脳死をヒトの死と認めたとき、では脳死の方を実験目的で使えるかという課題が、生きた人間の身体を用いて異種移植への反応を知りたい医学側の要求として出てくる。儒教の影響の強い日本では問題提起もできないと思うが、実際にこのような実験は行われており、このブログでは、2024年Nature Medicine に報告されたニューヨーク大学からの遺伝子改変ブタ心臓の脳死体への移植実験を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/24508)。 調べてみるとこの大学ではすでに4例の脳死体への移植実験が行われており、他にも5例ぐらい同じような研究目的の脳死体への移植が行われているようだ。
今日紹介する中国西安にある第4軍医学大学は、中国で脳死体への異種臓器移植研究を推進している施設でこれまでにNature論文をいくつか報告しているが、今回は将来異種移植を受けた患者さんモニターのためのヒントを得るべく、移植後定期的に末梢血や肝臓サンプルの検査を行って、起こりうる自然免疫から獲得免疫までの経緯を調べている。タイトルは「Immune cell landscape in a human decedent receiving a pig liver xenograft(ブタ異種移植を受けた脳死体の免疫ランドスケープ)」で、7月30日Nature Medicineに掲載された。
この研究は今年の5月Natureに中国の遺伝子改変ブタとして報告されており、6種類の遺伝子がヒト化されている。また、おそらく倫理的な取り決めで移植後10日以降は実験を行わないことになっている。脳死体と言え、実際の臨床応用を考え、ステロイドホルモン、抗補体、抗TNF、抗胸腺細胞抗体、抗CD20,そしてマイトマイシンとFK506という徹底的な拒絶反応予防策を移植前から進めている。そしてブタ肝臓を移植後、毎日採取された末梢血、そして2日目と10日目に採取された肝臓サンプルについて、single cell RNA sequencingや組織上での遺伝子発現を調べる方法で、ホストの肝臓への反応を調べている。
これほど様々な抑制処理をしても、好中球、T細胞、単球が移植後の末梢血に現れてくる。遺伝子発現に基づいて、それぞれの細胞集団をさらに細かく分析し、移植により最も活性化される変化を探索している。詳細にわたりわかりにくいが、2つの変化を異種移植による最も重要な変化として指摘している。
一つが初期に単球集団に見られるthrombospondin-1 の発現で、この集団は肝臓にも浸潤し、実際肝臓ではThrombospondin-1とそれに反応する血小板のCD36が同じ場所で染色できる。以上のことから。移植初期に見られる血小板凝集は、おそらくthrombospondin-1陽性単球が組織に浸潤してCD36を刺激して起こると考えられ、対応が可能になる。
移植初期に様々な自然炎症反応を検出できるが、後期に起こる獲得免疫反応も、T細胞に対する抗体を用いる処置をしているにも関わらず起こってくる。そして、これらT細胞は末梢血や移植肝臓内でも、抗原刺激を受けていた疲弊型タイプであることがわかる。従って、遺伝子改変ブタに対しても、結局強いT細胞免疫反応が起こっていることがわかる。移植後3-5日目にはC1QCやVSIG4といった自然免疫に関わる単球が増える、それらはT細胞のチェックポイント分子PD-1を発現しているので、このような単球による異種移植抗原の提示が行われている可能性が高い。
他にもいろいろあると思うが、この2つのポイントに対する処置方法が次のステップへの重要な課題となることがわかる。
いろいろ倫理問題はあるのかもしれないが、異種移植はまだまだ難しい課題が多いことがよくわかる貴重な論文だった。