10月16日 マイクロエクソンと自閉症(10月14日 Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

10月16日 マイクロエクソンと自閉症(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月16日
SNSシェア

今日紹介するのはカナダ・トロント大学が10月14日 Nature にオンライン掲載した論文で、マイクロエクソンと呼ばれる3-27塩基の小さなエクソンのスプライシングの差が自閉症発症に深く関わることを示し、これまで遺伝子変異だけでは捉えきれなかった自閉症のゲノム研究を大きく進展させるように感じた。タイトルは「A microexon regulatory code reveals autism-linked genetic variation(マイクロエクソン制御コードにより自閉症様の遺伝子変化を捉えることができる)」だ。

これまで何度も自閉症スペクトラム (ASD) のゲノムについて紹介してきたが、この論文を読むまでマイクロエクソンについては全く知らなかった。論文を遡ってみると、同じグループが2014年に脳細胞でのマイクロエクソンのスプライシング異常がASDで高い頻度で見られることを報告していた(Cell 159, 1511–1523,2o14)。ASDの症状は多様だが、強い遺伝性が見られることからゲノム研究が進んでいる。実際、ASDと明確に相関するゲノム多型は100を超すが、これらが原因であると特定できる例はASD全体の15%程度で、残りの症例で遺伝性は認められてもゲノムと対応することが難しい。

このグループはこれまでほとんど研究されていないマイクロエクソンのスプライシングの差が、ASDの遺伝性のかなりの部分を説明できるのではと考えて研究している。そこでまず、mRNAの配列を比べることで、ゲノムにコードされているマイクロエクソンを網羅的に特定し、95種類の神経細胞特異的にスプライシングされるマイクロエクソンを特定している。そして、このうちの多くが、mRNAの分解につながる事も確認している。

次にいくつかの遺伝子について、マイクロエクソンスプライシングの変化を追跡し、特に介在神経で大きく変化すること、遺伝子により発生の様々な段階でスプライシングの変化が認められることを明らかにしている。ただ、マイクロエクソンスプライシング異常をRNAで調べるだけでは、たとえばASDの予測にはつながらない。

そのためには、これらマイクロエクソンのスプライシング異常が誘導される、ゲノム上の変化を特定する必要がある。そのためにマイクロエクソンの前後配列を学習させたニューラルネットAIモデルを作成し、スプライシングでマイクロエクソンが遺伝子の中に挿入されるスコアを計算できるようにしている。またいくつかの遺伝子で、実際のコードの変化がスプライシング分子の結合の変化につながることも明確にしている。

こうして得られたマイクロエクソンが挿入されるスコアをASDゲノムで調べると、他の遺伝子変異と同じで、レアバリアントとコモンバリアントに別れ、レアバリアントのASDへの貢献が大きいこと、そしてゲノムから計算されるスコアで、22.7%のASD患者さんについてはゲノムから予測可能であることを示している。

最後にASDと相関するマイクロエクソンの変異が認められる遺伝子をリストすると、これまでASDに関わるとされてきた多くの遺伝子とオーバーラップすることがわかった。即ち、タンパク質をコードするエクソンの変異だけでなく、これまで見落とされてきたマイクロエクソンの挿入を決めるスプライシングコードの変異が同じ遺伝子に起こることで、遺伝子発現に大きな変化が発生してASDにつながる可能性が示唆された。

以上が結果で、これまで全く知らなかったので、マイクロエクソンスプライシング異常がASDの原因になる可能性は説得力のある重要なアイデアだと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月15日 てんかん発作を患者さんの対話を通して正確に検出するアプリ開発(10月13日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年10月15日
SNSシェア

心房細動発作等の不整脈を検出するために24時間身体に装着して心電図をモニターするホルター心電図はよく知られているが、てんかんでも脳波とてんかん発作を正確に連結させるための検査システムがあり、epilepsy monitoring unit (ENU) と呼ばれている。具体的には患者さんに1週間ほど入院して貰い、ビデオで行動を、脳波計で脳波を監視して、てんかん発作の正確な診断を行い、治療方針を決めるのに使われる。

EMUでは患者さんが発作を感じたとき、あるいは発作を観察した医師がボタンを押すことで、脳波と発作をリンクさせ、脳波による発作の検出感度を上げるが、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、このボタンによるフィードバックを、LLMを用いた対話型のアプリに変えて、患者さんと対話しながら発作につながる脳波を正確に特定する方法の開発で、10月13日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Human–artificial intelligence collaboration for comanaging epilepsy in real time(てんかん発作をリアルタイムにマネージする人間とAIの共同)」だ。

最初正確にてんかん発作を診断するAI化と思ったが、読んでみるとEMUのボタンを、患者さんも使いやすい対話型スマフォアプリで置き換えるために、EMUで用いられている発作検出ニューラルネットに、大規模言語モデル (GPT-4mini) を統合する試みだ。

具体的には通常のEMUと同じで脳波を学習して発作を検出するニューラルネットが用いられている。ただ脳波に自覚的、あるいは医師による他覚的発作の印を付けるボタンの代わりに、発作の記録を患者さんに、「先ほど発作を感知しましたが感じましたか」と言った会話に変えるためのLLMが用いられている。また、患者さんだけでなく医師もこのループに参加することができる。即ち発作の予兆でボタンを押すのではなく、発作の後、あるいは定期的に脳波上の発作について患者さんが感じたかどうかをスマフォで質問し、発作かどうかをニューラルネットにフィードバックして、診断率を上げる。

もちろん患者さんからも質問ができるようになっていて、同時に記録している睡眠の様子や、あるいは実際の脳波パターンを画面上に示したりも出来る。そのおかげで、患者さんからの質問に利用される時間は全体の3割近くに達している。また多くの患者さんが、アプリが役立つと評価している。従来のボタンを押す方法で誤警報を減らす率は77.8%に対して、新しい方法では80.9%と、ニューラルネットの学習という意味では大きな改善はない。しかし、LLMを介することで患者さんと対話し、親しみやすい対話形式で自覚症状をフィードバック出来る点では、重要な進歩だと思う。  

例えばホルター心電図で発作を感じたかどうかをフィードバックしたり、血糖モニタリングで低血糖発作を感じたかどうかなど、同じ方法は様々な場面で使える可能性がある。さらに個人的な印象だが、自分の頭の中の活動を見ることができることで、いわゆる neurofeedback という、自分で反応をコントロールする治療法まで発展できる可能性がある。LLMを用いて、客観的データネットワークに主観を介入させると言うおもしろい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

 10月14日 コレステロールを下げる腸内細菌(10月7日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月14日
SNSシェア

炭素の数が奇数の脂肪酸、例えば15個のペンタデカン (PA) は、酸化される際、最終的に炭素が3つ含まれるプロピオニルCoAが残ることから、奇数鎖脂肪酸として、アセチルCoAだけを合成する偶数鎖脂肪酸と区別して扱われている。我々はPAを合成することはないが、従来から牛乳やチーズなどの乳製品に多く含まれ、最近では血中PAレベルの高い人は動脈硬化や糖尿病が少ないことが疫学的に示され、注目を浴びている。

PAは基本的に食事から摂取すると考えられてきたが、今日紹介する中国・中山大学からの論文は、腸内細菌の一つ Bacterioides にはPA合成能を有する系統が存在し、少なくともマウスモデルで動脈硬化を防ぐことを示した研究で、10月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A gut microbial odd-chain fatty acid alleviates atherosclerosis in mice(腸内細菌叢由来の奇数鎖脂肪酸はマウスの動脈硬化を防ぐ)」だ。

これまで腸内細菌叢と動脈硬化の相関を調べた研究から、細菌叢の Bacterioides の数が多いと動脈硬化が防がれることは知られており、例えば短鎖脂肪酸合成などと関連付けて説明されてきた。この研究では動脈硬化の患者さんの細菌叢を正常と比べ、Bacterioides、特に Bacterioides uniformis が健康人で多いことを確認している。そして ApoE を欠損させた動脈硬化マウスの動脈硬化を抑えることを発見する。同じ効果を持つスタチンと比べると、LDL を下げる効果はほぼ同等だが、HDL を上げる効果はほとんどない。この結果、脂肪代謝が正常化し、動脈硬化が防がれる。

おそらくこれまでも同じような現象は記載されてきたのだと思うが、この研究では肝臓の転写を調べることで、この効果がコレステロール代謝の核、SREBP2-LDLR の発現調節に媒介されており、LDLRノックアウトマウスでは効果が Bacterioides の効果が全くないことを発見する。即ち、従来のように自然炎症を介するのではなく、LDL合成抑制を介して脂肪代謝自体に直接作用して動脈硬化を防いでいることを発見する。

次に LDL の肝臓細胞株への取り込みを指標として、Bacterioides 培養上清を精製し、最終的にPAが Bacteropodes uniformis 由来の分子であることを突き止める。その作用機序を調べていくと、驚くことにスタチンと同じ標的 HMG-CoA reductase と結合して酵素活性を抑制することで、コレステロール合成を抑えていることを明らかにしている。構造学的にスタチンと比較されていないのでわからないが、化合物としてはアフィニティーも低いので、スタチンに変わる薬剤として開発することはないと思う。ただ、血中の持続はいいので、善玉バクテリアとして共存して、コレステロールを下げるというのが最も理にかなった使い方になる。

そこで、この研究では Bacteriodes を腸内に定着させる動脈硬化予防を視野に、まず Bacterioides に全てのPA合成経路が存在し、バクテリアを経口投与することで動脈硬化を予防することが出来ること、さらにPA合成酵経路の酵素が欠損したバクテリアでは、予防効果が低下すること、そして、動脈硬化の患者さんでは、血中だけでなく便中のPA濃度が低下していることを示している。ただ酵素を欠損させた動物実験では、完全に Bacterioides の活性を抑えていないので、バクテリア内での合成についてはさらに検討が必要だと思う。

以上、腸内細菌の健康効果を調べる研究の中では、最も明確なメカニズムを提示した研究の一つだろう。Bacteriodes は一般的な細菌なので、メタボ予防細菌プロバイオとして発展してほしい。そのためにはPAとスタチンの相互作用などもう少し研究が必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月13日 非小細胞性肺ガンは制御性T細胞を誘導しやすい(10月7日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月13日
SNSシェア

喫煙は肺ガンの最も大きなリスクファクターだが、ゲノム研究が進んで喫煙者の肺ガンででは突然変異が非喫煙者と比べて10倍から100倍と多いことから、タバコに含まれる発ガン物質による作用で遺伝子変異が高まることが重要な発ガン要因だと考えられている。ただ、突然変異が多いということはガンのネオ抗原が多く出来るということで、免疫チェックポイント治療 (ICI) が始まってから、喫煙者の非小細胞肺ガンは治療に反応性が高いことがわかってきた。とは言えICI単剤に対する反応率は2-3割で、ネオ抗原発現がうまくいかせないケースの方が多い。

今日紹介するロンドン大学からの論文は、非小細胞性肺ガン (NSCLC) の中の扁平上皮ガン (LUSC) リスクが高い喫煙者の前ガン状態を気管支鏡を用いた自己蛍光で検出し、その後、1年おきに経過観察し、必要なときにバイオプシーで前ガン状態組織を調べる極めて野心的な臨床コホートで得られた組織を用いている。2019年に発表された論文では、3割の人が経過観察中に正常化するが、50%は浸潤性のガンへ発展することが示されている。即ち、3割の人ではおそらく免疫反応で正常化する過程を捕まえているコホートになる。

今回の研究では、ガンへ進展する確率が高い浸潤性の前ガン状態からバイオプシーで得られた細胞を single cell RNA sequencing で調べ、ネオ抗原の発現にもかかわらず免疫から逃れる仕組みを探っている。臨床研究だが、絵に描いたような結果で、 浸潤が認められるようになった前ガン病変では制御性T細胞 (Treg) が増加して、他のキラー細胞などは低下していることがわかった。即ち、前ガン状態で Treg が組織で増加することが、ガンの進展を助けていることが示された。

この過程のガン組織と末梢血を比較し、同じレパートリーを発現している Treg細胞の増加が末梢血レベルでも認められることを発見する。即ち、前ガン状態の細胞に刺激された Treg はおそらくどこかリンパ組織で誘導され、末梢血を通して肺にリクルートされている可能性が示唆された。

そこで気管支鏡によるコホートではなく、CTを用いたガンのスクリーニングコホートを利用して、ステージの早いガンと診断された患者さんで、末梢血の Treg を調べると、予想通り Treg の増加が見られる。また、スクリーニング後外科的切除を行った組織を調べると、腫瘍組織に Treg が集積していることを確認している。また、末梢血の Treg の高い患者さんでは治療の必要なガンへ発展する確率が高まる。私も胸部内科の経験があるので、気管支鏡についてはよく知っているが、ここまでの臨床研究計画を進めることがいかに大変かはよくわかる。とは言え、臨床例で出来るのはここまでで、対処方法の開発には実験モデルが必要になる。

この研究の素晴らしさは、ニトロソウレアを吸入させるマウスの発ガン実験を行って、臨床で得られた結果が再現可能かどうか調べている点だ。リンパ組織と腫瘍組織を同時に調べることができるマウスを用いることで、ニトロソウレアで前ガン状態からガン発生までの過程を追跡し、変異を誘導した異常細胞に対する Treg が、所属リンパ節で誘導され、そこから前ガン組織にリクルートされ、ガンを守ってしまっていることが明らかになった。そしてこのモデルを用いて、特に増殖する Treg で発現が高まっている PI3Kδ に対する薬剤を投与してガンの発生を抑えられるか実験を行っている。結果は予想通りで、現在B細胞の腫瘍増殖に使われている PI3Kδ阻害剤をニトロソウレアによる肺ガン発生モデルに、ニトロソウレア処理15週目から投与すると、ガンの発生を抑えられることを明らかにしている。

詳細をほとんどすっ飛ばして紹介したが、よく計画された臨床コホート研究をベースに、最後は動物モデルによる臨床結果の再現、そして予防法の開発まで行った、臨床研究の鏡とも言える研究だと思う。もちろんこれを支えているのが single cell レベルの解析で、研究では組織上で多くの遺伝子の発現を調べる Xenium方法まで調べられている。この技術は様々な技術の統合された結果で、だれにノーベル賞をあげたらいいのかわからないが、技術自体は臨床医学を変革させたことは間違いない。

私自身のガンも APOBEC と言う酵素の異常発現の結果突然変異が高く、RNA sequencing で免疫反応がホットであることを確認しているので、知り合いにお願いして Xenium の免疫パネルを調べようと準備している。もちろんコントロールはなく、全く個人的な興味だけだが、ガン組織の免疫状態を調べることの重要性が示せないかなと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月12日 サイズと寿命が相関するイヌからメチル化DNA変化による老化のメカニズムを探る(10月8日Science 掲載論文)

2026年10月12日
SNSシェア

イヌはチワワからグレートデンまで同じ種でおどろくほど大きさが違っているが、これがほぼ人間によるブリーディングの結果であることにも驚く。全く知らなかったが、イヌのサイズは寿命と逆相関し、小さいイヌほど長生きすることが知られている。

この現象を利用して、老化とDNAメチル化の関わりのメカニズムを探ろうとしたのが、今日紹介するアリゾナ州立大学からの論文で、10月8日号の Science に掲載された。タイトルは「Epigenetic aging and transposon dysregulation reflect size-related lifespan compression in dogs(エピジェネティック老化とトランスポゾンの調節異常がイヌのサイズと相関する寿命圧縮を反映する)」だ。

894匹の半分は純系、半分は雑種のイヌの血液を、それぞれ4年にわたって採取し、その間のDNAメチル化パターンを経時的に調べている。人間を含む多くの動物でDNAメチル化のパターンが老化の指標になることが知られている。この研究では得られた膨大なデータを学習して、そのパターンから老化度を計算するモデルを作成し、これを用いて各個体のエピジェネティック年齢を推定している。

他の動物と同じで、実年齢とDNAメチル化パターンから推定されるエピジェネティック年齢とは完全に相関する。また、DNAメチル化パターンの変化の程度から残りの寿命を計算して、実際の4年経過中の死亡率とを照らし合わせると、メチル化パターンの変化から余命を推定することができる。

おもしろいのはイヌでは実年齢が若いときほどエピジェネティック年齢の進行が早く、また個体間のばらつきが大きい。このデータは全てのイヌで調べたデータで、このばらつきについて、イヌの大きさや性別を加えて調べ直すと、メスでエピジェネティック老化のスピードが速いこと、またサイズが大きいほどエピジェネティック老化のスピードが速いことを確認する。即ち、イヌのエピジェネティック老化のパターンは、性とサイズにより影響されることがわかる。

そこで、ゲノム全体にわたって分布しているエピジェネティック年齢に関わりメチル化サイトの中から、性別やサイズによる寿命の差と強く相関している部位を探索している。

まずメスではエピジェネティック老化が促進するが、これに最も相関しているのがX染色体上のトランスポゾンで、時間とともにメチル化が低下する。変化が大きいトランスポゾンは特にゲノムに飛び込んだのが新しいトランスポゾンが多く、おそらくメチル化が低下することで自分自身や周りの遺伝子の発現に影響することで、例えば自然炎症を誘導するなどで老化を促進する。性染色体ではなく、常染色体上のトランスポゾンのメチル化低下は、イヌのサイズとも相関している。即ち大きいイヌほどメチル化が低下するスピードが速い。以上の結果から、メスでは不活化されたX染色体のメチル化の緩みという特殊事情から、またオスメス問わず、常染色体でも元々メチル化で抑制されているトランスポゾンのメチル化の緩みが、遺伝子発現の変化を通して自然炎症を高め老化を促進させていると考えられる。

もちろんメチル化の変化の多くは時間とともにメチル化が上昇する。この変化に関わるイヌの形質を探索すると、年齢だけでなくイヌのサイズとも相関するゲノム部位が247カ所も特定される。これらは基本的に遺伝子のプロモーター領域に見られる変化で、メチル化で遺伝子発現が低下していると想像される。そして、多くのメチル化が上昇するプロモーターは、イヌのサイズを決める最大の要因インシュリン様増殖因子Igf1の転写に関わる例えば FoxE1 やGATA4 のプロモーターの変化であることを特定している。Igf1は老化と強く相関することも知られており、この変化が大型のイヌで特に大きいことが老化が早まる原因であると結論している。

性とサイズで寿命が変化することが知られているイヌを用いることで、一定程度因果関係にまで踏み込んで老化とDNAメチル化の関係を明らかにしたおもしろい研究だ。また、結果から今回一つの可能性として示された老化スピードの促進を予防する方法も開発できる可能性がある。これは大型犬をペットとしている人たちには朗報で、この研究では全く調べられていない、Igf1レベルやトランスポゾンの転写データが加わると、老化を遅らせる方法も開発できるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日 患者さんについて書かれた記述を時系列に沿って他のデータと統合する AI Agent(9月10日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年10月11日
SNSシェア

急速に発展した様々な診断技術が支えられるようになっても、患者さんについて医師自体が調べる症状と兆候についての記述は重要だ。これは電子カルテ (EHR) の重要な情報として書き込まれるのだが、患者さんの病歴の中に構造化して組みこむ(例えば吐き気がしたと言う症状が、電解質の変化と紐付けられた Knowledge graph として構造化する)ことは簡単でない。

今日紹介する Respond Health という米国の組織を中心とする研究グループからの論文は、医師が EHR に書き込んだ記述データから重要な項目を抽出して、これを他のデータと統合し、患者さんの経過をコンピュータ処理可能な Knowledge Graph にまとめる作業を自動で行える AI Agent の設計についての論文で、9月10日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Computable longitudinal patient journeys from structured and unstructured EHR data(電子カルテ内の構造化されたデータと構造化されていないデータを、コンピュータ処理可能な患者さんの経過データに変える)」だ。

この論文はオープンソースで、掲載データには自由にアクセスできるので、是非オリジナルな論文も見ながら読んで欲しい(https://www.nature.com/articles/s41591-026-04695-x)。またこの論文が目指したことが一枚の図で表現されているので、まずこの図を読者の皆さんにも開いて貰って説明する(https://www.nature.com/articles/s41591-026-04695-x/figures/4)。

この図にある様に EHR には検査データや画像など構造化されコンピュータ処理しやすいデータと、医師の記述という構造化されていない(もちろん記述を構造化するカルテの書き方はこれまでも行われていたが)データが含まれている。この構造化されていない記述部分をGPT等の言語モデルを使って重要な項目に分けて、最終的に他のデータとともにコンピュータ処理可能な Knowledge Graph を作成する方法について述べたのがこの論文だ。

具体的には主に Open AI の LLM を用いて、医師の文章を項目別の抽出するが、この時項目は指定して別々に行わせている。即ち、症状、兆候、服用薬、等など図にあるように細かく指示して、それぞれについて抽出させている。例えば皆さんが新しい論文を Chat に解説させるとき、「論文を説明して」と丸投げするのではなく「症状についてはどう書いてある」と項目ごとに聞く感じになる。

次にこれらの項目データを著者らが atomic statement と呼ぶコンピュータ処理しやすい命題に分けている。例えば「吐き気・有り」「GLP-1薬・一時中止」で、実際には「かんじゃさんが強い吐き気を訴えたので GLP-1 を一時中止した」という文章が2つの命題として処理される。もちろん患者さんの受診という時間情報とは完全に紐付けられて、

ただ、本当に大丈夫なのかについては専門家が出てきた命題を精査して、EHR と対応させ信頼性を徹底的に検証している。

実際には、LLM にインプットするプロンプトの設計が重要で、初診時、経過観察時等、様々なプロンプトは自動ではなく人間が作っており、それを Agent AI が使って自動的に EHR から Knowledge Graph を抽出する様に出来ている。

これらの作業を一人の患者さんが30回受診したケースで Agent AI に作業を行わせると、300-400回 LLM にインプットを繰り返すことになり、計算コストが大変なので、最終的には個人で使える GPT-4.1 Mini/nano の高速廉価モデルをファインチューニングして使っている。ただ、どの程度のコストか具体的には示されていない。

こうして作成した AI Agent を用いて、2型糖尿病に対する GLP-1 受容体アゴニストの効果を調べるコホート研究について、どの患者さんで体重減少に効果があったのか、HbA1C の低下を誘導出来たのか、年齢別の効果などについての解析を示している。実際に16000人についてのデータなので、これを AI Agent でできるようになることは大きな進歩だ。

ただ、せっかく EHR の記述された内容を統合できるようにした割りには、症状の変化についてはうつ症状や痛みの変化のみが示されている。GLP-1RA について調べているとしたら、吐き気や消化器症状、それによる投薬中断などについてのデータを示してほしかったと思う。

以上が結果で、EHR の医師の記述部分という医療データとしては最も統合の難しい記録を統合できる方法の開発は素晴らしいことだ。実際カルテの記述情報をもう一度見直すことは時間と人手のかかる作業で、新しいガイドがあるだけで、元のカルテの参照もしやすくなる。

様々なプロンプトを用意する必要性などを考えるとあらゆる病気に対応するというより、特定の状態に絞った患者さんのデータをまとめる方が特異なので、まず治験やコホート研究に使われると思う。ただ、コンピュータ処理が可能な形で knowledge graph としてまとめられることから、このデータ自体が AI に蓄積され、各患者さんのデジタルツインとして、診療中に前のデータや問題点が指示出来るようなAIにまで発展できると思う。(9月10日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日 人類誕生時代から人間と共存を続けている細菌群(10月7日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月10日
SNSシェア

1000-2000年前の人類が暮らしていた洞窟から骨だけでなく干上がって残った便を探し出してゲノムを調べる研究が行われ、現代社会から独立した狩猟採取民族の細菌叢にその名残が見られるという報告を以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/156830)。

恐竜の糞化石があるのだから、太古から人間と共存してきた細菌を特定できるのではと期待がわくが、細菌のゲノムがありそうだという断片的な解析は出来ても、上の研究で行われた細菌ゲノムを再構築ことは、さすがに難しいようだ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、糞石の代わりに、より古代に近いと指摘された現代社会から隔離された生活を送るタンザニアとボリビアの狩猟採取民の便を比較して、アフリカから南米に至るまでの人類史に寄り添ってきた細菌を特定しようとするおもしろい研究で、10月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Prehistoric global migration of vanishing gut microbes with humans(人類から絶滅しつつある腸内細菌叢の大陸を超えた移動)」だ。

タンザニアの狩猟採取民 Hadza (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%85%E3%82%A1%E6%97%8F#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hadza_montage.png)

は人類が出アフリカを果たした後もアフリカで暮らし続けたと考えられる。一方、ボリビアの世界一健康な血管を持つとして知られる Tsimane horticulturalists は、焼き畑も行う狩猟採取民で、出アフリカした先祖がアメリカ大陸に渡り、長い年月をかけて南米までたどり着いた民族だ。この研究では、現代人には存在しないが、10万年以上前に先祖が分離したと考えられる両方の民族に共通に存在する細菌を調べることで、古代の人間の細菌叢の一端が推定できると考えた。

そこで、両民族の腸内細菌叢のゲノムを再構成して再構成される細菌のゲノムを比較、Hadzaと Tsimane の両方に確かに存在する細菌種を636種類特定している。これらの細菌のゲノム配列を、それぞれの種族内で比べると、HadzaとTsimane 間より類似性が高いことから、Hadzaと Tsimane が別れた後細菌叢の交流は少ないことがわかる。

もちろん両民族にも我々と同じ様々な細菌叢が侵入している。ただこのような細菌種はグローバルに広がっており、それぞれの人種でそのゲノム配列を比べても類似性が高い。即ち、短い期間に民族同士で交換が起こっていることがわかる。そして、この工業化された社会の細菌叢は、確実に Hadza や Tsimane が維持し続けてきた細菌種をむしばんでいることがわかる。

こうして両民族で維持され続けたと思われる細菌の中から、確実に交換が起こっていないと確認できる細菌ゲノムを次に選んでいる。細菌ゲノムには水平遺伝子伝搬で移ってきた遺伝子が特定できるが、伝搬が起こったときは全く遺伝子配列が同じで、その後変異が蓄積する。即ち、回りのゲノムと変異率が大きく低下していることで水平伝搬を特定でき、その中で起こる変異の数で伝搬の起こった古さを特定できる。ただ、同じ地域で暮らす民族では当然細菌の交換が起こることから、個人を比較したときの配列は似ているが、離れた民族間では交換がないため、水平伝搬された遺伝子内の変異が独立に起こる結果、配列は多様化していく。この、Hadza 同士、Tsimane 同士を比べた時と Hada vs Tsimane を比べた時の配列の多様化を調べることで、両民族が太古に別れてから維持され続けてきた細菌叢を特定することができる。最終的に確実な15細菌種を特定し、それぞれの細菌が平均で18000年前に分離したことを確認している。これは出アフリカの10万年前や、アメリカ移住の2万年前と比べると新しいのが気になるが、これはサンプル数や変異率等の統計要因の差と考えているようだ。もちろん、我々の知らない交流がアメリカへの移動前に行われたかもしれない。今後詳しい検討が必要だろう。

少なくともこの15種類は全く我々には存在しない。この10万年を超えて人間と寄り添ってきたエキサイティングな細菌が見つかったことがこの研究のハイライトで、是非研究が進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日 c-Kitが血管でも機能している(10月1日 Journal of Clinical Investigation 掲載論文)

2026年10月9日
SNSシェア

今日は一般的というより、より個人的興味で、熊本大学時代から長年研究の対象にしていたc-Kit分子についてのドイツ・ハイデルベルグ大学からの論文で、10月1日 Journal of Clinical Investigation に掲載された。タイトルは「Loss of Smad4 drives vascular malformations via c-KIT–dependent high–fluid shear stress mimicry(SMAD4の欠損は c-Kit依存的高流量ストレスを間違って誘導し欠陥構造異常を引き起こす)」だ。

この研究が対象にしているのはTGFβシグナル経路に存在する様々な遺伝子の変異によって起こる出血性の血管拡張症 (HHT) で、構造がよくわかる網膜で研究している。これまでの研究で、この異常は血流に対する血管内皮の反応閾値が下がるため、高血流に対する反応が起こり、例えばKLF4やPI3K経路が活性化することが知られている。

まず血管内皮細胞にフロー・ストレスを加える実験系で、Tgfβシグナルの下流SMAD4をノックダウンすると、メカニカルストレスに対する反応に関わるVEGFR/VE-Cad/ERK5/Akt/KLF分子カスケードが軒並み上昇する事を確認している。即ち、SMAD4シグナルはフローセンサーを抑えて、通常の血流にむやみに反応しないように抑えている。また、SMAD4遺伝子を血管でノックアウトされたマウス網膜で調べると、HHTと同じように毛細管の拡張が起こる構造異常を再現できる。

この時フロー・ストレスの感度が上昇する分子機構を探るうちに、なんと血管に発現するとは私も考えたことがなかった c-Kitが血管内皮で発現していることを発見する。そして、SMAD4 ノックダウンで発現が上昇し、SMAD4発現低下によるフロース・ストレス閾値低下に関わることを発見する。

SMAD4を血管特異的にノックアウトしたマウスモデルで見ると、驚くことに c-Kitが血管内皮に強く発現することがわかる。個人的感想を述べると、ちょっと免疫染色が雑な気がするが、試験管内の血管内皮細胞でも生化学的に確認されているので気にせず進む。重要なのは、HHT患者さんの鼻粘膜血管のバイオプシーでも、患者さんだけで c-Kitの血管での発現が見られることで、SMAD4シグナルの低下という非常事態でのみ、c-Kitが血管内皮に発現することがわかる。

では c-Kitは本当に機能しているのか?これを調べるために、試験管内の血管内皮細胞で siRNAを用いて c-Kit遺伝子発現をブロックすると、フロー・ストレスによるVE-cad/ERK5/AKT等のシグナルを抑えることができる。即ち、c-Kitがこれらシグナルのスイッチを入れている。ところが、この実験系に c-KitのリガンドであるSCFを加えたり阻害する実験系で、c-KitとSCFの結合はシグナルに全く関係ないことがわかる。一方、c-Kitのリン酸化機能を抑制する化合物を用いると、下流シグナルを抑えることができることから、この場合 c-Kitは本来のリガンドではなく、細胞膜内でおそらくフロー・ストレスのセンサーとして働いている SFK/VE-Cad/PECAM-1 /VEGFR2 の形成する複合体にリクルートされて働いていると考えられる。

最後にSMAD4 の血管内皮特異的ノックアウトで起こる血管構造異常を c-Kit阻害出来る化合物で正常化できることも示している。

以上が結果で、SMAD4 が欠損するという特殊な条件であるとは言え、血管内皮に c-Kitが発現し、しかも本来のリガンドとは全く無関係に活性化し、ERK5/AKT と言うシグナル経路で血管内皮をリプログラムするという、以前 c-Kitについて研究してきた人間にとっては驚くべき結果だった。HHTの患者さんでもKitは発現しているようで、ひょっとしたらチロシンキナーゼ阻害剤が血管拡張症を治すのに効果があるかも知れない。ただ気にかかるのは、c-Kit自体のリン酸化が調べられていない点で、フロー・ストレス刺激の場合自己リン酸化なしにシグナルが入るのかを調べていない点だ。しかし本当なら、これまで の c-Kit変異による形質異常を新たな視点で見直すことも必要になるだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日 ちょっと変わった臨床研究(10月5日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2026年10月8日
SNSシェア

今日はテーマが極めてユニークな論文を2報紹介する。

最初の論文はカナダのマクギル大学を中心に世界の研究者が集まって、118カ国の600万人から現在感じている痛みについて自己申告して貰ったデータを、一つの土台に統合し、年齢、性別、地域での痛みの傾向を分析した研究で、読んでみるとなんとなく納得してしまう結果が示されている。タイトルは「Global and regional reference curves for pain across the lifespan in 6.1 million individuals in 118 countries(生涯をカバーする118カ国610万人について調べた痛みのグローバル及び地域のレファレンス曲線)」だ。

これまで痛みの統計調査は病気との関係で調べられることが多かった。即ちリューマチの関節炎といった具合だ。一方、この研究は病気等の条件とは関わりなく健康調査の聞き取りで、今どこにどの程度の痛みを感じているかについての自己評価だけを集めて解析している点が特徴だ。これまで、このような原因を無視した調査は科学的でないとあまり行われていなかったようだが、600万人以上について調べると、なるほどと納得できるおもしろい結果になっている。我が国からも4大学が参加しており、日本人のデータも含まれる。

まずどこが痛いかと聞かれたとき、例えば「背中から腰」あるいは「膝」と11カ所の痛みにわけて比率が示されている。まずどの場所でも痛みを訴える比率は女性が多い。最も多くの人が訴えるのが背中から腰で、納得できる。ただ、増加速度が20-30歳をピークに、男性ではほとんど増えないことで、本当かなと感じる。一方老化や体重に影響される膝や股関節では増加のピークが40-50歳で納得できるが、70を超えるとそれ以上増加がないというのは意外だった。頭痛や腹痛は10歳代で増加のピークを迎えるのも納得できる。Open accessなので図のURLを示すが、この図を見て痛みの傾向を感じることは結構役立つ気がする(https://www.nature.com/articles/s41591-026-04696-w/figures/2)。

痛みの質で言うと、強い痛みは30代前半をピークに増えて、50代からは低下する。一方、あちこち痛いですと言った答えは50歳をピークに増加し、70歳を超えると減る。即ち70までどこか痛いという症状がないと、後はあまり心配がないと言える。

地域差も調べてあり、我々東アジア人は世界と比べるとどの場所の痛みも少なめだ。一方で、経済格差と痛みの比率は明確で、トータルの数で言えば関節痛、背中腰、頭痛では所得の低い国ほど多い。即ち生活環境に左右されるが、他にも胸痛は喫煙が強く影響するし、膝の痛みは肥満と強く相関する。

以上が結果で、600万人のデータをまとめただけで素晴らしく、是非掲載されている図をゆっくり眺めてほしいと思う。

次はコペンハーゲン大学からの論文で国際宇宙ステーションに滞在した宇宙飛行士52人の血液を、滞在前、滞在中、滞在後に採取し、代謝物解析を質量分析で行った研究で、ちょっと古いが6月29日に Nature Communication に掲載された。タイトルは「Longitudinal metabolomics profiles reveal increased gut microbial protein fermentation during Spaceflight(持続的メタボロームによって宇宙飛行時の細菌叢によるタンパク質の発酵が上昇する事が明らかになった)」だ。

結果はは一つの図にまとめられているのでURLを示すので是非見てほしい(https://www.nature.com/articles/s41467-026-74979-w/figures/2)。宇宙飛行によるメタボロームの変化のうち27%は食事の変化で、限られたレパートリーから選ぶ宇宙では逆に寄与が少ないのではと思えるぐらいだ。おもしろいのは、魚由来の代謝物が上昇している点で、通常魚をあまり食べない人が多く、宇宙では魚の多い食事が提供されていると考えられる。

タイトルにあるようにこの研究で最も協調しているのが、細菌叢による代謝物が上昇する点で、特に図に示したようなタンパク質の発酵が強く起こって、アンモニアや硫化水素など、毒性のある代謝物が腸で合成され、また図にあるフェニルアセチルグルタミンのような細胞老化誘導分子が合成される。

何故このような変化が起こるのかだが、おもしろいことに微小重力空間で暮らす宇宙飛行士の多くは便秘に悩むようだ。従って、便通を維持するのと、タンパク質の発酵が少ない食事を考えることが重要になる。

以上が結果で、「宇宙飛行士は便秘」という話だけが頭に残りそうだが、フムフム論文としてはおもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日 胎児型ヘモグロビンから成人型ヘモグロビンへのスイッチに関わる新しい分子(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月7日
SNSシェア

ヒトの大人のヘモグロビンはα鎖2本とβ鎖2本が4量体を作っているが、遺伝子レベルで見ると結構複雑だ。αもα1とα2の2つの遺伝子が存在するが、どちらから転写翻訳されてもほぼ同じαが造られる。余分に遺伝子を持っているということはそれだけ生命にとって重要な分子であることを意味する。発生の極めて初期に現れる卵黄嚢の赤血球ではαの代わりにζ鎖が使われる。ζとペアを組むのはεで、発生初期だけに発現するが、胎児期から成人まで、αはγ、β、δとペアリングする。胎児期にはα4γ4が多いが、α4β4も10%程度存在する。そして生まれてから、α4γ4からα4β4へのスウィッチが起こる。この機構については、タラセミア等の研究を通して例えばBCL11A遺伝子などが特定され、一部は遺伝子治療の対象になっている。

今日紹介する米国ハーバード大学を中心とする国際チームからの論文は、胎児型と成人型のバランスを大規模に調べることでこれまで知られていない制御機構を明らかに出来るはずだと、28279人の成人で胎児型の割合を調べ、それと相関するゲノム解析から、胎児型ヘモグロビンを制御する新しい機構を明らかにしたかなりマニアックな研究で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Human genetics implicates a BACH2–NRF2 axis in fetal haemoglobin activation(ヒト遺伝学からBACH2-NRF2軸が胎児型ヘモグロビンの活性化に関わることが示される0)だ。

胎児型ヘモグロビンのレベルに関わる多型を3万人規模で調べると、91種類の多型を特定でき、これを遺伝子発現、クロマチンの折りたたみ構造、クロマチンのアクセシビリティー等を総合的に調べると、期待通りこれまで指摘されていない多型をBACH2遺伝子の近くで特定している。

BACH1遺伝子はヘモグロビン遺伝子調節因子としてよく知られているが、これまでBACH2遺伝子はリンパ球の機能に関わることが指摘されているが、ヘモグロビンに関わると言う指摘はないので、この遺伝子に絞って研究を続けている。

まずBACH2の発現に関わる多型rd1010474の機能をヒト血液細胞を用いて、クロマチン構造や、CRISPR/Casによる遺伝子ノックアウトを用いて調べ、この領域がBACH2遺伝子発現を調節するシス領域であることを確認している。

まず赤血球培養系にBACH2阻害剤を加える実験系で、BACH2が赤血球分化ではなく、胎児型ヘモグロビンの発現調節に直接関わることを確認している。後は、BACH2が結合する胎児型ヘモグロビン調節領域を特定し、転写のメカニズムを解析することになる。まず、結合解析から胎児型ヘモグロビン遺伝子からは少し離れた Locus control region (LCR) に結合し、同じ領域にこれまで胎児型ヘモグロビンの発現を高めることが知られているNRF2結合部位も存在することを発見する。即ち、BACH2がNRF2と競合して胎児型ヘモグロビンの発現を抑えている可能性が強く示唆された。実際、BACH2が欠損するとNRF2は胎児型ヘモグロビン遺伝子にリクルートされてくる。そして、BACH2とNRF2は直接結合していることも明らかになった。即ち、BACH2はLCRでNRF2と直接結合してNRF2の転写活性を制限する役割を持つことが明らかになった。

最後にLCRに存在するBACH2とNRF2の結合する部位の塩基を遺伝子編集して、BACH2やNRF2の結合が低下する変異を導入して、BACH2とNRF2が重なるLCR内の領域を競合して胎児型ヘモグロビンの発現を決めていることを明らかにしている。

以上が結果で、昔血液を研究していた個人的興味で選んだので、専門外の方々には少しマニアックすぎる論文だと思う。ただ、大規模なゲノム解析から、これまで全く知られなかったヘモグロビンの転写調節機構が明らかになるというのは、ヘモグロビン転写がいかに複雑かを物語ると改めて感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ