゴロと鳴くが、なでてあやしているうちに落ち着いてくるぬいぐるみで、あやすという行為の中で自分も落ち着くことを狙ったかわいいペットロボットだ(https://www.reddit.com/r/plushies/comments/1djqc7v/dae_have_a_purrble/)。

このPurrbleを提供するだけで安全性と効果を調べる治験を行うところも本当に感心する。さて結果だが、Purrbleを提供されたことで悪影響があることはなかった。

次に、対象者全体で見たとき、Purrble を提供されたグループは感情のコントロールに困る頻度が減り、うつ症状や不安症に襲われる確率も有意に低下することがわかった。以上が意図された結果の全てで、ここまで真剣な治験には優しさが満ちているように思えた。

もちろん様々なデータがとられており、LGBTQ+ と言っても多様なので、グループに分けて効果を確かめることが行われている。その中で自分の性についての認識でクラス分けをして効果を調べた調査がおもしろかった。LGBTQ+ の若者は、Cisgender と Transgender にわかれ、Cisgender とは自分が男、あるいは女とわかっているが、自身の指向性が同性に向く、あるいは決めかねているグループで、Transgenderは自分の身体的性と逆の認識を持っているグループを指す。そして、Purrble の効果が最も見られるのは、Cisgender のグループで。Transgender ではほとんど効果がなかった。素人ながらも、この結果はそれぞれのグループの精神性を調べる上でもとてもおもしろいきっかけになる様に思う。

いずれにせよ、LGBTQ+ を決して疎外せず支えたいという優しさに満ちた論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月19日 血液のクローン性増殖の一部は睡眠や運動で抑えられる(6月10日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月19日
SNSシェア

年齢とともに血液幹細胞の遺伝子変異によって、細胞の増殖や分化の効率が少し上がった細胞が生まれると、通常は多くのクローンが働いて維持されている血液細胞の中に、特定のクローンの割合が増加することがある。これがクローン性造血で、ほとんどの場合そのまま白血病になるわけではないが、動脈硬化など自然炎症の関わる病気を悪化させる要因になるのではと注目され、このブログでも何度も紹介してきた。

今日紹介する Ichan Medical School of Mount Sinai からの論文は、通常あまり考えないエクササイズや睡眠の血液クローン性増殖への影響を調べた研究で、6月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mutation-dependent responses to sleep and exercise in clonal haematopoiesis(クローン性造血を誘導する突然変異の中には睡眠やエクササイズに影響されるものがある)」だ。

この研究は最初からエクササイズや睡眠がクローン性造血に影響があると決めてスタートしている。UKバイオバンクや米国の All of Us コホートで、睡眠や活動性の記録が調べられている1000人単位の対象を選び、クローン性造血の頻度を活動性や睡眠で調べている。

このデータだけが人間のデータで、研究のハイライトだと思うが、DNMT3a 変異によるクローン造血とそれ以外に分けると、それ以外のクローン造血だけが身体的活動性と反比例する。即ち活動性が高い人は、クローン造血が抑えられる。

後は、クローン造血を誘導するとされている様々な遺伝変異を持つ骨髄細胞を移植したマウスで、睡眠やエクササイズレベルを変化させ、Tet2 や Jak2 により誘導されるクローン性造血は、睡眠を十分とり運動することで抑えられる事を明らかにする。一方、p53 や DNMT3a変異により誘導されるクローン増殖には影響がない。何故どちらもDNAメチル化に関わるTer2変異が影響され、DNMT3a 変異は影響されないのか等、興味が尽きないが、このグループは例えばエピジェネティックスを調べてメカニズムを探ることは一切していない。

代わりに Jak2 変異で起こるクローン造血を十分な睡眠や運動で低下させると、マクロファージの活性化が抑えられることで動脈硬化の進行を抑えられることを示した後、マクロファージの活性化抑制に焦点を当てて、睡眠と運動が異なるメカニズムでマクロファージの活性化を抑制していることを示している。

具体的には、睡眠が抑制されると、レクチン受容体の CLEC4e の発現が上昇し、この結果マクロファージの自然炎症システムが増強され IL-1 分泌などによる炎症で動脈硬化が悪化する。

一方、運動はマクロファージの自然炎症システムを抑えるが、まず脳神経系に刺激を与え、神経から分泌されるノルアドレナリンが受容体を発現するマクロファージに働いて炎症を抑えていることを示している。

結果は以上で、最初クローン性造血への影響から始まったのに、途中でマクロファージの自然炎症と動脈硬化にすり替わってしまっており、結局わかりにくい論文になっていると思う。しかし、コホートで運動や睡眠のクローン性造血への影響が疫学的に調べられると言うだけで、感心する。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月18日 生理学に基づいて、びまん性正中グリオーマの新しい手術術式を開発する(6月10日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月18日
SNSシェア

びまん性正中グリオーマ (DMG) と言う病気は一般の方には全く馴染みがないと思うが、4歳をピークに思春期まで、児童を襲うグリオーマで、現在、選択肢として残っている手術も、腫瘍の進展がびまん性であることから、根治にはなり得ない。このようなホストの脳と一体となったびまん性の進展から、正常脳組織との密接な結合性の確立が DBM 進展の必須条件ではないかと考えられている。

今日紹介する英国ロンドン大学からの論文は、DMG が正常脳組織との結合性をベースに進展することを臨床的に調べた論文で、6月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A prognostic human brain network for diffuse midline glioma(脳のネットワーク形成がびまん性正中グリオーマの予後を左右する)」

ホストの脳と一体化して神経ネットワークから様々な支持を得ることで DMG が進展していることを臨床的に示すため、安静時の機能的MRIによる脳領域の結合性解析を用いて腫瘍と神経的結合を持っている領域を特定することから始めている。すなわち、特徴的な結合性が進展を左右するのではないかと予想して、進展のはやさと結合性に差があるかに焦点を当てて調べている。

領域をリストするのはやめておくが、結果は視床や Pons に出来た DMG で、進展が早い悪性のグリオーマが示す脳領域の結合性には、結合性の強さ以外にはっきりとした特徴がないことがわかった。すなわち、どの腫瘍もほぼ同じような領域とネットワークを形成し、どこか特定の場所との結合性が腫瘍の進展を左右することはなかった。一方で、fMRI の同調性から計算される各領域との結合性の強さの平均値は、病気の進展と強く相関していた。即ち、正常脳領域との結合性が高いほど腫瘍の進展が早い。

様々な年齢の DMG の結合性と脳の代謝の発達を PET で調べることで、この結合性が脳の発達とともに形成されていること、そしてホストの脳との結合性が高い DMG では様々なシナプス形成に関わる分子が高発現しており、特にセロトニン受容体とムスカリン受容体を介する強い結合を神経組織と形成していることがわかった。

と言っても、これらは正常の脳でも機能しているために分子標的としては使うわけにはいかない。そこで、ほぼ同じ領域と DMG がネットワークを形成しているとは言え、その中に見られる結合性の違いを調べ、手術時に強く結合している部位との境をより多く切除するという手術方式を開発している。言ってみれば、各領域に張り巡らされた電線の数を調べて、多い場所をより多く切除するという術式だ。

結果は期待以上で、通常の術式では50%生存が11ヶ月なのに対し、新しい術式ではなんと42ヶ月と大幅な延長に成功している。

以上が結果で、生理学的、病理学的な研究から新しい手術の術式を開発できるという、本当に素晴らしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月17日 リモートワークのメンタルヘルス(6月4日 Science 掲載論文)

2026年6月17日
SNSシェア

術後2日目も比較的「小ネタ」を予定投稿しておく。

紹介するのはなんと米国連邦準備制度 (FEB) の研究部門からの論文で、コロナパンデミックを挟んで急増したリモートワークが働く人のメンタルヘルスにどう影響したのかについての研究で、6月4日号の Science に掲載された。タイトルは「Home alone: Remote work, isolation, and mental health(自宅で一人:リモートワーク、孤立、そしてメンタルヘルス)」。だ

おそらく同じような研究は我が国も含めて世界中で行われているのだと思う。しかし、Science の論文としてみたのは、私にとっては初めてだ。おそらく多くの調査が、政府や WHO のレポートとして発表されたのだろうと思うが、Science にチャレンジしたというのがこの研究の最も重要な点だと思う。とは言え、画期的な方法論を用いたわけではなく、60万人近い人を対象としているが、通常の調査研究になる。

まず、Dingel-Neiman remotability index を用いて仕事をリモート可能と不可能に分け、コロナパンデミック以降、実際にリモートで仕事をする人たちの割合を見ると、リモート可能な仕事で60%と言うピークを示した後、コロナ以降も30%が維持されていることを示している。

それぞれのグループで、一人で働いている時間を申告して貰うと、リモート不可能な仕事でも一人で働く時間が増え、コロナ後も続いている。しかし、リモート可能な仕事では一人で働く時間が2時間多い。

リモート可能な仕事で、一人で暮らしているグループと、他の人と一緒に暮らしているグループに分けると、一日中一人で孤独という時間が一人暮らしの場合圧倒的に高く、しかも5時以降に街に出て他の人と交流する時間も一人暮らしでは大幅に減っている。

精神的苦痛を感じる程度はコロナ前ではリモートが出来ない仕事の方が多かったが、コロナ以降両者は拮抗している。しかも、リモート可能な仕事では精神的ストレスを医師に相談し投薬を受ける頻度が上がっている。そして、リモートワーカーのうち、ひとり暮らしほど精神的苦痛を感じ、医師に相談する確率が上がっている。

以上が結果で、大規模調査という以外は、よく Science に採択されたなというのが正直な印象だ。しかも、FRBの研究所とは言え、何か明確な提言が行われているわけではない。しかし、行政的な調査も一般紙に報告する重要性は認める。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月16日 アルツハイマー病の修飾因子としての糖鎖修飾(6月9日 Nature Metabolism オンライン掲載論文)

2026年6月16日
SNSシェア

術後1日目で、この論文紹介は前もって書いて予約投稿している。

今日紹介するフロリダ大学からの論文は、アルツハイマー病 (AD) の脳組織のメタボローム解析から膜タンパク質の糖鎖修飾が亢進していることを発見、この現象が AD に及ぼす影響を調べた研究で、6月9日 Nature Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Hyperglycosylation is a metabolic driver of Alzheimer’s disease(過剰な糖鎖修飾はアルツハイマー病の代謝レベルのドライバーになっている)」だ。

実はこの論文はおもしろいと思ったが紹介するのを少しためらった。と言うのも、論文の最後の方でサプリメントとして広く使われているグルコサミンが AD と合わさると、進行を早める可能性のあるデータが示されたからだ。一般の方の不安をあおる心配もあるので、最後のデータはより慎重に紹介することにして、紹介する。

研究ではまず、組織上でメタボロームが可能な質量分析器を用いて AD を解析、特に神経細胞層である灰白質の糖鎖修飾が亢進していることを発見する。さらに、AD の病期と対応させると、進行とともに糖鎖修飾レベルが上昇する事を明らかにしている。

次に同じことが ADモデルマウスでも見られるのか、5xFAD と呼ばれるアミロイド蓄積を促す5つの変異を組み合わせたマウスを同じように調べると、大脳皮質や海馬で特に糖鎖の量が高まっていることを確認し、これがアミロイド沈着に伴い起こる変化であることを示している。即ち、ADが始まるとともに、糖鎖修飾が亢進することになる。そしてこれが新しい糖鎖合成活性上昇に支えられていることを明らかにしている。

これまでも AD で糖鎖修飾の変化が起こることは報告があるが、この研究では糖鎖修飾亢進が AD の症状にも関与するかどうか、介入実験を行い確かめている。まず、グルコサミン6P から N-アセチルグルコサミンの転換に関わる酵素を RNAi で阻害すると、脳の糖鎖修飾は抑えられ、その結果マウスの記憶障害が改善する。同じように、グリコシレーションを薬剤で抑制すると、脳の糖鎖修飾が低下するのに平行して記憶障害が改善する。

ここからが問題になるが、糖鎖修飾抑制実験の逆で、糖鎖修飾を高める実験として、グルコサミンをマウスに経口投与する実験を行い、ADモデルマウスがグルコサミンを摂取することで脳の糖鎖修飾がより亢進し、記憶障害も少し高まる傾向を観察している。ただ、抑制実験と比べるとその差は大きくない。

もちろん同じ実験を人間で行うわけにはいかない。しかし、我が国を含め世界中でグルコサミンはサプリとして広く摂取されている。そこでフロリダ大学の電子健康情報の中から、MCI を含む認知障害と診断された患者さんで、診断後にグルコサミンサプリを少なくとも一年以上摂取したグループを選び、病気の進行について、グルコサミンを摂取しなかった人たちと比較している。少し驚いたのは、対象になった人たちの8%がグルコサミンをサプリとして摂取していることで、かなりポピュラーなサプリになっている。結果だが、アルツハイマー病関連認知症と診断された人たちでグルコサミンを摂取しているグループは、死亡リスクが25%上昇していた。さらに軽度認知障害 (MCI) と診断された人たちを追跡すると、ADへと進展するリスクがやはり25%上昇していた。

これは大変だと自分で思ったのだろう、正常マウスにグルコサミンを摂取させる実験を行い、アミロイド蓄積が始まっていなければグルコサミンは全く影響がないことを示している。

以上が結果で、アミロイド沈着が始まることが、脳の代謝変化を誘導し、特に糖鎖修飾亢進が起こることで、脳神経回路機能を抑制するという結果で、なるほどと終わる話だが、グルコサミンが絡んで少し重みが増した。グルコサミンの結果についてはこの研究だけで結論するのは早い。しかし、グルコサミンサプリを提供している会社も重く受け止めて、追試などを進めるとともに、AD診断を禁忌事項に挙げた方がいいように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ