
写真はスペインのパーフォーマンスアーティスト、エスター・フェラーが自身をモデルに制作した「Geste Bariiere:自他を守る行動」と題する作品だ。ワクチン接種者に海外渡航が許された2022年5月、行き帰りにPCRが義務づけられていた短いパリ旅行中に、パレ・ド・トーキョーで開催されていた美術展を訪れ撮影した。画面にシミのように映っているのは作品とは無関係で、写真を撮っている私と妻の影が映り込んでしまった。もう少しうまく撮影するべきだったと反省している。当時の閉ざされた私たちの気持ちをユーモアを込めて笑い飛ばしてくれていると感心した。
この時、我が国でも Social Distancing という言葉が広く知られるようになったが、今日紹介する米国ハーバード大学からの論文は、実験室のマウスを用いて、動物に見られる病気を感じると自然に social distancing をとる行動のメカニズムを明らかにした研究で、11月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「IL-1R1-positive dorsal raphe neurons drive self-imposed social withdrawal in sickness(IL-1R1-陽性の縫線核背側部神経は病気になったとき自発的に身を引く行動を誘導する)」だ。
10月にも感染アリが巣に入らなくなることを示し、動物にも social distancing をとる本能が備わっていることを示す研究を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/27646)、まだ感染が猛威を振るっていた2021年、昆虫から哺乳動物まで感染個体が自ら社会行動を避ける習性があることを示した論文が Science に掲載されていたのでこれも引用しておく( Infectious disease and social distancing in nature ,Science, vol371, 6533 )。
ただ、これまでの研究は social distancing をとるメカニズムについては全く解析されていなかった。この研究ではこの背景に炎症性サイトカインがあると考え、LPSを注射したときマウスも仲間のいる領域から離れて動かなくなる行動変化を脳内で誘導できるサイトカインをスクリーニングし、IL-1βにその活性があることを発見する。
次に、IL-1βに反応する受容体の発現を探索し、IL1R1が縫線核背側部の神経に発現していること、この神経細胞は同時にセロトニン分泌能もあることを発見する。セロトニンは多くの場合社会活動を促進するが、ストレスにさらされている場合には逆の効果が見られることも知られている。いずれにせよ、神経細胞が特定できると後は早い。この神経だけを刺激したり抑制したりする遺伝学的手法を用いて調べると、この神経が活動するだけで仲間から離れる行動が誘導できる。神経回路としては、縫線核背側部から中側皮質内隔へと投射して行動を誘導することも示している。
Social distancing 行動は縫線核背側部の神経特異的にIL-1R1をノックアウトすると消失するので、IL-1βにより直接刺激され誘導される。さらにLPSの全身投与で血中のIL-1βだけでなく、脳内のIL-1β分泌が上昇するが、脳内では主に刺激を受けたミクログリアにより分泌され、長期間刺激が維持される。そして、LPSだけでなく細菌感染でも同じような反応を誘導できる。
結果は以上で、同じ受容体を使いながらIL-1αの効果がないのが不思議で、この謎が解けるともっと面白い話になるのではと期待するが、最も妥当なメカニズムが本能の背景として示された。幽霊の正体見たり枯れ尾花。

背景に炎症性サイトカインがあると考え、LPSを注射したときマウスも仲間のいる領域から離れて動かなくなる行動変化を脳内で誘導できるサイトカインをスクリーニングし、IL-1βにその活性があることを発見する!
Imp:
本能と呼ばれる行動にも物質的基盤あり!
幽霊の正体見たり枯れ尾花。