2025年9月30日
CAR-Tは抗原特異性をデザインできるガン免疫として実際に臨床で大きな成果を挙げているが、まだまだ万能ではない。ガンに発現する同じ抗原に対するキメラ抗原受容体 (CAR) を導入した細胞を移植しても、結果はまちまちで、その理由がわからないことが多い。そこで、CAR-Tの遺伝子改変で、より効果の高いCAR-Tを誘導するためのチャレンジが進んでいる。
9月24日 Nature にオンライン掲載された論文の中に、2報のクリスパースクリーニングを用いてCAR-Tの機能に影響を及ぼす遺伝子を網羅的にリストする試みを見かけたので、まとめて紹介する。方法も結果も違うのだが、今回はハーバード大学からの論文を中心に紹介する。タイトルは「In vivo CRISPR screens identify modifiers of CAR T cell function in myeloma(生体内でのCRISPRスクリーニングにより骨髄腫に対するCAR-T機能のモディファイアーが見つかる)」だ。
人間の骨髄腫株を移植した免疫不全マウスに、これに対するCAR-Tを注射して、21日目の移植細胞を採取しゲノムを調べるのだが、マウスに注射する前にクリスパーを用いて機能に影響するのではと考えた1180種類の遺伝子をノックアウトしておき、21目に採取したCAR-Tでどの遺伝子がノックアウトされると、増殖維持されやすくなるかを調べている。
この方法で、いくつかの遺伝子がノックアウトによりCAR-Tを長続きさせるとしてリストされてくる。もちろん遺伝子がノックアウトされるとCAR-Tとして全く維持できなくなる遺伝子も存在し、例えばサイトカイン刺激に関わるSTAT3やIL2受容体αは時間がたつと細胞集団から消えてしまう。一方、CAR-Tを長続きさせる遺伝子はノックアウトされると集団の中で数が増えてくる。
この研究ではノックアウトによりはっきりと効果が見られた遺伝子としてRASの活性化に関わるRASA2、サイトカインシグナルを抑える脱リン酸化酵素PTPN2、そして細胞周期の抑制に関わるCDKN1B(p27のこと)がリストされた。
そこでそれぞれを別々にノックアウトしたCAR-Tを作成し、抗腫瘍効果を調べるとCDKN1BノックアウトCAR-Tが最も高いキラー活性を示し、しかも長期にガンを抑制することができた。一方、他の2つの遺伝子では効果は見られるものの、長続きしないことがわかった。
メカニズムを調べると、予想通り細胞周期の抑制が低下するため、細胞の増殖が高いレベルで維持されるが、それだけではなくCD8キラー細胞への誘導も強く、結果として抗ガン作用の強い細胞を誘導して増殖させられることを示している。
とすると今度はCAR-Tがガンになってしまうのではと心配するが、基本的にはガンの刺激が存在するときだけ細胞の増殖が維持されること、更にはこれまでのCAR-T治療で発生した腫瘍性細胞でCDKN1Bが欠損した細胞が見つかっていないことを挙げている。最近では自殺遺伝子を組み込むことも可能なので、トライする価値はある。
もう一編の論文はウィーンの分子医学研究所からの論文だが、クリスパースクリーニングから実際の臨床応用までシステミックに行えるよく考えられた方法が提案されている。ただ驚くのは、それぞれの研究が標的にしている細胞がハーバードは骨髄腫、分子医学研究所は白血病という差はあるのだが、発見された遺伝子のオーバーラップは少なく、この研究ではGタンパク質の一つRHOGと細胞死遺伝子FASで、FASとRHOGをノックアウトしたCAR-Tは腫瘍抑制効果がかなり高くなることが示されている。
ざっと見た感じ、やってみてもいいかと思うのはハーバードのCDKN1Bだが、要するに一度で全ての答えが出るわけではなく、このような試みを繰り返す中で最強で安全なCAR-Tが生まれてくるのだと思う。
2025年9月29日
長寿の研究での線虫の貢献は大きい。寿命が20日ぐらいと短く、寿命自体を形質として研究しやすい。その結果ダイエットが長寿の秘訣であること、一般の人の注目が高いサーチュインと寿命の関係などは線虫で明らかにされた。
前者は代謝、後者はエピジェネティックスと寿命の関係を明らかにした研究だが、今日紹介するベーラー医科大学からの論文は、代謝とエピジェネティックスが、「風が吹いたら桶屋が儲かる」で語られるような複雑な経路を経て子孫の寿命を伸ばせることを示した研究で、9月25日 Science に掲載された。タイトルは「Lysosomes signal through the epigenome to regulate longevity across generations(リソゾームのシグナルはエピゲノムを通して世代を超えて寿命を調節する)」だ。
食制限により線虫の寿命が延びることがわかっており、基本的には全身の細胞の代謝の問題だが、食制限に対する最初の組織反応は消化管上皮でのリソゾーム局在リパーゼ様タンパク質4 (LL4) が誘導され、これも寿命に関わるAMPKやmTORを抑制して長寿に貢献することがこれまでの仕事で知られている。この研究は食制限の代わりに、腸管でLL4が過剰発現する線虫を作成し、その子孫を見ていくと、導入遺伝子を持っていない子孫線虫も寿命が延びることを発見している。即ち、腸に発現したLL4によって子孫の遺伝子のエピゲノムが変化し長寿になるという予想外の現象が起こった。
子孫線虫に伝わるエピジェネティック現象なので、まずLL4により腸管で起こるエピジェネティック調節分子の発現と、その子孫寿命への効果を調べ、LL4によりヒストンバリアントの一つ his71 が腸管で誘導されることが、子孫の寿命を延ばすことを発見する。しかし腸管で起こった変化が子孫に伝わるためには、生殖細胞へとこの変化が伝わる必要がある。そこで、腸管で作られる his71 をラベルして生殖細胞への移行がないかを調べ、期待通り腸管から生殖細胞へ腸管のリポプロテインによって伝達されることがわかった。即ち、腸管で発生したヒストンバリアントが生殖細胞まで伝達され、生殖細胞のエピゲノムを変化させることがわかった。この時、生殖細胞だけで働いているメチル化酵素 Dot1.3 により his71 ヒストンバリアントのK79がメチル化され、これが長寿に関わる遺伝子のエピジェネティックスを変化させ、子孫の寿命を延ばしている。
最後に、腸管上皮でLL4、更には食制限で his71 が誘導される分子メカニズムについて詳しく解析し、Rasファミリー分子によりAMPKがリソゾームにリクルートされ、mTORシグナルを抑制しこれが細胞レベルの長寿を誘導するとともに、SNK-1転写因子依存的にhis71を誘導することも明らかになった。また腸管上皮自体でLL4が活性化されるだけでも、個体の寿命は少し延びることを明らかにし、全身の代謝に先駆けて腸上皮の飢餓への適応が長寿をもたらすことも示している。
結果は以上で、飢餓によりLL4が発現し、腸上皮を介する長寿に貢献するとともに、転写されてくるヒストンバリアントを生殖細胞に伝えることで、次世代の長寿をエピジェネティックな機構を介して実現するという、ややこしい回路だがなかなかよくできたシステムができている。これが他の動物でも起こる可能性があるのかどうかは全くわからないが、飢餓に対する極めて合目的な対応だと感心した。
2025年9月28日
ガンマーカーとして利用されている多くの抗原が糖鎖抗原であることはよく知られた事実だ。しかし、多くの糖鎖ガンマーカーはガンで急速に上昇するとは言え完全にガン特異的とは言えず、これをガン免疫抗原として利用するというアイデアはこれまで成功していない。
これに対して今日紹介するカリフォルニア大学アーバイン校からの論文は、糖鎖に結合するレクチンとT細胞受容体CD3に対する抗体を合体させたキメラ抗体を用いると、ひょっとしたら多くのガンに効果が見られる免疫治療が開発できる可能性を示した研究で、9月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Safe immunosuppression-resistant pan-cancer immunotherapeutics by velcro-like density-dependent targeting of tumor-associated carbohydrate antigens(免疫抑制に抵抗性があり安全なガン横断的免疫治療が腫瘍表面にベルクロのような高い密度で存在する腫瘍糖鎖により可能になる)」だ。
腫瘍を電子顕微鏡で見るとNグリカンやOグリカンがあたかもベルクロのようにびっしりと発現され接着を維持している。これを見ると、少々特異性の問題はあっても腫瘍免疫に利用できるのではと思う。そこで濃度の調節しやすいレクチン/抗CD3キメラ抗体 (GlyTR1) を用いて、レクチンでまずガンに結合し、その細胞へT細胞をリクルートしてT細胞のキラー活性や炎症反応を誘導する方法に絞って開発している。
まず取り上げたレクチンは、昔の免疫学者なら皆知っているフィトヘムグルチニン (PHA) で、そのうちの一つL-PHAだ。なぜフィトヘムグルチニンというかというと、白血球を凝集させるからで、これによりT細胞の増殖を誘導でき、昔は刺激に使っていたことがある。即ち白血球などにも発現しているのにこれを使おうとしたのは驚きだが、凝集してしまったGlyTR1を除くことで、PHAでT細胞に結合して凝集させる心配なくGlyTR1を使えることを確認している。その上で、いくつかのガンでGlyTR1とCD8を一緒に混ぜると、ガンに対するキラー活性が得られることを示している。
もう一つ取り上げたレクチンは我々の遺伝子にコードされているCD301で、これを使うことで外来抗原への免疫の心配はなくなる。ただ、遺伝子発現が簡単ではなく、様々な遺伝子操作を加えてようやくCD3014分子とCD3抗体が繋がったGlyTR2を完成させている。そして赤血球など予想される結合がほとんど無視できることを確認して、CD8T細胞と共培養することでトリプルネガティブ乳ガンなどをガン特異的に抑制できることを示している。
あとは使えるガンのレパートリーを調べ、基本的にはGlyTR1の方がGlyTR2より活性が強いこと、しかしどちらもトリプルネガティブ乳ガン、卵巣ガン、前立腺ガン、膵臓ガン、大腸ガン、非小細胞性肺ガン、急性骨髄性白血病、多発性骨髄腫、そしてT細胞性白血病の全てに活性があることを明らかにしている。
次に、免疫系をヒト化したマウスに腫瘍を移植、生体内でこの方法でガンを抑制できるか膵臓ガンとトリプルネガティブ乳ガンで調べ、強い抑制効果を示すことを明らかにしている。
最後に取り出した腫瘍をCD8T細胞とゲル内に埋め込む方法を開発し、ユーイング腫瘍の転移巣から腫瘍塊を取り出し、GlyTR1とCD8T細胞と一緒に培養することで腫瘍が完全に消失することを確認している。
ただマウスを用いる実験系では最終的な安全性は証明できない。従って、今後人間での安全性をしらべる必要性があるが、PHAはチェックポイント阻害薬として人間に使われた経験もあり、うまくドーズを選べば臨床に応用できるのではと締めくくっている。
誰もが難しいと思っていたことを、最適の方法を用いてここまでやり遂げたことが重要で、個人的にも十分可能性はあると思っている。
2025年9月27日
黄熱病やデング熱の媒介昆虫は言わずと知れたネッタイシマカで、温暖化に伴い我が国本州にも入ってきたのではと大騒ぎになったこともある。今日紹介する Verily Life Science という米国のヘルスベンチャーを中心とする国際チームが9月18日 Science に発表した論文は、世界中から集めたネッタイシマカの一種のゲノムプロジェクトで、人間のゲノムプロジェクトと同じように現在世界中で人類を悩ませているネッタイシマカの由来や移動の有様がよくわかる論文で、勉強になった。タイトルは「1206 genomes reveal origin and movement of Aedes aegypti driving increased dengue risk(現在世界で増加しているデング熱を媒介するネッタイシマカの由来と移動が1206個体のゲノムから明らかになった)」。
ネッタイシマカについては国際ゲノムプロジェクトが進んでおり、この論文もその一環として発表されている。最終的にこのプロジェクトだけで31テラベース、人間のゲノムを3ギガとすると、それだけで1万人分のゲノム解読量になる。
さて、これを読むまで全く知らなかったが現在のネッタイシマカは大きくforosus (万能型) とaegypti (人間型) に別れ、デングを媒介しているのは aegypti (AG) の方だ。これまでの研究でネッタイシマカは他の種から85000年前インドで分離し、その後アフリカ熱帯ジャングルで繁栄し、爬虫類を含むほとんどの血液を吸って生きる万能型として生きてきた。その後、人間が増えるに従って数千年前に人間型のプロトタイプ(プロト人間型)が生まれ、それが南米で人間型へ進化し、これが現在南米、アジアで猛威を振るうネッタイシマカであることが述べられている。
特にヒト型プロトタイプ以降のネッタイシマカゲノムは、人口が増え人の移動が増えるとともに、内部であるいは他の方と複雑な交雑を繰り返しているので、その影響を除いて系統樹を構築するのに結構手間取ったようだが、最終的にいくつかの可能性の中から、起原と移動についてのシナリオが完成しているので、詳細を省いてそれだけを紹介する。
まず現在の分布だが、人間型はほとんどアフリカには存在せず、アフリカでは今も万能型が優勢だ。ただ、西海岸ではプロト人型が、逆に東海岸ではほんの少し人型が存在している。
ゲノム系統樹から万能型からプロト人間型の進化が5000年前に起こるが、これは西海岸で人口が増えヒトへの感染がより容易になったことによる。その後何千年もこの状態が続き、アフリカ以外にはネッタイシマカは存在しなかった。そこに1800年代に入ってアフリカ西海岸から奴隷貿易が盛んになることで、プロト人間型がアメリカ大陸に上陸する。そうして増加する人間を栄養分として繁栄するが、その中で人間型が発生し、現在アルゼンチンで分離されているプロト人間型ネッタイシマカが南アメリカで拡大したプロト人間型でそこから人間型が分離したことがわかる。即ち、人間型のネッタイシマカは奴隷貿易が始まった後、プロト人間型が独自に進化した結果である事がわかる。
そして、この人間型は人間の移動とともにあっという間にアジア、オセアニアの熱帯地域に拡大している。
その結果、南アメリカではプロト人間型と人間型、そしてその間の交雑型が現在も維持されているが、アジアでは人間型だけが繁栄している。一方、アフリカでは西海岸の一部の地域を除くとプロト人間型は逆に存在せず、万能型と人間型が混在して存在している。これらは、人間の動きとともにそれぞれのタイプが持ち込まれ交雑を繰り返した結果である事がわかる。
その後特にアメリカでは積極的に撲滅が図られ、一時ネッタイシマカがほとんど存在しない時期があった。その後殺虫剤耐性株の出現などで、結局アメリカ大陸には一部の地域を除くと、アジアと同じで人間型だけが再拡大し、現在の状況が生まれている。これらは、殺虫剤への抵抗性遺伝子を追いかけることで、正確に跡づけることができる。その結果、アフリカへの人間型の持ち込みが今度は東海岸で見られるようになり、アメリカ、アフリカともにプロト人間型は一部の地域だけに限られることがわかった。
このようにたった200年程度の間に大きな変遷を、しかも人間ともに遂げているネッタイシマカは、今後の温暖化と人類の新しい移動のタイプ等の結果、これまでとは異なる変遷をと遂げる様な予感がする。それがどんな世界か、あまりいい予感はしない。
2025年9月26日
ガンに限らず現在の治療法で改善が期待できない患者さんの最も重要な関心は治療法がいつ可能になるかだ。そういう場合、ClinicalTrial Govなどの治験サイトをなるべく調べて答えることにしている。このサイトを眺めていると実に様々な治験が進んでいることがよく理解でき励まされるが、このうち何割が世に出るのだろうという不安も大きい。このように、臨床治験は治療開発にとって必須の通過点で、世界規模で治験の状況を眺めることは、さまざまなヒントを与えてくれる。
今日紹介するWHOから9月9日 Nature Medicine にオンライン出版された論文は、ガンに関する治験の遂行状況を世界規模で調べた調査で、我が国の状況も含めて色々考えるところの大きい論文だ。タイトルは「The WHO global landscape of cancer clinical trials(WHOガンの臨床治験世界地図)」だ。
先にあげた ClinicalTrial gov. は米国の治験登録サイトで、半グローバルと言えるが、WHO には ICTRP と呼ばれる世界17の登録機関のデータを集めたデータベースがあり、2022年12月31日時点で登録されているガンについての臨床治験は11万で、その中から89000余りを選び出して分析している。
まずガンに関する治験の数は2005年から年率で平均7%ずつ増加し、2021年では2005年時点の2倍に数が増えている。これは論文を読んでいて感じる実感と近い。すなわちガンについての科学は着実に進んでいる。ただ、現在もなお治験は100人以下を対象にした第二相以前が多く、最終段階の第三相治験は13%にしか過ぎない。
治験の申請はアカデミアからが64%で、製薬企業の治験は13%と意外に少ない。数は少ないが、5%程度患者さのイニシアチブで行われている治験も存在し、このセクターをさらに高めることは重要だと思う。
この中で抗ガン剤の治験は61%で、細胞移植などを含む生物学的治療は6%存在する。残りは診断、放射線などが主なものになる。
おそらくWHOが最も懸念しているのが治験数の地域的偏りで、アメリカ3割、ヨーロッパ3割、西太平洋(日本や中国を含む)3割で、地域格差は大きい。国別でみると、なんと中国が1位で21%、続いて米国16%、3位は我が国の8%となっており、中国を upper middle income と分類しているが、ほとんどが高所得国で行われている。
WHOが懸念しているもう一つの点がガンの罹患数や死亡数から見たとき、治験が大きく偏ってしまっている点で、一番地件数の多いのがリンパ腫/骨髄腫、白血病で、それに乳ガン、メラノーマが続いている。逆に最も治験数が少ないのが胃ガンや尿路のガンだが、この結果は論文を読んで感じる私の印象に近い。少し意外だったのは、肺ガンの治験が意外と低調なことで、おそらく多くの治験が一つのガンだけを対象にしていないという結果である可能性もある。
他にも地域ごとに同じような解析が示されているが、基本的にはガン研究に関わる人たちの実感に近い結果だと思う。ただ、治験の地域格差については、それぞれの地域の経済力アップと医療システムの整備が必要で、かけ声だけで進む訳ではない。実際、新しい抗ガン剤の価格を考えると、高所得国でもそれらの受け入れには問題が山積みになっていることは、最近の高額医療の個人負担議論からも明確だ。その意味で、今や治験大国となった中国が薬剤のプライシングをどのように決めていくのか注目している。
2025年9月25日
このブログでも紹介したが、チベット人が高地順応する過程で、デニソワ人から受け継いだ心血管機能を変化させるEPAS1遺伝子の多型を選択していったように、生活環境は簡単に我々の遺伝的順応を誘導する。中でも食べ物は重要で、遊牧とともにラクターゼの活性が上がって Lactose tolerance が発生すること、あるいは魚が主食のイヌイットで脂肪酸を不飽和に変換する酵素が高くなることなどが有名だ。その上で、このような習慣は都会化によりいともたやすく消え去る結果、逆に文明病のリスクが高まることも知られている。
今日紹介するバンダービルト大学からの論文はケニヤ北部の遊牧民トゥルカナ族が、森を出て乾いた大地で遊牧を始め、トゥルカナ湖のような塩分濃度の高い環境で血液を飲料とするなどかなり特殊な食習慣を続けた7000年に起こった遺伝的変化の一つについて、最近の都市化の影響も含めて検討した研究で、人類の遺伝的多様性が様々な環境への適応を支えていることがよくわかる論文。9月18日Scienceに掲載された。タイトルは「Adaptations to water stress and pastoralism in the Turkana of northwest Kenya(ケニヤ北西部トゥルカナ地方で水のストレスと遊牧生活に対応した適応)」だ。
この研究で言うトゥルカナ族はマサイやウガンダのKaramojongも含んでいるが、全ゲノム解析を含むかなり精度の高いゲノム解析で、一つの民族であることを確認している。その上で、他の民族やアフリカ以外の人種と比較して、強く選択を受けたと考えられる8種類の遺伝子多型リストができている。
この中には既に研究が進んだ、例えばマサイ族で見られる近視に関わる遺伝子多型などが存在し、サバンナでの視力にも遺伝的要因が強く存在することがわかる。新しく見つかった中で面白いのはアルツハイマー病のリスク、神経原線維変化、Tau繊維化、皮質領域面積などに関わる多型が存在することで、今後の研究が面白そうだ。
ただこの研究では、トゥルカナでの遊牧生活に最も関連していると考えられるSTC1遺伝子を選んで研究している。STC1はカルシウム代謝に関与する分泌タンパク質で、他にも抗酸化作用や抗炎症作用などに関わるため研究が進められている。この多型は血中の尿素と強く相関しているため、まさにタンパク質の多い食事との関連が疑われる。
まず生理学がおさらいされ、STC1は抗利尿ホルモンバソプレッシン (ADH) により腎臓の集合管で発現する。即ちADHは水分摂取が低下すると体内に水を留める働きがあるが、この上流に多型が見られることから、遺伝的にもSTC1のレベルが調節されて、環境に適応していることがわかる。このなかの rs75070347SNP は両方の染色体で揃うと血中尿素が上昇する。そして、トゥルカナ族では調べた全ての地域で強く選択されていることが明らかになった。その選択の強さはラクトーストレランスと同じ強さであることも示された。
これほど強い選択ではないが、トゥルカナ族では脂肪代謝や糖代謝に関わる領域の多型が選択され、多くの遺伝子が関わって環境適応が起こっていることがわかる。
最後に、この7000年の歴史を経たあと、急に都市化したトゥルカナ族について、急な生活環境の変化で起こってくる問題を調べている。都市に住むトゥルカナ族では血液を飲むという習慣は消える。この進化のミスマッチにより「熱に対する反応」「タンパク質折りたたみ」そして「炎症反応」に関わるバイオマーカーに変化が見られる。
以上が結果で、人間という大きな集団では、短い期間に環境による選択を明確にすることができる。そして、これを知ることで、これまでの習慣と現在のミスマッチによる病気をより深く理解することができるようになる。
2025年9月24日
世界陸上で活躍している投てき種目の選手からわかるように、肥満を一概に身体に悪いと片付けることが間違っていることがわかる。すなわち、良い肥満と悪い肥満が間違いなくあると言うことだが、これをどう区別するかは臨床的にも重要だ。例えばメタボ診断で現在使われる腹囲は、内臓脂肪の蓄積が悪い肥満に近いことを示した阪大の松澤先生たちの仕事に由来する。
今日紹介するマウントサイナイ医大からの論文は、UKバイオバンクのゲノムデータをもとに、良い肥満と悪い肥満を遺伝的に区別する可能性にチャレンジした研究で、9月12日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic subtyping of obesity reveals biological insights into the uncoupling of adiposity from its cardiometabolic comorbidities(肥満を遺伝的に分類し直すことで肥満を心臓病・代謝病から切り離すための生物学的背景を明らかにする)」だ。
肥満はゲノム研究が最も進んだ領域で、肥満に連関する遺伝子の数は1000を超える。この研究では肥満に関わる形質 (BMI) 、脂肪量、腰/ヒップ比と心臓病・代謝病に関わる形質(例えばLDL、A1c)などをペアにした形質を24種類設定し、GWASによる遺伝的相関を調べ、最終的に266種類の相関する多型を特定している。
次に、それぞれの遺伝子多型をもとに、肥満と心臓病・代謝病が切り離されている程度の指標GRSuncopling (GRSuc) を開発し、これと脂肪量指標 GRSbfp を加えて肥満を分類している。結果だが、GRSuncoupling が高いほど、LDL-C、コレステロール、トライグリセリド、A1c など心臓血管疾患に繋がる代謝指標が低く、健康であることがわかる。また、指標に貢献する遺伝子を見ると、これまで心臓代謝疾患を防ぐとされている遺伝子が含まれていることがわかる。
このように肥満と心臓代謝疾患を区別する遺伝子多型を用いると、8種類の肥満のタイプを区別することができ、全てのグループで脂肪量は高いものの、例えばウェスト/ヒップ比とを完全に分離することができるし、脂肪やコレステロールの指標とも分離できることがわかる。おそらく私は5型に入り、肥満でウェスト・ヒップ比が高く、血糖やA1cが糖尿病型だが、脂質代謝は正常といった具合だ。
このようにウェスト/ヒップ比を脂肪量から切り離せることは、どこに脂肪がつくかということが良い肥満と悪い肥満を区別するとする松澤先生たちの結果とともに、この遺伝的背景を特定できることを示している。そして、さらに簡単に臨床分類できるよう、それぞれのタイプに代表的な遺伝子もリストしている。ただ、良い肥満だと行って安心はできない。体重が増えることで起こる病気は確かにあり、例えば蜂窩織炎、変形性関節症、静脈瘤にかかりやすくなるのでご注意。
このように遺伝的に良い肥満と悪い肥満を区別できるようになると、成長期から個人を分類できるため、この差が既に子供の時から検出できることを示している。従って、悪い肥満と診断されたら早くから生活を改めることが重要になる。
この研究で面白かったのは、GRSuncoupling に関わる遺伝子のほとんどは身体の形成や維持に関わる遺伝子で、ほとんど神経系の関与がない一方、一般的脂肪量と強く相関するほとんどの遺伝子が脳の発達や維持に関わる遺伝子である点だ。要するに習慣や好みといった脳活動が肥満を決めており、これ自体は努力でなんとかなるという点だ。もちろん、悪い肥満に繋がる遺伝子といえども、生活上の注意で多くに対応できるはずで、その意味で今回開発された良い肥満と悪い肥満についての遺伝子診断は重要になると思う。といっても、私の年になるともう手遅れだが。
2025年9月23日
昨日、メラノーマに対する個人用ワクチンの論文を紹介して感じたのは、メラノーマのように腫瘍特異的ネオ抗原が見つけやすい腫瘍でCTLA4局所投与まで組み合わせて最強免疫を行っても、効果がないケースがある点だ。特に、腫瘍組織で制御性T細胞が増加するのを完全にコントロールできず、その結果免疫がうまく続かないケースが出てくる。
これを解決する一つの方法として思いつくのは、IL-2Rαに結合せず、IL-2Rβ/IL-2Rγに結合して、制御性T細胞の増殖を抑えるIL-2バリアントやIL-15を免疫に組み込む可能性だ。このようなL-2Rβ/IL-2Rγ特異的アゴニストはこのブログで紹介してきたが、これと様々な抗体をハイブリッドにして、抗原で刺激されたエフェクター細胞だけを増殖させる方法が数多く開発され、現在治験が行われている。
その一つがRocheの開発したPD1にIL-2バリアンとを結合したPD1-IL2vで、今日紹介するバーゼル大学からの論文は患者さんの腫瘍内に存在するリンパ球を刺激して、PD1-IL2vがガン抗原で刺激され、PD1を発現した細胞を特異的にキラー細胞へと分化させるとともに、その細胞の増殖も促すことで抗ガン作用を高められる可能性を示した研究で、9月17日 Science Translational Medicine に掲載されている。タイトルは「PD-1–targeted cis-delivery of an IL-2 variant induces a multifaceted antitumoral T cell response in human lung cancer(PD-1を標的にIL-2バリアントで刺激すると人間の肺ガンでの多角的な抗腫瘍免疫を誘導できる)」だ。
PD1-IL2vは現在固形ガンでの治験が行われており、この研究は効果のメカニズムをより明確にするための研究と言える。
最初は卵巣ガンと末梢血の共培養、あるいは腫瘍組織から採取したT細胞と卵巣ガンの共培養に、PD1-IL2vを加えることで、それぞれ単独よりは強い抗ガン活性を持ったT細胞が誘導できることを示している。
PD1を標的にする理由だが、T細胞は抗原刺激を受けるとPD1を強く発現し、PD-L1による抑制作用を受けるようになる。このおかげで免疫反応が続くのを抑えることができるが、ガンのように免疫が持続して欲しいときは邪魔になる。そこで、本庶先生のPD1に対する抗体でPD-L1の作用を受けないようにすると、免疫が持続する。昨日のワクチン接種でも、PD1抗体やCTLA4抗体を併用することで、免疫の持続時間を高め、記憶細胞を誘導することができることから、ワクチン治療には必須のツールと考えられる。
この研究では抗原刺激を受けた時に発現するPD1を標的にしてPD1-IL2vを加えると、抗原刺激を受けた細胞を直接刺激して、PD1抗体でT細胞の疲弊 (exhaustion:Tex) を抑制した以上の効果が得られると期待している。
実験の詳細は省くが、腫瘍内で免疫刺激を受けたT細胞をPD1-IL2vとガン抗原で刺激することで、疲弊したTexの数が低下し、キラー活性の強いエフェクターへと分化するだけでなく、この細胞の増殖も誘導され、エフェクター機能を促進することができる。発現している転写因子を詳しく見ると、この刺激でTexのプログラムがエピジェネティックにリプログラムされ、長続きする免疫が維持されることがわかる。このリプログラミングにより、全身を移動するためのケモカイン受容体を発現したT細胞も出現し、全身でのガンサーべーランスが行われるようになる。
もちろんCD8キラー細胞だけでなく、CD4細胞もインターフェロンを強く発現するTH1型と呼ばれるT細胞が誘導され、キラー細胞を助けるだけでなく、それ自身で強い抗腫瘍作用を示すようになる。
以上が結果で、予想通り、あるいは予想以上の抗腫瘍効果が理論上得られるという話になる。あとは治験の結果待ちだが、ワクチン接種とも間違いなく相性がいいはずで、免疫時に刺激することで、ワクチンに反応したT細胞をエフェクターとして維持し、増殖させることができる。抗体が同じなのでチェックポイント治療と併用は難しいが、チェックポイント抑制よりは多角的な効果が期待できるため、より効果的な免疫増強が可能になる気がする。このように、ガン免疫を高める方法の開発は着々進んでいる。
2025年9月22日
ガンが発生する過程で数多くの遺伝子変異が起こるが、変異した分子がもしガンで発現するなら免疫系にとっては非自己になる。この非自己抗原に対して人間でも免疫が成立してガンを抑制するかどうか20世紀盛んに議論されたが、21世紀に入って本庶先生やAllisonの免疫チェックポイント治療の有効性が示され、ガンに対する免疫のパワーが明確になった。ただ、チェックポイント治療はガン免疫が治療時、あるいは治療中に自然に成立することが条件になり、これがないと副作用だけが出てしまう。これを補うためには、感染症と同じでガン抗原に対してワクチンを投与し、新たに免疫を誘導する必要がある。しかし一人一人のガンは個性があり、共通の変異は限られているため、ガンに新しく生じた変異(ネオ抗原)を個人ごとに探し出すテーラーメード治療が必要になる。
このブログでも何度も紹介し、YouTubeジャーナルクラブでも解説したガンワクチン研究は(https://www.youtube.com/watch?v=0IqrHxI-XgU&t=609s)進展しているが、効果とコストの面でまだまだ一般的にはなっていない。これを前に進めるには、実際の臨床現場で患者さんの承諾を得て徹底的にガン免疫の成立維持状態を調べ尽くす必要がある。今日紹介するダナファーバー ガン研究所からの論文はネオ抗原の発見しやすいメラノーマを対象に、考えられる最強の免疫法を用い、その後臨床経過とともにガンに対する免疫を調べ尽くそうとした研究で、9月18日号 Cell に掲載されている。タイトルは「A multi-adjuvant personal neoantigen vaccine generates potent immunity in melanoma(複数のアジュバントを用いた個人用ネオ抗原ワクチンはメラノーマに対する免疫を確かに誘導する)」だ。
ステージが進行したメラノーマ患者さんの腫瘍をバイオプシーし、ゲノムとRNA解析を行い、基本的にはコンピュータ上で有望なネオ抗原を特定し、可能性の高い20種類について個人ごとにGMP基準でペプチドを合成し、抗原として用いている。11人という限られた数の患者さんでもこの過程に3−5ヶ月かかってしまい、ワクチン接種が遅れる。より多くの人に利用して貰うには、この過程をボトルネックにならないようにさらに改善する必要がある。
この研究ではワクチン作成に時間がかかることを見越し、最初からPD-1に対するチェックポイント治療を始め、既に存在するガン免疫を動員する方法でしのいでいる。ワクチン接種後の免疫も、すぐ利用可能な既存の方法を組み合わせて最強と考える免疫を行っている。実際には、同じくチェックポイント治療に用いられるCTLA4に対する抗体をワクチンとともに皮下注射している。そして、ペプチド抗原はMontanideを基質として使いポリICを自然免疫誘導のために用いている。
その後30週あまりの臨床経過を調べており、6人が再発なしで経過しており、一人は30週目に再発、残りの3人は10週以内に再発している。有効率が50%を超えるのはワクチンの効果がある事を示しているが、これだけのプロトコルでも効かない人がいるのは免疫の個人差を超えられていないことを示している。
とは言え、Elispotと呼ばれる方法で調べると、全く効果がなかった患者さんでも免疫が誘導できていることがわかる。もちろんチェックポイント治療だけでも免疫は上昇するが、ワクチン注射でインターフェロン産生系を中心に高い免疫反応が新しく誘導できている。従って、治療の失敗原因については理解できていない。
反応するT細胞側についてもネオ抗原特異的T細胞を誘導できたか、遺伝子レベルで調べており、すぐに再発した患者さんも含めてチェックポイント治療後、さらにワクチン接種後にネオ抗原特異的と考えられるT細胞が増加していることを確認している。
特に完全寛解した患者さんについては、末梢血だけでなく、ワクチン接種部位、そして残っている腫瘍組織に浸潤した細胞まで詳しく調べている。腫瘍内の免疫細胞については効果がなかった患者さんでも調べており、効果がなかった患者さんではCD8だけでなく制御性T細胞も誘導されていることがわかっており、治療失敗の一因であることを示唆している。
成功例失敗例を問わず、新しい抗原特異的T細胞が3回目のワクチン接種後に上昇がはっきりすること、これはワクチン接種局所の皮膚T細胞でもはっきり見られることを示している。
結果は以上で、ワクチンは抗原特異的CD8、CD4 T細胞両方を誘導し、ほとんどの人でこれらは腫瘍細胞まで浸潤する。ただ、腫瘍へ浸潤する細胞のタイプに個人差が見られるため、効果に差が現れるというのが現在までの結果になる。
とすると改良点としては、個人用ワクチンができるまでガン共通に見られる変異をワクチンとして利用するとともに、CD25と結合しないようなIL-2を用いて細胞バランスを整えることが考えられる。後者については明日紹介する。
2025年9月21日
最近、小細胞性肺ガン (SCLC) の研究をよく目にするようになってきた。SCLCは膵臓ガンやグリオブラストーマと並んで治療の難しいガンとして知られているが、遺伝子発現の研究が進んだ結果、極めて多様なグループに分類されるようになっている。SCLC-AはASCL1遺伝子の高発現、SCLC-NはneuroD高発現、SCLC-PはPou2F3高発現、そしてYap1を高発現するSCLC-Yが主なものだ。これまで転写因子の発現から、A型とN型は神経分泌細胞、P型は肺のTuft細胞、そしてY型は上皮幹細胞由来とする多起源説が中心だったが、マウスを用いた発ガン研究で神経分泌細胞からほとんどSCLSが発生しないこと、単一細胞レベルの解析で肺の幹細胞と言える基底細胞遺伝子の発現が見つかったことから、全て基底細胞由来として説明できるのではと考えられるようになっていた。
今日紹介するデューク大学からの論文は、マウスのSCLC発ガンモデルを用いて各サブタイプの発生を調べ、基底細胞から全てのタイプのSCLCが発生することを調べた研究で、9月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Basal cell of origin resolves neuroendocrine tuft lineage plasticity in cancer(基底細胞由来と考えることでガンの神経分泌とTuft細胞系列の可塑性を説明できる)」だ。
何度も紹介してきたがSCLCは多様性が大きいが、ほぼ全てのSCLCでRb1とP53遺伝子の欠損が見られる。従って実験発ガンではCre-組み換え酵素を用いてRb1/p53遺伝子をノックアウトし、場合によりMycの発現を高める方法が用いられる。
この研究では肺をナフタレンで傷つけて基底細胞の増殖を誘導し、この時基底細胞だけでRb1/p53/Mycを操作すると (RPM) SCLCが発生すること、こうして発生したSCLCはY型以外はA、N、P型が存在することを示し、基底細胞の発ガン性変化により多様なSCLCが誘導できることを確認している。
今度はより実験をしやすくするため、基底細胞を分離してオルガノイドを形成させ、この時点でRPMをはじめとする様々な遺伝子改変を行い、多様なSCLCを誘導できるか調べている。ガンが発生するまで試験管内で培養することは難しいようだが、遺伝子操作後免疫不全マウスの皮膚に移植すると確実にSCLCが発生すること、そしてA/N/P型全てが誘導できることを明らかにしている。ただ、Mycの発現なしに誘導したSCLCではほとんどN/P型が発生しないことから、Rb1/ P53欠損にMycが加わることで多様性へのドライブがかかることを示している。
この多様性はそれぞれのタイプに特徴的な遺伝子が発現することで起こるが、実際ASCL1をノックアウトすると、P型のSCLCへとバイアスがかかることを示している。一方で人のガンでASLC1遺伝子欠損は認められていないため、おそらくWntやNotch シグナルにより遺伝子発現が抑えられることで、P型あるいはY型へのバイアスが生まれるのだろうと結論している。
他にも、患者さんのSCLC遺伝子解析からリストされてきた遺伝子変異を基底細胞オルガノイド系で誘導することで、例えば PTEN欠損とMycによりP型のSCLCへバイアスがかかることを示しているが、詳細は割愛する。
要するに、これまで考えられてきたのとは異なり、SCLCの起原を基底細胞と考える方がその多様性を説明しやすいこと、そして基底細胞の増殖が誘導されたときRb1/p53欠損に陥ることでSCLC発ガン過程が始まり、これにMycが加わると転写の不安定性を誘導して、多様性が生まれる。もちろんその間に環境要因により他の遺伝子発現が大きく変わる事で、新たな遺伝子増幅や欠損がなくても多様性が誘導されることを示している。このように発ガン過程を追求することで以前示したように(https://aasj.jp/news/watch/27361)新しい治療戦略がもたらされる可能性も高く期待している。