2025年8月8日
リチウムと聞くと、最近ではもっぱら電池の話題になりがちだが、リチウム電池が普及する以前から、リチウムは双極性障害(躁うつ病)の治療薬として用いられてきた。これは、オーストラリアの精神科医ジョン・ケードが行った動物実験中の偶然の発見に端を発し(Cade JFJ. Med J Aust . 1949;2:349–52)、1970年に FDA の承認を受けて以来、今なお気分安定薬のゴールドスタンダードとして使われている。
本日紹介するハーバード大学からの論文は、このリチウムがアルツハイマー病 (AD) にも有効かもしれないことを示唆した衝撃的な研究であり、8月6日に Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lithium deficiency and the onset of Alzheimer’s disease(リチウム欠乏とアルツハイマー病の発症)」である。
これまでにも、デンマークの疫学研究で飲料水中のリチウム濃度が高い地域ほど認知症の発症率が低いことが報告されていた。また、金属イオンと脳機能に関する研究も多数存在する。そこで本研究では、AD と脳内金属濃度の関連を探索し、MCI(軽度認知障害)および AD脳でリチウム濃度が著しく低下していることを明らかにした。
さらに、アミロイドプラークを組織学的に解析したところ、プラーク内部に周囲の約3倍のリチウムが濃縮されていることが判明。つまり、プラークの形成過程でリチウムが“トラップ”され、細胞内のリチウムが枯渇してしまう可能性が示された。
この仮説を検証するため、アミロイドβ (Aβ) とタウ (Tau) が同時に蓄積する 3xTgマウスにリチウム欠乏食を与えた実験が行われた。その結果、通常食と比較して Aβプラークやタウの沈着が顕著に増加し、行動試験でも認知機能の低下が早期に進行した。
ここで重要なのは、リチウムがプラークやタウの“材料”であるわけではないという点である。むしろ、リチウムの欠乏が神経細胞の恒常性を破綻させ、結果として病的タンパク質の蓄積を促進していると考えられる。
そこで、同じ 3xTgマウスを用いて single nucleus RNA sequencing を行ったところ、ほとんどすべての細胞種で大きな転写変化が確認された。たとえば、神経細胞ではシナプス形成や機能に関わる遺伝子が強く抑制され、オリゴデンドロサイトではミエリン形成遺伝子が低下していた。
さらに、ミクログリアにおいては、自然炎症を促進するサイトカインの発現が上昇する一方で、Aβプラークの貪食能が著しく低下しており、これが病的タンパク質の蓄積に拍車をかけていることが示唆された。
このような細胞機能の破綻の背景として、GSK3β (glycogen synthase kinase-3β) の活性化が関与していた。リチウムは GSK3β を阻害することで Wnt/β-catenin シグナルを活性化し、神経保護に働くとされるが、生理的濃度ではこの作用が不十分に見える。しかしリチウム欠乏マウスでは、βカテニンの核移行が抑制され、GSK3β 活性が上昇していた。また、リチウム欠乏マウス由来のミクログリアに GSK3β 阻害剤を加えると、貪食能が回復した。
以上の結果から、リチウム欠乏により GSK3β が過剰に活性化し、それに伴って細胞機能異常と病理進行が引き起こされるというシナリオが明確に描かれている。
このように、リチウムの補充は有効な治療戦略となり得るが、従来のリチウム塩(炭酸リチウムなど)では AD 治療に失敗してきた。著者らはその原因が、投与されたリチウムがプラークに取り込まれてしまうために脳細胞に届かないことにあると考えた。そこで、プラークに取り込まれにくいリチウム塩をスクリーニングし、リチウムオロテート (lithium orotate) が最も取り込まれにくいことを発見した。
その上で、Aβプラークとタウ線維がすでに蓄積した段階からリチウムオロテートを投与したところ、プラーク数とタウ沈着細胞数の有意な減少、そして認知機能の回復が見られたという。
この研究が示す通り、AD の発症後でもリチウムによって病態を可逆的に改善できる可能性があるというのは、非常に衝撃的である。ただし、使用されたのはサプリメントとして市販されているリチウムオロテートではなく、精密に検討された製剤であるため、今すぐサプリを購入しても意味はない。今後、リチウムオロテートを用いた臨床試験が迅速に開始されることを期待したい。
2025年8月7日
実験の多くは結果を予想して進める。ただ一つの論文が仕上がるまで、だんだん予想が当たる確率は増えてくるのが普通で、予想が裏切られたまま論文としてまとめるのは難しい。
これに対して今日紹介するカナダ・マクマスター大学からの論文は、予想を裏切る結果を粘ってよくまとめたと感じられるという点では面白い論文なので敢えて紹介することにした。タイトルは「ACLY inhibition promotes tumour immunity and suppresses liver cancer(ACLY 阻害はガン免疫を促進し肝臓ガンを抑える)」で、7月30日 Nature にオンライン掲載された。
この研究はクエン酸を Acethyl-CoA に変換する酵素 ACLY が肝臓ガンで上昇しているというこれまでの結果を基に、ACLY のガンの治療標的としての可能性を調べることを目的としている。そのために、ニトロソウレアによる変異誘導に高脂肪食を組み合わせたマウス肝臓ガンモデルを作成し、人の肝臓ガンにかなり近いことを確認したあと、このモデル実験系で ACLY を肝臓特異的にノックアウト、肝がん発生と ACLY の関係を調べている。
結果は予想通りで、完全ではないが ACLYノックアウトしたマウスではガンの増殖が抑制される(もちろんここで予想が外れたら研究は進まない)。
そこで、遺伝的ノックアウトの代わりに ACLY 阻害剤を、脂肪合成を抑制するとして知られる多くの化合物を調べ、SLC27A2 酵素により CoA チオエステルに変換されああと ACLY を競合的に阻害する化合物 EVT0185 を特定する。この転換は肝臓や肝臓ガンだけで起こるので、ACLY のような重要酵素の阻害が他の細胞の副作用なしに可能になる。
しかし、ACLYは TCA サイクルから出てくるクエン酸を Acetyl-CoA とオキザロ酢酸に変換し、TCAサイクルを脂肪合成につなぐ重要な経路で、すぐに他の経路で脂肪合成が始まると予想されるが、このときは幸いにも予想が外れ、肝臓ガンもモデル実験系でこの薬剤を経口投与すると、ガンの増殖を抑えることができた。
EVT0185 の ACLY との結合はタンパク質構造学的解析から ACLY の特異的な阻害剤と予想できるが、効果が本当に ACLY 阻害だけで発生しているのか調べるため、ACLY ノックアウトマウスで ETV0185 投与による肝臓細胞の脂肪合成を調べると、ACLY がノックアウトされて代償経路が発達した肝臓の脂肪合成も抑制できることがわかった。即ち、予想が外れ ETV0185 は他の脂肪合成経路も抑制できることがわかった。ただこれも予想が外れて幸いで、この結果代償性経路が発生しても、肝ガン特異的薬剤として利用できる可能性がある。事実、投与実験では肝臓ガンの増殖が抑えられる。
ではこの効果は予想したとおり、ガン細胞の脂肪合成を締め上げてガンを殺すからなのか?遺伝子発現などから効果メカニズムを探索した結果、予想は大外れで、ガン細胞自体の ACLY を阻害しているにもかかわらず、このガン細胞を免疫不全マウスに移植すると、ETV0185 のガン抑制効果が全く消失する。即ち、ガン増殖自体ではなく、ガンが免疫細胞を呼び込むメカニズムにこの薬剤が効いて、免疫を介してガンを抑制していることになる。
ガン免疫と言うと当然キラー細胞で、キラー細胞が誘導しにくいことが肝臓ガンの免疫治療が難しい原因になる。これまでの結果は、ともかくガンの脂肪代謝を変化させると、ガン免疫を誘導しやすくなることを示唆している。ただここでも予想が外れて、ノックアウトマウスで発生した肝ガン組織を詳しく調べると、ガン組織にはB細胞が主に浸潤している。そこで、CD20抗体でB細胞を除去すると、EVT0185ノガン抑制効果が消失する。
結果は以上で、期待通り脂肪合成経路を阻害して肝臓ガンを抑制する化合物を特定したが、そのメカニズムは全て予想に反した結果で、なぜB細胞浸潤が誘導されるのか、なぜB細胞が肝ガンに効くのかなどはわからずじまいで終わっている不思議な論文だ。このように予想に反する結果を論文にまとめ上げる力も研究者には要求される。ただ、ここまで予想が外れた化合物を、ガンに効くからと言って使うかどうかは難しい問題だ。
2025年8月6日
脳死をヒトの死と認めたとき、では脳死の方を実験目的で使えるかという課題が、生きた人間の身体を用いて異種移植への反応を知りたい医学側の要求として出てくる。儒教の影響の強い日本では問題提起もできないと思うが、実際にこのような実験は行われており、このブログでは、2024年 Nature Medicine に報告されたニューヨーク大学からの遺伝子改変ブタ心臓の脳死体への移植実験を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/24508)。 調べてみるとこの大学ではすでに4例の脳死体への移植実験が行われており、他にも5例ぐらい同じような研究目的の脳死体への移植が行われているようだ。
今日紹介する中国西安にある第4軍医学大学は、中国で脳死体への異種臓器移植研究を推進している施設でこれまでに Nature 論文をいくつか報告しているが、今回は将来異種移植を受けた患者さんモニターのためのヒントを得るべく、移植後定期的に末梢血や肝臓サンプルの検査を行って、起こりうる自然免疫から獲得免疫までの経緯を調べている。タイトルは「Immune cell landscape in a human decedent receiving a pig liver xenograft(ブタ異種移植を受けた脳死体の免疫ランドスケープ)」で、7月30日Nature Medicineに掲載された。
この研究は今年の5月 Nature に中国の遺伝子改変ブタとして報告されており、6種類の遺伝子がヒト化されている。また、おそらく倫理的な取り決めで移植後10日以降は実験を行わないことになっている。脳死体と言え、実際の臨床応用を考え、ステロイドホルモン、抗補体、抗TNF、抗胸腺細胞抗体、抗CD20,そしてマイトマイシンとFK506という徹底的な拒絶反応予防策を移植前から進めている。そしてブタ肝臓を移植後、毎日採取された末梢血、そして2日目と10日目に採取された肝臓サンプルについて、single cell RNA sequencing や組織上での遺伝子発現を調べる方法で、ホストの肝臓への反応を調べている。
これほど様々な抑制処理をしても、好中球、T細胞、単球が移植後の末梢血に現れてくる。遺伝子発現に基づいて、それぞれの細胞集団をさらに細かく分析し、移植により最も活性化される変化を探索している。詳細にわたりわかりにくいが、2つの変化を異種移植による最も重要な変化として指摘している。
一つが初期に単球集団に見られる thrombospondin-1 の発現で、この集団は肝臓にも浸潤し、実際肝臓では Thrombospondin-1 とそれに反応する血小板の CD36 が同じ場所で染色できる。以上のことから。移植初期に見られる血小板凝集は、おそらく thrombospondin-1 陽性単球が組織に浸潤して CD36 を刺激して起こると考えられ、対応が可能になる。
移植初期に様々な自然炎症反応を検出できるが、後期に起こる獲得免疫反応も、T細胞に対する抗体を用いる処置をしているにも関わらず起こってくる。そして、これらT細胞は末梢血や移植肝臓内でも、抗原刺激を受けていた疲弊型タイプであることがわかる。従って、遺伝子改変ブタに対しても、結局強いT細胞免疫反応が起こっていることがわかる。移植後3-5日目には C1QC や VSIG4 といった自然免疫に関わる単球が増える、それらはT細胞のチェックポイント分子 PD-1 を発現しているので、このような単球による異種移植抗原の提示が行われている可能性が高い。
他にもいろいろあると思うが、この2つのポイントに対する処置方法が次のステップへの重要な課題となることがわかる。
いろいろ倫理問題はあるのかもしれないが、異種移植はまだまだ難しい課題が多いことがよくわかる貴重な論文だった。
2025年8月5日
多くの動物ドキュメントでは子育て中の母の行動が最もド感動的なドラマになる。そして我々もそのドラマに、崇高な愛をかぶせてみてしまう。もちろん多くの動物行動学者も同じように崇高なものを感じているのだろうと思うが、脳のレベルにまで落ちてくると、感動の行動も神経領域の活動の有無で終わってしまう。
今日紹介する米国国立衛生学研究所からの論文は、授乳期の母親の子育てへの指向を、それを抑制する食欲中枢から見直した研究で、母の愛情をを拮抗する回路バランスに帰してしまうと言う寂しさはあるが、面白い研究で、7月30日の Nature にオンライン出版された。タイトルは「A hypothalamic circuit that modulates feeding and parenting behaviours(摂食行動と子育て行動を調節する視床下部回路)」だ。
これまでも視床下部に存在する摂食中枢や、あるいは子育て中枢についての研究は読んできたが、この研究の特徴は、食欲からこ子育て行動を見直そうと、まず授乳期に母マウスに見られる食欲増進から調べ始めているのがユニークだ。驚くなかれ、マウスでは授乳中に摂食量が4倍近くに上昇するようだ。確かに、時には10匹を超える子供に授乳させるためには食べることが重要だ。そこで、愛より先に、まず授乳が始まると急速に高まる食欲を調節する細胞について、授乳期と処女マウスを比較する実験で、視床下部弓状核 (ARC) にある最も食欲に関わることが知られている agouti related protein (Agrp) を発現する神経を細胞が食欲増進に関わることを明らかにしている (ARCagrp)
しかし、食べ物がなくなった場合子育てはどうなるのか?食べることと子育てが対立するような実験系を作り、処女マウスと授乳マウスを行動学的に調べている。食べ物の心配が無い場合、どちらも子育てと食べることを両立させる。しかし、食べ物がなくなると、処女マウスはすぐに子育てをやめ、場合によっては子供を傷害する。ところが、授乳期のマウスでは食べ物にありつけない場合もまず子育てを優先し、実際の摂食量が減る。マウスの場合、空腹がより高まると、子育てへの時間は減ってくる。即ち、食欲と子育ては実際には反発し合っている。
この行動の神経背景には、食欲に関わる ARCagrp と子育て神経活動に関わる細胞の関係があるはずで、次に子育てに関わると知られている内側視索前野 (MPOA) へ ARCagrp は神経回路を形成し、ARCagrp 刺激は子育て活動を抑制することを明らかにする。
子育て時に興奮する神経は複雑であることがわかっているので、子育て時に興奮した神経をマークし操作する TRAP と呼ばれる方法を用いて調べ、ARCagrp と回路を形成しているのが bombesin 受容体を発現している神経で (MPOAbr) 、この刺激を抑制すると、食欲への反応性が高まるという関係にあることを明らかにする。即ち、子育てでは MPOAbr が活動し食欲と拮抗することで、子育て優先へと行動を調節しているのがわかる。また、子育て行動を示さない処女マウスの MPOAbr を刺激すると、食べ物がなくなったときに示す子供に対する攻撃行動が抑えられることも示している。
最後に、神経回路の特性について光遺伝学的に詳細に調べ、飢餓状態で子育て行動を抑える ARCagrp から MPOAbr への抑制回路が基本で、まさに母体保護優先回路が基本であることがわかる。そして、両方の領域は授乳期のホルモン環境によりともに高まることが明らかになった。
ただ、子育て回路の方は愛情を感じさせるほど複雑な回路を形成しているため、今後母親の自己犠牲愛にまで進む感動の回路は見つかる可能性は十分ある。脳回路研究は残酷だが、面白い。
2025年8月4日
今日はハーバード大学 George Daley 研究室から8月1日 Cell にオンライン掲載された論文を紹介することにした。というのも、個人的にも付き合いの深かったこの論文の筆頭著者 George Daley が、なんと David Baker さんと組んで LLM を利用した研究を行っているのを知ったからだ。もちろん研究の世界で誰がどう組もうとなんの不思議はない。しかし、大御所と言っていい山中さんと同じ世代の Daley が LLM を使って論文を出しているのを見ると、生命科学分野での LLM の浸透を強く感じる。他にもエピジェネティックスの大御所 Richard Young も、分子の細胞局在を予測する LLM モデルについて論文を発表しており、このブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26318 )。彼らは幹細胞研究を通して個人的交流を持った大御所の話で、他の分野でもおそらく大御所に LLM は浸透し始めているのだろう。
Daley は造血系研究の大御所で、リンパ球も含む血液系細胞操作には Notch 刺激が必須であることを示してきた。Notch はほとんどの組織で何らかの機能を持っているが、血液系でも様々な系列、様々な分化段階で重要な働きをしている。ただこの過程を試験管内に移すときの問題は、Notch 刺激を誘導できる可溶性の分子が開発ができていないことで、Notch を刺激するためには、そのリガンド DLL を細胞に発現させたり、あるいは固相に結合させる必要があった。この問題を最新のタンパクデザイン法を用いて克服し、可溶性の Notch 活性化剤を開発したのがこの研究で、論文のタイトルはズバリ「Design of soluble Notch agonists that drive T cell development and boost immunity(T細胞の発生と誘導し、免疫を増強する可溶性Notchアゴニスト)」だ。
この研究では、最近開発された生理的条件での特異的ペプチド間の共有結合を簡単に実現する SpyCatcher と呼ばれる方法を DLL の重合分子デザインに用いて、Notch の活性化を可能にする分子デザインを探索し、最終的に3つの DLL が結合した構造が、細胞表面上での Notch の重合、そして刺激されたあと Notch の細胞内ドメインの核移行を誘導することを示している。即ち、Notch アゴニスト活性のある完全可溶性の DLL デザイン重合体の開発に成功している。
これだけなら Baker さんの出番はないのだが、Baker さんの成果を取り入れようとする努力が随所に見られ、デザイン重合体の設計に当たっては、3次元構造を AlphaFold などを用いて示している。とはいえ、デザインリガンドと Notch との関係については、機能面以外の構造解析はほとんど行われていない。
一度可溶性アゴニストが開発できれば、あとは Daley のお手の物で、1)これまで細胞上に DLL を発現させて行われてきたプロT細胞からCD4、CD8T細胞への分化を、可溶性アゴニストで完全に再現できること、2)ヒト iPS細胞から造血能のある血管内皮を誘導したあと、デザインアゴニストを用いて CD8、CD4 分化細胞を誘導できること、3)T細胞機能誘導でT細胞の炎症性サイトカイン分泌を誘導できること、更には 4)マウスを免疫するとき同時にデザインアゴニストを投与すると、非投与群より何倍も多い抗原特異的T細胞を誘導できることを示している。
ただこれらの実験過程で、ヒト iPS細胞から CD4 や CD8 T細胞を誘導するとき、他の系では活性が低い2つの DLL が結合したデザインアゴニストの方が高い分化誘導能力を示すことに気づき、Notch シグナル誘導様式が SpyCatcher・DLL 構造で決まるほど単純ではないことを確認し、ここで Baker さんとの密接な関係での研究が進め、以前紹介したペプチドによる様々な形のスキャフォールドに DLL を5個結合させたアゴニストが、ほぼ全ての過程で高い活性を維持するアゴニストとして使えることを明らかにしている。
このように Baker さんの関与は最後の実験になってしまっているが、LLM をタンパクデザインに使うという方法の急速な浸透が感じられた論文だった。
お察しの通りコスタリカ最後の日も長い一日で、ようやく論文紹介もこちらの夜10時を越えた。また証拠写真として、コスタリカで有名なアカメアマガエルの写真を添付しておく。
2025年8月3日
魚の寿命は多様だ。このブログでも200歳を超す寿命を持つメバルのゲノムを調べたカリフォルニア大学バークレイ校からの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/18305 )、長生きの秘密を知りたいとメバルに頼る気持ちはよくわかる。一方で、脊髄動物の中で最も短い寿命を持っているのも魚類 Killifish (キリフィッシュ)で、アフリカの雨期に水たまりの中で孵化し、乾期が来るまでに繁殖し、卵を残したあと乾期になると水たまりが干上がるので死んでしまう。長くてもふ化後数ヶ月の寿命しか持たない。
キリフィッシュが面白いのは、結局干上がって死んでしまうのだからわざわざ老化する必要が無いのに、なんとこの短い期間で老化が進むことだ。実際実験室で飼育する場合、野生型のキリフィッシュは5-7ヶ月の寿命しか持たず、乾期がなくても死んでしまう。すなわち、短い期間に老化が進む。この理由については多くの研究があり、エピジェネティッククロックの進行、mT0R の強い活性化、高い炎症性サイトカイン、ミトコンドリアによる活性酸素蓄積など、文字通り老化の指標のオンパレードであることがわかる。ただ、この全体の老化の引き金になるメカニズムまでは明らかになっていない。
今日紹介するドイツ・イエナにあるフリッツリップマン老化研究所と米国スタンフォード大学からの論文は、脳について老化の引き金を遺伝子発現とプロテオームから探索した研究で、7月31日号の Science に掲載された。タイトルは「Altered translation elongation contributes to key hallmarks of aging in the killifish brain(翻訳時の伸長反応の変化がキリフィッシュの脳の老化を誘導する)」だ。
研究ではキリフィッシュを飼育し、5週、12週、39週で脳を取り出し、脳全体を RNA から翻訳結果としてのプロテオームと、転写活性としての mRNA を調べている。転写が一定の場合、プロテオームを用いて調べるタンパク量の mRNA 量と12週の脳までは概ね比例しているが、39週になるとタンパク質の方が強く抑制され、mRNA の翻訳が多くの遺伝子で滞っていることがわかった。
ただ翻訳全体が低下したり、あるいはタンパク分解が促進しているというわけではなく、強く抑制されているのは塩基性のアミノ酸を含むタンパク質の翻訳で、これらの分子は主に DNA や RNA と結合するタンパク質で、DNA修復やリボゾーム形成と翻訳などに関わる分子の翻訳が軒並み低下する。
リボゾームを分離して結合している RNA の種類を調べる Ribo-seq を行うと、老化に伴いリボゾームの衝突が増え、リボゾーム上での翻訳が中断してしまっていることがわかる。この中断はリジンやアルギニン部位で起こっており、結果塩基性で核酸と結合して機能する分子の合成が選択的に低下する。
このように、核酸に結合して機能するタンパク質の翻訳が滞ると、DNA 修復や転写、スプライシングなど様々な異常が誘導されいずれも老化の指標を高める。ただ最も深刻なのは、リボゾーム結合タンパク質の量が減ることで、リボゾーム機能が低下し、その結果翻訳の中断する症状が悪化する悪循環に入ることだ。最初の引き金が何かは示されていないが、この悪循環が、キリフィッシュが短い期間で老化を加速させる原因になっているのかもしれない。そして翻訳の中断がおこると、伸張の止まったペプチドが内部で沈殿を起こし、細胞老化は加速する。
結果は以上で、キリフィッシュではリボゾームでの翻訳、特に塩基性アミノ酸を持つタンパク質で起こり始めることで、リボゾーム機能が坂を転がるように低下するメカニズムがスイッチオンすることが、様々な老化過程のスイッチを入れ、短期間に老化が進むと結論している。
今後はこの悪循環にスイッチを入れるメカニズムと、それを入れるタイミングが重要な課題になる。
2025年8月2日
アルツハイマー病 (AD) 発症やその予防にミクログリアが重要な働きをしていることは疑えない事実として確立している。例えばAβプラークを減らすのにミクログリアの活性化が使えることはわかっていても、明確な活性化方法が確立しているわけではない。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、ミクログリアの活性化に関わる分子セットとして、ミクログリア側の TREM2 と神経細胞側の Semaphorin6D (Sema6D) を、既存のデータベースとインフォマティックスを駆使して突き止めた研究で、7月30日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Systematic analysis of cellular cross-talk reveals a role for SEMA6D-TREM2 regulating microglial function in Alzheimer’s disease(系統的に脳内での細胞間相互作用を解析することで Semaphorin6D と TERM2 がアルツハイマー病でのミクログリアの機能での役割を明らかにした)」だ。
この研究は、single cell レベルの遺伝子発現データの中には細胞間相互作用による変化が含まれており、増殖シグナルでも特に結果としての細胞数などが明確にわかっていなくても、発現分子の変化から特定できるという革新に基づいている。さらに、この細胞間相互作用の解析を正常と AD とで比べ、その中に遺伝子多型などの研究から明らかになった AD リスク遺伝子を位置づけてて行くことで、インフォーマティックスだけで重要な細胞間相互作用とそれに関わる分子を特定できると考えて、現在利用できる single nucleus RNA sequencing のデータを CellPhone と呼ばれるアプリで解析し、脳内組織中での各細胞間の相互作用を特定した上で、AD で最も変化する細胞間相互作用をリストし、この中で最も AD で変化が大きい相互作用としてミクログリアと興奮神経がリストされてくること、こうして単一細胞レベルの RNA sequencing から明らかになった相互作用ネットワークの中に多くの AD リスク遺伝子が含まれることを突き止める。
そこで研究はミクログリアと神経間の相互作用に絞り、Cyto Talk と呼ばれる分子間相互作用の機能を推定できるアプリケーションを用いて、この過程に関わる分子間相互作用を解析する中で最も高いスコアをつけたのが Sema6D と TREM2 だった。
いずれの分子も神経発生やミクログリアの活性化に重要であることがすでに明らかになっている分子だが、両方が直接相互作用をする可能性については示されていない。そこで、この関係のADでの重要性をさらに裏付けるために、AD のステージングがはっきりしているデータベースを用いて、TREM2、Sema6Dと繋がる分子ネットワークの変化をステージごとに調べると、両方ともステージが進むにつれネットワークが破壊されていく。
もちろんインフォーマティックスだけでは論文を通すのは難しいので、ここからはこのデータを元に実験的研究へと移っている。まず、患者さんの悩を組織学的に調べ、Aβ プラークの周りに Sema6D分子と TREM2分子がとくに AD 初期段階で集合していること、またその部位には元々 Sema6D のリガンドとして知られる Plexin が存在しないことを発見する。すなわち、直接 Sema6D と TREM2 が相互作用する可能性が示唆された。
そこで iPS細胞由来ミクログリア細胞を用いて Sema6D を培養に転嫁する実験を行い、Sema6D 添加でミクログリアの貪食活性が上昇すること、またこの上昇は TERM2 をノックアウトすると見られなくなる。他にも、TREM 刺激で起こる Syc などのリン酸化も調べ、Sema6D がリン酸化カスケードを誘導し、TREM2 ノックアウトでこれが消失することを示して、両方の分子が直接相互作用している可能性を示している。
結果は以上で、分子間シグナルの研究としてはよく論文が通ったなという感じだが、インフォーマティックスから生まれた可能性を確認した合わせ技一本と言っても良い気がする。いずれにせよ、これが正しければ、AD 初期の新しい治療が可能になるかもしれない。
2025年8月1日
昨日に続き今日紹介するワシントン大学からの論文も脳にあるマスト細胞に注目してその機能を調べ、ヒスタミンなどの分泌を介してクモ膜下腔から硬膜へと続く脳脊髄液の流れをネガティブに調節することを示した研究で、昨日紹介した研究とサイドバイサイドで7月24日 Cell にオンライン掲載されている。タイトルは「Mast cells regulate the brain-dura interface and CSF dynamics(マスト細胞は脳と硬膜のインターフェースを調節して脳脊髄液のダイナミックスに影響する)」だ。
この研究では昨日頭蓋骨髄からのカナル構造がクモ膜を突き抜けることで、クモ膜下腔から脳脊髄液 (CSF) を硬膜へと流す流路にもなっており、マスト細胞は頭蓋からの細胞移動だけでなくCSF の流れも調節するのではと考えた。
そこで、まず昨日紹介したマスト細胞特異的に発現している Mrgprb2 に作用があることが知られている 48/80 と呼ばれる化合物を頭部皮下に注射し、脳のマスト細胞を刺激すると、期待通りマスト細胞は活性化し脱顆粒する。そのとき、脳の大槽に直接蛍光タンパク質を注射しその動きを追跡すると、クモ膜下腔から硬膜への CSF の流れが強く抑制されることを発見する。この抑制は48/80でなく、同じく Mrgprb2 を刺激できる内因物質 substance P でも起こるし、また IgE による刺激でも起こるので、マクロファージ活性化に伴う脱顆粒で分泌される分子が直接 CSF の流れを抑えていることがわかる。
当然最も重要なマスト細胞由来分子はヒスタミンなので、ヒスタミンを頭蓋皮下に注射すると、期待通り CSF の流れが抑制される。これは頭蓋からのカナルを形成する静脈をヒスタミンが拡張させ、その結果クモ膜下腔と硬膜をつなぐ隙間が減少することで起こることを示している。
昨日の論文と合わせると、マスト細胞の活性化はカナルを通る好中球を高めるとともに、CSFの流れは抑えられることになる。
昨日の論文では卒中によるマスト細胞の活性化に焦点を当て、結果マスト細胞の活性化を抑えることが卒中後の神経壊死を抑えることを示していた。即ち、マスト細胞はネガティブな作用を持つことになる。
一方この研究では、細菌やウイルス感染によるマスト細胞の活性化モデルを取り上げ、細菌によるマスト細胞の活性化が CSF が流れる隙間を閉じることでカナルから出てきた細菌やウイルスが脳内への侵入を防ぐポジティブな役割があることを示している。また、この研究でもマスト細胞の活性化により好中球が頭蓋骨髄から脳内への浸潤が高まることも示している。即ち、細菌感染という枠組みで考えると、マスト細胞がこの特殊な組織構造を調節して脳を感染から守るポジティブな役割を演じていることもわかる。
以上2日間、まだまだマスト細胞の謎はつきないようだ。
2025年7月31日
今日と明日、 7月24日 Cell にオンライン掲載されたマスト細胞の脳での新しい機能の発見に関する論文を続けて紹介する。
まず最初のジョンホプキンス大学からの論文は、マスト細胞が頭蓋骨髄からの白血球の移動を調節する鍵となる細胞で、この機能を抑えることで脳卒中後の慢性炎症を防ぎ、症状を軽くすることを明らかにした論文で、タイトルは「A mast cell receptor mediates post-stroke brain inflammation via a dural-brain axis(マスト細胞受容体は卒中後の脳炎症を硬膜-脳経路を介して調節する)」だ。
このグループはマスト細胞特異的に発現している Mrgprb2 と名付けられた、リガンドがはっきりしないG共役型の受容体に着目して研究をしてきており、この遺伝子をノックアウトしたマウスを調べる中で、中脳動脈を閉塞させて虚血を誘導する卒中モデルで Mrgprb2 がノックアウトされると神経細胞壊死を抑制できることを発見した。このメカニズムについて解析したのがこの研究になる。
Mrgprb2 はマスト細胞だけで発現しており、まず調べる必要があるのはマスト細胞が脳のどこに存在するかだ。組織学的に調べた結果、髄膜に存在するマスト細胞で発現しており、卒中後急性期が過ぎると、脱顆粒することがわかった。即ち、虚血が続くとマスト細胞が活性化される。一方、Mrgprb2がノックアウトされている場合はこのような活性化は起こらない。
では活性化の結果何が起こるのか。細胞学的には卒中後に好中球の脳内の浸潤が起こり持続するが、Mrgprb2 がノックアウトされると中期以降の好中球浸潤は抑えられる。好中球の浸潤はミクログリアを活性化し脳内の炎症を誘導するが、この過程に Mrgprb2 が必須であることを示している。また、マスト細胞がこの過程を調節していることについては、Mrgprb2ノックアウトマウスの卒中を誘導したあと、正常マスト細胞を脳に投与する実験でマスト細胞が脳内への好中球の移動を調節していることを示唆している。
これで思い出されるのが2018年にこのブログで紹介した驚くべき結果、即ち脳内への好中球浸潤は頭蓋骨髄から続いているカナルを通って起こり、決して循環細胞からリクルートされているわけではないとするハーバード大学からの論文だ(https://aasj.jp/news/watch/8894 )。ただこの論文ではマスト細胞の役割については全く言及していなかった。
この研究もこの論文着目し、マスト細胞が頭蓋から脳への白血球の移動を調節しているのではと考えた。そこで GFP でラベルされた頭蓋を移植し卒中を誘導すると、ハーバードの論文で示されたように、好中球は全て頭蓋骨髄から硬膜を通って脳内に移動することがわかった。そして Mrgprb2ノックアウトマウスでは特に硬膜から脳内への移動が阻害されており、これが好中球浸潤とその後の炎症を防いでいることがわかった。
このルートでは semaphorin3a が白血球の移動を抑えていることがわかっているが、マスト細胞は semaphorin3a を分解するプロテアーゼを分泌し、移動の抑制を抑えている。すなわち、Mrgprb2 がないと、マスト細胞が活性化されず、semaphrin3a はそのまま硬膜からのルートを通る白血球の移動が抑えられたままになる。
以上がマウスモデルでのメカニズムだが、最後に人の卒中で Mrgprb2 に対応する Mrgprx2陽性のマスト細胞が活性化され、卒中の患者さんでは semaphorin3a が低下していることを明らかにし、人間でも同じ事が起こっている可能性を示唆している。
ではメカニズムがわかって治療可能性はあるのか。マウスモデルだが Mrgprb2阻害剤として知られる植物由来化合物Osthole を投与すると、Mrgprb2ノックアウトマウスと同じで卒中後の炎症が抑えられ、壊死領域が抑制されることを示している。
以上、マスト細胞が脳でも機能しており、脳卒中の回復を促進するための標的になり得るという面白い研究だ。
2025年7月30日
少しアップロードが遅れて心配していただいたかもしれない。ただ、朝6時半から夜9時まで鳥や動物を追いかける強行軍で、ホテルに帰って論文紹介を完成させたのが今になってしまった。夜になってから撮影したのが、コスタリカ固有のコスズメフクロウだったので証拠に写真を示す。しかし、ご安心あれ。明日もアップロードは遅れるかもしれないが、毎日一報は旅行中でも守っていこうと決心している。
さて、動物行動学者には想像力の豊かな、理系文系を超えた研究者が多い。我が国では我々の一つ上の世代の日高先生が最も印象に残るが、この人たちの想像力は我々が行っている仮説形成やデータの解釈とは全くことなる様に思う。すなわち地道な観察による行動記録を支えるパッションとしての想像力が感じられる。ところが、動物行動学の背景には当然脳の進化が存在しており、それに踏み込み出すと想像力が制限されはじまる。そんなことを感じさせる論文がハーバード大学から7月23日、Nature にオンライン発表された。タイトルは「The neural basis of species-specific defensive behaviour in Peromyscus mice(シロアシネズミの種特異的防御行動の違いの神経的基盤)」だ。
この研究が対象とする行動は、危険を察知したときの防御行動だ。2種類のアメリカに多く住むシロアシネズミのうち P.maniculatus (以後PM) は深い茂みの中に生息しており、危険を察知すると巣へ走って逃げる。一方、開けた草原に住む P.popilonotus (以後PP) は危険を察知するともっぱらフリーズして動かない。実験により PM と同じ生息域と行動を持つ P.leucotus (以後PL) も用いている。
常識的には一目散で巣に逃げた方が生存確率は高いと思ってしまうが、その場所に多い捕食者の視覚システムの差などでこのような行動の差が生まれたようで、行動学者はここから様々な可能性を想像できる。
このような状況を実験室に持ち込もうとするときも想像力が必要だ。鷹を飛ばすというわけにはいかないので、まずマウスの動きをビデオ追跡できる30cm/45cmの部屋を作り、そこで自由に動いているマウスに対して、捕食者が空に現れるイメージと、空から餌を狙って降りてくるイメージを合成できるようにし、それぞれの刺激に対してどう防御行動を起こすか調べている。
おそらく結果はこれまでの行動解析から想像できていたのだと思うが、深い茂みに住む PM や PL は上に捕食者が現れると動きを止めるが、上から近づいてくるのを察知すると、一目散に巣の方に逃げる。ところがオープンフィールドに生きている PP は近づいてくるのを察知しても動きを止めたままであることがわかる。まさに、想像したのと同じで、PM と PP は捕食者に対し明確に異なる反応を示す。
これは捕食者に対する防御行動が環境に応じて進化したと考えられるが、これを追求するためには行動の差にある生理学的変化と、最終的にはそれに対応する遺伝的変化まで明らかにする必要があり、ここからはなかなか想像力が発揮できない領域に入る。
この研究は生理学的背景に焦点を当てて進めており、そのために子の行動の差が巣に逃げ込むという行動がトリガーされる閾値の問題であることを確認した上で、この閾値の差を説明できる脳活動を探索している。
実験的には可能だと思うが、より脳生理学で普通に行われる実験系、即ち頭をフィックスしたマウスの脳活動を記録しながら、逃避行動を誘導する実験を行っている。ただ、マウスでも脳は極めて複雑で、本当は全脳レベルで興奮を調べて PM と PP の差を調べる必要があるが、ここでは防御反応や攻撃行動に関わる背側中脳水道周囲灰白質 (dPAG) に絞って調べ、巣へと逃げ込む PM では興奮に応じ てdPAG の活動が高まるが、PP では運動と dPAG の興奮が全く連動していないことを見いだす。
そこで、dPAGを光遺伝学的に刺激する実験を行うと、PM では走る速度が高まる一方、PP で刺激しても走る速度が上昇することはない。一方光遺伝学的に抑制実験を行う(実際には化合物投与による dPAG 神経興奮の抑制)と、捕食者が近づく刺激を与えても逃げるのが遅れるようになる。
以上が結果で、ともかく特定の領域の神経興奮の差に、行動の差を落とし込んだという印象がある。しかし、責任神経細胞を特定するという点では不十分だと思うので、これを遺伝子情報の変化に落とし込むには大きな壁が立ちはだかっている。そして何よりも、できるだけ想像力を排して単純化する方向で研究が進むような気がする。