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11月8日 多系統萎縮症のシヌクレイン線維構造(11月5日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月8日
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多系統萎縮症 (MSA) はほとんどの人にとって聞き慣れない病名だと思うが、現在日本には1万人程度の患者さんが存在している。これまでの研究で、パーキンソン病やレビー小体脳症と同じシヌクレイン異常症で、細胞内に形成されるシヌクレイン線維の凝集塊が他の神経細胞へ伝搬することで脳の様々な領域で神経変性が起こる。そのため黒質に神経変性が限定されるパーキンソン病より進行は早く、重症になる。

同じシヌクレイン症でもMSAでは凝集塊が白質のミエリン化に関わるオリゴデンドロサイトに見られる点が特徴的で、他のシヌクレイン症では見られない。そのため、繊維化するシヌクレインの構造が他の凝集シヌクレインとは異なっていると考えられてきたが、MSAからシヌクレインを取り出して動物にMSAを誘導するという実験は成功していない。

今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、試験管内でたまたま分離されてきた 1B と呼ばれるシヌクレインをマウスに移植するとMSAと同じ病理像を誘導し、他の異常シヌクレインと異なる特殊な構造をとっており、これがMSAに特徴的な病気の広がりに関わることを示した研究で、11月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Synthetic α-synuclein fibrils replicate in mice causing MSA-like pathology(合成αシヌクレイン線維はマウスで増殖してMSA様病理を誘導する)」だ。

このグループはヒトシヌクレインに様々な処理を加えた後、試験管内でプリオンのように他のシヌクレインを変化させるかどうかを調べて、いくつかの伝搬可能なシヌクレインを分離、今回はその中の1B線維に注目して研究している。

まず1Bを脳内に注入すると、急速に脳全体に同じ線維が形成される、進行の早いMSAを誘導すること、そしてオリゴデンドロサイト内に線維が凝集するMASに特徴的な病理を示すことが明らかになった。オリゴデンドロサイトにはシヌクレインの発現はないので、1B伝搬により神経内で形成された線維が取り込まれていると考えられる。シヌクレインを人間の遺伝子で置き換えたマウスでも同じことが起こることから、おそらく人間でも1Bは伝搬してMSAを誘導すると考えられる。

他のタイプの線維ではこの現象は見られないので、1B及び1Bを注入したマウスで新たに形成されたシヌクレイン線維の構造をクライオ電顕で調べている。詳細は省くが、これまでのシヌクレイン線維には見られない構造をとっており、これが他の線維と異なりチオフラビンT による染色ができない原因であることを示している。すなわち、MSA型の病理は分子の構造に依存していることがわかる。また1B注入で新たにマウス脳内に発生したシヌクレイン線維も新しいマウスに再注入するとMSA を発生させることを示し、それぞれの構造に共通性があることを明らかにしている。

残る問題は人間のMSAの線維が1Bと同じかという問題だが、シヌクレイン線維を分離して構造的に同じであるということを示すのはまだできていないが、例えばチオフラビンT に結合しないことなどMSAの線維塊の様々な性質の共通性から、構造的な類似性が明確に存在し、これが特徴的病理に関わると結論している。

以上の結果、伝搬性から考えるとMSAのシヌクレイン線維は1Bと完全に一致しているとは言えないが、多くの構造的共通性を持っており、これがMSAのような特殊な病理像を造っていると考えられる。特に、チオフラビンTとの結合部位の違いなどがMSAのプリオン性と病理の特徴に関わると考えられる。そして、今回示された構造学的解析から、もしMSAシヌクレインの機能が1Bと同じと考えられるなら、この構造を阻害する化合物を探索できる可能性を示唆している。是非病気の進行を遅らせる化合物の開発を期待する。

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