2026年7月9日
パーキンソン病 (PD) はαシヌクレインが神経細胞内で凝集し、ドーパミン産生細胞が失われることによって起こる。この細胞欠損を正常細胞を移植して補うのが、例えば我が国のアムシェプリだ。現在アムシェプリの適応はかなり進行したケースに限定されるが、そこに至るまでの進行を遅らせる治療法も重要になる。
今日紹介する中国・南京医科大学からの論文は、アストロサイトでのαシヌクレインの処理を高めることで PD のシヌクレインの伝搬や凝集を抑えることが PD の治療になる可能性を示した研究で、7月8日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Targeting of CH25H to boost p62-dependent autophagic degradation of α-synuclein in cell and mouse models of Parkinson’s disease(CH25Hを標的にしてp62依存的αシヌクレインのオートファジーを亢進することでマウスのパーキンソン病モデルを治療できる)」だ。
この研究では、PD を誘導する神経毒を注射したマウスの線条体で変化する遺伝子を調べ、発現が著明に増加する遺伝子の中に神経炎症に関わるとされているコレステロール25-ハイドロオキシラーゼCH25Hが存在するのに気づく。
ある意味ドンピシャの分子で今まで見つからなかったのが不思議なぐらいだが、黒質での発現は神経でなくアストロサイトとミクログリアであることもわかった。そして、様々なデータベースを用いて発現の特異性を調べていくと、PD 患者さんのiPS細胞由来アストロサイトで強く発現することも明らかになった。
そこで、アストロサイト特異的に CH25H をノックダウンする実験を行うと、マウスの行動性が上昇し、黒質でのシヌクレインの蓄積も低下し、ドーパミン産生細胞の喪失も抑制できることがわかった。逆に、アストロサイトで CH25H を過剰発現させると、αシヌクレインの分解が抑えられる。即ち、CH25H は神経から吐き出されたαシヌクレインを取り込んだアストロサイトでの分解を阻害することがわかった。
このメカニズムを生化学的に調べ、ストロサイトでαシヌクレインはオートファジーを介して分解されるが、この時にαシヌクレインに結合する p62タンパク質の結合を CH25H が阻害することを突き止める。そこで、αシヌクレイン、CH25H の p62タンパク質との結合部位を解析し、p62 の60−120アミノ酸部位に CH25H が結合してしまうことで、αシヌクレインの結合と分解が抑制されることを発見する。
この結果に基づき、p62の60−90番目の30ペプチドを設計してαシヌクレイン分解を調べると、このペプチドは CH25H のみに結合して、p62とαシヌクレインの結合阻害活性を消失させることを発見する。そして、このペプチドをマウスパーキンソンモデルに投与すると、症状の改善とともに、αシヌクレインの沈着をおさえ、ドーパミン神経の消失を抑えることを明らかにしている。
以上が結果で、少なくともマウスモデルでアストロサイト特異的に CH25H をノックアウトする、あるいはペプチドで CH25H と p62 の結合を阻害することで、パーキンソン病のαシヌクレインの量を減らし、伝搬を抑えられる事を示したのは大きい。いずれの介入方法も、実際の人間でも可能と考えられるので、根治方法ではないが、PDという長い道のりを対象にする薬剤として開発してほしい。
2026年7月8日
Single cell レベルの遺伝子発現データを読み込ませた生成AIについてはこれまでも紹介してきた。事実、single cell データの蓄積は驚くべきもので、しかもゲノムの言語モデルも進展を続けている。
今日紹介する Zuckerberg Initiative からの論文はタンパク質の進化コンテクストを学習した ESM2 をベースに single cell レベルの遺伝子発現データを統合することで、種にかかわらず、発現しているタンパク質のセットをベースに細胞という単位を潜在空間にベクトル化するモデルの開発研究で、7月2日 Science に掲載された。タイトルは「TranscriptFormer: A generative cell atlas across 1.5 billion years of evolution(TranscriptFormer: 15億年の進化で生まれた細胞の生成アトラス)」だ。
メタの研究所 Evolutionary Scale で開発された ESM2 については紹介してきたが、多くの種のタンパク質配列データを学習したモデルで、様々な情報と統合が可能になっている。例えば、我々が持っている自然言語のコンテクストインプットして、タンパク質の配列をデザインする ESM3 については以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26196 )。
同じ ESM2 を今度は single cell RNA sequencing のデータと統合して TranscriptFormer モデルを形成し、未知の細胞でもそれが発現するタンパク質パターンを生成できるようにしたのがこの研究だ。具体的には、蛋白質に関しては ESM2 内のベクトル値を用いてトークン化し、このトークンをベースに、今回用いた12種、1889細胞タイプの1億細胞についての single cell RNA sequencing データを学習させて、TranscriptFormer を構成している。この細胞単位の遺伝子発現は、ESM2 上のタンパク質ベクトル値に加えて、それが現れる頻度も合わせて学習させており、これは大変な作業だと思う。また、このモデルでのアテンションは、発現量に応じて影響されるように設計している。こうして、細胞種単位でどのタンパク質がどの発現量で出てくるのかという確率分布を学習することで、細胞を様々に分類したり、細胞レベルの遺伝子発現プログラムを予測するなどが可能になる。
後はこのモデルのパーフォーマンスを調べている。このモデル自体には細胞の種類や名前といったアノテーションは含まれていないが、当然アノテーションをリンクできる。これにより例えば海綿の neuroid 細胞とカエルの孵化腺に対応することがわかる。従って学習に使っていない動物でのデータを、ヒトのリンパ球に相当すると細胞型を決めたりも出来る。またこのタスクに関して他のモデルと比較すると、明らかに今回のモデルの方が優れている。
おもしろいのは、Covid-2 に感染した細胞のデータをインプットして細胞型を予測させると、感染に伴うタンパク質の発現の違いを正確に検出すると言った現実的課題にも成功している。同じように、例えばガン化の際に起こる変化の予測や、薬剤によるタンパク質発現変化についても、他のモデルよりははるかに優れた予測性能を持っていることがわかる。さらに発現している転写因子をプロンプトとしてインプットすると、標的遺伝子もリストできるという具合だ。また、B細胞の CD19 を条件としてインプットすると、B細胞で働く転写因子群をリストできる。
完全に理解しないで紹介しているので、要領を得ないかもしれないが、私の理解をまとめてしまうと、ESM2 のタンパク質エンベッディングを細胞という単位で再構成して新しい潜在空間に分布させることで、生物の最小単位の細胞に必要なタンパク質の集まりを表象するとともに、生きた細胞という制約の中で起こりうる進化的多様化をコンテクストとして学習したモデルが TranscriptFormer だ。当然細胞分化の過程は潜在空間内の近接したベクターの変化として追えるし、細胞レベルで種間の距離を調べ、進化を明らかにすると言った現実的課題も可能になっており、一度自分のデータをインプットすることが大事だろうと思う。
私のガン細胞に関しては single cell 解析は行っていないが、もし行っておればどの転写因子が支配的で、どのプログラムが正常から逸脱しているかもわかるかもしれない。
2026年7月7日
CD8キラーT細胞は、抗原により刺激されるとエフェクター機能を発揮し、役目を終えると細胞は消失する。一方、抗原刺激の様式によってはメモリーT細胞が形成されるので、次の免疫反応に備える体制が出来ている。他方で、ガンや自己免疫刺激のような持続的抗原刺激に対しては、PD-1発現などチェックポイント機構が働き免疫反応が抑えられるが、PD-1抗体によるガン治療からわかるように、T細胞を疲弊させずに持続的に機能を発揮できることもわかっている。
今日紹介するコーネル大学からの論文は、リンパ組織内では慢性刺激によるエフェクターシステム自体が、幹細胞からプロジェニター、そして分化エフェクターという幹細胞システムを形成している可能性を示した研究で、7月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「LEF1 and niche factors determine T cell stemness across chronic diseases(LEF1とニッチ因子が慢性疾患でのT細胞の幹細胞性を決める)」だ。
慢性刺激にそのまま免疫反応が維持されると病気になる。そのモデルとして、IGRPと呼ばれる膵島抗原に対するCD8T細胞で誘導される1型糖尿病をモデルにしている。免疫不全マウスにIGRP特異的CD8T細胞を注射すると膵島が傷害され糖尿病になる。この系では、リンパ節に存在する未熟な前駆細胞は全てTCF1と呼ばれる転写因子で決まると考えられてきた。これに対し著者らは、より階層的な幹細胞システムが存在するはずで、おそらく一般の幹細胞システムと同じでWntシグナル下流のLEF1が重要な役割を演じていると仮説を立てている。
まず膵臓につながるリンパ節細胞を単一細胞レベルで転写を調べると、期待通りTCF1発現細胞をLEF1陽性と陰性に分けることができる。さらに、IGRP特異的T細胞のLEF1をノックアウトしてマウスに投与すると、コントロールでは糖尿病が発生するのに、ノックアウトでは膵臓への浸潤が起こらず糖尿病が発生しない。以上のことから、これまでメモリー、あるいはプロジェニターと呼ばれてきたTCF1陽性細胞のうちLEF1陽性細胞だけが幹細胞として、慢性刺激に持続的に対応することがわかった。実際、LEF1陰性TCF陽性細胞をマウスに投与しても糖尿病は起こらない。
これは重要な発見だが、残念ながらLEF1を活性化するWntシグナルについてはこの研究では全く調べられていない。しかし、βカテニンの核内移行を追跡すると、LEF1陽性幹細胞のみ核への移行が認められるので、Wntは間違いなく効いている。これに加えて Atac-seq 等で開いたクロマチンを調べると、LEF1陽性から陰性への分化課程で大きなエピジェネティックな再構成が起こっており、一方向性の分化が誘導されるのがわかる。そして、LEF1陽性T細胞の遺伝子発現を他の幹細胞システムと比較すると、例えば皮膚の幹細胞などと極めてよく似ているので、他の幹細胞システムと同じように Wnt/βカテニン/LEF1 と言うシグナルがエフェクターT細胞で働いていることを強く示唆している。
この転写パターンから、幹細胞ではNotchシグナルも幹細胞性の維持に重要であることがわかるが、T細胞でもNotchをノックアウトすると幹細胞性が失われることから、Wntのみならず他のシグナルも共通であることがわかる。さらに、リンパ節内におそらくWntを発現するニッチが存在し、インテグリンに対する抗体でニッチとの相互作用をブロックすると、自己免疫は起こらなくなる。
結果は以上で、慢性刺激が続く場合、Wntシグナルを切ってやることで幹細胞機能を阻害して病気を治せる可能性を示したことは重要だ。逆に言うと、ガンなどでは逆にWntシグナルを提供するニッチが存在すれば、長期にわたりガンを傷害できることになる。
LEF1は幹細胞性に必須だという一種の思い込み論文だが、自己免疫病やガンを考える時には重要な研究になったと思う。
2026年7月6日
元々腎臓内科医としてスタートした発生学者の西中村さんのおかげで、我が国の腎臓オルガノイド研究は世界をリードしてきた。西中村さんはアクチビン発見者の浅島さんとはおそらく一種の師匠と弟子のような関係を持たれているようで、浅島さんのアニマルキャップにオルガノイド研究のルーツがあるのかななどと勝手に納得していた。しかし腎臓のような複雑な構造の臓器をオルガノイドで再現しようとチャレンジしたこと自体おどろく。
ただ、いわゆる自己組織化という一種他人任せの発生操作は万能ではない。今日紹介する南カリフォルニア大学からの論文は、これまでのオルガノイド培養の問題点を、正常発生と詳しく比較し、人為的にでもオーガナイザーを導入することでより複雑なオルガノイドが可能になることを示した研究で、7月2日 Science に掲載された。タイトルは「Patterning human kidney organoids with synthetic Wnt-secreting organizers(ヒト腎臓のオルガノイドを人工的なWnt分泌オーガナイザーによりパターン化する)」だ。
ほとんど腎臓発生は勉強していないが、この研究ではヒトのネフロン発生過程の Xenium 解析をベースに、ネフロンが集合管から分泌される Wnt11 と Wnt9B の連携により増殖とネフロンの延びる方向が決められることが重要であることを示している。即ち、集合管がオーガナイザーとしてネフロンの方向性と長さが決まっていく。
次に、一般的なオルガノイド培養で発生するネフロンを正常の発生過程と比べている。確かにネフロンの構成要素はほとんどオルガノイドでも発生するが、正常で見られる集合管から明確な軸に沿った極性がほとんど見られない。さらに、集合管で発現している Wnt9B もオルガノイドでは認められない。要するにオルガノイドの中では Wnt シグナルが低下しており、逆に Wnt 阻害分子などの発現が上昇している。しかし、Wnt なしでどうしてネフロンの誘導が起こるのかという問題があるが、最初に小分子阻害剤を用いた Wnt シグナルをオルガノイドに提供していることで、Wnt で刺激されたように振る舞っているが、構造化に必要な極性などが再現できない。
そこで Wnt を分泌する細胞を作成し、集合管の代わりに Wnt 分泌オーガナイザーとしてオルガノイドに接触させると、見事に極性を持ったネフロンが形成されることを発見する。さらに、Wnt の量に応じて、遠位と近位のネフロンの細胞の数が決まり、正常な構造には、特定の Wnt 発現量が重要であることを示している。
結果は以上で、もちろんオルガノイド研究の人たちも十分認識していたことを、改めて美しいビジュアルを用いて示した研究だと言える。しかし論文を読んでいて、昔のアニマルキャップとオーガナイザーと言った研究とのオーバーラップを強く感じた。
2026年7月5日
CRISPR/Cas を用いた遺伝子編集で、エイズウイルス受容体になる CCR5 を受精卵でノックアウトした双子を誕生させたというニュースが世界に発信されたのは2018年のことだ。この事件は、中国のヒト胚操作の法律違反ということで実刑が下されたが、その後の研究で受精卵のゲノムを Cas でカットすること自体が、DNA損傷修復力の低いヒト胚で如何に危険であることが続々報告され(https://aasj.jp/news/watch/14399 )、法律以前の問題であるとしてほとんど行われなくなった。
これに対し、ゲノムを切断しない塩基編集法を用いてヒト受精卵の Nanog遺伝子の不活化を行い、Nanog の胚発生での機能を明らかにした研究が、7月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Base editing reveals an essential role for NANOG in human embryogenesis(塩基編集によりヒト胚発生での Nanog の役割を明らかにする)」だ。
個人的な話になるが、山中さんに最初に出会ったのは、彼がNanogの研究論文を発表しようとしているときだった。同じ頃、CDBのアドバイザーだった Austin Smith の研究室の Ian Chambers も Nanog分子の論文を準備しており、Austin が CDB に滞在しているとき、話し合いがもたれ、同じCellに両方の論文が発表された。この時、おそらく山中さんがおれて、分子の名前はスコットランド神話からとった若返りの国= Nanog と言う Chambers の提案の名前が付けられた。そして、まさに多能性幹細胞の未熟性を決める分子 Nanog が、iPS細胞に必要無かったという報告を聞いたときも、大きな驚きだった。
この研究では受精卵遺伝子の Nanog を不活化したときに何が起こるかを調べ、ヒト胚での Nanog の機能を調べることを目標にしている。既に述べたようにゲノムが切断されると、受精卵では大きな問題になるので、代わりに塩基からアミノ酸を外すデアミナーゼベースの塩基編集システムABE8e を用い、受精卵自体や他の遺伝子を傷害することなく、目標の遺伝子を編集できるかの条件検討を行っている。その結果他の遺伝子や細胞の生存に影響することなく、8割近い胚で両方の遺伝子を不活化できることを示している。
この方法を用いて次に Nanog を不活化する実験を行い、Nanog が欠損しても胚盤胞期への発生が進むが、細胞数や構築に異常が誘導されることを明らかにしている。
次に single cell RNA sequencing を用いて、Nanog 不活化による異常を細胞レベルで解析している。また、マウス受精卵でも同じ実験を行い、種による Nanog の機能の違いを調べている。実験の詳細は割愛して、結果だけをまとめると、
ヒトでもマウスでも、これまで言われてきたとおり、Nanog はエピブラスト細胞への分化に必須で、不活化胚では正常なエピブラストが出来ない。
Nanog は胚外外胚葉の分化を抑える働きがあり、不活化することで分化が胚外外胚葉への分化が促進する。
Nanog は FGF4 の転写を誘導して、原始内胚葉への分化を誘導する。この FGF を誘導するという点ではマウスもヒトも同じだが、ヒトの場合はそれでも原始内胚葉が発生してくる。即ち、ヒトでは FGF4 の代わりになる分子が存在しているが、マウスでは存在していない。
以上が結果で、実験としてはヒトで FGF4 なしで原始内胚葉が発生する以外の新しい話はないと思うが、ヒト受精卵は塩基編集を使うことで安全に操作可能であることを改めて示し、受精卵の遺伝子編集を認めるのか、禁止するのか改めて世に問う重要な研究だと思う。
2026年7月4日
ハンチントン病はハンチンティン HTT と呼ばれる遺伝子内の CAG 配列の数が増加して、結果異常な長さのポリグルタミンが脳に蓄積し、神経細胞を傷害することで起こる。現在原理に即した治療開発が進んでおり、このブログでもかなり多くの論文を紹介している。このような根本的治療法の開発とともに症状を軽減する方法の開発も生活の質を高めるためには重要になる。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、運動皮質の VIP 作動性介在神経を刺激することで、運動障害をかなり軽減できることを示した研究で、7月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Restoring cortical disinhibition improves Huntington’s disease phenotypes(皮質の抑制異常を正常化することでハンチントン病の症状を改善できる)」だ。
基本的には人変異HTTを導入したマウスモデルでの研究になる。R6/2 モデルマウスを回転するはしごに乗せて運動させると、足がついていかずに引きづってしまう。皮質運動野には VIP、ソマトスタチン、そして Parvalbumin 発現の3種類の介在神経と線条体に軸索を伸ばす興奮神経が回路を形成している。そこで、この運動障害と、それぞれの神経活動に相関があるかどうかを次に調べると、ハンチントン病の進行ともに、VIP 神経の活動が強く抑制され、逆にソマトスタチン神経や、parvalbumin 神経は興奮が上昇する事、そしてこれらの活動の結果興奮神経の活動が低下することを明らかにした。
次に自由な行動パターンビデオを機械学習で分類、行動と各神経の興奮を調べている。通常運動を始めるときに VIP 神経の興奮が起こるのだが R6/2モデルマスでは運動から休止に移行したときに反応が上がり、運動へと移行するときには反応が下がる。ソマトスタチン神経は運動に応じて興奮するが、正常の反応と比べると、反応が大きくなっている。この回路では VIP 神経がソマトスタチン神経を抑制する関係になっているので、VIP 神経の興奮異常が運動障害に最も大きく関わる可能性を示唆している。
以上を確認した上で、次に VIP 神経の運動時の興奮低下を外部からの刺激で元に戻すことで、運動機能を改善できないか調べている。刺激は電極ではなく、VIP 神経を光遺伝学的に操作して、興奮を誘導している。光刺激を加えると、VIP 神経は興奮を回復できる。そして、支配するソマトスタチン神経の興奮を抑えることができる。
この条件で、週一回光刺激を繰り返し、様々な時期に運動障害の程度を調べている。結果は期待通りで、刺激を繰り返すことで、足を引きづる運動障害が強く抑えられる事がわかった。また、この改善は決して光による刺激時で起こるのではなく、光刺激とは無関係に機能が改善することを明らかにしている。
結果は以上で、今まで同じような実験が行われなかったのかと思うほど、焦点を絞った実験で、これにより皮質回路の可塑性を回復させられる可能性が示されたのは大きい。実際ハンチントン病で傷害される皮質は広いため、人間にも適用出来るか、あるいは不随意運動にも同じようなスポットがあるかこれからの問題だと思うが、入り口が開いた気がする。
2026年7月3日
現役時代、組織学に並外れたセンスを持っていた吉田尚弘さんのおかげで、胎児や組織全体を立体的に免疫染色する方法を多用した。2次元の組織染色と比べ、全体像がつかみやすいため、特に発生過程を追跡する研究には欠かせないテクノロジーだった。
今日紹介する米国・ジョンズホプキンス大学からの論文は、現在驚くべき勢いで利用が拡大しつつある2次元の空間トランスクリプトーム解析を、3次元でも使える様にしたうえで、生後の毛根発生について解析した画期的な研究で、7月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Four-dimensional molecular mapping from a spatial snapshot reveals the dynamics of hair follicle organogenesis(空間的スナップショットの4次元分子マッピングは毛根形成のダイナミックスを明らかにする)」だ。
この研究では調べたいRNAを組織上で増幅してから、蛍光プローブと反応させて特定のRNA配列を組織上で特定する Padlock hybridization and sequencing と呼ばれる方法を用いている。空間トランスクリプトーム解析として普及している Xenium も同じ方法に基づいている。
ただ、現在使われている2次元組織の解析ではなく、400ミクロンの厚さの皮膚を切り出して、組織ごと解析を行うためには、様々な問題を解決する必要があった。遺伝子解析時に組織が壊れないようゲルで固める方法の開発、RNA以外の分子の除去など、様々な条件検討が行われている。特に論文で強調されているのはDNAを完全に消化してしまう必要性で、これにより初めて大きなプローブが組織全体に染み渡るようになる。
この研究では皮膚と毛根の発生を調べるのに適した85種類の遺伝子発現を一つの3次元組織で検出し、毛根の生後発生で起こる毛根内の分子発現変化を追跡している。こうして毛根での遺伝子発現を立体的に見られるということがこの研究の全てで、まず今回の結果を公開しているデータベースを是非見てほしい(https://jef.works/CellCarto-3DEEP/ )。皮膚から突き出た単純な構造から、極めて複雑だが、空間的に美しく配置された遺伝子発現から区別することができる毛根の立体構造が手に取るようにわかるよう出来ている。
研究ではケラチノサイトやメラノサイトの幹細胞を支えるニッチが形成され、休止期の幹細胞がトラップされるとともに、増殖幹細胞が hair bulb へと下がっていく過程が、例えばケラチン分子、幹細胞分子、さらにニッチ分子と一緒に示されるのは圧巻だ。しかし3次元トランスクリプトームが出来たからと言って、東大医科研の西村さんたちが明らかにしてきた過程を再提示しているだけで特に新しいことは見つからない。
それでも構造がはっきりすることで見え始める過程もある。ここでは毛根形成の最終段階で起こる、毛根が体表で外界に開くカナル形成について詳しく調べ、構造的には inner root sheeth により毛根内に形成されるシャフトが上部に伸びて皮膚を突き抜けると考えている。ただ、メカニカルに破断するとは考えにくいので、他の遺伝子発現を調べることで、inner root sheath と呼応して起こる表皮側の変化も明らかになるだろう。
新しいという意味でおもしろかったのは Foxn1欠損のヌードマウスの解析で、毛根形成はほとんど同じタイミングで進んでいくが、Foxn1欠損により毛根全般の遺伝子発現がずれてしまって、完全性が維持できないため、毛が途中で脱落する可能性を示している。最近の研究についてはあまりフォローしていないが、ヌードマウスの解析としては少なくとも私にとってはフレッシュな考え方で、3次元空間トランスクリプトームの威力に感心した。
結果は以上で、ともかく3次元空間トランスクリプトームができるようになったこと自体が重要だ。組織自体の汎用性は広いため、MERFISHを はじめとする様々な方法とも組み合わせられるようになるだろう。
2026年7月2日
リン酸化され繊維状に凝集したTauを神経細胞に振りかけると細胞内に取り込まれそこでプリオンと同じように新しいTau凝集を引き起こすことは、ほぼ多くの研究者の認めるところだと思う。脳から分離したTau線維はそのまま神経細胞に取り込まれるが、シナプス小胞のように小胞体に詰め込まれて吐き出されると、より効率的に伝搬する可能性が示唆されていた。
今日紹介するユタ大学からの論文は、この可能性を検証し、Arcと呼ばれる分子がTauを小胞体に詰め込むための鍵となる分子で、これによりTau伝搬が加速することを示した研究で、6月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Arc mediates intercellular tau transmission via extracellular vesicles(Arcは細胞内Tauを細胞外小胞に詰めて伝搬する過程に関わる)」だ。
神経細胞から放出される小胞の中にTauが存在し、シナプス形成に関わるArcが同じ小胞に見つかることは既に知られていた。従って、研究は最初からArcがTauを小胞体に詰め込むのに関わるという仮説から始めている。まずArcをノックアウトした神経細胞にTau遺伝子を導入、放出される小胞の中のTauを調べると、Arcがノックアウトされても小胞自体の生成は変わらないが、Tauが詰まった小胞形成が激減することを確認する。すなわち、Arcは小胞にTauを詰め込む過程に関わっている。これは試験管内の現象だけでなく、ヒトTauを導入したマウスモデルでも、EVへの詰め込みにはArcが必要であること、またヒトアルツハイマー病でも、TauとArcを強発現している小胞が見つかることを明らかにしている。
次は、Tauが小胞へ詰め込まれるメカニズムで、分子同士の結合を調べるオーソドックスな生化学実験を繰り返して、ArcはN-末のドメインでTauと結合し、その後で小胞形成に必須のIRSp53分子と結合、これにより小胞が形成される時にTauが封入される。即ち小胞形成ではなく、小胞にTauを詰め込むのに機能することが明らかになった。繊維状に凝集したTauはArcへの結合力が強くより小胞内に封入される。
最後にTauをわざわざ伝搬しやすいように小胞に詰め込む仕組みが何故存在するのかを調べている。基本的には、細胞内に蓄積してきたTauが細胞ストレスを誘導するため、これを軽減する目的でこの仕組みが存在している。すなわち、Arcが存在しないと神経細胞内からTauが放出されず細胞死が上昇する。とは言え、Arcがないからと言ってTauのリン酸化など細胞内での処理には全く影響はない。さらに、他の神経への伝搬に注目してみると、神経から神経への伝搬の効率にArcによる小胞体へのTau詰め込みが関わることも確認している。
残念ながら、実際のAD症状の進行とArcを調べた研究が行われておらず、またアミロイドとtau異常が誘導され1年ぐらいで症状を発生するモデルでは、雄マウスでArcノックアウトによる変化がないことから、このシステムがADの発症にどこまで寄与しているのかについては明確ではないと思う。しかし、シナプスからシナプスへの異常タンパク質の伝搬には明らかに寄与しており、今後Tau伝搬研究には常に念頭に置く必要がある、しかし不思議なメカニズムだと思う。
2026年7月1日
図はGPTが提案する原条が形成される前のヒト胚の構造で、次の段階で図右の平べったいエピブラストに細長い窪み、原条が現れる。この原腸陥入時期に複雑な胎児構造の基本が形成される。
今日紹介する北京農業大学と中国科学アカデミー動物学研究所からの論文は、この過程をできるだけ忠実に試験管内で再現する方法を模索した力作で、6月24日に Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Reconstituting human primitive streak formation through extra-embryonic cell coordination(胚外細胞の協調を通してヒト原条形成を再現する)」だ。
ヒト胚の原腸陥入はマウスとは大きく異なり、誤解を恐れず印象を述べるとニワトリの原腸陥入期に近い。図に示した胚を形成するエピブラストは胚盤を形成しており、中胚葉が発生し複雑な胎児構造が形成される。図には示されていないが、この時期にはヒポブラストから卵黄嚢へ移動した胚外中胚葉も存在する。即ち、胚盤胞からの原条及び中胚葉形成は、基本的にこれら4種類の細胞の相互作用で進むことがわかる。
そこで、エピブラストの代わりにES細胞を使い、胚由来の羊膜細胞、及びトロフォブラストとともに培養して、原条マーカーであるT遺伝子発現を調べると、羊膜細胞のみが強い中胚葉誘導能を持っており、逆にトロフォブラストはそれを抑制する活性があることがわかった。
次に、胚外中胚葉の役割を調べるため、胚外中胚葉の長期培養方法を確立した後、ES細胞と共培養する実験系で、胚外中胚葉は原条から由来する中胚葉を惹きつける働きがあることを確認している。そして、それぞれの相互作用により誘導される分化細胞が、胚に存在する細胞とほとんど同じであることを single cell RNA sequencing で確認した後、胚盤の原条形成を再現する実験システムの構築に進んでいる。
この実験系では、長期培養が可能なES細胞の回りにトロフォブラスト細胞、そして胚外中胚葉を配置し、その上にこれは胚由来の羊膜細胞を貼り付けたトランスウェルをかぶせている。それ以外に全く増殖因子などは加えていない。すると24時間ぐらいから美しい原条が形成され、T遺伝子の発現が誘導されていること、また原条から中胚葉がこぼれて、胚外中胚葉の方へ惹きつけられることを明らかにする。そして、この系で発生する様々な細胞はほとんど実際の胚に存在する細胞と同じであることを single cell 解析で確認している。
最後にこうして発生した原条を含む細胞をシャーレから剥がして浮遊培養に移すと、神経間などの次の段階の発生とともに、前後軸、背腹軸を持つ胚様構造が出来ることも示している。
以上が結果で、オーソドックスな発生学の課題を解決しながら、試験管内でヒトの初期胚発生を再現しようする強い意志とプロの技が感じられる、試験管内発生学の鏡とも言える研究で、本当に感心した。
2026年6月30日
コーンシロップという形で果糖を大量に消費する様になってから、果糖の毒性と代謝経路についての研究が進んでいる。考えてみると、草食動物も含めてほとんどの野生動物は果糖を摂取する機会はないだろう。一方で、鳥類や霊長類などかなりの果糖を摂取するが、基本的には特殊と言える。従って、我々人間の果糖への反応はこの特殊性を反映しているのではと勝手に想像しているが、多くの果糖研究をマウス(他の動物よりはサルに近いが)で出来ているのもいつも不思議に思っている。
今日紹介するフィラデルフィアにあるモネル化学感覚研究所からの論文は、マウスはグルコースと果糖を区別して脳の食欲中枢に伝える回路を有していることを示す研究で、マウスレベルでもこれほど果糖とブドウ糖が複雑に処理されているのかと驚いた。タイトルは「Attenuated hypothalamic response to fructose via a dedicated gut-brain pathway(特別な腸脳回路を介する果糖の視床下部反応抑制)」だ。
何度も紹介してきたが、Agouti related protein (AGRP) を分泌する視床下部にある細胞が我々の飢餓感を調節しており、食後上昇する脂肪細胞由来のレプチン、様々な消化管ホルモンなどの刺激により抑制されることで食欲を落として摂食を制限している。
この研究では果糖とブドウ糖に AGRP 神経刺激に差があるかどうか、直接十二指腸に果糖/ブドウ糖を注入しそのときの視床下部の AGRP 神経興奮を調べている。すると、ブドウ糖では大きく興奮を抑制できるのに、果糖の抑制活性は1/3程度にとどまっていた。即ち、果糖とブドウ糖では飢餓回路への影響に大きな違いがあることがわかった。
問題は、だからといって果糖では摂食が抑制されず過食になるというわけではなく、注入後の摂食量は変化がない。すなわち、果糖は視床下部 AGRP 神経抑制効果は低いが他のルートで食欲を抑えている。この回路を探ると、果糖投与ではマンニトールと同じで水が保持されることから腸管が広がるので、これが他の経路で食欲を抑えるため、AGRP神経の活動抑制が低くても食欲は抑制できることがわかった。しかし複雑だ。
次に腸から AGRP 神経への回路を、消化管ホルモン分泌について調べている。前もって消化管ホルモンカクテルを投与すると、果糖に対する反応は消えるが、ブドウ糖に対する反応はそのまま残る。即ち、特に果糖は消化管ホルモンを介して AGRP 神経を抑制していることになる。
この回路をさらに探ると、Y2-PYY 受容体を発現した迷走神経を介して視床下部にシグナルが送られることがわかった。一方、Y2 神経はブドウ糖でも刺激できるが、刺激できても AGRP 神経の興奮には影響がない。
以上が結果で、少しややこしいが、AGRP 神経活動の抑制に関してみると、ブドウ糖と果糖では全く異なる神経回路が使われ、果糖は完全に迷走神経依存的にシグナルを送るが、ブドウ糖は脊髄神経回路を用いている。ただ、食欲抑制はこの回路以外にも存在し、特に腸管の膨張が果糖で誘導されるため、消化管ホルモンを介する他の経路で食欲が抑制される。以上、おそらく果糖にほとんど依存しないで生きているマウスで、これほど複雑な果糖とブドウ糖を分別する神経回路があることが不思議だ。