2月22日 DNAと自然言語がトランスフォーマーモデルで融合し始める(2月21日 Science 掲載論文)
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2月22日 DNAと自然言語がトランスフォーマーモデルで融合し始める(2月21日 Science 掲載論文)

2025年2月22日
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生物分野での AI 研究を代表するのが2021年にスタンフォード大学とカリフォルニア大学が設立した Arc 研究所で、10万以上のトークンをアテンションできる新しい LLM モデルを用いて原核生物のコードしているクリスパーやトランスポゾンの全く新しいデザインを可能にする Evo と呼ばれるモデルを発表したことについては昨年11月このブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/25610)。  Evo モデルは真核生物のゲノムも学習した Evo-2 へと発展し、NVIDIA よりウェッブ公開され、生物が38億年の進化の歴史で積み重ねてきた DNA に書かれたコンテクストを擁するモデルができあがったことを今週号の Nature が報告していた( https://www.nature.com/articles/d41586-025-00531-3 )。

もう一つの新しい AI 研究所が2023年に設立された EvolutionaryScale で、多くの AI 企業からの出資で運営されており、アミノ酸配列、3次元構造、そして機能についての自然言語情報の3種類を統合した EMS3 を発表している。この研究所の所長はメタに在籍して EMSfold などを設計した Rives さんだ (https://www.evolutionaryscale.ai/?utm_source=chatgpt.com)。

今日紹介するのは2つの代表的 AI 研究所、EvolutionaryScale と Arc 研究所が、カリフォルニア大学バークレー校とともに発表した論文で、EMS3 の構築と、これにより何が可能かを示しており、米国の AI 研究の方向性を知るのに格好の研究で、2月21日号 Science に掲載された。タイトルは「Simulating 500 million years of evolution with a language model(5億年の進化を言語モデルでシミュレーションする)」だ。

もちろんこの論文を読んだからと行って私には完全に研究の詳細について理解できるわけではないが、EMS3 の構築をある程度は理解できた。

このモデルでは、遺伝子配列、タンパク質の3次元構造、そして自然言語で表現された機能を別々のトークンとして用意し、モデルにインプットするときに融合して学習させている。実際、我々は自然言語のプロンプトで画像を生成できるし、また GoogleMisense は配列を3次元構造に再構築できるかどうかを基礎に、自然言語に翻訳し直しているので、EMS3 の構築の原理はある程度理解できる。

このような方法が一般的な LLM の法則に従うかどうかを、パラメータを変えたモデルを構築して、パラメータの数が大きくなるほど正しい予測が可能であることを示している。こうしてできあがった多次元空間には各タンパク質の構造が配列、さらには機能ラベルがついて配置されている。

まず、このモデルを使って例えば酵素機能についての自然言語と、ヘリックスループ構造をインプットすると、この機能を保つ新しい分子構造と、その配列がいくつか提示される。これを使うと、同じ機能を保つもっと短いタンパク質を設計させることができる。

この有用性をさらに調べるために、GFP 蛍光タンパク質を新しく設計できるか、必要なアクティブサイトの構築と自然言語のプロンプトから設計させている。実際には数多くのタンパク質が設計できるが、この中から構造をベースにフィルターした一つのタンパク質をベースにさらに設計を繰り返させると、最終的に実際の GFP と匹敵する蛍光を発する全く新しいタンパク質を設計することができる。

重要なのは、こうしてできてきたタンパク質を、実際の進化でできたタンパク質と比較できることで、驚くなかれ、いくつかの蛍光タンパク質とほぼ同じ程度のホモロジーを有していることがわかった。ここからもし新しい GFP が現在のタンパク質から進化すると仮定して計算すると、タイトルにある5億年の進化を、EMS3 がシュミレーションし、最終的に新しいタンパク質をデザインしたことを示している。

すなわち、EMS3 にはこれまでの生物進化により生成された様々なコンテクストが空間的に配置されていることになる。そして、全く新しいタンパク質が設計できるということは、これまで自然言語だけで議論されてきた「AI に創造性があるのか」という問題が、DNA を融合した言語モデルを用いることで設計される、今まで見たこともない新しいタンパク質の創造として、答えが示されているように思う。

トランプを眺めるとアメリカも退化したかと勘違いするが、Google、Meta、 NVIDIAといったテックは今や生物学や脳科学に研究の重点を移して勝負を始めている。すなわち、生成 AI の勝負は医学生物学、そして統合的人間学の勝負であることがわかる。このような発想が我が国にはなかなか芽生えないのは残念だ。

いずれにせよ、DNA と自然言語の融合がまさに医学生物学分野で進むことは、17世紀以来の心と身体の問題についての新しいしかも統合的見方ができるようになっていることを示している。なんとエキサイティングな時代か、この歳まで生きられて本当に良かったと思う。

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2月21日 腫瘍は協力し合って栄養分を調達する(2月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月21日
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本日午後7時から「ガンと代謝」についてのジャーナルクラブを予定している。ガンで起こる代謝のリプログラミングについて、有名なワーブルグ効果の話から始めてできるだけ多く伝えたいと思うが、学べば学ぶほど複雑できりがない。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文もまさにそんな例で、これまで見落とされていたガンが協力し合って栄養分を調達しているという面白い研究で、2月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cooperative nutrient scavenging is an evolutionary advantage in cancer(協力的栄養分の取り込みがガンの進化的優位性になる)」だ。

現役の頃、細胞培養はまだまだ科学的に説明がつかない経験的要素が多かった。例えば単一細胞の培養は難しく、常にフィーダーを加えるなど様々な工夫が必要だった。なかでも、細胞株は一定の濃度で培養しないと、ガン細胞でも増殖しないのが当たり前だった。

この研究では、なぜ細胞濃度が一定のレベルを超えると、ガン細胞が増殖しやすいのか?すなわち、細胞同士の協力が重要な要素ではないかについて追求している。そして、この協力関係はグルタミンを十分培地に加えると必要がないことをまず発見している。すなわち細胞濃度が低いとき、細胞同士は協調してなんとかグルタミンを調達していることになる。

協調しないと調達できないグルタミンのソースを探すと、細胞によって分解されるタンパク質のフラグメント、なかでもグルタミンに他のアミノ酸が結合したジペプチドではないかと着想し、グルタミンの代わりにジペプチドを培養に加えると、グルタミンが結合したジペプチドなら殆どが一定程度の効果があることを確認する。その中で最も効果が高かったアラニン・グルタミンというジペプチドをその後の研究で用いている。

ラベルしたジペプチドを用いた実験などから、ジペプチドが直接細胞内に取り込まれて処理される可能性は否定され、細胞からまずジペプチダーゼが分泌され、分解されてできたグルタミンをガン細胞が利用していることがわかった。

阻害剤を用いて分解に関わるジペプチダーゼを探索すると、最終的に様々な細胞で広く発現がみられるCNDP2 が関わっていることを突き止める。CNDP2 は細胞から分泌される構造を持っておらず、正常細胞では細胞内で機能するが、なぜかガン細胞ではこれが分泌され、そのおかげで細胞外に存在するジペプチドを協力し合って分解し、グルタミンを調達していることがわかった。

もちろん細胞密度が低い場合も CNDP2 は分泌されるが、酵素濃度は低く、また分解されたグルタミン濃度も効率よく取り込める濃度に達しないため、グルタミン飢餓で細胞が死ぬことになる。

次に CDNP2ノックアウトガン細胞の移植実験で、CDNP2 がガンの増殖に必須であることを確認した上で、遺伝子導入発ガン実験で CDNP2阻害活性を持つベスタチン投与実験を行い、ガンの発生を抑えられることを示している。

マウスを用いた実験では、ジペプチドを食事とともに与えるようにしてガンがジペプチドに依存するような条件を用いているので、通常食でもガン抑制効果が見られるかなど、さらに検討する余地があるが、正常細胞では分泌されない CDNP2 を標的にすることは十分な可能性があると納得がいく。ガンの代謝研究が進んでもなかなか薬剤開発までは進まないのが現状だが、CDNP2阻害剤は魅力的に感じる。

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2月20日 高地順応を薬剤で実現する(2月17日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月20日
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私たちの細胞では9割近い ATP はミトコンドリアで作られており、そのために組織に酸素を届け続ける必要がある。従って、ミトコンドリアの機能が阻害されるミトコンドリア病では ATP受容を満たすことができず、需要の高い心筋や神経から異常が現れてくる。以前患者さんからのリクエストでミトコンドリア病のウェッブ勉強会を開催したが、そのとき最もつらかったのが、理屈はわかってきても、有効な治療法がなかったことだ。

ところが2016年、マウスモデルではあるが、致死的なミトコンドリア病マウスを酸素濃度が半分の低酸素環境に慣らすことで、症状を改善し寿命を延ばせることを示す論文が発表された(Jain et al, Science, 352, 6281,2016)。これは、低酸素状態にならすことで HIF1α が活性化し、グルコース取り込みが上昇、解糖系が ATP を多く作れるようになり、ミトコンドリアの負担を軽減したことによると考えられる。

今日紹介する論文は、サンフランシスコ、Gladstone研究所からの論文で、2016年 Science 論文の筆頭著者が独立して発表した論文で、同じミトコンドリア病モデルマウスを、低酸素順応ではなく、薬剤で治療できることを示した研究で、2月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「HypoxyStat, a small-molecule form of hypoxia therapy that increases oxygen-hemoglobin affinity(HypoxyStat : ヘモグロビンの酸素結合アフィニティーを変化させて低酸素治療を実現する低分子化合物)」だ。

低酸素環境を実現するには高地で生活するのが一番だが、ミトコンドリア病患者さん全て高地に移動するというのは現実性がない。代わりに薬剤で HIF1α などの酸素センサーに介入する方法もあるが、想定通りには働かないことがわかっている。そこで著者らが着想したのが、ヘモグロビンの酸素結合アフィニティーを変化させて、組織で酸素が遊離される閾値を上げて低酸素状態を実現するというアイデアだ。

そこで選んだのが、酸素結合能力が低い鎌状赤血球の患者さんのヘモグロビンの酸素結合を高める薬剤を利用することでヘモグロビンから酸素が離れにくくし、組織への酸素遊離を抑えて低酸素状態を作る方法だ。

現在鎌状赤血球患者さんに利用されている2種類の化合物、GBT-440 と HypoxyStat を極めて重症のLeigh症候群モデルマウスへの投与実験で比べ、ヘモグロビンとの結合様態の違いから、HypoxyStat だけがモデルマウスの寿命を延ばせることを発見する。

酸素濃度を半分に落とした環境と HypoxyStat 投与を比べると、エリスロポイエチン上昇、ヘマトクリット上昇、グルコース取り込み上昇など、高地順応とほぼ同じ効果が得られ、しかも副作用は殆ど認められないことを確認する。

じっさい、寿命の延長は著しく、通常50日で半数が死亡するモデルマウスで、寿命を150日に延長することができる。また、マウスの行動性も上昇し、神経細胞変性も抑えることができる。さらに、病気が進行したあとでも HypoxyStat 投与で症状を改善することができる。

以上が結果で、すでに鎌状赤血球の患者さんに投与されてきた薬剤なので、臨床応用のハードルは低いように思う。ミトコンドリアの機能不全は、糖尿病や老化でも進むことから、将来はこれらを対象にした薬剤になるかもしれない。

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2月19日 マクロファージが糖尿病性神経炎を防いでくれる(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月19日
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高脂肪食を続けてメタボになった糖尿病の前段階では、インシュリンへの感受性が低下し、自然塩症状が活性化されていると考えられる。このような状態では、マクロファージは活性化され、動脈硬化層形成にも重要な役割を演じていることが知られている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、メタボの段階でマクロファージが常に悪者というわけではなく、神経炎に対しては神経を守る作用を持つことを明らかにした研究で、2月12日に Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Macrophages protect against sensory axon loss in peripheral neuropathy(末梢神経炎でマクロファージは感覚神経アクソンの喪失を防ぐ)」。

この研究は、肥満によるインシュリン抵抗性を伴うメタボマウスを誘導することで糖尿病で見られるような末梢神経異常、すなわちアロディニアと呼ばれる、小さな刺激を痛みとして認識する感覚と、逆に熱に対する感受性の低下を誘導できるか調べている。マウスに高脂肪食を与えて HbA1 が高値を示す前糖尿病状態を誘導し末梢感覚神経機能を調べると、高脂肪食摂取8週目ぐらいからアロディニアが発生し、また熱に対する感覚の低下を誘導できることを示している。要するにメタボになると、糖尿病まで進まなくても末梢神経異常が発生する。

このとき、熱に対する感覚鈍磨は続くが、アロディニアは高脂肪食を続けていても24週目では殆ど回復する。これは、感覚神経自体が機能しなくなったためと考えられる。実際、アロディニアが発生する時期から皮膚に分布する感覚神経繊維の端末の数が急速に低下することがわかる。すなわち神経変性が始まったことを示しており、糖尿病性神経症に近いモデルができたことになる。

この神経変性の原因は炎症であることがわかっているので、感覚神経周囲の血液細胞を single cell RNA sequencing で調べると、殆どの細胞で変化が見られない一方、マクロファージの数が12週ぐらいで急速に増加していることがわかった。ただ、マクロファージの遺伝子発現を調べると、神経に外傷を加えたときの修復に関わるマクロファージのタイプで、細胞障害性のマクロファージではないことがわかった。すなわち、神経変性は主に自然炎症により誘導され、それが新鋭端末障害に進むと修復のためにマクロファージが浸潤することがわかった。

これを確認するため、マクロファージの浸潤に必要なケモカイン受容体をノックアウトしたマウスでは、高脂肪食でメタボ状態は同じように誘導できても感覚低下が抑えられることがわかった。すなわち、浸潤してきたマクロファージには神経保護作用がある。このマクロファージは損傷修復にも関わるガレクチン3を分泌しているので、ガレクチンノックアウト実験も行い、感覚神経変性を抑えられることを示している。

以上が結果で、例えば動脈硬化のようにマクロファージは悪者として研究を始めたのではないかと思いが、期待に反して神経変性を防いでいることがわかったという、意外性がこの研究の売りになるだろう。考えてみるとアルツハイマー病でミクログリア細胞の活性化は神経変性を誘導すると考えられているが、一方でアミロイドβ を除去するのにも役立っている。全てに2面性が存在するのが生命と言える。

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2月18日 ウミガメは間違いなく地磁気を使って場所と泳ぐ方向性を検知できる(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月18日
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我々の脳の中に形成される場所細胞に関しては、マウスやラットの実験のような小さな領域だけでなく、コウモリを用いたもっと広い範囲の場所記憶にも適用できることがわかっている。しかし、ウミガメや渡り鳥のような頭の中に形成されていると思われる地球規模のマップに関しては、地磁気を感知することで行われることが磁気検出機構の研究から徐々に明らかにされてきた。しかし本当にそれが地球規模のマップ形成に関わるのか調べられたことはなかった。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は、研究室の水槽に例えばフロリダ沖、あるいはハイチといった場所の異なる地磁気を再現し、そこで条件付けたウミガメがその地磁気パターンを覚えているかを調べる実験を行い、ウミガメの地磁気検出について確認した研究で、2月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Learned magnetic map cues and two mechanisms of magnetoreception in turtles(ウミガメが学習した地磁気マップが行動を指示するときの磁気を検知する2種類のメカニズム)」だ。

ウミガメが地球規模の移動を敢行するとき、地域の磁気の違いを感じていることについては異論はないが、そのメカニズムには諸説存在している。まず各地域での地磁気の違いを感じるには、脳の執念に存在する磁気を帯びた鉄分がセンサーとして機能すると考えられている。また、水中を移動するとき体液との磁気の違いにより誘導電流が生じ、これを移動するためのコンパスとして用いていると考えられている。他にも、網膜にある特殊な色素に光が当たったときにできる不安定な電子状態が方向性を決めるコンパスの働きをしているという考えもある。

この研究では地球上の異なる地域の地磁気を再現し、例えばフロリダで餌付けをした記憶が維持されているかを地磁気を変化させて調べる実験を行い、間違いなくウミガメが地磁気の違いを感じて、それを脳内の地図として形成できることを示している。このマップはかなり正確で、それほど離れていない領域の地磁気でも検出できる。

最初は餌付けした領域と餌がないという経験をした領域間で比べ、地磁気によるマップ形成が存在することを示したが、移動途中のような経験とは異なる地磁気の場所も餌付け場所とは正確に区別していることを示している。

そして、餌付けの記憶領域を目指すときの方向性も、おそらく誘導電位を用いた検出システムで検知していることを、卵からかえったウミガメの泳いでいく方向性から調べている。

この研究では、脳を調べる実験は全く行っていないが、様々な条件で電磁波に晒す実験を行い、地磁気マップは予想通り電磁波には全く影響されないが、誘導電位を感知するコンパス機能は、電磁波照射により影響されることを示している。また、光を吸収する色素による電子の乱れを検知する種ステムについては、ウミガメでは利用していないことも確かめている。

以上が結果で、地球規模の磁気変化を直接感じ、また方向性を決めるコンパスとしても利用していることに改めて感心するが、この結果脳内にどのような場所細胞が形成されているのかさらに興味がそそる。人間の興味は尽きないが、野生動物の研究がどこまで許されるのか難しい判断が迫られる。

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2月17日 リンパ球が母乳の合成を助ける(2月14日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月17日
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イントロダクションではなぜ論文で紹介する研究を行うに至ったのかを紹介するのだが、いくら読んでも全く着想の根拠がわからないケースがある。今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、読んだ後はなるほど面白いと思えるのだが、なぜこの研究を始めたのかがイントロダクションからはわからなかった典型だった。

2月14日 Cell にオンライン掲載された論文で、通常とは異なる特殊な機能を持っているT細胞が母乳の生産に重要な働きをしていることを示した研究で、タイトルは「Mammary intraepithelial lymphocytes promote lactogenesis and offspring fitness(乳腺に存在する上皮内T細胞は母乳産生を介して子供の成長を促す)」だ。

様々な免疫不全マウスが作られ、次の世代を繁殖させられることから、母乳を作るのにリンパ球が関与する必要はないことが明らかだ。すなわち、乳腺はプロラクチンなどのホルモンの作用で発達できることは間違いない。ただ、腸管にはいくつかの特殊な上皮内T細胞が存在して上皮を守っていることが知られていることから、同じようなリンパ球が乳腺にも存在しているのではという疑問がこの研究の動機だと思う。

従って、最初から上皮内T細胞に焦点を当て、T細胞受容体 (TcR) α、あるいは γ をノックアウトしたマウスの乳腺の発達を調べ、TcRα をノックアウトしたときだけ、乳腺上皮の発育が遅れ、それで育てられている子供の体重増加が遅れることを突き止めた。そして、ノックアウト実験から、乳腺上皮内T細胞の分化には Tbet と呼ばれる転写因子が必須であることを確認する。

この Tbet転写因子は通常の αβT細胞を CD8 ααT と呼ばれる特殊な上皮内細胞へ分化させるのに必須であることが知られており、この結果から腸管上皮細胞と同じで、乳腺上皮でも、妊娠とともに CD8ααT 細胞が上皮内にリクルートされることが上皮の維持を助けていることが明らかになった。

CD8 ααT 細胞の由来は胸腺で、前駆細胞は妊娠後期に正常の2-3倍増加し、乳腺へとリクルートする体制ができる。面白いのは、前駆細胞を移植する実験によって、正常では前駆細胞は腸管に移動する一方、妊娠時には腸管には行かず、乳腺に移動することを明らかにしている。すなわち、妊娠時には乳腺上皮への選択的移動を誘導するメカニズムが備わっている。

上皮内T細胞の分化には IL-15 が必要であることが知られているが、乳腺上皮も同じで、妊娠により乳腺周囲のマクロファージや乳腺上皮自体の IL-15 が誘導され、上皮内T細胞の分化増殖を助けていることを示している。

次に、上皮内T細胞の作用について、妊娠免疫不全マウスに上皮内T細胞を移植し、移植の有無で起こる細胞レベルの変化を single cell RNA sequencing で調べ、T細胞は乳腺上皮に直接働き、ミルクを分泌細胞と収縮性のある筋肉性上皮への分化を誘導することを明らかにしている

結果は以上で、ストーリーとしては腸管上皮内T細胞での話とほぼ同じで、最終的には納得の結論だが、とはいえ妊娠時に特殊なリンパ球が手を貸しているのは面白い。というのも、以前亡くなった横田君が Peter Gruss の研究室で作成した Id2 ノックアウトマウスを持ち帰って解析した結果、乳腺組織とともにリンパ組織や NK細胞が欠損することを発見し、報告した。詳細は省くが、このとき実感したのだが、哺乳動物から発達した乳腺やリンパ節は、炎症メカニズムを使い回して形成されていることだ。とすると、リンパ球との相互作用など全く驚くことはないのかもしれない。

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2月16日 ガンの変化は代謝のリプログラムを伴う(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月16日
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先日紹介したように、2月21日「ガンと代謝」というタイトルで Zoom ジャーナルクラブを開催し、その後Youtubeで配信しようと計画している。ただ、ガンと代謝というテーマはあまりに大きすぎるテーマで、しかもガンごとに代謝プログラムは異なっているので、まとまるかどうか心配している。このガンの代謝の複雑さを理解いただくための論文を探しているが、うってつけの論文が2月12日英国フランシス・クリック研究所から Nature にオンライン掲載されたので、これもジャーナルクラブで取り上げようと思うが、予告編として個々に紹介する。タイトルは「Intrinsic electrical activity drives small-cell lung cancer progression(小細胞性肺ガンの進展に必須の電気活動の多用性)」だ。

タイトルにある小細胞性肺ガンは肺ガンの中でも最もたちが悪く、発見されたときには転移している。40年前に臨床にいた頃私も経験したが、悪い思い出しかない。当時から、小細胞肺ガンはホルモンを産生したり、神経内分泌細胞に似た性格を持っていることが知られていた。

この研究は最初から、神経内分泌性を持つ (NE) ガンは名前の通り神経興奮性が存在し、この興奮性が小細胞性肺ガンを悪性にしている大きな要因であるという仮説で実験を行っている。

まず、培養細胞のパッチクランプで電位依存性の興奮が起こること、さらに一つの細胞から次の細胞へ興奮を伝搬できることを明らかにする。同じような伝搬はグリオーマでも見られ細胞間のギャップ接合によることがわかっているが、小細胞性肺ガンの場合シナプスとよく似て、膜から小胞が放出され、アセチルコリンをメディエーターにして次の細胞のカルシウム流入を誘導することを突き止めている。

さらに、光遺伝学的手法を用いてマウス肺に発生させた小細胞性ガンが、交感神経と神経接合を形成しており、また NE細胞間での興奮伝達がカルシウムの波として観察できることを示している。

ここまでは代謝とは関係ない話だが、ガン細胞が興奮しているとすると、当然エネルギー、この場合は ATP の合成が必要になる。実際、この細胞ではグルコース分解経路はあまり活性化されておらず、もっぱらミトコンドリアの電子伝達系を介して ATP が合成されていることがわかる、この点で他の肺ガンとは代謝システムが全くことなっている。一方、小細胞性肺ガンでも NE 以外の細胞はグルコース分解と乳酸産生が上昇している。また、遺伝子発現でもこのプログラムの違いを確認できる。

さらに面白いのは、NE と NE以外 (NNE) を比べると、NNE では合成した乳酸を外へ排出するトランスポーターが発現している一方、NE では逆に乳酸を取り込むトランスポーターが発現していることで、このおかげで NE は NNE からでた乳酸を利用して、ATP合成を高めることができている。実際、この取り込みに必要なトランスポーターをブロックすると、NE型肺ガンの興奮活性は低下する。

そして最後に、この興奮性がガンの悪性化と関わるかを調べている。アセチルコリン受容体を刺激するテトラドトキシンで NE型細胞を処理すると、残念ながら細胞の増殖は抑えられ、場合によっては細胞死が見られる。しかし、テトラ度トキシンで24時間処理したあと、よく洗ってその細胞を脾臓に移植すると、前処理した細胞の肝臓転活性が2倍程度上昇する。すなわち、興奮によるカルシウム流入により、cAMP を介する刺激経路が活性化し、転移性が上昇している。

以上の結果から、神経興奮性を獲得することで、それに答えるため代謝システムをリプログラムする必要はあるが、この結果周りの神経からの刺激を利用してガンがさらにホストにフィットできるように変化することが示された。このようにガンの性質変化に代謝変化が必須であることが示されていると思う。

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2月15日 安全な筋肉増強剤を求めて(1月29日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月15日
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運動能力を高めるために行われるドーピング薬に赤血球を増加させるエリスロポイエチンまで含まれるが、最も広く使われているのがアナボリックステロイドだと思う。恥ずかしいことに、この作用は全てアンドロゲンに反応する核内受容体を介するとこれまで思っていた。しかし、精子がプロゲステロンに反応して Caチャンネルが活性化されるという発見以降、核内受容体だけでなく、G共役型の受容体がステロイドホルモンに反応することが知られていたようだ。

今日紹介する中国山東大学からの論文はアナボリックステロイドとして筋肉増強にも使われた5αジヒドロテストステロン (DHT) に反応する Gタンパク共役受容体 (GPCR) を特定し、その構造解析を元になんと筋肉だけに作用を持つ薬剤を開発した研究で、1月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Identification, structure, and agonist design of an androgen membrane receptor(アンドロゲンに反応する膜型受容体の特定、構造、そしてアゴニストデザイン)」だ。

この研究では取り出した長肢伸筋が DHT に反応して筋力を増大することを確認したあと、筋肉が発現する GPCR のリストを作成、それぞれの遺伝子を細胞に導入して反応性を調べる方法で、GPR133 を特定する。

DHT やアナボリックステロイドとして用いられるメテノロンと GPR133 との結合を生化学的に確かめたあと、クライオ電顕を用いた構造解析を行っている。DHT と GPR133 の結合が、縦に突き刺さる形と、横に入り込む形の2種類検出されたという結果から、メテノロンも含めて極めて入念に構造解析を行い、メテノロンと DHT の機能的違いの構造基盤などを明らかにしている。さらには、このような構造の基礎がわかったおかげで、様々な GPCR とステロイドホルモンとの共通結合様式も明らかになった。ただ、この部分はかなり専門的なので、詳細は省く。

この研究のハイライトは、GPR133 と DHT との結合解析に基づいて、小分子化合物を設計し、GPR133 に結合・刺激可能だが、核内受容体に影響が殆どない化合物AP503 を特定したことだ。

分離してきた筋肉に AP503 を作用させると30分で cAMP のレベルが上昇し、筋肉収縮力が上昇する。そしてマウス筋肉に注射すると、直後から筋肉増強作用が観察できる。またオスメス関係なくこの作用は現れる。そして、DHT 投与による核内受容体の活性化で見られる前立腺の変化などは全く見られない。この作用機序についてもマウスで確かめており、GPCR活性化、cAMP上昇、PKA活性化を介することを確認している。

結果は以上で、この研究の本来の目的が新しい筋肉増強剤の開発だったかどうかはわからないが、少なくとも投与後すぐ効果があり、核内受容体活性化による副作用のない増強剤が開発できたと結論できる。もしこの薬剤に副作用が全くないとしたら、アスリートに使用は許可されるのか、気になる。

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2月14日 造血幹細胞を増やす化合物 UM171 の作用メカニズム(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月14日
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2014年、カナダの Sauvageau は試験管内で人造血幹細胞の増殖を誘導できる化合物 UM171 を発見した。すでに10年経ってはいるがまだ臍帯血増幅の臨床試験段階のようで、FDA などの認可には至っていないようだ。これは作用メカニズムが完全に詰め切れていないこともあるが、これまでの研究でヒストンデメチレース LSD1 と CoREST分子の複合体に E3ユビキチンリガーゼをリクルートして分解する分子糊として作用している可能性が示唆されている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、UM171 の分子糊としての機能を詳細に解析した研究で、2月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「 UM171 glues asymmetric CRL3–HDAC1/2 assembly to degrade CoREST corepressors(UM171 は CRL3−HDAC1/2 非対称的複合体を CoREST レプレッサー分子に糊付けして分解する)」だ。

分子糊として働き標的分子を分解するためには、ユビキチンリガーゼを標的分子に連れてくる必要がある。この研究では、UM171 を作用させた細胞で分解される分子のなかから、直接 UM171 と結合する分子をリストして、最終的に分解される CoREST分子を含む複合体の構成を調べている。というのも、分子糊は分子同士を接着させるというより、分子のポケットに入り込んでタンパク質自体の構造を変化させ、新しい構造にユビキチンリガーゼをリクルートするからだ。すなわち、分解される個々の分子とUM171 との関係を見ていたのでは実像が見えてこない。

まず UM171 により分解されるのはこれまで提唱されていた LSD1 と CoREST だけではなく、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC1/2 も含むこと、そして分解の引き金を引くユビキチンリガーゼは KBTBD4分子を有する E3ユビキチンリガーゼがであることを特定する。

このように、LSD1、HDAC、そして CoREST の複合体に UM171 が潜り込んで、タンパク複合体の構造を変化させることで KBTBD4/E3ユビキチンリガーゼがそれを認識するという奇跡のようなことが誘導されていることがわかる。そして、分解の時間経過などから HDAC が KBTBD4 と直接結合していることを明らかにする。

さらに驚くことに、UM171 により誘導される構造変化は細胞内に存在するイノシトール6リン酸をもう一つの分子糊として使って HDAC と KBTBD4 の結合を高めることを示している。この結果、KBTBD4/E3リガーゼは LSD1/CoREST/HDAC複合体にリクルートされ、全ての分子を分解することができる。

あとは、分子構造から得られたデータを元に、アミノ酸を改変して、それぞれの分子が結合している領域を確認している。

結果は以上で、UM171 の分子機能が構造的に明らかになったことは、なぜ造血幹細胞の増殖が誘導できるのかの分子メカニズムを知る上で重要だ。これまでの研究でも、エピジェネティックな変化が細胞を増殖させていることはわかっていたが、今回の研究で、ヒストンメチル化だけでなく、アセチル化も合わさったエピジェネティック変化が起こることが明らかになり、研究の進展が期待できる。

しかし、イノシトール6リン酸も含むこれだけ多くの分子が関わる分子糊が発見されたこと自体が私にとっては驚きで、人間の努力が奇跡を可能にしていることがわかる。次は、このような分子糊を構造予測により設計できるか、新しい課題が生まれた。

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2月13日 ハンチントン病の発病メカニズムを統合的に理解する(2月11日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月13日
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ハンチントン病はハンチンティン (Htt) 遺伝子のコーディング領域の CAG 繰り返し配列が増加して、その結果異常タンパク質(ポリグルタミン)や RNA が形成され、細胞ストレスを誘導するだけでなく、特に線条体の神経細胞で大きな転写プログラムの変化が起こり、細胞死に陥るため、踊るときの様な動きが不随意に出てしまう病気で、症状から以前は舞踏病と呼ばれていた。

年齢とともに CAG 繰り返し配列が増大するプロセスについては、CAG リピートがヘアピン構造をとりやすく、これが複製されている方の DNA鎖におこる結果リピート数の複製間違いが起こること、そしてこの不安定化に DNA 上のストレスを感知するミスマッチ修復機構が関わることが知られている。おそらく専門でないと理解できない複雑なメカニズムが関わっている。

ただ、この説明だけではなぜハンチントン病は脳の中でも線条体の特定の神経細胞だけで異常が起こるのかはよくわかっていない。

今日紹介する UCLA からの論文は、CAG リピートとミスマッチ修復機構、そして転写異常を統合的に捉えようとした面白い論文で、2月11日 Cell にオンライン掲載された。まだまだ詳細を詰める必要はあるが、ハンチントン病を理解するための新しい視点を与えてくれる。タイトルは「Distinct mismatch-repair complex genes set neuronal CAG-repeat expansion rate to drive selective pathogenesis in HD mice(特定のミスマッチ修復機構が神経細胞の CAG リピートの拡大率を決めてハンチントン病も出るマウスの細胞選択的な異常を決める)」だ。

この研究ではゲノム解析からハンチントン病発症に影響があるとされているミスマッチ修復酵素がノックアウトされたマウスを作成し、これと CAG リピートが発症を誘導するだけの140個を持ったモデルマウスと掛け合わせ、CAGリピートが存在することで起こる線条体の転写異常を調べるところから始めている。

結果、140リピートがあると5000近くの遺伝子発現に影響があり、年齢とともに増加するが、ミスマッチ修復酵素の中でも Msh3 や Prm1 をノックアウトするとこの異常が解消することを発見する。また、この転写異常はクロマチン構造が開いてしまう変化に起因すること、そしてこの変化はこれまでハンチントン病で犯される神経として特定されていた中型有棘神経細胞だけに起こることを示している。すなわち、CAG リピートが存在してミスマッチ修復機構が働くと、メカニズムはまだわからないが、かなり大きなクロマチン変化が起こり、転写異常が起こることが示された。ミスマッチ修復機構はどの細胞にもあるのに、線条体中型有棘細胞だけでこれが起こるのもメカニズムはわからないが、今後重要なポイントになる。

さらに驚くのは、これらの細胞だけでリピートの数がさらに増大することで、140リピートから260リピートまで時間とともに上昇を続ける。そして、この結果としてリピートを持つ RNA の凝集が細胞上で認められるようになる。重要なのはこの凝集は140リピートでは足りないことで、これが中型有棘細胞で見られるようになるということは、この細胞だけでリピートの増大が起こることがわかる。このことはわざわざ中型有棘細胞を精製してリピート数を数える実験で確認している。そして、この拡大は Msh3 がノックアウトされると起こらない。

すなわち、有棘細胞特異的な転写異常は140リピートで十分だが、この転写異常を背景に、Msh3 依存的に CAG リピートの数が増大し始めると、新しい細胞変化を誘導し、細胞特異的変性が起こるとしている。実際、新たなリピート増大により起こる転写の変化には神経機能を担う分子が多く含まれている。

結果は以上で、まだまだ詳細なメカニズムについてはわからないままだが、今後の研究方向と、さらには治療開発のための新しい道を指し示した素晴らしい研究ではないかと思う。少なくとも私の頭の整理には大きく役立った。

カテゴリ:論文ウォッチ
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