11月6日 自閉症リスク遺伝子の機能研究(11月4日 Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

11月6日 自閉症リスク遺伝子の機能研究(11月4日 Nature オンライン掲載論文)

2026年11月6日
SNSシェア

これまで自閉症スペクトラム (ASD) のリスク遺伝子については何度も紹介してきた。しかし、それぞれの遺伝子がASD発症にどう関わるのかは、症例ごとに調べるしかない。また、ASDが一つの遺伝子変異で起こるケースは少なく、通常症状への寄与の少ないコモンバリアントと、寄与の大きいレアバリアントが集まって作用するため、症例ごとにバリエーションが大きく、なかなか共通項を把握できない問題があった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、正常の iPS細胞に由来する神経幹細胞や脳オルガノイドを用いてリスク遺伝子を欠損させることで、ASDリスク遺伝子が及ぼす共通の異常を把握しようとした研究で、11月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Transcriptomic convergence and the female protective effect in autism(自閉症での転写の共通性と女性の発症を抑える効果)」だ。

この研究は以下のような仮説に基づいている。遺伝子変異はまず細胞レベルで表現されるが、その表現形をASDのような脳の複雑な過程と連結させるのは簡単でない。しかし、ASDと言う最終的な表現形に共通性が見られるなら、それぞれのASD関連遺伝子の変異が細胞に及ぼす変化にも何らかの共通性が認められるはずだというアイデアだ。

これを確かめるため、比較的リスクが高いASD関連遺伝子を18種類選んで、それぞれをヒトiPS細胞から誘導した神経幹細胞でノックダウンし、24時間後細胞に起こった遺伝子発現の変化を調べている。この24時間というのがミソで、これまでは変異の長期効果を見る実験が多かったが、その結果2次、3次と様々な変化が起こってしまい、変異の直接効果を見失う危険があった。

結果は予想以上と言え、18種類のうち15種類の遺伝子ノックダウンで変化する遺伝子の多くが自閉症リスクと相関することがわかっている遺伝子である事がわかった。例えば知能発達障害だけが誘導されることが知られている遺伝子を同じ条件でノックダウンしても、自閉症リスク遺伝子は変化しない。以上の結果から、自閉症リスク遺伝子の変異は自閉症リスク遺伝子をより選択的に変化させることが明らかになった。

次にノックダウンで細胞自体の活動がどう変わったのかも調べている。50%の遺伝子ノックダウンではっきりと細胞の増殖が低下する。一方増殖が上昇する遺伝子も一つだけ存在していた。このように細胞レベルの形質変化を自閉症の脳発達治験と結びつけるのは難しい。そこで今度は脳のオルガノイドを用いてより詳しい形質変化を追いかけている。このための実験はかなり凝っており、18種類の遺伝子ノックダウンを可能にした iPS細胞を全て混合してオルガノイドを形成させることで、増殖できなくてすぐにオルガノイドが消滅することを避けている。その上で、ノックダウンがうまくいった細胞は蛍光標識でソーティングし、single cell RNA sequencing で個々のノックダウンの影響が見られるように設計している。

最初はノックダウン後十分時間を経た後の結果だが、神経幹細胞だけでなく、オルガノイド内で分化した細胞でも、ASD遺伝子ノックダウンがASD遺伝子をより選択的に変化させていることを確認している。また、細胞の形質としては興奮神経細胞が増え、未熟細胞が減少することが観察された。さらにノックダウンをオルガノイド形成後に誘導して、急性反応を調べる実験も行っている。この実験系では様々な神経細胞で同時に遺伝子ノックダウンが起こるが、特に興奮神経では神経幹細胞の急性ノックダウン実験で観察したのとほぼ同じ自閉症リスク遺伝子が影響を受けることが明らかになった。

後は変化する遺伝子の中で、転写のハブとして多くの下流遺伝子を変化させるCHD8やREST遺伝子についてより詳しい解析をして、遺伝子ノックダウンがこれらの転写遺伝子を介して、多くのリスク遺伝子を動かしている可能性を示している。CHD8はASDリスク遺伝子変異としては頻度が高く、多くの標的遺伝子のクロマチンリモデリングに関わる分子だし、RESTも多くの標的のマスター調節因子として神経分化を抑える分子で、例えばCDH8やMECP2のようなASDリスク遺伝子を調整することが知られている。このように、今回ノックダウンに選んだASDリスク遺伝子は、RESTやCDH8の発現量に強く影響することで、下流にある多くのASD遺伝子を調節する可能性が示された。

最後に、影響を受けるASD遺伝子のネットワーク解析から見つかったX染色体上のZFXについても解析を行っている。ZFXはASDで発現が低下することが報告されており、今回の遺伝子ネットワーク解析と一致する。おもしろいのはZFXが不活化されたX染色体からも転写されることで、女性では男性の倍のZFXが転写されていることになる。すなわち、ZFX転写の低下がASD発症に重要だとすると、男性の方が異常が起こりやすく、ASDが男性で多いという事実を説明できる。

以上が結果で、一つ一つの遺伝子の解析ではなく、ASDリスク遺伝子は大きなネットワークを形成しており、一つ遺伝子の発現変化が多くのASDリスク遺伝子の変化につながるというシナリオを強調する論文だと思う。即ち、多様なASDリスク遺伝子を共通のネットワークとして捉えることで、ASDと言う多様な表現系の背景の共通性が理解できるという話になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月5日 細菌叢研究でバクテリアを培養する重要性(11月2日 Cell オンライン掲載論文)

2026年11月5日
SNSシェア

最初16SリボゾームRNAシークエンシングから始まった細菌叢研究も、現在ではショットガンシークエンスとゲノム再構成によるよりリアルな細菌ゲノムを求めるようになり、場合によっては long read のシークエンサーで完全なゲノムを特定する試みまで進んできた。

そんな中で今日紹介する米国MITとドイツキール大学からの論文は、ゲノムから細菌を再構成するメタゲノムと実際に細菌を培養して得られる情報を丁寧に比べて、リアルな細菌培養の重要性を示した研究で、11月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Convergent genomic evolution of human gut bacteria along an industrialization gradient(工業化に伴うヒト腸内細菌ゲノムの収束的進化)」だ。

これまでの多くの研究で、我々人間の腸内細菌叢は工業化とともに大きく変化していることがわかっている。このグループも、同じ時に工業化により細菌叢の多様性が失われ、腸内での免疫反応を反映するIgA分泌が高まり、腸内での炎症ストレスが上昇していることを発表している。このこと自体は新しい発見とは言えないが、工業化国の細菌叢が他の人に移植しやすいというおもしろい結果を示している。即ち、細菌の多様性は減ったが、細菌自体の人間への適合性が高まったことを示唆している。

この適合性の上昇という工業化に伴う細菌側の進化を研究するためには、細菌をリアルに培養する必要がある。この研究では、選択性が少ない培地を用いて得られた細菌叢に含まれる各細菌を培養、個々の細菌ゲノム配列を決定するとともに、同じサンプルで培養前の細菌叢のゲノムを再構成するメタゲノム解析をおこなって、それぞれの方法を比べている。

個々の細菌の構成で見ても、工業化によって株レベル、種レベルの多様性が低下していることなどは捉えることが出来るが、この研究では10種類の異なる株をひとまとまりの集団として扱って、メタゲノム解析と個別のゲノムの解析とをいろいろ比べている。

まず、メタゲノムで細菌ゲノム再構成技術は進んできているが、しかし分離細菌のゲノム解析と比べると、多くの遺伝子が失われていることがわかる。驚くことにゲノムサイズで見るとメタゲノム再構成では実際の半分程度に低下する。特に、水平遺伝子伝搬でゲノムに統合された遺伝子をメタゲノムではほとんど把握できない。

今回初めて明らかになったのは、工業化で確かに細菌叢の多様性は失われるが、細菌の合成するタンパク質は全ての種で工業化とともに上昇する事がわかる。即ち細菌自体が工業化とともにより進化し、人間に適合している可能性が示唆された。さらに、水平遺伝子伝搬などによるゲノムの可塑性は工業化とともにはるかに高まっている。そして、このような変化をもたらすほとんどは、水平遺伝子伝搬と、遺伝子自体の変異によっていることも確認している。おそらく long read sequencing を用いれば同じ結果を得ることは可能だと思うが、正に培養して個々のゲノムを調べることの重要性が良くわかるデータだ。

その上で、同じ種の細菌自体が工業化により異なる遺伝子構成を進化させていることも、工業化で増大した、あるいは減少した遺伝子から推察することができる。工業化で増加する遺伝子で目立つのは、ホスト自然免疫と相互作用する細菌細胞壁構成分子や、アミノ酸の分解に関わる分子で、今後細菌培養を用いた進化の再現実験も可能だろう。おもしろいのは、工業化により異なる種の相同遺伝子で同じ変異が起こることで、工業化というホストの状況により細菌のゲノムが自然選択されることがわかる。

以上が結果で、工業化国の人間の細菌叢が他の人間に移植しやすいという、この論文に先行する発見を、細菌自体のゲノム進化として見事に説明している。なんと言っても、この研究で調べられた細菌はライブラリーとして全て残っている点で、今後これを用いて細菌叢操作につながる重要な研究が進むように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月4日 SLEの白血球で見られるスプライシング異常によるネオ抗原生成(10月28日 Nature オンライン掲載論文

2026年11月4日
SNSシェア

SLEは、DNAや様々な核内タンパク質に対する自己抗体を特徴とし、全身の臓器が傷害される自己免疫疾患だが、まだまだ謎が多い。間違いなく自己に対するT細胞も反応していると考えられ、例えば活性化されたトランスポゾン抗原などが抗原として報告されているが、T細胞反応を誘導するペプチドの特定は病態理解のために必須だ。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、SLEの白血球で特異的に見られるスプライシング異常によって生成されるネオ抗原ペプチドが SL のT細胞反応の重要な抗原として働いていることを示す研究で、10月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「T and B cells recognize splicing-derived neutrophil neoantigens in lupus(SLEの好中球のスプライシング異常により生成されるネオ抗原はT細胞とB細胞により認識される)」だ。

タイトルにあるネオ抗原という言葉は、このブログでもガン免疫を誘導する抗原として紹介してきた。ガンで起こる様々な変異は、自己のタンパク質とは異なる外来抗原として認識され、ガン免疫誘導には必須の要因だ。一方、自己免疫と言うときは変異のない自己抗原が免疫反応を誘導すると考えており、変異を持つネオ抗原の生成は考慮されてこなかった。

この研究では、一種の研究のカンで、SLEで異常が起こりやすい好中球でスプライシングの異常が起こることで通常存在しない遺伝子配列が生成され、これが抗原として免疫反応を誘導するのではと狙いを付けて、SLE患者さんから好中球を集めRNAシークエンスを元に、スプライシング異常、即ち本来ならスプライシングのシグナルにならない配列を間違ってスプライシングシグナルと認識してしまって発生する異常RNAを探索した。

結果は予想以上と言って良く、SLEの好中球だけでスプライス異常によるネオ抗原を生成できるmRNAが生成されていることがわかった。スプライシングは300近いタンパク質で調節されているが、何らかのきっかけでSLEでは好中球でスプライシング分子の発現異常が起こることがわかった。同じような異常はリューマチ性関節炎でも全く見られないことから、かなりSLE特異的と考えられるが、この点についてはこれからの研究が必要になる。

重要なのは、この異常は決まった異常mRNAを合成するのではなく、細胞ごとに、それもその時々でランダムに様々な異常mRNAが合成されることだ。また異常が起こる遺伝子の多くはインターフェロンで誘導されるものが多いが、それ以外の遺伝子でも起こる。そして出来てくるペプチドはT細胞抗原として十分働きうる長さのペプチドが造られることがわかった。

いくつかの遺伝子については、どの配列がスプライシングシグナルとして認識され、どのような新しいペプチドが産生されるのかも確かめている。またこれらがT細胞を刺激するネオ抗原ペプチドとして働いている可能性をさらに調べるために、SLE患者さんの好中球からMHC分子を生成し、これに結合しているペプチドの配列を解析して、RNA配列から予想される新しいペプチドの一部がMHCと結合していることを明らかにし、スプライス異常で発生したペプチドの持つネオ抗原がSLEでT細胞を刺激する可能性を示している。ここまでの過程をGPTにイラストとしてまとめさせると以下のようになる。

実際に起こっているスプライス異常は図のような単純なものではなく、様々なタイプのスプライシング異常が起こっているが割愛する。

そしてこれらのネオ抗原に反応するT細胞が増殖し機能している証拠を、患者さんからのT細胞をいくつか選んだネオ抗原ペプチドに対する反応を指標に確認している。結果はインターフェロンの活動が高いSLE患者さんで特にT細胞の反応が認められること、またCD8、CD4T細胞とも反応していることを確認している。そして、CD8T細胞がキラー細胞として好中球に作用している証拠も示している。

この研究では、T細胞反応だけでなく、スプライス異常で発生したペプチドに対して自己抗体も検出できることも示して、スプライシング異常によるネオ抗原発生がSLEの自己免疫反応の最も重要な背景にあると結論している。

SLEの場合遺伝子変異は必要無いので、ガンのネオ抗原とは少し違うが、しかし自己ゲノムから免疫系の経験したことのない抗原が産生されるという点でネオ抗原と言ってもいいだろう。ただ、このメカニズムがSLE発症のどの位置にあるのかは今後の研究が必要だと思う。是非追求していってほしいアイデアだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月3日 皮膚ランゲルハンス細胞は細菌叢情報を上皮に伝える(10月29日 Science 掲載論文)

2026年11月3日
SNSシェア

皮膚は異物が侵入して免疫反応が始まる第一線だが、様々なバリアーデ守られている。この重要性はバリアーが壊れると強いアトピー反応が起こることからよくわかる。風呂で皮膚をゴシゴシ洗うなと言われるのも、バリアーを壊さないためだ。一方、皮膚の外で何が起こっているか検出する必要がある。このために、上皮内にはγδT細胞とランゲルハンス細胞 (LC) が存在する。GPTによる LC の組織図を提示するが、図にあるように LC は表皮まで樹状突起を広げて、外界の細菌やウイルス、そして化学物質を取り込み、その後リンパ節へと移動して免疫系に提示する重要なセンサーの働きをしている。

今日紹介するロックフェラー大学 Fuchs 研究室からの論文は、LC が免疫だけでなく、細菌叢の強さに応じて皮膚上皮のバリアー機能のバランスを維持するサーモスタットとしての働きについての研究で、10月29日 Science に掲載された。タイトルは「A commensally regulated immune rheostat fine-tunes skin barrier fitness(細菌叢により調節される免疫サーモスタットは皮膚のバリア機能の適合性を調整する)」だ。

これまでも LC がケラチノサイト機能を調節するという研究は多く発表されている。その中で、この研究は一種の集大成的な意味がある。まず、LC が欠損する2種類のマウスを用いて、ケラチノサイトの変化を調べ、増殖が上昇するだけでなく、縦方向の分裂も増えることで、分化した細胞も増加して皮膚が厚くなることを示している。即ち、LC はケラチノサイトの増殖分化を抑える働きがあることになる。
次に、LC からケラチノサイトへのシグナル伝達分子を探索し、LC にプロスタグランジン合成に関わる Cox1 が強く発現していることに注目し、細胞特異的な遺伝子ノックアウト実験などから、LC が合成するプロスタグランジンE2 (PGE2) がケラチノサイトの PGE2 に対する受容体EP4 を介してケラチノサイトに働いていることを明らかにする。詳細は紹介しないが、シグナル伝達分子を明らかにするために行われた実験は、この分野の長い経験と知識の積み重ねを感じさせる実験が多く、是非自分で読んで欲しいと思う。いずれにせよ、LC由来の PGE2 はケラチノサイトに直接働き、ケラチノサイトの増殖を抑えるとともに、ストレス反応など様々な遺伝子発現変化も誘導することを明らかにしている。

次に PGE2→PE4 シグナルにより上皮幹細胞側で駆動されるシグナルを探索し、Wnt や EGF などの下流シグナルではなく、Yap/TEADシグナル経路を直接阻害していることを確認している。そして、Yapシグナル抑制により、ケラチノサイト幹細胞が分化方向に引っ張られることで、幹細胞の増殖と分化のバランスが調節されていることを示している。

重要なのは LC により幹細胞の増殖が抑えられ分化に引っ張られる結果、皮膚のバリアー機能はどうなるのかだが、蛍光物質を外部から塗る実験で、LC やそれ由来の PGEシグナルが無いと、バリアー機能が低下することが示されており、最終的に LC はケラチノサイトに働いてバリア機能を高める方向に働くことになり、従来と同じ結論になる。

最後に、LC の Cox1 依存性の PGE2 産生を刺激する要因を探索し、まず皮膚細菌叢が存在しないと LC の幹細胞分化誘導機能はスイッチが入らないこと、そして細菌叢が合成するリポタイコ酸や LPS 等が PGE2産生を誘導することを明らかにする。重要なことは、この反応がリポタイコ酸などの量に完全に比例することで、皮膚の感染状況を知る忠実なセンサーとして LC が働いていることを明らかにしている。

以上の結果から、LC は細菌叢の活動を検知して PGE2 を合成することで、幹細胞の増殖を抑えて皮膚を安定化させてバリア機能を高めると言う役割があることになる。これは皮膚で起こる免疫や炎症を全て除外した純粋な実験系での結果で、実際には LC はこの全てに関わって皮膚のホメオスターシス調節の主役として働いていることになる。少しわかりにくいところもあるが、細菌叢、LC、ケラチノサイトをつなぐシグナル経路の解明はさすがと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月2日 細胞内のゴミ処理を高める治療法の開発(10月29日 Science 掲載論文)

2026年11月2日
SNSシェア

死にかけの細胞を積極的に殺して新陳代謝を高めるセノリシスは抗老化治療研究の大きな柱になっているが、同じような問題は細胞内でも起こる。即ち、必要が無くなったタンパク質を速やかに処理しないと、新しいタンパク質が合成されパートナーと相互作用して機能するまでの過程で、古いタンパク質が邪魔をして細胞の様々な機能が低下する。

このタンパク質ゴミ処理を促進する化合物を、ミトコンドリアのタンパク質をモデルに開発したのが今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文で、10月29日号 Science に掲載された。タイトルは「Stimulated protein degradation to promote mitochondrial function and neuronal survival(刺激によるタンパク質分解はミトコンドリアの機能を高め神経細胞の生存に寄与する)」だ。

この研究は、ユビキチンリガーゼによるタンパク質分解研究で有名な Michael Rape のグループの研究で、モデルとして選んだのが彼らが2021年に Cell に発表したミトコンドリアの reductive stress response 調節機構だ。少しややこしい過程なので、この論文を参考にGPTが作成した図を以下に提示しておく。

この図からわかるように Cul2 とFEM1B が形成するユビキチンリガーゼはミトコンドリアの様々な分子を標的にして、ミトコンドリアへのタンパク質輸送や、呼吸チェーンに関わる分子の分解を誘導している。この活性ははミトコンドリアの酸化ストレスが高まったときには図にある BEX が Cul2/FEM1B に結合して抑えられるが、逆にミトコンドリアの活性が低下し、活性酸素が減ると BEX が離れて、ミトコンドリアタンパク質の新陳代謝を促すことが Rape らにより明らかにされた。

今日紹介する論文は、この BEX の結合を阻害する化合物を見つけて、Cul2/FEM1B活性を高めることで、ミトコンドリアタンパク質の新陳代謝を高めて、ミトコンドリア機能異常の治療法を開発することが目的だ。

詳細は省くが Cul2/FEM1B の基質結合と、BEX3結合をモニターする系で、BEX3 の結合を阻害するが、基質として用いた FNIP1 の結合には全く影響のない化合物を見つけ、この化合物をベースに細胞内で働く BD2 を作成し研究に用いている。

化合物スクリーニングや活性の確認にはミトコンドリア機能調節タンパク質 FNIP1 を用いていたが、当然様々な分子が標的になると考えられるので、BD2 を加えたときに細胞内で起こる変化を調べ、FNIP1と同じように分解される分子として、ヘキソキナーゼ、チトクローム酸化酵素、ミトコンドリア分子輸送分子など、新しい標的を特定している。

次にチトクロームc酸化酵素欠損症細胞をモデルに、ミトコンドリア異常症を治療する可能性を検討し、ミトコンドリアへのタンパク質輸送が促進し、タンパク質の新陳代謝が改善することで、BD2 はミトコンドリア機能異常を改善することが可能であることを示している。

最後に、CRISPR を用いて様々なミトコンドリア機能に関わる遺伝子を神経細胞でノックアウトしたミトコンドリア症モデルを作成し、これに対する BD2 の機能を調べている。もちろん遺伝子異常はそのまま残るが、全てのモデルでミトコンドリア機能を高め、神経細胞死を抑えることが出来ることを明らかにしている。

以上が結果で、ミトコンドリア全体で分子の新陳代謝を高めることが、遺伝子異常に起因するミトコンドリア病の治療を可能にすることを示した重要な研究だ。ユビキチンリガーゼを用いて特定のタンパク質を分解する方法は広く創薬に使われるようになっているが、全体のゴミ処理を高めるという発想も、今後重要な治療法として発展する予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月1日 ハンチントン病の分子病理:空間トランスクリプトミックスの驚くべきパワー(10月28日 Cell オンライン掲載論文)

2026年11月1日
SNSシェア

この数年 Youtube 配信を含めて何度も紹介してきたが、一つの組織で何百何千もの遺伝子発現を調べることができる空間トランスクリプトミックスの進歩はすばらしい。私のガンについても是非この技術で見てみたいと思い、入院した病院と神戸大病理にお願いした。ようやく倫理委員会の許可も得られて、注文するところだ。これから支払うのだが、350種類のガン免疫パネル遺伝子を調べるだけで、陽子線治療を私費で受けるぐらいの費用がかかる。また、現在のところ検査時間などを考えると、治療方針にこれを利用することはほとんどできないと思う。しかし、研究という面では多くのデータが出るので、現役の先生たちに役立てばいいと思っている。しかし、重要な検査にこのぐらいの費用がかかるとすると、研究費が限られている場合、指をくわえて見ているだけになってしまうのではと心配になる。科学研究助成は研究全体をカバーするように設計されているが、研究の進展の結果高額の外注検査が必要になったとき、その支払いだけを審査して可能にする様な立て付けもあっていいような気がする。

脱線が長くなったが、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ハンチントン病の患者さんの前頭葉皮質を、1000を超す遺伝子発現を調べるMERFISH検査に加えて、蛍光抗体法及びゲノムの CAGリピートの数を調べる RNA Fish 法を組み合わせて調べることで、ハンチンティン遺伝子の CAGリピート数が拡大して、最終的に細胞死が誘導されるまでの過程を明らかにしようとした研究で、10月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Multimodal spatial transcriptomics redefines cortical pathology in Huntington’s disease(マルチモーダル空間トランスクリプトミックスはハンチントン病の皮質病理を再定義する)」だ。

既に述べたように、この研究では1128種類の遺伝子発現を蛍光ラベルプローブによる in situ hybridization を繰り返して調べる MERFISH でまず患者さんの大脳皮質を調べ、細胞構成を確認するとともに、コントロールと比べハンチントン病遺伝子ハンチンティン (HTT) の局在や、CAGリピートで、第5/6層の近くの神経に軸索を伸ばしている near-projecting neuron (NP) と呼ばれる興奮神経と、第6層の錐体細胞が病気の進行とともに失われることを確認している。

次に、CAGリピートが拡大した結果起こる HTT の沈殿が核内に見られる細胞を探索している。細胞内タンパク質沈殿は細胞内に強いストレスを与えて細胞死を誘導すると考えられている。皮質全体で見ると、細胞内に HTT の沈殿が認められる興奮細胞は極めて少ない。しかも、細胞死が最も誘導されている5/6層や6b層では HTT沈殿は細胞外に存在しており、細胞内に沈殿が見られる興奮細胞はほとんど無い。

では CAGリピートの拡大と HTT核内沈殿、あるいは細胞死はどのような関係にあるのか。これを調べるため、ゲノム内の CAGリピート数を蛍光強度でしらべる蛍光 in situ hybridization を開発して各細胞の CAGリピート数を算定している。実際には±55と言う大きなばらつきのある検査だが、リピート数は最大450を超すことから十分リピート拡大の状態を把握できる。

まず重要な点は、脳内の細胞で見ると、リピート数の拡大は細胞によってまちまちだが、興奮神経で拡大が見られる。即ち、リピート拡大は細胞内での個別の過程で、拡大を誘導する要因が興奮神経で多い。さらに興奮神経でも最も強い拡大が見られるのは、細胞死が最も著明な第5/6層、6b層になる。これまで考えられていたように、CAGリピートの拡大が細胞死につながる。ただ、拡大関わるとされてきた DNA修復分子の発現は、ほとんど正常で、何故これらの細胞で拡大が進むのかについては明らかに出来ていない。

さらにおもしろいのは核内の HTT沈殿との関わりだが、核内の HTT沈殿が見られる細胞では、確かに拡大が進んでいるものの250-300リピートでとどまっており、それ以上の拡大は見られない。とは言え、興奮細胞の遺伝子発現で見るとストレス応答や細胞運命決定遺伝子などの発現の大きな変化が見られる。さらに、DNA障害が高まり、染色体の凝集が高まることも明らかになった。

結果は以上で、CAGリピートが限度以上に拡大することによる細胞死と、CAGの中程度拡大による HTT遺伝子の核内沈殿、それにより転写やストレスが大きく変化した細胞が全く異なることが示されたのは意外だ。即ち、CAGリピート自体様々な作用を持ち、最終的な細胞死だけが病態を作っているのでないことが明らかになった。まさに空間トランスクリプトミックスのパワーを思い知った論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月31日 tRNAを標的にした抗ガン剤の開発(10月28日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月31日
SNSシェア

抗ガン剤開発というと最近では分子標的薬を思い浮かべるが、基本的にはガン細胞への効果を高めるというのが目的で、例えばADC等は標的分子自体は薬剤をデリバリーする時に利用するだけで、ガン細胞の増殖抑制は抗体に結合した様々な抗ガン剤を用いている。このように、ガン細胞で効果が高くなるあらゆる可能性が現在追求されており、こんな標的も使えるのかと驚くこともしばしばだ。

しかし、今日紹介するケンブリッジ大学と Storm Therapeutics 社から10月28日号の Nature にオンライン発表された論文は、tRNAの修飾酵素を標的にしており、抗ガン剤としての標的の意外性としてはトップクラスだ。タイトルは「Pharmacological inhibition of METTL1 as a therapy against solid and blood cancers(METTL1を阻害する薬剤を固形ガン及び血液腫瘍治療に使う)」だ。

DNAだけでなく、RNAも様々な修飾を受ける。このブログでもmRNAのアデニンのメチル化については数回紹介している。ただ、RNA修飾で言うと、tRNAの修飾は群を抜いている。GPT-5に作って貰ったイラストを参考に掲載しておく。

mRNAワクチンで有名になった擬ウリジンまで存在するのに驚かれたと思うが、核酸コードを全く物理関係の無いアミノ酸に変化させる生命の最も重要過程の主役だと考えると、なんとなく納得できる。この研究では、グアニンにメチル基を付加する酵素METTL1機能を阻害することで、抗ガン剤が開発できないかを考えている。と言うのも、白血病やガンでMETTL1発現が上昇しており、ガン化によりよりMETTL1への依存性が高まると予想されていた。

まず29万の化合物の中からメチル化反応を抑制するリード化合物を選び、そのリードを徹底的に至適化して、ナノモルレベルでグアニンメチル化反応を抑制する化合物STM9005を開発している。様々な核酸がメチル化を受けるが、STM9005はMETTL1特異的であることが確認された。

次は細胞内過程への影響だが、様々なガンをナノグラムオーダーの親和性で阻害できる。細胞周期で見ると、DNA合成期の細胞が最も影響を受ける。この変化が tRNAグアニンメチル化の阻害で起こっているのかを調べるため、いくつかのガン細胞のグアニンメチル化された tRNAを調べると、どのガンでも同じようにグアニンメチル化 tRNAが減少する。おもしろいのはメチル化の現象の仕方が tRNAにより異なる点で、例えば TCT-Arg や CCA-Trp と言った tRNAはどのガンでも強く抑制される。

何故一部の tRNAが減ることでガン細胞でより強く増殖が抑制されるのかも調べており、グアニンメチル化されたtRNAが減るとガンの増殖に必要なMycの翻訳が低下すること、及び p53の翻訳が上昇する事がその原因の一部ではないかと想像している。即ち、Mycなど増殖に必要な分子ほど安定した tRNA供給に依存しているのではと考えている。

この結果を受けてガンを移植するモデル系で、ガン増殖抑制を調べている。膵臓ガンや、メラノーマ、肺ガンなどをモデルとして使っているが、いずれもガンの増殖を抑制することができる。白血病にも同じように効果があり、この系で正常血液幹細胞への影響を見ているが、造血コロニーアッセイではほとんど問題が無い。メカニズムからも想像できるが、ガン細胞を殺すというより、増殖を抑制する作用が中心になるが、他の抗ガン剤と組み合わせることで、METTL1を高発現するガンには役に立ちそうな薬剤に仕上がっている。

以上が結果で、マウスで副作用があまりないから人間でもないというわけではないが、全く新しい標的であること、またMETTL1の発現が高い場合は他の抗ガン剤と組み合わせるという使い方はあり得るだろう。

自分のガンについてもMETTL1を検索すると、それほど高くはないが、発現はある。このように、変異遺伝子の特定だけでなく、ガンの遺伝子発現を調べておくことは重要であると実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日 電気で活性化できる触媒を用いて糖尿病を治療する(10月22日 Science 掲載論文)

2026年10月30日
SNSシェア

手術後4ヶ月が過ぎた。手術から放射線治療を続ける間も、元々治療していた糖尿病治療は続けているが、驚いたことに普通に食べ、同じ薬を服用しているのに血糖が下がり、HbA1cも手術前よりずっと良くなった。代謝は簡単には理解できないのを実感する。現在服用しているのは、SGLT2阻害剤とDPP-4阻害剤だが、SGLT2阻害剤は腎臓尿細管でのグルコース取り込みを阻害して、一日に100g近いグルコースを捨てて血糖を維持する。グルコースを捨てるというのは極めておもしろい発想なので、Youtubeでも紹介した。それまで高血糖には、インシュリン感受性を高める方法と、インシュリン分泌を高める方法が使われてきたのだが、そこにグルコースを捨てるという方法が加わった。

今日紹介するスイスチューリッヒ工科大学バーゼル校からの論文は、このグルコースを捨てるという発想を、電気で活性化できるグルコース酸化触媒で実現しようとしたおもしろい研究で、10月22日 Science に掲載された。タイトルは「Wireless electrocatalytic closed-loop system for drug-free management of diabesity(無線で駆動する電気触媒を用いた閉鎖システムで薬剤を全く使わない糖尿病管理を実現する)」だ。

この研究が目指したのは、体内にグルコースを酸化する触媒を設置して、グルコースを腎臓から排泄できるグルコン酸に変換し、腎臓から排泄させるという全く生物的薬剤を使わない画期的方法だ。腎臓の透析も同じアイデアだが、血管を装置につなぐのではなく、装置を皮下に設置して持続的に触媒を働かせてグルコースを変換すると言うアイデアだ。

この論文でも紹介されているが、酵素なしでグルコースを酸化する方法は、グルコースを用いて発電する方法として酸化銅を触媒とする方法が開発されていたようだ。ただ、この研究では触媒活性を全く調節できない。この研究では金の粒子に白金を重ねたナノ粒子をグラファイトに塗布した触媒を用いている。この触媒はそのままでは活性がないが、0.7V近い電気で刺激すると金属表面にグルコースを吸着し酸化する触媒だ。従って、体内のグルコース濃度と電気刺激をリンクさせれば、グルコースが上昇したときだけ酸化することができる。

この研究ではこうして作成した電気触媒がグルコースを酸化することを確認した後、フルクトース、マンノース、ガラクトース、キシロース他、様々な分子や薬剤について調べて、ほとんど酸化活性がなくグルコース特異的であることを示している。酵素のように複雑なポケットを持たない触媒でこのような特異性が生まれるのは驚きだが、この組み合わせを発見したというのはもっと驚きだ。ただ、この触媒の開発までの説明はほとんどされていない。

次はこの装置が生体内で働くかどうかで、電気装置はFDA認可の埋め込みケースに入れ、これにポリセルローズをアルギン酸コーティングした小分子が浸透する膜で出来た袋に入れた触媒とつないで、電気的に触媒活性を調節できるようにして、皮下に埋め込んでいる。db/dbと呼ばれるレプチン欠損により2型糖尿病を発症するマウスに装置を埋め込んでいるが、腎透析のように血管をつなぐわけではなく、そのまま拡散でグルコースを局所的に処理する仕組みだ。しかし、皮下で処理するだけで身体全体のグルコース濃度を調節できるのか?

案ずるより産むが易しで、db/dbマウスに設置して電気刺激すると、1時間で血中グルコースが正常化する。さらに、この装置を市販のグルコースセンサーと組み合わせ、グルコース濃度が閾値を超えたときだけ無線で電気刺激が起こるようにした自動調節装置を作成し、2週間にわたってdb/dbマウスの血中グルコースを正常範囲に維持することが可能であることを示している。

db/dbマウスではインシュリンは分泌できるので、インシュリン作用により脂肪がエネルギー産生に使われるようになり、ケトン体などが上昇する。ただ、ケトアシドーシスなどは起こっていないように見える。また、自動調節ではないが6週間この装置でグルコースを下げたdb/dbマウスでは、同じように脂肪をエネルギー源にしている代謝に変化していることがわかるが、問題になるようなケトアシドーシスは起こらない。

以上が結果で、インシュリン分泌はそのままで、グルコースだけを低下させる画期的方法が開発されたことになる。では人間にも利用できるのか?5リットルのグルコース液を十分処理できるサイズは人間に設置可能としているが、サイズのハードルは高いと思う。しかし、SGLT2阻害剤と異なり、血中グルコースに合わせてグルコースを除去できる方法としては画期的で、インシュリンは自然分泌なので低血糖発作の危険性もない。一方、ケトン体は作り続けられることになるので、これが許容されるかはわからない。しかし、糖代謝という生物代謝の核を、全く人工的な方法で変化させられることだけでもおもしろい。おそらくマウスを用いた新しい実験方法として、グルコースだけを調節できる新しい研究に使える気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月29日 言葉でタンパク質をデザインする(10月21日Nature オンライン掲載論文)

2026年10月29日
SNSシェア

自然言語を用いて、機能や構造を記述した通りのタンパク質のアミノ酸配列を予測してくれる生成AIの開発競争は熾烈だ。これまで紹介した中では、Evolutionary Scale が昨年発表していたESMシリーズが普及しているようだが、実際にはもっと多くのモデルが提案されているようで、なるべくAIをフォローしようと思ってもカバーするのは難しくなってきている。結局、トップジャーナルに発表された氷山の一角から全体を推定するのが関の山だ。


今日紹介するのは中国浙江大学から10月21日 Nature にオンライン発表された論文で、自然言語でデザインしたいタンパク質の機能をインプットすると、その機能を保ったタンパク質のアミノ酸配列を生成するモデルの開発で、これまでの研究にはなかったいくつかのおもしろいアイデアが試されているので紹介することにした。タイトルは「Programmable design of functional proteins from natural language(機能的なタンパク質を自然言語からデザインする)」だ。

これまでタンパク質デザインの場合、標的基質や、コアになるアミノ酸の配位などの原子配置を抽出して、それに合わせたペプチド構造を設計する例えば Baker さんたちの RFdiffusion や、アミノ酸配列、構造、そして自然言語による機能キーワードを学習させた ESM3 等が使われており、特に ESM は自然言語のキーワードでタンパク質のデザインが可能になっている。これに対して、浙江大学のグループはまず自然言語の自然な記述文章からタンパク質のデザインを可能にするモデルを目指している。
まず Swiss protタンパク質データベースを使って、自然言語と構造、及び自然言語とアミノ酸配列をencoder/decoder として学習させてたモデルでの予測性能から、アミノ酸は大きく異なっていても構造は保存されているケースが多く、自然言語による記述はまず構造に decode することが必須である事を確認し、これに基づいて自然言語記述をどう使うか設計している。


Pinal と名付けたモデルは、これまで開発された様々なモデルをうまく組み合わせたのが特徴で、まず自然言語をT5と呼ばれる生命科学テキストの encoder を使いベクトル化、タンパク質の構造をタンパク質内のアミノ酸同士の関係に落とし込んだ Foldseek と呼ばれる方法と組み合わせて、言語記述を Foldseekトークンとして生成している。これにより、複雑な構造も通常の LLM で扱える。そしてここがこのグループのアイデアだが、同じテキストを普通のBERT を使ってトークン化して、これを先の構造トークンと合わせてエンベッディングし、このタンパク質構造に対するアミノ酸配列が生成できるようにしている。
構造と配列を一体として学習する点では ESM と同じだが、自然言語を異なるエンコーダーで処理して、構造トークンにリンクさせる点が特徴だと言える。


最初50万のテキストとタンパク質の配列、構造が揃っている Swiss Prot を用いて学習させているが、LLM としては小さすぎるので、現在知られている1億3500万個のタンパク質について学習させて LLM としての予測性能を上げるための大規模な取り組みを次に行っている。さらに多くのタンパク質についてのデータと言っても、ほとんどのタンパク質では構造や記述情報がないので、これを自動生成する方法を開発している。具体的には Swiss aprot テキストをベースに GPT4 で新しい表現方法のライブラリーを作成、そのライブラリーの表現を TrEMBL を用いて配列しかわかっていないタンパク質に当てはめ、他にも Evolla、InterPro と言ったテキスト情報をタンパク質ライブラリーに加えて、最終的に1億3500万のタンパク質について、なんと17億の言語表現とのペアを作成している。また、アミノ酸配列は、AlphaFold 等で構造化して、これを Foldseek でトークン化して使っている。基本的にはこの作業は自動化されているが、多分大変な作業だと思う。こうして出来た17億のペアを学習させたのが、ESM 等と比べたときにより自然言語の説明を主役にしたタンパク質のデザイン生成AI、Pinal が誕生している。


後は Pinal をどう使うかについて、例えばグルコースをリン酸化する活性を持つ酵素をデザインしたいとインプットすると、進化的系統関係をきちっと示する数多くのアミノ酸配列が生成されることを確認し、また既に知られている酵素と相同性の低いタンパク質を大腸菌で合成させて、実際の酵素活性が観察できることも確認している。


最後に Evolutionary Scale の ESM 論文との比較で蛍光タンパク質の設計を比較し、キーワードに一致するタンパク質を設計する確率では Pinal が優れていると結論している。実際の使い方の詳細は省くが、プラスチックの分解酵素がほしいとインプットしたときの経過を紹介しておく。このインプットに対し、なんと20万もの候補配列が生成される。即ち最初から正確な構造予測を狙うのではなく、同じベクトル空間にある多くの配列が生成されるようにしている。従って、この中から折りたたみ可能性やプロンプトで指示した機能との相関性など様々なフィルターをかけて、まず2416種類、そして遺伝子合成可能で酵素活性のはかれる96種類と順番に絞っている。たくさん拾ってしまうので、おそらく絞り込む過程が大変だと思う。
とは言え、最終的には自然言語による機能記述に合致した、これまでの酵素とは異なる配列を有する酵素を作成することが出来ている。


以上が結果で、これまで発表されたタンパク質デザインや、自然言語処理に関わる様々なAIに精通した上で、自分のアイデアを加えてこれらのモデルを統合して、自然言語記述でタンパク質をデザインするという意味では最高レベルのモデルを構築した研究という印象を持った。しかし、プロンプトに対して何万もの配列が生成されるため、その後でのフィルター作業が大変で、最初からより詳しい条件がインプットできるようになるかが将来を決めるように思う。
例えば同時期に David Baker さんらは亜鉛が酵素活性に必要で設計が難しいメタロプロテアーゼのデザイン論文を発表していたが、この時RFdiffucionに提示した構造、1) 亜鉛とヒスチジン、グルタミンの配位、2) 亜鉛に配意した水分子を活性化するグルタミン、3) チロシンにより形成される4面体、そして4) 切断する基質構造の配置、等を自然言語記述で与えて Pinal が本当にメタロプロテアーゼを設計できるかなどは重要なテストになるだろう。
この研究はおそらくスマートな研究者が大変な作業量をものともせず進めたように感じるが、今後は正に同じような作業を Agent AI がやってしまうのだろうとも感じた。問題はあると思うがおもしろい論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月28日 エンハンサー領域のRNA転写は遺伝子発現を抑制する方向に機能している(10月22日 Science 掲載論文)

2026年10月28日
SNSシェア

若い研究者や学生さんには馴染みのない名前だと思うが、今日はショウジョウバエを用いた発生学の大御所 Michael Levine の論文で、さすが大御所と感心した論文を紹介する。タイトルは「Noncoding transcription controls the developmental dynamics of long-range gene regulation(長いレンジの遺伝子調節による発生動態はノンコーディングRNAの転写により調節されている)だ。

発生過程で特定の遺伝子が転写されるとき、エンハンサーとプロモーターが近づいて転写マシナリーが転写開始点に揃う結構複雑な過程が進行する。この時、エンハンサー領域の配列が転写され、これがエンハンサー活性とリンクしていることが知られている。ただ、実際に転写されたノンコーディングRNA (ncRNA) が何をしているのかは明確ではない。

この問題にショウジョウバエの発生過程で胸部の体節の特異性を制御するHox遺伝子の一つ Scr の発現調節をモデルとして取り組んでいる。これまでの研究でScr遺伝子の調節に関わるエンハンサーやクロマチンのループ型性を支えるテザリング領域、そしてそのとき転写される ncRNA については詳しくわかっている。そして、体節の特異性が決まるとき、Scr遺伝子のエンハンサー部位の RNA (eRNA) が発生のタイミングに合わせて発現することもわかっている。

この研究では、まずショウジョウバエの胚で体節が決定されるとき、Scr の eRNA と mRNA、加えてテザリングに関わる領域で転写される ncRNA、dtRNA の転写開始のタイミングを蛍光遺伝子を標識に追跡している。ただわかりにくくなるので、できるだけ dtRNA は省いて内容を紹介する。

多くの細胞で eRNA と mRNA の転写タイミングを調べると、Scr の転写が始まるかなり前からえRNAの転写が観察される。驚くのは、eRNA の発現量が一定のレベルに低下した段階で、急に Scr の転写が始まることだ。これまで eRNA はポジティブに遺伝子の転写に関わると考えられていたが、この結果はまるで逆で、eRNA が遺伝子の転写を抑えていることになる。

この可能性を確認するため、eRNA の転写開始点を除去して eRNA発現を抑える実験を行うと、予想通り Scr の転写が何倍にも高まることを確認する。即ち eRNA は遺伝子転写を抑え、おそらく転写開始のタイミングを調節している。逆に eRNA の発現を高める実験も行っており、この結果 Scr遺伝子の発現は強く抑制され、発現時期も遅れる。

この時特定の eRNA の配列が関わるのかを調べるため、eRNA をファージの遺伝子で置き換える実験を行っている。おもしろいことに、遺伝子転写を抑制する機能は、特定の eRNA の配列には関わらない。即ちエンハンサー部位で ncRNA が転写されることが重要であることがわかった。

では eRNA は何をしているかが問題で、ここからは少し専門的になるが、先に述べたエンハンサーとプロモーターを近づけるためのループが形成される時、このループを支えるのがテザリング領域だが、この近くで転写される dtRNA と eRNA はこのテザリングの強さを変化させていることを明らかにしている。即ち、dtRNA はテザリングを維持するのに必要だが、これを eRNAが競合的に阻害することで、ループ維持が低下し、エンハンサーとプロモーターの相互作用が抑えられる。dtRNA については大分割愛したのでわかりにくいかもしれないが、この研究が示すのは、1)エンハンサー活性は基本的にプロモーターと近づくことで決まり、ncRNA は直接関わっていない。しかし、2)エンハンサーとプロモーターの相互作用を維持するためのループ型性テザリング機構は、その機能を通して遺伝子転写のスウィッチを入れている。この時、3) eRNA は遺伝子転写の始まる前から発現して、テザリングを抑制し遺伝子発現のタイミングや量を決める。最終的なメカニズムは、転写機構に関わる分子を競合するのか、あるいはエンハンサー部位で見られる相分離を調節するのか、今後明らかになると思うが、eRNA についてさすが大御所という論文で感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ