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9月21日 小細胞性肺ガンの起原(9月17日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月21日
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最近、小細胞性肺ガン (SCLC) の研究をよく目にするようになってきた。SCLCは膵臓ガンやグリオブラストーマと並んで治療の難しいガンとして知られているが、遺伝子発現の研究が進んだ結果、極めて多様なグループに分類されるようになっている。SCLC-AはASCL1遺伝子の高発現、SCLC-NはneuroD高発現、SCLC-PはPou2F3高発現、そしてYap1を高発現するSCLC-Yが主なものだ。これまで転写因子の発現から、A型とN型は神経分泌細胞、P型は肺のTuft細胞、そしてY型は上皮幹細胞由来とする多起源説が中心だったが、マウスを用いた発ガン研究で神経分泌細胞からほとんどSCLSが発生しないこと、単一細胞レベルの解析で肺の幹細胞と言える基底細胞遺伝子の発現が見つかったことから、全て基底細胞由来として説明できるのではと考えられるようになっていた。

今日紹介するデューク大学からの論文は、マウスのSCLC発ガンモデルを用いて各サブタイプの発生を調べ、基底細胞から全てのタイプのSCLCが発生することを調べた研究で、9月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Basal cell of origin resolves neuroendocrine tuft lineage plasticity in cancer(基底細胞由来と考えることでガンの神経分泌とTuft細胞系列の可塑性を説明できる)」だ。

何度も紹介してきたがSCLCは多様性が大きいが、ほぼ全てのSCLCでRb1とP53遺伝子の欠損が見られる。従って実験発ガンではCre-組み換え酵素を用いてRb1/p53遺伝子をノックアウトし、場合によりMycの発現を高める方法が用いられる。

この研究では肺をナフタレンで傷つけて基底細胞の増殖を誘導し、この時基底細胞だけでRb1/p53/Mycを操作すると (RPM) SCLCが発生すること、こうして発生したSCLCはY型以外はA、N、P型が存在することを示し、基底細胞の発ガン性変化により多様なSCLCが誘導できることを確認している。

今度はより実験をしやすくするため、基底細胞を分離してオルガノイドを形成させ、この時点でRPMをはじめとする様々な遺伝子改変を行い、多様なSCLCを誘導できるか調べている。ガンが発生するまで試験管内で培養することは難しいようだが、遺伝子操作後免疫不全マウスの皮膚に移植すると確実にSCLCが発生すること、そしてA/N/P型全てが誘導できることを明らかにしている。ただ、Mycの発現なしに誘導したSCLCではほとんどN/P型が発生しないことから、Rb1/ P53欠損にMycが加わることで多様性へのドライブがかかることを示している。

この多様性はそれぞれのタイプに特徴的な遺伝子が発現することで起こるが、実際ASCL1をノックアウトすると、P型のSCLCへとバイアスがかかることを示している。一方で人のガンでASLC1遺伝子欠損は認められていないため、おそらくWntやNotch シグナルにより遺伝子発現が抑えられることで、P型あるいはY型へのバイアスが生まれるのだろうと結論している。

他にも、患者さんのSCLC遺伝子解析からリストされてきた遺伝子変異を基底細胞オルガノイド系で誘導することで、例えば PTEN欠損とMycによりP型のSCLCへバイアスがかかることを示しているが、詳細は割愛する。

要するに、これまで考えられてきたのとは異なり、SCLCの起原を基底細胞と考える方がその多様性を説明しやすいこと、そして基底細胞の増殖が誘導されたときRb1/p53欠損に陥ることでSCLC発ガン過程が始まり、これにMycが加わると転写の不安定性を誘導して、多様性が生まれる。もちろんその間に環境要因により他の遺伝子発現が大きく変わる事で、新たな遺伝子増幅や欠損がなくても多様性が誘導されることを示している。このように発ガン過程を追求することで以前示したように(https://aasj.jp/news/watch/27361)新しい治療戦略がもたらされる可能性も高く期待している。

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