おそらく気管挿管を日常行っているのは麻酔科の医師だと思う。私の現役時代と異なり、機器が進歩して長期に人工呼吸器を使える様になった現在では、一般の医師にとっても重要な手技だと思う。しかし、気管挿管は言うほど簡単ではない。マッキントッシュ気管鏡で喉頭を目視し声紋を確認してそこにチューブを挿入するのだが、目視に戸惑って時間がかかる。熟練していないと病院内でもこの状況なので、訓練を受けた救急救命士でも救急現場での挿管は大変だろうと思う。実際統計によると、病院外で一回で挿管できるのは65%に過ぎず、病院内での85%よりかなり低い。この結果挿管に時間がかかり様々な問題が起こる。
これを防ぐため、より簡単に声紋の目視が可能な Airway Scope が開発されている(現状での普及状況については把握できていない)。また、失敗のほとんど無い声門上デバイスも開発されているが、機能的には通常の挿管に劣る。
今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文は、喉頭鏡なしに挿入すると自分で気管へチューブがガイドされる機器の開発で、驚くのは Airway Scope のような画像装置は全く使っていない点だ。タイトルは「A soft robotic device for rapid and self-guided intubation(自分でガイドして迅速に挿管が可能な柔らかいロボットデバイス)」で、9月10日 Science Translational Medicine に掲載された。
論文が公開されていないが、この論文を理解するには画像を見る必要がある。幸い、医学ニュースサイトの一つが画像付きで解説しているので、その画像を参照してほしい(https://interhospi.com/new-soft-robotic-device-achieves-96-success-rate-in-emergency-intubation-with-minimal-training/)。
この画像にあるように、舌を押さえてこの機器を喉の奥まで挿入すると喉頭蓋まで到達するように形状が工夫されている。その後通常より柔らかいチューブを挿入するとその圧で喉頭蓋を持ち上げるバーが上がって、できた孔からまず柔らかいガイドチューブが飛びだしてくる。このチューブは上向きに進むようできており、目視なしで必ず気管の方へ進んで、チューブをガイドしてくれる仕組みになっている。こうして挿管できるとあとはカフを膨らませて空気を送って気管に挿入されていることを確認し、introducer と呼ぶ機械を引き抜けばよい。この方法ではチューブは柔らかいが、スタイラスは使わない点も特徴的だ。
この方法は、誰もが高い成功率で気管挿管ができるようにすることだが、それだけでなく気管を傷つけるリスクが低い。実際挿管による組織への圧力を計算すると、10分の1程度で、安全性が高い。
あとはマネキンや死体を用いた実証試験を行って、日本で言う資格を持った救急救命士による挿管の成功確率及び時間を計っている。その結果、一回でうまく挿管できる確率は87%に達し、何よりも必要時間が半減する。さらに、通常の挿管が難しい肥満などの死体で試すと、通常の挿管で一回目に成功する率が36%に対し93%と驚くべき数字をたたき出している。もちろん挿管までにかかる時間も半分以下になっている。
以上が結果で、死体でしかテストされていないという限界を考慮しても、かなり期待できる結果だと思う。現役時代、うまくいかない場合気管支鏡をチューブに入れて声帯を目視して入れればいいと常に考えていたが、目視が必要無いというのが最も大きな特徴だと言える。素晴らしいアイデアで、医者にとっても負担が軽くなる。