6月11日 ダイオオグソクムシの深海適応(6月5日 Cell  オンライン掲載論文)
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6月11日 ダイオオグソクムシの深海適応(6月5日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月11日
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我が国の深海探査は、有人探査船しんかい6500や無人探査機うらしまなど世界トップクラスだが、中国も1万メートルを超すマリアナ海溝潜水に成功するなど(https://jp.news.cn/2021-10/30/c_1310279269.htm)進歩が著しい。

今日紹介する香港中文大学と中国青島海洋科学技術センターからの論文は、深海に適応した大型甲殻類オオグソクムシのゲノムと機能ゲノムを調べた大変おもしろい研究で、6月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Deep-sea megafauna co-opts microbial energy metabolism genes to withstand ultra-long starvation(深海の大型動物相は細菌のエネルギー代謝遺伝子を超長期の飢餓に対応するため流用している)」だ。

ダイオオグソクムシは深海に住む時に50cmにもなる等脚類で、一度食べれば何年も飢餓に耐えることで有名だ。いつ食べ物にありつけるか予想がつかない深海で当然の適応だが、それにもかかわらずエネルギーが必要そうな大型に発達してしまう不思議が研究者を捉えてきた。

この研究では1000mの深海に住む平均23cmの大型ダイオオグソクムシB.Jamesi (BJ) と、系統的に近い浅い海に住む小型(9cm程度)のB.doederleini (BD) の全ゲノムをまず解読し、両者の形質比較と対応させることで、BJが深海へ適応した過程を機能ゲノミックスを用いて明らかにしようとしている。

形質的に見ると、1)大型になるとともに、胃を拡大させ食物の長期保存を可能にした、2)クエン酸回路やミトコンドリア酸化的リン酸化を中心に基礎代謝機能を低下させることが、何年も食べずに生存する適応を支えている。即ち、大型になることで活動範囲が広がり捕食のチャンスが高まるとともに、食べられるときに一度に食べて胃に蓄え、後は代謝を落として蓄えで生きるというわけだ。

これに対応するゲノム変化を見ると、例えばミトコンドリア呼吸チェーンに関わる遺伝子全体の数が減っている。おもしろいのは、胃の中で共生する細菌叢にも深海への適応とともに変化が見られ、まず炭水化物の代謝に関わるバクテリアはほとんど存在せず、脂肪を蓄える Firmicutes とともに、TCAサイクルを持たないクラミジアと共生することで、胃の中での脂肪合成を高めている。もちろんBJ自身の脂肪分解遺伝子も数を落として脂肪蓄積を支える。

この研究のハイライトは、このような適応を支えたのが、バクテリアから水平遺伝子伝搬されたND1遺伝子であるという発見だ。ND1は元々は NDAH dehydrogenase 遺伝種由来で、ダイオオグソクムシ進化の早い段階で導入され、その後それぞれの種で独自の進化を遂げている。代謝が正常なBDでは遺伝子の重複はほとんど起こっていないが、BJでは何回も重複を繰り返し、数が増えている。さらに、使われるコドンもバクテリアからBJ型に進化し、この結果翻訳効率が高まっている。さらに驚くのは、ヒストンコードを調べると、この遺伝子の発現は他の遺伝子と比べても最も高く維持されるように進化している。

ND1遺伝子が全体の代謝システムにどう組み込まれるのかは明確にされたわけではないが、ND1をゼブラフィッシュや線虫に導入する実験から、この遺伝子一つで低温での代謝リプログラムが可能になることを示している。詳しく紹介すると、ND1をゼブラフィッシュに導入して、通常の温度で飼育したあと飢餓にさらすと、予想に反して飢餓に弱い個体になる。ところが、18度という低温で飼育すると、今度は飢餓に強くなり餌を与えなくても10週間近く生存できるようになる。各代謝活性を調べると、ND1がミトコンドリアの代謝ネットワークを変化させてこれを可能にしていることもわかる。

以上が結果で、深海への適応で大型化し胃が大きくなるプロセスについては研究が必要だが、代謝に関しては通常の代謝がND1遺伝子で影響されることで、低温で飢餓に強い生物に転換したことがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月10日 肺ガン疫学の新しい息吹(6月4日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月10日
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肺ガンの疫学で重要な位置を占めるのが、喫煙や大気汚染の影響だ。ほとんどの場合肺ガンが発生する気管や肺胞上皮細胞への直接効果、例えばゲノム変異誘発やエピゲノムへの影響が調べられることが多いが、これらの要因によりガンの微小環境としての肺の状態変化も誘導される。即ち肺ガンの疫学の目的は、このような複雑な要因の中から、核となるプロセスを探し、最終的に肺ガン発生へのメカニズムを明らかにすることと言える。

今日紹介する英国 Cancer Research UK クリック研究所、及びオーストラリア WHI 研究所からの論文は、疫学から動物実験までが統合された肺ガンの新しい疫学研究の息吹が感じられる研究で、6月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Plasma signals of lung tumor promotion for molecular cancer prevention(発ガンを促進する血清中のシグナルの特定からガンの分子予防を考える)」だ。

研究ではまずUKバイオバンクの血清タンパク質解析データから肺ガン発生と相関するタンパク質14種類を、データを機械学習させたモデルからリストし、14種類全てを総合することでかなり高い確率で肺ガンの発生を予測できることを明らかにしている。機械学習を駆使した新しい疫学の例と言える。

次に、これらの14種類のタンパク質が発現している細胞を調べると、ほとんどがAT2や気管の分泌細胞に発現しており、3種類は白血球や線維芽細胞で発現していることがわかった。また、肺ガンの発生後のこれらタンパク質の挙動を調べると、ガンの進展とは無関係に発現が見られ、ガン切除後も発現が見られることから、ガンマーカーというより、発ガンを支持する環境を反映していることが考えられる。

そこで、マウス気管の様々な細胞にEGFRを発現させて誘導する腺ガンの発ガン実験系で、肺ガンと環境の関係を調べると、気管細胞も含めどの細胞にEGFRを発現させても、肺胞にガンが発生することを発見する。気管特異的にガンを誘導してどうして肺胞でガンが発生するのかを追跡すると、気管からEGFR発現細胞が肺胞へ移動したときに初めて発ガンが起こることを発見する。即ち、発ガンを誘導した前駆細胞が、肺胞内の環境の支持を得て初めてガンへと進展することを明らかにした。

では環境因子を反映する14種類のタンパク質はどのように誘導されるのか?細胞レベルの実験からPMとして知られる微小粒子物質などの大気汚染物質に細胞がさらされたときに誘導されるIL-1βにより肺で誘導されることを明らかにしている。そして、マウスをPMに暴露したとき、実際にIL-1βとともに14種類のタンパク質の血清中の濃度が上昇することを確認している。

以上の結果は、PMや喫煙などの暴露により、肺で誘導されるIL-1βによる自然炎症が、肺ガンリスク因子タンパク質を誘導するとともに、そうして用意された環境が、ガンの前駆細胞を支持してガン細胞へと発展させるというシナリオを示している。この研究のハイライトで、まさに疫学研究としてのアイデンティティーを感じさせるのが最後の実験で、マウスなどでの実験ではなく、動脈硬化を防ぐ目的で行われたIL-1β投与治験の対象者を、肺ガン発生と14種類のタンパク質という新しい観点で見直すことで、このシナリオを検証している。

まず、14種類のタンパク質から、肺ガンリスクを算定し、がんリスクが高いグループでIL-1β抑制による肺ガン発生の抑制を調べると、5年追跡ではっきりとIL-1βに対する抗体治療の効果が見られることを示している。一方、14種類のタンパク質の濃度からリスクが低いと判定されたグループでは、抗体投与の効果は全くない。

他にもマウスを用いたIL-1β抑制実験も行ってはいるが、割愛していいだろう。まさに疫学から初めて疫学に終わりながらも、途中で動物実験や細胞実験を会わせて、肺ガン発生のリスク算定、大気汚染の肺ガン誘導メカニズム、そしてその予防まで示した論文で、本当に感動した。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月9日 Single cell レベルで eQTLを調べる重要性(6月3日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月9日
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病気や人間の形質と相関する遺伝子多型が何百万人レベルで明らかにされてきた。こうして特定された遺伝子多型のほとんどは、コーディング領域ではなく、遺伝子発現を調節している領域に乗っている。我々のゲノムに占めるエクソンの割合が1.5%程度であることを考えると、当然の話だ。問題は、調節領域の多型による遺伝子発現の変化を調べる方法だが、ゲノムと形質をつなぐ重要な方法論が eQTLが使われる。 ゲノムの上にRNA-seqで得られるリードをマッピングする手法だが、多型と相関させるRNA-seqデータの準備の仕方で相関の出方が変わる。例えば、脳を考えると、領域ごとに遺伝子発現は異なり、組織を形成する細胞も多様だ。この時ミクログリアのみ多型による遺伝子発現の差が見られるとすると、脳全体でこの差を見ることはより困難になる。そこで、組織全体ではなくそれを構成する細胞レベルで eQTLを準備しようとするのは当然の成り行きだが、single cellレベルのテクノロジーの進歩を待つ必要があった。

今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、single cell RNA sequencingデータとゲノム多型解析を相関させるsingle cell eQTL (sc-eQTL) を行い、炎症性腸疾患のメカニズムをより深く理解しようとする研究で、6月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cell-type-resolved genetic variation shapes inflammatory bowel disease risk(炎症性腸疾患のリスクに関わる細胞種レベルでの遺伝子変異)」だ。

この研究では295人の正常人と125人のクローン病患者さんから、血液細胞だけでなく、腸の様々な部位から細胞を採取し、single cell RNA seqencingで、各細胞ごとに遺伝子発現を調べられるデータを構築している。このデータセットで、遺伝子多型の表現を調べると、7割近い多型は細胞種を問わず発現差が見られるが、残りは特定の細胞だけで差が見られる。炎症性腸疾患 (IBD) に関わる多型と相関する細胞も、腸上皮細胞から白血球、B細胞、T細胞まで多様にわたり、如何に細胞レベルの解析が重要かわかる。これまで多くの eQTL解析がクローン病などで行われてきているが、細胞レベルでの遺伝子発現と相関させることで、病気に関わる遺伝子の発見確率は何倍にも上がる。おもしろいのは、細胞特異的発現差が見られるゲノム多型の多くが、プロモーターではなくエンハンサーに対応することで、このことからも細胞レベル eQTLの重要性がわかる。

後は、これまで明確になっていなかった個々の多型を、細胞レベルの eQTLから調べている。MAML2遺伝子はNOTCHシグナル下流で働く転写因子で、多型解析から潰瘍性大腸炎との相関が特定されている。これを細胞レベルの eQTLと対応させると、樹状細胞の eQTLとの相関のみ検出される。また、同じNotchシグナルに関わるZMIZ1の多型はクローン病と相関するが、これも樹状細胞のみ eQTLが特定できる。以上のことから、Notchシグナルが樹状細胞の免疫調節を介して、潰瘍性大腸炎を誘導していることがわかる。

IBDの重要な要因の一つは腸上皮のバリア機能だが、RASGRP1遺伝子の発現上昇が腸上皮で起こっていることが検出できる。一方、IBDリスクと相関するLPIN3の eQTLがやはり腸上皮で見られる。この2種類の遺伝子は増殖シグナル分子で、腸上皮のWntシグナルによる調節の変化が、腸管バリアを変化させIBDリスクを高めると考えられる。他にも上皮細胞特異的eQTL多型が示され、ほとんどが同じWntシグナルであることもわかる。

このように、細胞レベルでeQTLを調べることで、今回多くの新しい遺伝子が特定されたが、最後に、これら分子の機能を調節できる化合物のリストを作成し、細胞レベルの大規模 eQTLを構築することで、新しい治療可能性を発見できることについても示している。

以上サンガー研究所ならではの大規模研究で、なかなかまねは出来ないが、細胞レベル eQTLの重要性を実例を持って示した重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月8日 細菌叢の発達のDNAメチル化への影響(5月18日号 Cell Press Blue 掲載論文)

2026年6月8日
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細菌叢が我々の身体に影響を及ぼすルートについて様々な研究が行われている。まず短鎖脂肪酸などの代謝物を介する作用、炎症や免疫を介する作用、細菌叢の分泌するシグナル分子による作用等などで、ますます複雑性が増している。細菌叢から出る分子により遺伝子変異が直接誘導されることも知られているが、様々なルートを介してエピジェネティックな変化を誘導する方がはるかに多く、実際、細菌叢により我々の身体に持続的変化があるとすると、それはエピジェネティックな変化に他ならない。ところがこれまで細菌叢とエピジェネティックな変化を直接扱った論文にはあまりであっていないと思う。

今日紹介する香港中文大学からの論文は、生後の細菌叢の発達と自閉症スペクトラムや注意障害の発症、そして血液のメチロームを相関させようとした研究で、細菌叢研究では珍しくエピゲノムを調べた研究。Cell Pressの新しい雑誌Cell Press Blueの5月15日号に掲載された。タイトルは「Epigenome-microbiome interplay in early life associates with infants’ neurodevelopmental outcomes(幼児期のエピゲノムと細菌叢の相互作用は幼児の神経発達と相関する)」だ。

全ゲノムレベルのメチロームを571人の子供で調べるという大変な研究である事は認めるが、今日は少し批判的に紹介していきたい。この研究で集められたのは、700人レベルの幼児の誕生直後、2、6,12ヶ月の細菌叢、及び両親の妊娠中の細菌叢データで、これについてはショットガンシークエンスによるメタゲノムを用いており、菌株レベルのしっかりした解析が行われている。また、3年目に、子供の情緒を調べるために開発されたCBCLを用いて、ASDやADHDのリスクを算定している。ここまでは十分納得できる計画で、これにより細菌叢の発達とASDやADHDの発症との関わりがわかる可能性がある。

ところがメチロームは出産時に得られる臍帯血でしか行われていない。とすると、題にあるエピゲノムと細菌叢の相互作用に関しては、バックグラウンドのデータは示せても、発達期に細菌叢でエピゲノムが変化するプロセスについては全くわからない。以前の中国からの研究にはこのタイプが多く見られたが、最近は私が読む雑誌の範囲ではこのような羊頭狗肉タイプは見かけなくなっていたが、残念だ。

それでもデータ取りはしっかりしているので、いくつか明確になったことはある。例えば、帝王切開で生まれた子供の細菌叢の発達が遅れることはわかっていたが、母親から子供への細菌叢の移行が不思議なことに遅れること、それを補うように父親からの移行が高まることなどはおもしろい。

ただ、この研究はエピゲノムと自閉症に焦点を当てており、そのために示されるデータは問題が多い。まず、臍帯血のエピゲノムと3年目で算定される自閉症のリスクスコアが相関していることについては納得できるデータで、詳細は省くが、神経炎症を含む脳神経発達に関わる遺伝子の多くのメチロームの変化が、自閉症やADHDの発症と関わっていることを示している。例を一つあげると、自閉症モデルマウスに使われるSHANK3遺伝子のメチル化度はASDリスクスコアと正の相関をしている。

問題は、この結果を細菌叢と相関させている点で、例えば L.pectinoshiza が存在すると、SLC5A4遺伝子のメチル化が低いことと相関すると述べている。相関するのだからいいと言えるが、多くの読者はメチル化と細菌叢の間に因果関係を見てしまうので、かなり問題だと思う。結局この論文で言えるのは、生まれたときのメチロームと細菌叢が合わさって自閉症リスクを高めるということだけだと思う。

一つ気になったデータは、帝王切開が原因か結果かはわからないが、多くのメチロームが変化し、そのうちの1割近くがADHDリスク遺伝子であるという事実で、今後帝王切開を考えるときに重要なデータかもしれない。

もしこの研究で情緒状態を調べるときに採血してメチロームを調べる手間を加えておれば、本来の目的は達成できて、細菌叢のメチロームへの影響を調べた最初の重要な論文になったのではないだろうか。その意味で、どんな理由があるにせよ研究を中途半端で終えて論文にしてしまうことの問題を教えてくれるいい例だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月7日 Single cell レベルでDNAと転写因子の結合を解析する(6月4日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月7日
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DNAに結合している転写因子などを免疫沈降してDNA結合モチーフを調べる Chip-seq 法は、転写研究にかなり早い段階で導入されたゲノムテクノロジーだと思う。その後、クロマチンの構造を調べる様々なゲノムテクノロジーが続々導入され、さらに多くのテクノロジーはなんと single cell level に適用できるまでに至っている。

ところが転写研究の本家本元と言える Chip-seq を single cell に適用する方法は存在しなかった。Atac-seq に似た方法で、転写因子が結合している部位にタグを付けて特定する方法も開発されているが、single cell レベルには至っていない。

今日紹介するコーネル大学らの論文は、転写因子が結合している部位のシトシンをデアミナーゼでウラシルに変換することで、タグ付けよりはるかに効率の高い標識を行う方法を開発し、これを Atac-seq と組み合わせると、single cell レベルで特定の転写因子の結合している配列をゲノムワイドに特定できることを示した研究で、6月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Single-cell mapping of regulatory DNA-protein interactions(転写調節でのDNAとタンパク質の相互作用を single cell レベルでマッピングする)」だ。

方法を概説すると以下のようになる。調べたい転写因子に対する抗体をDNAデアミナーゼと結合させた分子を固定した細胞内に浸透させる。これによりデアミナーゼが転写因子結合部位特異的に働くことで、転写因子が結合している配列の近くのシトシンがウラシル化される。こうして変化させたゲノムの配列を、正常配列と比べて、転写因子が結合している部位を特定することができる。

この方法がうまく働くか、まず細胞株を用いてGATA1や染色体の3次元構造形成に重要なCTCF分子の結合サイトを例に調べている。そして、この方法を用いると、クロマチンが拓いた部位だけではなく、クロマチンが閉じた部位でも、特定の分子が集まっている部位を特定できることを明らかにしている。

また少数の細胞でこれまで開発された Cut & RUN などと比較し、デアミナーゼ法では10個から5000個までの細胞数で、ほとんど特異的検出効率が劣化することなく使えること、一方 CUT & RUN では5000個でも検出感度はデアミナーゼ法に劣ることを確認している。

次がいよいよ single cell レベルへの応用だが、この場合クロマチンの開いた部位を検出する Atac-seq を組み合わせるので、基本的には開いた部位についてのみの解析になる。実際には、転写因子部位をデアミネーションした上で、Atac-seq で細胞を展開し、その上に核酸がウラシルに変換された場所の違いをマップすることになる。この結果、例えばGATA1結合部位は骨髄性白血病細胞特異的にラベルされ、B細胞株ではラベルが少ないことが single cell level でわかる。

次に、細胞株ではなく様々な細胞を含むヒト末梢血細胞で調べ、例えばCD8T細胞の染色体3次元マッピングでゲノムが折りたたまれる場所に一致してCTCFが結合することが示される。さらに、DNAメチル化に変化によりクロマチン構造が変化する突然変異を持った細胞が混じった末梢血では、CTCF結合様態で変異細胞ではゲノムの区域化がずれて、転写が大きく変化することも single cell level で示している。

最後に正常ヒト造血細胞が赤血球へ分化する過程でのGATA1結合部位の変異を調べ、赤血球と白血球へ分化する前駆細胞から急速にGATA1結合部位が増加、これが下流遺伝子の発現と完全に一致していることを示している。

以上が結果で、技術としてはまだ完成したとは言えないと思うが、デアミナーゼの効率を様々な方法で高めること、さらに Atac-seq だけでなく、single cell whole genome方法と組み合わせることで、クロマチンの構造にかかわらずゲノムに結合する分子の動態を追跡できるようになると思う。Chip-seq 登場から考えると、時間がかかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日 歯のエナメルから見た類人猿の進化(6月4日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月6日
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このブログでは、類人猿の進化というと骨格やゲノムといった観点からの論文を紹介してきたが、今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、歯のエナメルから類人猿の食べ物を知ることができるとする研究で、6月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Enamel nanocrystal misorientation increased with meat-eating and agriculture(エナメル微小結晶の向きのずれは肉食と農耕により拡大する)」だ。

歯のエナメルを電子顕微鏡で見ると、ハイドロオキシアパタイトの柱状結晶がびっしりと並んだ美しい構造を持っているのがわかる。これによって強度だけでなく、表面の保護や修復に関わっていることが知られている。ただ表面に無数に並んだエナメル柱の構造の変化を定量的に扱うことは難しかった。

この研究のハイライトは、PELICANと名付けた高解像度でエナメルクリスタルの角度を測定する方法を開発したことで、光電子顕微鏡など使って偏光に対するエナメル柱の反射を調べることで、結晶構造の向きのずれなどを促成する方法の開発で、これにより無数にあるエナメル柱内に存在する向きがずれたエナメル柱を測定することができる。

と説明したが、この光学原理について完全に理解しているわけではない。ただ、これにより、一つ一つは長さや太さ、向きが異なる異なる動物のエナメルクリスタル構造を同じ土俵で比較することができるようになった。

まずこれを利用して、クルミの殻を歯で砕いて食べるサルと主に果物を食べているサルの奥歯のエナメルクリスタルの構造を調べると、クルミを主食にしているサルで結晶の向きのずれ (misorientation) が極めて大きくなることを確認している。物理学的原因については全く触れられていないので、正しいかはわからないが、例えば直立原人等の化石でもはっきりとこの misorientation が残っているので、人類学にも使えることになる。

手始めに、主に植物を咀嚼していたと言われている250万年前にアフリカに棲息していた Paranthropus boisei の歯と、肉食が始まったエレクトスやハビリスの歯を比べると、肉食とともに misorientation が大きくなることがわかる。

最後に、ホモサピエンスで、農耕が始まるよりずっと前、40000年前の歯と農耕が始まってからの1550年前及び700年前の歯、そして50年前の歯を比べると、直立原人と比べて農耕以前のホモサピエンスでは、misorientation が低下するが、農耕とともに急に上昇して、エレクトスなどと比べてもさらに高い値を示すことがわかった。

残念ながら、農耕の始まった後を1550年前で代表させるなど、考古学的な緻密さがないので、misorientation を固い食べ物によると考えるのは乱暴な気がするが、歯のエナメルに注目し、全体の構造を定量化できるこの方法は、緻密な考古学と一緒になると、おもしろいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 マウスと人間の共通性から自閉症スペクトラムを分類する(5月15日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2026年6月5日
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自閉症スペクトラム (ASD) のメカニズム研究のために、様々な遺伝子変異マウスが使われる。これは、ASD発症に強く関わる遺伝子がゲノム解析からわかってきたためで、その機能を調べるためにはどうしても実験動物に頼らざるを得ない。ただ、マウスの結果を、どのように人間の結果に結びつけるのかは難しい問題だ。

今日紹介するイタリア Rovereto にあるイタリア技術研究所からの論文は、遺伝子変異を導入した20種類のASDモデルマウスの分類から始めて、同じ分類をヒトのASDに当てはめられないかという極めてユニークなアイデアで計画された研究で、5月15日 Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「Autism subtypes identified using cross-species functional connectivity analyses(種を超えた機能的結合解析から特定された自閉症のサブタイプ)」だ。

安静時の機能的MRI活動の同期性から脳各領域の結合性を調べることができるが、20種類のマウスの結合性をおそらく麻酔下でまず調べている。実際自由に研究できるマウスでわざわざ機能的MRIによる結合性を調べたことがこの研究のハイライトだ。そして期待通り、差が見つかる領域はそれぞれ異なっているが、コントロールと比べたときに明らかに結合性が低下しているモデルマウスと、逆に結合性が高まっているモデルマウスに分けられることがわかった。おそらくマウスの詳しい生理学では逆に見落とす気がする。ともかく人間と同じ方法で調べようと考えたのが素晴らしい。

それぞれのタイプのマウスに導入された変異遺伝子とともに、結合性が変化した領域での遺伝子発現の特徴から得られる分子ネットワーク解析から、結合性が低下したグループのほとんどは、シナプスや神経機能に関わる遺伝子群の発現が低下しており、一方結合性が高まったグループは、主に自然炎症に関わる遺伝子の発現が上昇していることを発見した。これまでこの二つの要因がASDに関わることは示唆されていたが、明確に領域間結合性の差として示せたことが重要だ。

次はこの結果を人間に移すことになるが、マウスで変化が見られた領域間を人間の脳にまずマッピングし、700人近い ASD- MRI 検査データについて、マウスから得られた領域間の結合性を調べ直している。こんなうまい話があるのかと思うほど、マウスでの結果はヒトに移すことが出来、ASDの患者さんを領域間の結合性が低下する変化が目立つグループと、逆に結合性が上昇するグループに分けることが出来、死後脳の各領域の転写を調べる研究から、結合性が低下する群ではやはり神経機能に関わる分子が低下し、逆に結合性が高まる群では炎症や免疫に関わる遺伝子の発現が上昇していることを明らかにしている。

このグループ分けと、症状との関わりをべると、重症度を測るCSS指標で炎症性遺伝子が発現し結合性が上昇しているグループの方が重症であるという弱い有意差が見られているが、症状との関わりまではまだまだギャップが大きいと思う。

以上が結果で、分子解析が容易なマウスから始めて、多様な人間のASDを調べるという発想はユニークで高く評価できると思う。もちろん機能的結合性がそのまま脳波や神経記録で見られる変化をそのまま反映するわけではない。実際、興奮神経と抑制神経のバランスをこの結果から想像するのは不可能だ。その意味で、この研究はスタートに過ぎないが、この方法論は期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日 シヌクレイン症を支えるもう一つの役者(5月26日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月4日
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パーキンソン病を始め、レビー小体認知症そして多系統萎縮とシヌクレインの凝集による神経変性疾患の表現は複雑だが、今日紹介する上海復旦大学、上海交通大学、そして中国アカデミーの有機化学研究所からの論文を読むまで、もう一つの分子オリゴデンドロサイトにより合成されるTPPP/p25と呼ばれる微小管結合タンパク質が、シヌクレイン症で問題になっていたことは全く知らなかった。この分子は、レビー小体、多系統萎縮ではグリア細胞封入体にシヌクレインと共凝縮していることが知られている。論文は5月26日 Cell にオンライン掲載され、タイトルは「TPPP/p25 amyloid seeding activity as a specific biomarker for multiple system atrophy(TPPP/p25アミロイドのシード活性は多系統萎縮特異的マーカーになる)」だ。

TPPP/p25はそれ自体で繊維状に凝集することが知られている。研究では、まずどの部分が凝集に関わるか、ドメン除去などの実験を繰り返して、最終的に中央部のコア部分が凝集に関わることを特定する。即ち、他の部分はコア部分の凝集を抑える役割がある事を示唆しており、構造解析などの結果からN末端やC末端の構造が凝集を防ぐ役割を持っていることを明らかにする。

次にパーキンソン病の患者さんで特定された119番目のアラニンがバリンに変わった変異タンパク質を比べると、このコア部分の変異により、プロテクトする領域があるにもかかわらず凝集能力が高まる。変異タンパク質も加えたクライオ電顕構造解析から、コアタンパク質が凝集するのに必要な複雑な構造変化を明らかにしている。

これらの知見に基づいて、凝集しやすいコア部分をシードとするTPPP/p25の凝集を誘導するアッセイシステムを開発し、これを用いてコホート研究で蓄積された脊髄液の凝集されやすさを測定している。すると驚いたことに、多系統萎縮の脳脊髄液だけが、コントロールと比べシードに反応して凝集しやすい。同じシヌクレイン症でしかもレビー小体にはTPPP/p25も共沈殿しているのに、パーキンソン病やレビー小体認知症では、他のコントロールと同じで凝集誘導されるのに時間がかかる。

結果は以上で、地道にTPPP/p25の繊維状凝集過程を探る中で、シヌクレインと別に多系統萎縮と、他のシヌクレイン症との違いを決めている新しいメカニズムにたどり着いたことになる。残念ながら、何故このような現象が起こったのかについては全く不明だ。しかし、おもしろい手がかりが見つかったことは間違いない。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月3日 78歳を迎えてのご報告

2026年6月3日
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誕生日に際してのご報告

78歳の誕生日を迎えますが、6月15日に唾液腺ガンの手術をすることになりました。5cmは優に超える大きな腫瘤が右耳下腺にあり、リンパ節転移も認められます。医学のプロが何をしていたのかと馬鹿にされそうですが、昨年の4月から40年間付き合っていたワルチン腫の一つが徐々に大きくなってきたのに気づきました。もちろん気になって、10月MRI検査を行い、12月にはアスピレーションバイオプシーによる細胞診も行ったのですが、悪性なしで8月まで切除を待つことにしました。ところが4月中旬、急にCEAが上昇、5月に入って消化器などを全て調べるとともに、耳下腺も再検査したところ、間違いなく悪性転化でリンパ節転移と診断されました。この結果を聞いたのは先週で、そのとき手術日が6月15日になりました。

耳下腺ガンは様々なタイプがあり、手術して組織を見るまで最終的な予後はわかりません。最近の大きくなり方から、かなりアグレッシブだと覚悟しています。ただ、自分がガンになったら、これまで皆さんに伝えてきたように、ゲノムも含めて徹底的に調べようと決めており、検査や治療の可能性について多くの友人に相談し、多くのあたたかい協力の申し出を得ております。もちろん精神的には落ち込んでおりますが、このような友情に支えられて、主治医と患者だけでなく、病理やゲノム検査が統合されることで得られるデータに基づいて自分のがんを知り、納得して戦える新しい医療に貢献できたらと思っています。

今後の活動ですが、もちろんこれまで通り論文ウォッチは続けます。ただ、摘出に際して顔面神経切除・再建も覚悟する必要があり、そうでなくてもある程度顔面神経麻痺は必死なので、Zoomや講演は当分中止しますのでご理解ください。

最後になりましたが、論文ウォッチは、妻の里美の検閲を受けており、彼女の助けなしにはこの活動は不可能でしたが、これからはこれまでの何倍も助けが必要になるとおもいます。ただただ感謝の気持ちを述べて終わります。論文ウォッチはもう少しで5000回に到達します。そこまでは二人三脚で頑張ろうと話しています。今後ともよろしく。

カテゴリ:活動記録

6月3日 Long Covidの自己抗体(5月28日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月3日
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(今日は私の78歳の誕生日ですが、これを機会に一つご報告があるので続く記事もお読みください)。

Covid感染後に続く様々な慢性症状を示す一群の疾患をLong Covid (LC) として研究が続いている。ウイルスの持続、自己免疫疾患誘導、微小血栓など様々な仮説が示されているが、どれも因果性を明確に示すまでには至っていない。そんなとき、4月にアムステルダム大学のグループから、LC患者さんの血清をマウスに移入すると、痛みの感受性が高まるLCと同じ症状を誘導出来ることを示す研究が Cell Reports Medicine に発表され、自己免疫説の可能性が示唆された(Cell Reports Medicine 7, 102693, April 21, 2026)。

今日紹介するイェール大学 岩崎さんの研究室からの論文は、同じ方向性の研究だが、より大規模に因果性を探索する方向で研究が行われている力作で、5月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A causal link between autoantibodies and neurological symptoms in long COVID(Long Covidの神経症状と自己抗体の因果的連鎖)」だ。

臨床研究は複雑に決まっているが、これを理解した上で複雑性をどう説きほどけばいいのか、岩崎さんの研究を見ると一つの手本が示されているといつも思う。この研究では、自己抗体が LC神経症状発症に関わるという仮説に絞って研究を行っている。そこで、LCと健常人だけを比べるのではなく、コロナ回復期の血清の3種類のグループの血清について、神経組織の染色を行い、LCの患者さんで様々な神経組織に対する自己抗体が上昇してること、中でもマウスの髄膜に対する抗体は他のグループとの差が大きいことを発見する。おもしろいのは、頭痛とマウス髄膜組織への反応性とが明確に相関することだ。

このように組織レベルで自己抗体がありそうだと確認した上で、自己免疫を調べるための抗原パネル、脳組織の免疫沈降、Gタンパク受容体を抗原としたELISAの3種類の方法を用いて、患者さんの抗体が反応する抗原についての膨大なデータを集め、3種類の方法でLC患者さんの自己抗体と反応する抗原として、グルタミン酸受容体や転写のメディエーター、そして内因性レトロウイルスなどの抗原を特定している。また、それぞれに対する自己抗体がLCと相関する確率を丹念に算出し、それに基づいて、LC診断用の抗原がリストされた新しいパネルを作成している。そして、新しい患者さんのコホートで、このパネルがLC診断に役立つことを示している。あの膨大なデータが科学的なだれもが使える検査に仕上がるのはさすがと言える。

以上の結果は、何か一つの抗原に対する反応がLCを誘導するのではなく、LCでは様々な抗原に対する抗体が集まって作用していることになる。そこで、抗原にこだわらず病気を誘導するメカニズムを調べている。まず注目したのがFcクラスで、抗体依存性の細胞傷害、さらにFc依存性の貪食反応に関わるIgクラスが、神経を傷害することが細胞レベルのメカニズムではないかと結論している。

これを確認する一つの実験として、痛みの過敏性を示すLCの血清でマウスを処理したとき、末梢の皮膚に投射する感覚神経ファイバーをモニターし、数の現象が起こるとともに、痛みへの感受性が上昇する事を明らかにしている。

また、マウスにLC患者さんの血清を注射したとき、痛みだけではなく、運動脳、認知、記憶など様々な神経機能の低下を誘導出来ることを確認した上で、各患者さんの抗体が染色する脳部位とLC患者さんの症状が相関することを示している。

大分はしょったが、LCのように複雑な要因がからむ人間の病気を、現象論から因果論まで、決して一つの小さな結論に逃げずにやり遂げたという素晴らしい論文だと思う。

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