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10月9日 遺伝子診断に基づくガンの治療は本当に効果があるのか?(9月29日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年10月9日
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ガンの変異遺伝子を狙う標的薬が多く開発され、例えば多くのガンで特定の遺伝子診断に基づいて治療が決められる。最も標的薬が成功したのが慢性骨髄性白血病で、薬だけで完全にコントロール可能になっている。しかし、通常ガンでは様々な遺伝子変異が存在し、それに合わせて薬剤を見つけることは時間がかかり、また専門的知識が必要で、一般医師レベルで遺伝子診断に基づくガン治療が可能かどうか実際には明らかになっていない。また、例えば我が国のオンコパネル検査では、検査に1月半以上かかるが、最初からこれに基づいて治療を始めるには時間的に問題がある。

今日紹介するローマ大学からの論文は、このような問題をある程度解決できるプロトコルを組んで、遺伝子診断に基づくガン治療が有効であることを示した研究で、9月29日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Genomically matched therapy in advanced solid tumors: the randomized phase 2 ROME trial(進行固形ガンでのゲノムに合わせた治療:無作為化第二相治験)」だ。

この研究では遺伝子検査によらずに既に様々な治療を受けた後、転移が起こり進行したガンに合わせた治療が必要となった患者さん1794人に絞って324種類のガンで見つかる変異について、オンコパネルで検査している。サンプルは、外科で切除された標本からDNAを抽出したり、あるいは末梢血のリキッドバイオプシーで得られるDNAを調べ、その結果を専門家委員会で議論して、897例は遺伝子から治療方針が立たないと除外、残りの897例を選んでいる。ここまではガンの種類を気にせず議論を進め、そのあとこの827例について専門家委員会でガンの種類も含めて議論を行い、これまでの研究結果などと照合して、やはり対象となる薬剤がないと判断した472例を除外し、最終的に残った400例について、通常の標準医療、あるいは見つかった変異遺伝子に対する薬剤を中心とした治療に振り分け、その後の経過を見ている。

ここまででわかるのは、オンコパネルレベルの遺伝子診断だと、1700例のうち7割近くが遺伝子診断が役に立たなかったことになる。例えば、エクソーム配列決定により多くのネオ抗原が高い確率で見つかるという個人用ワクチン作成等と比べるとあまりにも歩留まりが悪い。おそらくさらに新しい標的治療やその組み合わせが開発されない限り、わざわざ多くの遺伝子を調べる意味がないことになる。例えば Ras や Kit 等のようにそのガンタイプで見られる変異に絞って検査するだけで十分ということになる。

とは言え、400例については変異に合わせた薬剤を見つけることができている。この研究が徹底しているのは、この400例を無作為化して標的薬から始めるグループと、標準治療を続けるグループに分けている点だ。せっかく標的が見つかったのだからと思うが、これが医療統計上の要求になる。できれば、より人道的な統計学がないかといつも思う。ただ、結果は overall response rate で調べており、標準治療の効果がなかった場合は、標的薬に切り替えており、人道的な問題をある程度軽減している。

さて結果だが、ガンの種類にこだわらず治療への反応を見たとき、標的薬グループでは17%が反応、3%が完全寛解に移行した。一方標準治療の場合14.5%が知慮に反応している。3%の完全寛解を除くと、大きな差があると結論できるのか気になる。

それぞれのガンごとに見ていくと、消化器ガンの場合14.8% vs 9.1%、非小細胞性肺ガンの場合 12.5% vs 6.7% と標的薬グループが優れているが、驚くことに乳ガンでは 20% vs 35% と逆の結果になっている。乳ガンの場合、一般治療と言っても標的薬に近い薬剤が使われるのが普通で、例えば CDK4/6阻害剤の場合、変異に関わりなく利用することからこの結果を招いたのだろう。

この治験では、専門家委員会のアドバイスに基づき、修復異常変異のある場合はチェックポイント治療を優先しており、これは大きな効果がある。ただ、修復異常に関しては既にコンパニオン診断として位置づけられており、オンコパネルである必要はない。

ただ、副作用に関しては強い副作用が標準治療では発生する確率が高く、多くの場合白血球減少を伴う。

以上が結果で、結論は遺伝子診断に基づく治療は重要ということになるが、全体で見ると遺伝子診断の重要性を認識していた立場としては残念な結果に思えてしまう。さらに、専門家委員会など一般病院ではなかなか利用できないので、標的治療を目的とした遺伝子診断を普及させるためには、AIや迅速診断など多くのテクノロジーをさらに開発する必要があると思う。

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