ガンが発生する過程で数多くの遺伝子変異が起こるが、変異した分子がもしガンで発現するなら免疫系にとっては非自己になる。この非自己抗原に対して人間でも免疫が成立してガンを抑制するかどうか20世紀盛んに議論されたが、21世紀に入って本庶先生やAllisonの免疫チェックポイント治療の有効性が示され、ガンに対する免疫のパワーが明確になった。ただ、チェックポイント治療はガン免疫が治療時、あるいは治療中に自然に成立することが条件になり、これがないと副作用だけが出てしまう。これを補うためには、感染症と同じでガン抗原に対してワクチンを投与し、新たに免疫を誘導する必要がある。しかし一人一人のガンは個性があり、共通の変異は限られているため、ガンに新しく生じた変異(ネオ抗原)を個人ごとに探し出すテーラーメード治療が必要になる。
このブログでも何度も紹介し、YouTubeジャーナルクラブでも解説したガンワクチン研究は(https://www.youtube.com/watch?v=0IqrHxI-XgU&t=609s)進展しているが、効果とコストの面でまだまだ一般的にはなっていない。これを前に進めるには、実際の臨床現場で患者さんの承諾を得て徹底的にガン免疫の成立維持状態を調べ尽くす必要がある。今日紹介するダナファーバー ガン研究所からの論文はネオ抗原の発見しやすいメラノーマを対象に、考えられる最強の免疫法を用い、その後臨床経過とともにガンに対する免疫を調べ尽くそうとした研究で、9月18日号 Cell に掲載されている。タイトルは「A multi-adjuvant personal neoantigen vaccine generates potent immunity in melanoma(複数のアジュバントを用いた個人用ネオ抗原ワクチンはメラノーマに対する免疫を確かに誘導する)」だ。
ステージが進行したメラノーマ患者さんの腫瘍をバイオプシーし、ゲノムとRNA解析を行い、基本的にはコンピュータ上で有望なネオ抗原を特定し、可能性の高い20種類について個人ごとにGMP基準でペプチドを合成し、抗原として用いている。11人という限られた数の患者さんでもこの過程に3−5ヶ月かかってしまい、ワクチン接種が遅れる。より多くの人に利用して貰うには、この過程をボトルネックにならないようにさらに改善する必要がある。
この研究ではワクチン作成に時間がかかることを見越し、最初からPD-1に対するチェックポイント治療を始め、既に存在するガン免疫を動員する方法でしのいでいる。ワクチン接種後の免疫も、すぐ利用可能な既存の方法を組み合わせて最強と考える免疫を行っている。実際には、同じくチェックポイント治療に用いられるCTLA4に対する抗体をワクチンとともに皮下注射している。そして、ペプチド抗原はMontanideを基質として使いポリICを自然免疫誘導のために用いている。
その後30週あまりの臨床経過を調べており、6人が再発なしで経過しており、一人は30週目に再発、残りの3人は10週以内に再発している。有効率が50%を超えるのはワクチンの効果がある事を示しているが、これだけのプロトコルでも効かない人がいるのは免疫の個人差を超えられていないことを示している。
とは言え、Elispotと呼ばれる方法で調べると、全く効果がなかった患者さんでも免疫が誘導できていることがわかる。もちろんチェックポイント治療だけでも免疫は上昇するが、ワクチン注射でインターフェロン産生系を中心に高い免疫反応が新しく誘導できている。従って、治療の失敗原因については理解できていない。
反応するT細胞側についてもネオ抗原特異的T細胞を誘導できたか、遺伝子レベルで調べており、すぐに再発した患者さんも含めてチェックポイント治療後、さらにワクチン接種後にネオ抗原特異的と考えられるT細胞が増加していることを確認している。
特に完全寛解した患者さんについては、末梢血だけでなく、ワクチン接種部位、そして残っている腫瘍組織に浸潤した細胞まで詳しく調べている。腫瘍内の免疫細胞については効果がなかった患者さんでも調べており、効果がなかった患者さんではCD8だけでなく制御性T細胞も誘導されていることがわかっており、治療失敗の一因であることを示唆している。
成功例失敗例を問わず、新しい抗原特異的T細胞が3回目のワクチン接種後に上昇がはっきりすること、これはワクチン接種局所の皮膚T細胞でもはっきり見られることを示している。
結果は以上で、ワクチンは抗原特異的CD8、CD4 T細胞両方を誘導し、ほとんどの人でこれらは腫瘍細胞まで浸潤する。ただ、腫瘍へ浸潤する細胞のタイプに個人差が見られるため、効果に差が現れるというのが現在までの結果になる。
とすると改良点としては、個人用ワクチンができるまでガン共通に見られる変異をワクチンとして利用するとともに、CD25と結合しないようなIL-2を用いて細胞バランスを整えることが考えられる。後者については明日紹介する。