過去記事一覧
AASJホームページ > 2025年 > 12月 > 1日

12月1日 腸管神経システムの網羅的解析への大きなステップ(11月25日 Cell オンライン掲載論文)

2025年12月1日
SNSシェア

どんなに複雑でも脳神経系の網羅的解析を可能にするための膨大な努力が続けられ、また論文として報告されているが、網羅的であるが故に論文をうまく説明することが難しく、ほとんど紹介できていないのではと反省する。しかし、脳各部の細胞の特異的遺伝マーカーが揃っているおかげで、マウスであれば特定の神経を遺伝学的に操作できるのは全てこのような努力のおかげだ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、脳ではないが腸管の神経系を網羅的に解析するための遺伝標識マーカーの開発とそれを用いた組織学的機能的解析で、11月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Properties and functions of transcriptionally distinct enteric neurons(転写的に異なる腸管神経の特徴と機能)」だ。

腸管神経は腸管の消化管壁から絨毛に至るまで張り巡らされた神経系で、独立した神経系を形成するとともに、様々な経路を介して中枢神経系の支配も受けている。これまで私の頭の中では、腸管の蠕動を調節しているアウエルバッハ神経叢と、粘膜分泌に関わるマイスナー神経叢ぐらいの整理しかできていなかった。

この研究では全ての神経細胞をラベルできる標識を用いて採取した細胞の single cell RNA sequencing をベースに神経細胞を8種類特定している。そして、この結果に基づきそれぞれの神経細胞特異的遺伝子を特定し、8種類のうち7種類について組み換え酵素Creを導入したマウスを作成している。

こうして各細胞の遺伝子を操作する方法が確立すると、それぞれの細胞が消化管のどこにどのように分布しているのか、また神経投射を追跡する方法でそれぞれの神経がどの細胞に投射しているのかを明らかにできる。この結果、腸管の各部分で神経回路は決して金太郎飴の様に分布しているのではなく、各部分特異的な構造を持っていることがわかる。例えば最も多いα、β神経はもっぱら腸管の平滑筋へ投射しているが、θ、η神経は見事に絨毛の先まで神経を伸ばしていることもわかる。

また転写されているmRNAから、α、γ、ζ、θ、η神経がコリン作動性の興奮神経で、β、δがNO作動性であること、そして腸管を取り巻くα神経とβ神経のように、コリン作動性とNO 作動性のセットで腸管の動きを調節していることがわかる。

そしてなんと言っても、それぞれの神経細胞に発現する組み換え酵素CreやFlopを用いて、特定の分子を発現させ、各神経の興奮を促進したり、抑制することで、機能を明らかにすることができる。例えばα、β単独で興奮を挙げると便の排出が高まる。一方、下部消化管に強く分布するγやδを刺激すると便の排出が低下する。そして、腸の動きが変化するだけでなく、γδ神経刺激は摂食にも影響することを示しており、消化管システムが摂食に複雑にからむ新しい回路を明らかにしている。

この研究では3種類の脊髄を介して中枢へ投射する神経回路と、腸管の神経回路の関係も2重に操作が可能なシステムを用いて詳しく解析し、特にγ神経と中枢神経系が独立した腸管の動きを変化させることを明らかにしている。

まだまだ多くの情報が満載の論文だが、できるだけ多くの腸管神経細胞を定義し、それぞれの遺伝操作を可能にした点が最も重要で、これから多くの新しい発見があるだろうと期待できる。書いてしまうと簡単だが、特定した標識遺伝子を使って開発しているモデルマウスの数たるや、自分の経験から考えて、少なくとも5年はかかりそうな研究で、こういう地道な研究が、複雑な神経系の研究を支えていることがよくわかる論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
2025年12月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031