2月6日 シグナル刺激抗体の特徴(2月1日 Nature オンライン掲載論文)
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2月6日 シグナル刺激抗体の特徴(2月1日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月6日

ガンの抗体治療というと、抗PD1抗体を用いた免疫チェックポイント治療や、ガン表面抗原に対する細胞障害性の抗体を思い浮かべることが多い。しかし、様々な受容体シグナルが、抗体により誘導されることも知られており、抑制ではなく、特定のシグナルを刺激する抗体も存在している。なかでも、樹状細胞を介してガン免疫成立に重要な働きをしているCD40シグナルを刺激する抗体は、臨床治験も行われ大きな期待が集まっている。ただできるだけ親和性の高い抗体を目標にする、抑制性、あるいは細胞障害性の抗体開発と異なり、刺激性の抗体の条件についてはわかっていない点が多い。

今日紹介する英国サザンプトン大学からの論文は、CD40、4-1BB、そしてPD1 の3分子について、現存する抗体の変異体を作成し、これら分子に対する刺激能力が、親和性を低下させることで上昇することを示した研究で、2月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Reducing affinity as a strategy to boost immunomodulatory antibody agonism(免疫調節抗体の刺激能力は親和性を低下させることで高めることが出来る)」だ。

現在ガン免疫治療に最も期待されているのが CD40抗体なので、既にヒト化を終えた臨床グレードの抗CD40抗体、ChiLob7/4 に、分子構造を指標に CD3部位を中心に変異を導入し、反応する決定基はおなじだが、結合親和性が異なる抗体を何種類か作成し、B細胞を用いて CD40刺激活性を調べている。

驚いたことに、最も親和性が低い抗体は別にすると、結合親和性が低い抗体ほどCD40刺激活性が高い。さらに最も関心が高い腫瘍免疫を高める効果で調べると、元の抗体と比べると親和性が低下した抗体のほうが強い抗腫瘍反応を誘導できる。

次に、抗体が刺激するメカニズムを探ってみると、元々の CD40リガンドによる刺激と同じで、CD40が細胞表面上でクラスターを形成することでシグナルが入る。ただ、抗体の作用にFcγ受容体は必要なく、CD40を集めることが出来れば十分であることを示している。一方、抗体で刺激した場合、CD40は細胞質内に取り込まれないことや、細胞と細胞の接着部位に持続的に存在することなど、違いは認められるが、シグナル伝達という点では大きな差はないように見える。

では、親和性が低い方が刺激活性が強いことは、他の受容体でも言えるのか、まず CD40と同じTNF受容体ファミリー分子4-1BB に対する抗体についても全く同じ実験を行い、CD40と同じで、親和性が低い抗体ほど刺激活性が強いことを確認している。

最後に、CD40とは全くシグナル伝達経路に共通性がない、PD1についても、同じことが言えるか調べている。この目的のために、本庶先生達の抗PD1抗体に突然変異を導入し、親和性を低下させた抗体を数種類作成、PD1刺激活性を調べると、CD40の時と同じように親和性が低くなると、当然 PD1阻害活性は失われるが、強い刺激活性が得られることを示している。

結果は以上で、

  • 現存の抗体に変異を導入することで親和性の低下した、刺激活性の強い抗体を得られること。
  • これにより、現存の抗体もさらに刺激活性の高い抗体へと進化させられること、
  • 同じ方法は、TNF受容体以外のシグナル系にも利用できる可能性があること。
  • 刺激性抗PD1抗体は、抗原特異的免疫反応を抑える自己免疫治療に転用可能であること。

が示された。今後多くの分子について、アゴニスト抗体が開発され、免疫活性化に利用されることを期待する。

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2月5日 ネアンデルタール人は協力して10トン近い象をハンティングして食料にしていた(2月1日号 Science Advances 掲載論文)

2023年2月5日

一般的にネアンデルタール人は20人以下の小さなグループで生活していたと考えられ、これが彼らが言語を獲得できなかった一つの原因ではないかと考える人もいる。この HP で紹介した一つの洞窟から出土する骨による血縁関係の研究からも4−20人ぐらいの集団と推定されている。

これに真っ向から反論するのがドイツ Monrepos 考古学研究センターからの論文で、ドイツ中部のハレに近い Neumark で進んでいる更新世最大の動物で、現アフリカゾウの祖先と考えられる P.Antiquus の骨から、ネアンデルタール人がシステミックに巨大動物を狩りの対象にしていた事を示す研究で2月1日号 Science Advances に掲載された。タイトルは「Hunting and processing of straight-tusked elephants 125.000 years ago: Implications for Neanderthal behavior(12万5千年前の象のハンティングと処理:ネアンデルタール人行動の新しい意味)」だ。

Neumark は80万年から12万年に地球が温暖になった間氷期に動植物の生存に適した領域として多くの生物が繁栄し、その中に現アフリカゾウの先祖と考えられる P Antiquus も存在し、骨が多く見つかっている。中でも Nord1 と呼ばれる場所で、多くの象の骨が発見され、それを解析する中で、様々な理由から、当時そこに生存した唯一の人類、ネアンデルタール人が象を食糧としてハンティングの対象にしていた考えざるを得ない事を示している。

その理由だが、

  • この領域では全体で36個体の骨が発見されているが、その年齢を見ると94%が25歳以上で、若い象の骨がほとんど発見されない。これは、自然死した死体をネアンデルタール人が食料にしていたのではなく、食料として適した大きな大人の象を標的に狩をしていた事を意味している。
  • また、骨のほとんどは自然劣化の形跡がなく、迅速に処理され、埋められたことが推定される。すなわち、狩の後、食料になる部分が迅速にプロセッシングされていた可能性が高い。
  • そして何よりも、斧などの石器による骨への傷が、特に筋肉と骨の接合部に見られる、また関節がそれにより切り離された事を示す処理の様子が再現できることから、間違いなく食料としてプロセスされていた事を示している。

実際にはこのプロセスの様子が詳しく調べられているが、結果を上のようにまとめていいだろう。結論としては、この領域に埋まっている象の骨は、ネアンデルタール人がハンティングにより殺し、肉や脂肪を食料として処理していたという結論になる。

と書いてしまうと簡単だが、実際には更新世最大の哺乳動物で、埋まっている骨の中にも10トン近くの象も存在する。とすると、20人ぐらいのグループでこのような巨大象をハンティングできたのか問題になる。また食料としても、100人が1ヶ月食べるだけの量になると推定される大きさの像も含まれる。とすると、少なくともこの領域に住んでいたネアンデルタール人は、

  • 100人以上が、ほぼ同じ領域に定住して、あまり移動しなかった。
  • 多数が協力して、できるだけ大きな獲物を狙って、一度に長期間暮らせる食料を用意していた。

ことが推定される。おそらく間氷期のネアンデルタール人は、最もアクティブだったと思えることから、まだまだ我々が知らない姿がそこにはあった可能性がある。食料からネアンデルタールを考える重要性がよくわかる論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月4日 末梢神経再生を常在細菌特異的 Th17 が促進する(2月2日号 Cell 掲載論文)

2023年2月4日

神経系と免疫系が相互に作用し合っていることを示す多くの事実が見つかっているが、免疫系の特質から、当然この両者の関係に、さらに細菌などの免疫刺激系が関わることが多い。特に腸内細菌叢と、免疫、神経系の相互作用は最近の大きなトピックスになっている。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、皮膚の常在細菌が特殊な T 細胞を誘導して、修復時に神経再生を促すことを示した研究で、2月2日号 Cell に掲載された。タイトルは「Immunity to the microbiota promotes sensory neuron regeneration(細菌叢に対する免疫が感覚神経再生を促進する)」だ。

常在細菌に対する特異的な免疫反応により神経再生が促進されるといった着想をいかにして得たかについてはイントロダクションを読んでも完全に理解できなかったが、この研究はこの着想を証明するために行われている。

まず、常在細菌の一つ、黄色ブドウ球菌(SA)を、マウス皮膚に塗りつけると、皮膚の炎症反応をほとんど起こすことなく、長期に常在するようになる。この時に免疫系に変化がないか、皮膚を調べると Th 17 細胞と知られる、IL17を介して炎症を誘導するT細胞が増加している。しかし、Th1、Th2 細胞は全く誘導されておらず、そのためか皮膚に炎症は起こっていない。

こうして誘導される Th17 が抗原特異性を持っていることも、特定の SA 由来抗原に反応する T 細胞しか存在しないトランスジェニックマウスを用いた実験や、免疫成立後、再免疫して記憶反応を調べる方法で確認している。すなわち、常在 SA は皮膚の外表に存在する場合は、抗原特異的 Th17 のみ誘導し、皮膚炎症は起こらない。

これに対し、同じ細菌を皮内に注射すると、Th17 と共に、Th1、Th2 細胞も誘導され炎症が起こる。おそらく細菌側のメカニズムだと思うが、常在するためにうまくできている。

次に、SA を塗りつけた時に誘導される Th17 細胞と、炎症を起こす Th1 を比較して、何か特徴がないか調べると、炎症を起こしていない Th17 細胞のみで神経再生に関わる遺伝子の発現が見られることを発見し、最初の着想が荒唐無稽ではないと考え、次の再生実験に移っている。

常在細菌を塗りつけて Th17 が誘導された時点で、皮膚を傷つけ、その時に起こる神経再生を、常在菌の存在しない皮膚と比べると、期待通り、SA を塗りつけた皮膚は、強い神経再生が見られ、またこの再生は、IL17 が欠損していると起こらないことを確認する。まさに着想通り、SA が Th17 を特異的に誘導し、分泌される IL17 により神経再生が刺激されることが示された。

そして、この神経の変化は、IL17 が直接感覚神経に働いて誘導できることを、培養神経細胞を用いて確認している。ただ、IL17 に反応するためには、その受容体を神経細胞が発現していることが必要になるが、通常の神経では IL17 受容体のレベルは低い。

そこで、皮膚を傷害して興奮させた時の感覚神経を調べ、皮膚損傷時に神経細胞が IL17 受容体を強く発現することを発見している。以上の結果は、常在 SA が Th17 を誘導しても、通常は何も起こらないが、皮膚が損傷をうけ、神経の再生が必要になると、損傷による刺激で神経細胞が IL17 受容体を発現して Th17 の助けを受けることができるようになり、結果神経再生をたかめていることになる。

ただ、このような場合神経が増殖しすぎて、痛みに過敏になる心配があるが、このシグナル系を用いた再生の場合は、このような問題は起こらないことも確認している。

このように、少し変わった着想を得て、それを追求したことがこの研究の面白いところだが、うまくできているとしか言いようがない。このような Win-Win の関係が、常在菌、免疫系、神経系に成立しているのをみると、まさに細菌叢も進化の一部であることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月3日 古代エジプトミイラ製造工房での作業を探る(2月1日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月3日

古代エジプトといえばピラミッドとミイラといえるだろう。ピラミッドはエジプトに行かないと見れないが、ミイラは多くの博物館で展示されており、人気も高い。ミイラ造りには腐敗や分解を止める必要があり、最も簡単なのは腐敗がしにくい低温で乾燥させてしまうことだろう。しかし、暑いエジプトではさまざまな防腐技術を発達させ、ミイラ造りが行われていた。

今日紹介するミュンヘン大学からの論文は、ミイラ造りがどのように行われていたのか再現しようとした調査研究で2月1日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Biomolecular analyses enable new insights into ancient Egyptian embalming(生物分子解析により古代エジプトの防腐処理技術についての新しい理解が可能になる)」だ。

古代エジプト文化についてはほとんど知識がないので、論文の全てが驚きだ。この研究は、ナイル川流域の多くのピラミッドも集まる有名な埋葬地の一つ Saqqara に、紀元前664−525年ごろ存在したミイラ作成工房の遺跡を解析している。

この時代はミイラ造りが王侯貴族の特権ではなく、一般にも普及していたようで、この工房では地上のミイラ造り工房(防腐処理に必要な試薬を入れたと思われるツボやビーカーが出土)と共に、地下深くにミイラの埋葬場所がセットになっている。ミイラ造りと言うと、埋葬士がしめやかに死体を処理するといったイメージを浮かべてしまうが、じっさいに多くの死体が集められ、内臓が取り出され、保存処理が施される、工場化された屠殺場に近いイメージだったことがわかる。

この研究ではこのツボやビーカーに残る化合物の解析から、防腐処理に使われた試薬を探っている。この解析から、防腐処理に用いられたのは、エジプトには存在しない、匂いの強い針葉樹を含むさまざまな植物から採取された樹脂や、動物油、そして木材から得られるタールなどを混ぜた処理剤だった。

具体的には、ピスタチア・レジン、エレミ油、ダンマル樹脂、アスファルト、蜜蝋は、バクテリアやカビの増殖を防ぎ、しかも悪臭を防ぐ効果がある。また、タールや樹脂、アスファルトは皮膚の穴を塞ぐために用いられた。いずれにせよ、これらの物質の特性を熟知した専門家集団が生まれていたことを物語る。

これらの材料からわかるのは、ほとんどが地中海沿岸、アフリカやアジアなどから輸入していたことで、ミイラ造りのための膨大なコストを厭わなかったことがわかる。

以上が結果で、古代エジプト人が死後のために支出を惜しまず、それを実現するために経済力を高めると共に、ゾッとするような作業を行うプロ集団までが生まれていたことがよくわかる。この論文を読んだ後では、もはや荘厳なミイラ作成のイメージは飛んでしまった。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月2日 遺伝的アルコール代謝異常の心血管障害の治療薬開発(1月25日 Science Translatioanal Medicine オンライン掲載論文)

2023年2月2日

アルコールデハイドロゲナーゼ(ALDH2)の多型は、一般の人にも最も有名な多型ではないだろうか。エタノール由来アセトアルデヒドを酢酸へと分解してくれる酵素で、これがないとアセトアルデヒドが除去できない。なぜか我々日本人には分解できないアレル2 (ALDH2*2) の頻度が高い。遺伝子検査屋さんでは、ALDH2 多型検査をアルコールに弱いかどうかを調べる検査として宣伝しているが、本当はアルコールに弱いだけでなく、食道がんや心臓血管障害の原因になることが知られている。

アセトアルデヒドのせいかと単純に考えていたが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、iPS 細胞由来の血管内皮を用いて、ALDH2 が血管障害を誘導する仕組みを明らかにし、さらにその治療薬の可能性まで示した、日本人にとっては重要な研究で1月25日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「SGLT2 inhibitor ameliorates endothelial dysfunction associated with the common ALDH2 alcohol flushing variant(SGLT2阻害剤はアルコールフランシング反応を示すALDH2の変異による血管内皮障害を正常化する)」だ。

この研究では、ALDH2*2 を片方の染色体に持つアジア人から iPS 細胞を樹立、血管内皮を誘導して、正常人由来 EC 細胞と比較して、活性酸素が高く、NO が低下しているうえに、血球との接着が高まって炎症リスクが高いことを明らかにする。そして、この変化は細胞をエタノールで処理すると、増強される。

この原因を探ると、いくつかの異常が ALDH2*2 と関連して見られるが、AKT 経路の活性低下が ROS を高め、NOS を低下させていること、そして AMPK、NFκB が高まることで、炎症状態が誘導されていることがわかった。

当然アルコールを摂らないということが重要だが、以上の結果は血管内皮での AKT の下流分子や、炎症を抑える薬剤は、ALDH2*2 の血管内皮異常治療には極めて重要な開発目標になることを示している。

さらに、NOS、ROS、炎症を指標に、iPS 細胞由来血管内皮細胞異常を治せる化合物を探索し、驚いたことに、empagliflozin、canagliflozin、 そして dapagliflozin の3種類のグルコーストランスポーター(SGLT2)阻害剤が、ALDH2*2 血管内皮異常を正常化できることを示した。

これは驚きで、私も服用しているが SGLT2 阻害剤は腎臓の尿細管にしか発現していないと考えられているからだ。そこでこの効果のメカニズムを調べると、血管内皮に SGLT2 が発現しているわけではなく、SGLT2 阻害剤が、Na/H の相互的運搬に関わる NHE1 分子も阻害することを発見する。

もともと NHE1 は血管内皮の細胞内 pH 調節を通して活性酸素を合成することが知られており、これが ALDH2*2 と合わさることで、より高い内皮細胞ストレスを誘導していたと考えられる。GLT2 阻害剤は細胞内 pH を低下させることで、この効果を抑えることが考えられる。実際、SGLT2 阻害剤で血管内皮を処理すると活性酸素を抑え、NO 産生を高めるが、これが AKT 経路を介していることも明らかにしている。

以上が結果で、SGLT2 阻害剤 dapagliflozin を服用している私は、SGLT2 阻害剤が血管内皮に作用するというタイトルを見てちょっと驚いたが、読み終わって考えると、ブドウ糖の再吸収を阻害するだけでなく、血管内皮をストレスから守り炎症を抑えることを理解し、胸を撫で下ろした。なかなか面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日 抗原が分解されずにリンパ節に長期に保持される理由(1月27日号 Science 掲載論文)

2023年2月1日

なぜ麻疹ワクチンは一回で効果が何年も長持ちするのに、インフルエンザワクチンは効果が長続きしないのはなぜか、などとよく聞かれる、この理由の一つにウイルス側の変異のしやすさがあるのだが、免疫学的につきつめると、様々な要因が重なった結果で、実は明確な答えがないのも確かだ。そのためこの要因を一つ一つほぐしていって、その結果をもとに最強のワクチンを作る努力が現在も行われている。

今日紹介する米国MITのコッホ研究所からの論文は、リンパ節での抗原の分解されやすさに注目して、様々な免疫法を提案した研究で、1月27日号 Science に掲載された。タイトルは「Low protease activity in B cell follicles promotes retention of intact antigens after immunization(B細胞濾胞の低い蛋白分解活性が免疫後の完全な抗原保持を促進している)」だ。

以前、全く分解を受けていない抗原がリンパ濾胞に数ヶ月保持されていることが示されており、この研究はこの検討から始めている。

テクノロジーとしては、HIVワクチンに用いられるenvタンパク質を集めてナノ粒子にした抗原に2種類の蛍光ラベルを結合させ、分解されると蛍光色素同士の相互作用が減じて、FRETと呼ばれる傾向が低下する現象を利用して、抗原の組織上での分解を調べる方法、あるいは分解されると遊離された傾向ペプチドが、近くの細胞表面に結合する方法などを用いて、特に細胞組織レベルのタンパク分解活性を調べている。

結論は明快で、リンパ節の皮質領域は抗原が速やかに分解されるのに対し、濾胞まで到達した抗原は、細胞表面状に存在して、ほとんど分解を受けずに1週間以上存在する。

後者の方法を用いて、細胞レベルのタンパク分解活性を調べると、T、B細胞と共に濾胞樹状細胞(FDC)でほとんど蛋白分解活性がないことを発見している。

この分子基盤を追求すると、基本的には3種類のメタロプロテアーゼの発言の問題で、これらの結果から抗原を分解される前に濾胞に到達させ、安定に保持されるようにすることがワクチン活性に重要であることがわかる。

これを確かめるため、濾胞への到達量を指標に抗原の形、免疫のプロトコルなどを検討し、ナノ粒子化した抗原を、注射量を上昇させて複数回注射するのことで、抗原を濾胞内のFDCへと到達させ、長期保持を可能にすることを示している。さらに抗原にFDCに対する抗体を結合させることでも、抗原保持を高め、結果的に10倍近く抗体量を高められることを示している。

以上が結果で、これは蛋白抗原を用いたワクチンについての話で、RNAワクチンや生ワクチンはまた異なる話が存在する。このような地道な研究のなかから、最強のワクチンが生まれてくることを期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月31日 ウイルス感染は脳の神経変性疾患発症のリスクになる(1月16日Neuron オンライン掲載論文)

2023年1月31日

Covid-19では、brain fogと呼ばれる脳症状が高い頻度で発生した事が知られ、後遺症として位置付けられている。ただ、ウイルス感染が脳へ波及しなくとも、ウイルス感染自体が神経変性疾患のリスクになることは、昨年の10大ニュースの中にサイエンスが選んだ「EBウイルス感染が多発性硬化症の原因になっている」という発見からもわかる。

今日紹介する米国国立老化研究所からの論文は、極めてシンプルだが恐ろしい論文で、様々なウイルス感染が、アルツハイマー病を含む様々な神経変性疾患の引き金になっている可能性を示した研究で、1月19日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Virus exposure and neurodegenerative disease risk across national biobanks(国レベルのバイオバンクデータからわかるウイルス感染と神経変性疾患リスク)」だ。

この研究では、30万人のデータが集まっているフィンランドバイオバンクのデータから、アルツハイマー病(AD)、側索硬化症(ALS)、痴呆、多発性硬化症(MS)、パーキンソン病(PD)、そして血管性痴呆の発症前にウイルス感染症の既往があるかどうかを調べている。

これにより、ウイルス感染とそれぞれの神経変性疾患の関わりが、感染しなかった人と比べた時のオッズ比として計算される。次に、英国の50万人のデータが集まっている UK バイオバンクで、フィンランドのバンクで抽出されたリスクが確認できるかを調べ、両方でリスクが確認された時に、ウイルス感染がその神経変性疾患の何らかの引き金になったと結論している。

さて結果だが、最も相関が見られるとして EB ウイルス感染と MS がリストされると思いきや、もちろん強い相関はあるが、オッズ比でいうと3.8程度になっている。これは、EB 感染は必須の条件でも、感染= MS 発病ではないからで、実際世界的にも EB ウイルス感染はほとんどの人で感染しているが、MS の発症率は10万人に7人程度だと知ると納得する。

では、神経変性疾患の最も高いリスクはどのウイルス病か?答えを知るとなるほどと納得だが、ウイルス性脳炎と AD 発症の関係で、オッズ比がなんと30というスコアで、UK バイオバンクでも確認される。これ以外にも、脳内でのウイルス感染は AD や痴呆症のリスクになっている。間違ってはいけないのは、ウイルス感染が AD の原因になっているわけではない点で、あくまでも病気を誘発するリスクがあることを示している。事実、AD 診断よりかなり前から、β アミロイド沈着など病気が始まっていることを考えると、AD に関しては、おそらく発症までの過程を促進したと考えたらいいように思う(論文ではここまでは言っていない)。

もっと驚くのは、脳に感染が波及しなくとも、インフルエンザ肺炎が起こると、ALS や痴呆がその後起こるリスクオッズ比が高まることで、UK バイオバンクでは ALS でオッズ比が7を超え、痴呆のオッズ比が6を超えており、インフルエンザ肺炎を起こしやすい高齢者にとっては恐ろしい話だ。

他に気になる結果だが、肺炎を併発しなくても、インフルエンザにかかった後でパーキンソン病が発症するオッズ比が2−3に上昇することで、メカニズムはわからないが、間違いなくウイルス感染は神経変性性疾患の引き金になっている可能性が高いと思われる。この研究では、実に16種類のウイルス感染と、様々な神経変性疾患の組み合わせがフィンランド、UKのバイオバンク共に確認できている。

主な結果は以上だが、面白いのはウイルス感染から神経変性性疾患発症までの期間ごとにオッズ比プロットすると、ほとんどの場合間隔が短いほどオッズ比が高く、時間と共にオッズ比が低下していくことが示されている。このことから、ウイルス感染の急性効果が神経変性性疾患発症に関わる可能性が示唆される。今後この二つのイベントをつなげるメカニズムについて検討する必要があるだろう。

今後膨大な数の人が感染したCovid-19についても、多様な病像と神経変性疾患との関わりについての相関がわかって、この研究で明らかになった組み合わせに新しい組み合わせが加わると予想でき、ウイルスに感染することの恐ろしさが認識されていくだろう。

しかし、両者の関係が認識されたとして何か対処の方法はあるのだろうか。現在のところ、唯一の対策はワクチンということになる。例えば昨年、インフルエンザワクチン接種により AD リスクが下がることを示す論文が出た。この研究の結果、ウイルス感染を防ぎ、重症化を防ぐワクチンのそれ以外の役割については研究が進む予感がする。そして同じ延長線上に、将来コロナワクチン接種と、アルツハイマー病やパーキンソン病と言った神経変性疾患の相関がわかってくると、新しいワクチンの意味が理解できるような気がする。

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1月30日 オキシトシン受容体はつがいの絆には関わっていない(1月27日 Neuron オンライン掲載論文)

2023年1月30日

性行動、自発的行動ときて、今日はPair bonding、すなわち、つがいになった個体間のつながり、人間に当てはめれば夫婦の絆に関わる行動についてのカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文を紹介する。タイトルは「Oxytocin receptor is not required for social attachment in prairie voles(オキシトシン受容体はプレーリーハタネズミの社会的愛着には必要ない)」で、1月27日 Neuron にオンライン掲載された。

このブログでも紹介したが、プレーリーハタネズミ( PH )は、一定期間過ごすことで、つがいとして生涯を過ごす事が知られている。実際、動物行動学では PH のペアは同じ罠にかかる事が極めて高い事が知られており、いつも行動を共にしするほどの絆の強さだ。このような pair bonding を示さない種と比べると、オキシトシン受容体の脳内での発現が大きく異なる事が示され、これを裏付ける様々な実験が、動物だけでなく、人間でも行われ、まさにトリスタンとイゾルデを結び付けた魔法の薬として一般メディアにも取り上げられた。

しかし本当にそうなのか、問い直したのがこの研究で、何とPHを実験室で飼育し、さらにオキシトシン受容体遺伝子を CRISPR/Cas を用いた遺伝子操作で受精卵で変異させ、その親から生まれてきたオキシトシン受容体欠損PHを確立した、まさに執念とも言える研究だ。

それぞれ変異の異なる3系統を樹立しているが、結論は明確で、少なくともpair bondingに関わる限り、オキシトシン受容体は必要ないという結論になる。また、オスメス両方がこの遺伝子を欠損していても、子供を協力して育てることもできる。

もちろん異常も見られる。この遺伝子が欠損したメスマウスは子供が育てられない事が知られている。理由は、母乳を与えられない事が知られているが、同じ異常を PHメスにも見る事ができる。ただ、マウスと比べてもその程度は弱く、生後失われる子供が確かに存在するが、一部は間違いなく成長し、離乳するので、子供を育てる能力も残っていると言える。

以上が結果で、これまでの実験結果はなんだったのかと思える驚くべき結果だ。ただ、pair bondingは PH で見られることから、当然他のメカニズムが存在する事が示唆され、これにオキシトシンが関わる可能性もある。この結果は、行動という複雑な過程を一つの遺伝子で語ってしまう難しさを語っていると言える。

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1月29日 自発行動に見えてもドーパミンにより意味付けられ構造化されている(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月29日

今日もドーパミンと行動の話だが、条件づけられていない自由行動を扱っている点で、面白い研究だ。

昨日紹介した性行動で示されたように、特定の行動の動機づけにドーパミンが深く関わっていることは一般にも広く知られるようになっている。すなわち、私たちの行動も結局ドーパミン分泌により得られる快感を動機として構造化されるということになる。

とはいえ、同じ結果が得られるように褒美を与えるような条件づけを前提とする実験的状況は別として、我々の行動の多くは、最初から目標が決まっているわけでない、自発的行動だ。そんな場合、その行動の動機はどこから来たのか不思議だ。今日紹介するハーバード大学からの論文は、外界からの刺激や条件づけのない状況でマウスが自然にとる行動も、ドーパミンの分泌と相関することで、行動の意味づけと構造化が行われている事を示す研究で、1月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spontaneous behaviour is structured by reinforcement without explicit reward(自発的行動も明確なご褒美がなくても強化により構造化される)」だ。

この研究では、一見自発的に見える行動も、必ずドーパミン分泌と相関することで、その行動に意味づけが行われ、一定の構造化がおこなわれると決めて研究している。これを調べるために、ドーパミンセンサーを線条体に注入して、分泌されたドーパミン量を継時的に記録できるようにしたマウスの自発的行動をビデオで撮影し、行動とドーパミン分泌の関係を探索している。

こう書いてしまうと簡単に見えるが、自発的行動を類型化して、その行動を定義することは極めて難しい。この研究では、マウスの行動をまず動きの要素に完全に分解し(前への動き、上下の動き、左右の動き等々)、これら運動要素を AI により一連の運動セット(例えば、じっとする、起きあがる、前に歩くなどで、ここではシラブルと呼んでいる)へカテゴリー化し、このシラブル単位とドーパミン分泌の関係を探っている。

このように、運動を要素化し AI でカテゴリー化出来るようにした事がこの研究のハイライトで、これまで人間の観察による判断として行われた事が、完全にコンピュータでできるようになった事で、初めて高い時間解像度で行動要素(シラブル)の開始から終わるまでを、正確にドーパミン分泌の時間経過と相関させられるようになった。

結果だが、特定の行動が目的づけられているわけではないため、特定のシラブルやシラブルが重なった行動にドーパミン分泌が結びついているわけではないが、各シラブルの開始すぐから様々なレベルのドーパミン分泌が見られる事がわかった。すなわち、各行動に自発的にドーパミン分泌が割り振られている事がわかる。

この時のドーパミン分泌レベルは、思いがけなく食べ物にありついたときのドーパミン分泌レベルに匹敵することから、自発的であっても、ご褒美反応と同じレベルの動機づけが行われているように見える。

ではどんな動機づけかを調べるために、それぞれのシラブルでのドーパミンレベルと、シラブルが起こる頻度や、シラブル同士のつながりを調べると、個体毎に結果は異なるが、シラブル毎のドーパミンレベルは、そのシラブルが現れる頻度を反映しており、自発行動とはいえ、シラブルごとに意味づけが行われている事を強く示唆している。その結果、高いドーパミンレベルと相関しているシラブルは、多様なシラブルと結合して行動を形成できることから、行動のオーガナイザーとしての機能を持っている。

そこで、自発行動のシラブル発生に合わせて、光遺伝学的にドーパミンの分泌を増加させると、期待通り一定時間内にそのシラブルの利用される頻度が増加する。すなわち自発運動でもドーパミンにより意味づけられる事が明らかになった。

結果は以上で、自発的に見える行動も、おそらく成長過程で行動を形成する要素がドーパミン分泌と結合し、意味付けされることで、どう行動した方がいいのかが自然に学習されていく話になる。いずれにせよ、自発的行動を分析できる AI 技術開発がこの研究の鍵で、面白い技術だと感心した。

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1月28日 セクシータッチの脳科学(1月23日 Cell オンライン掲載論文)

2023年1月28日

光遺伝学のおかげで、生きたマウスの特定の神経回路を刺激する事が可能になり、脳活動の解明が進んでいるが、特に本能行動を支える脳回路の研究の進展は著しい。そんな中でも、今日紹介する性行動を促すタッチセンサー回路についてのコロンビア大学からの論文は、読者の様々な想像を膨らませる面白い研究だ。タイトルは「Touch neurons underlying dopaminergic pleasurable touch and sexual receptivity(快楽のタッチと性行動受容に関わるドーパミンを誘導するタッチ神経)」で、1月23日 Cell にオンライン掲載された。

愛撫に代表されるような柔らかで緩やかな動きに対するタッチ感覚は、ゆっくり伝達される Cファイバーによる触覚、C触覚として知られている。そして、最近の研究でこのような触覚に関わるメカノセンサーとしてMrgprb4 が特定されており、この研究ではこのメカノセンサーを発現する C触覚回路を光遺伝学的に操作できるマウスを開発して、この回路刺激によるマウスの行動を調べている。

この神経に続く回路や Mrgprb4発現の特異性など、基礎的な検討はすっ飛ばして、Mrgprb4刺激が誘発する行動解析に進むことにする。Mrgprb4神経は全身に存在し、性行動に関わる生殖器から肛門にかけての皮膚にも発現があるが、背中一部の皮膚Mrgprb4神経を光で刺激するだけで、マウスはのけ反り反応を示し、快楽刺激が起こっていることがわかる(少し脚色して紹介している)。

さらに面白いのは、Mrgprb4を発現する神経細胞にジフテリアトキシンを発現させて除去すると、オスとメーティングさせたとき、普通はオスを受け入れる回数が経験と共に上昇していくのに、Mrgprb4神経が除去されていると、逆に回数が増えるごとにオスを受け入れなくなり、快楽反応を示すどころか、逆に攻撃的になる。

この2種類の行動変化がこの研究のハイライトで、あとは Mrgprb4神経が最終的に刺激されることで快楽反応が誘導されるのは、この回路が最終的に側坐核でのドーパミン分泌を促すためである事を Mrgprb4神経の光刺激と、ドーパミン光センサーを用いた実験で示している。

また、性行動で起こる、マウンティングや、生殖器や肛門への刺激が、それぞれに対応する側坐核の細胞は異なるが、同じようにドーパミン分泌を誘導することも明らかにしている。

以上が結果で、Mrgprb4神経による C触覚は、側坐核ドーパミン分泌を通して快楽を誘導する回路により、基本的には性行動を調節しているという結論になる。わかりやすくまとめるとネズミの世界でも、タッチを介した前戯が大事という結果になる。このように論文で示された現象を人間に当てはめて考えてみると、様々な想像が沸いてくる。私自身、こんな事も、あんなことも出来るのではと読みながら想像をかき立てられたが、やましい心の中を覗かれるのは嫌なので、ここでストップする。

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