5月28日 腸内の制御性T細胞レベル調節の複雑さ(6月11日号 Cell 掲載論文)
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5月28日 腸内の制御性T細胞レベル調節の複雑さ(6月11日号 Cell 掲載論文)

2020年5月28日

新型コロナでも明らかになったが、免疫系が絡む現象は、多様性が著しく、メカニズムが複雑になる。その辺をすっ飛ばして一般の人に説明すると「免疫力」で済ませたり、ワクチンの効果を抗体だけで判断することになる。しかし、脳ほどではないにしても、免疫反応では役者が多く、多くのフィードバック、フィードフォワードサーキットができて、これを理解するには特殊な能力が必要と思えるほどだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文はまさに専門外ではストーリーを追うのが嫌になる免疫の複雑性を、しかし楽しく解析している研究で6月11日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「An Immunologic Mode of Multigenerational Transmission Governs a Gut Treg Setpoint (免疫様式による世代を超えた伝達が腸内の制御性T(Treg)のセットポイントを決める)」だ。

この研究のコレスポンデンスになっているBenoistは個人的にも知っているが、この複雑な回路を頭の中で描ける特殊な能力を持つ免疫学者の代表だろう。

この研究は、Tregの中でもRORγ転写因子陽性のタイプ(RORγTreg)の腸内での数が、B6マウスとBalb/cマウスで完全に別れ、一見遺伝的に支配されているように見えるが、この数を支配する要因のうち最も大きいのが、母親の影響であるという発見から始まっている。すなわち、B6マウスに育てられると、遺伝的背景にかかわらずRORγTregは多く、Balb/cマウスに育てられるとRORγTregが少ないことがわかった。一種ミトコンドリアの遺伝に似ている。

現在ではRORγTregと腸内細菌叢の研究が進んでおり、RORγTregを誘導する細菌も特定されていることから、この現象は母親から移行する腸内細菌叢の違いで説明することが可能だが、様々な実験から細菌叢そのものの作用は否定している。

面白いことに、RORγTreg数は生まれてから1週間までに決まり、その後安定に続くことから、授乳との関係が示唆される。そこで、可能性をひとつひとつ検討するための実験を繰り返し、RORγTregを誘導する細菌に結合する母乳内に存在するIgAが、腸内でのRORγTregレベルを決めているという結論に到達する。

詳細を省いて、彼の提案するシナリオを紹介すると次のようになる。

腸内でRORγTregレベルは、特定のバクテリアの刺激により維持される。RORγTregが多いと、腸内での免疫反応が抑えられ、IgA分泌は低下するが、この結果バクテリアが増加すると、RORγTregが増加する。このように、IgAを介するフィードバック回路が腸内で成立して一定のRORγTregレベルが維持される。

しかし生まれたばかりの子供にはこの回路は全く存在しない。しかし、腸内でのIgAとRORγTregの回路が乳腺に移行することで、この回路を維持することができるIgAが子供にも伝えられ、このIgAが母親から移行する腸内細菌叢のRORγTreg刺激レベルを設定することで、子供にも大人と同じバクテリアRORγTreg、IgAというサイクルが出来上がり、特定のレベルのRORγTregが維持される。

私が留学した1980年代は、免疫学ではこのような議論が当たり前だったが、やはりわかりにくいかもしれない。しかし、これが本当で、人間でも確認できるなら、IgAを使って一生続く腸内の制御性T細胞のレベルを決めることができるかもしれない。

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5月27日 新しいすい臓ガン治療プロトコル(5月25日 Nature Medicine オンライン版掲載論文)

2020年5月27日

今回の新型コロナ流行でも薬剤の効果判定について、一般人まで巻き込んだ議論が行われた。このとき、ほとんどの専門家は医療統計学に基づく治験以外に薬効を判定できないというコメントを繰り返えした。しかし、一般の人から見ると、一度希望の星としてマスメディアが取り上げた薬剤が、専門家の冷ややかな言葉で否定されるのは納得いかなかったのではないかと思う。

この時、なぜアビガンやレムデシビルなどに期待が集まったのか考えてみると、これがウイルスのRNAポリメラーゼを阻害することがわかっているからだ。少なくとも私が読んだ論文の中でレムデシビルとポリメラーゼの詳細な構造解析が行われており、特異的な結合の基盤が示されている。おそらく専門家がみれば、これより優れた薬剤の開発は可能だろうと思っていると思う。

いずれにせよ、レムデシビル、アビガン、レピナビル、リトナビル、そして抗ウイルススパイク抗体など、ウイルス分子特異的な阻害剤は、新型コロナウイルス分子に合わせた、さらに効果が高い薬剤が開発でき、新型コロナもエイズのように治療が可能になること間違い無い。もちろん、エイズのように複数の薬剤の併用は重要で、そのとき私たちホスト側分子に対する治療も組み合わせられる。

個人的な意見だが、治療メカニズムが明確な薬剤の効果をしかもパンデミックという状況で確かめていくためには、冷ややかに医療統計を盾にした議論をするのではなく、原理に基づくデータを取ることで医師の匙加減を科学的に引き上げるような新しい治験方法が必要ではないかと思っている。

などと考えていたら、すい臓ガンに免疫治療を導入しようと症例を積み重ねて一つのプロトコルに到達したコーネル大学を中心に形成された国際チームからの論文が5月25日 Nature Medicineに掲載された。タイトルは「BL-8040, a CXCR4 antagonist, in combination with pembrolizumab and chemotherapy for pancreatic cancer: the COMBAT trial (CXCR4阻害剤BL-8040をペモブロリツマブと組み合わせたすい臓ガン治療:COMBAT治験)」だ。

この研究は、すい臓ガンにはあまり効果がないとされてきた本庶先生により開発されたPD-1抗体による治療を、効果のある治療に変えられないか調べることを目的としている。いかに医療統計学的な治験に基づいて効果がないと判定されても、原理ははっきりしている。なら、治験結果がどうであれ、諦めずに新しい方法を開発したいと思うのは当然だ。

このために、この研究ではPD-1抗体に、すい臓ガンの周りに起こる炎症を抑えることが知られているケモカイン受容体CXCR4の阻害剤を組み合わせることを着想した。すなわち、どちらも単剤の治験で思わしい結果が得られなかった薬剤を原理に基づいて組み合わせた。

詳細は省くが、まず打つ手がなくなった患者さんに両者の組み合わせ治療を行い、平均で3.5ヶ月延命が可能であることを確認し(といってもまったくコントロールはない)、次にジェムシタビンが効かなくなった転移すい臓ガン患者さんを選び、2番目の選択としてこの組み合わせを使ったところ、平均値で7.5ヶ月生存した。他のお薬をジェムシタビンの後に使う場合、生存期間が6.5ヶ月などで一定の効果がある可能性がある。

重要なことは、この研究ではリンパ球の動態や転移巣のバイオプシーによる組織検査が詳しく行われており、効果を細胞レベルで検証することができている。これにより、この治療が末梢に多くのリンパ球を動員し、さらに転移組織へのキラーT細胞などの動員を高めることを明らかにしている。

このように原理は確認されたが、結果としてはたかだか1ヶ月程度の延命だったが、ここで諦めずに医師のさじ加減として、それまでやはりジェムシタビンの次に使う化学療法として治験が行われ、やはり少しだけ延命が見られていたイリノテカン、ロイコボリン、5FUの併用治療を、なんとPD-1抗体とBL-8040に組み合わせている。

まだ最終結果は得られていないが、患者さんの3割以上で癌が縮小したまま経過しており、77%ではガンの進展が抑えられ、この状態が平均で8ヶ月近く続くことを示している。

最後の結果もコントロールはない。ただ、誰が見ても大きな進展ということで、Nature Medicineに掲載されたのだと思う。治験ではエンドポイント、例えば生存期間が重視されるが、原理に自信がある場合は、データを積み重ねで、それを元にさじ加減を繰り返すことで、新しい治療に行き着ける可能性もあることを示す重要な研究だと思う。

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5月26日 ケトンダイエットと腸内細菌(5月28日号 Cell 掲載論文)

2020年5月26日

これまでなんどもケトンダイエットの不思議な効果を示す論文を紹介してきた。例えば小児の難治性てんかん発作が4割の子供で軽減できるという報告などを見ると(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/11255)、そのメカニズムを突き詰めてより簡便な治療法へと発展してほしいと思う。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はケトン食の効果の一つ原因が、腸上皮細胞のケトン体分泌、ケトン体による細菌叢の変化、細菌叢による免疫系の変化という複雑な回路を介していることを示した研究で5月28日号Cellに掲載された。タイトルは「Ketogenic Diets Alter the Gut Microbiome Resulting in Decreased Intestinal Th17 Cells (ケトン食は腸内細菌叢を変化させ、腸管のTh17細胞を低下させる)」だ。

ケトン食が腸内細菌叢の変化を誘導する可能性は誰でも考えつくと思うが、あまり研究がされていなかったようで、腸内細菌叢の研究としてはあまり質が高いと思えないのだが、Cellに掲載されていることにまず驚いた。

比較的単純な研究で、炭水化物が5%というケトン食を1ヶ月続けて、便の細菌叢を調べると、ほとんど完全に消失する放線菌など、細菌叢に大きな変化が起こること、そして細菌種の詳しい検討から、様々なビフィズス菌がケトン食で増殖を抑えられるという観察をきっかけに、あとは動物に人の便を移植する実験系を使って、細菌叢の変化の意味を調べている。

結論は単純で、ケトン食はまずホストの代謝バランスを変化させ、ケトン体の生産を高める。おそらく同じことは腸管上皮でも起こっており、上皮から分泌されるケトン体が細菌叢に働いて、ビフィズス菌などの増殖を抑える。このビフィズス菌量の低下が、腸管や脂肪組織への炎症性Th17細胞をの蓄積を抑えることを、実験的に示している。

なるほどケトン食も細菌叢への効果があるのかと納得した以外は、Cellの論文としては雑で物足りないという印象が強かったが、それでもケトン体を投与することで細菌叢のバランスを変化させられるプレバイオの可能性、およびケトン体により善玉と思っているビフィズス菌や乳酸菌が減るいっぽう、発ガンにつながるEccoliやFusobacteriumなどが増殖することは気になった。

特に後者は、ケトン食を続けていると知らず知らずのうちに発ガンのリスクは高める可能性を示唆しており、ケトン食の効果が素晴らしいからこそ、この点はさらに詳しい検討をしてほしいと思った。

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5月25日 Cas9 の問題点(5月18日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2020年5月25日

コロナ騒ぎの中でひっそりと報道されていたが、黄斑変性症治療の目的で移植したiPS由来色素上皮細胞は、5年経った今もガン化することなくホストの中で生存しているらしい。今後は機能面の評価など、論文として読めるようになると思うが、最も危惧された長期安全性はクリアできたように思う。

実際iPS由来細胞の移植治療の実用化が視野に入った頃、ガン化など安全性の問題を指摘する論文が数多く出された。雑誌のエディターも、安全性への懸念を強調した論文には甘いのはという印象すら持った。しかし、この学会の態度が、どうしてもアクセルを踏みがちになる研究者に、ブレーキを意識させる効果を生んだ結果、安全な治療が可能になってきたのだと思う。

今日紹介するイスラエルテルアビブ大学からの論文は、すでに臨床応用も始まっているCRISPR/Cas9による遺伝子操作の問題点を調べた論文で5月18日号のNature Geneticsにオンライン掲載された。タイトルは「Cas9 activates the p53 pathway and selects for p53-inactivating mutations (Cas9はp53経路を活性化し、p53機能欠損変異を選択する)」だ。

これまでCas9が標的以外のDNAを切断して細胞に突然変異を誘導する危険性については指摘が続いてきた。結果、Cas9のオフターゲット活性を下げる様々な改良が進んでいるが、現在のところはプラクティカルには問題ないとして、Cas9をそのまま用いているケースが多い。

この研究ではCas9による突然変異導入だけでなく、細胞そのものの増殖容態が変化して、これが異常細胞の選択的増加をきたすのではという懸念を確かめている。

細胞株にCas9だけを導入する実験系で導入による変化を調べると、DNA切断活性の結果と思われるp53経路の活性化が見られる。もしオフターゲット切断があるなら当然の話で、細胞の増殖を抑える方向にp53の出番になるのは正常だ。

ただ問題は、この状況が続くなかで細胞増殖を維持しようと思うと、p53分子の抑制が起こる可能性がある。実際、Cas9を導入された細胞株ではp53分子の機能喪失変異が高まることが観察される。また、細胞同士の増殖競合実験を行うと、p53欠損株の方がより高い増殖を示し、集団内で優勢になることを観察している。

以上の結果から、Cas9を導入することで、p53変異が選択的に増殖する危険性があり、これがガン化など問題を引き起こすことは注意が必要という結論になる。実際の体細胞遺伝子操作では、おそらくp53 のみでは大きな問題にはならないような気はするが、注意は必要だろう。

この研究では、遺伝子操作ではなく、CRISPR/Cas9を用いて網羅的な遺伝子昨日スクリーニングを行う際の問題を実際に検証しており、このような系で特定される遺伝子は、p53経路の異常を反映していることを考慮して解釈すべきだとしている。

特に驚くほどの論文ではなかったが、様々な観点からCRISPR/Cas技術の安全性を検証することは重要だ。

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5月24日 ちょっと意外な太らない遺伝子(6月11日号 Cell 掲載予定論文)

2020年5月24日

Stay Homeの最大の副作用は食べ過ぎ、運動不足による肥満だが、今回は生物学的・身体的要因だけでなく、法的にも世界中で自由が制限されたという精神的ストレスが加わっているため、深刻なデータが出てくるような気がする。

そんな中、別にダイエットをしているわけでないのに太らない人を必ず見かける。おそらく多くの人は、同窓会などにでてこのことを感じておられるだろう。おそらく太らない遺伝的素因があると考えられるが、メラノコルチンなど太る遺伝子多型は多く見つかっているのに、太らない遺伝子多型となると、病気を除くとほとんど見つかっていない。

今日紹介するオーストリア分子生物学研究所と食品メーカー ネッスルの研究所からの論文はなんと発ガン遺伝子として研究が盛んなALKが欠損すると、食べても太らないこという意外な結果を示した研究で6月11日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Identification of ALK in Thinness(ALKが痩せに関係することの発見)」だ。

著者らはこれまで太らないことと関係する遺伝子の発見が難しいのは、生活習慣や年齢の背景を補正して多型を探すことが難しかったことが原因であると反省し、これらの条件を満たしたゲノムコホート研究として、エストニアバイオバンクが使えることを発見する。

年齢や性別などの要因を補正した上で、痩せていることと相関する多型を探し、5つの領域を特定するが、この中に肺の非小細胞性腺ガン、白血病、そして神経芽腫などのガンのドライバーとして知られているALKのイントロンに存在する多型が存在することを発見する。

まずショウジョウバエを用いたRNAiによる昨日検索で、ALKノックダウンにより摂食行動は変化しないにも関わらず、太らないことを突き止め、マウスを用いた研究へ進んでいる。

ガン遺伝子としてのイメージが強いため、個人的にノックアウトマウスを用いるのは難しいだろうと思っていたが、意外なことにノックアウトマウスは正常に生まれ、生殖能も正常らしい。ただ、期待通り正常食でも、高脂肪食でも太ることがなく、常に正常より体重が低い。これは、エネルギー消費が高く、白色脂肪組織で脂肪の分解が高まっていることが原因であることがあきらかになった。 

ただ、脂肪代謝に関わる肝臓や脂肪組織ではALKの発現はほとんど見られないためALKを発現が高く、脂肪代謝と関わる組織を探索し、最終的に視床の室傍核の興奮神経が脂肪代謝に関わっていること、そしてALKイントロンの多型によりこの神経細胞でのALK発現が低下することを確認する。

最後に、室傍核特異的にALKをノックアウトする実験で、この部位のALK発現が減少すると、太らないマウスができることを明らかにしている。

以上が結果で、もしこの多型を持っている人が全く正常な一生を送れることが明らかなら、ALKの発現を標的とした太らないためのお薬ができるかもしれない。

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5月23日 T細胞の細胞障害過程の細胞生物学からウイルスの構造が理解できる(5月22日号 Science 掲載論文)

2020年5月23日

キラーT細胞が細胞を殺すメカニズムとして、当時、順天堂大学医学部の真貝さん(現、理研)がパーフォリン遺伝子を報告したのはずいぶん前だが、この仕事はよく覚えている。その後グランザイム、そして長田さんが明らかにしたFasを刺激するFasLも相手を殺す時のメカニズムとして特定された。パーフォリントグラン財務に関しては、パーフォリンでできた穴を通して、グランザイムが細胞内に侵入し、細胞を殺すと理解している。また、両方の分子は小胞の中に詰め込まれて分泌されることも知られている。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文はこの過程を細胞生物学的に詳しく解析し、パーフォリン・グランザイムが一種カプシド型ウイルスの様な構造を形成し相手の細胞へ受け渡されることを示した面白いプロの仕事で、5月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「Supramolecular attack particles are autonomous killing entities released from cytotoxic T cells (超分子的攻撃粒子がキラーT細胞から遊離するキラー分子の実体)」だ。

このグループは、キラー分子が集められたカプシド型ウイルスの様な超分子攻撃粒子(SMAP)が細胞を殺すと仮説を立て、パーフォリンやグランザイムを蛍光ラベルするとともに、分子コンプレックスをラベルする目的でレクチンであるWGA分子もラベルし、これらがコンプレックスを作って、殺したい相手の細胞に受け渡されるかまず調べている。

実験は細胞生物学の粋を集めたもので、SMAPに分子が集められ、それが相手の細胞に移行する様子を見せるだけでなく、人工的にスライドグラスの上に形成させた脂肪二重膜の上でT細胞を活性化し、分泌されたSMAPが膜に突き刺さる様子もリアルタイムで捉えている。まさに、ウイルスの侵入を見ているようだ。

このようにパーフォリンや、グランザイムが単純に分泌されるのが細胞障害性でないとすると、SMAPを構成している分子が重要になる。そこでこの構造を集めて分子解析を行うと、様々な分子が集まった構造を取っており、中でも血小板で多く見られるスロンボスポンディン1が最も多く含まれることが明らかになった。そこでスロンボポイエチンをノックアウトしたT細胞を作り、キラー活性を調べると期待通り活性は低下していた。

あとは、クライオ電顕など画像解析を通して、SMAPがグランザイムやパーフォリンを中央に、その周りをスロンボスポンディンがカプシドのように取り囲む構造を持ち、111nmほどの大きさの粒子であることを明らかにしている。

結果は以上で、中に核酸はないが、カプシド型ウイルスの構造と同じだ。さらに考えると、キラーT細胞はFasLを表面に持った小胞体を分泌して、Fasを持った相手を殺すことも知られている。この場合、コロナのような一種のエンベロープ型ウイルスに近い。

勝手な想像だが、このような擬似ウイルス武器をもって、ウイルス感染を防いでくれるのがキラーT細胞であることがよくわかった。うまくいけば、キラーT細胞ではなく、他の方法でこの武器を使える日が来るかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月22日 武道の極意(米国アカデミー紀要掲載論文)

2020年5月22日

少し難しい論文紹介が続いたので、今日は気楽な論文を選ぶ。

高校時代ラクビー部に属してはいたが、もともと体育は苦手な方で、ましてや武道となると全く縁がない。とはいえ不思議なことに、武道の極意について固定的なイメージを持っている。相手と対した時、相手のどんな小さな動きも見逃さないよう集中し、動きを感知したらすぐに身体の動きに反映させる必要がある。すなわち、自分の身体感覚と、外部刺激に対する感覚を統合し、研ぎ澄ます必要がある。

今日紹介するライプチヒにあるマックスプランク認知・脳科学研究所からの論文をを読んだとき、武道の極意という言葉が頭に浮かんだので紹介することにした。タイトルは「Heart–brain interactions shape somatosensory perception and evoked potentials (心臓と脳の相互作用が体性感覚とそれによる興奮を決めている)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。

この研究では、心臓の拍動と、指先で感じる微小な刺激にたいする感受性とに関係があるはずだという仮説から研究が行われている。実際には心電図、脳波を記録しながら、指先に微小な刺激を与え、刺激を感じたか?どの指に感じたか?という感覚の申告と、その時の心臓収縮のフェーズ(収縮期、拡張期)、および脳波の変化を記録し、それぞれの相関を詳しく解析している。

この研究のハイライトは、私たちの体性感覚は心臓の拡張期に高まるという発見に尽きる。すなわち脳のどこかで心臓の動きを感じて、指の感覚の閾値を変えていることになる。

あとはこの現象と、脳の活動との相関を調べることになるが、

  • 刺激後、それを認識する脳領域の脳波の振幅が上昇するが、300msから500msの間の振幅は拡張期の方が高まる。心筋の活動は収縮なので、心臓の活動が感覚を鈍らせることを示している。実際、感覚野の活動を調べると、収縮期で感覚野の振幅が抑えられているといった方がいい。
  • もともと脳内には心臓の活動を感じる領域があり、これをheart beat evoked potential(HEP)と呼んでいるが、HEPの上昇は、体性感覚を抑制する。
  • 目を閉じて安静にする時発生するα波も独立に、体性感覚の閾値を下げる。

主な結果は以上で、心臓の鼓動という身体感覚と、微妙な体性感覚が統合されていることはわかった。我々が本来持っている心臓の鼓動を感じる仕組みは、感覚を鈍らせるので、武道の極意はまずこの回路を止める、あるいは逆に収縮期を感じてそこに感覚を集中することが大事かもしれない。一方、武道では邪念を払うことが重要と言われるが、これ自体はα波が代表する安静状態ではないなということもわかる。

などと勝手に解釈したが、面白い研究もあることがよくわかった。

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5月21日 転移のジェノミックス(5月18日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2020年5月21日

ガンのゲノム研究は、次世代シークエンサーとともに始まったゲノムデータバンク構築が完成に近づき成熟期を迎えていると言えるのかもしれない。ただ、データは様々な視点から何度もなんども見直すことが重要で、その意味でインフォーマティックスが臨床のニーズに合わせて、データを掘り下げる作業が大事になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はすでに集まっている転移を起こしたガン患者さんの原発巣と転移巣のゲノムデータを、最新の解析手法を用いて調べ、転移がどの様に起こるか調べた研究で、5月18日号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Multi-cancer analysis of clonality and the timing of systemic spread in paired primary tumors and metastases (複数のガンの原発巣と転移巣の比較からクローン性と拡大時期を解析する)」だ。

同じ様な論文はなんども目にしてきたが、同じデータで何度も見直すことは重要だ。この研究でも世界中のデータベースから、乳ガン、大腸ガン、肺ガンで原発巣と、転移巣のエクソーム解析が行われているデータベースから信頼できるサンプルを抽出し、原発巣と転移巣との関係、治療と転移との関係、そして転移の起こり方などを解析している。基本はゲノム上の変異の蓄積状態を比較することで、系統樹関係、突然変異の起こり方、転移の時期、転移の様式などを解析している。答えは大体予想通りだが、それでも臨床医にとっては示唆に富む解析だと思う。

ただ間違ってはいけないのは、この研究では転移が実際に起こったケースを解析しており、臨床経過で一度も転移が発見されなかったケースとの比較が全くない点で、進行例を調べた研究と言える点だ。

まず、ガンの変異の特徴から以下のことが示されている。

  • 多くの転移ガンは、原発ガンと同じドライバー変異を共有しているが、乳ガンは、転移巣独自のドライバーへシフトしている確率が高く、ネオアジュバント治療の重要性を示す。
  • 乳ガンや大腸ガンではガン化に関わる変異は原発巣と転移巣で共有されているが、肺ガンの場合、ガン化につながる変異がバラけている。おそらく、タバコにより多くの変異が早期に発生した結果と考えられる。
  • 一方、抗ガン治療を受けた人の転移巣では、転移巣だけに見られるドライバー変異増加してくる。治療により、この様なマイナーな変異を持つガンが選択される。

これらの変異から、ポピュレーション動態解析を行うことで、

  • 発ガン早期から転移は起こっており、実際にはガンが診断される2−4年以上前に転移が起こっている。
  • 転移は個々のクローンが独自に起こす現象だが、どのクローンが優勢になるかは治療により大きく影響される。すなわち、治療により選択された転移巣は、抗ガン剤の抵抗性に関わる変異を持つことが多い。この様な転移ガンは進行が早い。

が結論される。

これらの結果は、検出できなくとも、転移がすでに広がっていると考えて治療する、例えばネオアジュバント治療の重要性を示す。さらに、薬剤自体が選択圧としてガンの進化に関わることから、進行していることが予想される場合はネオアジュバントは異なるメカニズムの薬剤を組み合わせた方が理論的には良い。おそらく、これに免疫治療が加わるとさらに効果を高められる可能性がある。

これは論文を読んだ素人の感想だが、この様なデータを臨床的に再検討し直し、新しいガンのプロトコルを進化させていってほしいと思う。

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5月20日 Z―DNAと記憶(5月4日 Nature Neurosience オンライン掲載論文)

2020年5月20日

右巻きのDNAが構成塩基などの条件により左巻き構造をとりうることが発見されたのは、私が臨床をやめて基礎研究に移る前だった様に思うが、当時おおきな話題になったことは確かだ。ただ、時折タイトルは見かけることはあっても、ほとんど忘れていた。

今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文はZ-DNAという特殊な構造が脳の高次機能に関わっていることを示した不思議な研究で5月4日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Dynamic regulation of Z-DNA in the mouse prefrontal cortex by the RNA-editing enzyme Adar1 is required for fear extinction (前頭前皮質でRNA-編集酵素Adar1によるZ-DNAのダイナミックな調節は恐怖の消去に関わる)」だ。

誰でも「Z-DNAと記憶」などというありえない組み合わせのタイトルを見たら読んでみる気になるだろう。ただ、構造が変化したDNAということで、物理的エントロピーが、DNA本来の情報に重なったとき何が起こるか興味を持って研究している人たちがおり、この配列情報+αをfliponという概念で捉えて、転写調節に関わることが提唱されている様だ。言ってみれば、一種のエピジェネティック・メカニズムとしてZ-DNAが使われていることが知られていた。このときZ-DNAと反応する分子の一つがサイレンシングなどRNA editingに関わるAdar1であることもわかっている。

この研究では恐怖に対する光が当たるとショックが来るといった記憶の条件付けを形成させた後、今度は光に慣らせて条件付けを消すという課題をマウスに行わせる実験系で、Adar1の転写を調べると、恐怖記憶の消去過程でAdar1が上昇することに気づく。さらに、Adar1をノックダウンして同じ記憶実験を行うと、不思議なことに恐怖記憶の消去過程だけが抑制され、恐怖記憶が残ることを発見する。

通常なら、グルタミン酸受容体などのRNA editingではないかと思ってしまうところを、Z-DNAの調節とAdar1に気づいた点がこの研究のハイライトで、まず恐怖記憶成立過程でZ-DNA構造がゲノムに蓄積すること、そしてこの構造がAdar1により解消されることが、恐怖記憶の消去に必要であることを明らかにする。またAdar1結合する部位にある転写因子のいくつかについて、Z-DNA構造が転写阻害につながり、Adar1によりこれが解消されることで、転写が高まることを明らかにしている。

おもしろいことに、Z-DNA構造をとってAdar1と結合する部位のかなりの領域が、LINEやSINEと呼ばれる繰り返し配列により遺伝子発現が調節を受けている部位であること発見する。

もう一度まとめると、恐怖発作の記憶が成立する過程で強く刺激を受けた神経細胞のゲノムの一部が、おそらくDNA切断、修復などの過程を通してZ-DNAを形成、この構造が転写を変化させる。ただ、恐怖記憶の維持自体にこの構造は必要ないが、次にこの条件付けを消去しようとするときに必要な分子の転写が低下するため、恐怖記憶を消し去れない、という話になる。

もちろんAdar1本来のRNA editingもこの現象に関わるのだが、Z―DNAが一種の傷として恐怖記憶に関わっているとは意外で面白い。とはいえ、個人的には、強い神経刺激がDNAの構造を変化させる方が記憶に残ってしまった。

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5月19日 身長を決める遺伝子の探索(5月13日 Nature オンライン掲載論文)

2020年5月19日

身長に関わるコモンな遺伝子多型は3000近く知られているのではないだろうか。現在、それぞれの多型について身長の寄与度が計算され、ヨーロッパの民族ではこの計算に基づけばゲノムから身長を予測できる可能性は高まっている。一方、同じコモンバリアントでも、特定の民族には広く分布し、その民族の身長を決めている多型が存在することがわかっている。

今日紹介するハーバード大学からの論文はペルーのアメリカ原住民が背が低いことに注目し、民族の身長を決める遺伝子領域を特定しようとした研究で5月13日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「A positively selected FBN1 missense variant reduces height in Peruvian individuals(FBN1のミスセンス変異が選択されることでペルー人の身長が低くなった)」だ。

混血が進んでいないアンデスの町に行くと、確かに色黒で身長のひくい人が多いことに気づく。この民族の特徴から身長に大きな影響を持つ遺伝子多型を特定できないか、4000人余りのペルー人のSNPをアフィメトリックスのDNAアレーを用いて解析し、ペルー人の低い身長と強く相関するコモンバリアントを探している。

全部で5種類のSNPが発見されたが、そのうちの一つがマルファン症候群の原因遺伝子として知られるfibrilinのアミノ酸変異を伴う多型であることがわかり、この多型に焦点を当てて解析をしている。面白いことに、ヨーロッパ民族の身長の25%を説明できるSNPでは、ペルー人では6%しか説明できない。一つの民族で身長を決めるゲノムがわかった気になっていても、話は簡単でないことはよくわかる。日本人でも、独自に大規模なゲノムテストが必要だろう。

ともあれ、fibrilinの多型があると2cmの身長低下が起こることを確認した上で、ではこの多型がペルー人の進化で選択されたのかどうか知るため、この部位の近くの多型との連鎖状態を調べ、fibrilinの多型が選択的に選択されていることを示し、確かにペルー民族が形成されるとき、この多型がポジティブに選択されたことを明らかにした。面白いことに、この身長が低くなる多型は、海岸に住んでいるペルー人の方に濃縮されている。素人考えでは、アンデスなどの様な高地の方が低い身長を選択するプレッシャーが高い様に思うのだが、なぜこの様な結果になるのかは不思議だ。

これを知るためには、今回特定されたfibrilinの多型の機能的側面を理解する必要がある。おもしろいことに、これまでこの分子の変異として見つかったのは、マルファン症候群に関わる頻度の低い多型で、これらの変異は身長は伸びる方向に働いている。ただ、残念ながら多型と低身長に関してスカッとした説明はまだ難しい様だ。ようやく皮膚バイオプシーで、この変異があるとfibrilinの沈着が低下していることを示せる程度だ。おそらくモデル動物で発生過程をマルファン症候群の変異などとも比べることが重要だろう。

何れにせよこの研究で、マルファン症候群の対極ともいえる変異が同じ分子上に特定されたことから、この分子の研究を通して私たちが体格と定義している性質の分子メカニズムの理解も進むと期待される。

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