9月14日 小細胞性肺ガンは神経とシナプス形成することで増殖を促進する(9月10日 Nature オンライン掲載論文)
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9月14日 小細胞性肺ガンは神経とシナプス形成することで増殖を促進する(9月10日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月14日
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これまで乳ガンやグリオーマが神経細胞により増殖促進することを示す論文を紹介してきたが、今日紹介するドイツケルン大学からの論文は小細胞性肺ガンも神経細胞とシナプス形成して増殖に役立てることを示した研究で、9月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Functional synapses between neurons and small cell lung cancer(ニューロンと小細胞性肺ガンの間に形成される機能的シナプス)」だ (同じ時に、ほぼ同じ内容の論文がスタンフォード大学から発表されている)。

さて、小細胞性肺ガンは増殖促進に関わるドライバー遺伝子変異が見つからないという特徴があり標的治療が難しい。この特徴を生かした細胞周期を詳しく調べて、細胞周期チェックポイントをブロックできるサイクリンA/B阻害剤を開発したプロの仕事を先日紹介した(https://aasj.jp/news/watch/27361)。

この論文でも小細胞性肺ガンを誘導するとき、トランスポゾンがゲノム中に飛び込んで、遺伝子の抑制や活性化を誘導するシステムを利用し、小細胞性肺ガン発生に関わる遺伝子を探索している。この研究では追求されていないが、上に紹介した論文を裏書きするように、S期以降の細胞周期に関わる遺伝子の発現が高い。一方この論文ではこれとは全く異なるグループで神経シナプス形成分子の発現上昇に着目した。

そこで患者さんからのガンを調べると、やはり同じように神経シナプス機能に関わる遺伝子の発現が上昇している。即ち、ガン細胞が神経細胞とシナプス形成する可能性が考えられる。そこで、試験管内培養系、あるいはガンを移植した脳で組織学的に調べると、グルタミン酸トランスポーターを発現している細胞を中心に、明確なシナプス形成が見られる。実験的に発ガンを誘導する系では、ガン発生の初期からシナプスが形成されている。

あとは形態学的だけでなく、ガンとニューロン間に機能的シナプスが形成されていることを、まず狂犬病ウイルスを利用した逆行性にシナプス接合している神経を特定する方法を用いて確認したあと、試験管内及び脳に移植したガンのパッチクランプ法を用いた細胞膜興奮性の解析から、神経細胞と主にグルタミン酸作動性のシナプス形成が起こっていることを示している。

最後の問題は、シナプス形成によりガンの増殖が影響されるかだが、試験管内でのビデオ観察などを駆使して、神経とシナプス形成しているガン細胞の増殖が亢進していることを、またこの増殖をシナプスでの神経伝達をブロックすることで抑制できることを示している。

これが正しいと、当然グルタミン酸作動性シナプスを抑制することでガンの増殖を抑えることが予想される。移植ガンを用いて、最も発現が高いGRM8特異的阻害剤DCPG及び、特異性の低いグルタミン酸作動性シナプス阻害剤Riluzoleを用いて治療効果を調べている。

DCPGと比べてRiluzoleの方が効果が高いことから、おそらく様々なグルタミン酸受容体によるシナプスがガンの増殖を助けていると思えるが、DCPGも一定の効果が見られる。そして、一般的に使われる抗ガン剤と組み合わせると、動物の延命効果が高いことも示している。

同じ時に発表されたスタンフォード大学からの研究では、発ガン過程で肺に投射している迷走神経とのシナプス形成が発ガンに必須であることが示されており、決して脳転移だけでなく、末梢で小細胞性肺ガンは神経を利用していることが示されている。

以上ガンと神経との関係がまた一つ明らかにされた。

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9月13日 皮膚の制御性T細胞は痛みも抑える(9月5日 Science Immunology 掲載論文)

2025年9月13日
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制御性T細胞(Treg)の多様な機能についてはずいぶん紹介してきたが、今日紹介するスローンケッタリングガン研究所からの論文は、Treg が我々のストレス反応を制御するためになんとうまくできているのだろうと感心させられる研究で、9月5日 Science Immunology に掲載された。タイトルは「Enkephalin-producing regulatory T cells in the skin restrain local inflammation through control of nociception(皮膚でエンケファリンを産生する制御性T細胞は局所炎症を痛みを抑えて制御する)」だ。

要するにTregが皮膚で痛みを抑える働きをしているという驚くべき話だが、この論文を読んで今年の4月に、雌マウスだけで髄膜に存在する Treg が脳で直接神経に働きかけて痛みを抑えていることを示すもう一つの論文が発表されていることを知った(Midavaine et al., Science 388, 96–104 (2025))。

おそらく Treg が神経に直接働く可能性について研究が行われていたのだろう。この研究でも最初から皮膚の Foxp3 を発現する Treg が神経の近くに存在することを示すところから始めている。そのあと、全身で Treg 特異的にジフテリアトキシンで殺す操作を行い、Treg を急性に除去すると、皮膚の痛み刺激に対する反応が高まること、またその反応を脊髄後根の感覚神経の興奮として検出できることを示している。髄膜と異なり、オスメスの差はほとんど無い。

Midavaine の論文でも扱われているが、一部の Treg は麻薬物質であるエンケファリンを合成することも知られていた。この研究では最初から Treg のエンケファリンに着目し、データベースサーチや、プロエンケファリン遺伝子発現細胞のラベリング実験から、一部の Treg が確かに痛みを抑えるエンケファリンを産生していることを明らかにしている。

そして、プロエンケファリン遺伝子を Treg 特異的にノックアウトする実験から、Treg が産生するエンケファリンが後根感覚神経の興奮を直接抑えていることを示している。ただ、全ての Treg がエンケファリンを発現するわけではなく、皮膚では半分ぐらいの細胞で発現が見られるが、リンパ節や血液では全く見られない。

以上のことから、皮膚では Treg がエンケファリンを発現しやすい環境ができていることになる。そこで試験管内の刺激実験から、Treg がエンケファリンを発現する条件を調べていくと、抗原受容体を介する刺激とともに、グルココルチコイドの刺激が必要であることがわかる。グルココルチコイドはストレスホルモンだが、皮膚ケラチノサイトでも合成が見られる。以上のことから、ストレス反応が揃うと、Treg はエンケファリンを発現するようになり、本来の抗炎症性作用に加えて、直接感覚神経に働いて痛みを抑えている。さらに、Treg は神経細胞から分泌されるケモカインに対する受容体も持っており、これにより神経端末に引き寄せられることもわかった。

重要なのはエンケファリンが痛みを取るだけではない点で、プロエンケファリンが発現できないと炎症が高まる。これは神経興奮が痛みだけでなく、様々な炎症メディエータを介して炎症を亢進させるサイクルに組み込まれている事を意味する。

以上が結果で、Treg の機能の多様性が広がるのも驚きだが、全て炎症を抑える方向に向いているのも感心する。そして皮膚炎症に対してデキサメサゾンを塗るのは、炎症を抑えるだけでなく Treg のエンケファリン産生を高めている効果もあるのかと、新しい勉強ができた気分だ。

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9月12日 半自動気管挿管機器の開発(9月10日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年9月12日
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おそらく気管挿管を日常行っているのは麻酔科の医師だと思う。私の現役時代と異なり、機器が進歩して長期に人工呼吸器を使える様になった現在では、一般の医師にとっても重要な手技だと思う。しかし、気管挿管は言うほど簡単ではない。マッキントッシュ気管鏡で喉頭を目視し声紋を確認してそこにチューブを挿入するのだが、目視に戸惑って時間がかかる。熟練していないと病院内でもこの状況なので、訓練を受けた救急救命士でも救急現場での挿管は大変だろうと思う。実際統計によると、病院外で一回で挿管できるのは65%に過ぎず、病院内での85%よりかなり低い。この結果挿管に時間がかかり様々な問題が起こる。

これを防ぐため、より簡単に声紋の目視が可能な Airway Scope が開発されている(現状での普及状況については把握できていない)。また、失敗のほとんど無い声門上デバイスも開発されているが、機能的には通常の挿管に劣る。

今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文は、喉頭鏡なしに挿入すると自分で気管へチューブがガイドされる機器の開発で、驚くのは Airway Scope のような画像装置は全く使っていない点だ。タイトルは「A soft robotic device for rapid and self-guided intubation(自分でガイドして迅速に挿管が可能な柔らかいロボットデバイス)」で、9月10日 Science Translational Medicine に掲載された。

論文が公開されていないが、この論文を理解するには画像を見る必要がある。幸い、医学ニュースサイトの一つが画像付きで解説しているので、その画像を参照してほしい(https://interhospi.com/new-soft-robotic-device-achieves-96-success-rate-in-emergency-intubation-with-minimal-training/)。

この画像にあるように、舌を押さえてこの機器を喉の奥まで挿入すると喉頭蓋まで到達するように形状が工夫されている。その後通常より柔らかいチューブを挿入するとその圧で喉頭蓋を持ち上げるバーが上がって、できた孔からまず柔らかいガイドチューブが飛びだしてくる。このチューブは上向きに進むようできており、目視なしで必ず気管の方へ進んで、チューブをガイドしてくれる仕組みになっている。こうして挿管できるとあとはカフを膨らませて空気を送って気管に挿入されていることを確認し、introducer と呼ぶ機械を引き抜けばよい。この方法ではチューブは柔らかいが、スタイラスは使わない点も特徴的だ。

この方法は、誰もが高い成功率で気管挿管ができるようにすることだが、それだけでなく気管を傷つけるリスクが低い。実際挿管による組織への圧力を計算すると、10分の1程度で、安全性が高い。

あとはマネキンや死体を用いた実証試験を行って、日本で言う資格を持った救急救命士による挿管の成功確率及び時間を計っている。その結果、一回でうまく挿管できる確率は87%に達し、何よりも必要時間が半減する。さらに、通常の挿管が難しい肥満などの死体で試すと、通常の挿管で一回目に成功する率が36%に対し93%と驚くべき数字をたたき出している。もちろん挿管までにかかる時間も半分以下になっている。

以上が結果で、死体でしかテストされていないという限界を考慮しても、かなり期待できる結果だと思う。現役時代、うまくいかない場合気管支鏡をチューブに入れて声帯を目視して入れればいいと常に考えていたが、目視が必要無いというのが最も大きな特徴だと言える。素晴らしいアイデアで、医者にとっても負担が軽くなる。

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9月11日 Long read DNA sequencerは細菌叢研究を変革する(9月9日Cellオンライン掲載論文)

2025年9月11日
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細菌叢研究は最初リボゾームRNAの配列をベースに細菌叢に存在する細菌種を推定する事から始まった。多くの研究はまだまだこのレベルにとどまっているが、細菌叢のホストへの効果が細菌のプロダクトによることを考えると、細菌叢とホストの形質の間の因果性を明らかにする目的にはここの方法の限界は明白だ。そこで、細菌叢から採取されるDNAの配列を全て読んで、それを現在わかっているゲノム配列を参照して各バクテリアのゲノムに再構築するメタゲノムが行われるようになり、重要な論文の多くはこの方法を用いて細菌叢とホストの関係の研究を行っている。

細菌叢の全ゲノムを解読する目的には当然long readと呼ばれる新しいシークエンサーのポテンシャルは大きい。即ちlong readだと繰り返し配列や重複、欠損が正確に解析できるだけでなく、アッセンブラーを用いた全ゲノム再構築も容易になる。そこで、細菌叢研究にLong readが大きな変革をもたらす可能性を、アフリカの最貧国の一つマラウィの2カ所の村の子供の細菌叢をほぼ1年にわたってサンプリングし、様々な機器やアプリを用いて全ゲノムを解析、それと子供の成長との相関から示そうとしたのが今日紹介するソーク研究所からのの論文で、9月9日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Culture-independent meta-pangenomics enabled by long-read metagenomics reveals associations with pediatric undernutrition(培養に基づかないlong readメタゲノムを用いたメタパンゲノミックスにより子供の栄養不良と細菌叢の関係が明らかになる)」だ。

この研究の最も重要な貢献は、同じサンプルを様々なlong readの機械、及びゲノムアッセンブリーのためのアプリを使って徹底的に解析し、今後の研究のための最適なプラットフォームを提案するとともに、異なる方法の間の互換性についても考慮されていることで、今後Long readを用いた細菌叢研究を推進したいという目的がはっきりわかる。実際、Long read機器は最近急速に進展しており、最も新しい機械を用いた今回の結果はこれからの研究に大きく貢献すると思う。

各方法の比較で言うと、最も正確に多くのデータが得られるのがパックバイオの機器を用いた方法で、次がオックスフォードナノポアを用いた方法が続く。即ち一分子シークエンスの老舗が最も信頼が置けることになる。解析に必要な価格はパックバイオがかなり安いが、機械自体の価格はナノポアと比較にならないほど高いので、評価は難しい。いずれにせよ、どちらを選んでもデータの互換性が確保できるようさらにデータを重ねてほしい。

この研究ではshort readと比べてlong readが因果性解析に優れているかどうかについては直接のデータが無い。しかし、subspeciesレベルの細菌と子供成長や、母乳との関係についてはこれまで示されてきた以上の詳細な相関を示すことができている。

もちろん集団としての細菌叢を定義する点でも、成長が安定している子供で細菌叢が安定していること、逆に成長障害が認められる場合は細菌叢が安定しないことなどを高い感度で検出することができる。

そして何よりも、細菌がコードする様々な遺伝子と成長、母乳栄養などとの相関をかなりの精度で特定できる。驚くのは、このように相関が認められた様々な遺伝子のほとんどはアノテーションができない、ほとんど解析できていない遺伝子で、今後これらが明らかになることで、細菌叢の因果性の正確な判定が可能になる。

またlong readによりゲノム構造が明らかになることで、遺伝子間の水平伝達やファージ感染などを特定することができる。例えば遺伝子重複は主に細菌同士の融合をベースにすることなどが示唆されているが、これらのデータは今後細菌叢の遺伝子改変を考えるときに極めて重要になる。

以上、解析の意味についてはほとんどすっ飛ばしたが、long read時代が確実に来ていることがよくわかる論文だった。

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9月10日 抗インテグリンを用いてガン組織のマトリックス形成を抑える(9月8日 Cell Reports Medicine オンライン掲載論文)

2025年9月10日
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いくつかのインテグリンに対する抗体はすでに臨床応用が進んでいる。α4β1 や α4β7 に対する抗体はリンパ球のホーミングをブロックして免疫抑制に使われているし、αIIbβ3は血小板凝集抑制に使われている。

今日紹介するトロント大学 Sunnybrook 研究所とジェネンテックからの論文は、場合によってはファイブロネクチン受容体 α5β1 に対する抗体もガンなどの治療に使えるかもしれないことを示した研究で、9月8日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Modulation of fibronectin extracellular matrix enhances anti-tumor efficacy of immune checkpoint blockade(ファイブロネクチンを核とする細胞外マトリックスを変化させると免疫チェックポイント治療の効果を高められる)」だ。

α5β1 はファイブロネクチンと結合して細胞膜と細胞外マトリックスをつないでいるが、この研究ではファイブロネクチンによりガイドされる細胞外マトリックスの形成自体に α5β1 が関わるのではないかと考え、血管内皮の試験管内マトリックス形成実験系を用いて調べている。効果に少し驚いたが、20時間程度抗体を加えるだけで構造化されたファイブロネクチンがほとんど無くなっている。その結果、血管内皮の透過性が高まり、さらにCD8キラーT細胞の接着が促進される。

マトリックスはファイブロネクチンだけで無く、コラーゲンも巻き込んでおり、血管周囲のマトリックス全体に及ぶ。試験管内とは言え、ファイブロネクチンを核とするマトリックスができると、血管内皮の機能が大きく変化することがわかる。

CD8キラーT細胞の血管への接着が高まるという結果から、ガンの免疫療法を高められるか調べている。乳ガンモデルを用いているが、免疫が成立している場合 α5β1 抗体だけでも一定の効果が見られるが、PD-L1チェックポイント抗体と組み合わせるとより高い効果が得られる。

この効果のメカニズムを探ると、マトリックス形成がなくなることで、なぜかガン組織のキラーT細胞の exhaustion と呼ばれる機能消失が抑えられる事で PD-L1 の効果を高めていることがわかる。メカニズムはここまでで、あとは様々な実験系で臨床応用可能性を調べている。

一番うまくいっている実験系は、最初から大きなガンを移植して、免疫系の増強だけでは対処しきれないガンを、抗ガン剤とPD-L1 及び α5β1 抗体を組み合わせることで、抗ガン剤のガン組織への浸透を助けるとともに免疫細胞の浸潤をさらに進める混合治療の可能性を示している。

とはいえ、ガンによっては全く効果がないものもあり、また実際のガンで治療前のバイオプシーによる α5β1 レベルとガンの予後についての相関も、ガンによってはまちまちで、このまま臨床へ進むという段階ではない。

また、ファイブロネクチンは血管内皮だけでなく、線維芽細胞によっても合成される。臨床応用にはこの時のマトリックス形成に対する効果も調べる必要があるだろう。しかし、ファイブロネクチンと細胞上の受容体との結合を抑えるだけで、ここまでマトリックス合成が変化するというのは驚きで、追求する価値はありそうだ。

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9月9日 気になる治験3題(9月2日 JAMA Internal Medicine オンライン掲載論文他)

2025年9月9日
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今日の臨床研究紹介は3報の治験研究を取り上げる。

一番驚いたのがザールラント大学からの論文で、抗ヒスタミン点鼻薬が Covid-19 の感染を防げるという治験で、9月2日 JAMA Internal Medicine にオンライン出版された。タイトルは「Azelastine Nasal Spray for Prevention of SARS-CoV-2 Infections A Phase 2 Randomized Clinical Trial(アゼラスチン点鼻薬はSARS-CoV-2感染を予防する:第二相無作為化治験)」だ。

すでに感染した Covid-19 患者さんに鼻アレルギーに使われるアゼラスチン点鼻薬を使うと回復が早くなると言う研究はあったようだ。この研究では2023年7月から1年間、450人をリクルートして、片方はアゼラスチンが入っていない点鼻薬、もう片方にはアゼラスチン入りの点鼻薬を一日5回スプレーし、1週間に2回鼻のスワブを用いて SARS-CoV-2 感染を調べて感染への効果を調べている。

驚くべき結果で、偽薬群では最終的に6.7%の人が感染したが、アゼラスチン群では2.2%に抑えられた。さらに、感染してもアゼラスチン群では症状が軽い事も示されている。服用時にアゼラスチン群では頭痛一人と橋本病発症が一人見られたが、直接の副作用かはわからない。

以上が結果で、ヒスタミンをブロックすることで炎症などが抑えられ、鼻粘膜での感染を抑えていることだと思うが、だからといってマスクのようにこの薬を毎日5回点鼻していいのかは疑問だ。今後、感染が増えた状況で、外出時に点鼻を行った方法で効果が認められれば広がる可能性はある。

次はドイツミュンスター大学からの論文でハンチントン病に対して Sigma-1 受容体のアゴニストが一定の効果があることを示した治験で、9月5日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Pridopidine in early-stage manifest Huntington’s disease: a phase 3 trial(ハンチントン病の初期症状に対するプリドピディン治療:第三相治験)」だ。

Sigma-1 受容体 (S1R) は小胞体ストレスを抑える一種の分子シャペロンで、これを活性化することで様々な神経変性性疾患の進行を遅らせられるのではと治験が進んでいる。この研究では症状が出始めたハンチントン病に処方して進行を遅らせられるか調べている。

ハンチントン病の患者さんは不随運動を抑えるため、ドーパミン神経を抑える治療が行われているが、この治験ではこの治療をやめてPridopidineの効果を調べている。

結果だが、Total functional capacity (TFC9) と nified Huntington’s Disease Rating Scale (UHDR) で評価しているが、TFCでは明確な効果を認めていない。しかし、UHDRではこれを評価する様々な項目で症状の悪化が抑えられ、認知機能や運動機能では78週までほとんど機能の低下が認められない。

副作用については92%の人が最後まで服用を続けており、重大なものはないと言えるので、この第三相治験の結果をベースに、おそらく認可されるのではないだろうか。

最後はオランダエラスムス大学からの論文で、再発乳ガンの治療選択に、これまでのようにエストロジェン受容体を標的にする治療を最初に持ってくるか、あるいは現在ではホルモン治療の次に使われる CDK4/6 阻害剤を最初に持ってくるかを調べた治験で、9月4日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Early versus deferred use of CDK4/6 inhibitors in advanced breast cancer: circulating tumor DNA analysis of a randomized phase 3 trial(進行した乳ガンにCDK4/6阻害剤を早期に使った方がいいか、遅らせた方がいいか:血中DNA検査も加えた無作為化三相治験)」だ。

エストロゲン受容体陽性乳ガンはほとんどアロマターゼ阻害剤でエストロジェンを断つ治療が行われるが、これがうまくいかない場合エストロジェン受容体を分解するフルベストランで、ホルモンを標的にする治療かCDK4/6阻害剤で細胞周期を抑える治療が行われる。

この研究では無作為化してまずフルベストラン、あるいはCDK4/6阻害剤で始める方法で経過を見ている。何も層別化しない場合、統計的有意差は見られないが、患者さんの末梢血のDNAから染色体異常が検出されるグループを抜き出して比べると、明らかに最初にCDK4/6阻害剤を使った方が効果が高い。

以上の結果から、進行性乳ガンの場合血中のガンDNA検査を行って治療薬を選ぶことが今後の重要なプロトコルにすべきであることを示している。

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9月8日 ストレス太りのメカニズム(9月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月8日
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ストレス太りについては一般にもよく知られている。単純なメカニズムではないと思うが、一般的にはストレスホルモンを産生する副腎皮質系がストレスサーキットで刺激され、血糖を上昇させると考えられている。

ところが、今日紹介するMount Science医学校からの論文は、ストレス太りに関わる新しいメカニズムを明らかにした研究で、9月3日 Nature にオンラインに掲載された。タイトルは「Amygdala–liver signalling orchestrates glycaemic responses to stress(扁桃体から肝臓へのシグナルがストレスに対するグリセミック反応を調節する)」だ。

この研究ではまずストレスがかかると30分もすれば血糖が上昇すること、そしてこの反応に応じて、ストレスにより影響されるとされている扁桃体の前部を中心に神経活動が上昇する事を確認する。

次いで扁桃体の神経興奮が血糖上昇の原因であるかを調べるため、これらの細胞を遺伝学的に改変したマウスを用いて刺激すると、期待通り30分で血糖が上昇する。ただ、副腎皮質ホルモンやインシュリンはほとんど上昇せず、扁桃体の刺激はこれまで考えられていたのとは異なり、副腎皮質経路を介さないことが明らかになった。

次にこの反応に関わる扁桃体からの神経投射を調べると、主に投射する線条体と視床下部のうち、視床下部へ投射している経路がストレスにより活性化されることが明らかになった。視床下部に投射する扁桃体神経を蛍光ラベルして単一細胞レベルの転写を調べると、グルタミン酸作動性とGABA作動性の両方の神経の投射が見られ、どちらの細胞も扁桃体刺激後のグルコース上昇に関わっている。面白いのは、扁桃体神経細胞の発現遺伝子の中にはグルコース代謝と相関が知られている遺伝子多型が見つかっている遺伝子が多い。

副腎皮質非依存性の回路として考えられるのは、視床下部から組織に投射してグルコース新生に関わる神経経路で、ここでは肝臓に投射する交感神経経路に絞って調べ、扁桃体刺激により肝臓でのグリコーゲンからグルコースを作る代謝経路に関わる遺伝子発現が軒並み上昇すること、またこれがFOXO1 転写因子の下流で上昇していることを確認している。交感神経からの刺激については特に検討されていないが、おそらくノルアドレナリンによる作用が、肝臓細胞の代謝システムをリプログラムさせると考えられる。

ただ、これらの反応は急性の反応で、これだけではストレス太りは説明できない。この研究では、ストレスが続くと、扁桃体神経の興奮閾値が高まって、ストレスに反応できなくなることに注目している。そこでストレスに反応する細胞を特異的にジフテリアトキシンで殺したマウスを作成すると、ストレスにはほとんど反応しなくなるのだが、高脂肪食だけでなく正常食でも太りやすく、グルコース耐性が低下してしまうことを発見する。この原因を探ると、肝臓で α2Aアドレナリン受容体が低下し、一方β2アドレナリン受容体が上昇し、これが肝臓からのグルコースのアウトプットを上昇させる結果であると結論している。即ち、ストレスによりストレスセンサーが鈍化することが、代謝の変化に対応できない状態を作り、肥満や2型糖尿病のリスクを上げると結論している。

以上、これまでとは全く違うストレス太りのメカニズムを明らかにした面白い論文だ。

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9月7日 海馬の神経回路を再構築する(9月4日 Science 掲載論文)

2025年9月7日
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コンピューター上で実現しているニューラルネットの威力については、昨年のノーベル賞を挙げるまでもなく、我々は日々実感しているが、エネルギー消費や可塑性などまだまだ問題はある。逆に言うとさらに進化する可能性がある。素人目に見たとき、AI のニューラルネットは刺激に応じて調節可能な興奮性ニューロンのみで形成されている様に思える。それでも十分な数のニューロンと多層性があれば驚くべき力を発揮するのだが、この調節可能性を実際の脳で行われている様々な介在ニューロンが関わる複雑な回路に近づけることはおそらくこの分野の重要な課題になっていると思う。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は AI を意識した研究ではないが、場所記憶の成立過程で海馬に存在するほぼ全ての介在ニューロンの活動を調べ、その機能を今度はAIを用いて解析した研究で、9月4日 Science に掲載された。タイトルは「Cooperative actions of interneuron families support the hippocampal spatial code(様々なタイプの介在ニューロンの協調作用が海馬の空間コードを支えている)」だ。

海馬の場所細胞は興奮ニューロンを記録から定義されるが、これを維持するためには当然介在ニューロンを介する調節機構が働いて、特定の興奮ニューロンが特定の場所で興奮するように調節されている。これに関わる介在ニューロンの機能については盛んに研究されてきたが、この研究では海馬に存在する5種類の介在ニューロンの活動と興奮ニューロンの活動を、一匹のマウスで記録し刺激できるようにして、行動中、あるいは刺激後の神経興奮の特性を徹底的に調べ、介在ニューロン同士のネットワークを解析するとともに、場所細胞成立への関与について研究している。

面白いのは、ここまでデータを蓄積すると、大量のデータを学習してそのコンテクストを見つけてくれる AI に頼ることになる。まずわかるのは、異なるタイプの介在ニューロンは、生理学的にも全くことなる性質を持っていることだ。

海馬の脳波活動は波長の異なる様々な成分に分けることができ、さらにリップルと呼ばれるスパイク状の興奮が重なるが、それぞれの介在ニューロンのこれらの成分に対しての寄与度は違っている。最も目立つリップルへの関与を調べるとほとんどの介在ニューロンは同時に興奮するが、Id2、CaMK2 介在ニューロンの活動は抑制されているといった具合だ(ただその意味は示されてはいない)。

さらにそれぞれの介在ニューロンを刺激して、介在ニューロン間のネットワークを調べることができる。これも意味はわからないが、各介在ニューロンは相互に繋がっているが、シナプスの反応性は異なっている。

これらの解析の上で、場所細胞を特定する迷路実験を行い、そのときの各介在ニューロンの活動を重ね合わせると、それぞれは場所に応じて興奮することがわかる。ただそれぞれの反応のコンテクストを把握するために、AI ニューラルネットを用いて各反応シークエンスを多次元空間にエンベッディングして解析している。すると、Pvalb介在ニューロンは場所細胞の安定性と強く相関することなど、それぞれの介在ニューロンの機能を場所細胞成立過程と相関させることができる。さらに、この機能的解析は、興奮ニューロンや介在ニューロンネットワーク同士の解剖学的結合性とも一致する。

最後に、それぞれの介在ニューロンを行動中に刺激する実験もできる。少し驚いたが、各介在ニューロンを刺激しても行動にはあまり変化が見られない。しかし、例えば Vip介在ニューロンの刺激は場所細胞の興奮を抑えるし、Sst介在ニューロンの刺激は興奮頻度を抑える。 以上あまりに専門的なのでかなりすっ飛ばして紹介したが、複雑な回路の特性について調べようとすると今や AI が必須である事実で、ここから得られる結果が AI の新しい回路設計に進むとすると、脳、AI、脳の理解、新しいAI設計と進んでいくような気がする。面白い

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9月6日 一匹のメスアリから、種が異なるオスアリが生まれる(9月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月6日
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JT生命誌研究館の顧問をしていた頃、アリの研究一筋の有本さんと出会って、いろいろアリの種類や生態の奥深さを教えてもらったことがあるが、その知識を超える意外なアリの生態についての論文がフランス モンペリエ大学から9月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「One mother for two species via obligate cross-species cloning in ants(種を超えたクローン化を通して行われる一種類の雌アリから2つの種が生成される)」だ。

アリはメスアリと働きアリは diploid (2n) で、オスアリはhaploid (1n) で、遺伝的には違いが無いが、多くの場合メスと働きアリは食べ物などの差によるエピジェネティック過程で機能の違いが形成される。この研究ではヨーロッパ中に生息する Messor ibericus の働きアリが例外なく M. structor 由来のゲノムを有しているという発見からスタートしている。

M.Ibericus と M. structor はともにヨーロッパに生息しているアリだが、遺伝的には500万年前に分岐しており、また生息域が重なるのは南フランスからスイスにかけての一部であるにもかかわらず、M.Ibericus の働きアリはスペインから南イタリアまで全て両方の種のゲノムを持つハイブリッドであることがわかった。もちろん他の種と交雑する例はあるが、M.Ibericus の場合生息域が重なるから M.structor 交雑するのではなく、何らかの方法で M.structor のオスを種内で生成する仕組みがあることになる。

そこで野生の M.Ibericus のコロニーに存在するオスを調べると、形態的に異なる2種類のオスが存在することがわかった。それぞれのミトコンドリアゲノムを調べると、全て M.Ibericus のミトコンドリアを有していることから、種の異なるオスが一匹のメスから生まれていることがわかる。さらに、実験室に持ち帰って卵を産ませると、11%が M.structor のゲノムを持っている卵であり、実際に卵から異なるオスが発生することが確認された。

以上のことから、M.Ibericus のコロニーでは、働きアリは M.Ibercus ゲノムだけでは発生できないため、M.structor のオスをコロニー内で維持する必要がある。そのため、メスはゲノムが存在しない卵と、ゲノムが存在する卵を産卵し、オスの精子で受精すると、M.Ibericus 同士のゲノムが合わさるとメスアリ、M.Ibericus と M.structor とが合わさると働きアリ、そしてメスのゲノムが存在しない場合は、精子に対応すす雄アリが発生することになる。

このような仕組みが発生した経緯を考えると、最初生息域がオーバーラップする領域で偶然に異なる種の交雑が起こり、そこから発生する働きアリの効率が良いことから、M.Ibericus ゲノムだけを持つ働きアリより両方のゲノムを持つ働きアリを生成するため、ゲノムの存在しない卵に受精させることで、一旦手に入れた M.structor の精子から雄アリをクローン化して生成する方法を発達させたことになる。

実際、生息域がオーバーラップする領域では、コロニー内だけでなく M.structor との交雑が確認されることから、このシナリオは十分可能性があると結論している。また、コロニー内で維持される M.structor ゲノムは組み替えが無いため、相同性が高いことも、M.structor のオスゲノムがクローンとして維持され、働きアリ生成に使われていることがわかる。

卵への核移植がクローン動物作成の最初だったが、まさに同じ事が自然に行われ、組織化されているというアリの多様性に驚くほかはない。

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9月5日 交叉抗体によるデングウイルス感染増強の疫学(9月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年9月5日
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コロナパンデミックの頃、抗体がウイルス感染を増強する Antibody dependent enhancement (ADE) が問題になったことがある。ADEはウイルスと抗体が結合してマクロファージやリンパ球などの Fc受容体を持つ細胞に取り込まれやすくなることで感染が増強する現象で、コロナウイルスの場合まずACE2陽性細胞に感染するので本来問題にならないのだが、当時は一つの可能性として議論された。しかしその後の疫学的検討から、Covid-19の場合ADEはほとんど認められないことが示されている。

これに対し、蚊が媒介し、最初にマクロファージや樹状細胞に感染するフラビウイルスは明確にADEの関与が知られている。例えばデングウイルスは、前に違ったタイプのウイルスに感染していた場合、その後の感染で重症化しやすいことがわかっている。これはウイルスが皮膚に入ったとき抗体がマクロファージへの取り込みを助けるからと考えられている。

今日紹介するシンガポール国立大学からの論文は、ネパールのデングウイルス感染者ほぼ500例を詳しく精査し、ADE、特に同じフラビウイルスの日本脳炎ウイルスのワクチン接種で抗体が中程度に低下してきた患者さんでは、おそらくADEの結果重症化しやすいことを示した面白い疫学研究で、9月3日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Dengue disease severity in humans is augmented by waning Japanese encephalitis virus immunity(ヒトでのデングウイルス症状は日本脳炎ウイルスへの免疫が低下していると重症化する)」だ。

ネパールのデングウイルス感染、2004年に初めて報告され、その後インドへの旅行者に散発的に見られていたが、明確なパンデミックが認められたのは2019年からで(17000)、その後2022年には57000人の感染が認められている。感染が拡大したのは、温暖化によるモンスーン季節の長期化と、急速に進む都市化の結果だとしている。

この研究では2019年から2023年にわたってウイルス感染が確認された患者さん約500名について、以前のデング感染とともに、ネパールで行われている日本脳炎ワクチン接種とウイルスに対する抗体価などを測定し、ADEの関与を疫学的に探索している。元々デングウイルス感染が拡大している国では、以前の感染歴が複雑になるのでこのような研究は難しいが、2019年から多くの感染が始まったネパールでは患者さんの感染歴が明確なので研究に最適な対象になっている。

2019年から2023年までのウイルスタイプを見ると、時間とともに変化しており、2019年のウイルス型は2023年には完全に消失し、新しい2種類の形に置き換わっている。即ちウイルスは新しい変異株に変化している。2回目の感染者を調べると、2023年では10%に達しており、ウイルス型の変化により、繰り返す感染があり得ることがわかる。そして期待通り、デング感染の症状と比例するキマーゼの濃度を比較すると、2回目の感染者の方が高く、異なるウイルス型に対する感染が次の感染での症状を重くしていることがわかる。

そこで、ほとんどが初感染である事実を利用して、同じフラビウイルスの日本脳炎ウイルスに対する免疫が、同じようにデングウイルス感染を悪化させるか調べている。結果だが、日本脳炎ウイルスワクチンを受けている場合、デングウイルスを発症すると明らかに血中のキマーゼ濃度が高いことから、重症化しやすい事がわかる。

最後に、日本脳炎ウイルスに対する抗体価と血中キマーゼの値を比較すると、抗体価1/160で重症化率が3倍に跳ね上がるが、それ以上かそれ以下だと、ワクチン被接種者と変わらないことが明らかになった。

結果は以上で、中和抗体とは異なる抗体が存在するとフラビウイルスではADEが起こる可能性が高く、特にアジアの場合、日本脳炎に対するワクチンで誘導される抗体の関与は無視できないという結論になる。アジア諸国で日本脳炎ウイルスが広くブタで維持されていることを考えると、ワクチンをやめることで致死率が40%にも達する日本脳炎ワクチンをこれを理由に中止するわけにはいかない。そこで、常に日本脳炎ウイルスの抗体価を高く維持するようワクチン接種を定期的に行うよう勧めているが、ADEの性質上そう簡単に結論していいのかはわからない。同じフラビウイルスにジカウイルスも存在しており、これらにどう対応するかは少し真剣に検討する必要があると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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