動物にとって、食べられるかどうかの判断は、記憶とともに、その時の匂いと味で決めるしかない。事実、苦味は食物を忌避する重要な引き金になる一方、甘みは食欲をそそる。生存のための重要性で見れば、苦味感覚を直接行動につなげることが重要で、事実鳥類では甘み感覚だけが欠損しているケースが多い(ペンギンは全ての味感覚を失っている:https://www.brh.co.jp/salon/shinka/2015/post_000007.php)。
とはいえ、食べ物の中には苦味と甘みが混ざっているのは当たり前で、少し甘いからといって食欲が亢進してしまうと命に関わる。このとき、苦味に対する忌避行動を優先するメカニズムを探ったのが今日紹介するコロンビア大学からの論文で1月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Top-Down Control of Sweet and Bitter Taste in the Mammalian Brain (哺乳動物の脳での甘みと苦味のトップダウンコントロール)」だ。
これまでの研究で、甘みと苦味に関わる神経細胞は、末梢から脳幹へ投射するまで全く分離していることが分かっている。この研究では、脳幹に存在する甘味神経と苦味神経を区別できる分子マーカーをまず開発し、光遺伝学的に、それぞれを特異的に刺激したとき、実際味を感じた時と全く同じ反応を誘導できることを確認する。以上の結果は、脳幹神経で両者が区別され、それが直接行動につながること、そして両者はこのレベルまで全く混じり合わないことを示している。
しかし、苦味感覚の方が甘味感覚に優先されることは、苦味の認識が甘味の感覚を変化させている、すなわち両方がどこかで相互作用していることを示している。そこで、甘味を認識する皮質領域GCbtと甘味を認識する扁桃体領域(CeA)をそれぞれラベルして、それぞれから脳幹へ神経回路が投射しており、これが異なる味の優先性を決める働きをしていることが示唆された。
そこで、苦味の認識を行うGCbt領域の興奮神経を光遺伝学的に刺激したとき、脳幹の甘味神経細胞の興奮を抑えるか調べ、期待通り脳幹の甘味感覚神経の興奮が抑えられることを明らかにする。すなわち、苦味の皮質での認識が、脳幹の甘味刺激を抑える。
次に扁桃体での甘味の認識が、脳幹での苦味神経の興奮に及ぼす影響を調べると、今度は面白いことに苦味神経の興奮を高めることを発見する。これによって、甘いもので満足している時でも、苦味のある危険性に備えていると言える。
この回路をさらに詳細に調べると、GCbtからの脳幹への直接のフィードバックも存在するが、GCbt部位の興奮がまず扁桃体の甘み認識領域へ投射し、ここで発生した抑制回路が脳幹の甘味神経細胞を抑えている経路が主要な経路であることを示している。
以上、極めて理にかなった、単純な回路形成が、苦味シグナルを常に食物忌避行動へ導いているのがよく理解できた。ただ、この様なネズミでの実験結果がそのまま人間に当てはまるかはわからない。というのも、私たちはさらに経験を積み重ねて、苦味も甘みも楽しめることは、ゴーヤやチョコレートやコーヒーを嗜むことからもわかる。これが程度問題なのか、あるいはさらに複雑な回路を獲得したのか、興味が湧く。
ヒトでは、苦味も細かく峻別できると面白い