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9月2日 tRNA由来のRNAフラグメントがオートファジーを介して腎臓を守る(8月28日号 Science掲載論文)

2025年9月2日
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現役を退いてから分野を問わず論文を読んでいるにもかかわらず、全く考えたこともなかった現象を扱っている論文にしばしば出会う。まだまだ修行が足りないと思うと同時に、新しい経験がつきない生命科学の深さを実感している。

今日紹介するハーバード大学からの論文はその典型で、tRNAの一つが切断されてできたフラグメントがオートファジーを促進して腎臓の細胞を守るという話は、私にとって全て新しい経験だった。タイトルは「A hypoxia-responsive tRNA-derived small RNA confers renal protection through RNA autophagy(低酸素に反応して合成されるtRNA由来small RNAはRNAオートファジーを介して腎臓を守る)」で、8月28日号 Science に掲載された。

まず知らなかったことの第一は、tRNAから多くのsmall RNAが作られ、様々な生理過程を調節しているという事実だ。確かに我々は何百というtRNAを持っており、これらは様々な分解酵素にさらされていることから、何千というsmall RNAができるが、全て分解されていくだけだと思っていた。

この研究では腎臓細胞を低酸素状態にさらしたとき、tRNAの一つtRNA-Asp-GTC-2が切断されてできるtDRが強く上昇する事にまず注目している。そして、これが低酸素により誘導されるRNA切断酵素の発現上昇の結果である事を確認する。

次に、こうして合成されるtDRを培養細胞に加えるとオートファジーの誘導が高まると同時に、オートファゴゾームのターンオーバーが抑えられ、結果オートファジー機能が高まる。即ち低酸素ストレスに対する細胞の生存戦略の一端を担っていることがわかる。逆にtDRをアンチセンスRNAで阻害するとオートファジーの形成が抑制されることも確認している。

実際の腎臓でのtDRの機能を調べるため、尿管を結紮して腎臓障害を誘導する実験系で、tDRのアンチセンスRNAを静脈注射すると、組織学的に腎障害が高まり、炎症や繊維化が高まることがわかった。

逆に、虚血・再灌流による腎障害モデルでtDRをポリマーとともに注射する方法で腎臓に届けると、腎障害が抑えられ、炎症や繊維化も強く抑制できる。すなわち、tDRはストレスにより合成され、オートファジーを誘導することで腎臓を守っていることがわかる。

あとはこれが起こるメカニズムを詳しく解析している。私にも初めての話が多くわかりにくいと思うので、tDRの生成以降を箇条書きでまとめておく。

  1. tDRはシュードウリジン合成酵素PUS7と結合する。シュードウリジンというとコロナワクチンで使われたウリジンだが、私たちの身体で産生されるとは知らなかった。しかし、RNAを安定化させる方法として身体の中でも機能している。
  2. この結合にはtDRがとる4G構造(以下の記事を参照:https://aasj.jp/news/watch/25430 )が必要で、これによりPUS7の機能が阻害される。
  3. PUS7は細胞内に多量に存在するヒストンをコードするRNAをシュードウリジン化して安定化させているが、tDRによりPUS7の機能が抑えられるとヒストンmRNAが不安定化し、分解したフラグメントがオートファジーを誘導する。
  4. 腎機能が低下している人では、tDRのレベルが高く、一方ヒストンmRNAのレベルが低い。

以上が結果で、思いもかけない方法でオートファジーが活性化され、腎臓細胞を守っているという話だ。ここまでわかると、腎臓を保護する新しい方法が開発できるかもしれない。

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