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10月3日 RAEFISH:組織レベルの遺伝子発現解析の決定打になるか?(10月1日 Cell オンライン掲載論文)

2025年10月3日
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組織レベルで細胞ごとに多くの遺伝子の発現を調べる方法が急速に進んでおり、AASJでも新しい組織学としてYouTube配信を2年前に行った(https://www.youtube.com/watch?v=KtjY4JEEjaA)。これまで開発された方法は、バーコード配列を組織上で読み取って mRNAをsingle molecule レベルで特定する方法と、識別のための読み取り配列を持つプローブを標的にハイブリダイズさせたあと、読み取り配列を検出する蛍光ラベルしたプローブを組織上で何度も繰り返す方法に分かれる。特に後者の方は必要なリエージェントやRNAの数を細胞ごとにカウントするソフトも提供され、また外注でサービスを受けることもできることから、普及が進んできた。

とは言え、MERFISHは一つの遺伝子に何個ものプローブが必要で、コストも含めて気軽に使えるというレベルにはなっていない。今日紹介するイェール大学からの論文は、MERFISHを利用するが、新しく開発したRNAを組織内で増幅する方法を組み合わせることで、MERFISHを一つのプローブだけでできるようにし、感度を上げた上にコストを下げることに成功した方法開発研究で10月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Sequencing-free whole-genome spatial transcriptomics at single-molecule resolution(配列決定が必要でない単一分子解像度での全ゲノム空間トランスクリプトミックス)」だ。

これまでも組織上でRNAを増幅することは行われていたが、この研究では標的のRNAに接して結合する2種類のプローブに、片方には増幅のためのプライマー、もう片方には増幅される配列を結合させて、ハイブリダイゼーションしたRNA上でプライマーから標的配列まで何度も増幅できるようにしている。トリックとして、増幅される共通配列には最初切断を入れておいて、増幅が標的配列まで進まないようにしておく。まずこれを連結させる操作を行ったあと、プライマーから増幅させると、今度は標的のRNAも配列まで到達して増幅させることができる。この増幅したDNA配列を標的にMERFISHを行うと、一つのプローブで十分検出が可能になる。

この増幅セットを転写される全ての遺伝子に対して用意しておいて、増幅後にMERFISHで増幅された遺伝子を検出すると、一つのRNAは一個の明確なドットとして検出できる。人間で転写される16501個のコーディングRNAと、6811個のノンコーディングRNA全ての発現解析を肺ガン細胞株で行うと、一個の細胞あたり平均3749個のRNA を検出できる。

これまでin situ hybridizationというと、見たい遺伝子を決めて調べる方法だったが、一つの組織で全遺伝子について発現を調べられるということは、細胞が発現している遺伝子について予断を完全に排して解析ができることを意味する。即ち現在定番になった single cell RNA sequencing と同じレベルの解析に、組織上の局在まで加えて解析が可能になった。

このパワーを示すためいくつかの例を選んで解析を行っている。まず培養細胞を用いて全ゲノムレベルの発現解析を行うと、多くの遺伝子発現を見事に細胞周期ごとに振り分けることができる。中でもこれまで解析が進んでいないノンコーディングRNAのうち99種類は明確に細胞周期に割り当てられることを示している。

次に構築と全ゲノム発現解析を合体させるパワーを示すため、肝臓組織について同じように全ゲノムレベルの発現解析を行い、single cell RNA seq 以上の解像度で細胞を分類できること、さらにそれぞれの細胞が組織のどこに存在するのかについて明らかにすることに成功している。このおかげで、それぞれのゾーンに分布する細胞間の相互作用についても発現遺伝子から推定することができる。

他にも胎児の胎盤、あるいは免疫反応が起こっているリンパ節についても解析を行い、例えば胎盤では血管内皮、赤芽球、栄養膜細胞、マクロファージなどの局所での相互作用の様態を示したり、リンパ節では様々なゾーニングとともに胚中心がはっきりと他のゾーンから区別できることも美しい写真で示している。

他にもクリスパーノックアウトとの組み合わせられることなどを示しているが割愛する。結局論文を読んで貰わないと、どれだけパワフルな方法かを文章だけで伝えることはむずかしい。要するに、組織上で全ゲノムレベルの遺伝子発現を解析できる、これまでより高い信頼性を持った方法が開発されたことがこの研究の全てだ。あとは個々の生物学的問題をこの方法で解析していくことで評価が定まると思う。

この研究では、全ゲノム分のプローブを作る(あるいは買う)と、あとは増幅していくらでも新しい実験に使えることから、コストもMERFISHより遙かに安上がりだとしている。組織上での増幅に必要な全プローブのコストは、5100ドルで、2000回の実験が可能でとしているので、本当なら是非試してみる価値はある。ひょっとしたら、組織全ゲノム解析の定番になるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月2日 変わった切り口の臨床研究2題(9月29日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年10月2日
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最近 Nature Medicine に発表された論文の中に、変わった切り口の臨床研究を見つけたので紹介する。

最初は糖尿病予備軍の糖尿病への移行を防ぐため、食事の改善や運動を取り入れたプログラムを参加者に1年間行って貰い、その後の9年にわたる経過観察で、実際に糖尿病への移行をかなりの程度防ぐことができたコホート研究の中から、体重が低下しない、あるいは増えたにも関わらず糖尿病予防が達成できたグループを抜き出して調べた研究で、タイトルは「Prevention of type 2 diabetes through prediabetes remission without weight loss(2型糖尿病を体重の減少なしに予防できるケース)」だ。

このような介入試験の常だが、1100人あまりの参加者のうち、230人は体重減少を達成できなかった。しかしながら、このうち50人は糖尿病予防が達成できており、体重減少と糖代謝の改善が乖離した。そこで、介入によって体重減少が達成できず、糖尿病の予防が達成できないグループ(non-responder)と、予防が達成できたが体重は減少しなかったグループ (responder) について、その差を探索している。結果をまとめると、

  1. 50人の responder では、介入によりインシュリン感受性が改善している。
  2. Responder ではインシュリン分泌能やβ細胞機能が改善していた。
  3. Responder では皮下脂肪優位の肥満で、体重にかかわらず介入成功者の多くは内臓脂肪の減少が見られた。
  4. 肝臓の脂肪は両者で変化なかった。
  5. 慢性炎症を示す指標は responder、non-responder で差はなかったが、responder ではアディポネクチンのレベルが non-responder より高かった。
  6. GLP-1、GIP分泌は両者で変化はなかったが、グルカゴンのレベルが responder で低下していることから、インクレチンに対する感受性が responder では改善している。
  7. 遺伝的肥満リスクスコアに差はなかった。

以上が結果で、これまで考えられているように、皮下脂肪がついても、内臓脂肪の蓄積を防げれば糖代謝を正常に維持できる良い肥満と考えて良いという話だが、生活改善介入臨床研究から明らかになった点が面白い。

もう一つのフロリダ大学からの論文は、芸術の力を借りて病気を防げることをうたった研究論文を集めて調べ直したメタゲノム研究だが、記述的すぎてよくわからない点も多い。ただ、芸術の力を簡単に持ち出す話は多いので、その意味で面白い研究だ。タイトルは「The arts for disease prevention and health promotion: a systematic review(病気の予防と健康増進のための芸術:システミックレビュー)」だ。

この研究では芸術を健康増進や予防のために利用した結果を報告している論文を網羅的に集め、研究が科学的に行われたかどうかでフィルターをかけ残った6831編の論文を精査している。1992年から2024年までのほぼ30年に6800もの論文が健康と芸術の関わりについて発表されているのにまず驚く。

最終的には条件をクリアした95報に絞っているが、それでも解析は散漫で終わっており、結論らしい結論は出ずに、著者らの感想が書かれているといった具合だ。実際、芸術といっても、ビジュアルアート、音楽、ダンス、劇、文学まで含んでおり、それぞれ人間に対する影響は異なるはずで、アートと一言で片付けるのは乱暴に思える。

また、介入した対象集団も多様だが、どうしても貧困などの問題を抱えている集団が対象になりやすい。また多くの論文では最初からアートの効果を考えるわけではなく、貧困層の健康を守るためのリテラシーを上げるためのシンボルとして使われているケースが多い。例えばみんなで合唱しようといった運動のイメージだ。

結局明確な結論はなく、最後は著者の印象として、ほとんどの研究で芸術は文化活動に参加することで対象となった人々の身体的活動を高め、また人と人とが混じり合える機会を作るために用いられており、芸術自体の力というわけではないと結論している。わかりにくい研究でよく採択されたと思うが、ともすると芸術自体の力を信じてしまうが、それに対する批判的な取り組みとして見ると面白い。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 膵臓ガンが分泌するオステオポンチンの作用(9月24日 Nature オンライン掲載論文)

2025年10月1日
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オステオポンチンはbone biologyではよく知られた分泌分子で、石灰化を抑え、破骨細胞活性化による骨吸収を高めるなど、骨のリモデリングに関わる分子として知られてきた。ノックアウトマウスでは骨の発生に異常は認められず、骨吸収が抑えられ骨量増加が見られる程度だが、骨折時の修復の遅延等が報告されている。ただ、ノックアウトマウスの解析から、オステオポンチンが骨以外の様々な細胞で機能していることが明らかになった。

今日紹介する英国ガン研究所からの論文は、オステオポンチンが膵臓ガンの上皮間質転換を誘導し転移を促進することを示した論文で、膵臓ガンでは骨のリモデリングと使われている同じ分子セットが働いていることがわかる研究。9月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SPP1 is required for maintaining mesenchymal cell fate in pancreatic cancer(膵臓ガンの間質細胞形質の維持に必要)」だ。

SPP1はオステオポンチンのことで、このような全く記号化された名前をわざわざタイトルに使うことで読んでみようとする人の数が減るのではないかと心配する。私も「SPP1とは何ぞや」と調べた結果、オステオポンチンと知って急に興味がわいた。

全く知らなかったが、膵臓ガンが進行すると血中のオステオポンチンが上昇するすることが知られていたらしい。この上昇が膵臓ガンの悪性度と関係があるのか調べるために、single cell レベルで遺伝子発現を調べ、オステオポンチンの発現と上皮が間質細胞のように変化するEMTが強く相関していることがわかる。ただ、間葉系に変化した細胞がオステオポンチンを分泌するのではなく、上皮タイプの細胞から分泌される。

ガン細胞からオステオポンチン遺伝子をノックアウトすると、間質系の形態をとる細胞が消失することから、上皮からのオステオポンチン分泌が間葉系へ転換したガンを維持していることがわかる。また発ガン後オステオポンチン遺伝子をノックアウトすると、転移が強く抑制される。異常のことから、膵臓ガンは様々な刺激で間質系細胞への転換が起こり転移しやすくなるが、間葉系細胞は上皮からのオステオポンチンに依存して増殖維持されていることが明らかになった。

そこで、上皮から分泌されたオステオポンチンが間質系細胞に作用するメカニズムを、上流から下流まで詳しく調べ、

  1. 膵臓ガンの場合オステオポンチンはインテグリンβ3を受容体としてシグナルを伝える。
  2. 膵臓ガンのオルガノイド培養で、オステオポンチン刺激によりBMP2とその阻害分子Grem1が誘導される。BMP2はインテグリンの直接の下流で誘導されるが、Grem1は誘導されたBMP2により誘導される。
  3. インテグリンの刺激はNFκBシグナル経路を介してBMP2を誘導する。

以上が結果で、BMP2は snail、slug、twist 等を誘導してガンの上皮間質転換を誘導することは知られていたが、膵臓ガンではその上流にオステオポンチンが存在したことになる。そして、骨の細胞と同じように、BMP2は同時に自らの阻害剤であるGrem1の誘導を刺激することで、間質系転換への絶妙バランスを誘導することになる。

この3者によるバランスは、例えばGrem1をノックアウトしておくと、オステオポンチンをノックアウトしても間質系転換した細胞はそのまま維持される。逆にオステオポンチンを過剰発現させて誘導される強い間質系細胞への転換は、Grem1を過剰発現させると抑えられる。このようにBMP2を真ん中に3者がバランスを形成することで、膵臓ガンの上皮間質系転換が調節されていることがわかる。

研究としては特に驚くほどではないと思うが、膵臓ガンがオステオポンチン、BMP2、そしてGrem1という骨のリモデリングの三種の神器をそのまま使って、より悪性の転移しやすい細胞を作っているという類似性には驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ
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