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9月19日 脊髄損傷後の自律神経過反射の治療戦略の開発(9月17日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月19日
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6番胸椎より上の脊髄損傷の患者さんで、便秘による腸の拡張や排尿困難による膀胱拡張などにより急に血圧が上昇し、場合によっては脳出血、心ブロック、脳浮腫などが起こって命に関わる状態を自律神経過反射と呼ばれている。脊髄損傷により脳からの抑制が外れた状態で、交感神経が過剰に活性化され、おそらく通常では起こらない回路形成の結果起こると考えられているが、根本的な治療はない。

今日紹介する脊髄損傷研究のメッカと言っていいローザンヌ工科大学 (EPFL) とカルガリー大学からの論文は、自律神経過反射の起こるメカニズムをモデルマウスで解析し、治療戦略を示した研究で、EPFLの脊損グループのポテンシャルの高さに驚かされる。タイトルは「A neuronal architecture underlying autonomic dysreflexia(自律神経過反射の背景にある神経構造)」で、9月17日 Nature にオンライン掲載された。

このグループにいつも感動するのは、脊髄損傷患者さんのあらゆるニーズに応えるべく、様々な問題を取り上げ基礎から臨床までのシームレスな研究を行っている点だ。さらに、リハビリテーションや硬膜外刺激による歩行実現など、治療を企業として進めていく明確な方向性も一貫している。

そんな EPFL が重要問題として選んだのが自律神経過反射で、生命の危険性を伴うという教科書的理解にとどまらず、個の論文でも実際の患者さんへのアンケート調査を行い、四肢麻痺の8割の患者さんで自律神経過反射と診断され、治療が困難であることを確認している。

研究はマウス疾患モデルを作成するところから始まり、頸椎脊損のあとで大腸を機械的に拡張させることで血圧が急速に上がるモデルを完成させている。この機械刺激を加えたとき、過反射までの過程で興奮する脊髄神経を調べ、大腸から求心神経が投射する腰椎部分と、血圧上昇に関わ下部胸椎が強く反応していることをまず明らかにする。

次にどの神経細胞が最も活動しているのかを single cell レベルの転写解析で探索し、四肢の運動にも関わる Vsx2 を発現したグルタミン酸作動性神経であることを発見する。脊損マウスで腰椎及び下部胸椎のVsx2神経を刺激すると血圧が上昇するし、抑えると自律神経過反射を抑えることができる。実際脊髄損傷によって、腰椎のVsx2神経が下部胸椎の Vsx2神経へ投射ができてしまっていることを確認している。即ち、この異常投射が自律神経過反射の原因になる。

次に腸管から腰椎Vsx2神経への投射、さらに下部胸椎Vsx2神経から血圧を上昇させる交感神経刺激までの神経回路を完全に明らかにしている。即ち腸管の刺激を受ける Calca 陽性脊髄後根にある神経が、腰椎Vsx2神経へ異常投射を起こし、このVsx2神経が脊損で神経回路の抑制が効かなくなった結果、下部胸椎のVsx2神経とシナプスを形成する。この神経は元々交感神経と結合しており血圧の調節に関わるが、脊髄損傷による異常な神経投射網の形成により、身体の下部の様々な刺激を下部胸椎のVsx2神経まで伝える回路ができてしまい、異常反射に繋がることがわかった。

次は治療戦略だが、現在行われている低血圧を抑えるための上部胸椎硬膜外刺激に注目し、この刺激が本来の下部胸椎Vsx2神経を調節する神経回路を強めることで、腰椎からの下部胸椎への投射を競合的に抑えることを明らかにしている。

あとは、低血圧発作を抑制するために硬膜外刺激治験を受けている患者さんで、刺激が血圧以外の自律神経過反射を抑制することを示し、今後脊髄損傷後の早い段階から刺激を行うことで、異常回路を抑制できる可能性を示唆している。

脊髄損傷患者さんの生活を一つでも安全快適にするための研究努力に頭が下がる。

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