11月6日 身体が弱るとアミノ酸を避ける(11月4日 Cell オンライン掲載論文)
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11月6日 身体が弱るとアミノ酸を避ける(11月4日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月6日
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動物の行動、特に食に関する行動研究には驚くことが多いが、対象になる行動が存在することによく気がつくなといつも感心する。

今日紹介するイェール大学からの論文は絶食や炎症で身体が弱ったときにマウスがアミノ酸の含まれる食品だけを忌避するという行動のメカニズムを解析した研究で、11月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Gut-to-brain signaling restricts dietary protein intake during recovery from catabolic states(腸から脳へのシグナルが、異化状態から回復している時期のタンパク質の摂取を制限する)」だ。

この研究ではまず絶食させてマウスの代謝を分解の方向(異化状態)に引っ張った後食事をとらせるとき、高脂肪食、高炭水化物食、そして高タンパク食を提供すると、高タンパク食だけ摂取が低下することを発見する。「よくこんな可能性を思いついて実験するな」というのが正直な印象だが、絶食に限らず低温や炎症などで身体の代謝が異化状態になったときには必ず起こるようだ。

まず高タンパク食を忌避しているのか脳の反応を調べると、食の忌避に関わる孤立核の興奮が観察される。従って、身体が弱っているときはタンパク質の多い食を忌避するよう行動することになる。

タンパク質はアミノ酸に分解されるので、次にどのアミノ酸が忌避反応を誘導するのか一つ一つ調べていき、最終的にグルタミン、リジン、スレオニンの3種類がこの反応を誘導していることがわかった。大事なのは身体が異化状態にあるときだけで、通常はこれらのアミノ酸を食べても問題はない。そして異化状態にあっても、この3種類のアミノ酸を抜いた食事であれば普通に摂食する。

この3種類のアミノ酸の持つ共通のシグナルを探索するため、食べた後の血液のメタボロームを調べると、特にこの3種類のアミノ酸をとったときに血中のアンモニア濃度が上がることに気づく。実際、アンモニアへの転換酵素をブロックすると、忌避行動は見られないことから、身体が弱っているときタンパク質をとるとアンモニアが上昇し、肝臓での解毒や腎臓での排出が必要になるので、特に3種類のアミノ酸から発生するアンモニアが身体に悪いタンパク質をとらないようシグナルを出すことがわかった。

次は腸管で発生したアンモニアを感知する仕組みを調べるため、TRPV1 や TRPA1 のようなセンサーをノックアウトする実験を行い、わさびを感知する TRPA1 を刺激すると、孤立核の興奮が高まり忌避行動が起こることを突き止める。

そして最後に、TRPA1 は腸内のクロマフィン細胞で発現されており、アンモニアにより刺激されるとセロトニンを分泌、これが迷走神経を刺激して孤立核の反応を誘導することを、主にノックアウトマウスを用いた実験から明らかにしている。

結果は以上で、通常アンモニアはすぐに肝臓で解毒されるが、異化状態が続いて肝臓の状態が悪い場合、アンモニアをシグナルとして食の忌避反応が誘導されるという結論になる。人間にも当てはまるのかはわからないが、必要なシステムは人間にも存在する。病気の回復のためにタンパク質を摂取することが重要と考えがちだが、肝臓の解毒キャパシティーなどを考えないととんでもない結果を招くことも知られている。この研究からも状態に合わせた栄養補給の重要性がわかるが、それを本能的に察知して行動に移す仕組みが存在するのには感心する。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月5日 脳内ステロイドホルモンによる神経伝達状態の変化(10月29日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月5日
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神経伝達に関わるイオンチャンネルは伝達因子によるチャンネルのコンダクタンスを変化させることで、興奮をファインチューニングできることが知られている。特に、神経活動の最も重要な NMDAR (グルタミン酸受容体)は自然に存在する神経ステロイドが結合することでコンダクタンスを変化させることが知られている。

今日紹介する米国コールドスプリングハーバー研究所からの論文は、NMDAR が神経ステロイドや化合物でコンダクタンスを変化させる構造学的基盤をクライオ電顕を用いて明らかにした研究で、10月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mechanism of conductance control and neurosteroid binding in NMDA receptors(NMDA受容体への神経ステロイド結合とコンダクタンス調節のメカニズム)」だ。

NMDAR のコンダクタンスを変えられるなら記憶増強に使えるのではという下心で論文を読んでみた。研究ではまず NMDAR 一分子の興奮レコーディングを用いて、硫酸プレグネノロン (PS) 、24S-ヒドロコルチゾン (24SHC) 、そして化合物EU1622の作用を調べている。

いずれも興奮性とされている神経ステロイドで、NMDAR 刺激時に加えるとイオンの流入を増強する。面白いのはそれぞれの作用が異なる点で、PS と 24SHC は流入による電位の振幅は両者で同じだが、スパイク頻度が上昇している。一方、EU1622 を加えると、スパイク頻度はさらに増強するのだが、振幅は小さくなる。

以上のように、同じ NMDAR の特性を細胞内からこれだけ変化させられるということは、素人目にはかなり期待できるように思える。この研究では、この変化の構造学的基盤をクライオ電顕で調べている。

まずそれぞれのステロイドは NMDAR膜直下にあるドメインのポケットに結合すること、ステロイドとNMDAR の結合はステロイドごとに全く異なっており、これによりチャンネルの孔の大きさが変化することを明らかにしている。さらに、NMDAR がそれぞれのステロイドと結合する部位に変異を入れてステロイドの作用を調べることで、構造学的な結果を遺伝的に確認している。後は、興奮を促進するが振幅が低下した EU1622 結合による構造変化を 24SHC による変化と比べている。

詳細はすっ飛ばして結論を述べると、

  • NMDAR は GluN1a と GluN2Bサブユニットから形成されているが、24SHC が結合するとチャンネル孔を形成している両方の分子の M3ユニットが外側に倒れて、安定的に最も大きな穴が形成される。
  • これに対して EU1622 と結合した NMDAR では GluN2B のM3ユニットだけが外側に倒れるため、穴の大きさが中程度でとどまる。

即ち、ステロイドの結合で、チャンネル孔のサイズを安定的に変化する構造的基盤が明らかになり、それが実際のチャンネル特性として表現されることがわかった。

結果は以上だが、今後構造に基づいて化合物を設計することで、NMDAR の興奮特性を様々に変化させられる薬剤開発に道を開いたと思う。最近ではペプチドを設計してチャンネルを変化させる試みも進んでいることから、重要な領域になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月4日 脊髄損傷後の再生を促進する薬剤の探索(10月29日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月4日
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ミレニアムプロジェクトとして再生医学プロジェクトが始まってから既に四半世紀が経過したが、細胞移植を含め未だに決め手となる治療は完成していない。実際、神経の中でも最も軸索の長い神経をもう一度正しい場所に投射させることは再生の中でも最も難しい課題と言えるだろう。しかし、両生類のように脊髄再生が可能な動物も存在することから決して不可能ではない。この困難な課題を目指して、様々な研究が行われている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、脊髄損傷で神経細胞移植を行ったとき、移植した細胞やホストの神経の活性を高める薬剤の探索研究で10月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Thiorphan reprograms neurons to promote functional recovery after spinal cord injury(チオルファンは神経細胞をリプログラムして脊髄損傷後の機能回復を促進する)」だ。

研究の目的は脊髄再生を促す薬剤の探索で、これまでも様々な試みがなされてきた。この研究では、薬剤の細胞への効果を転写レベルで調べたデータベースから、損傷時の再生神経で起こる転写変化に近いプログラムを誘導する薬剤を探索している。その結果、4種類の薬剤をリストしているが、この中の quinostatin だけは手に入らないという理由で諦め、残りの3種類を神経細胞培養に転嫁し、効果を調べている。その結果、神経細胞から多くて長い神経突起を誘導できる化合物としてチオルファンを特定している。

次は脊髄損傷を誘発したラットに、神経幹細胞を移植し、そのときにチオルファンを全身投与、その後脳内にポンプでチオルファンを投与し続けて、運動神経の軸索伸張を促進する治療を行っている。

結果だが、チオルファン単独では神経幹細胞移植と比べても劣るが、神経幹細胞移植とチオルファンを組み合わせたグループは初期から前肢の運動機能に大きな改善を得ることができている。組織学的には、皮質からの神経の移植神経細胞塊への投射が促進しており、移植した神経細胞を介するリレー回路が形成されていると想像される。

後は将来の人間への応用を考え、ヒトの正常皮質神経培養を行い、これにチオルファンを加えると、神経突起数形成及び伸張距離が増大し、さらにBDNFシグナルを刺激できることを明らかにしている。

以上が結果で、今後大型の動物を用いた研究を行った上で、うまくいけば人間の脊髄損傷への応用へと進むことができるだろう。期待したい。

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11月3日 蚊に関する研究2題(10月24日 Nature Microbiology オンライン掲載論文他)

2025年11月3日
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今日は蚊についての研究を紹介する。

まず最初の中国浙江大学からの論文は、蚊を殺虫剤の代わりに病原性真菌を感染させて駆除する可能性を調べた研究で、10月24日 Nature Microbiology にオンライン掲載された。タイトルは「Engineered Metarhizium fungi produce longifolene to attract and kill mosquitoes(遺伝子操作したメタリジウム真菌はロンギフォレンを合成して蚊をおびき寄せ殺す)」だ。

先日、アリが病原性真菌から集団を守る自己犠牲的行動について紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/27646)、メタリジウム真菌の胞子が侵入すると多くの昆虫は殺され、真菌の肥やしになってしまう。この研究では主にショウジョウバエを用いて、メタリジウムに感染した死体がロンギフォレンを発散することで他の個体を引き寄せ、感染を拡大することをまず明らかにしている。このロンギフォレンに引き寄せられるのは、ショウジョウバエだけでなく多くの昆虫でも見られる行動で、その中にはヒトスジシマカなど蚊も含まれる。またロンギフォレンを感知する嗅覚受容体をショウジョウバエで特定し、同じ受容体が蚊にも発現していることを確認する。

次は感染した死体ではなく、メタリジウム自体でロンギフォレンを合成できるように遺伝子操作した Mp-Tps 株を樹立し、これによる感染でほとんどの蚊を殺せることを確認した後、野生の蚊を放した大きな部屋の中でメタリジウムとともに蚊の好む砂糖とともに設置すると、メスで73%、オスで81%が感染死することを確認している。

以上が結果で、殺虫剤の代わりに遺伝子操作メタリジウムを用いることで蚊の繁殖を抑えられる可能性が生まれた。もちろん感染した死体は他の昆虫を惹きつけて環境変化を誘導する可能性があるが、蚊は基本的に単独行動なので、アリ以外にはほとんど栄養がないと結論している。またアリについても紹介したように集団を守る仕組みがあることから、環境負荷にはならないと結論しているが、さてうまくいくやら。

もう一編はプリンストン大学からの論文で、チカ(地下)イエカと呼ばれる寒冷地の地下を住処として人の血を吸って繁殖しているアカイエカの系統の起原をゲノムから探った論文で、10月23日 Science に掲載された。タイトルは「Ancient origin of an urban underground mosquito(都会の地下に住む蚊は古代に分岐した)」だ。

今回研究の対象に選ばれたチカイエカはロンドン地下蚊とも呼ばれており、遺伝的に地上に住んで鳥の血を吸うアカイエカから分岐したことはわかっているが、人間の血を吸って寒冷地の地下で生息するように進化したのは都市化に適応した結果だと考えられていた。また、暖かい南ではチカイエカが地上で暮らし、遺伝子も地上のアカイエカに似ていることから、南では両者の交雑が起こった結果、ゲノムが似てきていると結論されてきた。

この研究では残された標本のDNAも含め、多くのチカイエカ、アカイエカのゲノムを解読し、従来の仮説を検証している。その結論だけをまとめると、アカイエカとチカイエカは少なくとも1000年以上前、おそらく農耕が始まって北への移動が始まった時期に、中東で分岐し、それが北上して寒冷地に適応する中で人間の血を吸い、地下で暮らすようになったことがわかった。

両者の交雑の頻度は低いが、暖かい地域の都市化とともに、一定の割合で起こっていることも示している。いずれにせよ、文明により昆虫が変化することは事実で、人間の歴史を表現する昆虫進化は今後も発見されるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月2日 免疫の老いは中年から急に始まる(10月29日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月2日
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人間では自由な操作実験が難しいため、代わりにモデル動物を用いて研究が行われている。とは言え、画像診断や一部の機能テスト、そして採血による血液検査、あるいは死後組織などを用いて人間を徹底的に調べ尽くす研究が各時代のレベルに合わせて進められてきた。

今日紹介するアレン免疫研究所からの論文は、青年期(25-35歳)と中年から初老(55-65歳)にかけて血液検査で調べられる最も詳しい検査を行い、高齢への入り口で起こる免疫系の変化を調べた研究で、10月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Multi-omic profiling reveals age-related immune dynamics in healthy adults(マルチオミックスにより健康人の免疫動態が明らかになる)」だ。

アレン研究所というとマイクロソフト創業者の一人 Paul Allen の寄付で始まった脳の研究所で、死後脳の組織コレクションや徹底的なオミックスを通して研究領域にリソースを提供するので有名だ。脳の遺伝子発現を詳細に調べた Allen Human Brain Atlas は中でも有名で、自閉症や精神疾患のゲノム研究には欠かせないデータになっている。

このように私の頭の中ではアレン研究所=脳研究所だったが、実際には細胞生物学や免疫学まで分野を拡大してきたようだ。ただ、アレン研究所の伝統を組んで、免疫研究所から発表されたこの論文も、人間に対象を絞り、青年と中年の血液のプロテオミックスとともに血液内の細胞成分の single cell RNA sequencing を徹底的(即ちお金をかけて多くの細胞を調べる)で行い、膨大なデータを提供した研究と言える。

ただそれだけでは論文にならないので、この時期に最も遺伝子発現の変化が見られる免疫系に焦点を絞って解析したのがこの研究になる。リンパ球を何十ものサブセットに分け、一つ一つのサブセットでの遺伝子変化を調べる大変な仕事だが、これによりまずはっきりしたのが年齢による変化が起こるのはT細胞が最も顕著で、特にCD4T細胞での遺伝子変化が中年への変化をガイドしていることになる。

これまで、高齢者についての免疫を徹底的に調べることは行われてきたが、この研究のように中年期に絞って多くのデータを集めた試みは少ない。ただこれまでの高齢者のデータと突き合わせると、中年期に起こった変化が老年期にも持ち越されるようで、老年期へのシフトを知る意味でこの研究の意味は大きい。

研究自体は膨大なデータの集まりで、研究者の目で一つ一つ見ることが重要になるが、論文紹介としては重要ないくつかの点を列挙するのに留めたいと思う。要するにこのような大規模データを生成し提供したことが最も重要な業績になる。

  • 特異的な免疫について、サイトメガロウイルス慢性感染、及びインフルエンザワクチンへの反応で調べている。サイトメガロウイルス慢性感染は人間の免疫機能に最も大きな影響を及ぼすとされてきたが、青年期と中年期でほとんど変化は見られない。一方、インフルエンザワクチンに対する反応では、抗体反応が全体に低下し、ノンレスポンダーの数が増える。また、IL-4依存的なIgG2へのクラススイッチが上昇している。
  • このような変化の一部はメモリーB細胞の年齢による変化を反映する可能性もあるが、ほとんどはT細胞サブセットや遺伝子発現の変化の結果と考えることができる。
  • ザクッと言ってしまうと、T細胞の中でもTh2と呼ばれるメモリーT細胞の方向にT細胞が引っ張られることで、この結果IL-4やインターフェロンγを多く分泌するT細胞が増えた結果、自己免疫反応やIgG2へバイアスのかかった抗体反応につながる。
  • 転写因子の発現から見て、Th2へのバイアスは抗原刺激によるシグナルが全体的に低下したことによる。

以上が詳細を省いた大きなまとめになるが、結局は脳と同じで抗原への反応性が落ちていくのが引き金で、それが中年期から始まるというのが面白い。ただ、これは末梢血だけで、今後解剖や手術サンプルを含めたリンパ組織などのデータが集まると、実験が難しい人間でも多くのことがわかると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月1日 鯨の長生きの秘密(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月1日
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ずいぶん昔になるがこのブログでなぜゾウは身体が大きい(=増殖が必要)のに長生きでガンにならない理由について、LIF6と呼ばれるゾウ独特の分子によりDNA損傷でp53の発現が上昇するとともに死にかけの細胞の細胞死が促進され新陳代謝が上昇する結果だ、とするシカゴ大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8808)。

今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文は、鯨の長生きの秘密を、調査捕鯨から得られた鯨の皮膚線維芽細胞の培養を用いて探索し、CIRBPと呼ばれるDNA修復を助ける分子による修復の効率化がその原因であることを明らかにした論文で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Evidence for improved DNA repair in long-lived bowhead whale(ホッキョククジラではDNA修復の効率が改善されている)」だ。

アラスカでの沿岸調査捕鯨で得られたホッキョククジラが陸揚げされたとき皮膚を現場で処理し、そのまま培地に漬けてロチェスター大学に運び線維芽細胞株を樹立している。すなわち、この研究のほとんどは、樹立された線維芽細胞で老化やガン化に関わる性質、異常増殖、細胞死、DNA修復等を調べ、ホッキョククジラがガンにならずに200年以上も生きる秘密を探っている。

まず細胞の継代を繰り返し細胞老化が起こるか調べると、マウスやヒトの線維芽細胞と同じように老化する。また、ゾウで見られるような細胞死の促進、即ち senolysis も見られないし、ゾウのようにLIF6によりp53が上昇する事もない。

ではガン遺伝子による異常増殖が起こりにくいのか、いくつかのガン遺伝子や癌抑制遺伝子を導入して調べると、マウスやヒトの線維芽細胞と同じようにガン化する。とすると、基本的にはガン化のシグナルが発生しにくい、即ち遺伝子変異が起きにくいと考えられる。

ガン遺伝子でガン化させ増殖を続けた細胞のゲノム変位数を調べると、ヒトやマウスと比べると遺伝子変位の頻度が大きく低下していることが明らかになり、ホッキョククジラではおそらく遺伝子修復効率が高まっていると考えられた。

そこで、様々な修復アッセイを行い、最終的に二重鎖切断の際の修復効率がヒトやマウスと比べ数倍高まっていること、これはエンドジョイニングと呼ばれる修復も、相同組み換えによる修復も同様に高まっていることを明らかにした。しかも、エンドジョイニングによる修復の正確さは群を抜いており、特定の箇所に切断を入れるCRISPR-Casを用いて切断部位の修復精度を調べると、精度はヒトの2倍以上で、しかも挿入や欠失の頻度はさらに少ない。

なぜこのような精度の高い修復が可能なのかについて修復に関わる分子の発現量を比べると、ヒトやマウスで発現がほとんど見られない CIRBP がクジラだけで強く発現していることがわかった。この発現をノックダウンで抑えると、エンドジョイニングの頻度や精度が低下することから、クジラの正確なDNA修復の秘密はもっぱら CIRBP の発現が高いためであることがわかった。

さらに、放射線照射した後の染色体異常の阻止効率を調べると、ヒトの CIRBP でも一定の効果があるが、クジラの CIRBP の方が阻止効率が高く、分子機能自体としても進化していることがわかった。

ここまで来ると、是非トランスジェニックマウスの結果を知りたいところだが、発ガンを抑えることは報告されているが、長生きという報告はない。この研究では代わりにショウジョウバエに遺伝子導入し寿命を調べ、少しだが寿命が延びること、特に放射線照射後の生存期間が延びることを明らかにしている。

以上が結果で、CIRBP により修復に関わる分子が効率よく集められることで、修復活性が高まり、これが発ガンを抑え、寿命を延ばすという結論になる。ただ、あくまでも線維芽細胞での話で、トランスジェニックマウスで特に寿命が延びたという報告がないことや、ショウジョウバエでも寿命に対しては効果絶大というわけではないので、これが老化防止に使えるかは今後の課題だと思う。

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10月31日 LRG1阻害は糖尿病性網膜炎予防の切り札になるか?(10月22日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年10月31日
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糖尿病性網膜炎は失明に至る重要な病気で、毛細血管周囲に接して血管を保護するペリサイトが血管から離れ、バリア機能が傷害されることが重要な引き金になっている。これに続いて微小血管新生が起こることから、VEGFに対する抗体での治療が行われているが、初期病変を抑えることができないため、効果が限定されている。

今日紹介する University College London からの論文は、ひょっとしたら糖尿病性網膜症発症予防のブレークスルーになるかもしれない研究で、マウス糖尿病モデルでのペリサイト遊離を防ぐことに成功している。タイトルは「Leucine-rich α-2-glycoprotein 1 initiates the onset of diabetic retinopathy in mice(Leucine rich α-2-glycoprotein1はマウス糖尿病性網膜症の最初の引き金を引く)」で、10月22日号 Science Translational Medicine に掲載された。

Leucine-rich α-2-glycoprotein1 (LRG1) は新しい炎症マーカーとして注目されているが、糖尿病でも上昇する事が知られていたようだ。この研究では最初から LRG1 の糖尿病性網膜症での役割に焦点を定めており、様々な糖尿病も出るマウスで高血糖が何ヶ月も続いた網膜で LRG1 の発現を調べ、糖尿病網膜症の明確な病理変化が出る前に血管内皮の LRG1 発現が上昇することを発見した。そして、この誘導が高血糖が続くことによる細胞の NFkB をメインのシグナルとする炎症性変化の結果である事を明らかにした。

つぎに LRG1 の機能を確かめるために、LRG1 ノックアウトマウスに糖尿病を誘導し、血管変化を調べると、正常マウスで起こる血管変化が全く起こらないことを発見する。病理学的には、ペリサイトの脱落がほぼ完全に防げていることを確認する。その結果、網膜神経も正常に働ける。

以上の結果は LRG1 がペリサイトに働き血管からの脱落を誘導することを示唆する。そこで培養したペリサイトに LRG1 を添加する実験を行い、LRG1 がペリサイトをより線維芽細胞に近い性質へとリプログラムし、またペリサイトの収縮を誘導することを突き止める。また、この背景にペリサイトで誘導される SNAIL 分子が関わり、またシグナルとしては TGFβ 刺激と同じシグナル経路を介していることを示している。

最後に、ノックアウトマウスではなく、LRG1 を阻害する抗体により糖尿病性網膜症の発症を抑制できるか、糖尿病を誘発したマウスの眼球に LRG1 抑制抗体を投与する実験を行い、局所的 LRG1 抑制で十分ペリサイト異常を防ぎ、糖尿病性網膜症の発症を防止できることを示している。

以上が結果で、網膜だけでなく腎臓など他の血管での機能を知りたいところだが、網膜症状だけでもスイッチが入るのを止めることができることを示せたのは、大きなブレークスルーになるのではと期待する。

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10月30日 Gタンパク質共役型受容体のGタンパク質選択を操作する(10月22日 Nature オンライン掲載論文)

2025年10月30日
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Gタンパク質共役型受容体 (GPCR) は人間では800種類以上あると言われており、タンパク質をコードしている遺伝子が20000だとすると、なんと4%にも達する。重要な生理機能を保つ分子が多く特定されており、これらの作用を調節するために開発された薬剤も数限りない。新しいところでは糖尿病や肥満の特効薬として注目を浴びているGLP-1アゴニストもその一つだ。

GPCRは細胞内に存在するGタンパク質と結合することでシグナルを発生し、これが最も重要なステップだが、この時どのGタンパク質と結合するかは細胞によって異なるというぐらいの知識しかなかった。実際、70%以上のGPCRが複数のGタンパク質と共役することが知られており、結局入り口ではシグナルの種類は選べず、GPCRから発生するシグナルは細胞の持っているGタンパクの種類に依存することになる。

今日紹介するミネソタ大学からの論文は、様々なGタンパク質と共役することが知られているニュロテンシン受容体NTSR1にGタンパク質特異性を付与できる薬剤の開発を目指した面白い研究で、10月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Designing allosteric modulators to change GPCR G protein subtype selectivity(GPCRと共役するGタンパク質のサブタイプ選択性を変化させるアロステリックモデュレーターをデザインする)」だ。

Gタンパク質はヘテロ三量体だが、GPCRのシグナルを直接感知するのはGαタンパク質で4ファミリー16種類存在している。NTSR1 はこのうちGsファミリーを除く残りのGタンパク質と結合できる。この研究では NTSR1 の細胞外、細胞内阻害剤について共役するGタンパク質の種類を調べ、細胞外の阻害剤は全てのGタンパク質の結合を抑制する一方、細胞内阻害剤 SBI-553 と NTSR1 が結合すると、共役するGタンパク質の選択性が発生することを発見する。

これまで SBI-553 の作用機序は NTSR1 にβアレスチンをリクルートして機能を抑えるとされてきたが、βアレスティンノックアウト細胞でも SBI-553 は一部のGタンパク質と NTSR1 の結合を直接阻害することがわかる。即ち、NTSR1 とGタンパク質の結合を直接アロステリック効果で抑制することがわかる。

この選択性の構造的基盤をクライオ電顕やコンピュータシミュレーションを用いて詳しく調べ、SBI-553 が結合することで浅い溝が形成されることで、一部のGタンパク質のC末端が選択的に結合したり、排除されたりすることを明らかにしている。

とすると、SBI-553 をベースに様々な化合物を設計することで、NTSR1 のGタンパク質選択性を変化させる可能性が出てくる。そこで、29種類の様々な修飾を加えた化合物を作成し、作用を調べると、SBI-553 と比べて SBI-342 がアレスチンとG12以外のGタンパク質との結合が低下すること、また SBI-593 では新しくGqとの結合性が発生すること、そしてその構造的基盤を明らかにしている。

最後に、この差を体内機能の差として比べられるかを調べるため、即座核の NTSR1 を刺激したときに起こる体温低下に対する SBI-553 と SBI-559 の作用として調べている。結果だが、期待通り SBI-553 ではGqを中心に抑えられる事から体温低下をある程度防げる。しかし SBI-559 ではGqの結合が抑えられないので体温は下がったままであることがわかる。

以上が結果で、デザインと言うにはまだまだだが、GPCRのGタンパク質選択性を調節するリガンドが設計可能であることを示せたことは重要だ。またGタンパク質以外のタンパク質とも共役するGPCRも存在することから、細胞内のシグナルをスイッチさせることで、新しい創薬が可能になると期待する。

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10月29日 コホート研究データを学習した生成AIモデル(10月27日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年10月29日
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毎日論文を読んでいるだけで、中国の医学研究の急速な進展を実感する。特に最近10年の躍進は著しい。おそらくAI領域ではもっと突出しているのではないだろうか。Nature Machine Intelligence の半数近くの論文は中国からで、確かに transformer のような基本モデルを開発するという点では google等に遅れているとは言え、多くのアイデアが試されているエネルギーを感じる。

今日紹介する中国温州大学からの論文は大規模コホート研究データを学習させ、生物学的老化や年齢に伴う疾患リスクを個人のデータから予測できるモデルを構築した研究で、様々な点で中国医学の躍進が感じられる論文だった。タイトルは「A full life cycle biological clock based on routine clinical data and its impact in health and diseases(通常の臨床指標に基づく全生涯をカバーする生物時計は健康や病気の指標になる)」だ。

私が現役の頃、中国での基本医療保険は整備できていないといわれていた。実際、2000年初頭では保険カバー率が10%台だったようだが、現在では95%が何らかの保険でカバーされている (WHO報告書)。これを見ても中国医学の躍進がよくわかるが、今日の論文では様々な年齢層を対象としたコホート研究が走っており、この研究では4つのコホートを集めてなんと1千万人近くについて、180種類の血液検査を中心としたデータを経時的に集めている。データ総数は2500万近くに及び、それが全て電子レコード化された形で研究者に利用できることが素晴らしい。我が国の実情は知らないが、資格のある研究者が利用できる個人健康電子レコードはどの程度整備できているのか気になる。

データ量が多いのでどのぐらい大変かはほとんど評価できないが、この研究では各個人が検査に訪れた Visit ごとに、それぞれの検査の値と種類を一回の visit 毎に埋め込みとしてまとめ、これを transformer に学習させている。もちろん欠けている検査やコホートごとの検査値の平準化などの問題は、いわゆるマスク学習などを用いて自然に欠損値を予想して処理するようにしている。ただ、一回の visit でのサマリーを算出して埋め込むなど多くの工夫が行われており、これを1千万近くの個人のデータで行って学習させること自体大変な作業だと思う。

このような各個人の時系列トークンが分布した潜在空間には、各人の実年齢とともに異なる健康状態が表象されていることになり、これを統合した生物学的年齢を算出することができる。

こうして算出した生物学的年齢を実年齢ごとにプロットすると2つのことがわかる。20歳までと20歳以降で実年齢と生物年齢の比率が全く異なる点で、それぞれ別にプロットする必要がある。別々にプロットすると、基本的には実年齢と生物学的年齢はほぼ正比例しているが、それぞれの実年齢の中で生物年齢のばらつきは大きく、これを老化度として示すことができる。全く異なる病院や機関でのコホートでも同じモデルで処理できることは重要だ。

ただ、こうして算定される生物年齢が意味を持つかどうかはわからない。そこで、生物年齢が実年齢をオーバーした集団と実年齢より若い集団で、心血管障害や低血糖症などは生物年齢が高いほどリスクが高いことがわかる。

さらに各検査項目の指標をベースに参加者を64種類のポピュレーションに分けると、様々な疾患と各クラスターとの相関が見えてくる。これは20歳以下と、20歳以上で分けて調べる必要があるが、子供に関して言うと、ヘルニアや髄膜炎、更には早発思春期などのリスクと相関する。一方20歳以上の参加者では、クラスター20に属する人の心血管生涯リスクは30倍にも上ることがわかる。Transformer なので、これまでの時系列を入れると、将来の疾患リスクを計算することもでき、様々な疾患について40歳から70歳までに発症する率を計算している。

以上が結果で、同じような時系列健康データのAI化の試みは既に行われているが、Transformer/attentionを用いたのはこれが初めてのようで、実際これだけのデータを学習させること自体が大変な作業だと思う。

11月5日、第三回のAIx生物勉強会を予定しており、今回はGoogleのこれまでの戦略を医学生物学領域で振り返ることを主題にしている。調べていると、Googleのパワーに圧倒され、攻め手など見つからないように思うが、これまでのGoogleモデルは実際の患者さんのデータが取り込まれているわけではない。その意味で、この温州大学からの論文は参考にできる点が多い。

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10月28日 プライムエディターの変わり種、リトロン(10月23日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2025年10月28日
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変異配列を正常配列へと変えるための遺伝子編集の切り札として登場したのがハーバード大学の Lu により開発されたプライムエディターで、遺伝子をカットする Cas9 に逆転写酵素を結合させ、置き換えたい配列を局所で合成させて相同組み換えのテンプレートにする方法だ。ただDNAミスマッチ修復メカニズムが働いて効率を低下させるなどの問題があり、現在はこれらの問題を解決し、コンパクトな遺伝子編集システムを完成させる研究が続いている。

今日紹介するテキサス大学オースティン校からの論文は、元々細菌がファージの増殖を止めるために開発してきたレトロンと呼ばれる逆転写酵素と long-noncoding RNA を CRISPR と組み合わせて、効率の高いプライムエディター開発研究で、10月23日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Discovery and engineering of retrons for precise genome editing(正確なゲノム編集のためのレトロンの発見と操作)」だ。

レトロンとは、標的RNAの特異性を持つ逆転写酵素とそれに認識されプライマーなしに一本鎖DNA (ssDNA) へと転写される non-coding RNA の組み合わせからできている。このRNAは認識されるための特殊な構造を持っているが、一部は自由に変更できる。これを利用すると、目的の配列を持った一本鎖DNAを合成させることができる。

この逆転写酵素と Cas9 結合させると、Cas9 が切断した領域に合成された ssDNA が濃縮されるため、相同組み換え機構が働くとテンプレートの配列に変異配列を置き換えることができる。ただ、元々細菌の抗ファージシステムとして進化してきたので、哺乳動物で働く効率が低いなど様々な問題があった。

この研究では考えられる問題を一つ一つ解決して、実際に胚操作に使えるまでのリトロンシステムを組み上げるための詳細な条件検討が行われている。まず、哺乳動物でも働くリトロンシステムを探し出すため、データベースから500種類のレトロンを選び、そのうち98種類について実際に正確な編集効率を指標にして、最適なレトロン逆転写酵素探索、最終的に Escherichia fergusonii (Efe1) 由来のレトロン逆転写酵素を選び出している。これを使うと編集効率は20−30%という効率になる。

次にこのレトロン逆転写酵素の認識効率のいい non-coding RNA の条件を絞り込んでいる。この方法でいくつかのゲノム領域の編集を行い、99%以上が目的の配列に置き換えられることを示している。

このシステムは Cas9 と組み合わせるので、Cas9 のガイドとリトロン non-doding RNA の転写条件、あるいは Cas9 とレトロン逆転写酵素をつなぐリンカーの条件など詳細に検討して最適の組み合わせを選んでいる。また、核内移行シグナルについても様々なシグナルの中からトライアンドエラーで選んで、効率を高めている。こうして選んだリンカーなどを使うと、Cas9 だけでなく、Cas12 とも組み合わせられ、Cas9 より高い効率での編集が可能になることも示している。

プライムエディターの最大の敵は、NMHJ による遺伝子修復で、これを防ぐ様々な方法も提案している。最もストレートなのは修復酵素を阻害することで、DNA-PKcs を阻害するだけで効率を何倍も伸ばすことができる。更には細胞周期をS期以降の広範に止めることで、相同組み換えが上昇する事も示している。

以上は培養細胞を標的にした遺伝子編集だが、ゼブラフィッシュの卵にmRNAの形で必要なコンポーネントを注入することで、平均で3%、場合によっては10%近い遺伝子編集効率が得られることを示している。

最近遺伝子編集は臨床応用段階と決め込んで新しい方法をしっかりフォローしていなかったが、開発のエネルギーは落ちていない。100%を目指す遺伝子編集もいつかは可能かもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ