変異Rasがドライバーのガンは5割近く存在するため、変異Ras阻害剤はガン治療を大きく変えると期待されてきた。しかし、アムジェンを始めいくつかの会社から発売されたG12C変異を持つK-Rasに対する阻害剤は耐性ガン細胞が出現しやすく、切り札とまでは到底行かないことも明らかになってきた。
今日紹介するスローンケッタリングガン研究所からの論文は、従来の様にGDP結合部位を標的にした薬剤の代わりに、藤沢製薬時代に後藤さんが発見されたFK506がFKBP12をカルシニューリンと結合させその機能を抑えるのと同じように、Rasと相性のいいイムノフィリン(一種のシャペロン)を変異Rasにリクルートして阻害する薬剤の開発を目指した研究で、8月18日号の Science に掲載された。タイトルは「Chemical remodeling of a cellular chaperone to target the active state of mutant KRAS(細胞のシャペロンを化学的に再構成して活性化K-Rasを阻害する)」だ。
この研究ではイムノフィリンとして Cyclophilin A(CyA) を選び、これに結合する SanglifehrinA をスタートラインに、まさにメディシナルケミストリーの粋を集めて、CyA と変異型K-Ras と結合する化合物を設計し、正常K-Ras は阻害しないが G12C を持つ K-Ras やその他の Ras を阻害できる RMC-4998 を開発した。
RMC-4998は CyA に結合して始めて K-Ras(G12C) と結合し、エネルギー的に安定な CyAとK-Ras 複合体を形成する。こうして形成された複合体は、Ras が CRAF分子と結合する部位を崩壊させてしまうため、下流へとシグナルが伝えられないことを構造学的に確かめている。
こうして開発されたナノモルレベルで Ras と CRAF 以下のシグナル伝達を阻害し、また K-Ras をドライバーとするガン細胞の増殖を、これまで開発された K-Ras阻害剤より早いキネティックスで阻害することが出来る。
最後に人間への応用を考え(既に臨床研究が始まっている様だが)、RMC4998をさらに至適化して経口投与可能な化合物RMC6291を開発、マウスに移植した肺がんや直腸ガンの増殖抑制効果を調べている。ガンによって抵抗性のガンも存在するが、RMC6291は経口投与で多くのガンの増殖を抑えることが出来ている。
以上が結果で、ガンの耐性が起こりやすい増殖因子存在下でも耐性が起こりにくいこと、Rasとの結合部分を再設計すれば他の変異を持つ Ras に対する化合物も可能であることを考えると、Ras阻害剤研究のブレークスルーになる可能性はある。既に臨床研究が始まっている様で、その結果を見たい。
1:ガンの耐性が起こりやすい増殖因子存在下でも耐性が起こりにくい.
2:Rasとの結合部分を再設計すれば他の変異を持つRasに対する化合物も可能である。
Imp:
ヒト対象の臨床研究も始まっているようで期待大です。