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11月22日 多発性嚢胞腎のIgA抗体治療(9月16日号 Cell Reports Medicine 掲載論文)

2025年11月22日
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9月に発表されているのに見落としてしまっていた論文で、重要だとお思ったので遅ればせながら紹介することにした。カリフォルニア大学サンタバーバラ校から9月16日 Cell Reports Medicine に掲載された論文で、多発性嚢胞腎にHGF受容体cMETを抑制し、嚢胞内に移行して働くIgAを用いて治療する可能性を示した研究だ。タイトルは「Development of a cyst-targeted therapy for polycystic kidney disease using an antagonistic dimeric IgA monoclonal antibody against cMET(機能阻害性の IgA 2量体モノクローナル抗体を用いて嚢胞を標的にした多発性嚢胞腎の治療)」だ。

多発性嚢胞腎 (PDK) は様々な原因で起こるが、さまざまな遺伝的原因の研究から嚢胞の発生メカニズムは驚くほど共通の原理に基づくと考えられている。すなわち、尿流の感覚システムの破綻などによるシグナル変化で細胞内の cAMPが高まると、上皮構造を維持する機構が壊れ、管腔の代わりに嚢胞ができ、テンション、炎症、代謝変化、増殖因子がそれに働いて嚢胞が拡大すると考えられている。

このメカニズム理解に基づき、最初の段階を抑制するバソプレシン受容体阻害薬が農法形成を抑える薬剤として認可されているが、他にも京大CiRAの長船さんのレチノイド作動薬による管腔維持、代謝を標的にするメトフォルミン、そして上皮の増殖を抑えるキナーゼ阻害剤まで、さまざまな治療候補が研究されている。ただ、バソプレシン阻害剤も含め、これらの薬剤を長期に使った時の副作用の問題が常に付きまとう。

今日紹介する研究は、上皮が増殖して嚢胞が拡大する過程を抑制するため、嚢胞に蓄積されていることが知られているHGFの刺激を受ける受容体 cMETを標的にしている。もちろんこれまでもこれら増殖受容体は標的にされてきたが、この研究の特徴はIgAを内側から外側へと移送する分子が嚢胞に強く発現していることを利用すると、cMETに対するIgA抗体を用いることで、抗体が嚢胞に蓄積して、嚢胞上皮の増殖をより特異的に抑えられる可能性を狙っている点だ。

このため、cMETに対するモノクローナル抗体のFc部分をIgAに置き換え、粘膜を通過するためのJ鎖も加えて2量体を作らせ、これを精製してPDKモデル動物に用いている。

まず試験管内でこのIgA抗体が cMETシグナル抑制効果を確かめ、さらに上皮により内腔側に移行する事を確認した後、ラットに自然発生したPDK系統(Pkdr1遺伝子欠損)に腹腔内投与し、抗体が期待通り嚢胞に移行し、他の組織より高い濃度を保つこと、そして嚢胞上皮の増殖を抑えることを確認する。

次はマウスモデルで、嚢胞化が急速に進むBicc1 (RNA結合タンパク) 欠損マウスに生後7日から一週間投与する実験を行い、組織学的に嚢胞の拡大をかなり阻止できること、上皮の増殖を抑えること、そしてクレアチンレベルで見た腎機能を改善できることを確認している。面白いのはただ cMETシグナルが低下するだけでなく、上皮の細胞死も誘導する点で、IgAによる白血球依存的細胞障害性反応も起こっている可能性がある。

最後に、尿流感知に関わる遺伝子Pkd1を生後欠損させた夜緩やかに進行するマウスモデルへ2週間隔日投与を行い進行抑制効果を調べている。このモデルでは見た目の抑制効果は遙かに強い。組織学的にも皮質はよく保たれており、髄質の嚢胞の数も少ない。機能的には血中クレアチンレベルやBUNで見ても効果は高い。

以上が結果で、この急性実験では特に副作用はなかったとしている。ただ、METは肝臓にも重要だと思うので、治療を続ける必要のあるPDKの場合長期投与での副作用は重要な問題だと思う。ただ、この研究を見て重要だと思ったのは、上皮がIgAを管腔側に運び出す点で、これを利用することで他の薬物を抗体に運ばせ、嚢胞の中で濃縮する可能性が生まれる点だ。即ち、かなり低い濃度でもIgAに運ばせることで嚢胞内で有効濃度を達成できる可能性がある。その意味で、この研究はPDKに新しい道を開くと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月21日 サイトカインは再びガン治療に使われるようになるか?(11月19日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月21日
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今日のタイトルは11月28日夜7時から開催するジャーナルクラブ(https://aasj.jp/news/seminar/27819)のタイトルと同じにした。というのも、今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は28日に伝えたいと思っていたことの全てが含まれていると感じたからだ。タイトルは「Macrophage-targeted immunocytokine leverages myeloid, T, and NK cell synergy for cancer immunotherapy(マクロファージをターゲットにした免疫サイトカインは顆粒球、T細胞、そしてNK細胞をガン治療へと組織化する)」で、11月19日Cellにオンライン掲載された。

20世紀の終わり、サイトカインの遺伝子クローニングが相次いだ頃、エリスロポイエチンやG-CSFの成功に続いて、免疫系の細胞を操作できるサイトカインによりガン治療も可能になるのではと期待が高まった。実際、インターフェロンや IL-2 は臨床にも使われたが、作用に比して副作用が高く利用は拡大しなかった。そこで局所投与も含め、効果だけを引き出すための様々な研究が今も続いている。

一つの方法がガン組織に集まる細胞に対する抗体を使ってサイトカインを患部に濃縮する抗体/サイトカインを用いる方法だ。この研究でもまずこの可能性を確かめるため、様々なガン組織上で免疫に関わる細胞の遺伝子解析を行い、ガン組織ではマクロファージの回りにT細胞が集積している度合いが大きいことを確認し、マクロファージを標的にする抗体にT細胞を活性化する IL-2 を結合させてガン組織内に IL-2 を集中させることを考えた。

マクロファージを標的にする抗体として選んだのがガンの免役回避を助けることがわかっているTREM2に対する抗体だ。これを阻害してサイトカイン以上の効果を得ようと一石二鳥を狙ったいる。ただTREM2に対する抗体だけでは移植した腫瘍の増殖を抑えることはできない。

そこでこの抗体に IL-2 を結合させれば、ガンのマクロファージの周辺で IL-2 が濃縮されT細胞やNK細胞の活性を挙げてくれると期待できる。もちろんこの時使う IL-2 は α受容体への結合力を欠損させて制御性T細胞の出現を抑えた操作 IL-2 (eIL-2) だ(例:https://aasj.jp/news/watch/9537) 。 大分前に紹介したが同じような試みはCD8に対する抗体に IL- 2を結合させる研究が進んでおり、少なくともサルを用いた実験では IL−2 の毒性が減り、ガン免疫を誘導する効果が示されている。ところがTREM2抗体を用いて一石二鳥を狙った今回の試みでは、腹腔に注射したマウスは全て死亡してしまった。原因はインターフェロンだけでなく、IL-6 や IL-2 の血中濃度が上昇する強い炎症が誘導されていることがわかる。

それならCD8に切り替えればいいところだが、このグループはガン組織のマクロファージを標的にすることでキラー細胞だけでなく、免疫系を全て動員する効果を期待しており、eIL-2 / 抗TREM2抗体の安全性をさらに高める方法を模索している。その結果、ガン組織のマクロファージが強く発現しているペプチド切断酵素を用いて、eIL-2 を活性化する方法を開発している。具体的には、eIL-2 / 抗体にもう一つ IL-2Rβ を結合させ、eIL-2 をマスクした上で、このマスクをペプチド切断酵素で外す構築を考えついた。すなわち、ガンの回りのマクロファージに eIL-2 / 抗体が到達したときだけ、eIL-2 からマスクが外れ回りの細胞を活性化するアイデアだ。最初見たとき、刺激したい相手も IL-2Rβ 、マスクも IL-2Rβ なのでうまくいくかなと心配するが、案ずるより産むが易しで、副作用なしに高いガン抑制効果を示すので、この分子をMiTEと名付けてその後に実験に利用している。

MiTEだけでも十分効果があるが、チェックポイント治療と組み合わせると、免疫だけで十分ガンを除去することができる。この効果の元を確かめる目的で、ガン組織に存在する免疫系の細胞についてsingle cell RNA sequencingで調べると、MiTE刺激を受けたガン組織では、キラー細胞だけでなく、NK細胞、そしてマクロファージまでガンを抑制する方向にリプログラムされていることがわかった。少し心配なのはeIL-2を使っていても制御性T細胞が上昇する事だが、これについてはCTLA-4を抑制するチェックポイント治療で対応できるとしている。

以上が結果で、CD8T細胞を標的にすると、キラー細胞だけしか活性化できないのが、面倒な分子マスクが必要だとしても、TREM2を標的にすることでガン組織の全ての免疫機能をガンに向けることができる点を強調している。

問題は人間でどうかだが、人間のガン組織をそのまま培養する実験系でMiTEを加えると、マウスで見られたのと同じような変化がガン組織の免疫系で起こることを示しており、臨床応用可能としている。

このように、サイトカインをガン治療に用いるには様々な壁が存在するが、問題さえ乗り越えれば大きな効果が得られることもわかってきた。従って、「サイトカインは再びガンの治療に使われる」というのが答えになる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月20日 GLP-1 受容体アゴニストについての変わった研究(11月17日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2025年11月20日
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GLP-1 受容体アゴニスト (GLP-1RA) やGLP-1/GIP dual agonist (GLP/GIPDA) は糖尿病から始まって、今や様々な疾患に対象が拡大しつつある。しかし、最も期待されているのが肥満治療で、今や効果を心配するより、それにより膨らむ医療費を心配するところまで来ていることは、トランプがまずイーライリリーとノボノルディスクに薬価引き下げを要求したことからもわかる。

この分野の最近の動向は神経変性疾患を含む様々な病気への適用拡大だが、これと平行して経口GLP-1RAの開発でも激しい競争が続いている。この分野で後れをとったファイザーが最近経口薬も含めてGLP-1RAの開発を進めるMetsera買収競争で100億ドルを提示してノボノルディスクに競り勝ったというニュースはこの分野での競争の激しさを如実に物語っていると言える(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-11-08/T5DTGLKK3NY800)。

今日まず紹介したいのは、中外製薬が開発しイーライリリーに導出したオルフォルグリプロンが第三相治験で有効と判定されたことを報告する論文で、11月6日号の The New England Journal of Medicine に掲載された。タイトルは「Orforglipron, an Oral Small-Molecule GLP-1 Receptor Agonist for Obesity Treatment(経口可能な低分子化合物GLP-1受容体作動薬オルフォルグリプロンによる肥満治療)」だ。

これまで経口GLP-1RAとしてリベルサスが使われていたが、これは修飾したGLP-1なので、本来ペプチドが吸収されにくい消化管からの吸収を促すため様々な条件がついていた。これに対しオルフォルグリプロンは受容体に作用する低分子化合物で、飲み方が簡単であるという点で大きな競争力になっている。

この論文では2023年から2025年にかけて3127人の肥満の人を無作為化し偽薬と比較した第三相試験で、結果をまとめると、毎日服用72週目で容量に応じて体重減少が見られ、36mgと最も多く服用したグループでは11%の減少が見られている。ただ、治験中に25%の人が服用をやめており、予想通り吐き気や嘔吐などの消化器症状が副作用として現れる。また脂肪だけでなく、筋肉減少も見られる。

結果をまとめると、これまでの薬剤と比べたとき、10%減少という効果は低い。一方、副作用などはほぼ同じように出るので、経口投与が簡単と言うだけでどのぐらいブレークするのか難しい気がする。来年にはFDAへの申請が行われるという話だが、価格も含めて注目だ。

このようにGLP-1RAはインシュリン分泌誘導だけでなく、脳に働いて食欲を調節することが代謝改善作用の大きな部分であることを示す研究が進んでおり、このブログでも紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/24811)。この作用を利用して、代謝とは無関係のアルコール中毒や、摂食異常を治療する試みも進んでいる。

アルコールを含む様々な中毒にGLP-1RAを利用する研究についての総説が Journal of the Endocrine Scociety に10月9日オンライン掲載されている。タイトルは「GLP-1 Therapeutics and Their Emerging Role in Alcohol and Substance Use Disorders: An Endocrinology Primer(GLP-1治療とそのアルコールや物質使用障害への適用:内分泌学の手引き)」だ。

総説なので詳しくは紹介しないが、結論としてはアルコールやコカインなどの中毒に効いたという論文はかなり発表されているようだが、さらに長期にわたる科学的な治験が必要だとしている。いずれにせよ、この総説からGLP-1RAの中枢神経作用を利用した適用拡大が試みられているのがわかる。

そして今日最も紹介したいのがペンシルバニア大学からの論文で、食べるのをやめられない摂食障害に対するGLP-1RAの効果を調べた研究で11月17日Nature Medicineに掲載された。タイトルは「Brain activity associated with breakthrough food preoccupation in an individual on tirzepatide(Tirzepatide服用中の摂食渇望の再発と脳活動)」だ。

摂食障害、特に多食を抑えるためにGLP-1RAを利用しようとする治験は報告されているようだ。食に対する中枢に働く重要な回路なので当然と言えば当然だが、この研究ではこの効果を脳内に設置した電極で調べたというちょっと驚く話だ。

この研究では摂食渇望の人を局所電気刺激で治療するため、即座核に電極を挿入し、特に食べ物への渇望が強くなったときにおこる電気活動を調べていた。この結果、7.5Hzという低い波長で渇望時に電位が上昇する事、そして電気刺激でそれを抑えて渇望も抑えられることを2例の患者さんで観察していた。

そして、たまたまGLP-1RAの服用を始めた3番目の患者さんについて、同じように電極を挿入して経過を観察している。期待通り、GLP-1RA服用を始めてから2−4ヶ月は摂食願望は低下し、即座核の活動も低下していることが観察できた。すなわち、GLP-1RAが即座核の神経活動を抑えることがわかる。しかし、5ヶ月を過ぎてGLP-1RAの量を増やした頃から急に摂食渇望が再発し、そのときは通常では見られないほどの興奮が即座核で見られたという結果になっている。

このことは、摂食渇望と即座核のδ波とが相関すること、GLP-1RAがそれを抑える作用を持つことを示すとともに、長期使用により全く反対の作用が発生することを示し、GLP-1RAの長期使用に注意が必要であることを示したと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月19日  ADHD(注意欠如・多動症)のハイリスク遺伝子変異(11月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月19日
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自閉症の科学を連載していた頃はゲノム研究が急速に進んだ時期で、Natureのような一般紙でも様々な精神や発達障害の研究を目にしたので、まとめておこうと思った。しかしこのようなブームは去って、専門誌は見ていないのでわからないが、ASDやADHDの研究論文が一般紙に載る機会は急減し、連載をやめた。

今日紹介するADHDのゲノム研究を常にリードしているデンマーク Aarhus大学からの論文は、ADHDと診断されたなんと8895人についてエクソーム配列を調べ、タンパク質をコードする遺伝子の変異を特定して、ADHDの成立過程を探ろうとする研究で、11月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rare genetic variants confer a high risk of ADHD and implicate neuronal biology(希な遺伝変異はADHDのリスクを高め背景にある神経機能を示唆する)」だ。

9000人近いADHDの人たちを集め、発現するタンパク質レベルの変異を見つけてメカニズムを解析するのは他の病気でも行われてきた。正直ASDでは2021年に大規模エクソーム解析論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/autism-science/15576)。

この時と比べこの研究はADHDを扱っていることと、変異をさらに病気への寄与が大きな rare variant (class I variant) と効果は小さいが比較的多い class II variant にわけ、病気への寄与で言うとオッズ比で6-15倍という高いリスクが認められた3種類の遺伝子を特定したことが新しい。即ち、正真正銘 class I variant に絞って解析したのが重要だ。他にも class I に近い遺伝子を20近く特定しているが、ここではこの3種類の遺伝子についての解析だけを紹介する。

この3つの遺伝子は、微小管の形成に関わると考えられる MAP1A 、 クロライドチャンネル ANO8 、イオンチャンネル局在化に関わる ANK2 で、MAP1A は神経発生に関わるし、ANO8 、ANK2 はそれぞれ神経伝達に関わる重要な遺伝子なので、なるほどと思う。また、ASDと比べて軽い障害としてみてしまうが、これらの遺伝子の機能に関わる変異となると、ADHDも同じぐらい深刻な状態と考えた方がいいように思える。さらに、これらの遺伝子上に認められる変異は機能に大きな影響があると考えられる変異が圧倒的に多い。

ただなるほどと納得できる遺伝子がリストされても、ADHDのメカニズムとの関わりとなるとハードルが高い。このギャップを埋めるため、この研究では正常人の iPS細胞から神経前駆細胞や興奮神経細胞を誘導して、3種類のタンパク質が神経細胞内でどのような相互作用ネットワークを作っているのか調べている。

3種類の遺伝子とも神経細胞で発現しているのは当然だが、iPS細胞由来の神経細胞を用いてこれらの分子と相互作用しているタンパク質をネットワーク解析でリストすると、それらの多くがすでにADHDやASD等の rare variant としてリストされている分子である事がわかった。さらに、これら相互作用タンパク質は生前生後の神経発生で発現が上昇することも確認できている。そして、特にGAGA作動性の抑制性神経で発現が高いこともわかる。即ち、class I の rare variant を中心に、他のリスク遺伝子が相互作用ネットワークを形成し、この関連を通してそれぞれもADHDのリスク遺伝子になっていることがわかる。

このゲノム構築はすでにASDでも何度も紹介した構築に近い。実際、3種類の遺伝子のうち、ANK2はASDリスク遺伝子としてよく知られている。また3つのネットワークに参加する遺伝子の中にはASDや統合失調症のリスク遺伝子とオーバーラップする。

以上のように希な遺伝子機能異常をベースにして見直すことで、ADHDも脳の様々な器質的な変化をベースにして発生すると考えられ、これはADHDに知能障害が併発することや、その後の教育や社会的な状態が通常より低下してしまうことからもわかる。

これまでADHDはASDと比べてより軽い状態と思ってしまっていたが、ゲノムベースで分類することで、ASDと同じで脳発達に基づく重要な状態であることがわかる。ただ、これらの発見から治療のための戦略が生まれないと分類するだけではむなしい。是非次の段階への研究が進んでほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日夜7時から西川伸一ジャーナルクラブ 「サイトカインは再びガン治療に使われるようになるか?」を開催します。

2025年11月18日
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欠かさずコメントを寄せてくれる岡崎さんのリクエストで、サイトカインを用いたガン治療についてのジャーナルクラブを開催します。21世紀が始まる前、サイトカインのクローニングが続き、エリスロポイエチンやG-CSFが臨床で大成功を収めた頃、インターフェロンやIL-2もガン治療に利用できるのではと期待し、また臨床治験も行われました。しかし、21世紀に入ってからの他の治療法の発展に伴い、当時の熱気は冷めたように思えます。しかし実際には新しい技術を取り込んで、ガンのサイトカイン治療は復活を始めており、現状について解説したいと思っています。いつも通りYouTube配信しますが、直接参加したい方はリクエストしてください。

カテゴリ:セミナー情報

11月18日 心筋細胞移植治療をサポートする止血マトリックス(11月13日 Science 掲載論文)

2025年11月18日
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ES細胞やiPS細胞の分化能力を一般の人に示すのに、分化した心筋細胞が動いているのを見せるのは、子供だましと言われても昔から行われてきた。神戸ポートアイランドに設立したCDBでは視察・見学には再生するプラナリアとともに最も重要なアトラクションだった。しかし、試験管の中でまとまって拍動している細胞は、失った心筋を補充してくれるかもしれないが、勝手に拍動すると不整脈の巣を作ってしまう問題がある。既に心筋シートや心筋細胞球の移植が我が国でも始まっているが、これらの方法では幸いホストの心筋システムに統合されやすいのかもしれない。

いずれにせよ、移植した心筋細胞とホストの心臓への統合は今後も最重要課題だが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、我が国でもすでに局所止血剤として使われている RADA16(製品名PuraStat)を移植時に使うことで、移植領域への血管新生を促し、また心筋の完全な成熟を誘導することでホスト心臓への統合を促進することを示した興味ある研究で、11月13日 Science に掲載された。タイトルは「Flexible nanoelectronics reveal arrhythmogenesis in transplanted human cardiomyocytes(フレキシブルナノエレクトロニクスにより人間の心筋細胞の不整脈発生が検出できる)」だ。

タイトルを読むと、フレキシブルな電極の研究に思えるのだが、実際には RADA16 の新しい可能性についての研究になる。RADA16 はMITのグループにより開発されたアルギニン (R) 、アラニン (A) 、アスパラギン (D) 、アルギニン (A) 配列が4回繰り返す16ペプチドを含むハイドロゲルで、これを出血局所に置くとpHの変化で RADA が自己組織化で βシートを形成して組織を強化する素材で、現在は止血剤として使われている。しかし、生体との親和性から細胞の足場として様々な利用方法が開発されてきた。創傷治癒、粘膜再生、骨再生、軟骨再生、更には脊髄損傷にまで利用が可能か研究が進んでいる。

今日紹介するハーバード大学からの論文では、ヒ iPSから心筋細胞を誘導するとき、RADA16 を足場にすることで心筋細胞の成熟が進む一方、不整脈の原因となるHCN4チャンネルの発現が低下することを発見する。

元々様々な組織再生の足場としての可能性が研究されているだけに後は早い。試験管内で誘導した iPS由来心筋細胞を、正常ラットの心臓に移植するとき、RADA16 とともに移植する群と、心筋細胞だけの群を比べている。

まず最も重要な違いは、心筋細胞を RADA16 とともに注射すると人間の心筋細胞に対する血管新生が誘導され、実際の血流が維持されることが観察される。

次に、心筋細胞の分化度については RADA16 があると成熟のスピードが速まるが、他には大きな変化はない。しかし、心筋細胞がラットの心臓と統合されたかどうかを調べると、RADA16 存在下では組織化される度合い格段に高く、心筋細胞だけでは組織化は進みにくい。

最後に心臓の動きに邪魔されないフレキシブルなシート電極を取り出した移植心臓に設置し36電極での同時記録を行うと、RADA16 非存在下で心筋を移植した心臓でははっきりと不整脈を起こす小さな領域が発生しているのが検出できるが、RADA16 と一緒に移植するとこのような不整脈の巣は全く検出できない。

以上が結果で、ラットにヒト心筋細胞を移植するという特殊な系だけの話かもしれないが、ヒトでの応用もやってみる価値はある。例えば福田さんたちが進めている心筋球などはかなり相性がいいかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月17日 これまで採取された中で最も古いRNAを凍ったマンモスから分離できた(11月14日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月17日
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何万年も前のDNAを回収して遺伝子配列を解読するのが普通に行われるようになったことでも、我々のような門外漢には驚くことだが、古代RNAとなるとほとんど不可能だと思っていた。というのも、通常でもDNAと比べてRNAは壊れやすく、さらにある程度組織が残っている必要がある。ただ科学の世界では不可能に挑戦することもまた常識で、2017年ぐらいからデンマークやスウェーデンの様な寒い国から古代RNAを回収し解読したという論文が発表され始めている。さらにこの技術は凍結動物だけでなく、博物館に残されていたタスマニアタイガーの剥製からもRNAを回収して解読できることが示されている。

凍土から発掘された1万5千年前のイヌ科の動物や、タスマニアタイガーRNAを分離したストックフォルム大学のグループが今度はほぼ4万年前の凍結されていたマンモスの筋肉から、タンパク質をコードしていたRNAを含む様々なRNAを分離解読したのが今日紹介するCellの論文で、11月14日オンライン掲載されている。タイトルは「Ancient RNA expression profiles from the extinct woolly mammoth(絶滅したマンモスの古代RNA発現プロファイル)」だ。

様々なサンプルで順番に腕を磨いて、解析対象をついに5万年前まで拡張したことになる。シベリアの永久凍土は6万年ぐらい前から形成が始まったとされており、これにトラップされた動植物はそのまま凍結して保存されていると考えられる。この研究では39000年から55000年前に永久凍土に閉じ込められた10頭のマンモスから皮下の筋肉を採取し、ここからRNAを分離し、配列解読を行っている。ただ、DNAも含めて十分な核酸の回収ができたのが3頭で、中でもYukaとなづけた39000年以上前の個体から配列解析可能なRNAを得ることができている。従って、データのほとんどはYuka由来のRNAを使っている。

この個体は近大の入谷さんたちが核(のようなもの)を抽出してマウス卵に移植し、紡錘糸の形成が起こったことを報告した個体で、さらに昨年このブログで皮膚の核のクロマチン構造を解析するのにも使われている(https://aasj.jp/news/watch/24826)。即ち、様々な条件が重なって圧倒的な保存状態が実現されたと考えられる。

論文のほとんどは、得られたRNAの質及びDNAの混じり込みの問題についての実験になっている。特に得られた配列データの情報処理方法が重要で、様々な処理方法を比べ、将来の標準を形成していこうとする努力が示されている。いずれにせよ、得られた最も長い配列が97bという状態で、23bより大きい断片を選んで解析している。

方法論を飛ばして、RNAの解析による新しい発見についてまとめておく。

  1. YukaはDNAではオスと判定されるが、発見された時の外見からメスとされていた。遺伝的な性不一致が考えられるが、筋肉でオスを決めるSRY遺伝子の発現が認められており、遺伝子型と同じオスである事をサポートしている。
  2. 核酸はデアミネーション等の経年変化を示すが、RNAの場合一本鎖DNAと同じレベルの変化が起こることがわかる。即ち2本鎖と比べると経年変化が早い。このことから、mRNAより、複雑な構造をとるノンコーディングのRNAのほうが経年変化は遅くなると期待できる。
  3. YukaのDNA配列と比べた結果、RNAも同じマンモス型多型を有していることが確認された。
  4. 昨年のノーベル賞の対象になったマイクロRNAだが、現在のアジア象には存在せずマンモスにだけ存在している新しいマイクロRNAが発見されている。もちろんこれがマイクロRNAとして機能していることは確認する必要があるが、ヘアピン構造をとるマイクロRNAはより保存が良いと考えられ、古代RNAの機能を調べる鍵になり得る。
  5. 経年変化が早いとは言え、YukaからのRNAのなかには342種類のタンパク質をコードする遺伝子が含まれている(ノンコーディングRNAは902種類)。これらのRNAの発現量を調べるのは難しいが、発現パターンから筋肉由来のRNAを代表していることがわかる。
  6. 筋肉組織として発現マイクロRNAを調べると、ほとんどの動物で筋肉特異的機能を示すマイクロRNAも存在するが、人間では脳で見つかるマイクロRNAが筋肉で見つかっており、今後古代マイクロRNAの機能検索は面白い分野になる可能性がある。

以上が結果で、まだまだ入り口で将来の発展性は闇の中という段階だが、ともかく4-5万年前のRNA を解析できたという世界記録を評価しよう。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月16日 腸内細菌の遺伝子改変(11月13日 Science 掲載論文)

2025年11月16日
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我々の腸内に存在する様々な細菌の遺伝子を改変することは遺伝子編集の重要なゴールになっている。細菌の遺伝子改変など楽勝と考える人もいるかもしれないが、何千何万種類の細菌が存在する腸にどのように遺伝子を運んでどのように選択するのかと考えてみると、並大抵の課題でないことがわかる。それでも、少しづつ技術開発は進展しており、このブログでも何回か紹介してきた((https://aasj.jp/news/watch/6765 )(https://aasj.jp/news/watch/27611 )。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、細菌叢の遺伝子操作としては一段階高いレベルに到達できたことを実感させる研究で、11月13日 Science に掲載された。タイトルは「Metagenomic editing of commensal bacteria in vivo using CRISPR-associated transposases(常在菌ゲノムを対象とするCRISPRに連関するトランスポゼースを用いる遺伝子編集)。

この研究ではCASTと呼ばれるCasの切断活性をトランスポゼース活性に置き換えたCRISPRシステムを用いている。このシステムでは特定の配列を持つバクテリアの領域を、CRISPRで認識し、そこに同じプラスミドに組み込んだ新しい遺伝子配列をトランスポゼースで組み込むことができる。

次にこれらのシステムを、このグループが開発してきた様々な細菌に対して水平遺伝子伝搬を可能にする IncPα-family RP4 system と呼ばれるプラスミドに組み込んで大腸菌に導入し、これを腸内に送り込んで他のバクテリアに遺伝子を届けるという戦略をとっている。即ち、このプラスミドを用いて特定のバクテリアの特定のゲノム部位を狙ったCASTシステムを送り込めると、その部位に遺伝子が組み込めることになる。

遺伝子配列はバクテリアごとに特異的配列を選べるので、遺伝子伝搬には特異性はないが、組み込まれるとバクテリア特異的に遺伝子を発現させることができる。これを腸内に最も多く存在するBacterioidesの5系統を移植した無菌マウスに、それぞれの系統特異的配列を標的にして遺伝子導入を行うと、見事に系統特異的遺伝子導入が可能になることを示している。また、SPFマウスに常在するBacterioidesにも同じように遺伝子導入を行えることを示している。

次は、遺伝子導入されたバクテリアを長期間維持できるシステムの開発で、水溶性植物繊維を分解して利用できる酵素を一緒に導入し、食事の中にイヌリンを混ぜることで、遺伝子を新たにくみこんだ細菌がBacterioides全体のなかの30%を占めるまでになり、イヌリンが存在する限り長期間増殖を続けることを明らかにしている。

最後に粘膜と直接相互作用して腸内免疫に強い影響を持つセグメント細菌 (SFB) も、朝刊内で遺伝子組み込み可能かについて調べている。まだまだ通常の細菌叢が存在する条件で遺伝子組み換えを誘導するまでには至っていないが、SFB菌のみを移植した無菌マウスを用いて3%ぐらいの効率で蛍光遺伝子を導入できることを示している。

以上が結果で、一般の人から見るとわかりにくいと思うが、腸内細菌叢の遺伝子改変の困難についてよく認識できている立場から見ると、かなり大きな進展があったと感じる。さらに、今回示されたシステムはまだまだ改良の余地がある。その点で、ようやく狙った細菌を腸内で操作できる時代が近づいたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月15日 イヌと人間の歴史をたどる論文2題(11月13日 Science 掲載論文)

2025年11月15日
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イヌはオオカミが家畜化されて生まれた種だと考えられているが、このHPで紹介しているように(https://aasj.jp/news/autism-science/11104)、オオカミとイヌのゲノムを比べると、「天使の笑顔」と称される人なつっこさを持つ遺伝子疾患ウイリアムズ症候群で欠損しているのと同じ領域の構造変化がイヌで起こっていることが2017年報告された。即ち家畜化の過程で人になつく動物が選択されたのだろう。その後、特にビクトリア朝時代のブリーダーの手によってサイズから形態まで現在見られる大きな変化が誘導されることになるが、家畜化の初期にはどの程度の変化が生まれていたのかを知ることは重要だ。

今日紹介する最初の論文、フランスモンペリエ大学と英国エクセター大学からの論文は、様々な時代に出土したイヌの頭蓋骨の形態をオオカミや現代のイヌの頭蓋と精密に比べた研究で、11月13日 Science に掲載された。タイトルは「The emergence and diversification of dog morphology(イヌの形態の出現と多様化)」だ。

研究では5万年前から現代まで、イヌ科の頭蓋を集めて比較している。更新世の頭蓋骨はほとんど現代のオオカミと同じ大きさで、その後1万年ぐらいの完新世になると多様性が大きくなり、平均値は低下する。この多様性は現代のイヌの多様性と似ているが、現代のオオカミではほとんど多様性がない。

様々な計測を元に主成分分析をすると、現代のイヌは広く分布し、サイズ以上の多様性が見られる。これに対しオオカミや更新世のイヌ科の頭蓋は重なる小さな領域に分布する。そして、完新世になると急に多様化が進むことがわかる。

詳細は省くが、このような詳細な形態学的解析から、オオカミから分離した頭蓋と特定できるのは、ロシアの中石器時代の頭蓋で、その後、完新世に入ると大きな形態学的多様性が生まれることから、この変化はもっぱら人間の好みに合わせて発生したのではないかと結論している。

同じ Science に掲載された中国昆明動物研究所とミュンヘン大学を含む国際チームからの論文は、1万年の完新世以降の世界から出土したイヌの骨のゲノム解析と人間のゲノム解析に重ね合わせて人間との関係を調べた研究で、タイトルは「Genomic evidence for the Holocene codispersal of dogs and humans across Eastern Eurasia(ゲノム解析から東ユーラシアの人間とイヌは一緒に異動したことがわかる)」だ。

最初の論文でわかるように、イヌが家畜化されたのはロシアのシベリア地区と考えられているが、この研究では Zhokhov で発見されたイヌのゲノムをイヌの起原として考えていいことをまず確認している。

これを元に、既に報告されているゲノムも含めて、イヌのゲノムの多様化を時代と地域にプロットした後、ゲノム研究から明らかになっている人間の移動と重ね合わせている。特に中国は、西からの農耕民の移動と北からの狩猟採取民の移動が混じり合う地点で、イヌの移動と重ね合わせるには最適の領域になっている。

結果だが、中国では5000年より前には西からイヌが持ち込まれているが、5000年以降に北西ロシアから、そしてシベリアからのイヌとの交雑が見られる。このパターンは、中国での民族形成過程とオーバーラップすることから、イヌの移動はほぼ民族の移動と重なると結論している。

詳細はほとんどすっ飛ばして紹介したが、イヌの歴史を見ることは人類の歴史を見ることに他ならない。例えばシェパードのようなオオカミに近い形態を好んだ人間の生活はおそらく狩猟採取民の生活と重なるだろう。しかし、農耕が進むのと並行して草食が中心になると、顔は大きく変化したはずだ。そして極めつけはビクトリア王朝で始まった、人間の趣味に合わせた形や性質の変化の誘導で、ペット時代が始まることになる。ある意味で、イヌは受難の動物かもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月14日 新しい抗うつ剤の設計(11月12日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月14日
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昨日に続いて抗うつ剤開発研究。それも中国の研究を紹介することにする。この研究を見ると中国の創薬力を実感することができるし、日本の創薬企業が相次いで中国企業と提携していることもわかる。

さて、昨日の中国アカデミー北京研究所からの論文は、ケタミンの作用をアデノシンシグナル増強と特定し、この機能だけを取り出すケタミン由来化合物の設計だったが、今日は抗うつ薬の本家本元、セロトニン受容体 (5HT1aR) 刺激剤の開発についての合肥大学からの論文で、11月12日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Pathway-selective 5-HT1AR agonist as a rapid antidepressant strategy(シグナル経路を選択する5HT1aRアゴニストは即効性の抗うつ剤になる)」だ。

うつ病ではセロトニン再吸収阻害剤が治療のスタンダードになるが、うつ病で活性が低下する大脳皮質や辺縁系のセロトニンの濃度を高めることで治療する方法だ。ただ2014年にこのブログで紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/2657)、セロトニンシナプスには調節ループが存在し、セロトニンを分泌する前シナプス細胞にも5HT1aRが発現して、セロトニンの作用で興奮が抑制される仕組みがある。このため、再吸収阻害剤や5HT1aRアゴニストの投与では、初期前シナプス作用の結果、ほしいセロトニンの効果が遅れるだけでなく、同じ神経のグルタミン酸シグナルも低下して自殺願望などを高めてしまう副作用があった。

この問題を根本的に解決するためには前シナプス細胞の5HT1aRに作用せず、後シナプス細胞の5HT1aRだけに作用する薬剤があるといいのだが、全く同じ受容体を区別するのは簡単ではない。一つの方法は先日紹介したこ論文(https://aasj.jp/news/watch/27708)のように、受容体と共役するGタンパク質を選択的に抑制して前シナプス5HT1aRを働かなくすることだが、5HT1aRについては報告はない。もう一つの方法は5HT1aRの構造を理解して、特定のGタンパク質との選択性を高める方法で、今年6月に紹介したスウェーデンからの論文(https://aasj.jp/news/watch/27009)はそれを代表している。ただ、この研究でも異なるタイプのGタンパクとの特異性を捜査するところまではいっていない。

この研究ではセロトニン再吸収阻害剤とβ遮断薬ピンドロールを併用すると、前シナプスの興奮が抑えられ、効果が遅れるのを防げるという現象に着目した。即ち、ピンドロールが5HT1aRに弱く結合し、前シナプスではHT1aR抑制に、後シナプスではHT1aR活性化に働くという現象で、ピンドロールがHT1aRの下流シグナルを操作できる可能性を示唆している。

そこで、これまで開発されたHT1aRアゴニストで刺激したときにリクルートされるGタンパク質の種類とピンドロール刺激によるGタンパク質を比較し、ピンドロールだけがG0選択性を持っていることを発見する。

次に、それぞれのアゴニストやピンドロールとHT1aRの結合状態をクライオ電顕や、HT1aRへの変異導入実験から詳しく調べ、Gタンパク質選択性が生まれる構造基盤を明らかにし、α4-β6ループとして知られる構造とN末端のα5ヘリックスがG0選択性に関わることを発見する。

この構造解析に基づき、ピンドロールを起点によりHT1aRへの特異性を高めつつ、他のGタンパク質のリクルートを誘導しないリガンドTMU4142を完成させている。TMU4142でHT1aRを刺激すると、他のリガンドと比べG0Aの活性化が10-20倍程度上昇、一方Gi3の活性化は10-20倍低下すること、そしてアレスチンのリクルートは全く起こらないことを確認している。

最後にマウスのうつ病モデルでこの薬剤を腹腔注射すると、前シナプスの刺激がほとんど起こらず、その結果後シナプス刺激が遅れなく発揮され、うつ状態を抑えられる事を示している。

以上が結果で、ピンドロールというお手本はあったにせよ、同じ受容体のGタンパク選択性を操作する薬剤を開発した力量は高く評価できる。これまでうつ病に関する創薬研究を何度も紹介してきているが、少なくとも5回は中国の研究だった。すなわち、うつ病という最もホットな精神疾患創薬領域で、アカデミアがこれほどの力を発揮できているのを見ると、我が国も虚心坦懐に学ぶ必要があると思う。

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