神経伝達に関わるイオンチャンネルは伝達因子によるチャンネルのコンダクタンスを変化させることで、興奮をファインチューニングできることが知られている。特に、神経活動の最も重要なNMDARグルタミン酸受容体は自然に存在する神経ステロイドが結合することでコンダクタンスを変化させることが知られている。
今日紹介する米国コールドスプリングハーバー研究所からの論文は、NMDARが神経ステロイドや化合物でコンダクタンスを変化させる構造学的基盤をクライオ電顕を用いて明らかにした研究で10月29日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Mechanism of conductance control and neurosteroid binding in NMDA receptors(NMDA受容体への神経ステロイド結合とコンダクタンス調節のメカニズム)」だ。
NMDARのコンダクタンスを変えられるなら記憶増強に使えるのではという下心で論文を読んでみた。研究ではまずNMDAR一分子の興奮レコーディングを用いて、硫酸プレグネノロン(PS)、24S-ヒドロコルチゾン(24SHC)、そして化合物EU1622の作用を調べている。
いずれも興奮性とされている神経ステロイドで、NMDAR刺激時に加えるとイオンの流入を増強する。面白いのはそれぞれの作用が異なる点で、PSと24SHCは流入による電位の振幅は両者で同じだが、スパイク頻度が上昇している。一方、EU1622を加えると、スパイク頻度はさらに増強するのだが、振幅は小さくなる。
以上のように、同じNMDARの特性を細胞内からこれだけ変化させられるということは、素人目にはかなり期待できるように思える。この研究では、この変化の構造学的基盤をクライオ電顕で調べている。
まずそれぞれのステロイドはNMDAR膜直下にあるドメインのポケットに結合すること、ステロイドとNMDARの結合はステロイドごとに全く異なっており、これによりチャンネルの孔の大きさが変化することを明らかにしている。さらに、NMDARがそれぞれのステロイドと結合する部位に変異を入れてステロイドの作用を調べることで、構造学的な結果を遺伝的に確認している。
後は、興奮を促進するが振幅が低下したEU1622結合による構造変化を24SHCによる変化と比べている。
詳細はすっ飛ばして結論を述べると、
- NMDARはGluN1aとGluN2Bサブユニットから形成されているが、24SHCが結合するとチャンネル孔を形成している両方の分子のM3ユニットが外側に倒れて、安定的に最も大きな穴が形成される。
- これに対してEU1622と結合したNMDARではGluN2BのM3ユニットだけが外側に倒れるため、穴の大きさが中程度でとどまる。
即ち、ステロイドの結合で、チャンネル孔のサイズを安定的に変化する構造的基盤が明らかになり、それが実際のチャンネル特性として表現されることがわかった。
結果は以上だが、今後構造に基づいて化合物を設計することで、NMDARの興奮特性を様々に変化させられる薬剤開発に道を開いたと思う。最近ではペプチドを設計してチャンネルを変化させる試みも進んでいることから、重要な領域になると思う。
