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9月16日 食を促す脳回路(9月10日Cellオンライン掲載論文)

2025年9月16日
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悪液質や神経性食欲不全の患者さんは、おいしいとわかっていても食欲が起こらない。この欲望を食べるという行動につなげる脳回路は、様々な摂食障害の治療開発にとって最も重要だ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は甘み刺激を食行動に換える脳回路を明らかにした研究で、9月10日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A brain center that controls consummatory responses(消費反応をコントロールする脳センター)」だ。

ちょっと脱線するがこの研究を行った Charles Zuker 研究室は味覚に関わる脳回路研究の第一人者で以前も論文を紹介したことがある( https://aasj.jp/news/watch/14819 )。このZukerさんの名前にcを加えると、Zuckerになるので、だじゃれではないがZukerさんの論文を読む度に、甘み研究に最も適した人だと一人で納得していた。

馬鹿話はここまでにして、この研究は甘み刺激に興奮する扁桃体の興奮が、甘い水を飲み続ける行動に繋がる回路を探索し、最終的に中脳から脳幹にある分界条床核細胞に投射していることがわかる。そしてこの投射が甘みを感じたときの消費行動を誘導する。この時、甘み→消費行動という1対1の関係ではなく、例えばおなかが空いているときに甘み刺激による消費行動はよりアグレッシブになる。

このような特定の刺激による消費行動は甘みだけではない。生命に必要な塩分の刺激は消費行動を誘導する。この時同じように塩分を制限しておくと、消費行動はよりアグレッシブになる。

これらの刺激に応じた分界条床核の反応を単一細胞レベルで調べると、甘みに反応する細胞と、塩分に反応する細胞は全く異なることがわかる。即ち、それぞれの味覚に応じた特異的な回路が形成されていることがわかる。次に、空腹によって活動が促進される時の細胞反応を調べると、甘みに反応する回路とは別の細胞が反応に参加して、全体で反応が高まることがわかる。即ち、内部の要求性からの回路が刺激回路と合体して高い反応を示す。面白いのは、飢餓などによる内部からの刺激は、甘みと塩分で全く異なることで、甘みの記憶や、塩分の記憶が内部の欲求として別々にコードされ、それぞれの欲求が分界条床核の別々の細胞を刺激し、消費行動のレベルを調節していることになる。

分界条床核細胞は視床下部に投射し消費行動を誘導するが、この回路に特異性はなく、これが抑えられると甘みであれ、塩分であれ消費行動が抑えられる。即ち、刺激や刺激の統合は分界条床核の中で計算されるが、行動のレベルが決まるとあとは全く同じ行動が起こることがわかる。

この分界条床核から視床下部につながる回路を抑制すると消費行動が低下した結果体重が低下する。一方、シスプラチンを注射して悪液質を誘導して、この回路を刺激すると消費行動が維持され、体重減少を抑えることができる。

最も面白いのは今はやりのGLP-1受容体アゴニストもこの回路を刺激する点で、この回路の刺激や抑制により、摂食障害を治療する可能性が示された。ZukerさんもZuckerと名前を変えれば、大きな話題になるような気がする。

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