K-RAS (G12C) 変異体特異的な薬剤(ソトラシブ)が開発されて以来、新しい阻害剤の開発が相次いでいる。なかでもほぼ全ての RAS に結合する化合物と、タンパク質機能抑制するイムノフィリンに結合する化合物を連結して RAS 機能を抑える薬剤(https://aasj.jp/news/watch/22741)は第二相の治験に進んでおり、また我が国の中外製薬が開発した環状ペプチドを用いて RAS の動きを抑え込む薬剤(https://aasj.jp/news/watch/23613)も治験が行われている。もちろん結果次第だが、様々な RAS 阻害剤が市場に出回り、どれを選ぶか困るといったうれしい悲鳴も何年か後には実現するのではと期待している。
今日紹介するべーリンガーインゲルハイム社研究所と英国 Dundee 大学からの論文は、上記に加えてプロタック法と呼ばれる、RAS にユビキチンリガーゼをリクルートして、RAS 自体を細胞内で分解してしまう方法の開発で、9月20日後 Science に掲載された。タイトルは「Targeting cancer with small-molecule pan-KRAS degraders(全KRASを分解する小分子化合物でガンを狙い撃ちにする)」だ。
プロタックと呼ばれる標的分子を特異的にユビキチン化(分解のための印)して分解してしまう薬剤は骨髄腫に対するサリドマイド型薬剤を皮切りに、新しい標的に対する化合物の開発が進んでいるが、開発スピードは予想より遅いような気がしている。おそらく2種類の分子に別々に結合する必要があり、分子量がどうしても大きくなり、薬剤動態などをコントロールしにくいかもしれない。
それでも KRAS に対する阻害剤が開発されてきた今、この阻害剤を起点にプロタックに仕上げて、標的分子をより確実に制御しようと製薬会社が考えるのは当然で、この研究ではすでに開発してきた全ての変異KRAS に結合する BI-2865 を VHL と結合する VH032 という薬剤を結合させた化合物を起点に、より効果の高い薬剤開発を目指す、創薬企業ならではの研究だ。
VHL は腎臓ガンのドライバーとして知られているが、定常状態で酸素により水酸化された HIF分子の分解に関わることが知られている。この研究では VHL をユビキチンリガーゼとしてリクルートする方法を選んでいるが、他のリガーゼではなく VHL にした理由はよく理解できない。
いずれにせよ、まず KRAS (G12D) 結合化合物を、VJ032 と結合しやすいように至適化し、VO032 が結合しない単純な阻害剤と比べて、高い持続的効果が細胞レベルで得られることを確認したあと、X線回折や、クライオ電顕を駆使した構造解析を元に、さらに G12D だけでなく他の変異にも対応できるように分子設計を進め、化合物4と、VO032 の結合していない化合物5を作成、両者を細胞レベルで比較して、プロタックにすることで RAS阻害剤単独より高いガン抑制効果が得られることを確認している。また、3300種類の細胞株を調べ、化合物4は変異のタイプを問わず KRAS特異的に増殖を抑制することを確認している。
一方で、大きな分子にすることで細胞の分子くみ出し機構に検知され、細胞内からすぐにくみ出されて効果が出ない細胞株の存在も明らかになった。
最後に生体内投与後の安定性を高めるための有機化学的変更を加えて ACB13 と名付けた化合物をガンを移植したマウスに投与する実験で調べ、腹腔注射で治療効果があること、しかしまだガンによっては分子くみ出し機構により効果が見られないことも明らかにしている
結果は以上で、KRAS に対するプロタック薬が可能なことはわかったが、本当にプロタックの問題を全て解決できるのか、またサリドマイド系薬剤のように経口投与可能な薬剤に発展できるのかは、素人の私に判断できない。しかし、是非 RAS 阻害剤競争を賑わせてほしい。
すでに開発してきた全ての変異KRAS に結合する BI-2865 を VHL と結合する VH032 という薬剤を結合させた化合物を起点に、
より効果の高い薬剤開発を目指す、創薬企業ならではの研究。
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RAS標的薬もバラエティーが増してきているようです。
構造生物学の威力も感じられる研究です。