8月4日 Notch 刺激を誘導できる可溶性リガンド:血液研究の大御所にも浸透が始まった LLM(8月1日 Cell オンライン掲載論文)
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8月4日 Notch 刺激を誘導できる可溶性リガンド:血液研究の大御所にも浸透が始まった LLM(8月1日 Cell オンライン掲載論文)

2025年8月4日
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今日はハーバード大学 George Daley 研究室から8月1日 Cell にオンライン掲載された論文を紹介することにした。というのも、個人的にも付き合いの深かったこの論文の筆頭著者 George Daley が、なんと David Baker さんと組んで LLM を利用した研究を行っているのを知ったからだ。もちろん研究の世界で誰がどう組もうとなんの不思議はない。しかし、大御所と言っていい山中さんと同じ世代の Daley が LLM を使って論文を出しているのを見ると、生命科学分野での LLM の浸透を強く感じる。他にもエピジェネティックスの大御所 Richard Young も、分子の細胞局在を予測する LLM モデルについて論文を発表しており、このブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26318 )。彼らは幹細胞研究を通して個人的交流を持った大御所の話で、他の分野でもおそらく大御所に LLM は浸透し始めているのだろう。

Daley は造血系研究の大御所で、リンパ球も含む血液系細胞操作には Notch 刺激が必須であることを示してきた。Notch はほとんどの組織で何らかの機能を持っているが、血液系でも様々な系列、様々な分化段階で重要な働きをしている。ただこの過程を試験管内に移すときの問題は、Notch 刺激を誘導できる可溶性の分子が開発ができていないことで、Notch を刺激するためには、そのリガンド DLL を細胞に発現させたり、あるいは固相に結合させる必要があった。この問題を最新のタンパクデザイン法を用いて克服し、可溶性の Notch 活性化剤を開発したのがこの研究で、論文のタイトルはズバリ「Design of soluble Notch agonists that drive T cell development and boost immunity(T細胞の発生と誘導し、免疫を増強する可溶性Notchアゴニスト)」だ。

この研究では、最近開発された生理的条件での特異的ペプチド間の共有結合を簡単に実現する SpyCatcher と呼ばれる方法を DLL の重合分子デザインに用いて、Notch の活性化を可能にする分子デザインを探索し、最終的に3つの DLL が結合した構造が、細胞表面上での Notch の重合、そして刺激されたあと Notch の細胞内ドメインの核移行を誘導することを示している。即ち、Notch アゴニスト活性のある完全可溶性の DLL デザイン重合体の開発に成功している。

これだけなら Baker さんの出番はないのだが、Baker さんの成果を取り入れようとする努力が随所に見られ、デザイン重合体の設計に当たっては、3次元構造を AlphaFold などを用いて示している。とはいえ、デザインリガンドと Notch との関係については、機能面以外の構造解析はほとんど行われていない。

一度可溶性アゴニストが開発できれば、あとは Daley のお手の物で、1)これまで細胞上に DLL を発現させて行われてきたプロT細胞からCD4、CD8T細胞への分化を、可溶性アゴニストで完全に再現できること、2)ヒト iPS細胞から造血能のある血管内皮を誘導したあと、デザインアゴニストを用いて CD8、CD4 分化細胞を誘導できること、3)T細胞機能誘導でT細胞の炎症性サイトカイン分泌を誘導できること、更には 4)マウスを免疫するとき同時にデザインアゴニストを投与すると、非投与群より何倍も多い抗原特異的T細胞を誘導できることを示している。

ただこれらの実験過程で、ヒト iPS細胞から CD4 や CD8 T細胞を誘導するとき、他の系では活性が低い2つの DLL が結合したデザインアゴニストの方が高い分化誘導能力を示すことに気づき、Notch シグナル誘導様式が SpyCatcher・DLL 構造で決まるほど単純ではないことを確認し、ここで Baker さんとの密接な関係での研究が進め、以前紹介したペプチドによる様々な形のスキャフォールドに DLL を5個結合させたアゴニストが、ほぼ全ての過程で高い活性を維持するアゴニストとして使えることを明らかにしている。

このように Baker さんの関与は最後の実験になってしまっているが、LLM をタンパクデザインに使うという方法の急速な浸透が感じられた論文だった。

お察しの通りコスタリカ最後の日も長い一日で、ようやく論文紹介もこちらの夜10時を越えた。また証拠写真として、コスタリカで有名なアカメアマガエルの写真を添付しておく。

カテゴリ:論文ウォッチ
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