正常な成人なら、全く知らない外国語でも、聞いたときにただのメロディーではなく言語であると判断することができる。これまでの研究で、一次聴覚野を囲むように存在して聞こえてきた音をプロセスする機能を持つ頭上回 (STG) と呼ばれる領域に、言語にだけ反応する神経が存在することが知られている。もちろん、言語は STG だけで認識されているわけではなく、脳の様々な領域をつなぐネットワークにより処理されており、例えば極めて希だが言語だけが聞こえなくなる pure word deafness は前頭皮質の障害で起こる。ただ大きなネットワークとして片付けると、STG という重要なプロセッサーの本当の役割を見落としてしまう。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、聞こえてきた言語を STG がどのようにプロセスして母国語と外国語の区別をしているのか、STG に設置したクラスター電極による記録から探った研究で、11月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Shared and language-specific phonological processing in the human temporal lobe(ヒト側頭葉では音声の言語共通及び特異的なプロセッシングが行われている)」だ。
さすが多民族が暮らしているカリフォルニアだ。何十年にも渡って、てんかん発作の起源を探る目的で STG をカバーする皮質電極を設置した患者さんの中から、英語しか話せない、スペイン語しか話せない、中国語しか話せない人、更には両方をほとんど区別なく話せる人を見つけ、研究に参加してもらえるというのがまず驚きだ。
まず、英語、スペイン語、中国語のどちらかしか話せない人に、意味は全く違うが、聞いたときの音声的な構造がよく似た文章を聞かせ、そのときの STG の活動を記録している。
まず音の始まり、ピッチ、強さ、種類など様々な音のカテゴリーで母国語と外国語に対する反応の違いがあるかどうかを調べると、ほとんど違いは存在せず、しかも外国語でも同じカテゴリーに属している音には同じ神経が反応する場合が多いことを明らかにしている。即ち聴覚野だけでなく、それをプロセッシングしている STG でも音声的な処理は母国語も外国語も区別なく行われている。この結果は、学習経験に完全に依存している母国語と外国語の区別は、脳の広い領域が関わって行われており、STG のような一次プロセッサーでは区別していないとするこれまでの考えと一致する。
ところが多くの神経細胞をカバーできるクラスター電極の反応の強さや反応する周波数などを細かく調べると、単語単位での反応パターンが母国語と外国語で異なっていることを発見する。即ち、音から単語として処理するプロセスが STG でも行われていることがわかる。
さらに面白いのは、単語という単位と、音節単位での反応を調べてみると、母国語では単語とシラブルに対する反応パターンが異なるのに、外国語では単語もシラブルもほとんど区別していないことがわかる。これらの変化をデコーダーに学習させると、母国語のパターンを学習したときだけ、単語という単位をデコーダーも区別することから、検出された変化は単語という単位の認識に相関すると結論できる。
当然母国語と外国語の区別は、言語の学習経験を反映してのことなので、脳での学習がSTGプロセッサーにも反映されて、母国語の音のより素早いプロセッシングを可能にしていると考えられる。実際、英語、スペイン語の両方を話せる患者さんの場合、単語やシラブルに対する反応パターンは似てくる。そして、外国語の習熟度が高まれば高まるほど、反応の差がなくなる。これは英語とスペイン語だけの話ではなく、韓国語、中国語、アラビア語のスピーカーで英語も話す患者さんで、英語の習熟度と相関して、英語の単語単位の反応パターンが明確になることを示している。
以上が結果で、言語理解や学習は脳の広い領域が関わる過程だが、STG というプロセッサーに観察を絞ることで、このネットワークが全体を反映して変化した局所プロセッサーの効率で支えられていることがよくわかる面白い研究だ。最近になって人間の言語処理を生成AIモデルでの言語処理と比べる研究が進んできたが、言語に関わる様々な領域の特性を正確に知ることが、人工ニューラルネットと脳回路を比べるためには必要で、これによって新しい人工ニューラルネットの設計も進むように思う。

言語理解や学習は脳の広い領域が関わる過程だが、STG というプロセッサーに観察を絞ることで、このネットワークが全体を反映して変化した局所プロセッサーの効率で支えられている!
Imp:
外国語習得能力にも関係してるでしょうか?
多言語マスター可能なヒトと母国語しかダメなヒトで違いはあるのか?
学習能力はSTGより他の領域が重要だと思います。