2026年10月1日
2023年3月、アルツハイマー病 (AD) は Tau分子に対する自己免疫では ないかというワシントン大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21734)。この研究では、Tauopathy が起こるマウスの脳ではおそらくTauや神経細胞由来分子に対するT細胞が浸潤し、これがADの細胞死を誘導していることをマウスモデルで示していた。
今日紹介する論文は同じグループからの論文で、神経細胞を傷害するのは主にCD8T細胞で、脳内ではなく末梢リンパ組織で抗原刺激を受けた後、脳内に浸潤して神経細胞を傷害する可能性を示し、少なくともマウスでは抗原特異的免疫反応がAD等の Tauopathy に関わっていることをより明確にした研究で、9月3日 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Priming of CD8 + T cells by peripheral dendritic cells exacerbates tau-mediated neurodegeneration(CD8T細胞を末梢の樹状細胞が刺激することでTauによる神経変性を促進する)」だ。
この研究でも変異TauとAPOE4を組み合わせて早期に Tauopathy が発症するモデルマウス (TE4) を用いている。自己抗原に対する免疫反応だとすると、それを処理して抗原提示する樹状細胞が除去されたマウスでは神経変性が起こりにくいはずだと考え、まず1型樹状細胞 cDC1 発生に必須の Irf8遺伝子のエンハンサーをノックアウトして cDC1 の欠損したマウス(Δ32マウス)を作成している。期待通りΔ32マウスで cDC1が除去されていることを確認した後、Δ32をTE4と掛け合わせ、Tauopathyによる神経細胞死を抑制できることを示している。このマウスでTauの蓄積を調べると、cDC1がなくても蓄積自体は進んでいるので、Tau蓄積により誘導される免疫系による神経細胞傷害が神経変性の原因と考えている。
次に、この変性に関わる細胞を特定するため single cell 解析を行い、最終的にTauが蓄積するTE4マウスでは、活性化されたCD8T細胞の脳内への浸潤が見られるが、cDC1が欠損するとこの浸潤が見られなくなることを発見する。ミクログリア反応もTau蓄積で起こるが、cDC1が欠損するとこの反応も抑えられるので、CD8T細胞による細胞傷害がTau蓄積により誘導されることが変性の最も重要な要因であることが示された。
このように cDC1とCD8T細胞という役者が揃うと最も考えられるのがクロスプレゼンテーションと呼ばれる現象だ。cDC1は外来分子を取り込み通常クラスII MHCを介してCD4T細胞を刺激するが、細胞内で分解されたペプチドの一部はクラスIにロードされCD8キラー細胞を誘導することが知られている。ガン免疫でクラスIIを発現していないガン細胞が樹状細胞により処理されキラー細胞を誘導出来るのもクロスプレゼンテーションのおかげだ。この研究でも実際にクロスプレゼンテーションでCD8細胞が誘導されるか、卵白アルブミンを用いた系で確認したあと、クロスプレゼンテーションが出来なくなるマウスを作成し、Tau蓄積による細胞変性を調べるとCD8T細胞の浸潤が防がれ神経変性が低下する。即ち、Tau蓄積により障害を受けた神経細胞から出てきた分子が cDC1に取り込まれ、クロスプレゼンテーションによって神経障害性のキラーT細胞が誘導され、神経細胞を傷害することで、Tauopathy の進行が促進されると言う可能性が示された。
cDC1は脳内に存在しないためCD8T細胞は脳内とつながるリンパ節で誘導され脳に浸潤すると考えられる。これを確認するため、Tauが蓄積したTE4マウスの脳と連結するリンパ節からCD8T細胞を取り出し、まだ Tauopathy が進んでいないTE4マウスの脳に注射すると、グリア反応が高まることを確認している。
結果は以上で、2023年の論文と比べると、神経細胞変性を誘導する免疫過程がかなり絞り込まれたと思う。またMHCと結合するペプチド解析も行い、Tau由来ペプチドを始め多くのペプチドを特定しているが、これらがキラー活性を誘導しているかどうか今後の問題になっている。
神経変性疾患に抗原特異的免疫反応が関わる可能性を示す研究が増えてきており、例えば制御性T細胞を用いたADの治療まで進むかもしれない。
2026年9月30日
私は補聴器を使っているが、デンマークに優れたメーカーが多い。「何故」とAIに訪ねると、高水準の福祉、産業集積、聴覚研究のレベルなどが答えとして帰ってくるが、もう一つ重要な要因があるのではと思っている。どの論文だったのかは忘れたが、デンマーク語は子音が複雑で、さらに母音も40種類もあることから、聞き取りが極めて難しいことが書かれていた。補聴器は単純に音を大きくするだけが調整ではなく、話す言葉がはっきり聞き取れるように調整される。とすると、当然デンマーク語は調整が最も難しい言語のはずで、これが優れた補聴器メーカーを育てたと言える。この調整の際、子音の区別に重点が置かれているようで、実際人の話が理解できなくなる最大の理由がこの点にあることは実感している。
このように子音と母音は我々の言語の音節構築の基本単位だが、人間は単語の識別をより子音に頼って行っているようだ。これは言語理解が急速に発展する一歳児で既に見られる現象で、音としては母音の方が強いのに、何故子音をベースに聞こえている文章の音節を区別するのかはよくわかっていない。
今日紹介するハンガリー・ブタペストの ELTE Eötvös Loránd 大学からの論文は、何故子音が文章の区切りの区別に母音より重要かという問題についての、極めてユニークな研究で、9月24日 Science に掲載された。タイトルは「Neural evidence that dogs segment the speech they hear with a humanlike consonant bias(イヌも人間の様に聞いているスピーチを区切るとき子音により頼るのかについての神経学的エビデンス)」だ。
何故子音をベースに区切るのかについては、言葉の意味を学習する中で生まれてきたという考えと、話している音を聞いている中で確率的に学習した結果という考えがあるようだ(ただ、個人的には本当にこの2つの説明しかないのか、またそれぞれは具体的に何を意味するのかがよくわからない。ただいまは気にしないで進める)。
ここからが大展開で、この2つを区別するためには、言葉の意味を知らないイヌと人間が話し言葉のような並びを聞いたときそこに存在する音、シラブル、単語、センテンスの区切りを脳内で区別しているか調べれば良いのではと着想した。
そのために、母音を固定してその前に来る子音がバラバラ(_e_u_á _o_é_ü _ö_i_a)の意味のない文章らしき音の区切りが規則的に繰り返す母音型文章を合成する。このなかで(_o)は最少音節単位で1秒に8回(8Hz)の頻度、_e_uはシラブルで4Hzの頻度、さらに音節が3回以上繰り返す文章は1.3Hの頻度になる。同じように子音を(b_n_k_ m_z_t_ p_f_g_)の規則的繰り返しを子音型文章として合成し、これを脳波計を装着したイヌと人間に聞かせている。大事なのは文章が規則的で学習しやすいことで、これで音節を頭の中で区切れるようになる。
聞いている音を追跡し始めると、それぞれの音節に対して脳波が同期するのが観察できる。人間の場合、意味がとれなくても(例えば私がハンガリー語を聞いている場合)、人間では、子音と母音が組み合わさった音の最小単位 8Hz、シラブル 4Hz、及び3音節が組み合わさった単位1.3Hzに対して脳が同期していることがわかる。ただ、同期の強さを比べると、子音型文章を聞いたときの方が同期が強い。これが人間で文章を聞くとき子音を主に区切りとして使っていることの証拠になる。
さてイヌだが、人間と同じように 8Hz、4Hz での同期は観察できるが、1.3Hz ではほとん同期がない。ただ、音響学的にこれに対応する区切りが 2Hz にも存在することが想定でき、ここにはっきりと同期が観察されるので、音節の繰り返しも区別することがわかった。ただこれは子音型文章だけで母音型文章は区別出来ない。即ち、イヌも同じ人工文章の流れを追跡するが、音節が長くなると子音型文章だけに反応している。いずれにせよ、子音で区切りを付けるのは人間もイヌも同じということになる。
実際には単語を聞くとき脳の反応は人間では 400−500ms ほど遅れる。これをERPと呼んでおり、イヌでは少し早く350msほどだ。これを使ってERPを抜き出して調べると、同じ結論が得られている。
おもしろいのはイヌを生後12週前から人間と暮らしたか、12週以後から暮らしたかで区別して反応を調べており、両者で全く違いがない点だ。すなわち、子音をベースに区切りを付けるというのは発達期の学習の問題ではない。ただ、人間の言葉を聞いたことのない野生のイヌで調べたわけでないので、何故子音が区切りのベースに使われやすいのかの理由は全くわからずじまいで終わっている。
結果は以上で、私の説明もわかりにくかったと思うが、論文自体も独自の言い回しが多く、読みづらい論文で、読んだ後も、本当にこの結論でいいのかと完全に納得できない。ただ、同じ文章を聞いたときの脳の反応をイヌと人間で比べるという着想は買えると思う。
2026年9月29日
1月に一回はできるだけ臨床治験など直接治療に関わる論文を紹介したいと思っているが、今月は最近の The New England Journal of Medicine に掲載された2編の論文を紹介する。
最初は9月24日に韓国・延世医科大学から発表された論文で、心房細動で脳卒中の危険因子を持っている患者さんは、経口抗凝固剤によって卒中リスクを70%近く抑えることを示した研究だ。タイトルは「Anticoagulation for Atrial Fibrillation with Intermediate Stroke Risk(中程度の脳卒中リスクのある心房細動患者さんに対する抗凝固剤治療)」だ。
唾液腺ガンの術後ほぼ1ヶ月目に、意識を失う心房細動発作を起こして1日入院し、その後βブロッカーと脳卒中予防としてアピキサバン(エリキュース)を服用しているが、このタイトルを見て驚いた。と言うのも、この論文の対象はまさに私自身で、既にこの論文で検証されている治療をまさに受けている。当然自分が受けている治療は、とっくに治験で確かめられた結果だと思っていた。ところが2000人規模の患者さんを無作為化した臨床治験が、今頃臨床のトップジャーナルが掲載している。何を今更と驚いて読んでみた。
Introduction を読むと、我が国だけでなく、米国やヨーロッパの医学界は、脳卒中リスク(例えば糖尿病と高血圧)を持っている患者さんが心房細動発作を起こした場合、抗凝固剤を強く推奨していることは間違いない。しかし驚くことに無作為化した治験は行われていないようだ。この研究では脳卒中リスクを一つでも持っている患者さんで発作性、あるいは持続性の心房細動を持つ患者さん1800人を無作為に経口抗凝固剤投与、非投与に分けている。偽薬は用いていないが、元々様々な薬を処方されていると思うので、わざわざ偽薬の必要はないのかもしれない。それぞれを2年間観察して脳卒中の発生を比較している。
結果だが、両グループはそれぞれ902人、901人と母数に変わりはないが、抗凝固剤投与群では4例、非投与群では13例の脳卒中が2年間で発生している。即ち、70%もリスクを低下させた。一方心配される出血が止まり憎くなることによる問題は、ほとんど非投与グンと変わらなかったという結果だ。他にも、卒中のリスク因子ごとに効果を調べているが、割愛する。学会により推奨され、広く臨床応用が進む治療法について、コントロールを置いた治験が行われていなかったというのに最も驚いた。逆から考えると、大規模治験至上主義を今後検討していく余地があると言うことになる。
もう一報は8月28日に発表されたLetterで、昨年同じグループが発表した、肝臓細胞のANGPTL3遺伝子を CRISPR/Cas9 でノックアウトした第一相治験の論文のフォローアップで、最初の論文は180日までの観察、今回のレターは360日までの観察で、治療効果が持続していたという結果だ。タイトルは「Durability of CRISPR-Cas9 Gene Editing Targeting ANGPTL3 with CTX310(CTX310を用いたANGPLT3を標的にしたCRISPR/Cas9遺伝子編集法の効果持続性)だ。
ヒトの遺伝子解析から、変異により高脂血症が防げる遺伝子がいくつかリストされているが、このグループは通常の薬剤でコントロールできなくなった高脂血症患者さんの肝臓から、このような遺伝子、ANGPTL3やPCSK9遺伝子を CRISPR/Cas9 を用いた遺伝子編集で肝臓からノックアウトする第一相治療を相次いで発表している。
治療の発想自体は新しいものではなく、モノクローナル抗体やRNA阻害剤を用いた治療が開発されているので、遺伝子編集法が検討されるのも当然だと思う。このグループが用いる編集法は、CRISPR/Cas9とガイドRNAをAPOEと結合するリピッドナノ粒子に包んで静脈注射する方法になる。今回のレターの結論は、期待通り一回の治療で効果は1年間続き、その後の副作用はなかったという結果でこれだけ読むとなるほどで終わる。
ただ個人的に気になったのは、Cas9をそのまま遺伝子編集に用いている点だ。すぐに副作用として現れなくてもオフターゲットの遺伝子切断が起こっている可能性があるのに、前臨床でほぼ観察されないとしてCas9利用が許可されている点に驚いた。最近の論文を読んでいると、Cas9ではオフターゲット編集があるのをを当然として新しい編集方法が開発されている。結局は確率論で、低い確率なので治療効果は良くても本当にこのままでいいのかと気になった。
2026年9月28日
慢性骨髄性白血病 (CML) はBcr遺伝子とAbl遺伝子が転座によりキメラ分子を形成することで、Ablキナーゼが制御不能になり、結果、造血幹細胞が増殖を続けるため様々な血液細胞が大量に造られる病気で、通常1万以内の白血球が数万、場合によっては数十万に達する病気だ。私が医者になった頃は、骨髄移植も標的薬もまだ実用化されていない時代で、苦しんでいる患者さんに何も出来ないという経験をした。その後骨髄移植が安全に行われるようになり根治が可能になった。そして21世紀に入ってチロシンキナーゼ阻害剤イマチニブが開発され、骨髄移植もほとんど行われなくなった。素晴らしいことに、他の腫瘍と異なり、薬剤の耐性が起こりにくく、この薬剤で病気をほぼコントロールできる。とは言え、10-15%の頻度でイマチニブ耐性は起こるし、耐性が起こらない人も、薬剤を完全にやめることが難しい。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、Abl遺伝子のキナーゼ部分とタンパク質構造の変化に関わる部位に対する薬剤をうまくリンカーでつなげることで耐性の起こりにくいより効果が高い薬剤を開発できることを示した研究で、9月23日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A design approach for bitopic kinase inhibitors(2領域を標的とするキナーゼ阻害剤をデザインする)」だ。
イマチニブ耐性のCMLに対して様々な新しい阻害剤が開発されている。ダサチニブなどの第二世代を経て、第三世代のポナチニブ及びキナーゼ部位ではなく構造変化に関わるポケットを標的にしたアシミニブが開発され、耐性が発生した人も治療が可能になってきた。さらに両方を併用するとより強い効果が得られることもわかってきた。ただ、新しい薬剤は特異性が低く、副作用が強い。このグループは、なんとポナチニブとアシミニブをリンカーでつなぐことで効果を高めて副作用を抑えられるのではと着想した。
この研究では、ダサチニブ/アシミニブ、あるいはポナチニブ/アシミニブの二つの独立した薬剤をポリエチレングリコールリンカーでつなぐことで、特異性と効果を高められないかと着想し、リンカーの長さ、リンカーを結合させる場所などを変化させ、CML細胞株の増殖阻害効果を確かめている。結果、ダサチニブとアシミニブとの組み合わせは相乗効果が全く得られないが、ポナチニブとアシミニブを特定の箇所でリンカーでつないだ PonatiLink2 が、ポナチニブ単独より高い効果を示すことを発見する。
この戦略が他のキナーゼにも有効かを調べるため、EGF受容体に対する2種類の薬剤についてもリンカーでつないで調べているが、Ablで見られたほどの効果ではない。シミュレーションを用いて、リンカーの長さや、キナーゼ部位と構造変化に関わる部位を阻害したときの相性などを計算し、両方の薬剤の協調性の高く、リンカーのフレキシビリティーが高いことで相乗効果が得られることを示している。
理論的側面はこのぐらいにして、では PonatiLink2 はCMLの根治にもつながる薬剤の可能性を開くのか。まず他の薬剤に対する耐性変異抑制を調べると、9割以上の変異体に対しても効果を示す。次に、ダサチニブによる毎日の治療に週2回の PonatiLink2 を組み合わせ3週間治療した後薬剤をやめる実験を行っている。ダサチニブ単独では7割のマウスが薬剤をやめると再発するが、PonatiLink2 を加えたグループでは再発がない。さらにポナチニブ耐性のCMLを PonatiLink2 単独でほぼ完全に抑えることが出来ることも示している。
次は副作用だが、様々なキナーゼの試験管内検査法で他のキナーゼの阻害活性は認められず、またポナチニブに見られるような血液系や血管内皮への毒性を含む様々な副作用はほとんど見られなかった。同じ薬剤を同量以上に使っているのに、リンカーでつなぐだけで特異性が高まり副作用が抑えられるのは驚く。
結果は以上で、CMLの完全な治療が可能になったと結論したいところだが、大きな課題は薬剤としての性質で、おそらく腸管を通過できないポリエチレングリコールをリンカーとして使う限り経口投与は難しい。この研究でも腹腔注射を用いている、同じ薬剤をリンカーでつなぐだけで、特異性が上昇し、降下も上昇するというアイデアはおもしろいので、薬剤動態のいいリンカー法を開発するのが次の課題だと思う。
2026年9月27日
APOE遺伝子には大きく3種類の対立遺伝子が存在し、APOE4を持つほどアルツハイマー病 (AD) リスクが高まることが知られている。そのメカニズムについては脳血管関門が破れるなど様々な説が示唆されているが、なるほどと納得できるシナリオはないように思う。
これに対し今日紹介する Ichan School of Medicine at Mount Sinai からの論文は、APOE4がTGFβを介して血管周囲細胞を線維化型細胞へと変化させ、細胞外マトリックス、特にファイブロネクチンの蓄積を高めることで、血管周囲でのアミロイドの蓄積を高めることを示した力作で、9月24日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A pericyte-to-myofibroblast transition links APOE4 to cerebrovascular degeneration(ペリサイトから myofibroblast への転換がAPOE4と脳血管変性をつないでいる)」だ。
この研究ではまずADから切り離して、APOE4キャリアーの脳の single cell レベルのRNA発現データを様々なデータベースから集めて統一的に解析し、最終的にAPOE4キャリアーでは血管周囲細胞が減少して、線維化に関わる myofibroblast が増えていることを発見する。この結果をベースに組織学的に調べると、小血管の周りの周囲細胞が脱落して回りに myofibroblast が増えていることも確認している。さらに、ヒトのAPOE4やAPOE3を発現させたマウスの脳でも、加齢に伴って同じことが起こることも確認している。
あとはこの変化がAPOE4による周囲細胞自体の変化であることを、ヒトiPS細胞由来の周囲細胞と脳オルガノイド培養を組み合わせた創意に満ちた培養系で証明している。即ち、オルガノイドが正常由来でもAPOE4周囲細胞を供給すると、myofibroblast へ変化し血管から離脱する。
以上の結果から、周囲細胞の分化自体がAPOE4により変化して myofibroblastへ の転換が起こったと考え、single cell レベルの解析を分化の視点から見直すと、APOE4存在下で周囲細胞が中間段階の細胞を経て myofibroblast へと分化していることを明らかにしている。また、ヒトiPS細胞由来脳オルガノイドや、ヒトAPOEを発現させたマウスモデルを用いてこの結果を確認している。
このようにADとは関係なく、APOE4キャリアーでは血管周囲細胞がmyofbroblastへと転換することを確認した後、ADとの関係を探っている。そして、myofibroblastへの転換の結果起こる線維化、特にファイブロネクチンの合成上昇が、アミロイドβの蓄積を促進することを、マウス実験系やオルガノイドで確認している。そして、ファイブロネクチン合成を抑えることで、アミロイド直積を抑えられる事も示している。
周囲細胞からmyofibroblastへの転換にはTGFβが関わることが知られており、APOE4で見られる転換もTGFβが関わるのか、TGFβの発現を調べると、TGFβ1はmyofibroblastで最も発現が強いが、TGFβ2はアストロサイトで強く発現している。APOE4キャリアーでは確かにTGFβ1の発現が上昇し、またオルガノイド培養にTGFβ阻害剤を加えることでmyobibroblastへの転換が抑えられる事、さらにマウスモデルに同じ阻害剤を投与することでAPOE4によるmyofibroblastへの転換を抑えられる事を確認している。
以上の結果から、APOE4ではメカニズムははっきりしないが血管周囲細胞でのTGFβ産生が上昇しmyofibroblastへの転換が起こりやすくなり、血管周囲の線維化が促進される結果、蓄積したアミロイドの除去が抑えられ、結果的にADの進行を促進するというシナリオになる。ヒトのデータベース再検討から始まり、マウスやオルガノイドなど創意に満ちた実験を重ねて、APOE4についての新しい統一的シナリオまで至ったのは素晴らしい。また新しい治療標的としての開発も始まる気がする。
2026年9月26日
老化の一つの原因が老化しても組織に居座る細胞が増加することで、老化細胞を標的にして新陳代謝を早める Senolysis は老化研究の重要分野になっている。問題は senolysis を誘導する方法が見つかっても老化を防ぎたいと思うと、それに必要な薬剤などを飲み続ける必要がある。従って、動物実験で寿命が延びることを示せても、寿命の長い人間で治験を行うことは難しい。事実、抗老化を目的とした senolysis 治験の成功例はまだ聞いたことがない。代わりに senolysis は、肺線維症や腎硬化症など、線維化が進む病気の治療として効果があることが知られている。
今日紹介する米国 スローンケッタリング ガン研究所からの論文は、老化細胞で細胞接着分子Pセレクチンが強く発現していることを利用して、老化細胞特異的 senolysis による線維化治療法を開発する中で、この治療効果が老化細胞一般ではなく、老化マクロファージの senolysis を介していることを明らかにした、senolysis 分野では重要な研究で、9月24日 Science に掲載された。タイトルは「Senescence-directed nanotherapy ameliorates fibrosis and overcomes immune exclusion in cancer(老化細胞を標的にしたナノ粒子治療は線維化を軽減し腫瘍免疫を高める)」だ。
このグループはPセレクチンに強く結合する fucoidan をナノ粒子として薬剤をPセレクチン発現細胞にデリバリーする方法を開発しており、腫瘍の微小環境を標的にしてMEK阻害剤を投与、ガンの様々な治療を高められることを既に示している(2016 Science Translational Medicine, 8:345)。
その後の研究、Pセレクチンが老化細胞の関わる線維化病巣で発現しているという可能性を示唆する観察が増えたことから、fucoidanナノ粒子 (FNP) で線維化を抑えられるのではないかと着想し、この研究を始めている。まずヒトの肝硬変や肺線維症組織でPセレクチンの発現を見ると、特に細胞老化のマーカーを発現している細胞でPセレクチンも発現が上がっている。これを確かめるため、マウスの肝硬変や肺線維症を誘導して調べると、線維化が起こっている領域でPセレクチンの発現が上昇している。
これを確認してから、次にFNPにBcl2阻害剤、あるいは転写因子BET阻害剤を詰めて線維化モデルに静脈注射すると、期待通り線維化を強く抑制することが明らかになった。おもしろいのは、Bcl2阻害剤ではPセレクチン陽性の老化細胞が低下することにより線維化が抑えられるが、BET阻害剤の場合は老化細胞はそのままで、コラーゲンなどの転写の変化で線維化が抑えられる。また、これらの薬剤はそのまま投与すると副作用が強いが、FNPでデリバーするとほとんど副作用はない。
Pセレクチンを発現する老化は多くの細胞で見られるので、どの細胞が実際の標的になっているのか、Pセレクチンと老化マーカーであるβGalの発現を指標に様々な細胞をソーティングして、FNP-薬剤の効果を調べると、なんとマクロファージだけが FNP を取り込んだ後、最終的にリソゾームまで粒子を運んで阻害剤を遊離することがわかった。即ち、Pセレクチン陽性細胞全体が標的ではなく、ナノ粒子による治療はマクロファージが主要な標的で、このマクロファージが組織全体の老化と線維化を調節していることが明らかになった。Single cell レベルの解析から、マクロファージの中でも脂肪を処理する能力を持つマクロファージが、組織線維化の主役であることも明らかにしている。この結果は、今後病的な線維化、及び加齢による線維化、及びその senolysis による治療も、同じマクロファージから見直してみることの重要性を強く示唆している。
さらに、この研究では病的線維化として、増殖の強い腫瘍の周りの線維化も同じではないかと考え、線維化を誘導した肝臓に腫瘍を移植する実験系で、FNP の効果を調べている。結果は期待通りで、FNP により Bcl2阻害剤を投与すると、腫瘍に薬剤が到達できるようになり、それまで効果がなかった抗ガン剤が効くようになる。そしてこの効果は腫瘍周辺に集まるマクロファージを senolysis で除去することで起こること、また薬剤による治療をガンに対する免疫が助けていることを発見する。即ち、Pセレクチン陽性老化マクロファージを senolysis させることで、腫瘍周辺の線維化が消失し、薬剤がガン細胞へ移行しやすくなると同時に、T細胞によるガン免疫反応のアクセスが高まり、治療効果が安定化することがわかった。
最後に人間でも同じことが言えるかを調べるため、ガン組織のデータベースを調べ、ガン増殖を助けるマクロファージが存在するとされてきた組織にPセレクチンマクロファージが存在すること、免疫チェックポイント治療に反応しないグループでこのようなマクロファージが多いことを確認している。
以上が結果で、senolysis の標的をマクロファージに絞れたことがこの研究の大きな貢献で、線維化だけでなく、ガン治療にも新しい可能性が生まれた重要な研究だと思う。
2026年9月25日
薬剤開発が不可能とまで考えられた変異K-rasに対する薬剤の開発が続いている。アムジェンの K-ras G12C 特異的な共有結合型阻害剤 sotorasib を皮切りに、Revolution Medicines の開発したほとんどのRas変異を阻害する daraxonrasib が FDA により認可されている。我が国でも、G12D変異Ras を分解してしまう setidegrasib がアステラス製薬により開発され、肺ガンで第3相の治験が始まっている。このように、あっという間に多くのRas阻害剤が利用できるようなり、また目覚ましいガン抑制効果が証明されているが、問題はRas阻害剤単独では必ず耐性が発生することだ。
この問題を解決する方法の一つとして期待されているのが、免疫チェックポイント治療など免疫治療との併用で、Ras阻害剤でガンを殺し、そこで発生するガン特異的な抗原に対する免疫を誘導し、薬剤に対する耐性ガンの出現を抑え込む方法だ。今日紹介するハーバード大学からの論文は、膵臓ガンモデルでRas阻害剤と併用する免疫方法を探索し、タンパク質デザインの大御所 David Baker さんたちが開発した、IL-21活性を持つデザインペプチドが最も高い併用効果があることを示した面白い論文で、9月23日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「CD4 T cells convert transient responses to KRAS inhibition to durable remissions in pancreatic cancer(CD4T細胞はKRAS阻害による膵臓ガンへの一時的効果を持続的に変える)」だ。
IL-21はT, NK, B細胞やマクロファージ、樹状細胞を刺激できるインターロイキンで、IL-21受容体はIL-2と共通のcommonγ受容体と重合体を形成し独自のシグナルを生成する。このグループはIL-21について研究を続けており、その一環として、David Baker さんと共同で、マウスとヒトのIL-21Rを刺激できるデザインペプチド21h10を報告していた。そして今最も注目されているRas阻害剤と免疫治療の組み合わせに使えないか、膵臓ガンを移植したマウスで調べている。これまで示されてきたように、Ras阻害剤はチェックポイント阻害の組み合わせや、自然免疫の活性化を加えると生存が伸びる。また Baker さんたちがデザインしたIL-2/IL-15活性を持つペプチドでも同じように生存期間が延びるが、効果は限定的だ。これに対し21h10を同時に注射すると、8割以上で完全に腫瘍が消失し、100日以上生存する。IL-2/IL-15ペプチドの効果が限られていることからcommonγシグナルだけではなく、IL-21受容体とcommonγによるシグナルがこの効果に必要であることがわかる。移植モデルだけではなく、変異Rasとp53欠失を組み合わせた自然発ガンマウスでも、また肺ガンマウスでも同じように効果が得られる。
この効果のメカニズムを探るべく、膵臓にガンを移植しRas阻害剤+21h10の組み合わせでガンに浸潤してくる細胞を探索している。IL-2と同じでIL-21も全身投与すると膵臓炎など強い副作用が出るので、これを抑えるための抗TNF抗体も組み合わせている。これだけ高い効果が得られるのでおそらくキラー細胞が活性化されているのかと思いきや、なんと活性化されたCD4が増加していることを発見する。同じCD4でも制御性T細胞は低下している。Single cell レベルで増殖しているCD4細胞を調べると、インターフェロンγを発現するTh1型のCD4細胞が増殖していることもわかった。
抗体や遺伝子ノックアウトマウスを用いて、21h10の効果の原因細胞を調べると、CD8細胞やDC1樹状細胞は必要無く、Th1 CD4T細胞と免疫を誘導するDC2樹状細胞がこの効果に必須であること、そしてこの活性にはクラスI MHCを介する直接的ガン細胞障害は必要無いこともわかった。詳細は割愛するが、Ras阻害剤で一過性に傷害されたガン細胞がDC2に取り込まれTh1 CD4T細胞を活性化し、分泌されるインターフェロンにより炎症及びガン細胞のマクロファージによる貪食が高まり、ガンが消滅することを示している。
結果は以上で、最後のインターフェロンはマクロファージの貪食を活性化してガンを殺すという点については、本当にそれだけでこれほどの効果が得られるのか疑問に思う。またこの効果がデザインペプチドでしか得られないのか、IL-21でもいいのかも是非知りたいところだ。一方で、この研究もCD4T細胞が直接的ガン細胞障害を越える作用を持つことを証明しており、今後のがん免疫療法を考える上で重要だと思う。おそらく人間の場合全身投与は問題があると思うので、21h10にさらに細工が必要だと思うが、是非膵臓ガンの根治を目指す治療法開発へと発展してほしい。
2026年9月24日
高温でも棲息できる高熱細菌は生物学の発展に大きく寄与している。Covid-19パンデミックで一般の人にも完全に周知されたPCR検査は、高温に耐えるDNA複製酵素が支えている。と言うのもPCRによる遺伝子増幅には、複製したい2本鎖DNAをまず一本鎖に変えてからそれぞれの鎖を複製する必要がある。DNA2本鎖が一本づつに別れるためには94℃以上に熱する必要があり、その後プライマーと会合させて複製を進めるには温度を下げる必要がある。即ち、温度を2本鎖分離、プライマー結合、複製と変える必要がある。この温度変化に耐えるために使われているのが、好熱菌から分離したDNAポリメラーゼで、これら異なる温度で働くことが出来るのは、高熱細菌由来のポリメラーゼだけだ。このように、細菌や古細菌には100℃以上の環境で増殖するものが多く見つかっているが、これまで知られている高い温度で棲息できる真核細胞は、カビや藻類で見つかっているだけだった。
今日紹介する米国ニューヨークのシラキュース大学からの論文は、藻類より進化したアメーバの中にも63℃と言う高温でDNA複製と細胞分裂や細胞移動を平気で行う種の存在を明らかにした研究で、9月22日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A geothermal amoeba sets a new upper temperature limit for eukaryotes(地熱地帯で発見されるアメーバは真核生物が生存可能な新しい限界を示す)」だ。
カビや藻類で60℃近くで生存する種は知られているので、この研究では最初からアメーバに絞って米国のラッセン火山国立公園の49℃-65℃のお湯が流れる川で、pHが6-7と安定している支流を選び、3年かけて探索し、高温で生息できるバクテリアを食べるアメーバを分離するのに成功している。最初は実験室で63℃で増殖させた系統を解析に使っているが、その後同じアメーバを高温の環境から直接分離することにも成功している。
まずゲノムを解析して系統関係を確立し、これまで耐熱性があることで知られる Vermamoeba vermiformis に近い新種で、Incendiamoeba cascadensis(炎のアメーバ)と名付けている。63℃で平気で増殖することから、真核生物の高温耐性の限界を引き上げる新種の発見と言える。
まず細胞学的に、高温で細長い芋虫様形態と典型的アメーバ様構造をとることができる。それぞれは食べる時と移動するための形態といえる。増殖活性は55℃がピークだが63℃まで増殖できる。そして、完全に融資分裂がこの温度で起こることも確認される。また、さらに高温になると増殖は止まりシスト形成により生存が可能だ。これにより70℃までは生存し温度を下げると増殖を再開するが、80℃になると死滅する。
重要なのは、高温でも生存するメカニズムだが、これについてはゲノムや遺伝子発現をざっと見ているだけで、詳しい解析はこれからになるが、それでも熱耐性への進化の道筋は追うことができる。まず最も近い V. vermiformis と比較した時、共通の遺伝子は半分だけで、残り7000近くの遺伝子はこの種特異的であることが分かった。原核生物では遺伝子がコンパクトになるとは逆の戦略がとられている。また遺伝子自体の耐熱性のためのコドンの使用パターンも違う。
温度が上昇した時に発現が変化する遺伝子を調べると、シャペロン、タンパク分解システム、DNA修復、細胞膜やオルガネらとの輸送システムなどが上昇し、アミノ酸代謝、脂肪代謝など軒並み低下が見られる。重要なのは、高温で強く誘導される200遺伝子のうち、70%が機能が予想できない分子で、熱耐性を理解するための宝の箱が開いたかもしれない。
そして、多くのタンパク質で高温耐性が発生している。代表的な分子の構造をAIで調べると、疎水性で側鎖が荷電していないアミノ酸がタンパク質表面から除去されることで、高温でタンパク質が凝集するのが防がれている。また、表面の電荷が少ないのは熱耐性菌でも見られる。
以上が結果で、遺伝子解析は行われていても、なぜ60℃を超える高温でアクチンや微小管をコントロールして分裂や遊走貪食が可能なのかなど、多くの面白い課題が残った。さらに、全く機能のわからない何千もの分子が存在し、全てではないにせよ耐熱性を支える分子の宝箱がどう進化したのか、興味は尽きない。
2026年9月23日
ノルエピネフリン(ノルアドレナリン:NE)は交感神経が、末梢の様々な細胞に働きかけて全身の調節を行う神経メディエーターだが、同じようなNE神経が脳内にも存在しており、交感神経と同じように、シナプスを介する神経伝達ではなく、NEの分泌を通し神経やグリア、更には血管にまで働いて、脳の覚醒状態やアテンションを高める働きがあることが知られている。
今日紹介する米国アレン研究所からの論文は、青班核から脳内に投射するNE神経の構造と機能を一から基礎的に調べ直した研究で、NE神経についてなるほどと理解が進む論文で、9月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Topographic structure and function of locus coeruleus noradrenaline neurons(青班核のノルアドレナリン神経のトポロジー構造と機能)」だ。
まずNE合成の律速段階の酵素を用いてNE神経を標識する方法を開発し、片方の半球の青班核からの神経投射を見ると、脳内のほとんどの場所に神経線維が投射されているのが見事に示されている。
ただ全体を眺めるのではなく、一本一本の線維を追いかけるとNE神経の特徴を見事に表現した構造が見えてくる。まず、青班核の場所に応じて投射する場所が決まる。例えば脳皮質に投射するのは青班核の背側、小脳へ投射するのは腹側中部、そして脊髄に投射するのは腹側に神経が存在している。
さらにおもしろいのは投射で、他の脳神経と異なり特定の神経細胞へシナプスを形成するわけではないので、なんとほとんど分岐のない長い軸索を領域全体に言ったり来たりしながらカバーする。なんと一番長い軸索は70cmを超える。マウスの脳の大きさを考えると、その長さに驚嘆する。NE神経は軸索上に数珠のようにつながるバリコシティーからNEを分泌するので、この構造はまさに一本の神経が領域全体をカバーして、脳細胞全体の状態を調節するという目的にドンピシャで合致しており納得する。
青班核のNE細胞から核を取り出し、single nucleus RNA sequencing で遺伝子発現を調べると、決して単一な集団でなく、極めて多様な細胞集団であることがわかる、この多様性を、組織上で多くの遺伝子の発現を調べる Merfish で調べると、青班核の背側から腹側にかけて、まさにモルフォゲン勾配でも存在するかのように(おそらく存在していると思うがこの論文では研究されていない)、それぞれの遺伝子が勾配を持った分布を示している。この遺伝子発現の違いにより投射の場所が決まっていると思うが、メカニズムについてはこれからだろう。これまでの神経接合の選択性とは全く違ったメカニズムが今後明らかになると期待される。
最後に、NE神経の反応を電気的に、あるいは光遺伝学的にレコードして、学習した結果から行動を決定する課題を行わせるときの反応を調べている。この過程に関わる脳皮質に投射した神経の活動は、同じ行動が続くときより、違う行動をとるときに興奮が高まり、また予測に反する結果を得たときに反応が高まる。これまで指摘されてきたように、興奮状態で脳内を調節して、新しい記憶を形成するのに役立っていることがわかる。
以上が結果で、脳全体をこのように調節する青班核へのインプット、更には投射場所の異なる青班核細胞についての光遺伝学的機能検査など、おもしろい研究が続く予感がする研究だった。なんと言っても、構造をはっきり示されることで脳内NE神経の機能がしっかり理解できる論文だった。
2026年9月22日
レチノイン酸 (RA) は発生学で最も重要なモルフォゲン(濃度勾配で発生パターンを形成する分子)で、ホメオボックス遺伝子を支配して胎児の前後軸を決定したり、左右や背腹軸、更には手足の指のパターン形成にも関わることが知られている。おそらく発生学の専門誌ではRA勾配の研究は続いていると思うが、一般紙ではあまり見かけなくなった。
今日紹介するイエール大学からの論文は、最近では一般誌では珍しいRAモルフォゲンの分子メカニズムからスタートした研究で、9月16日 Nature にオンライン掲載された、私のような引退後の老兵を懐かしい気持ちにさせる研究だ。タイトルは「A retinoic acid autoregulatory loop governing prefrontal–motor arealization(レチノイン酸の自己調節回路が前頭前皮質と運動皮質の区域化を調節する)」だ。
思考や感情をコントロールして高次行動を決定する過程に関わる前頭前皮質は、主にマウスを用いた研究でRAモルフォゲン勾配によって運動皮質と区域化されていることが知られている。この研究の目的は、RA勾配の下流で働く転写因子を特定して、RA勾配が前頭前皮質形成メカニズムを明らかにすることだ。
研究ではまずRAの下流で働き前脳前皮質形成に関わる転写因子を、人間の発生途上の脳を用いて探索している。RNA sequencing やクロマチンを調べる Atac-seq 、さらにRA受容体の結合などを組み合わせて調べ、前頭前皮質形成時期に発現する候補遺伝子として Meis2 を特定している。もちろん他にも同じような遺伝子は見つかっているのだが、何故 Meis2 に絞るのかの理由については、自閉症スペクトラムや統合失調症のリスク遺伝子としてしられていること以外は言及されていない。いずれにせよここからこの論文は Meis の神経特異的ノックアウト研究になる。
Meis2 はマウス、サル、ヒトで皮質形成時に皮質で発現が見られ、RA受容体が遺伝子に結合してクロマチンがオープンになっている。即ちRNの下流で働いている。
脳特異的にノックアウトすると、前頭前皮質が縮小し、運動皮質が拡大する。その結果視床各部位との投射が低下し、逆に脊髄との神経結合が上昇する。細胞レベルでは皮質の上層細胞が消失し、逆に最も下層の第5第6層が拡大し、この細胞レベルの神経分化の変化の結果、他の領域との神経結合が大きく変わってしまう。特徴的なのは、脳梁を介して反対側の大脳への結合がほぼ完全になくなることで、結果として脳全体の調整機能などが失われると想定される。
実際マウスの行動学的には、作業記憶は保たれているが、対象物への興味の低下、不安行動の上昇、目的に向けた行動など、前頭前皮質の機能として知られている機能がほとんど失われる。ヒトでも Meis2 が片方の染色体で欠損すると脳梁が縮小し、また知的障害にいたる脳の発達障害を来すことが知られているが、この研究でヒトの病態の解析への明確な視点が生まれた。また、自閉症スペクトラムや統合失調症との関係もさらに理解が深まると思う。
研究では最後に、Meis2とRA合成との関わりについても調べ、大脳皮質上層でのRN合成が失われることも示している。ただ、Meis2 自体がRA合成酵素を調整するわけではなく、おそらく合成細胞の分化に関わる結果だが、これにより、RA→Meis2発現→皮質上層細胞分化→RA合成という自己再生回路が働き、RA勾配が維持されるメカニズムも示している。
久しぶりのモルフォゲン勾配の論文で懐かしい気分になった。