現役を退いてから分野を問わず論文を読んでいるにもかかわらず、全く考えたこともなかった現象を扱っている論文にしばしば出会う。まだまだ修行が足りないと思うと同時に、新しい経験がつきない生命科学の深さを実感している。
今日紹介するハーバード大学からの論文はその典型で、tRNAの一つが切断されてできたフラグメントがオートファジーを促進して腎臓の細胞を守るという話は、私にとって全て新しい経験だった。タイトルは「A hypoxia-responsive tRNA-derived small RNA confers renal protection through RNA autophagy(低酸素に反応して合成されるtRNA由来small RNAはRNAオートファジーを介して腎臓を守る)」で、8月28日号 Science に掲載された。
まず知らなかったことの第一は、tRNAから多くのsmall RNAが作られ、様々な生理過程を調節しているという事実だ。確かに我々は何百というtRNAを持っており、これらは様々な分解酵素にさらされていることから、何千というsmall RNAができるが、全て分解されていくだけだと思っていた。
この研究では腎臓細胞を低酸素状態にさらしたとき、tRNAの一つtRNA-Asp-GTC-2が切断されてできるtDRが強く上昇する事にまず注目している。そして、これが低酸素により誘導されるRNA切断酵素の発現上昇の結果である事を確認する。
次に、こうして合成されるtDRを培養細胞に加えるとオートファジーの誘導が高まると同時に、オートファゴゾームのターンオーバーが抑えられ、結果オートファジー機能が高まる。即ち低酸素ストレスに対する細胞の生存戦略の一端を担っていることがわかる。逆にtDRをアンチセンスRNAで阻害するとオートファジーの形成が抑制されることも確認している。
実際の腎臓でのtDRの機能を調べるため、尿管を結紮して腎臓障害を誘導する実験系で、tDRのアンチセンスRNAを静脈注射すると、組織学的に腎障害が高まり、炎症や繊維化が高まることがわかった。
逆に、虚血・再灌流による腎障害モデルでtDRをポリマーとともに注射する方法で腎臓に届けると、腎障害が抑えられ、炎症や繊維化も強く抑制できる。すなわち、tDRはストレスにより合成され、オートファジーを誘導することで腎臓を守っていることがわかる。
あとはこれが起こるメカニズムを詳しく解析している。私にも初めての話が多くわかりにくいと思うので、tDRの生成以降を箇条書きでまとめておく。
- tDRはシュードウリジン合成酵素PUS7と結合する。シュードウリジンというとコロナワクチンで使われたウリジンだが、私たちの身体で産生されるとは知らなかった。しかし、RNAを安定化させる方法として身体の中でも機能している。
- この結合にはtDRがとる4G構造(以下の記事を参照:https://aasj.jp/news/watch/25430 )が必要で、これによりPUS7の機能が阻害される。
- PUS7は細胞内に多量に存在するヒストンをコードするRNAをシュードウリジン化して安定化させているが、tDRによりPUS7の機能が抑えられるとヒストンmRNAが不安定化し、分解したフラグメントがオートファジーを誘導する。
- 腎機能が低下している人では、tDRのレベルが高く、一方ヒストンmRNAのレベルが低い。
以上が結果で、思いもかけない方法でオートファジーが活性化され、腎臓細胞を守っているという話だ。ここまでわかると、腎臓を保護する新しい方法が開発できるかもしれない。
新しい機能的タンパク質のデザイン研究は、長らくDavid Baker氏 のグループが牽引してきた。彼らの研究は目的が明確で、非専門家にも理解しやすいのが特徴である。代表例として、RFdiffusionを用いて物理学的制約から立体構造を生成し、その構造をProteinMPNNで配列化し、さらにAlphaFoldで評価して合成につなげる、という一連の流れが挙げられる。
Baker研は大規模言語モデル (LLM) 以前から、進化で得られた配列を物理化学的制約と結びつける方向でモデル開発を進めてきた。一方、MetaのESM-3はマスク学習で進化的コンテクストを抽出し、自然言語による機能・構造記述も統合して、ひとつのモデルで目的に応じた配列を直接設計できる点が特徴的だ。
この「進化コンテクスト」の利用に関しては、相同タンパク質を比較する Evoformer を基盤にしたAlphaFold2が本家といえる。その発展版であるAlphaFold2 multimerは、複数の配列を同時に解析でき、Google DeepMindにより開発された。
ただ AlphaFold2系は、進化で生じた配列の情報を利用できる利点がある反面、新しい配列を設計する際に既存のタンパク質から離れにくいという制約があった。そこで開発されたのが、hallucinationと呼ばれる手法である。これは、自然界に存在しないランダムな配列を入力し、不正確な構造をあえて生成させることで、全く新しい配列を探索・最適化する方法だ。この戦略をAlphaFold2 multimerと組み合わせることで、拡散モデルに頼らずとも効率よくタンパク質を設計できる可能性が開かれている。
この方向性を典型的に示したのが、スイス・ローザンヌ工科大学とMITによる研究である。論文タイトルは「One-shot design of functional protein binders with BindCraft (機能的蛋白質バインダーをワンショットで作成できるBindCraft) 」で8月27日 Nature にオンライン掲載された。
BindCraftは、標的タンパク質の特定領域に結合するペプチドをワンショットで設計することを目的としている。その手順は次の通りだ。
- AlphaFold2 multimerにhallucinationを誘発する入力を与え、設計候補を生成。
- 出力を評価し、バックプロパゲーションで改良。
- 最終的に得られた候補をProteinMPNNで配列化。
- AlphaFold2で再度構造を予測し、条件を満たすか検証。
この過程を一つのフレームワークに統合してBindCraftと名付けている。
そして実に様々なタンパク質を標的としてこのモデルの評価を行っている。
最初に免疫チェックポイント治療の標的PD-1に対するペプチド設計について詳述している。53種類のペプチドを設計し、そのうち13種類が実際に結合することを確認。歩留まりは極めて高く、最も強いペプチドはKd = 615 nMという有意な結合親和性を示した。
これ以外にも、インターフェロンα受容体、CD45、Claudin1 など複数の分子に対して設計が行われ、μM以下の親和性を持つ成功率は20〜80%という驚異的な成果を挙げている。
さらにいくつか面白い例を紹介すると、1)Claudin1 へのトキシン結合を阻害し、上皮破壊を防ぐペプチド、2)中心小体を構成する分子の機能領域を特定、3)CRISPR-Cas酵素の機能阻害ペプチド、4)AAVベクターにHER2やPD-L1特異性を付与、5)ダニ抗原に結合し、IgEとの競合を通じてアレルギー反応を抑制、など一つの論文に収めきるにはもったいないぐらいの例が示されている。それだけ効率が高いということだ。これらの例から、BindCraftは「欲しい機能を狙い撃ちで設計できる」汎用性を示している。
このようにBindCraftは、hallucinationを利用してAlphaFold2 multimerの制約を乗り越え、高効率で機能的ペプチドを設計できる新しい枠組みを、アカデミアから提案できることを示している。実際Google DeepMindやBaker研のみならず、欧米・アジアの研究機関も加わり、タンパク質デザインは真の国際競争時代に入っている。
残念ながら、日本からはこの分野で目立った成果があまり見えてこない。しかし、生命科学とAI は両輪で進化していく最重要領域であり、各分野の知識とアイデアを生かせる余地は大きい。若手研究者がこの分野で挑戦できる環境を整備することが、今まさに求められている。