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12月7日 膜性腎症では自己抗原と抗体により足細胞の小胞形成が誘導される(12月4日 Cell オンライン掲載論文)

2025年12月7日
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様々な慢性腎臓病 (CDK) の中で、膜性腎症 (Membranous nephropathy: MN) は病態が特殊だ。足細胞(ポドサイト)と呼ばれる糸球体の血管を取り巻くように存在する特殊な中胚葉系の細胞の膜上に発現する抗原に対する自己抗体が病気の原因だが、炎症像はほとんど見られず、基本的には血液を濾過するフィルターを調整する足細胞のネットワークの機能的障害が起こる結果、ネフローゼと呼ばれる大量のタンパク尿を中心とする症状が形成される。この時に標的になる足細胞膜分子はほぼ特定されており、しかも病気を起こすのはIgG4であることがわかっている。

今日紹介するドイツハンブルグ・エッペンドルフ大学からの論文は、足細胞表面上で抗原と自己抗体が結合すると、それが抗原と抗体を含む小胞を外側に吐き出し、尿中に検出できることを示した研究で、12月4日 Cell に掲載された。タイトルは「Autoantibody-triggered podocyte membrane budding drives autoimmune kidney disease(自己抗体は足細胞膜状での出芽を誘導し自己免疫性腎臓病を誘導する)」だ。

尿中には細胞から吐き出された小胞が混ざっていることは知られていたが、この研究ではMNの場合、足細胞上の抗原と自己抗体の複合体を含む細胞症法形成に必要な様々な分子が含まれている小胞である事を、バイオプシー標本や腎臓から得られた小胞を使って明らかにしている。実際、患者さんから採取した小胞に含まれるタンパク質解析を行うと、14−3−3分子のような様々なシグナル分子、接着分子などが含まれており、これまでMNの自己抗原として知られるほとんどの分子を特定することができる。

次にヒト足細胞培養に自己抗体を加えた実験で細胞が突起を伸ばしてそこから小胞が発生することを確認し、また患者さんから得られた小胞内に抗原・抗体とともにアクチン重合シグナルに関わる14−3−3分子が含まれていることを示すことで、小胞形成過程がシグナル依存的アクティブな過程であること、そして14−3−3分子は抗原抗体結合物が膜状で集合することに関わることを明らかにしている。

小胞形成過程をさらに詳しく調べるため、マウスモデルを用いて自己抗体投与後の糸球体を経時的に調べると、まず血管から侵出してきた抗体が、血管と接する側で自己抗原と結合、これが14−3−3分子をリクルートすることで、足細胞の反対側の膜まで移動する。その後この集合体を中心に細胞突起が伸びて、これが細胞から切断することで尿とともに小胞が形成されることを示している。

もちろん全ての抗原抗体複合体がこのように尿に排出されるわけではなく、従来考えられていたように、タンパク分解酵素で膜から切断された後、血管基底膜と足細胞の間に蓄積される複合体も存在する。これまで知られていたように、この集合がC5b活性化による足細胞の障害の原因になっていると考えられるので、小胞体形成は障害性の抗原抗体複合物を除去する役割があると考えることができる。ただ、小胞形成が足細胞機能を保護するだけではないこともわかる。例えばタンパク分解酵素をノックアウトしたマウスではこのような基底膜下のデポジットは減る一方、MNの症状は悪くなる。このことは、小胞が細胞から切り離される過程で足細胞の重要な機能を担う細胞スリットなどが傷害され、濾過調節機能が損なわれることもあることを示している。

最後に、血中自己抗体と病態とが比例しない患者さんでも、尿中の自己抗原抗体複合体を持つ小胞の出現を調べることで、病気の経過を正確に把握できることも示している。

以上が結果で、再生力が内にもかかわらず過酷な状況で腎臓の濾過を調節している足細胞に備わった特殊な機能が、抗原抗体複合体除去を「身を切りつつ」行っていることがわかる研究だと思う。ただ、これの臨床的意義についてはまだまだ研究が必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月6日 染色体をまるごと扱う染色体工学(12月4日 Science 掲載論文)

2025年12月6日
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細胞が分裂するとき染色体の分配は多くの分子が一定のタイムスケジュールで働く極めて複雑な過程で、エラーも起きやすい。おもに生殖細胞が形成される時の減数分裂時に起こると考えられているが、一つの染色体が割れずに片方に引っ張られてしまうと、同じ染色体を2本持った生殖細胞ができ、これが配偶子と接合すると、染色体の数が3本になる。これがトリソミーで、21番目の染色体で起こるとダウン症が発生する。

この染色体の数の異常について研究するためには染色体をまるごと細胞に加えたり、あるいは除去したりする技術が必要で、特定のベクターに組み込んだ遺伝子を導入するのとは全く異なる技術が必要になる。今日紹介するケンブリッジ大学と英国医学研究評議会研究所からの論文は、人間の染色体を操作する染色体工学の可能性を示した研究で、12月4日 Science に掲載された。タイトルは「High-fidelity human chromosome transfer and elimination(ヒトの染色体を移植したり除去したりする信頼性の高い方法)」だ。

基本的には方法の論文なので、方法を解説する。この研究では特定の染色体(例えば21番染色体)を一本だけ取りだして、一部の遺伝子を操作した後、正常細胞に戻してトリソミー細胞を作り、そのあと正常の染色体を一本だけ抜く過程をどう実現するかが示されている。ここでは21番染色体操作として説明するが、論文では全ての染色体について可能性を追求している。

  1. まず21番染色体の一本だけを他の染色体から切り離して操作するプラットフォームが必要になる。このためにテロメラーゼを導入して安定化したヒト細胞を分裂期で停止させる。そしてアクチン重合を阻害すると細胞から染色体が吐き出され、染色体だけを集めることができる。ただ、このままでは操作ができないので、次にこの染色体をマウスES細胞に導入し、あらかじめ特定の染色体に挿入した標識を用いて、ヒト21番染色体だけを持つマウスES細胞を作る。
  2. こうしてマウスES細胞に導入したヒト21番染色体が完全で欠損や挿入が起こっておらず、ES細胞の分裂が進んでも維持されるかどうか、ゲノム解析や組織学的解析で確かめている。面白いのはES細胞に導入することでテロメアが長くなっている。
  3. 次にマウスマウスES細胞内で21番染色体の一部を操作できるかどうかだが、これはCRISPR-Cas9を使うことで比較的容易に行える。
  4. 難関はマウスES細胞からヒト21番染色体を正常ヒト細胞へ戻す過程だ。これには分裂期停止9時間目にアクチン重合を阻害したときに発生する染色体を含むマイクロセルを分離、それをセンダイウイルスを用いる膜融合で導入している。この時もあらかじめ21番染色体に導入した薬剤耐性遺伝子による選択培養は必要になる。こうしてできたトリソミー細胞が完全な染色体を3本有していることもゲノム解析を中心に確認している。実験では、大きな4番染色体も同じようにトリソミーを作成できることも示している。
  5. 最後はトリソミーにした細胞が元々持っていた21番染色体の一本をすっかり抜き取って、導入した染色体とホストの染色体の2本を持つ細胞へ転換できるか調べている。このためには、中心体の近くで元の染色体の片方を切断し、マーカーを用いて染色体の消失した細胞を選び、DNA配列を確認し、他の染色体に傷を付けずに21番染色体を除去できることを示している。

以上が結果で、方法については既にわかっていたと思うが、まさに実験を繰り返しProof of conceptを完遂した。実際には大変な実験だと思うが、染色体の数の異常は多く存在することから、重要な方法になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月5日 発ガン過程に必要な遺伝子変異の順序(12月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月5日
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3日前、遺伝性大腸ポリープ症で発生した一個一個のポリープは決してクローンではないという論文を紹介したところだが(https://aasj.jp/news/watch/27906)、この問題をより実験的に扱った面白い論文がケンブリッジ大学から12月3日 Nature に発表されていたので紹介する。タイトルは「Decay of driver mutations shapes the landscape of intestinal transformation(ドライバー変異の減少が腸の形質転換を決めている)」だ。

発ガンが多段階的に蓄積する様々な変異によることは間違いない。ただ、それぞれの遺伝子変異を考える時、ドライバー変異、がん抑制遺伝子の欠損等々と、イエス or ノーと言った単純な図式で考えてしまう。しかし、それぞれの分子は様々な領域で他の分子と相互作用し、多様な機能を持つ。例えばAPCは上皮細胞の増殖の必須因子Wntの下流のβカテニンと相互作用し分解を誘導して増殖を抑えているが、他にもβカテニンは細胞接着にも関わることから、当然APCも細胞接着に関わる。

今日紹介する論文の最大の売りは、この腸上皮の形質転換からガン化までの複雑性を浮き上がらせられるよう上手く計画された実験のアイデアだ。具体的には、腸上皮に発ガン遺伝子やガン抑制遺伝子欠損を誘導することはこれまでと同じだが、これまで知られているガンの遺伝子変異の一つだけを遺伝的に誘導して、その後発ガン剤を用いてランダムに遺伝子変異を誘導し、できてきた腫瘍の遺伝変異を詳しく調べ、最初に導入した変異とカップルしやすい変異をリストしている。そして、発ガンまでに最も選択される変異が上皮の増殖に関わるWnt下流のβカテニンとAPCの変異であることを確認している。

ここまでは単純な発想で納得するが、次にβカテニンのどのような変異が最初に導入した変異とカップルするかを調べると、例えばKRAS変異やP53変異はβカテニンのS37F変異、Fbxw7変異はD32G変異とカップルする頻度が圧倒的に高いことがわかり、どちらの変異も基本的にはカテニンの分解抑制だが、他の遺伝子変異と共同するときは相互作用する場所が異なることがわかる。

特に面白いのはAPCの変異で、最初に導入した遺伝子変異とカップルしやすい変異の場所を8種類に分けることができること、そして、多くの遺伝子変異とカップルする場所はアルマジロ領域と呼ばれるβカテニン結合部位の変異であること、一方Ptenの変異はAA繰り返し部位と強くカップルして、細胞接着の変化を通してガン化に関わることを示している。

この研究で最も面白いデータは、遺伝子を導入したあと発ガン剤という順序を逆にした実験を行って後から導入した変異により選択される変異を調べている点だ。即ち、まず変異剤をマウスに投与、その後10日目、あるいは30日目で出てくる腫瘍を取り出し、遺伝子変異を調べている。

この結果わかったのは、例えば先にKRAS変異を導入したとき協調するAPCやβカテニン変異は、順序を逆にすると頻度が低下する。即ち、先に発ガン剤処理で誘導した変異でもAPCやβカテニン変異はKRAS変異で選択されないことを示している。さらに後から誘導するガン遺伝子によっては、極めて限られたAPCの領域の変異だけが選択されることがわかる。APCの変異やβカテニンの変異は上皮の増殖を促進させる方向で起こっていることを考えると、そこに例えばKRASが加わる自体が細胞にとって抑制的に働くことを示している。私見だがこれは addiction と呼ばれる現象に関わる気がする。

詳しくは述べないが、この変異を見てみると、上皮の増殖に関わるWntシグナルや細胞接着で知られた分子間相互作用を反映していることもわかる。

以上が主な結果だが、ガンの多段解説は決して単純明快な図式で考えてはならないこと、そして遺伝的バイアスがあったとしても、ランダムな変異と選択という過程は決して単純明快な図式に収まらないことを示す面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月4日 ヒトの脳神経でのシナプス小胞再利用を見る(11月24日 Neuron オンライン掲載論文)

2025年12月4日
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我々の神経間の伝達のほとんどはシナプスを介して行われ、神経刺激によるカルシウムイオン流入によりシナプス小胞がシナプス前膜と融合して伝達物質を吐き出し、これがシナプス間隙を拡散して相手のシナプスに存在する受容体と結合してシグナルが伝わる。ただこれで終わりではなく、シナプス小胞や遊離された伝達物質の処理が速やかに行われることで、短い間隔で刺激が来てもシナプスを機能させるようにできている。伝達物質は酵素で分解するか、再吸収により処理されるが、シナプス小胞自体も細胞内に取り込まれて再利用される。このシナプス小胞再利用がシナプスのアクティブゾーンで行われるとする Kiss-and-Run 説と、アクティブゾーンから少し離れたところでおこるエンドサイトーシスにより再利用されるとする説が存在し、今年10月には Kiss-and-Run 説を支持する中国科学技術大学からの論文を紹介した( https://aasj.jp/news/watch/27651 )。

この時、刺激後ピストンで組織を液体窒素にms単位の時間間隔で漬ける方法を用いた研究で、すごい技術があると紹介したが、今日紹介するジョンズホプキンス大学の渡辺茂樹さんのグループからの論文は、人間の皮質神経では刺激依存性のエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再利用されていることを示す研究で、11月24日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Ultrastructural membrane dynamics of mouse and human cortical synapses(マウスとヒトの皮質神経の超微細構造のダイナミックス)」だ。

先日の中国の研究で技術の進歩に驚いたのだが、今日の論文を読んで調べてみると、神経刺激後液体窒素で急速凍結する方法は、この論文の渡辺さんたちが開発した2013年に Nature に発表した Zap-and-Freeze 法が起原である事がわかった。その意味でこの論文はまさに本家本元の論文と言える。

元々渡辺さんたちはアクティブゾーンから少し離れた場所でエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再構成されることを示しており、この研究でもヒトの脳神経でも同じことが起こることを証明するのが目的になる。神経刺激後短い時間で起こるこのような過程は、渡辺さんたちが開発した zap-and-freez 法が必要になるのだが、刺激以降の時間経過をミリセコンドで追うため、例えば光に反応するチャンネルを導入した培養細胞といったモデル系を利用する必要があった。しかし、ヒトのサンプルを使う場合、遺伝子導入する暇はないし、また細胞培養を行うと重要な情報が失われる。そのため、最も生体に近いスライス培養を刺激して、これを急速凍結する方法が必要になる。

この論文のほとんどは、マウスの脳スライス培養に zap-and-freeze 法を使うための条件設定を詳細に行い、マウス皮質のスライス培養全体を電気的に刺激し、その後100msから1sまでの間隔で凍結し、電子顕微鏡で観察する方法を確立している。その結果、渡辺さんたちが示してきた刺激依存性のエンドサイトーシスがアクティブゾーンから少し離れたところで起こっていることを証明する。

そしてこの条件で、てんかんの発生巣を除去する手術で得られた皮質のスライスを解析し、刺激後100msという速いスピードでエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再構成されていることを証明する。エンドサイトーシスの大きさや、起こる場所からこれが kiss-and-run による再利用ではないこと、また刺激非依存的に起こっているエンドサイトーシスではないことを明らかにしている。

結果は以上で、ヒトでも神経刺激依存性に急速なエンドサイトーシスが起こりシナプス小胞が再構成されるという結論になるが、これ以上にヒト脳サンプルでこれが可能になったことが重要だと思う。シナプス小胞の再構成だけでなく、短い時間間隔で起こるシナプス伝達過程の解析は、様々な神経疾患を理解する上で極めて重要だ。特に遺伝的な神経疾患のシナプス機能を文字どおり可視化されることの意義は大きい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月3日 長期記憶の single cell mRNA 解析(11月26日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月3日
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この歳になると記憶力が低下していることをつくづく思い知らされるが、それでもずいぶん昔の記憶を鮮明に思い出すことができる。最近はパソコンのスリープ画面にこれまで撮影した様々な写真を写して楽しんでいるが、このおかげで旅行先の記憶やコンサートの記憶は比較的思い出しやすくなった。これは、学習を繰り返すことで記憶を安定化している結果だと思う。このような長期記憶は、細胞の分化と同じでエピジェネティックメカニズムによる遺伝子変化とその結果としてのシナプスの細胞学的変化の結果である事がわかっている。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、学習回数が多いほど記憶が安定化される際に重要な働きをしている転写メカニズムを明らかにした研究で、11月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Thalamocortical transcriptional gates coordinate memory stabilization(視床-皮質回路での転写ゲートが記憶の安定化を調節する)」だ。

この研究ではマウスが移動する時に、視覚、聴覚、嗅覚全てが変化する仮想経験を行わせ、それを1ヶ月の間記憶できるかという課題を設計している。記憶自体を空間的移動にリンクさせることで、海馬の場所細胞の記憶につなげるよう工夫している。同じマウスに2種類の学習を行わせ、一つは学習回数が多いが、もう一方は学習回数が少なくすることで、1ヶ月後の記憶に差が生まれるようにしている。即ち学習回数が多いと、1ヶ月後でも記憶がよみがえる。

通常長期記憶の研究は海馬で調べられることが多いが、この研究ではこの海馬での記憶を調節する視床―皮質回路に着目し、様々な経路を阻害したとき長期記憶が傷害される回路として視床前核と前帯状回の回路を特定している。

その上で、これらの領域に存在する神経細胞の single cell RNA sequencing を行い、学習回数の違いを反映する遺伝子発現の違いを特定しようとしている。記憶と言っても一部の脳細胞が動くだけだと思うので、こんな実験は不可能ではないかと思ってしまうが、解析できた細胞を転写パターンから選択していくことで、視床前核と前帯状回の細胞で見られる転写変化を、学習中、学習後、学習後2週間、さらに学習後4週間それぞれの期間で特定することに成功している。基本的には長期記憶での差を見ているのだが、転写レベルでは早い時期から学習頻度の差ができているのがわかる。

さらに記憶に応じて変化する細胞を分化の流れを調べる Pseudotime 法で特定し、分化を誘導する重要な因子としていくつかの転写因子をリストし、それらのエピジェネティックな状態を Atac-seq を用いて確認し、最後にリストされたそれぞれの転写因子を領域特異的にCRISPRを用いてノックアウトすることで、最終的に3種類の転写に関わる遺伝子が長期記憶の鍵を握っていることを明らかにしている。この過程の実験が圧巻でこのチャレンジを自分で読んでほしいと思うが、ここでは割愛する。

その結果得られたシナリオは説得力がある。これまで知られているように海馬での記憶にはシナプスの可塑性を調節するCreb1が重要だが、視床前核ではカルシウム応答性のCAMTA1がTcf4転写因子の活性化を通して、接着やシナプス構造変化を誘導することで短期から長期の記憶を支え、これを前帯状回のAsh1がヒストンのメチル化を介して神経細胞の分化を固定化することで、何週間、何ヶ月も続く記憶を維持しているというシナリオだ。

記憶を神経細胞の分化として捉える重要性はノーベル賞を受賞したエリック・カンデルにより始めて指摘され、記憶研究の新しい領域が始まった。とは言え、膨大な経験の数が脳で支えられていることを考えると、個別の記憶の安定化の研究はほとんど不可能ではと考えていたが、この論文を読んで本当に驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 ポリープはクローン増殖ではない(11月25日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月2日
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多段階発ガン説は広く受け入れられているが、最初に発生した増殖に関わる変異によって起こるクローン性の増殖が背景にあると考えられている。直腸ガンの場合、APCと呼ばれる遺伝子欠損を伴うが、遺伝的にAPCが片方の遺伝子で欠損した人は、APCの名前の由来である adenomatous polyposis 、即ち多発性の大腸ポリープを発症する。さらに、そのまま放置するとほとんどの人が大腸ガンを発症することから、ガンの多段階説を裏付ける重要な遺伝疾患になっている。即ち、遺伝的にAPCが欠損した腸上皮でもう片方のAPCに変異が入ることで起こるクローン性増殖がガンの始まりと考えられていた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、遺伝性大腸ポリープ患者さんから採取した様々なタイプのポリープのゲノムを解析し、悪性化前のポリープは決してクローン性増殖で発生したわけではないことを示した研究で、11月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Polyclonal origins of human premalignant colorectal lesions(大腸結腸の前ガン部位は多くのクローンからなる)」だ。

研究では6人の患者さんから複数のポリープを採取して病理組織学的にポリープの正常上皮から異形成までのステージングを行った後、それぞれのポリープの全ゲノム解析を行っている。面白いことに、この中にはポリープが全て正常型でAPCの変異が認められない人も存在する。遺伝的大腸ポリープとして診断を受けているにもかかわらずこのような結果になる理由は、発生の早い段階で遺伝子変異が起こり、変異細胞がモザイクで存在するからと考えられる。

さらに、ガン増殖のドライバーとしてはKRAS変異やBRAF変異を見つけることができるが、頻度はそれぞれ25%程度で、特定の経路でポリープ化するというより様々なドライバーを用いてポリープができてきている。また同じポリープで複数のドライバーが存在する場合もあり、単純なガンの多段階説で説明しにくい結果になっている。即ち、ポリープが単純なクローン性増殖と考えるのは間違っている可能性がある。

そこで、他の変異を比べることでポリープのクローン性を調べてみると、病理的に悪性の顔をしているほどクローン性に分布している変異の数は増えるが、ほとんど正常上皮の顔をしているポリープでは共有されている変異は見つからなくなり、基本的に多クローンからなっていることがわかる。

さらに、一個のポリープに存在する複数のクリプトから細胞を採取し、それぞれ独立にゲノム解析を行うと、一つのポリープ内のクリプトは一部だけ相互にクローン関係を持っていても、ほとんどが独立したクローンであるポリープを特定することができる。一方でガン化に至った腫瘤からクリプトを調整すると、一つのクローンから分岐を繰り返して多様化している。以上のことから、良性のポリープではまだ決定的な増殖優位性が発生しておらず、様々なクローンが、おそらく同じ増殖要因で増殖することで発生したと考えられる。

結果は以上で、ゲノム上でのクローン性増殖がないとしたら、ポリープ発生自体はAPC変異があるとしても、特定のドライバー遺伝子変異で起こるというより、共通のエピジェネティック変化、、あるいは周りの環境からの増殖因子の変化などで起こる可能性が高いことになる。

だからといってガンの多段階説が否定されたわけではないが、いわゆる前ガン状態をそのままゲノムから見たガンの歴史の中に押し込むのは難しいことがわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 腸管神経システムの網羅的解析への大きなステップ(11月25日 Cell オンライン掲載論文)

2025年12月1日
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どんなに複雑でも脳神経系の網羅的解析を可能にするための膨大な努力が続けられ、また論文として報告されているが、網羅的であるが故に論文をうまく説明することが難しく、ほとんど紹介できていないのではと反省する。しかし、脳各部の細胞の特異的遺伝マーカーが揃っているおかげで、マウスであれば特定の神経を遺伝学的に操作できるのは全てこのような努力のおかげだ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、脳ではないが腸管の神経系を網羅的に解析するための遺伝標識マーカーの開発とそれを用いた組織学的機能的解析で、11月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Properties and functions of transcriptionally distinct enteric neurons(転写的に異なる腸管神経の特徴と機能)」だ。

腸管神経は腸管の消化管壁から絨毛に至るまで張り巡らされた神経系で、独立した神経系を形成するとともに、様々な経路を介して中枢神経系の支配も受けている。これまで私の頭の中では、腸管の蠕動を調節しているアウエルバッハ神経叢と、粘膜分泌に関わるマイスナー神経叢ぐらいの整理しかできていなかった。

この研究では全ての神経細胞をラベルできる標識を用いて採取した細胞の single cell RNA sequencing をベースに神経細胞を8種類特定している。そして、この結果に基づきそれぞれの神経細胞特異的遺伝子を特定し、8種類のうち7種類について組み換え酵素Creを導入したマウスを作成している。

こうして各細胞の遺伝子を操作する方法が確立すると、それぞれの細胞が消化管のどこにどのように分布しているのか、また神経投射を追跡する方法でそれぞれの神経がどの細胞に投射しているのかを明らかにできる。この結果、腸管の各部分で神経回路は決して金太郎飴の様に分布しているのではなく、各部分特異的な構造を持っていることがわかる。例えば最も多いα、β神経はもっぱら腸管の平滑筋へ投射しているが、θ、η神経は見事に絨毛の先まで神経を伸ばしていることもわかる。

また転写されているmRNAから、α、γ、ζ、θ、η神経がコリン作動性の興奮神経で、β、δがNO作動性であること、そして腸管を取り巻くα神経とβ神経のように、コリン作動性とNO 作動性のセットで腸管の動きを調節していることがわかる。

そしてなんと言っても、それぞれの神経細胞に発現する組み換え酵素CreやFlopを用いて、特定の分子を発現させ、各神経の興奮を促進したり、抑制することで、機能を明らかにすることができる。例えばα、β単独で興奮を挙げると便の排出が高まる。一方、下部消化管に強く分布するγやδを刺激すると便の排出が低下する。そして、腸の動きが変化するだけでなく、γδ神経刺激は摂食にも影響することを示しており、消化管システムが摂食に複雑にからむ新しい回路を明らかにしている。

この研究では3種類の脊髄を介して中枢へ投射する神経回路と、腸管の神経回路の関係も2重に操作が可能なシステムを用いて詳しく解析し、特にγ神経と中枢神経系が独立した腸管の動きを変化させることを明らかにしている。

まだまだ多くの情報が満載の論文だが、できるだけ多くの腸管神経細胞を定義し、それぞれの遺伝操作を可能にした点が最も重要で、これから多くの新しい発見があるだろうと期待できる。書いてしまうと簡単だが、特定した標識遺伝子を使って開発しているモデルマウスの数たるや、自分の経験から考えて、少なくとも5年はかかりそうな研究で、こういう地道な研究が、複雑な神経系の研究を支えていることがよくわかる論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月30日 アルツハイマー病の新しい治療薬の開発(11月20日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月30日
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これまで認可されたアルツハイマー病 (AD) の原因に作用する薬剤としては、アミロイドβを除去する抗体治療しか存在しない。また次の治療薬として多くの研究が行われているのは、神経細胞死に直接関わる異常Tauを除去する方法の開発だ。しかしこのブログで紹介したように、炎症や神経細胞の活性を変化させてAD進行を止めるための新しい標的が続々特定されており、新しい研究ブームが起こっていると期待している。

今日紹介する北京大学からの論文は、これまで注目されてこなかったコレシストキニンB受容体 (CCKBR) の活性化によりアミロイドβ蓄積を抑えられる可能性を示した研究で、11月20日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Elucidating pathway-selective biased CCKBR agonism for Alzheimer’s disease treatment(シグナル経路選択的CCKBR刺激がアルツハイマー病の治療に利用できる理由)」だ。

コレシストキニンは消化管ホルモンと知られておりCCKBR阻害剤も急性膵炎治療目的で開発されているが、この研究ではADが最初に始まる内嗅皮質に強く発現していることに着目して研究をスタートさせている。そして、ADモデルマウスで内嗅皮質のコレシストキニンを調べると、発現が強く抑制されていること、試験管内でのアミロイドβの神経細胞機能抑制実験にコレシストキニン8 (CCK8) を加えると、アミロイドβによる毒性を抑制することから、適切なCCKBR刺激剤を開発することで、ADでアミロイドβ蓄積が始まる初期段階を抑えるシグナルになるのではと着想する。

CCKBRを刺激できるコレシストキニンにはガストリンも含めて数種類あるが、CCK8sが最も効果が高いことを確認した後、CCK8s刺激によるシグナル経路を詳しく調べ、CCKBRが3種類のGタンパク質と共役することを確認した後、それぞれのGタンパク質選択的にCCKBRを活性化でき、脳血管関門を通過できるペプチド開発を行っている。

クライオ電顕によるCCK8sと受容体の結合、そして変異を導入することで発生する、共役するGタンパク質の変化を詳細に調べ、最終的にGiとの共役を強く誘導するペプチドz-44とGqとの共役を強く誘導するペプチド3r1を開発している。

こうして開発したペプチドを、アミロイドβが増加しプラーク形成が急速に進みADが発症する5xFADマウスに3ヶ月投与を続け、ADを防げるか調べると、3r1を投与した群でのみ記憶テストが改善することを発見する。またこれと平行して海馬のプラーク形成も強く抑制されることを確認している。即ち、3r1を投与することで、アミロイドの蓄積を抑えることができる。

最後に作用機序を明らかにするため、3r1投与による神経細胞の変化を転写レベルで探索している。結果だが、3r1刺激によりADAM10タンパク質切断酵素が上昇する事で、異常アミロイドを形成するγシクレターゼ等のタンパク質切断酵素の作用に拮抗することが最も重要な作用ではないかと結論している。ただADAM10だけでなく、細胞内の神経伝達に関わるPlcb4の上昇や、炎症を抑える分子の上昇など、神経活性に関わる分子が誘導されることも効果に寄与していると結論している。 結果は以上で、初期のアミロイド蓄積が拡大する時期を狙った薬剤になるが、これまで注目されなかった新しい分子CCKBRが介入可能な標的であることを示した意義は大きい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日 腸内細菌ゲノムに統合されているプロファージ(11月26日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月29日
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腸内細菌の研究はDNAシークエンサーの発展とともに進化してきたと言える。私が現役を退いた12年前、次世代シークエンサーが普及し始めると同時に、バクテリアの種類を特定できる標識DNAを大量にシークエンスして細菌叢の構成を調べ、病気や生活環境での変化を探索する研究が世界中で行われた。その後、ゲノム情報処理技術が進展し、さらに配列決定にかかるコストが下がると、読み出した配列からバクテリアの全ゲノムを一応満足できる精度で再構成できるようになり、細菌叢から取り出したゲノム配列を全て解析する方法が主流になった。

そして最近の最も大きな進展は、DNA配列を一度に解析できる long read と呼ばれるシークエンサーが発展し、腸内に存在しているバクテリゲノムをこれまで考えられなかったレベルの精度で再構成できるようになった。今年9月に紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/27460)この方向性の研究は始まったばかりだが、腸内細菌叢の人為的操作につながる様々な技術開発につながるのがわかる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、6人のボランティアから採取した腸内細菌叢を、short read と long read で解析し、細菌叢ゲノムの中に組み込まれたファージウイルス(=プロファージ)をできるだけ正確に解析し、細菌との関わりを調べた極めて地味だがこの分野の将来には欠かせない研究で、11月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Long-read metagenomics reveals phage dynamics in the human gut microbiome( long read によるメタゲノムによりヒト腸内細菌叢のファージの動態が明らかになる)」だ。

9月に紹介した論文と同じで、得られた解析結果を short read と比べることでプロファージ研究にとっての long read の重要性を際立たせるように計画してある。実際 short read ではゲノム外のファージと区別がつきにくく、short readデータ内のプロファージの割合は高々5%に過ぎない一方、long read だと60%がプロファージに相当する。

まず面白いのは2年の間隔を空けて同じ人の細菌叢を比べた時、繰り返し検出できたプロファージのほとんどは安定して同じ細菌に維持されていた点だ。10月に紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/27638) プロファージは様々な刺激で活性化されるが、このような誘導現象は実際にはほとんど起こっていないことがわかった。もちろん、低いレートであるがファージが誘導され他のホストに組み込まれた例や、環状DNAとしてプラスミドのようにファージがホスト内に存在している例も発見できる。大事なことは、試験管内で起こる大規模な溶菌ではなく、個別の細菌レベルで小規模な誘導と伝搬が起こっている点で、細菌叢の多様性が大規模な伝搬を防いでいることがわかる。

この研究から得られる最も重要な情報は、組み込まれるバクテリアのレパートリーの制限で、種、属、科と広いレパートリーで同じプロファージが見られる場合、遺伝子導入に使える可能性がある。実際にはほとんどが種レベルの細菌だけに伝搬するが、属レベルや科レベルの細菌に広く感染しているファージをそれぞれ10種類程度特定しており、今後の研究が楽しみだ。

最後に、プロファージはゲノムを離れ他のゲノムに組み込まれるためのインテグレースという酵素を持っているが、今回ホストのIS30と呼ばれるトランスポゼースを組み込んプロファージが多数見つかることも明らかにしている。

以上が結果で、まだまだ記述段階の地道な仕事だが、新しい細菌叢研究が始まったことを告げる研究が次から次へと発表されている。今後腸内細菌叢のゲノムを事前学習した言語モデルができてくると、我々の腸内細菌叢とは何かという究極の謎に迫れる気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日 動物に見られる Social Distancing の本能(11月25日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月28日
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写真はスペインのパーフォーマンスアーティスト、エスター・フェラーが自身をモデルに制作した「Geste Bariiere:自他を守る行動」と題する作品だ。ワクチン接種者に海外渡航が許された2022年5月、行き帰りにPCRが義務づけられていた短いパリ旅行中に、パレ・ド・トーキョーで開催されていた美術展を訪れ撮影した。画面にシミのように映っているのは作品とは無関係で、写真を撮っている私と妻の影が映り込んでしまった。もう少しうまく撮影するべきだったと反省している。当時の閉ざされた私たちの気持ちをユーモアを込めて笑い飛ばしてくれていると感心した。

この時、我が国でも Social Distancing という言葉が広く知られるようになったが、今日紹介する米国ハーバード大学からの論文は、実験室のマウスを用いて、動物に見られる病気を感じると自然に social distancing をとる行動のメカニズムを明らかにした研究で、11月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「IL-1R1-positive dorsal raphe neurons drive self-imposed social withdrawal in sickness(IL-1R1-陽性の縫線核背側部神経は病気になったとき自発的に身を引く行動を誘導する)」だ。

10月にも感染アリが巣に入らなくなることを示し、動物にも social distancing をとる本能が備わっていることを示す研究を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/27646)、まだ感染が猛威を振るっていた2021年、昆虫から哺乳動物まで感染個体が自ら社会行動を避ける習性があることを示した論文が Science に掲載されていたのでこれも引用しておく( Infectious disease and social distancing in nature ,Science, vol371, 6533 )。

ただ、これまでの研究は social distancing をとるメカニズムについては全く解析されていなかった。この研究ではこの背景に炎症性サイトカインがあると考え、LPSを注射したときマウスも仲間のいる領域から離れて動かなくなる行動変化を脳内で誘導できるサイトカインをスクリーニングし、IL-1βにその活性があることを発見する。

次に、IL-1βに反応する受容体の発現を探索し、IL1R1が縫線核背側部の神経に発現していること、この神経細胞は同時にセロトニン分泌能もあることを発見する。セロトニンは多くの場合社会活動を促進するが、ストレスにさらされている場合には逆の効果が見られることも知られている。いずれにせよ、神経細胞が特定できると後は早い。この神経だけを刺激したり抑制したりする遺伝学的手法を用いて調べると、この神経が活動するだけで仲間から離れる行動が誘導できる。神経回路としては、縫線核背側部から中側皮質内隔へと投射して行動を誘導することも示している。

Social distancing 行動は縫線核背側部の神経特異的にIL-1R1をノックアウトすると消失するので、IL-1βにより直接刺激され誘導される。さらにLPSの全身投与で血中のIL-1βだけでなく、脳内のIL-1β分泌が上昇するが、脳内では主に刺激を受けたミクログリアにより分泌され、長期間刺激が維持される。そして、LPSだけでなく細菌感染でも同じような反応を誘導できる。

結果は以上で、同じ受容体を使いながらIL-1αの効果がないのが不思議で、この謎が解けるともっと面白い話になるのではと期待するが、最も妥当なメカニズムが本能の背景として示された。幽霊の正体見たり枯れ尾花。

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