10月23日 抗老化研究2題(10月21日 Nature オンライン掲載論文他)
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10月23日 抗老化研究2題(10月21日 Nature オンライン掲載論文他)

2026年10月23日
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むちゃくちゃ大事とは思えないが、ちょっと気になった抗老化論文を2編まとめて紹介する。詳細には入り込まずに、結果と感想のみ書いておくことにする。

最初の論文は私が留学していたドイツ・ケルン大学からの論文で、線虫を用いて低温が長生きにつながる原因を探る研究で、10月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cold activates a BH2 metabolic network promoting longevity and proteostasis(低温によりBH2代謝ネットワークが活性化され寿命とタンパク質恒常性が維持される)」だ。

ほとんどの動物で低温の方が長生きできることが知られている。この研究では寿命の長短を調べやすい線虫を用いて、低温時に誘導される代謝変化で寿命に関わる代謝物を探索している。この中から酵素の働きを助ける補酵素の一つBH2が線虫で上昇していることをまず発見する。これを手がかりに、低温で寿命が延長するメカニズムを探り、最終的に以下の結論を得ている。

まず低温に反応した筋肉でCAT-4と呼ばれる GTP cyclohydrolaseがBH2 を合成する。BH2は体内に浸透して、特に腸管細胞や神経細胞でDHFR-1酵素により活性型の補酵素BH4に転換され、これが補酵素としてチロシン合成酵素を活性化して、チロシンが合成される。これが最終エフェクターとして脂肪代謝を中心に変化を誘導し、寿命を延ばす。一方、神経細胞では同じ経路で合成されたチロシンがタンパク質の合成分解のバランスを維持する恒常性維持を促進し、寿命を促進する。このシナリオは、例えばCAT4の過剰発現でBH2が造られると、寿命が延びること、あるいはBH2投与やチロシン投与でも寿命が延びることから確認している。

最後に人間の細胞にBH2やチロシンを加える実験で、タンパク質の恒常性が維持されることも示して、人間でも同じことが言えるように議論している。ただここまで言うのははばかられたのか、人間の細胞の場合酸化ストレス下では、より複雑な回路で効果が得られないことを議論している。それでもチロシンは蛋白質恒常性維持に役立つと結論している。ただ簡単にチロシンが蛋白質恒常性維持に役立つから抗老化作用があるかもしれないと結論してしまっていいのか気になる。と言うのもチロシンは、サプリとして必要以上に高齢者が摂取することは危険とされている。以上のことから、話は線虫に止めておいた方が良さそうだ。

次は米国ロサンジェルス Cedars-Sinai Medical Center からの論文で、老化に伴いPD-L2が発現することが老化細胞の除去を妨げていることを示した研究で、9月10日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Blocking PD-L2 prevents senescent cell accumulation and age-related dysfunction(PD-L2を阻害すると老化細胞の蓄積を抑え老化による機能低下を改善する)」だ。

医科研の中西さんたちがPD-1抗体で老化細胞除去が上昇することを示していたと思うが、この研究もその延長にあると思う。ただ、PD-1やPD-L1を抑制すると当然自己免疫病発症という副作用が考えられる。これに対し、この研究では細胞老化でPDーL1だけでなく、PD-L2も上昇する事、そして発現したリガンドが切り出されて流れてくるのはPD-L2だけであることを示し、標的はPD-L1であれPD-L2であれ、PD-1細胞による老化細胞除去をブロックしているのは、血中に流れるPD-L2だと結論している。

そして、ノックアウトマウスを作成し、p16を発現した老化細胞の除去がノックアウトマウスではよりスムースに起こっていること、そして特に雄マウスで、PD-L2ノックアウトでインシュリン感受性など代謝が正常化することを示している。また、血中のPD-L2を抗体でブロックすると同じ効果が得られることも示している。

結果は以上で、これにより長生きが可能になったという実験は行われていないが、PD-1による老化細胞除去というスキームの一つのバージョンと言える。ただ、PD-L2ノックアウトではP21発現細胞が残っていることや、PD-L2ノックアウトでもベースの炎症があると自己免疫が起こるので、やはり抗老化の切り札になることはないだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日 幹細胞動態研究2:ケラチノサイト動態の性差(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月22日
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幹細胞動態研究論文2日目は、マウスの皮膚細胞だ。研究はベルギー・ブリュッセル自由大学の Blanpain 研究室と、英国・ケンブリッジ大学のSimons研究室だ。Blanpain は皮膚幹細胞研究の世界のリーダーだが、Simons の方は昔から幹細胞動態の理論を数理的に扱う研究を続けている。即ちこの研究は Blanpain の皮膚細胞の様々な実験手法と Simons の数理解析が一体化した論文で、10月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sexual dimorphism in epidermal stem cell dynamics(皮膚上皮幹細胞の細胞動態に見られる性差)」だ。

マウス皮膚幹細胞の研究の多くは毛根で行われることが多いが毛根と毛根の間の皮膚 (IFE) にも幹細胞が存在し、細胞を供給している。この IFE 細胞を蛍光ラベルして、140日にわたって観察し続けるシステム開発がこの研究のハイライトで、この動態研究から出てきた問題を、通常の方法で掘り下げると言う立て付けになっている。

クローンを追跡するため、蛍光ラベル(3色のどれかが選ばれるシステム)が低い確率でオンになるようにして、耳介のほんの一部の細胞だけが光るように設計している。この研究では全ての IFE をラベル出来る方法を用いているので、幹細胞から分化細胞まで様々な段階の細胞がラベルされる。もし増殖力が高いとクローン増殖が観察できるが、分化した細胞の場合増殖せず皮膚から剥がれ落ちて無くなるのが観察される。

こうしてラベルした1171個の細胞を140日間(と言っても途中で消失する細胞も多い)追いかけている。10匹のマウスのデータで、1匹当たり100個の細胞を観察していることになる。観察は1週間に一度、麻酔をかけて同じ領域を観察し、場所で細胞を特定して長期間動態を観察している。この時、上皮の基底層か上層かも区別して調べている。

ほとんどの細胞は数個の子孫を残す程度で終わる。ただ、中には10個以上の子孫細胞を造る幹細胞様の細胞も特定できる。この動態を詳しく観察し、数理的に細胞動態モデルを構想している。さすが数理学者と思うのが、クローンの数が偶数か奇数かまでしっかり調べている点で、これを元に IEF が「幹細胞」、「少し分化した増殖細胞」、そして「分化して上層に移行する細胞」という、一般的な細胞構成を取っていることを示している。多くの子孫を造る幹細胞系と異なり、IFE の様に少ない子孫しか造らない場合、このような複雑なコンパートメントを証明するのは難しいが、これほどの数を調べることで可能になっている。

この観察の中で、クローンの数がメスでは圧倒的に偶数が多いことに気づく。さすが Simons と顔が浮かぶが、偶数は分裂が対称に起こっていることで、この違いからそれぞれのコンパートメントの分化増殖に性差があると考えた。そして動態の違いから、オスでは分化して基底層から離れる過程が促進する一方、メスでは幹細胞や増殖細胞の対称性分裂が増えることを示している。

これが正しければ当然細胞増殖の必要な皮膚修復はメスの方が早く起こることになる。実際増殖細胞をラベルする実験を使って調べると、メスの方が増殖力が高く、結果修復力も高い。さらに個体のホルモン環境を変化させて、性ホルモンの IFE の直接作用も調べているが、詳細は割愛する。これまでの観察通り、アンドロゲンは増殖細胞の非対称性分裂を促進して、基底層から上層への移行を促す。一方、エストロジェンは増殖細胞の基底層の維持に必須であることを示している。

最後に、これほど明確な性差を誘導する転写システムについても詳しく示しているが、これも詳細はいいだろう。幹細胞動態から想定されるように、オスでは分化誘導遺伝子が上昇しており、メスでは幹細胞マーカーの発現が高い。

結果は以上で、論文の大半を占めるオスメスの違いについての詳しい解析は全て飛ばして紹介したが、典型的な幹細胞動態研究の雰囲気がわかってもらえれば十分だ。そして、Simons もそうだが、伝統的に動態数理に関しては英国が強い。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日 幹細胞動態研究1:腸管幹細胞でのHes1発現の振動(10月15日号 Science 掲載論文)

2026年10月21日
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昔から幹細胞研究では、細胞動態と呼ばれる幹細胞から分化細胞までの詳細な細胞種を特定し、時間経過とともに起こる各細胞腫の変化を記述し、その背景にある分子メカニズムの研究が最重要分野として研究されてきた。幸い、Science と Nature に幹細胞動態に関するおもしろい研究が相次いで発表されたので、今日・明日と紹介することにした。

最初はオランダ ユトレヒトの Hubrecht 研究所からの論文で、腸管幹細胞のオルガノイド培養を用いてHes1転写因子発現の振動周期の差によって細胞運命決定が変わる事を明らかにした研究で、10月15日号の Sicence に掲載された。タイトルは「Frequency encoding regulates cell type composition in the small intestine(周期的コード発現が小腸での細胞種の構成を決める)」だ。

慶応大学の佐藤さんたちが開発した腸管のオルガノイド培養は、腸上皮細胞の分化を再現するモデルとして幹細胞動態の研究に用いられてきた。とは言え、絨毛やクリプトに存在する様々な細胞種のバランスがどう決定されるかわかっていないことが多い。ただ、Notchシグナルを刺激すると吸収に関わるエンテロサイトが増え、抑えるとPaneth細胞が増えることが知られている。

Notchシグナルの下流で働く転写因子の一つがHes1なので、この研究ではHes1発現を蛍光で追跡できるようにして、腸のオルガノイドで発現をリアルタイムに観察している。リアルタイムが重要なのはHes1やHes7の発現が振動を示すことが知られているからだ。最初の発見はフランスの Pourquie らがニワトリの中胚葉でHes1に相当する遺伝子が後ろから前へ波のように発現することで体節が形成されることを明らかにした。その後体節細胞にとどまらず、様々な細胞でHes1が周期的に発現することを京大の影山さんたちが明らかにした。

これらの研究の上に、Hes1発現周期が腸管上皮細胞の運命決定に関わるのではと考えたのがこの研究だ。最初オルガノイドでHes1発現を調べると、期待通りNotch依存的に発現し、クリプトの増殖細胞で発現している。ただ、体節で見られるような同期した発現の波は見られず、それぞれの細胞が異なる発現周期を示すことがわかる。

最初は3次元オルガノイドを用いていたが、よりモニタリングが容易な2次元培養で同じような周期性が見られるか確認した上で、周期長さがパネット細胞からの距離を反映することを発見する。パネット細胞はNotchリガンドを発現していることから、Notch刺激実験を行っている。Notch 刺激を培養に加えると、Hes1の発現が上昇するけでなく、周期が短くなる。逆にNotchシグナルを抑えると周期が長くなる。ただNotchだけでなく、肝細胞増殖に必要なWntシグナルも、強いと周期を短くすることも示している。

次に実際の周期が細胞運命を決定することを示すため、Notchシグナルを調節できるマイクロ培養系を作成し、90分、130分、170分周期のHes1発現が全ての細胞で見られる条件を構築している。この実験が研究のハイライトで、これにより幹細胞維持には短い周期のHes1発現が必要なこと、分化細胞に関してはエンテロサイトやパネット細胞は長い周期が適しており、ゴブレット細胞は短い周期の方が増えることを示している。

実際の組織ではパネット細胞由来のNotchリガンドがHe1の発現と周期を決めており、パネット細胞から近いクリプト部位では短い周期が維持され、増殖システム即ちパネット細胞と増殖細胞を維持するが、パネット細胞から離れていくと周期が延びて、分化細胞が増えるという構造になっている。

以上が結果で、幹細胞動態の分子メカニズムを試験管培養で調べる典型的な研究と言っていいだろう。明日は、生体内での幹細胞動態の研究を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日 キラリティーの違いによる薬の作用の変化(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月20日
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硤合先生がノーベル化学賞を受賞したのを記念して、キラリティーの問題を扱った論文を紹介できないか考えながら論文を読んでいて、今日紹介するハンガリー エトボッシュ・ローランド大学からの論文に出会った。化合物のキラリティーを変えるだけで新しい薬効が生まれて、心筋梗塞などの虚血性疾患で末梢循環を守ることが出来るという研究で、10月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Capillary-selective vasodilation through myosin inhibition halts ischaemic cascades(ミオシン阻害による毛細血管特異的血管拡張は虚血性のカスケードを止める)」だ。

「タイトルににキラリティーなど書いてないぞ」と言われそうだが、種明かしまで少しお待ちを。硤合先生のノーベル賞については、各社示し合わせて「生命の起源に関わる謎」と紹介していたが、有機化合物のキラリティーと生命の関わりは、単純にキラリティーを生命が支配するといった話ではない。おそらく人間が合成した化合物のキラリティーの偶然を医学が認識したのは、サリドマイド薬害だと思う。1950年代では有機化合物のキラリティーを選択することはなく、サリドマイドもRとSの光学異性体が混合したラセミ体をそのまま用いていた。ところがR体は鎮静作用を持つが、S体はセレブロンと呼ばれるユビキチンリガーゼに結合して、手足の発生に関わる分子を分解することがその後の研究でわかるが、この結果、つわりに投与された妊婦さんからサリドマイド児が生まれて大スキャンダルになった。その後、野依先生たちの研究により、キラリティーを選択して分子を工業的に合成できるようになって、製薬業界ではキラリティーを選択できるようになった。ただ、サリドマイドの場合、R体を選択して使っても、体内でS体に変わる事もわかり、催奇形性ではますます複雑であることもわかった。現在では、特に創薬ではS体、R体を別々に効果を調べるのが普通になっている。

少し前置きが長くなったが、この研究の目的は、心筋梗塞などの虚血が続いた後血流が回復しても毛細血管が開かないため循環が回復せず、組織が死滅する CNR (caplillary no-reflow) と呼ばれる現象を、血管の収縮の張本人 smooth muscle myosin (SMM) の収縮を阻害する化合物を開発して治療することだ。

ミオシン阻害剤としてブロビスタチンと呼ばれる化合物が存在し、左旋性のS体 (S(-)) は阻害効果があるが、R (+) は不活性であることが知られている。この研究ではブロビスタチン由来の MPH-220 ベースに化合物を合成し、SMM特異的な阻害剤が出来ないか探している。その結果、MPH-2501 が驚くべき活性を持つことを発見する。ブロビスタチンと同じで、S体の S-2501 はほとんどのミオシンと結合するが、R体の R-2501 は完全にSMM特異的であることがわかった。即ち、キラリティーを変えてみることでミオシン結合特異性が変わった阻害剤を開発できたという話になる。分子構造を調べると、R-2501とS-2501とは異なるミオシンの部位に結合し、ミオシンモーター活性を阻害することが明らかになった。

薬剤動態を調べると、注射後数分のうちに肝臓で分解される。効果だが、期待通り毛細血管平滑筋の収縮を抑えることが出来るが、効果は短い。正常ラットに注射する実験で、毛細血管での緊張阻害は正常の心機能に大きな影響がないことも確認している。

その上で、最初目指した臓器が虚血にさらされた後、再循環が始まったとき毛細血管が開かない CNR を防ぐことが出来るか、腎臓と心臓を用いて調べている。腎動脈を縛って10分血流を遮断すると、結紮を解いてもCNRがおこり腎組織は非可逆的に傷害される。この再灌流を始めるときに一回だけR-2501を静脈注射すると毛細血管を開くことができる。その結果、腎機能を改善し、1週間目の生存数が10%から30%に上昇する。

次は心筋梗塞モデルで、冠動脈を30分閉塞させその後再灌流させるモデルで、再灌流後の毛細血管の CNR を抑えて末梢血流を再開させ、梗塞巣を大きく縮小させることを明らかにしている。これらの実験は、全てラットを用いて行われたが、大動物としてブタを用いてカテーテルによる冠動脈閉鎖、再灌流実験も行っており、現在血管拡張剤として使われているアデノシンやニトログリセリンと比較している。結果は、他の薬剤と比べても冠動脈血流と左室圧力の回復がはるかに大きいことが示された。

結果は以上で、まさにキラリティーを変えた化合物を調べることで、思いがけなくSMM特異的に収縮を抑制するが、他の平滑筋には作用しない、周囲細胞の緊張を特異的に、しかも収縮の最終段階で抑える理想的な薬剤が開発できたという話だ。私たちはこのようにキラリティーの罠から抜け出すことは出来ない。

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10月19日 人間の褐色脂肪組織をPET検査から検出する(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月19日
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脂肪細胞は、白色脂肪細胞、褐色脂肪細胞、そして刺激により褐色脂肪化するベージュ脂肪細胞に分けられている。同じ脂肪細胞だが、脂肪を蓄える白色脂肪細胞と、脂肪やグルコースを代謝、特に熱に換える褐色脂肪細胞と機能は全く異なる。機能差から見ても、健康に関しては褐色脂肪細胞が多い方が良いが、寒冷などの刺激がないと、年齢とともに失われる。このブログで褐色脂肪と検索すると、既に24編の論文を紹介しているが、人間を用いる研究は簡単でない。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、人間の褐色脂肪細胞 (BAT) の活動を、ガンの診断に用いられるグルコースの取り込みを調べる FDG-PET で検出することが出来ることを利用し、10万人規模の対象でBAT陽性と陰性にわけ、様々な健康指標と相関させたユニークな研究で、10月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Artificial intelligence-enabled clinical phenotyping of human brown fat(人工知能は人間の褐色脂肪を臨床的に分類できる)」だ。

BATをPETによるグルコース取り込み (FDG-PET) で検出するとは考えたことがなかったが、BATのガンに匹敵する驚異的グルコース取り込みを考えると納得できる。おそらくこの研究の最大の難点はFDG-PET検査を受けたガン患者さんのデータを使っている点で、10万人という規模でも代謝に大きな影響を持つガン自体の要因をどう排除するかが議論はされていても、問題は残る気がする。しかしこの問題を外して、患者さんの電子カルテレコードと対応させると、これまで知られていたBATの健康への貢献に加えて、BATの新しい側面も見えてくる。

まず10万人の対象から、様々な影響を排除してこの研究で利用されたのは26000人で、FDG-PETではっきりとBAT陽性と確認されたのは8897人で、陰性と判断されたのが、17405人だ。平均年齢が50歳なので、加齢とともにBATが減少することがよくわかる。

次にBAT陽性と陰性を様々な健康データと相関させると、これまで指摘されていたようにBATの多い人では、2型糖尿病や、心臓血管病の頻度が大きく低下していることがわかる。おもしろいところでは、BATの多い人は不安症などの精神症状が少ない。

BATは頸部、鎖骨上部、腋下、等など身体のいくつかの場所に存在する。これらの活性を個別に判断して、病気と相関させるため、FDG-PETイメージと電子カルテのデータを学習したAIを構築して、より正確な診断が出来るようにしている。これを用いると、異なる場所のBATと様々な病気や症状との相関がはっきりと診断できるようになっている。

これを用いると、糖尿病はほとんどの場所のBATと相関するが、心臓血管径の病気の場合、頸部や縦隔のBATの方が相関が強いことがわかる。ただこれらは全て現象論で、その背景にあるメカニズムは個別に調べる必要がある。

糖尿病からわかるように、検査指標もBATと相関し、BAT陽性の人は空腹時血糖が低く、HbA1cも低い。また脂肪代謝でもHDLが高く、トライグリセライドは低い。FDG―PETはCTも同時に調べてあるので、他のタイプの脂肪量や心臓の大きさなどとも相関させられる。基本的には、これまで知られているように、BATは健康な代謝と強く相関している。

BATと服用中の薬剤との関係を探索する中で、高血圧の治療薬アンジオテンシンII受容体阻害剤(ARB)がBAT陽性の人に多いことがわかり、培養実験も含めて詳しく調べている。ARBの一つロサルタンをマウスに投与すると、BATの代謝の鍵になっている熱生成に関わるUcp1の発現が上昇する。またBATで熱性性が上昇するのも観察できる。ただ、これはアンジオテンシン受容体を介する反応ではなく、ロサルタンの代謝物が直接脂肪細胞のPPARγ転写因子を介して誘導していることがわかる。とすると、ARBのうち少なくともロサルタンはアンジオテンシン受容体シグナルを抑制する血圧降下作用と、代謝物を介したBATを誘導し刺激する効果があることがわかる。

結果は以上で、ガン患者さんでのデータであることをのぞくと、FDG-PETでBATの状態を診断するのは納得できるアイデアだ。我が国ではガン早期発見のためのPET検査が行われているが、この時正常と判断された方の画像を集めて、是非調べ直してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月18日 光に反応してモルフィン受容体刺激効果を変化させる化合物の開発(10月15日 Cell オンライン掲載論文)

2026年10月18日
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今年のノーベル賞は光遺伝学の神経科学への応用を薦めたダイセロス、へーゲマン、ナーゲルの3人が受賞したが、神経科学を大きく変革させた技術システムの開発という点ではなんと言ってもダイセロスの貢献が圧倒的で、このブログだけでも光遺伝学で検索すると164件の記事が出てくる。また多くの論文の紹介とともに Youtube でも「光遺伝学の細菌の進展」(https://www.youtube.com/watch?v=_o6cy7lJ_jA)及び、まさに精神科医出身のダイセロスならではの研究といえる論文を「解離体験についてのDeisseroth論文を読む」と題して紹介している(https://www.youtube.com/watch?v=6Q6tbLO79sw)。そのため、今回のノーベル賞解説はスキップするが、このHPの記事や動画を是非見直して頂きたい。

光遺伝学では光を感知して開くチャンネル分子が用いられるが、今日紹介するコーネル大学からの論文は、光に反応して形を変えることでモルフィネ受容体の刺激をオンオフ出来る化合物の開発で、10月15日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「An opioid efficacy switch for reversible optical control of analgesia(鎮痛作用を光で可逆的に発揮する、麻薬様の効果が変化するスウィッチ)」だ。

化合物の構造を光で変化させてチャンネルを開いて神経を刺激する化合物は、視細胞を失った人の神経節に入って光を感じれるようにする化合物の開発として現在も行われており、このブログでは2014年に紹介した(https://aasj.jp/news/navigator/1194)。今日紹介する論文は、痛みを抑える切り札、モルフィネに反応するμオピオイド受容体 (MOR) を365nmの光が当たったときだけ刺激できる化合物の開発で、局所でだけ鎮痛効果が得られる薬剤につなげようとしている。

モルフィネの高い鎮痛作用を考えると、MORを標的とした、局所に光を当てたときだけ働く化合物が出来れば素晴らしい。この研究ではモルフィンの化学構造に2個のアゾベンゼンをつなげることで、光に応答してアゾベンゼンの構造が変化してリガンド特性が変化するアゾモルフィンを4種類作成し、その中から、365nmの光でMORを刺激し、460nmの光に変えると、作用が低下する AM-3 を完成させている。専門的になるので詳細は割愛するが、AM-3 がMORと結合する部位が光によって大きく変化させることが出来、これがMOR刺激の閾値の変化につながっていることを示している。MORと結合しているGタンパク質の構造を調べると、AM-3 の構造変化により、MORと下流のGタンパク質の構造変化が起こることも確認している。

後は、AM-3 をマウスに注射して様々な状況で鎮痛作用を調べている。AM-3を注射前に365nmの光で処理すると、モルフィネと同じように足の裏の痛みを抑えることができる。その後で460nmの光を当てると鎮痛作用はなくなるが、365nmにすぃっちすると鎮痛効果が再び現れる。脳のスライス培養ではモルフィネと同じ作用を示すが、静脈注射したときには脳にほとんど作用はなく、脳血管関門を通れないことがわかる。

以上の結果から、静脈注射しても光を当てた局所だけで働く鎮痛剤として使えることが確認された。そこで、様々な痛みモデルでその効果を確かめている。例えばガンによる局所痛、あるいは消化管の痛み、あるいは神経損傷に対する鎮痛効果で、一定の効果を確認している。

結果は以上だが、ではそのまま人でも同じように使えるかどうかはまだまだ時間がかかると思う。まず使っているのがUVA波長なので、より波長の短いUVと比べると影響は無いといえ、長期間照射を続けられるかわからない。また痛みだけは主観的なものなので、人間に使ってみないとわからない。幸い、先に光照射しておくと活性型に代わるので、これを注射してモルフィネと比べることで、人でも同じ効果が得られるかを確認できるので、まず脳に入らない鎮痛剤としてモルフィネと比べ、その後鎮痛の必要無い部分には可視光を照射して作用を抑えるといった使い方になる様に思う。いずれにせよ期待したい。

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10月17日 TREM2を標的にする小分子化合物によるアルツハイマー病治療の可能性(10月14日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2026年10月17日
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アルツハイマー病 (AD) は患者の数から見ても、ガンに並ぶ創薬研究の重要な領域になっているが、多くの新薬が投入されるガン分野と比べて、治療薬開発という点では大きく見劣りする。それでも、アミロイドβに対する抗体薬が認可されて以来、多くの可能性が示され、このブログでも紹介してきた。

今日紹介する昨年サノフィに買収されたバイオテクノロジー企業 Vigil Neuroscience からの論文は、ミクログリアのアミロイドβ除去の主役と言える分子TREM2を活性化してAβ除去を促進する小分子化合物の開発研究で、うまくいけば経口摂取可能でAβに対する抗体薬に代わる薬剤ができる可能性を示している。タイトルは「Preclinical and first-in-human evaluation of VG-3927/SAR448851, an oral small-molecule TREM2 agonist for Alzheimer’s disease(アルツハイマー病に対して TREM2活性化小分子化合物VG-3927/SAR448851の効果を確かめる前臨床及びヒトを用いた治験)」だ。

TREM2はミクログリア細胞表面でAβを含む様々なリガンドと結合して活性化され、凝集したタンパク質の除去に関わっている。この分子がADと関わることは、遺伝子変異でTREM2の機能が低下するとADリスクが上昇することが知られている。即ち、Aβの処理が低下するとADが進むという事実は、逆にTREM2機能を上げることでAβ除去を勧めてAD進行を抑えられる可能性がある。

この目的のために、TREM2に対する抗体による刺激が試みられてきたが、うまくいっていない。この研究では、TREM2を活性化する小分子化合物を開発して、これを用いてAD治療が可能かを基礎的に研究している。この化合物VG3927については、経口摂取可能なTREM2刺激剤として注目を集めており、この可能性に期待してサノフィが Vigil を買収する。

この研究では、VG3927のTREM2刺激メカニズムを検討し、TREM2とDAP-12の細胞膜上での結合を促進し、Sykを介するシグナル経路を活性化していることを明らかにしている。このメカニズムのおかげで、AD発症を促進するTREM2変異分子も正常と同じように活性化出来ること、さらにAβや他の分子によるTREM2刺激と相乗作用を持つシグナル刺激であることを示している。

次に、iPS細胞を用いて、神経、アストロサイト、ミクログリアを誘導し、この三者を混合した培養でVG3927の効果を調べ、VG3927がミクログリア特異的に遺伝子発現を変化させ、特に炎症を抑える方向に遺伝子発現をプログラムすることを示している。同じ実験系で抗体による刺激を行うと、逆に炎症が高まる。このことから、VG3927はAβの除去を促進すると同時に炎症を鎮める理想的性質を持つことを示している。

後は生体内に投与したとき、脳に十分な量到達して、アミロイドプラークに近いミクログリアで、特に細胞遊走に関わるシグナルを誘導していることがわかる。そして、Aβのプラーク形成が促進されるモデルマウスでプラークを除去していることも確認している。

この研究では認知機能についての検討は全くないが、代わりにFDG-PETを用いて脳細胞のブドウ糖の取り込みを調べ、Aβの蓄積によって起こる脳細胞の活性低下を、VG3927が改善できることを明らかにしている。

以上の結果に基づいて、VG3927をヒトに投与する第一相の研究結果も示している。ヒト治験については既に第二相並行していると聞くので、この論文は最初の頃のさわりだけということになる。著者らが最も強調しているのは、生体内でのキネティックスで、毎日経口摂取することで、一定の血中濃度を維持できること、また脳脊髄液にVG3927が現れることから、脳への移行も高率に起こる点で、安心して使える。

効果については全く書かれていないが、第二相まで進めていること、サノフィが買収したことを考えると、ある程度の認知症進行を抑える効果があったのだと思う。一方、この研究では14日経口摂取による副作用について調べ、ほとんど大きな副作用がなかったことも強調している。

結果は以上で、効果については全くわからないが、書かれた内容からは新しいAD薬として期待できそうな気がする。ただ、臨床結果だけは蓋を開けてみないとわからない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月16日 マイクロエクソンと自閉症(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月16日
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今日紹介するのはカナダ・トロント大学が10月14日 Nature にオンライン掲載した論文で、マイクロエクソンと呼ばれる3-27塩基の小さなエクソンのスプライシングの差が自閉症発症に深く関わることを示し、これまで遺伝子変異だけでは捉えきれなかった自閉症のゲノム研究を大きく進展させるように感じた。タイトルは「A microexon regulatory code reveals autism-linked genetic variation(マイクロエクソン制御コードにより自閉症様の遺伝子変化を捉えることができる)」だ。

これまで何度も自閉症スペクトラム (ASD) のゲノムについて紹介してきたが、この論文を読むまでマイクロエクソンについては全く知らなかった。論文を遡ってみると、同じグループが2014年に脳細胞でのマイクロエクソンのスプライシング異常がASDで高い頻度で見られることを報告していた(Cell 159, 1511–1523,2o14)。ASDの症状は多様だが、強い遺伝性が見られることからゲノム研究が進んでいる。実際、ASDと明確に相関するゲノム多型は100を超すが、これらが原因であると特定できる例はASD全体の15%程度で、残りの症例で遺伝性は認められてもゲノムと対応することが難しい。

このグループはこれまでほとんど研究されていないマイクロエクソンのスプライシングの差が、ASDの遺伝性のかなりの部分を説明できるのではと考えて研究している。そこでまず、mRNAの配列を比べることで、ゲノムにコードされているマイクロエクソンを網羅的に特定し、95種類の神経細胞特異的にスプライシングされるマイクロエクソンを特定している。そして、このうちの多くが、mRNAの分解につながる事も確認している。

次にいくつかの遺伝子について、マイクロエクソンスプライシングの変化を追跡し、特に介在神経で大きく変化すること、遺伝子により発生の様々な段階でスプライシングの変化が認められることを明らかにしている。ただ、マイクロエクソンスプライシング異常をRNAで調べるだけでは、たとえばASDの予測にはつながらない。

そのためには、これらマイクロエクソンのスプライシング異常が誘導される、ゲノム上の変化を特定する必要がある。そのためにマイクロエクソンの前後配列を学習させたニューラルネットAIモデルを作成し、スプライシングでマイクロエクソンが遺伝子の中に挿入されるスコアを計算できるようにしている。またいくつかの遺伝子で、実際のコードの変化がスプライシング分子の結合の変化につながることも明確にしている。

こうして得られたマイクロエクソンが挿入されるスコアをASDゲノムで調べると、他の遺伝子変異と同じで、レアバリアントとコモンバリアントに別れ、レアバリアントのASDへの貢献が大きいこと、そしてゲノムから計算されるスコアで、22.7%のASD患者さんについてはゲノムから予測可能であることを示している。

最後にASDと相関するマイクロエクソンの変異が認められる遺伝子をリストすると、これまでASDに関わるとされてきた多くの遺伝子とオーバーラップすることがわかった。即ち、タンパク質をコードするエクソンの変異だけでなく、これまで見落とされてきたマイクロエクソンの挿入を決めるスプライシングコードの変異が同じ遺伝子に起こることで、遺伝子発現に大きな変化が発生してASDにつながる可能性が示唆された。

以上が結果で、これまで全く知らなかったので、マイクロエクソンスプライシング異常がASDの原因になる可能性は説得力のある重要なアイデアだと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月15日 てんかん発作を患者さんの対話を通して正確に検出するアプリ開発(10月13日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年10月15日
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心房細動発作等の不整脈を検出するために24時間身体に装着して心電図をモニターするホルター心電図はよく知られているが、てんかんでも脳波とてんかん発作を正確に連結させるための検査システムがあり、epilepsy monitoring unit (ENU) と呼ばれている。具体的には患者さんに1週間ほど入院して貰い、ビデオで行動を、脳波計で脳波を監視して、てんかん発作の正確な診断を行い、治療方針を決めるのに使われる。

EMUでは患者さんが発作を感じたとき、あるいは発作を観察した医師がボタンを押すことで、脳波と発作をリンクさせ、脳波による発作の検出感度を上げるが、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、このボタンによるフィードバックを、LLMを用いた対話型のアプリに変えて、患者さんと対話しながら発作につながる脳波を正確に特定する方法の開発で、10月13日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Human–artificial intelligence collaboration for comanaging epilepsy in real time(てんかん発作をリアルタイムにマネージする人間とAIの共同)」だ。

最初正確にてんかん発作を診断するAI化と思ったが、読んでみるとEMUのボタンを、患者さんも使いやすい対話型スマフォアプリで置き換えるために、EMUで用いられている発作検出ニューラルネットに、大規模言語モデル (GPT-4mini) を統合する試みだ。

具体的には通常のEMUと同じで脳波を学習して発作を検出するニューラルネットが用いられている。ただ脳波に自覚的、あるいは医師による他覚的発作の印を付けるボタンの代わりに、発作の記録を患者さんに、「先ほど発作を感知しましたが感じましたか」と言った会話に変えるためのLLMが用いられている。また、患者さんだけでなく医師もこのループに参加することができる。即ち発作の予兆でボタンを押すのではなく、発作の後、あるいは定期的に脳波上の発作について患者さんが感じたかどうかをスマフォで質問し、発作かどうかをニューラルネットにフィードバックして、診断率を上げる。

もちろん患者さんからも質問ができるようになっていて、同時に記録している睡眠の様子や、あるいは実際の脳波パターンを画面上に示したりも出来る。そのおかげで、患者さんからの質問に利用される時間は全体の3割近くに達している。また多くの患者さんが、アプリが役立つと評価している。従来のボタンを押す方法で誤警報を減らす率は77.8%に対して、新しい方法では80.9%と、ニューラルネットの学習という意味では大きな改善はない。しかし、LLMを介することで患者さんと対話し、親しみやすい対話形式で自覚症状をフィードバック出来る点では、重要な進歩だと思う。  

例えばホルター心電図で発作を感じたかどうかをフィードバックしたり、血糖モニタリングで低血糖発作を感じたかどうかなど、同じ方法は様々な場面で使える可能性がある。さらに個人的な印象だが、自分の頭の中の活動を見ることができることで、いわゆる neurofeedback という、自分で反応をコントロールする治療法まで発展できる可能性がある。LLMを用いて、客観的データネットワークに主観を介入させると言うおもしろい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

 10月14日 コレステロールを下げる腸内細菌(10月7日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月14日
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炭素の数が奇数の脂肪酸、例えば15個のペンタデカン (PA) は、酸化される際、最終的に炭素が3つ含まれるプロピオニルCoAが残ることから、奇数鎖脂肪酸として、アセチルCoAだけを合成する偶数鎖脂肪酸と区別して扱われている。我々はPAを合成することはないが、従来から牛乳やチーズなどの乳製品に多く含まれ、最近では血中PAレベルの高い人は動脈硬化や糖尿病が少ないことが疫学的に示され、注目を浴びている。

PAは基本的に食事から摂取すると考えられてきたが、今日紹介する中国・中山大学からの論文は、腸内細菌の一つ Bacterioides にはPA合成能を有する系統が存在し、少なくともマウスモデルで動脈硬化を防ぐことを示した研究で、10月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A gut microbial odd-chain fatty acid alleviates atherosclerosis in mice(腸内細菌叢由来の奇数鎖脂肪酸はマウスの動脈硬化を防ぐ)」だ。

これまで腸内細菌叢と動脈硬化の相関を調べた研究から、細菌叢の Bacterioides の数が多いと動脈硬化が防がれることは知られており、例えば短鎖脂肪酸合成などと関連付けて説明されてきた。この研究では動脈硬化の患者さんの細菌叢を正常と比べ、Bacterioides、特に Bacterioides uniformis が健康人で多いことを確認している。そして ApoE を欠損させた動脈硬化マウスの動脈硬化を抑えることを発見する。同じ効果を持つスタチンと比べると、LDL を下げる効果はほぼ同等だが、HDL を上げる効果はほとんどない。この結果、脂肪代謝が正常化し、動脈硬化が防がれる。

おそらくこれまでも同じような現象は記載されてきたのだと思うが、この研究では肝臓の転写を調べることで、この効果がコレステロール代謝の核、SREBP2-LDLR の発現調節に媒介されており、LDLRノックアウトマウスでは効果が Bacterioides の効果が全くないことを発見する。即ち、従来のように自然炎症を介するのではなく、LDL合成抑制を介して脂肪代謝自体に直接作用して動脈硬化を防いでいることを発見する。

次に LDL の肝臓細胞株への取り込みを指標として、Bacterioides 培養上清を精製し、最終的にPAが Bacteropodes uniformis 由来の分子であることを突き止める。その作用機序を調べていくと、驚くことにスタチンと同じ標的 HMG-CoA reductase と結合して酵素活性を抑制することで、コレステロール合成を抑えていることを明らかにしている。構造学的にスタチンと比較されていないのでわからないが、化合物としてはアフィニティーも低いので、スタチンに変わる薬剤として開発することはないと思う。ただ、血中の持続はいいので、善玉バクテリアとして共存して、コレステロールを下げるというのが最も理にかなった使い方になる。

そこで、この研究では Bacteriodes を腸内に定着させる動脈硬化予防を視野に、まず Bacterioides に全てのPA合成経路が存在し、バクテリアを経口投与することで動脈硬化を予防することが出来ること、さらにPA合成酵経路の酵素が欠損したバクテリアでは、予防効果が低下すること、そして、動脈硬化の患者さんでは、血中だけでなく便中のPA濃度が低下していることを示している。ただ酵素を欠損させた動物実験では、完全に Bacterioides の活性を抑えていないので、バクテリア内での合成についてはさらに検討が必要だと思う。

以上、腸内細菌の健康効果を調べる研究の中では、最も明確なメカニズムを提示した研究の一つだろう。Bacteriodes は一般的な細菌なので、メタボ予防細菌プロバイオとして発展してほしい。そのためにはPAとスタチンの相互作用などもう少し研究が必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ