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12月14日 人類が火を使っていたことを示す証拠:「こと」を証明する難しさ(12月10日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月14日
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たまたま落雷によって発生したとしても、火を怖がらずに使うことのポテンシャルを理解し、自らで火をおこして使うようになったことが人類の文明的進化の始まりと言ってもいいだろう。これまで、人類が火を使い始めた証拠がとして知られているのは、オルドワン型石器とともに出土した140万年前のアウストラロピテクスの洞窟で採取された土の磁気モーメントの測定から、400度程度の熱にさらされていたという報告だった。ただ、多くの研究者はこれらのエビデンスは弱いと考えているようだ。

今日紹介する大英博物館からの論文は、ポーツマスの近くバーナムで発掘が進むネアンデルタール人の遺跡では間違いなく火を使っていたことを示すいくつかの複合的なエビデンスが得られたことを報告した研究で、12月10日 Nature に掲載された。タイトルは「Earliest evidence of making fire(火をおこしていたことを示す最も古いエビデンス)」だ。

発掘中のバーナム遺跡はアイソトープ解析から40万年前と推定されており、近くから発掘されている頭蓋などから、最も古いネアンデルタール人の遺跡と考えられている。

この論文を取り上げた個人的興味は、もっぱら火を使っていたことをどのように証拠づけたのかという点で、これが最も古い証拠かどうかはそれほど興味はない。

まず炭や灰と言った遺物は全く残っていない。遺物で重要なのは火打ち石として使われたと思われる石で、自然のままの火打ち石から加工された物まで出土しており、火をおこしていた証拠になる。出土した火打ち石は、バーナム近くでは産出されないので、おそらく12km離れた Stowlangtoft から運ばれてきた物と想像している。火打ち石で火をおこしていたことの証拠として重要なのは、石を打ち付けた破片で、硫化鉄でできた破片が古代土壌から発見された。

次は、この遺跡の土に熱せられた跡があるかどうかが追求されている。火にさらされた跡と想像される局所的に赤茶けている層の土を採取して熱にさらされた証拠を探している。まず、これまでの研究で模様用いられてきた磁気モーメントを調べると、火にさらされていない領域の土壌と大きな違いを示しており、熱にさらされたことを示している。

次にこの遺跡の土壌を実験的に400−600度で熱して、この土壌と同じ鉱物的特徴が発生するかを調べ、4時間程度、12回以上熱が加わると同じような土壌が形成されることを示している。このように、新たな実験で証拠を探す実験考古学も重要なようだ。

次に自然の火事で起こった変化でないことを示すために、有機物を燃やす結果生成する polycyclic aromatic hydrocarbon (PAH) の組成を調べている。もし重いPAHを多く含む場合は、人間が使っていた火である可能性が高い。まさにこの遺跡の土壌は重いPAH が多い。さらに、野火の場合広い範囲でPAHが見られるが、この遺跡でPAHは局在しており、これも人間が火をおこしたという証拠になる。

次にやはり遺跡と同じ土壌を実験的に火にさらしたときの変化を、火にさらされたと考える土壌をフーリエ変換赤外分光法を用いて調べ、調査対象の土壌が400−750度の熱にさらされた跡があることを示している。

以上の結果から、火を使っていたことを示す複数の明確な証拠が集まったのはバーナム遺跡が最初だという結論になるが、「もの」ではなく、過去の「こと」を証明することの難しさがよくわかった。

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