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10月27日 腸内細菌によるセロトニン合成(10月20日 Cell オンライン掲載論文)

2025年10月27日
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セロトニンと聞くと、うつ病の治療にセロトニン再吸収阻害剤が使われていることから、脳でのシナプス伝達因子として感情や社会行動などに関わるというイメージが強いと思うが、セロトニンのほとんどは腸内のクロム親和性細胞から作られている。これだけ大量のセロトニンが腸で作られても脳血管関門を超えないので、作用は腸内でとどまり、蠕動などの調節に関わると考えられている。

これほど腸の細胞がセロトニンを合成しているのに、細菌叢研究ではかなり前から細菌叢がセロトニンを作って我々の腸の機能に影響があるのではという可能性が指摘され、論文も発表されてきた。ただ、ヒト細菌叢の中のセロトニン合成細菌を特定するまでには至っていない。

今日紹介するスウェーデンヨテボリ大学からの論文は、ヒト細菌叢からセロトニン合成細菌を特定し、マウスモデルで細菌が合成したセロトニンも腸内神経叢の機能に作用できることを示した研究で、10月20日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Identification of human gut bacteria that produce bioactive serotonin and promote colonic innervation(セロトニンを合成し腸の神経投射を促進するヒト腸内細菌)」だ。

この研究ではこれまで議論されてきた腸内細菌叢がセロトニンを合成しているかという問題を、腸でのセロトニン合成に関わる酵素をノックアウトしたマウスを用いてセロトニンが細菌叢以外から合成できない系で調べている。その結果、血清中のセロトニンは細菌叢の有り無しで全く変化ないが、便中のセロトニンは細菌叢由来部分が全体の半分ぐらいを占めていることを確認する。

次に、ヒト腸内細菌叢を様々な条件で培養し、セロトニン合成細菌の特定を試みている。詳しく書かれていないが、この部分が最も難しかったと思う。最終的にバクテリアの組み合わせの中から、2種類の乳酸菌が共存する場合にセロトニンが試験管内で合成されることを突き止める。それぞれ片方のバクテリアだけでは全く合成されないことから、よく見つかったと感心する。

セロトニン合成代謝物について調べて、これらの細菌は 5-HTP を脱カルボキシレーションすることでセロトニンを合成することを確認している。ただ、これも両方のバクテリアが存在する必要があり、より詳しい解析が必要に感じる。

次に、この2種類のバクテリアを Tph 欠損マウス腸内に移植すると、血清中のセロトニンには変化ないが便中のセロトニンや、腸組織内でのセロトニンが上昇する事を確認し、試験管内だけでなく、腸内でもセロトニン合成が起こることを示している。こうしてセロトニンを腸内で合成できるようになった Tph 欠損マウスの腸組織を調べると、腸内神経叢の発達が促進されていることを発見している。即ち、バクテリアから出会っても腸内でセロトニンが存在することが、腸内神経叢の発達を促し、結果として便通促進に役立つことを明らかにしている。

最後に人間の炎症性腸疾患でこれらの細菌叢に変化があるかどうかを調べている。便中のセロトニンレベルは患者さんと正常人で差がないものの、2種類のうちの細菌の一つ L.mucosae が少し低下していることを確認している。ただ、このデータからバクテリア由来のセロトニンが我々人間でも機能維持に重要かどうか結論することはできない。

以上が結果で、ともかく細菌叢からセロトニンが分泌されることはわかった。ただ、正常のマウスやヒトで、この2種類の細菌により合成されるセロトニンが、腸で合成されているセロトニンに加えて重要かどうかはわからずじまいで終わったと思う。

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