10月9日 Tuft 細胞の多様な機能(10月2日  Nature オンライン掲載論文)
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10月9日 Tuft 細胞の多様な機能(10月2日  Nature オンライン掲載論文)

2024年10月9日
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上皮の多様性の極みは何度も紹介した体中のタンパク質を発現できる胸腺上皮だと思うが、様々な臓器には、その機能を支えるべく多様な機能を発揮する上皮細胞が存在する。中でも免疫学から見たとき、腸上皮に埋め込まれた繊毛の束 (Tuft) を持つ Tuft 細胞は上皮とは思えない機能を有している。

まず、最も重要な機能は寄生虫などの外来病原体を感知して IL-25 を分泌する。このサイトカインは ILC2 と呼ばれる樹状細胞に働いて、2型アレルギー細胞を刺激する。しかも、2型アレルギー細胞から分泌される IL-4 や IL-13 は、Tuft 細胞に働いて増殖を誘導する。一方で、2型アレルギーは IgE 産生に関わり、マスト細胞を介して寄生虫除去に寄与する。このように、免疫システムを局所にとどめ、極めて巧妙な閉じた回路が Tuft 細胞と免疫系により形成されている。

今日紹介するユトレヒト大学、腸管幹細胞研究をリードしてきた Hans Clevers 研究室からの論文は、Tuft 細胞の分化と増殖を自由にコントロールする培養系を用いて、Tuft 細胞の知られざる幹細胞機能について明らかにした研究で、10月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Tuft cells act as regenerative stem cells in the human intestine(Tuft 細胞はヒト腸管の再生に関わる幹細胞として働いている)」だ。

この研究ではまず腸上皮細胞の single cell RNA sequencing 解析から Tuft 細胞の分子マーカー AVIL を特定し、腸上皮のオルガノイド培養を用いて、まず Tuft 細胞の分化に Wnt シグナルが必須であることを示し、Tuft 細胞が腸管幹細胞とともにクリプトに存在する理由を明らかにしている。

先に述べたように、Tuft 細胞は IL-4 / IL-13 シグナルで増殖することが知られているので、オルガノイド培養でこれを確かめるとともに、Tuft 細胞特異的表面マーカーとして KIT が使えることを発見する。そして、このマーカーを使って Tuft 細胞を分離し、IL-4 / IL-13 が Tuft 細胞に直接働いて増殖を誘導すること、そして Tuft 細胞が4種類のサブセットに分けることができることを示している。

免疫系から見ると、タイプ2 とタイプ4 の Tuft 細胞が重要で、タイプ2 細胞はプロスタグランジンやロイコトリエンなどの脂質を合成して炎症調節に関わり、タイプ4 が免疫系の調節に関わることがわかる。また、それぞれのサブタイプへの分化に関わる転写因子も特定しており、T細胞が転写因子により様々なタイプに分かれるのと同じように、Tuft 細胞も多様化することで様々な機能に対応できている。

そしてこの研究のハイライトは、一個の Tuft 細胞から腸のオルガノイドを形成することができることを示したことだ。これは IL-4 / IL-13 非存在下でも可能で、Tuft 細胞が幹細胞として機能できることを示している。

最後に、オルガノイドを放射線照射で傷害する実験系で、IL-4 / IL-13 により Tuft 細胞の増殖を活性化することで、回復が高まることを示し、IL-4 / IL-13 が免疫系だけでなく、腸上皮の損傷治癒にも関わっていることを明らかにしている。そして、急速に腸上皮が発達する胎児期にも、Tuft 細胞が幹細胞の働きをして、本来の幹細胞を助けていることを明らかにしている。

以上が結果で、神経や免疫系とも近いTuft細胞の幹細胞としての正確を明らかにする重要な研究だ。

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10月8日 複雑な染色体構造変化の精神疾患への影響(9月30日 Cell 掲載論文)

2024年10月8日
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解読されたヒトゲノムの数は指数関数的に高まっており、最近では10万人以上を対象としたゲノム研究も珍しくなくなった。この背景には、long-read のようなハードウエアの発展だけでなく、大規模データ処理の様々な方法が次々と開発されてきたことが大きい。データ処理法の詳細をほとんど理解しない私にとって、この分野を理解するハードルは高くなったが、しかし詳細を飛ばして読んでいくと、ともかく面白い分野だと実感する。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、データ処理の中でも最難関の short-read データからゲノム上の複雑な構造変化を特定する方法を開発し、複雑な構造変化を大きな集団で調べることで、人間進化から病気に至るまで様々なことを理解できることを示した研究で、9月30日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Detection and analysis of complex structural variation in human genomes across populations and in brains of donors with psychiatric disorders(複雑なゲノム構造多様性を多くの人間集団と、精神疾患の脳で検出し解析する)」だ。

ゲノム上の重複、転座、欠失、挿入などは構造変異として、点突然変異から区別されるが、大きな領域に及ぶので、染色体を完全再構成する必要があり、困難な課題だったが、情報科学の進展により様々なタイプの構造変異が特定できるようになっている。この研究では構造変異の中でも、一つのストレッチの中のゲノム部分が切れて入れ替わったり、さらに重複や欠損が繰り返されたりした複雑な構造変異 (cxSV) を特定するための、生成AIモデル ARC-SV を開発している。

この方法のパーフォーマンスを検証したあと、4363人の世界中のゲノムを解析し、8493種類の cxSV を特定し、それぞれを分類、解析している。

cxSV は頻度が高い common cxSV とまれにしか存在しない rare cxSV に分けられ、rare cxSV の8割以上が一人の個人だけに存在する。このうち common cxSV はその集団の体脂肪や血液浸透圧に関わる集団の特異性を決める遺伝子と連関している。

一方、rare cvSV は重なる遺伝子に強い影響があるため、選択されてしまい集団内でほとんど維持できない。

cxSV が起こりやすいゲノム領域を調べると、これまで DNA 切断が起こりやすいホットスポットと強く連関している。これほど複雑な構造変異には何回も DNA 切断が必要なことを考えると当然だと思う。

これまでゲノム構造変異は進化への貢献度が大きいことが知られている。そこで、ボノボと人間で大きく変化した領域と、cxSV が起こる領域を比べると、特に rare cxSV が人間独自の進化を遂げた領域と重なる。cxSV 自身は生存可能性を低下させる変異が多いが、しかしこのような変化が人間独自の進化を促進してきた。

最後に、双極性障害や統合失調症の脳のゲノムから cxSV を抽出すると、特に rare cxSV はシナプス接合や神経投射に関わる遺伝子と重なる。一方、common cxSV ではこのような神経特異的な相関は見られない。そして、保存されている精神疾患の患者さんの脳から単一核を取り出し、single cell RNA sequencing や ATAC-seq を行って、cxSV の影響を調べると、精神疾患特異的 rare cxSV の多くが様々な形で、重なる遺伝子発現を低下させることを明らかにしている。

以上が結果で、最も進化の推進役となる、変異が起こりやすい場所で起こる複雑な変異が、人間への進化を推進するだけでなく、人間の精神の変化に大きく関わることがよくわかる面白い論文だ。おそらく、このような精神の多様性が、人間の進化を推進してきたのだろう。

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10月7日 CDK9 キナーゼをガン抑制に利用する(10月4日 Science 掲載論文)

2024年10月7日
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タンパク質リン酸化を誘導するキナーゼは、発ガンにも大きく関与していることから、様々な阻害剤が開発され、分子標的薬の主流になっている。こうして開発されたキナーゼ阻害の化合物は、このブログで何度も紹介しているように、例えばタンパク分解システムを引き寄せて、キナーゼそのものを分解してしまうためにも使われる。とはいえ、基本的にはキナーゼの機能を阻害することが目的になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CDK9キナーゼ阻害剤を使って CDK9 を特定の領域にリクルートしたあと、同じ CDK9 を今度は本来の機能のキナーゼとして使うという、直感的にわかりにくい創薬の可能性を示した研究で、10月4日 Science に掲載された。タイトルは「Relocalizing transcriptional kinases to activate apoptosis(転写に関わるキナーゼの局在を変化させて細胞死を活性化する)」だ。

この研究が標的にしたキナーゼは CDK9 で、主に cyclinT1 と結合して RNAポリメラーゼのセリン2部位をリン酸化して、転写のスウィッチを入れる。この CDK2 を、転写が BCL6 により抑制されている部位にリクルートして、直接 RNAポリメラーゼを活性化することが、この研究の目的になる。このとき、転写を抑制している分子として選んだのが BCL6 で、B細胞白血病の一つのタイプ、びまん性大細胞型Bリンパ腫の原因遺伝子の一つで、細胞死に関わる様々な遺伝子を抑制することで白血病の増殖を助けている。

もし CDK9 を BCL6 結合部位にリクルートできれば、その場所でだけ RNAポリメラーゼを活性化して転写の抑制を外すことが期待できる。ただ問題は、これに使える CDK9結合化合物は現在のところキナーゼ活性阻害剤なので、BCL6結合部位にリクルートできても、阻害されたままだと利用できない。

この研究では、理屈は後にして、BCL6結合化合物とCDK9阻害化合物を結合させ、BCL6 を発現するリンパ腫を殺せる化合物を探し、CDK-TCIP1 と名付けた化合物を特定している。

生化学的に調べると、この化合物により BCL6結合部位に CDK9 とそれに結合する分子がリクルートされること、その結果その部位に存在する RNAポリメラーゼのセリン2 がリン酸化され、BCL6 によって抑制されていた転写が活性化されることを確認している。

この活性に CDK9 のキナーゼ活性は必須なので、BCL6結合部位にリクルートされてきた CDK9 の一部は阻害剤から離れて、そこで近くの RNAポリメラーゼをリン酸化し、転写を活性化していると考えられる。その結果、アポトーシスに関わる分子が転写され、細胞死が誘導されると考えられる。

最後にこうしてできた化合物の生体内での活性を調べている。まずこの化合物を、薬剤として使える様な修飾を加えた後、マウス腹腔に投与すると、見事にリンパ節の胚中心の形成を抑えることを示している。BCL6 は胚中心形成に必須の分子であることが知られており、この結果は免疫反応時に B細胞の細胞死が誘導され、免疫記憶が形成されないことを示している。

結果は以上で、残念ながら、生体内に移植したリンパ腫を阻害できるかどうかは示されていないが、胚中心阻害実験から、最初想定した機能を持つ化合物ができたことは間違いない。リンパ腫となると、CDK9 だけでなく、同じ機能を持つキナーゼも使われている可能性があるので、いくつかの化合物を合わせて使う必要があるかもしれない。いずれにせよ、BCL6結合部位特異的に転写誘導を起こすことから、CDK9阻害剤だけと比べると、副作用は少ない。また、胚中心阻害活性は、自己免疫病の阻害剤としても使える。

いずれにせよ、阻害剤を活性化剤として使うという面白い発想の研究だ。

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10月6日 発掘された3700年前の杉の木から構想する温暖化ガス対策(9月27日号 Science 掲載論文)

2024年10月6日
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ようやく秋の空気を感じる昨日今日だが、今年のような暑さを異常気温などと片付けられなくなってきた。実際、24年の大気中の炭酸ガス濃度は昨年より0.7%も上昇しているようだ。これに対し、様々な二酸化炭素削減のための技術が進められているが、削減自体にエネルギーが必要で、決め手にはなっていない。

今日紹介する米国メリーランド大学からの論文は、地中から掘り出された分解されることなく3775年間地中で保存されていた杉の木を分析して、空気から遮断した状態で木材を地中に埋めることで地球の炭酸ガスを理論上27%削減可能であることを示した面白い研究で、9月27日 Science に掲載された。タイトルは「3775-year-old wood burial supports “wood vaulting” as a durable carbon removal method(3775年間地中に埋葬されていた木材は“木材地下金庫”が持続可能な炭素除去方法を指示する)」だ。

現在年間の化石燃料からの CO2 排出量は37ギガトンらしいが、地球上の植物が吸収する炭酸ガスは220ギガトンに達する。もしこれらの植物が分解せずにそのまま保存できれば、その分 CO2 は減り続けることになるが、ほとんどは人間も含む生物により分解されもとの CO2 に戻る。それでも、間伐材など使わない木材を分解できないようにして地中に埋めて CO2 を削減する可能性は追求されていたようだ。

この研究は、地中に木材を封じ込める実験のための工事中に、カナダモントリオールの地下2mからほとんど分解されずに埋まっていた杉が発掘されたが、年代測定の結果なんと3775年前の杉であることがわかり、この研究が始まった。すなわち、もし4000年近く分解されずに残っていたら、そのまま炭酸ガスを4000年埋蔵していたことになり、木材封じ込め方法の有効性を強く示すことになる。

そこで、埋まっていた木材を洗浄して、炭素の保存状況を克明に調べるとともに、木が保存されていた状況について詳しく調べている。

まず木材だが、セルロースやリグニンなど、木材としての基本成分は完全に保存されており、炭酸ガスが炭素として保持されたことを示している。計算上だが、この間の炭素現象は5%以下に抑えられていると計算している。

次に、これほどの保存条件が実現したメカニズムを地層から探ると、水分が多い上に、上部を空気が通りにくい粘土層によりカバーされており、好気性の微生物を遮断し、木材の分解を遅くしたと考えられる。もちろん嫌気性バクテリアは存在しうるが、基本的にはリグニンは分解できずにセルロースが残ったと考えられる。

以上の結果から、森の維持に必要な間伐材など、現在焼却されたり放置されたりする木材を地中に埋めて、空気を遮断する土壌をかぶせることで、木材の封じ込めが可能になるのではと結論している。

その上でもしこれが可能なら、世界中で10ギガトンの炭酸ガス排出を封じ込めることができ、これは現在化石燃料から排出される量の27%になると結論している。

我々都会に生きていると、本当に大量の木材を地中に封じ込めることが現実的かどうか理解しづらいが、使用済み核燃料保存より遙かに安上がりな方法で、もちろんその上に通常の土壌をかぶせれば利用可能と思えるので、世界中で可能性を追求する価値は十分ある。ともかく、あらゆる可能性を試す以外、現状は変わらない。

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10月5日 TET2 欠損による幹細胞増殖を決めている新しいメカニズム(10月2日 Nature オンライン掲載論文)

2024年10月5日
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TET2 はメチル化されたシトシンを酸化することで、最終的にメチル基を外す機能を持つ分子で、欠損すると造血幹細胞のクローン増殖を誘導し、白血病の引き金になることが知られている重要な分子だ。このブログでも TET2 を扱った論文については何度も紹介してきた。しかし、紹介するとき私の頭にあったメカニズムは、TET2 によりメチル化された DNA のメチル基が外れ、その結果様々な遺伝子の過剰発現が起こって増殖が高まるというものだった。特に DNA メチル化でトランスポゾンや内因性レトロウイルスなどが抑制されており、それが細胞内で活性化され増殖を高めていると考えてきた。

今日紹介するシカゴ大学からの論文は、私のこれまでの理解を完全にひっくり返し、造血細胞のクローン増殖に関わる TET2 の機能はメチル化された染色体構造変化に関わる RNA を標的にしていること、そしてこれにより内因性レトロトランスポゾンが活性化することが増殖に関わることを明らかにし、TET2 機能を考える上で重要な研究で、10月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「RNA m5 C oxidation by TET2 regulates chromatin state and leukaemogenesis(RNA のメチル化シトシンを TET2 が酸化することがクロマチン構造を変化させ白血病化を誘導する)」だ。

TET2 をノックアウトすると ES 細胞のクロマチンはオープンになり転写が上昇する。TET2 は DNA と反応する時は特定の Zincfinger 分子が必要だが、RNA のメチル基と反応する時は PSPC1(RNA 結合分子)を必要とする。そこで TET2 ノックアウトの効果をメチル化 DNA とメチル化 RNA に分けて調べるために PSPC ノックアウト ES 細胞を調べると、染色体と結合するメチル化 RNA の濃度が高まり、この RNA が結合する領域のクロマチン構造がオープンになることがわかった。すなわち、TET2 はクロマチン構造の開閉を決めている RNA を脱メチル化することで、クロマチン構造を閉じる役割があり、これが欠損するとこの領域がオープンになる。

面白いことに、DNA メチル化によりクロマチン構造が調節されている領域はエンハンサーやプロモーター部位が多く、一方染色体に結合する RNA が調節している部位は、トランスポゾンや内因性のレトロウイルスの繰り返し配列が標的になっている。そして、TET2 や PSPC ノックアウトでは、このようなトランスポゾンのクロマチン構造がオープンになり、転写されていることを明らかにする。そして、この領域のクロマチン構造を決めているのが遺伝子発現を抑制する K119 部位がユビキチン化された H2A ヒストンで、TET2 ノックアウトでは、H2AK119ub が脱ユビキチン化が進んでクロマチンが開くことを明らかにしている。

最後に、H2AK119ub を除去する際のメカニズムを調べ、TET2 がノックアウトされるとクロマチン結合型メチル化 RNA が上昇し、これに MBD6(メチル結合分子)が結合すると、脱ユビキチン化酵素が H2AK119ub 結合部位にリクルートされ、ヒストンの脱ユビキチン化が進み、特定のクロマチンをオープンにすることを明らかにしている。言い換えると、TET2 はメチル化 RNA を脱メチル化することで、MBD6 とメチル化 RNA の結合を阻害し、H2AK119ub の脱ユビキチン化を抑えて、閉じたクロマチンを維持することがわかった。

ここまでの研究は全て ES 細胞で行われているが、最後に TET2 と MBD6 の役割を造血幹細胞で調べ、同じように TET2 がノックアウトされるとレトロトランスポゾンの発現が高まることが造血幹細胞の増殖を誘導すること、また MBD6 をノックアウトすることでメチル化 RNA の H2AK119ub の脱ユビキチン化阻害活性を抑えて、閉じたクロマチンを回復させ、幹細胞の異常増殖や、白血病かを抑えられることを示している。

結果は以上で、少しわかりにくかったかもしれないが、これまでの通説を覆す(少なくとも私の頭の中の)、優れた研究で、勉強した気分になる。

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10月4日 老化神経幹細胞を再活性化する(10月2日 Nature オンライン掲載論文)

2024年10月4日
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神経細胞にも幹細胞が存在し、様々な損傷によって活性化され、神経細胞を補えることが知られているが、この能力は老化とともに低下する。これまで、長く生存してきて疲弊するのは当然だと考えてしまっていたが、老化の研究が進むと、細胞全体が疲弊するのではなく、キーとなる過程が存在し、そこに介入することで、再活性できることもわかってきた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CRISPR/Cas を使った遺伝子スクリーニングを行い、老化を促進する鍵となる経路を探索、老化神経幹細胞の再活性化を妨げる因子を特定したという研究で、10月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「 CRISPR–Cas9 screens reveal regulators of ageing in neural stem cells( CRISPR-Cas9 スクリーニングにより神経幹細胞の老化調節機構が明らかになった)」だ。

方法は極めてストレートで、Cas9 を発現している老化神経幹細胞培養にレンチウイルスで遺伝子を切断するガイドを導入し、一定期間培養後、どのガイドが濃縮されるかを調べている。もし特定の遺伝子が幹細胞の再活性化を妨げていたら、それが除かれた細胞はより増殖するため、ガイドの頻度から増殖抑制に関わる分子を特定できる。

そして、老化幹細胞だけで抑制効果がある分子を301個も特定している。次に、この中から効果の高い10種類の遺伝子を選んで、今度は老化した Cas9マウスの脳内にガイド RNA を注射して遺伝子ノックアウトを行い、試験管内の結果が、生体内でも確認できることを示している。正直、ちょっと無理があるのではと思うスクリーニング方法だが、個々の遺伝子について一つづつノックアウトして確認している。

こうして得られた老化とともに発現が上昇して幹細胞の再活性化を抑える遺伝子のトップ10は、シリア形成、アルツハイマー病リスク遺伝子、そしてグルコーストランスポーターだった。

この研究では、おそらく研究のしやすいグルコーストランスポーター、GLUT4 に絞ってその後の解析を進めている。GLUT4 はインシュリン依存性のトランスポーターで、細胞のグルコース取り込に関わる。例えばグルコースが高いのに高インシュリンが続くインシュリン抵抗性では当然発現が上昇する。インシュリンと関係するかどうかはわからないが GLUT4 は老化とともに上昇する。そして、老化マウスでだけノックアウトすることで、幹細胞の再活性化能力を高めることができる。

さらに、グルコースを除去した培地で培養すると、老化細胞を活性化することができ、またグルコースの分解を阻害する 2DG を加えても、活性化能力が回復する。また、老化幹細胞では、グリコリシスが高まる一方、ミトコンドリアの活性が低下していることも確認している。

以上が結果で、最後は一般的に知られているように、老化には糖質制限が重要という結果に終わっているが、今後、他の遺伝子の機能を追求することで、老人の脳でも、損傷時の再生能力を高める可能性が生まれるかもしれない。

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10月3日 耐性菌に対するファージ治療の可能性を探る(9月26日 Cell オンライン掲載論文)

2024年10月3日
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Acinetobacter baumannii (Abm) のような病院内で発生する多剤耐性菌は現代の医療に残された重要問題で、このブログでも紹介したように、耐性のでない新しい抗生物質の開発が続いている。一方で、抗生物質とは異なるメカニズムで細菌を殺す溶菌ファージを用いて耐性菌を制御するための研究も進んでおり、やはり何度も紹介してきた。

今日紹介するハンガリーの生物学研究センターからの論文は、治療の対象となる Abm のゲノムを世界中から集め、その系統進化と多様化を徹底的に調べ、最適なファージ治療の可能性を追求した研究で、9月26日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Genomic surveillance as a scalable framework for precision phage therapy against antibiotic-resistant pathogens(多剤耐性病原菌に対するプレシジョンファージ治療の大規模なフレームワークのためのゲノム探索)」だ。

ハンガリーからの論文を見ることはほとんどないが、ノーベル医学生理学賞で言えば、RNA ワクチンのカリコさんもハンガリー人だし、私たちの世代にとってはビタミンCや筋肉研究で有名なセントジェルジが思い出される。

研究の着想は極めて論理的で、ファージ治療を成功させるために、まず Abm の多様性を徹底的に調べ、できるだけ多くをカバーできるファージ分離の原理を突き止めようとしている。まさに、Covid-19 の際全世界で進んだウイルスの進化地図作成と同じ方向性だ。

日本を含む Abm ゲノムデータベースから15410のゲノムを取り出し、配列に基づく系統樹とともに、ファージ感染では最も重要になるカプセルの合成に関わるゲノム領域に焦点を当てた系統樹を作成している。

こうして浮き上がってきたのは、コロナウイルスと異なり、都市や地域に限定されて進化していく点で、病院を中心として感染が起こることを裏付けている。従って、地域が異なると多様性は大きくなるが、それでもほぼ全ては31種類の頻度の高いタイプに分類することができる。

もう一つ重要なのは、各地域で見ると多様性の形成が遅く長期にわたって変化が少ないことで、コロナウイルスのように同じ地域で急速に多様化するようなことはない。すなわち、現存の Abm から有効なファージを分離できる可能性が高い。

そこで、ハンガリーやルーマニアから実際の Abm 株を分離、そこから最も頻度が高い11タイプの Abm に反応できる、15種類のファージを分離することに成功している。

このファージを実際の Abm に感染させ、ファージに対する耐性の出方を調べた結果、それぞれのファージに対して異なる遺伝子の変化が起こることが明らかになり、いくつかのファージを組み合わせることで、ほぼ耐性の出現を抑えられることを示している。その上で、マウス腹腔に Abm を注射し、そこにファージを感染させる実験で、一週目での生存を調べると、ファージなしでは1日で全部が死亡するが、ファージにより7日目の生存率が80−100%になることを示している。

さらに、ファージ感染で発生した耐性菌は、驚くことにそれまで耐性を持っていた抗生物質に対する感受性が戻ることも明らかにし、抗生剤との新しい協調を誘導できる可能性を示している。

以上が結果で、よく読んでみると、論理立てに読者の頭を導くような仕掛けで、本当は世界中の Abm を調べなくても、ファージ治療を開発できるのではと思うが、査読者も含めてうまく読者を誘導することも重要な技術だと思う。おそらく限られた予算の中で、できることをうまくストーリーに仕上げた点で、勉強になる論文だと思う。

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10月2日 細胞膜上のタンパク質を分解する新しいシステム(9月25日 Nature オンライン掲載論文)

2024年10月2日
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このブログでも何度も取り上げたが、細胞内の標的分子にタンパク質分解システムをリクルートして抑制する方法が、創薬の一つの方法として利用されるようになっている。そのほとんどは標的タンパク質にユビキチンリガーゼをリクルートする方法なので、細胞内のタンパク質に限られる。

これまで細胞表面に存在するタンパク質については、細胞膜からリソゾームへとリクルートし分解する方法が試みられている。ただ、表面タンパク質が細胞内小胞へ取り込まれてからの輸送経路が複雑で、完全に分解する経路へ導くことは簡単ではなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、細胞表面から常に細胞内小胞へインターナライズされ、その後また細胞表面へリクルートされるトランスフェリン受容体を用いて、細胞表面分子をリソゾームへとリクルート、分解する方法の開発研究で、9月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Transferrin receptor targeting chimeras for membrane protein degradation(膜タンパク質分解のためのトランスフェリン受容体へリクルートするキメラ分子)」だ。

トランスフェリン受容体に着目したのは、常にインターナライズされ膜と小胞を行き来しているという性質と、正常細胞と比べるとガン細胞で何十倍も発現が高いという性質だ。これにより、標的分子が正常細胞に発現していても、ガン細胞だけリサイクル経路で処理する可能性が出る。

そこでまず T細胞白血病細胞に発現させたキメラ抗原受容体 (CAR) をモデルとして、様々なタイプの CAR に結合するタンパク質とトランスフェリンに結合するタンパク質(抗体やリガンド)を結合させた分子を結合させ、CAR-T に加えると、細胞表面分子をトランスフェリン受容体へとリクルートし、細胞内小胞へインターナライズすることができるが、トランスフェリンと同じように一部がリサイクルされてしまって、分解されないことがわかった。

そこでトランスフェリンに結合するリガンドと、標的分子に結合する分子の間に、小胞体で働く酵素によって切断できるようにし、トランスフェリン受容体とは異なる、リソゾーム経路へ標的分子をリクルートする方法を開発し、最終的に80%近くの標的分子を完全に分解できる方法に発展させている。

次に、CAR のような人工的標的ではなく、PD-L1、EGF 受容体、CD20 など、抗体治療の標的として使われている分子を標的に同じ方法が使えるか調べ、全ての分子をリソゾームへとリクルートし分解できることを示している。

最後に、EGF 受容体に依存性の非小細胞性肺ガンをモデルに、EGF 受容体を分解できるか検討している。非小細胞性肺ガンに対しては EGF 受容体を標的にする抗体治療が行われているが、様々な変異により抗体の効果が失われる。しかし、ともかく EGF 受容体が発現しておれば分解経路へとリクルートできるこの方法は、抗体治療の効果がなくなったガンに対しても効果がある。また、EGF 受容体を発現する正常線維芽細胞にはほとんど影響がない。

最後に、EGF 受容体に対する抗体治療が効かなくなった腫瘍を移植したマウスに、この方法を試すと、EGF 受容体を分解して、ガンの増殖を抑えることを示している。

結果は以上で、臨床応用までは時間がかかるとしても、細胞表面分子をリソゾームへと導く方法開発の意義を明確に示した研究だと思う。特に驚いたのは、EGF 受容体に対する抗体と、トランスフェリン受容体に対する抗体を結合させた、彼らが TAC と名付けたキメラ分子の血中の半減期が、抗体より長く16日もあることで、治療する側から見ても使いやすい方法に成長するのではないだろうか。

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10月1日 IgA を分解する新しい細菌の発見(9月27日号 Science 掲載論文)

2024年10月1日
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これほどメタゲノミックスが進んだ現在でも、新しい細菌が発見され続けている。今日紹介する米国、クリーブランドクリニックからの論文は、マウス腸内細菌叢を IgA 分解活性を指標にスクリーニングし、Tomasiella immunophila と名付けた新しい細菌を発見した研究で、9月27日 Science に掲載された。タイトルは「A host-adapted auxotrophic gut symbiont induces mucosal immunodeficiency(ホストに適応した栄養要求性腸内共生細菌は粘膜免疫不全を誘導する)」だ。

細菌は様々なタンパク質分解酵素を持つので、腸内免疫に働く IgA を分解する活性を持ってることは十分考えられる。そこで、腸内の IgA が高いマウスと、低いマウスの細菌叢を分離して、IgA に作用させると、低いマウスのみ IgA を分解することを発見する。

次に、細菌培養を繰り返して IgA 解能を持っている細菌を絞り込んでいくと、テトラサイクリン抵抗性の Muribaculaceae 科に属する新しい細菌が特定され Tomasiella immunophila と名付けている。

この細菌の培養には細胞壁成分で、通常のバクテリアは自分で産生するN-アセチルムラニル酸が必要で、これを回りの細菌から調達して生きていると考えられる。さらに、無菌マウスに移植しても腸内で増殖できず、他の細菌叢との協力の下初めて腸内に居着くことができている。面白いことに、免疫不全マウスでは他の細菌叢が助けてくれても腸内での生存が低下していることから、IgA を何らかの形で細菌叢での生存に役立てている可能性がある。

この細菌、あるいは細菌由来の小胞に存在する酵素は、免疫グロブリンの κ鎖を分解し、こうしてH鎖とL鎖が分離すると、他の酵素がさらに働いて免疫グロブリン、腸内ではIgAが完全に分解される。

この活性はマウス腸間内でも発揮され、この細菌と IgA 分解能のない細菌叢を同時に加えたマウスの腸内では、IgA の量が低下する。そして、感染実験や、硫酸デキストランによる上皮障害実験を行うと、この細菌を加えたときだけ抵抗力が低下することを明らかにしている。

残念ながら、この細菌が持っている IgA 分解酵素の特定には至っておらず、またヒト IgA もこの細菌では分解できないこともわかった。

以上の結果から、Tomasiella immunophila はマウスとともに共進化してきたユニークな細菌で、示されてはいないが、おそらく IgA を一定程度分解することで、他の細菌との協力関係を築いて生存してきた様に思える。ただ、様々な病的状態では、この機能が逆にホストの抵抗力低下を促すことも示されていることから、共生菌としての生態についてはまだまだ研究が必要だと思う。また、同じような菌が人間にも存在するかの特定も残っている。このように、多くの問題が未解決のまま残されたフラストレーションを感じる論文だが、新しい不思議な細菌の発見という点では面白い。

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9月30日 化合物のみで誘導した自己 iPS 由来膵島細胞を用いた1型糖尿病の臨床例(9月25日 Cell オンライン掲載論文)

2024年9月30日
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自己 iPS を用いる細胞治療はもう珍しいことではなくなった。iPS による治療法が完成したことを最も実感できるとして目標とされてきた、パーキンソン病患者さんに対するドーパミン神経移植や、1型糖尿病 (IDDM) 患者さんに対する iPS 由来膵島移植も少しづつではあるが臨床例が報告されるようになってきた。

その中で今日紹介する中国南海大学病院と北京大学を中心とするチームにより報告された、自己脂肪細胞から小分子化合物の組み合わせで iPS を誘導し、それから膵島細胞を誘導したあと、1型糖尿病の女性の腹直筋鞘に移植した臨床研究は、私から見ても1型糖尿病の完治が可能になったことを示す症例報告で、1例だが最初の自己由来幹細胞を用いた糖尿病治療例として Cell に掲載された。タイトルは「Transplantation of chemically induced pluripotent stem-cell-derived islets under abdominal anterior rectus sheath in a type 1 diabetes patient(化学化合物で誘導した全能性幹細胞由来膵島細胞の1型糖尿病患者さん腹直筋鞘への移植)」だ。

この研究の責任著者の一人 Hongkui Deng は、私の現役最後の年に北京大学で大学院講義に招待してくれた知人で、10年以上前から小分子化合物だけで iPS を誘導するための極めてベーシックな研究を行う、中国の幹細胞研究をリードする若手の一人だった。免疫学でも業績を残しており、ともかく優秀な若手という印象が強く、このような若手が独立して自分の道を切り開ける、フレキシブルな仕組みが中国には存在することに感心した。

その後、2020年 Nature に4段階、異なる化合物を加えて培養するだけで、時間はかかるがヒト iPS 細胞が誘導できることを示す論文を発表している。

今日紹介する論文はこの研究の延長で、化学的に誘導した iPS (CiPS) が、これまで簡単ではなかった実際の細胞治療に使えることを示したことで、この方法が普及する道を開いたと思う。

さて対象患者さんは、1型糖尿病だけでなく、肝硬変の治療として2回も肝臓移植を受けており、さらにその際、IDDM を治療するために膵臓移植まで受けた患者さんだ。ただ、血栓の心配があり、移植膵臓は除去されており、IDDM としてインシュリン治療を受けているが、コントロールが極めて難しく、低血糖発作が頻発するという問題を抱えていた。

そこで、インシュリン産生 β細胞とともに、グルカゴン産生細胞やソマトスタチン産生細胞誘導できる CiPS 由来膵島細胞を移植する可能性が検討された。

2020年、脂肪細胞から CiPS を誘導し、そこから膵島を誘導したあと、最終的に2023年6月に実際の移植を行っている。その間3年を費やしているが、ほとんどの時間を数百匹の免疫不全マウスを用いた効果検証、安全性検証、最後にサルへの移植実験を経るという、同じ細胞の徹底的な前臨床検査を行った上で、腹直筋鞘に2万個近くの膵島を移植している。この移植部位についても Honkui は腹直筋筋鞘が使えることを2023年 Nature Metabolism に発表しており、マルチタレントの徹底ぶりを披露している。

ここまでで驚くのは、実験に必要な数の細胞を同じ CiPS から調整し続けていることで、安定供給が可能なシステムができあがっていることに驚く。

さて結果だが、簡単に言ってしまうと IDDM は完治したと言っていい。まず、移植後70日目で全くインシュリン治療が必要なくなっており、それでも 300mg/dl 近くの血中グルコースが、100mg/dl と安定し、一日の98%が正常範囲で維持できるようになっている。

また、HbA1c も70日目で6.5、120日目で5.3に正常化し、そのまま一年維持されている。もちろん移植した細胞から十分量のインシュリンが分泌され、一年間安定しており、また食事により分泌の上昇も正常に見られる。

最後に副作用を調べているが、局所痛以外問題になる副作用はなく、しかも注射した部位の細胞の様子をCTや超音波で確認できる。その結果、大量の細胞を移植しているが、現在のところ腫瘍性増殖はなく、ガンマーカーも上昇がない。

以上が結果で、日本の IDDM ネットワークの目標は「治らないから治るへ」だが、少なくとも1年間治った状態が維持できたという結果で、素晴らしい結果だと思う。あとは、自己免疫性反応の制御や普及のための標準化などまだまだ時間はかかるが、IDDM の完治へ向けた大きな進展だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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