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9月25日 生活環境による遺伝的選択(9月18日 Science 掲載論文)

2025年9月25日
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このブログでも紹介したが、チベット人が高地順応する過程で、デニソワ人から受け継いだ心血管機能を変化させるEPAS1遺伝子の多型を選択していったように、生活環境は簡単に我々の遺伝的順応を誘導する。中でも食べ物は重要で、遊牧とともにラクターゼの活性が上がって Lactose tolerance が発生すること、あるいは魚が主食のイヌイットで脂肪酸を不飽和に変換する酵素が高くなることなどが有名だ。その上で、このような習慣は都会化によりいともたやすく消え去る結果、逆に文明病のリスクが高まることも知られている。

今日紹介するバンダービルト大学からの論文はケニヤ北部の遊牧民トゥルカナ族が、森を出て乾いた大地で遊牧を始め、トゥルカナ湖のような塩分濃度の高い環境で血液を飲料とするなどかなり特殊な食習慣を続けた7000年に起こった遺伝的変化の一つについて、最近の都市化の影響も含めて検討した研究で、人類の遺伝的多様性が様々な環境への適応を支えていることがよくわかる論文。9月18日Scienceに掲載された。タイトルは「Adaptations to water stress and pastoralism in the Turkana of northwest Kenya(ケニヤ北西部トゥルカナ地方で水のストレスと遊牧生活に対応した適応)」だ。

この研究で言うトゥルカナ族はマサイやウガンダのKaramojongも含んでいるが、全ゲノム解析を含むかなり精度の高いゲノム解析で、一つの民族であることを確認している。その上で、他の民族やアフリカ以外の人種と比較して、強く選択を受けたと考えられる8種類の遺伝子多型リストができている。

この中には既に研究が進んだ、例えばマサイ族で見られる近視に関わる遺伝子多型などが存在し、サバンナでの視力にも遺伝的要因が強く存在することがわかる。新しく見つかった中で面白いのはアルツハイマー病のリスク、神経原線維変化、Tau繊維化、皮質領域面積などに関わる多型が存在することで、今後の研究が面白そうだ。

ただこの研究では、トゥルカナでの遊牧生活に最も関連していると考えられるSTC1遺伝子を選んで研究している。STC1はカルシウム代謝に関与する分泌タンパク質で、他にも抗酸化作用や抗炎症作用などに関わるため研究が進められている。この多型は血中の尿素と強く相関しているため、まさにタンパク質の多い食事との関連が疑われる。

まず生理学がおさらいされ、STC1は抗利尿ホルモンバソプレッシン (ADH) により腎臓の集合管で発現する。即ちADHは水分摂取が低下すると体内に水を留める働きがあるが、この上流に多型が見られることから、遺伝的にもSTC1のレベルが調節されて、環境に適応していることがわかる。このなかの rs75070347SNP は両方の染色体で揃うと血中尿素が上昇する。そして、トゥルカナ族では調べた全ての地域で強く選択されていることが明らかになった。その選択の強さはラクトーストレランスと同じ強さであることも示された。

これほど強い選択ではないが、トゥルカナ族では脂肪代謝や糖代謝に関わる領域の多型が選択され、多くの遺伝子が関わって環境適応が起こっていることがわかる。

最後に、この7000年の歴史を経たあと、急に都市化したトゥルカナ族について、急な生活環境の変化で起こってくる問題を調べている。都市に住むトゥルカナ族では血液を飲むという習慣は消える。この進化のミスマッチにより「熱に対する反応」「タンパク質折りたたみ」そして「炎症反応」に関わるバイオマーカーに変化が見られる。

以上が結果で、人間という大きな集団では、短い期間に環境による選択を明確にすることができる。そして、これを知ることで、これまでの習慣と現在のミスマッチによる病気をより深く理解することができるようになる。

  1. okazaki yoshihisa より:

    都市に住むトゥルカナ族では血液を飲むという習慣は消える。この進化のミスマッチにより「熱に対する反応」「タンパク質折りたたみ」そして「炎症反応」に関わるバイオマーカーに変化が見られる!
    Imp:
    人体進化の目撃。
    飢餓が常態の時代⇒飽食が常態の時代への急激な環境変化も人体進化をうながしているでしょうね。。

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