魚の寿命は多様だ。このブログでも200歳を超す寿命を持つメバルのゲノムを調べたカリフォルニア大学バークレイ校からの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/18305)、長生きの秘密を知りたいとメバルに頼る気持ちはよくわかる。一方で、脊髄動物の中で最も短い寿命を持っているのも魚類 Killifish (キリフィッシュ)で、アフリカの雨期に水たまりの中で孵化し、乾期が来るまでに繁殖し、卵を残したあと乾期になると水たまりが干上がるので死んでしまう。長くてもふ化後数ヶ月の寿命しか持たない。
キリフィッシュが面白いのは、結局干上がって死んでしまうのだからわざわざ老化する必要が無いのに、なんとこの短い期間で老化が進むことだ。実際実験室で飼育する場合、野生型のキリフィッシュは5-7ヶ月の寿命しか持たず、乾期がなくても死んでしまう。すなわち、短い期間に老化が進む。この理由については多くの研究があり、エピジェネティッククロックの進行、mT0R の強い活性化、高い炎症性サイトカイン、ミトコンドリアによる活性酸素蓄積など、文字通り老化の指標のオンパレードであることがわかる。ただ、この全体の老化の引き金になるメカニズムまでは明らかになっていない。
今日紹介するドイツ・イエナにあるフリッツリップマン老化研究所と米国スタンフォード大学からの論文は、脳について老化の引き金を遺伝子発現とプロテオームから探索した研究で、7月31日号の Science に掲載された。タイトルは「Altered translation elongation contributes to key hallmarks of aging in the killifish brain(翻訳時の伸長反応の変化がキリフィッシュの脳の老化を誘導する)」だ。
研究ではキリフィッシュを飼育し、5週、12週、39週で脳を取り出し、脳全体を RNA から翻訳結果としてのプロテオームと、転写活性としての mRNA を調べている。転写が一定の場合、プロテオームを用いて調べるタンパク量の mRNA 量と12週の脳までは概ね比例しているが、39週になるとタンパク質の方が強く抑制され、mRNA の翻訳が多くの遺伝子で滞っていることがわかった。
ただ翻訳全体が低下したり、あるいはタンパク分解が促進しているというわけではなく、強く抑制されているのは塩基性のアミノ酸を含むタンパク質の翻訳で、これらの分子は主に DNA や RNA と結合するタンパク質で、DNA修復やリボゾーム形成と翻訳などに関わる分子の翻訳が軒並み低下する。
リボゾームを分離して結合している RNA の種類を調べる Ribo-seq を行うと、老化に伴いリボゾームの衝突が増え、リボゾーム上での翻訳が中断してしまっていることがわかる。この中断はリジンやアルギニン部位で起こっており、結果塩基性で核酸と結合して機能する分子の合成が選択的に低下する。
このように、核酸に結合して機能するタンパク質の翻訳が滞ると、DNA 修復や転写、スプライシングなど様々な異常が誘導されいずれも老化の指標を高める。ただ最も深刻なのは、リボゾーム結合タンパク質の量が減ることで、リボゾーム機能が低下し、その結果翻訳の中断する症状が悪化する悪循環に入ることだ。最初の引き金が何かは示されていないが、この悪循環が、キリフィッシュが短い期間で老化を加速させる原因になっているのかもしれない。そして翻訳の中断がおこると、伸張の止まったペプチドが内部で沈殿を起こし、細胞老化は加速する。
結果は以上で、キリフィッシュではリボゾームでの翻訳、特に塩基性アミノ酸を持つタンパク質で起こり始めることで、リボゾーム機能が坂を転がるように低下するメカニズムがスイッチオンすることが、様々な老化過程のスイッチを入れ、短期間に老化が進むと結論している。
今後はこの悪循環にスイッチを入れるメカニズムと、それを入れるタイミングが重要な課題になる。