腸内細菌叢の研究論文はこれまでも数多く紹介してきたし、多くの研究は我々の身体の代謝との関係で細菌叢を調べた論文だったが、代謝のプロの目から細菌叢を調べるという論文は紹介したことがなかった。たまたま勉強会の材料探しで最近の Cell Metabolism を見直していたら、なんと糖尿病研究の大御所 Ronald Kahn さんの細菌叢研究論文を見つけたので、少し古くなってはいるが紹介することにした。タイトルは「Portal vein-enriched metabolites as intermediate regulators of the gut microbiome in insulin resistance(門脈に濃縮される代謝物は腸内細菌叢によるインシュリン抵抗性の中間調節因子だ)」で、10月7日 Cell Metabolism に掲載されている。
糖尿病研究のプロから見ると、腸から肝臓への循環系になる門脈血は、全身を流れる心臓循環血とは区別して考えるべきということになる。即ち、代謝に対する細菌叢の影響を見るとき、肝臓に直接働いて代謝を変化させる細菌叢由来代謝物は門脈で一番高濃度になるが、肝臓で代謝された後で他の全身の組織に作用する代謝物は、心臓循環血で濃度が高くなる。
このアイデアに基づいて、メタボになりやすいマウス系統、メタボ抵抗性のマウス系統に、高脂肪食を与えたとき、腸内で起こる細菌叢の変化と、門脈と心臓循環血で濃度の違う代謝物をリストしている。多くの代謝物が扱われており話が複雑になるのでかなり省略して話をまとめてしまう。
まず期待通り、門脈は質的にも量的にも心臓循環血と異なっている。これは腸内細菌叢及び腸上皮の代謝物を門脈が反映しているからだが、その内容はホストの食べ物と同時に遺伝的違いにも大きく影響される。また逆に言うと、細菌叢の違いが門脈の代謝物の違いに反映していると考えることができる。
例えば糖尿病になりやすい系統では N-acethylated アミノ酸、シトルリン、そしてTCAサイクル由来の代謝物が門脈に濃縮されるが、これは悪玉の細菌叢と相関しており、インシュリン抵抗性と明確な相関がある。
一方、糖尿病リスクの低いマウス系統の門脈では phosphocholin 、アセチルチロシン、カルニチン、メサコン酸などの代謝物が濃縮されており、インシュリン感受性と強く相関している。この中にはメサコン酸や、クエン酸、フマル酸などのTCAサイクル由来分子も存在しているが、糖尿病ハイリスクマウスで濃縮されている分子とは異なる。
そこで、TCAサイクル内のアコニット酸から派生するイタコン酸やメサコン酸の培養肝臓細胞への作用を調べると、期待通り脂肪合成を抑え、逆に脂肪燃焼を高めることがわかる。またマウスに直接これらの代謝物を腹腔注射すると、同じように脂肪燃焼を高めるとともに、ミトコンドリアの呼吸活性を高めることも明らかにしている。
最後に、糖尿病リスクマウスに高脂肪食を与え、代謝が大きく変化した肝臓細胞を取り出し、これにイタコン酸やメサコン酸を加えると、脂肪合成と脂肪燃焼のバランスが正常に戻ることを示している。
以上、インシュリン抵抗性を誘導する肝臓の役割に焦点を当てて、これに直接関わる細菌叢代謝物を門脈と心臓循環血の比較で見つけるという、まさに糖尿病研究のプロの細菌叢を見る視点を勉強することが出来た。
