2026年9月10日
酸素が反応性の高い化合物(例えば過酸化水素)に変換したものを活性酸素と呼んでおり、一般にも馴染みの深い言葉になっている。ただ、活性酸素についての一般のイミージはほとんどネガティブな側面が強調され、健康や抗老化のために活性酸素は抑えるべきという話になってしまっている。
今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、ガンが抗酸化分子を分泌して、自分に対する免疫反応を抑えていることを示す研究で、9月3日 Science に掲載された。タイトルは「Tumor-derived antioxidants suppress immunity by depriving T cells of reactive oxygen species(腫瘍由来の抗酸化分子がT細胞から活性酸素を奪って免疫を抑える)」だ。
ガンは免疫を抑える様々な仕組みを発現している。そのうちの PD-L1 によるキラーT細胞の抑制機構は今や一般にも知られている例だが、他の要因を探して今も研究が続いている。この研究では、ガン組織中の組織液を絞り出し、これを試験管内でT細胞に加えて反応の変化を調べるという、極めて古典的な研究がまず行われている。メラノーマを用いているが、ガンの組織液は見事にT細胞の活性化を抑える。
この組織液中の分子を探索だが、大規模な生化学研究はおそらく行っておらず、最初から抗酸化分子に焦点を当てている。と言うのも、活性酸素はT細胞の活性化を抑える脱リン酸化酵素を抑える働きがあり、T細胞の活性化に必要であることが知られているからだ。分子サイズが小さいことを確認した上で、ガン細胞から分泌される抗酸化分子を探り、最も強い発現が見られる PRDX1 が免疫を抑える因子だと突き止める。
次に、実際 PRDX1 が活性酸素を除去することでT細胞の反応を抑えていること、またこれに必要な様々な分子が組織中に存在することを確認している。重要なのは、ガンから発生する PRDX1 だけでなく、NAC のような抗酸化剤でも全く同じ効果がある点で、「何が何でも抗酸化」などと考えてしまうと、逆に免疫を抑えてガンを助ける可能性が示唆される。事実、ガンに対して活性酸素を抑える治療はほとんどうまくいっていない。
次はガンが発現する PRDX1 がどの程度ガンを助けているのかを知るため、ガン細胞から PRDX1 をノックアウトしてマウスに移植する実験を行い、免疫系がはたらいているところで PRDX1 がノックアウトされると、ガンの増殖が強く抑制されることを示している。これに対応して、ガン組織でのキラー細胞の増殖、インターフェロンの発現、キラー分子の発現などが上昇するが、制御性T細胞などにはほとんど変化が見られないことを示している。
結果は以上で、極めて古典的な実験だが、これまで見落とされていた PRDX1 をガン免疫増強の標的として特定したのは大きい。
自分のガンの遺伝子発現を見ると、確かに PRDX1 の発現は高い。元々増殖が早く活性酸素発現が高いガンなので、これに対応するために当然の結果だと思う。幸い、ガン組織の免疫反応を調べると、granzyme 等免疫反応は高いので、私のガンの場合 PRDX1は発現していてもそこまで効いていないのではと期待している。
2026年9月9日
マウスのアルツハイマー病 (AD) モデルでは、遺伝的に均一な系統にアミロイド (Aβ) を蓄積させることでADを発症させられることから、Aβの蓄積によるADの誘導には他の要因はほとんど関係ないと考えてしまう。また、AβやTau以外のAD評価にはもっぱらMRIによる海馬を含む脳全体の大きさが使われ、脳の萎縮=ADと思いがちだ。しかし、ADの発症までの軌跡を調べる大規模コホート研究から発症前のデータが得られるようになり、人間ではAD発症までの軌跡も極めて複雑であることが明らかになってきた。例えば、Aβ蓄積がPETで検出されるようになると脳皮質は厚くなることがわかってきた。逆にTau蓄積が始まると今度は皮質が薄くなる。即ち、Tau蓄積で細胞が死ぬと皮質は薄くなるが、Aβの蓄積は皮質の肥大を誘導していることになる。事実、Aβを除去する抗体治療が始まってわかったことは、Aβ除去により急速に皮質が薄くなることで、Aβが何らかの機構で脳皮質の肥厚を誘導していることがわかる。
今日紹介するノルウェー・オスロ大学からの論文は、ノルウェー及びカリフォルニア バークレイで行われた認知症の長期コホート研究でAβ蓄積がPETで検出された方についてMRI画像を遡って調べ、Aβ検出の7年以上前から脳皮質の肥厚が認められることを示した研究で、9月号の Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「Cortical thickness changes precede high levels of amyloid by at least 7 years(皮質の肥厚は高いレベルのアミロイドが検出される7年以上前から起こっている)だ。
これらのコホートでAβPETが行われたのは691人で、このうちAβ陽性に転換した方と、Aβ陰性のまま経過を見ている方の2グループについて、PET検査前に行われたMRI検査を遡って調べ、グループ間でMRI画像の変化がないかを調べている。このうち、27人についてはPET陽性になるより10年前、93人については7年以上前からMRI画像が得られている。
多くの人の画像をを平均化して差を抜き出す処理についてはほとんど理解できていないが、途中でたくさんデータがあっても、PET陽性になる1-10年前のどれか一回の画像だけを選んで、まず皮質の構造に差が見られるか調べている。
結果だが、Aβ陽性にならなかった人たちでは、老化とともに皮質の厚さが減少する。これに対し少なくともPET陽性になる7年前から左前頭葉を中心に皮質の厚さの現象が抑えられる。各個人をPET陽性から2年ごとののデータをプロットすると、PET陽性になったグループで明確に皮質が厚いのが検出できる。
次に、Aβの蓄積との重なりを見ると、完全一致ではないが皮質厚の減少が少ない領域は概ね重なっており、Aβ蓄積機構と何らかのつながりがありそうだ。Aβが蓄積する場所と、そうでない場所で厚みの時間ごとの変化を見ると、Aβの蓄積が高くなる領域でより変化が大きいことがわかる。
結果は以上で、PETで検出されるAβが蓄積される領域を中心に、7年以上前から皮質の構造に変化が見られ、通常年齢に伴い薄くなる皮質が何らかの機構で通常よりは肥厚するという結果だ。
問題はこの変化のメカニズムが全くわからない点で、炎症が先にあるのか、あるいは先天的なものなのか、それともAβの見えない蓄積が早い段階から起こっているのか、今後の研究が必要だ。しかもこれは平均値なので、最初から皮質の厚さを指標にAβの蓄積を予想できるかも調べる必要がある。とは言え、人間のADを単純なスキームで説明してしまうことに対する一つの反証になることは確かで、今後同じようなコホートにさらにバイオマーカーを加えて追跡し、ADの早期発見による治療へとつなげてほしい。
2026年9月8日
今日は全く前置きなしに論文を紹介する。と言うより、前置きが考えつかないほど風変わりな研究だ。ハーバード大学からの論文で、なんと脳腫瘍や炎症の指標としてPET検査が行われている translocator protein の頭蓋内発現を調べることで、慢性の痛みが診断できるという、驚く話で、9月2日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Elevated translocator protein in skull bone marrow is linked to human chronic pain(頭蓋骨髄内での translocator protein の上昇は人間の慢性痛と相関している)」だ。
Translocator protein (TP) に結合するリガンドを用いたPET検査は、脳内の炎症や腫瘍の診断に使われている。このグループは視覚的前兆を伴う偏頭痛をこの方法で調べて、髄膜周辺組織の炎症が症状の一つではないかという論文を2020年に発表している(Ann Neurol. 2020、 87(6): 939–949)。この中で、髄膜周囲だけでなく頭蓋骨髄まで脳の炎症が広がるのではと議論している。
この可能性についてより正確に比べるため、脳のMRIとPET画像から頭蓋骨髄のPETシグナルだけを調べる方法を開発し、脳でのシグナルが低い膝関節炎による慢性痛、及び慢性腰痛の患者さんを集めて頭蓋TPレベルを調べている。
まず健康人で調べると、老化とともにTPシグナルは低下する。また、女性の方が高い傾向を示す。このような要因を考慮した上で、健常人と慢性痛を訴える患者さんを比べると、腰痛、関節痛の順序でTPシグナルが上昇する。さらにTPシグナルは痛みの程度と正比例する。痛みが続くと不安感やうつ症状が出るが、このような精神的症状とも正の相関を示す。
ふしぎなのは、痛みの場所にかかわらず、左側の頭蓋のシグナルが高く、また前頭葉側でより強いが、原因は全くわからない。
TPは炎症で活性化された白血球で発現が上がることが知られている。そこで急死した患者さんの頭蓋を採取、免疫組織学的に調べている。結果は、骨髄中の細胞数は痛みを訴えていた患者さんで明らかに増加しており、TP陽性率も正常の55%に対して82%の白血球で発現が見られている。
結果は以上で、このグループは慢性の痛みは脳の炎症を誘導し、この炎症に関わる細胞が、最近注目されている脳と頭蓋骨髄とをつなぐ血管を通り、脳から骨髄へと移動すると考えている。2018年、このルートについての論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/8894)、この論文の責任著者も参加している研究なので、この発見を人間にトランスレートする一つの試みと考えられるが、もう少し動物実験を重ねてほしかったというのが印象だ。慢性痛の実験は難しいが、脳の炎症モデルは多い。読んでいて結論ありきの印象が強いが、頭蓋骨髄を抜き出して調べるというのはおもしろい。
2026年9月7日
RNA薬やCRISPR編集などのおかげで、遺伝子治療しか方法のない様々な希少疾患の治療がゆっくりではあるが実現し始めている。しかし10年近く論文を読んでいるが、遺伝子を細胞に届けるためのベクターやキャリアの進展は追いついていない気がする。
今日紹介するドイツ・ミュンヘンにあるヘルムホルツセンターからの論文は、これまでのウイルスベクターが持っていた様々な問題を、Bakerさんたちが開発した RFdiffusion 等で設計された人工ペプチドを組み合わせることで解決できることを示した研究で、9月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Creating bottom-up RNA transfer vehicles from synthetic protein assemblies(人工タンパク質を組み合わせて現場からRNAトランスファーキャリアを作る)」だ。
パッとタイトルを見たとき、新しいウイルスベクターのAI設計で、以前紹介したファージウイルス設計に近い研究(https://aasj.jp/news/watch/29344)かと勘違いしたが、実際にはタイトルにある{Bottom up}が示すように、効率の高いRNA導入法を模索していた現場の研究者が、最近のAIによるタンパク質デザイン研究のパワーを認識して、これまでのデザインタンパク質を現場の知恵と組み合わせて、効率のいいRNA導入法を開発したという話だ。その意味で、Baker さんたちの新しいタンパクデザインが医療研究現場に入ってきたという実感がある研究だ。
トライアルのスタートも、RFdiffusion についての Baker さんの論文で正20面体ウイルス粒子モデルとして提案されたHE902人工タンパク質からスタートしている。これにエンベロップウイルスの性質を付与するため、膜に結合してエンベロップに取り込まれるためのタンパク質2種類、そして特定のRNAと結合して粒子にRNAをロードするタンパク質を組み合わせた組み合わせを何十種類も作成して、この粒子の効率を様々な角度から検討している。この時組み合わせたタンパク質は、これまでの研究により蓄積された様々な動物やウイルス由来のタンパク質で、まさに現場の知識が組み合わさっている。
この組み合わせの中からRNAトランスファー効率の高い粒子を選ぶのだが、エンベロップを形成のためにVSVウイルスを、取り込む蛍光タンパク質遺伝子をそれぞれ同じ細胞に導入して、高い蛍光を発する組み合わせを探索し、普通のウイルスベクターと比べても1000倍近いトランスファー効率を示した STV-C8 を完成させている。ここはトライアンドエラーでまさに現場の力と行ったところだ。
STV-C8 は導入効率が高いだけでなく、通常のRNAが取り込まれていても自然免疫をほとんど誘導しない。従って、遺伝子治療には最適のベクターになる。
また標的細胞の特異性を上げるために、エンベロップを形成させるVSVgagタンパク質に IL-7R や EGFR に結合するペプチドを組み合わせることも出来る。この時使ったのも Baker さんたちの2020年の研究で設計されたペプチドが使われている。
こうして出来た STV-C8 を様々な機能的RNAを細胞に導入する実験を行い、例えば筋ジストロフィー由来の筋肉の遺伝子編集が可能であることを示している。そして最後に、マウス個体への導入実験、更にはブタ筋肉への導入実験を行い、静脈注射をした場合多くは肺で遺伝子導入が起こること、あるいはブタの筋肉で遺伝子編集が可能なことを示している。
結果は以上で、Baker さんのデザインを信頼して、現場の知識を組み合わせたら素晴らしいベクターが完成したという、AI時代のあり方を示すすがすがしい研究だと思う。
2026年9月6日
細胞が転写している mRNA発現をトランスクリプトームと呼んでおり、これを調べるために現在最も利用されているのは、発現している mRNAを片っ端からシークエンスして、読んだ回数を発現と見なす RNAseq だ。これを利用するためには、細胞を破壊して mRNAを取り出す必要があった。
これに対し、今日紹介するハーバード大学 Broad研究所からの論文は、マウス白血病ウイルスの Gagタンパク質を細胞に発現させ、細胞内のRNAを細胞外へ運び出させることで、細胞を生かしたまま mRNAの発現変化を網羅的に調べることを可能にした研究で、9月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Live-cell transcriptomics with engineered virus-like particles(ウイルス用のタンパク質を用いて生きた細胞のトランスクリプトミックスを可能にする)」だ。
意外と単純な方法で、これまでどうしてトライされなかったのかが不思議なぐらいだ。レトロウイルスは gag、 pol、 env という3種類のタンパク質をコードしており、gag はウイルスゲノムを取り込んだウイルス骨格を作る。この gag を細胞に発現させて、細胞内のRNAをランダムに取り込ませ、ウイルスと同じように細胞外に吐き出させるという戦略だ。しかし、ウイルスRNAを選択的に取り込むように出来ている gag が本当に他のRNAを取り込めるのかと思ってしまうが、ウイルスRNAにあるψ配列がない場合は、選択性なくRNAを取り込むように出来ているようだ。実際には、gag が細胞質で多くのRNAと出会えるように膜にアンカーする部分を取り除いて細胞に発現させ、その細胞から吐き出される gag粒子を集め、RNAをシークエンシングしている。
もちろん吐き出される量は少なく、当然のことながら細胞質RNAをより多く捕まえるが、細胞内全体で検出されるRNAを十分反映していることが示されている。
後は様々な目的に本当に使えるかだが、iPS細胞から神経細胞を誘導する5日間の過程で毎日 gag粒子を回収、RNAseq を行うと、分化誘導に応じた遺伝子変化をモニターでき、得られる結果も細胞を壊してRNAを回収したのとほぼ同じ結果が得られている。更には、人間の血管内皮細胞を単一層として培養する場合と、オルガノイド立体培養する系それぞれを用いてTGFβ刺激を行ったとき、オルガノイドの方が分化誘導効率がいいことを、gag粒子を用いる遺伝子発現レポーターが、様々な遺伝子発現の差として明確に示し得ることも示している。
この gag をそのまま用いる方法を基礎に、新しいバージョンも2種類提案している。一つは gag に組み込まれる envタンパク質を標識して発現させることで、細胞の種類を特定するバーコードに使う方法で、異なる標識を用いることで、細胞Aと細胞Bの同時培養から発生する gag粒子の細胞由来を特定し、一つの培養で細胞ごとに転写をモニターで来ることを示している。
もう一つの改良は、gagタンパク質の mRNAへのアフィニティーを上げるため、キャップ構造に結合する Elf4E を gag に結合させて導入することで、gag だけよりははるかに細胞全体のトランスクリプトームを反映できることを示している。ちょっと気になるのはElf4Eを細胞内で発現させて競合させて大丈夫かだが、細胞株の実験系では問題にならないようだ。
最後に、細胞を灌流しながら何日も観察し続け、その間に起こる形態変化に対応するRNA発現の変化を生きたまモニターできるか、内皮細胞とそれを支えるストローマ細胞の相互作用を調べる系で検証している。結果は上々で、細胞灌流培養系はこの方法の能力が最も発揮できる系だとよくわかる。
以上、gagを大量に発現させることの影響については、いくら否定されても気にはなるが、おもしろい方法で、利用価値は高い。
2026年9月5日
大きなガンで浸潤が見られる場合は、遠隔転移が認められなくても、基本的には起こっているとして治療する。そのための治療がアジュバント治療で、局所に対しては放射線、全身に対しては化学療法が行われる。私の場合は年齢のこともあり一般の化学療法は受けないと決めているが、多くのガンで用いられるのがシスプラチンなどの白金を含む化合物で、副作用は強い。その中の一つが感覚神経の異常で、ちょっと風に当たると痛みが来ると行った過敏症から、触覚や聴覚が失われる障害が長期に続く末梢神経障害で、治療後も長く続く。
今日紹介するテキサス大学MDアンダーソンガン研究所からの論文は、このやっかいな感覚神経障害が、最近うつ病に使われるようになった幻覚剤シロシビンを治療前に投与することで、長期に末梢神経の副作用を抑えるという、本当なら化学療法をこれから受ける患者さんにとっても重要な研究で、9月3日 Science に掲載された。タイトルは「Psilocybin prevents chemotherapy-induced peripheral neuropathy through mitochondrial trafficking preservation(シロシビンは化学療法によって起こる末梢神経障害をミトコンドリアの移送を維持することで守る)」だ。
論文からは何故このアイデアが出てきたのかはっきりはしないのだが、痛覚受容体を発現する末梢神経がセロトニン受容体を発現していること、シロシビンがセロトニン受容体 (5−HTA2) を介して作用することなどから、このアイデアが出てきたのではないだろうか。論文では最初からシスプラチンをマウスに投与する系、あるいは腫瘍を移植して、手術前、手術後にシスプラチンを投与する、人間の治療と同じプロトコルで末梢神経障害を誘導出来ること、そしてシロシビンを化学療法前に2回投与することで、長期間副作用の発生を抑えることができることを明らかにしている。結論としては、シロシビンは神経症状のみに作用して末梢神経障害を抑え、ガン治療には影響がない。患者さんにとってはこれで十分で、テキサス大学のサイトでも第2相の治験が始まっているようだ。
まず早く現れる末梢神経過敏症に対する効果を調べると、末梢神経細胞自体の興奮には全く影響を及ぼしていないが、シスプラチンによって誘導される大脳皮質の活動の低下をシロシビンはセロトニン受容体を介して抑制する。これが過敏症を抑える明確なメカニズムは示されていないが、過敏症についてはシロシビンは中枢の回路を変化させて痛みの認識を鈍化させるようだ。
一方、感覚神経の喪失についてはメカニズムが解析されている。シスプラチン投与後感覚神経が失われるのは、上皮への感覚神経細胞末端が失われる結果だが、これをシロシビンは抑えることができる。この作用はセロトニン受容体を介しているので、これを発現している末梢神経のみが守られるわけだが、機能的テストではかなり末梢感覚を守ることが出来ている。
細胞学的に探索すると、神経末端でのエネルギー産生がシスプラチンによって抑えられ、端末が維持できない。そして、この異常がミトコンドリアの端末への移送が滞ることで起こることがわかった。一方、シロシビンを前もって投与しておくと、ミトコンドリアの移送が維持され、神経末端でのエネルギー産生が維持されることで、神経障害を抑えている。
最後に、このミトコンドリアの移送は、シロシビンのセロトニン受容体を介するシグナルにより活性化される神経増殖因子受容体TrkB活性化によりミトコンドリア移送に関わる微小管形成を維持するシグナルが活性化された結果である事を示している。
同じような現象を試験管内ではあるが人間の神経でも認められることも示しており、シロシビンが既に臨床で使われていることを考えると、すぐに治験に進むのも肯ける。おそらくシスプラチンだけでなく、末梢神経障害を起こす他の抗ガン剤にも効果があるかも知れない。期待したい。
2026年9月4日
リボゾームは mRNAと結合してコードをアミノ酸配列に変える翻訳が行われる場所だが、基本的には転写されたあらゆる mRNAと結合して翻訳するように出来ている。実際には30SリボゾームRNA (rRNA) が細胞中で mRNAと衝突を繰り返しているうちに mRNAの開始コドンの少し上流にある Ribosome binding site と結合することで、翻訳が開始する。多くの mRNAに対応するユニバーサルな方法として全ての生物が採用している。
これに対し、一つのリボゾームを特定の mRNAの翻訳だけに使う人工的な試みが行われており、直行型翻訳システムと呼ばれている。宿主と独立した翻訳システムによって、通常の翻訳では使われない非天然アミノ酸を使ったペプチドを作らせることが主要な目的だが、翻訳効率はまだまだ低い。
今日紹介するイリノイ大学からの論文は、30S rRNAのサブユニット16S rRNAに mRNAを共有結合させることで、一つの mRNAの翻訳だけを行うリボゾームを可能にするための基礎的検討を行った研究で、9月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rewiring the ribosome to translate proteins encoded in its own RNA(リボゾームを自分のRNAだけを翻訳するように操作し直す)」だ。
この研究ではリボゾームと mRNAが結合する相補的構造をそのまま一つのDNAとして統合することで、mRNAをリボゾームから離れなくすることで、一つのリボゾームが一つの mRNAだけを転写するシステムの条件を探るところから始めている。蛍光タンパクGFPの mRNAを16S rRNAと一つのDNAとして結合させ、その下流に tRNA及び23S rRNAを結合させて、ホストの体内で50Sと結合して mRNAを翻訳するコンストラクトを作成している。この時、16Sと mRNAをつなぐリンカー配列の異なる1000種類のコンストラクトを大腸菌に導入し、高い傾向を発するリンカーを選んでいる。この時、他の rRNAを使っていないことを確かめるため、リボゾームでの飜訳を停止させるスペクチノマイシン抵抗性の大腸菌を用いることで、直行型飜訳をスペクチノマイシンで停止させるよう設計している。即ち、通常では蛍光を発し、スペクチノマイシンで蛍光が消えるリンカーを探している。
実験データを見ると一種の奇跡と行ってもよく、1000種類のリンカーの中で1つだけがこの条件にかなって、高いレベルの蛍光を発していた。このリンカーの特定がこの研究の全てと言える。このコンストラクトで、30S rRNAが形成され、ホスト内の50S rRNAと結合して機能的ユニットを形成できることを確認した後、同じリンカーがGFPだけでなく長短異なるタンパク質を合成できることや、2種類のタンパク質翻訳ユニットを一つの大腸菌に導入して、2量体を効率よく作らせられることを示している。即ち、今後直行型飜訳システムとて利用できる。
後は、本当に一つの mRNAだけを繰り返し翻訳しているのかを調べるため、翻訳が途中で止まる mRNAを用いて、止まったところで rRNAを取り出し、間違いなく一つのリボゾームが一つのタンパク質だけ合成していることを確認している。
他にも、完全に試験管内での翻訳にも使えること、更にはこのグループが開発してきた16Sと23Sを合体させた30SシステムRibo-Tにも結合させられることを示しているが、詳細は割愛していいのではないだろうか。ともかく、1リボゾーム、一タンパク質という自然にない翻訳が可能になった。
このように自然にないことを強調したが、生物が生まれる前の地球に存在したRNAワールドがタンパク質を基本にした生命へと変わるとき、アミノ酸と核酸配列の間のシンボル関係が生まれるとともに、翻訳の鋳型を安定的に翻訳マシナリーに留めることは、mRNA濃度の低い環境では大きな課題だったはずだ。そう考えると、最初はたまたま翻訳マシナリーと一体化していたRNAを鋳型として使い始め、その後 mRNAとして独立したと考えるのが自然だ。従って、このような研究は生命誕生を考える上でも重要な研究分野と言える。
2026年9月3日
性染色体というと、一般には XX (メス) / XY (オス) を思い浮かべると思うが、他にも鳥類に代表される ZZ (オス) / ZW (メス) も存在する。さらに遡って魚類や両生類になると、両方のタイプの性染色体が存在するだけでなく、性染色体の区別がつきにくい種も存在し、極めて多様だ。以上のことから、まず環境によって性が決まる、即ちはっきりと性染色体を持たない種から、XYとZWという2つのタイプの染色体によって性を決める方法が分かれてきたと考えられている。
同じような多様性は、Gecko (ヤモリ) でも見られることが知られることから、ヤモリは性染色体進化過程を知る上で重要な動物として研究されている。今日紹介する中国中山大学からお論文は、性染色体を持つヤモリの全ゲノム解析から、性染色体の形成過程を明らかにしようと考えた研究で、8月27日 Science に掲載された。タイトルは「Genomic predisposition is associated with the direction of sex chromosome evolution(性染色体進化の方向性はゲノム自体の傾向で決まる)」だ。
この研究では、温度で性が決定される3種、XY型5種、そしてZW型11種の全ゲノムを高いカバレージで解析している。これにより、系統樹とともに、性決定に関わる遺伝子などのクラスターから性染色体のタイプを決めることができる。共同研究者に北京ゲノムが加わっており、野生動物でもかなり高いレベルの全ゲノム解析ができている。それでも性決定タイプが決められないヤモリも2種類存在した。
これらヤモリの系統樹に性決定タイプをマップすると、性決定法が系統樹とは全く無関係に発生していることがわかる。また近縁の系統でも、XYタイプもあればZWタイプもあり、性決定はほかの遺伝子進化とは全く別の歴史を持つことがわかる。
温度により性が決定される種のように、明確に性染色体が存在しない種から性染色体が発生したと考えると、性染色体は常染色体から進化したと考えられる。事実、それぞれの種の性染色体の起源になった常染色体を特定して、それが性染色体として固定する過程を追跡することができる。
性染色体として選ばれると、互いに組み換えが起こらないように染色体内で逆位などが進むとともに、片方では急速な遺伝子の喪失が起こる。次にどの染色体が性染色体として選ばれるのか追跡すると、祖先種に存在するほとんどの染色体から性染色体がランダムに選ばれていることがわかる。しかも、例えば祖先種の10番目の染色体は、ある種ではZWシステム、ある種ではXYシステムとして選ばれるが、様々な種で選ばれている16番目の染色体は全ての種でZWシステムを形成している。一方、11番染色体はXYシステムに進化する。重要なのは、これらの選択は系統樹と無関係に起こっている。
性染色体の発生時期を調べると、様々な種でランダムに起こっているように見える性染色体の発生は、地球が急速に寒冷化した時期に一致する。おそらく、それまで温度差で性が決まっていた種の維持が出来なくなるため、常染色体に存在した性決定に関わる遺伝子の選択を性染色体として固定化する過程が進んだと考えられる。この過程で組み替えの抑制が起こるが、ヤモリの場合ほとんどが逆位を繰り返すことで進み、この変化は染色体上で起こった歴史=進化階層として残っているのを確認できる。
どれを性染色体に選ぶかの選択の原因を調べるために、祖先染色体上に発現の性差が存在する遺伝子を調べると、オスで発現が多い遺伝子が多い場合はZWシステムへと進化し、一方オスで発現が高い遺伝子がが多く乗っている染色体の場合はXYシステムを形成する確率が高いことを示している。即ち、通常は転写調節で決まる発現の性差を性染色体で固定化して性決定を安定化させていることがわかる。
以上、性染色体の発生過程を、環境変化による常染色体性決定の不安定化が引き金となり、発現の性差がある遺伝子の多い染色体が選ばれて、主に逆位で組み替えを抑えた進化階層を形成し、その後片方で遺伝子の喪失が起こるという4段階に整理したおもしろい研究だ。このように「役に立たない分野」での中国は大躍進している。
2026年9月2日
CRISPRによる遺伝子編集が可能になり、突然変異を正常化する遺伝治療が可能になったとはいえ、臨床応用まで解決すべき課題は多い。従って、できる限り様々な方法が変異に応じて開発されることが重要になる。遺伝子がコードしているタンパク質の機能不全につながる様々な変異があるが、11%が翻訳の途中でストップコドンが入るタイプだが、これはストップコドンを読み飛ばしてしまうことで最後まで翻訳させるという方法の開発が行われている。一つはリボゾームに結合する抗生物質を改変して合成されるリードスルー薬だが、治験が行われている段階だ。もう一つの方法は、アミノ酸を結合する tRNA のコードをストップコドンに変えたサプレッサー tRNA (stRNA) を合成し、これを細胞に供給する方法が研究されている。
今日紹介するトロント大学からの論文は、嚢胞性線維症 (CF) の原因遺伝子 (CFTR) のストップコドンを治療できるサプレッサー tRNAとそのデリバリーについて徹底的にトライアンドエラーの検討を行い、マウスでは治療可能な脂質ナノ粒子とサプレッサー tRNAの組み合わせを突き止めた研究で、8月27日 Science に掲載された。タイトルは「Nonviral delivery of chemically modified tRNA rescues nonsense mutations in cystic fibrosis(化学修飾を行った tRNAをウイルスを使わずに注入することで嚢胞性線維症のナンセンス変異を直すことができる)」だ。
これまでサプレッサー tRNAによるリードスルーを阻む最も重要な壁が、ウイルスベクターによって導入した tRNA遺伝子が細胞内で、通常の tRNAが受ける様々な化学修飾を受けることが難しい点にあった。このグループは、最初から様々な化学修飾を行った tRNAを用意し、これを mRNAワクチンのように、脂質ナノ粒子に詰めて細胞に届ければ、高いリードスルーが得られるはずだと考え、リジン tRNAのコドンを変化させ、様々な化学修飾を行った tRNAを14種類合成、一つづつリードスルー活性を調べ、高い活性を示した修飾を選んでいる。その上で、その中から大量に導入しても自然免疫を誘導しない修飾方法を確定している。
次に導入した tRNAはアシル化酵素でアミノ酸と結合出来る必要があるが、この効率を検討してアルギニンに結合する tRNA をA58番目をメチル化したがアミノアシル化される率が高く、さらに細胞内での半減期も延長することを確認し、またアルギニンが導入されてもCFTR機能に変化がないことも確かめ、tRM6を stRNAとして選んでいる。
次はこの tRNAを肺の細胞に届ける脂質ナノ粒子について、脂質のヘッド、リンカー、テールまで成分を変化させ導入効率を調べている。トライアンドエラーでは大量に合成できないので、ミクロフルイディックスを用いて実験用を調整している。そして、その中から熱い粘液で覆われたCF患者さんを想定した細胞へのデリバリ-実験を行い、TTP-3と呼ぶ至適ナノ粒子を完成させている。
後はマウスの気管に注入して気管上皮への効率の高い導入を確かめた後、CFTR変異を持つマウスで発現を正常化できるか検討し、正常肺レベルの5-6割程度まで発現量を回復させられることを示している。また、患者さんの腸細胞のオルガノイドを用いて、イオンチャンネル活性が回復できることまで明らかにしている。
以上が結果で、ともかく可能な条件についてトライアンドエラーを繰り返し、目的を実現するという、かなり古典的な研究だが、我々古い世代には爽やかな印象を残す研究だ。今後人間に投与するとき、吸入になるのか、そのときどれほどの量の stRNA-ナノ粒子が必要なのか、など調べる課題は山積みだと思うが、期待したい。
2026年9月1日
アミロイド β(Aβ) や Tau の蓄積がアルツハイマー病 (AD) での神経機能低下や細胞死に関わることは間違いないが、シナプス結合が低下して、最終的に細胞が死んでいくまでには様々な分子が関わっている。ということは、Aβや Tau 以外にもAD治療の標的は存在することを意味する。
今日紹介する韓国・科学技術先進研究所からの論文は、ADの初期からERBB4が興奮神経に発現することがADでのシナプス結合の低下の原因である可能性を明らかにした研究で、8月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Aberrant excitatory neuronal ERBB4 promotes Alzheimer’s disease pathology(興奮神経の異常ERRB4発現がアルツハイマー病の病理を促進する)」だ。
このグループはADでアストロサイトやグリアが興奮神経のシナプス突起を貪食で除去する過程に興味を持って研究していたようで、アミロイド沈着モデルマウスで、アストロサイトやミクログリアが興奮神経ではシナプスを貪食し、逆に介在神経では貪食が低下することを観察する。そしてこの原因が興奮神経が過興奮することで生まれるシナプス増加を抑える反応であることを、神経興奮実験で明らかにする。この結果は、ADの変化の最初に、興奮神経が過興奮するというこれまでの結果と合致している。
この過興奮によるシナプス除去に関わるメカニズムを探るべく、ADモデルマウスの single cell 転写解析を行い、様々な変化の中でも受容体チロシンキナーゼで、乳ガンのHer2分子と同じファミリーに属するERBB4がADの興奮神経に過剰発現していることを発見する。
あとは、実際にERBB4がアストロサイトのシナプス除去に関わるかを調べるため、興奮神経のERBB4遺伝子をクリスパーでノックアウトする実験を行い、期待通り興奮神経で起こっていたシナプスの貪食亢進が正常化し、逆に介在神経では低下していた貪食が正常化することを明らかにしている。一方、Fosの発現からわかる興奮神経の過興奮は、ERRB4をノックアウトすると正常化する。病理的にも、 ADでのアストロサイトやグリアの増殖がERBB4ノックアウトで正常化することも確認している。
以上の結果から、ADが始まると興奮神経の過興奮が起こり、このシナプスを除去するためアストロサイトやミクログリアが活発になる一方、代償的に抑制性介在神経のシナプスが増え、興奮神経の活動が低下することがわかる。
この研究で最も重要な実験は、正常の興奮神経にERBB4を過剰発現させた実験で、これによりADに見られるシナプスの生理学的、細胞学的変化を再現することができる。さらに、認知機能の低下も誘導出来る。従って、ADでは何らかのきっかけでERBB4の過剰発現が起こることが、AD病理の重要要素になっていることがわかる。AD患者さんでERBB4の発現を調べると、ERBB4の発現と認知症状の相関が見られる。
以上が結果で、細胞内シグナルの検討から通常のERBB4活性化と同じように、AKT、mTORを介したシグナルにより、興奮神経がリプログラムされ、その結果過興奮になることも確認しているので、おそらくAβが引き金になってERBB4の過剰発現が起こることが、ADの発症過程の引き金になっていると結論している。
今後は人間のADについてより詳細な検討を進めるとともに、ERBB4の過剰発現を誘導する過程を明確にする必要があると思う。また、Tauだけで誘導するADではどうかなど、検討項目は多い。しかし、ERBB4は十分介入可能な標的なので期待できる。