インフルエンザやSARS-Cov2のように抗ウイルス薬が開発されていても、タイミングを逃してしまうと、呼吸機能の低下を防げず急速に呼吸不全が進み、死亡に至らないまでも強い呼吸機能障害を起こす。このようなケースを急性呼吸逼迫症候群 (ARDS) と呼んでいるが、基本的には肺上皮の喪失が修復より速く進むことが背景にある。
ウイルス感染に感染すると、感染した細胞ではウイルスタンパク質が大量に発現してERストレスなどで細胞死が起こるが、感染量が低い場合はインターフェロンなどの抗ウイルス自然免疫でウイルスの増殖を抑えて細胞死を免れることが知られている。また肺胞のAT2細胞はウイルスに対する耐性が強い。このおかげでウイルスの増殖や感染を抑える抗ウイルス薬で細胞内のウイルス量を抑えることで細胞死を抑えて肺機能を守ることができる。ところが、投薬が遅れてウイルスの増殖が続くと、ウイルスを抑えようとする私たちの自然免疫や、キラー細胞もウイルス退治に向けられる結果、ホストの肺胞細胞を傷害することになり、ウイルス感染以上に肺胞細胞の障害が進む。
今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、マウス インフルエンザ感染モデルでARDSを防ぐ為に考えられる方策を臨床的マインドで調べたなかなか面白い研究で、11月20日号 Science に掲載された。タイトルは「Rebalancing viral and immune damage versus repair prevents death from lethal influenza infection(ウイルスと免疫によるダメージと修復の際、バランスを取ることで致死的インフルエンザ感染による死亡を防げる)」だ。
研究ではほぼ全てのマウスがARDSで死亡する量のウイルスを感染させたとき、肺胞で起こるプロセスを解析、ウイルス自体により肺胞のダメージが起こる時期と、免疫によりダメージが起こる時期が明確に異なることを特定し、ウイルス、自然免疫、キラー細胞によるダメージをコントロールする方法をトライアンドエラーで模索している。
例えば、最初からタミフルを投与すると、ほぼ完全に回復して死亡例はない。一方、コロナの時に効果が証明されたステロイド治療も含め免疫機能を変化させる50種類の方法を試して見て、最初の白血球の患部への移行を抑える抗Ly6G抗体以外はほとんど効果がないことを確認している。
Ly6Gに対する抗体が一定の効果を持つということは、白血球による自然免疫が感染直後から肺を傷害することを示唆している。実際、感染後3日目にLy6G抗体を投与しても効果が低下する。
そこで、ウイルス感染が進行してからタミフルを投与する、臨床に近い状況(感染後3日)でタミフル効果を調べると、ウイルスの感染拡大は止められても肺の障害が50日まで持続することを確認する。この状況で反応している細胞を詳しく調べ、ウイルス感染後早期にウイルスと自然免疫により肺のダメージが起こるだけでなく、それを補う組織再生も抑制されることがわかった。
これらの実験に基づき、臨床に近い状況でダメージを抑え再生を促す選び得る治療方法を模索している。実験では感染後4日後にタミフルを投与すると60%が死亡する条件で、タミフルとともに自然免疫のαインターフェロンを抑える抗体を投与する治療を行いほぼ8割のマウスが助かることを確認している。
では後期のキラー細胞による細胞障害を抑えるとどうなるか、CD8抗体を用いて調べると、同じように7割のマウスが生存できることを発見する。即ち、4日目からタミフルを投与する時期に、自然免疫、あるいは獲得免疫を抑える方法を併用すると生存率が上昇することを明らかにする。ただ、作用機序は異なるのでインターフェロンとCD8との抗体を両方併用すると相乗効果が出ると期待して実験を行うと、なぜか最も成績が悪い(これについては原因がわからない)。
この時の肺胞の障害程度を調べ、タミフルとインターフェロン抗体投与併用でAT2細胞の再生が著しく高まること、一方でCD8抗体併用では再生への効果は少ないことを明らかにしている。しかし、抗CD8抗体の併用では後期の感染細胞へのアタックを抑えることで、細胞自体の喪失を防いで回復を促す効果があることもわかった。
以上の結果は、症状が出て肺へのダメージが進み始めた診察時には、まずインターフェロン効果を抑えられるような抗体やその他の方法で自然免疫を抑える治療をタミフルと併用することが重要で、これによりタミフルの抗ウイルス効果を純粋に引き出せることを示している。以上、理想的方法としてはタミフルに加えて初期には主にインターフェロンによる自然免疫、そして後期にはCD8T細胞を抑えることが重要という結果だ。
さて実際の臨床でこれがどこまで匙加減として可能か、是非期待したい。
