これまで最も長生きしたことが知られているのはフランス人の女性で122歳だ。おそらく120歳を超えたのはこの人だけだと思うが、100歳を超える人の数が7万人を超える今でも110歳を超えることは簡単ではなく、我が国でも110歳を超えた supercentenarian の数は114に満たない。
今日紹介するスペインのホセカレーラス白血病研究所からの論文は、117歳まで生存して2024年になくなったスペイン女性について老化に関わる様々な指標を徹底的に調べた研究だ。一例報告なので軽々に結論するのは戒めるとして、しかし様々なヒントを教えてくれる研究で、10月21日 Cell Reports Medicineに掲載された。タイトルは「The multiomics blueprint of the individual with the most extreme lifespan(極端に長生きした一人の女性のマルチオミックス青写真)」だ。
最近では生物学的老化を調べる様々な指標が開発されているが、この研究ではそれらの全てを117歳のスペイン女性について調べている。多くのデータが示されているが、面白いと思われるポイントだけを箇条書きにしてみた。
- 老化と言えば時間とともに短くなるテロメアが出てくるが、驚くことにこの女性は長生きしているにもかかわらず血液細胞のテロメアが短い。おそらくこれまで調べられた中では最も短いテロメアで、コントロールと比べて40%短い。この方は検査の後少しして亡くなっているので、テロメアが短いためとも言えるが、逆になくなるまでガンや心臓病などの病気らしい病気にかかっていないことを考えると、テロメアが短いからといって必ずしも病気になるわけではないこともわかる。
- この方に特異的なゲノム変異を探索した結果、16種類のコーディング遺伝子、3種類のノンコーディング遺伝子のホモ接合性変異が特定されている。バリアントがホモ接合したケースはコントロールで全く認められないレアバリアントなので、超長寿に関わる可能性がある。これらの遺伝子は免疫系、認知、さらに動物の寿命に関わることが知られている遺伝子で、納得できる。即ち、いくつかの寿命に関わる遺伝子がいくつか合わさった結果が超長寿につながっていると言える。
- 一方、多くの研究で寿命を縮める事がわかっている様々な遺伝子変異を調べると、ほとんど存在しないことも明らかになり、超長寿には遺伝的背景が重要であることがわかった。
- 以前115歳の超長寿者の血液がたった2個の造血幹細胞でまかなわれているという論文を紹介したことがあるが (https://aasj.jp/news/watch/1464) 、ここまで極端ではないが、老化に伴うクローン性増殖ははっきりと見られ、しかもTET2等の変異も特定される。この方ではMycの活性化を伴うB細胞のクローン増殖が際立っているが、他の超長寿者を調べると、B細胞の増殖が一般的でないこともわかる。いずれにせよ、変異も認められるクローン増殖状態が腫瘍にまで至っていない点で、この理由がわかると長寿への介入法が一つ明らかになるかもしれない。
- オートファジーも老化とともに大きく変化することが知られているが、この方では様々な分子マーカーで調べたオートファジー機能は若い人と同じレベルを保っていた。
- うらやましいのは脂肪代謝を調べると、VLDLレステロールがおそらく何もしていなくても極めて低値を維持しており、逆にHDLコレステロールは高い。即ち生活習慣も含め、若い血管を保つ要因を備えている。タンパク質解析からも、脂質のトランスポートや、リポプロテイン除去機能が若々しく保たれているのが確認される。
- 老化の指標である自然炎症のマーカーも低いレベルを保っているが、獲得免疫に関わる細胞やタンパク質は若いレベルを保っている。
- 現在老化指標として広く用いられる血液細胞のDNAメチル化も調べて、生物学時計の進み方が通常よりかなり遅いことを確認している。
- 最後に腸内細菌叢についても検討し、Bifidobacterium が群を抜いて高いことを発見している。この方はずっと多くのヨーグルトを摂取されており、これを反映しているのかもしれない。
最初に述べたようにこれは一例のケースレポートで一般化は難しいが、希な遺伝的背景に恵まれて、生活習慣病とは無縁の生活を送ることが超長寿の秘訣になる。いずれにせよ、我々凡人は超長寿とは無関係なことがよくわかる研究だった。
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