2026年1月22日
「病で気が滅入ったり気落ちする」だけでなく、「病は気から」で気落ちすると病が進行する。脳と身体を切り離せないことを考えると当たり前だが、そのメカニズムを知ろうと多くの研究が行われている。
今日紹介する米国 Cold Spring Harbor 研究所からの論文は、乳ガンにより身体の概日リズムが壊れ、このリズムの変化が乳ガンへの免疫を低下させてガンの進展を助けることを示した研究で、1月15日号 Neuron に掲載された。タイトルは「Aberrant hypothalamic neuronal activity blunts glucocorticoid diurnal rhythms in murine breast cancer(乳ガンでは視床下部の神経活動の異常がおこりグルココルチコイドの概日周期を低下させる)」だ。
おそらく最初はグルココルチコイドの概日リズムとガンの関係を調べようと考えていたのだと思うが、乳ガンを移植して便中のグルココルチコイドホルモンを持続的に調べると、分泌量が強く抑制されるだけでなく、概日リズムがフラットになることを観察する。
グルココルチコイドは視床下部、脳下垂体、副腎の間にある刺激とフィードバックループにより副腎から合成されるので、どのレベルでこの異常が起こっているのかを調べ、最終的に視床下部のコルチコトロピン放出ホルモンを産生する房室核の細胞の活動が上昇し、また活動のリズムがフラットになる事が、グルココルチコイドのリズム異常の原因であることを発見する。また、光遺伝学的にこの神経の興奮を高めてやると概日リズムはフラット化し、ガンの増殖が高まる。面白いことに、この神経を光遺伝学的に活性化するとき、朝に刺激を入れるとガンは抑制できるが、夕方に刺激するとガンの増殖は逆に少し促進する。まさに、ガンと脳下垂体神経とが相互に複雑な関係を持っていることがわかる。
この神経の活動をスライス培養で調べると、シナプスを形成して興奮を抑制する抑制神経からのインプットが高まり、その結果、房室核神経の活動が高まることを発見する。そして、この抑制シナプスが視床下部背側部の神経由来であることを突き止める。概日リズムを調節する視交叉上部神経には直接投射はないが、視床下部背側部と視交叉上部は連結して概日リズムを調整しているので、何らかの経路を通してガンが視床下部背側部にシグナルを送り、コルチコトロピン放出ホルモン合成神経の興奮が抑えられなくなることが異常を誘導する回路であることを明らかにしている。
だとするとホルモン合成が高まるのかと思いきや、ガンは脳下垂体でのプロホルモンを活性化する酵素を抑えるため、さらに複雑にリズムが狂うことになる。さらに、グルココルチコイド自体はガンの増殖を高める方向に働くことから、ガンによってグルココルチコイドレベルが低下し、リズムがフラットになることでガンの増殖が上昇する事をグルココルチコイドだけで説明できない。従って、何故ガンが視床下部背側部神経の活性を高め、脳下垂体のホルモン合成を抑えるのかという入口と、視床下部や脳下垂体の異常がガンの増殖を高めるのかという出口も特定できていない。
ガンの増殖が高まる原因として、コルチコトロピン放出ホルモン産生細胞を朝に刺激してリズムを作るとCD8細胞がガンに浸潤しやすくなることを示しているので、おそらくこれが視床下部・脳下垂体・副腎回路のリズムがガンを抑制できる原因だが、これがグルココルチコイドのリズムでないとすると、自律神経リズムなのか今後の検討が必要になる。
以上が結果で、ガンにより視床下部・脳下垂体・副腎回路ループの異常が誘導されることは面白いが、ガンを中心とした回路がつながらなかったのは残念だ。
最後にエクストラとして、病は気からを人間で示したイスラエル・テルアビブ大学からの論文に言及しておく。タイトルは「Upregulation of reward mesolimbic activity and immune response to vaccination: a randomized controlled trial(中脳辺縁系報酬型の亢進はワクチンに対する免疫反応を上昇させる:無作為対照研究)」で、1月19日Nature Medicineにオンライン掲載された。
この研究では脳の辺縁系を高める課題を行わせ、その結果をMRIで評価し被検者にフィードバックするいわゆるニューロフィードバックを用いて、中脳辺縁系が高まった状態を誘導している。この時に肝炎ウイルスワクチンを注射し、14-28日目の抗体価を調べると、中脳辺縁系の中で腹側被蓋野の活性と相関することを発見している。
もちろんばらつきは多く、どこまで真に受けていいのか評価しにくいが、病は気からを調べるためにここまで研究が行われているのは驚きだ。
2026年1月21日
Caspase Recruitment Domain containing protein (CARD9) は、マクロファージや樹状細胞で発現している分子で、BCL10、MALT1と呼ばれる分子とともに大きな重合体を形成して炎症を誘導する重要な調節因子だ。これが欠損すると、真菌に対する免疫が低下する。面白いのは、極めて希なCARD9遺伝子の変異がΔ11が一本の染色体に存在すると、真菌に対する抵抗性はあまり低下しないが、クローン病のリスクが強く抑えられる事がわかっている。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、CARD9の機能をΔ11型に調節してクローン病を治療する薬剤を開発する研究で、1月16日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human genetics guides the discovery of CARD9 inhibitors with anti-inflammatory activity(ヒト遺伝学からヒントを得た抗炎症効果を示すCARD9阻害剤)」だ。
ハーバード大学と書いたが、この研究もまたXavier研からで、1月13日に炎症性腸炎の線維化メカニズムについての研究を紹介したばかりだ(https://aasj.jp/news/watch/28136)。ただ、今日紹介する論文は、これまでのXavier研の領域が創薬領域まで大きく拡大したことを示す画期的な論文だと思う。
CARD9の機能は良く研究されており、おそらく阻害剤開発も行われていると思うが、Xavierさんたちはこの分子が大きな複合物形成のスキャフォールドになっていることから、これを阻害する化合物を最初から狙わず、まずCARD9 分子に潜り込んで結合する化合物を特定している。このような割り切りが最初からあったのか、それとも阻害化合物を最初のスクリーニングで得るのが難しかったから戦略をかえたのかはわからないが、最初の化合物スクリーニングでCARD9に結合する化合物が特定された。
こうして得られた化合物1 (C1) とCARD9との結合をX線結晶解析などを含む様々な方法で解析し、結合部位がCC-1と呼ばれるCARD9の機能部位であることを確認し、この化合物の結合を変化させる第二の化合物のスクリーニングを行っている。(第一、第二のスクリーニングともに新しい創薬方法を用いたプロの仕事で感心する)。
その結果、CARD9のC1-C2領域に結合し、C1と競合的ではないが、結合により分子構造を変化させてC1の結合を阻害する化合物6 (C6) を特定している。生化学的、構造学的解析から、C6はCARD9と結合して、一種の糊のように働いて分子構造を安定化することで、リン酸化されてBCL10と結合して複合物のスキャフォールドとして働く機能が失われることを明らかにする。
あとは、試験管内の実験系でCARD9経路を活性化しても、この化合物が存在するとNFkBの活性化が見られず炎症性サイトカインが分泌できないこと、そしてわざわざヒト型のCARD9に変えたマウスモデルを作成して、カンジダを腹腔に注射したとき、C6が炎症を見事に抑えられる事を明らかにしている。
かなりすっ飛ばして短く解説したが、結果が素晴らしいと言うだけでなく、それに至る創薬過程は圧巻の力量を感じさせる。消化管免疫、細菌叢、さらに創薬にまで研究が広がっているのを見るとこれからも世界の消化管免疫をリードすることを確信する。今回開発された化合物は、さらに改良が加えられて、クローン病の特効薬として世に出るのではないだろうか。
2026年1月20日
私たちのNPOの理事の一人の呼びかけで「AI x 生命科学」と名付けた勉強会を行っており、これまでDNAを情報媒体として学習した生成AIのモデルについて学んできた。その一部は YouTube で配信しているので是非ご覧頂きたいが(第2回https://www.youtube.com/watch?v=hBFr9aVoXIQ、第4回 https://www.youtube.com/watch?v=7WkHIWwHi_k)、次回は脳での学習や情報処理と生成AIについて取り上げようと考えているので、連絡いただければ Zoom URL をお送りする。
今日紹介するカナダ McGill大学からの論文は、生成AIではないが、AIの強化学習を念頭に海馬の場所細胞の学習について研究した論文で、1月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Predictive coding of reward in the hippocampus(褒美を予測する海馬のコード)」だ。
海馬には場所細胞が存在して自分のいる場所を特定しているが、グリッド細胞と異なり、場所細胞は学習を通してアップデートされる。研究には結果を基づき褒美を与えてフィードバックすることで学習させる実験系が使われるが、学習する過程自体を長期間記録する実験はあまり行われていない。
この研究では、マウスのケージに置かれた2枚のプレートのうち、光ったプレートとは反対側にあるプレートを鼻で押すと褒美が得られる課題を学習する過程で、海馬の場所細胞の活動をカルシウムイメージングで長期間観察し、1)褒美を享受している時の細胞 (reward cell) 、2)どちらのプレートを押すか考えているときの細胞 (screen cell) 、3)そしてプレートを押した後褒美が置いてある場所に移動するときの細胞 (approach cell) をそれぞれ特定し、学習が進むにつれこれらの細胞が変化するかどうかを調べている。実際には、screen cell、approach cell、reward cellと言う順番で興奮がおこる。
学習の始まったとき、記録した全細胞の8.5%が最後に興奮する reward cell と特定できる。これに対し褒美を得るための準備と言える screen cell は7.5%, approach cell は5.7%だ。ただこれらの細胞は学習過程で常に同じように興奮するのではなく、学習が進むと reward cell として興奮していた細胞が徐々に approach cell へ、さらには screen cell へとシフトすることを発見している。即ち報酬による活動が、徐々に報酬を予測する行動に前倒しされていくことを明らかにしている。
実際データは以上で、長期間にわたる学習過程そのものを記録したのがこの研究の特徴だが、この結果に基づいてさらに理論的に考察を進め、このデータから、海馬での学習が強化学習法の一つ、Temporal Difference (TD) Reinforcement Learning (TD強化学習) と同じであることを提案している。
専門ではないので詳しく解説は出来ないが、初期には報酬時で最大になる学習を、学習が進むごとに、報酬を得るためのそれぞれの行動へとシフトさせることで、予測効率を高めることで、成功率の高い行動を可能にしている学習法が、各ステップで予測誤差を計算して成功率を高めるTD強化学習と同じと言うわけだ。
もちろん海馬細胞自体は報酬を指示する細胞ではない。海馬細胞が腹側被外野のドーパミン神経とループを形成して報酬を受け取る構造になっている。このVTAドーパミンは報償そのものではなく、予想した報償と実際の報償との誤差を計算して興奮するので、元々予測材料を送る仕組みと言える。従って、最初は報償を期待していないところに報償が来てVTAから刺激を受けていた reward cell は、報償を得るための準備行動へとシフトすることで、報償前の準備段階からドーパミンの刺激の差を使って予測していることになる。
今後はドーパミンの分泌刺激モニターを加えた実験が期待される。いずれにせよ、このように脳の役割を一つのニューラルネットから、セグメント化していくことが、新しいAI開発の鍵になると著者らは考えているようだ。我が国の若者も、AIだけに集中するのではなく、脳科学や生命科学を学んで新しいアイデアに満ちた基盤モデルを作ってほしい。
2026年1月19日
この10年中国の研究力は急速に高まっており、毎日論文を読んでいるとそのことを強く実感する。論文を読んでいて、中国研究の一つの特徴は、なかなか考えつかない発想を基盤とするチャレンジ精神だと思う。と言っても、これまではこのチャレンジ精神は、例えばiPS細胞やTregと言ったオリジナルな発想ではなく、あくまでも普通考えない可能性で、結果はそれまでの考え方の枠内でとどまっていた。しかしこのチャレンジ精神こそ新しい実用には重要で、中国技術躍進の核になっていくように思う。
このことを如実に語る例が DeepSeek で、まず昨年の9月、Nature にアーキテクチャーを開示した点で驚いたが、論文を見ると他の大規模言語モデルが出来るとわかっていてもやれなかったチャレンジ、即ちLLMの学習に強化学習を導入して人間の関与を大きく減らすというチャレンジが行われていた。我が国では Deppseek を ChatGPT や Gemini との性能比較だけで議論されることが多いが、強化学習を導入したモデルであることこそ評価されるべきだと思う。このチャレンジを続けていけば、例えば Transformer を過去のものにするイノベーションも可能になる予感がする。
大きく脱線したが、今日紹介する中国精華大学からの論文は、新しく発見された頭蓋骨髄から脳へ直接移動する白血球を利用して脳損傷を治療する可能性をマウスから始めて臨床まで進めた研究で、1月16日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Nanoparticles hijack calvarial immune cells for CNS drug delivery and stroke therapy(頭蓋免疫細胞をハイジャックしたナノ粒子を脳卒中の薬剤デリバリーに使う)」だ。
2018年9月、頭蓋骨髄から直接脳へつながる血管ルートが存在し、それを通って白血球が脳卒中部位に移動することを示したハーバード大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8894)。この事実に着目し、移動する白血球に薬剤を運ばせる方法開発にチャレンジしたのがこの研究だ。
方法だが、ペンシルバニア大学から2022年に発表されたアルブミンをクロスリンクしたポリエチレングリコールで形成されるナノ粒子が選択的に白血球に取り込まれ,肺での炎症を抑える薬剤デリバリーに使えることを示した(file:///Users/snishikawa/Downloads/s41565-021-00997-y.pdf)ナノ粒子を用いている。
即ち、ハーバードとペンシルバニア大の技術を融合させただけと言えばそれだけだが、ナノ粒子を頭蓋骨髄に注射することで、骨髄内の白血球にナノ粒子をロードすることが出来、その白血球は卒中による脳損傷部位に選択的に移動することを確認した後、マウスを用いて卒中治療の前臨床研究に進んでいる。
使った薬剤はカナダのバイオベンチャーにより開発された Tat-NR2B9c と呼ばれる薬剤で、PSD-95に結合してグルタミン酸受容体の過興奮を抑えて脳を保護する薬剤で、現在第三相治験が行われている。
これをナノ粒子に詰め込んで、中大脳動脈を結紮して起こした脳卒中マウスの頭蓋骨髄内に注射すると、ナノ粒子を使わない静脈注射や、頭蓋骨髄内注射と比べ、何よりも脳の萎縮が起こらず治療が可能で、死亡率も低く、さらに回復後の機能も他のグループと比べ改善程度が高い。
そしてこの方法をそのまま、悪性中大動脈梗塞患者さんに使っている。ただ、Tat-NR2B9c はまだ許可されていないので、中国で許可されている脳細胞保護剤を用いている。1/2相試験なのでまず安全性が重要だが、保存治療に比べて死亡率が2割から3割に上がっているのは気になる。ただ、注射による直接の副作用はないと結論している。
その上で、90日目での最終結果を見ると、寝たきりのままの状態を5割から1割へと大きく減らすことができる。さらに、歩行器で歩けるようになる確率が2割から5割へ上昇するので、素晴らしい結果だ。
以上が結果で、いくつかの技術をまとめて素晴らしい治療に仕上げるという、私が今中国の研究に感じているチャレンジの典型論文だと思う。確かに基本技術はまだ他から集めてきているかもしれないが、この延長に本当の大きな発見があるのは、我が国のノーベル賞受賞者を見るとわかる。今後は、他の病気も視野に入れた研究を進めてほしい。
2026年1月18日
Covid-19パンデミックで広く知られるようになったが、肥満の人は重症化しやすい。特に感染により様々な炎症性サイトカインが分泌されるサイトカインストームが起こりやすいことから、これが重症化の一因とされている。しかしなぜ肥満の人は炎症性サイトカイン分泌が亢進しているのかについては、理解できているわけではない。
今日紹介する米国テキサス大学からの論文は、肥満による自然炎症亢進の原因の一つにマクロファージのミトコンドリア核酸代謝の変化が存在することを示した研究で、1月15日 Science に掲載された。タイトルは「Nucleotide metabolic rewiring enables NLRP3 inflammasome hyperactivation in obesity(核酸代謝回路の書き換えが肥満でのNLRP3インフラマゾームの過剰活性化を可能にする)」だ。
タイトルにあるNLRP3分子は、細胞内での炎症反応を組織化しているインフラマゾームと呼ばれる複合体の核になる分子で、活性化により炎症性サイトカインIL-1βが分泌され、このブログで何度も取り上げたピロトーシス(https://aasj.jp/?s=%E3%83%94%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&x=0&y=0)が起こる。この研究では肥満の人や肥満マウスからのマクロファージを取り出し、NLRP3を刺激したとき、肥満個体からのマクロファージでIL-1βの分泌が高まることを確認し、この実験系で肥満がNLRP3を活性化させるメカニズムを探っている。
ミトコンドリアから発生するDNAがNLRP3を活性化することが知られているので、この過程に絞って研究を進めているが、まず肥満個体由来マクロファージでは、ミトコンドリア由来のDNAが上昇していることを突き止める。元々ミトコンドリアには、CMPK2と呼ばれる核酸を再利用する経路が備わっており、これによりミトコンドリア独自の核酸を合成し、増殖に使っているが、肥満で上昇しているのはこの経路とは異なる経路であることがわかった。
肥満個体由来マクロファージでは細胞質の核酸の上昇も見られるので、この核酸がミトコンドリアに取り込まれて利用されているのではと考え、細胞質で核酸を分解しているSAMHD1と言う酵素の活性を調べると、肥満によりこの分子のリン酸化が起こって酵素活性が低下している。また、この分子をマクロファージでノックアウトすると、肥満がなくても炎症を亢進させることがわかった。すなわち、SAMHD1の酵素活性が肥満によるリン酸化で低下して、細胞質の核酸が上昇し、これが取り込まれることで、ミトコンドリアDNA合成上昇、その結果としてミトコンドリアからのDNAの排出が高まり、NLRP3の活性化を亢進させていると考えられた。
この可能性を確認するため、NLRP3が活性化されやすいSAMHD1欠損マクロファージで、ミトコンドリアへの核酸の移行を媒介するチャンネルをブロックする実験を行い、細胞質からの核酸の移行が起きないと、ミトコンドリアでのDNA合成や排出は上昇せず、その結果NLRP3の活性化による炎症の亢進が起こらないことを示している。
この経路が体内でも働いていることを示すため、マクロファージのSAMHD1をノックアウトしたマウスを作成すると、肥満とは無関係にLPSによる反応が高まり死亡率が上昇する。さらに、血中のIL-1βの上昇、インシュリン抵抗性、脂肪肝も見られることがわかった。
以上が結果で、おそらく肥満により発生する脂肪や死細胞の処理を高めるため、ひとつのマクロファージを活性化機構として、通常のミトコンドリア核酸代謝経路に加えて、細胞質での核酸分解を抑える回路が備わっており、それに肥満によるSAMDH1のリン酸化が関わっている。しかし、感染などの炎症シグナルでNLRP3が活性化されると、この機構はミトコンドリアから排出されるDNAが上昇させ、活性化されたNLRP3の活性を亢進させてしまい、肥満によってウイルス感染が重症化しやすい原因となっている。幸いSAMDH1は全身でノックアウトしてもそれほど大きな影響はないので、感染時にこの酵素を阻害して重症化を防ぐ可能性は十分あると思う。
2026年1月17日
このブログでも紹介してきたが、多発性硬化症はEBウイルスにより引き金を引かれることはほぼ間違いがない。しかし、EBウイルスはB細胞に感染し神経に感染するわけではないことから、EBウイルスの感染から多発性硬化症の発症までの過程を説明する必要がある。これについての最も有力な説が、EBウイルス感染により誘導される抗体やT細胞が、ミエリンや神経細胞発現分子と交叉反応をするという考えだ。1月13日オンライン掲載された論文の中に、3編もこの問題を扱った論文があったので、まとめて紹介する。通常同じ課題についての論文がまとまって発表される場合、同じ結論というのが普通だが、今回はEBウイルスにより自己抗原に対する反応が起こるという点では同じだが、それぞれ異なるメカニズムを扱っているので3編とも紹介する。ただ、詳細はかなり省くことにした。
最初はバーゼル大学からの論文で、ミエリンに対する受容体を発現するB細胞がEBウイルスで生存増殖し、これが自己免疫T細胞を誘導する可能性を示した研究で、タイトルは「Myelin antigen capture in the CNS by B cells expressing EBV latent membrane protein 1 leads to demyelinating lesion formation(中枢神経内でEBウイルスのlatent membrane protein 1を発現するB細胞に取り込まれたミエリン抗原は脱ミエリン化を誘導する)」だ。
この研究は抗原刺激を受ける前のB細胞が体中を循環し、そこで抗原に出会った時、ヘルプするT細胞が存在しないとそのまま細胞死に陥るという説を前提として、ミエリンに対するB細胞をマウスで調べている。B細胞は中枢神経系にも進入し、細胞表面の蛍光色素ラベルした抗原に結合、さらに抗原を細胞内に取り込むが、通常はそのまま死んでしまう。ただ、T細胞によるCD40刺激が加わると、生存増殖して抗原提示細胞として自己抗原に対するT細胞を誘導する。
この研究ではミエリンと反応したB細胞がEBウイルスに感染していると latent membrane protein1 の作用でCD40シグナルがなくても細胞死を免れ、ミエリン由来ペプチドをT細胞に提示し、T細胞性自己免疫反応を誘導することを示している。
以上をまとめると、EVウイルスは、自己反応性のB細胞の細胞死を防ぐことで自己抗原をT細胞に提示し、自己免疫を起こしているということになる。とすると、当然他の自己免疫疾患にもおなじ機構が働く可能性がある。
次は中国科学技術大学と、スイスチューリッヒ大学からの論文で、EBウイルス感染によりB細胞が発現しているミエリンを処理して抗原提示する能力が獲得され自己免疫を誘導することを示す研究で、これも交叉反応ではなく自己抗原がEBウイルスにより提示されるという話になる。タイトルは「EBV infection and HLA-DR15 jointly drive multiple sclerosis by myelin peptide presentation(EBウイルス感染とHLA-DR15は協調してミエリンペプチドを提示し多発性硬化症を発生させる)」だ。
EBウイルス感染過程は極めて複雑で、抗原刺激B細胞と同じで感染後、Latency III を経てリンパ節の胚中心 dark zone へ移動した Latency I 、その後リンパ節を離れて完全に潜在化する Latency II から Latency 0 へと進んでいく。
この研究では初期感染時にB細胞を増殖させリンパ球へ移動させるためEBウイルスの持つ全ての遺伝子が動員される Latency III でB細胞に起こる大きな変化の結果、B細胞が異所的に発現している Golli-myelin タンパク質を処理してHLAに提示するという仮説を考えた。
そこで試験管内でB細胞にEBウイルスを感染させ Latency III の状態を作って調べると、多発性硬化症の最大のリスク分子HLA-DR15を持つB細胞で、自己抗原として知られているミエリン由来ペプチドが提示されていることがわかった。また、このB細胞によりCD4T細胞の反応が誘導できることも示している。
以上から、EBウイルスの感染、特に Latency III と呼ばれる初期では、B細胞自身がミエリン反応性T細胞を刺激できるペプチドを合成して、MHC-R15にロードすることが、自己免疫の引き金になっていることを示している。
最後のスウェーデンカロリンスか大学からの論文は、B細胞ではなく自己反応性のT細胞に着目し、EBウイルス分子に対するT細胞が、神経細胞などが発現する Anoctamin-2 を認識して脳の炎症を進行させることを示した研究だ。タイトルは「Anoctamin-2-specific T cells link Epstein-Barr virus to multiple sclerosis(Anoctamin-2特異的T細胞がEBウイルスと多発性硬化症を結びつける)」だ。
Anoctamin-2 に対する自己抗体は多くの多発性硬化症患者さんで検出できる。この研究では、多発性硬化症の患者さんのコホート研究で得られた末梢血細胞を用いて、この分子に対するCD4T細胞が誘導されていることを発見し、ミエリンだけでなく、この分子に対するT細胞反応も多発性硬化症に関わっていることを明らかにしている。
マウス多発性硬化症モデルは通常ミエリンで免役して誘導するが、Anoctamin-2免疫でも同じような脳炎を誘導できることから、多発性硬化症を考えるときの重要な自己抗原であることが証明された。
これを確認した上で、Anoctamin-2 に対するT細胞を、EBウイルスが持つEBNA1抗原を発現したB細胞でも誘導できることを示したのがこの研究のポイントになる。即ち、EBNA1を発現し、HLA-DR5を発現したB細胞は、Anoctamin-2 に対するT細胞を誘導する。さらに、患者さんが発現する自己抗体が結合したAnoctamin-2 がB細胞へと取り込まれると、同じ抗原の他の部分に対するT細胞まで誘導されることを示している。
以上、EBウイルスは自己抗原と交叉性を示す抗原を持つが、ミエリンではなくAnoctamin-2 であるという結論になる。Anoctamin-2 は血管にも発現していることから、同じT細胞は血管内皮を傷害して、炎症を増強させる可能性も示されている。
以上3編を改めて振り返ると、多発性硬化症がいかに複雑な病態かがよくわかる。ただ、EBウイルスが全ての元にあるので、パピローマワクチンと宮ガンのように、ワクチンで予防するのがいいのかもしれない。
2026年1月16日
腸内細菌、特にセグメント細菌 (SFB) と呼ばれる分節した繊維状形態をとる細菌が、ガンに対する免疫の活性化に重要な役割を持っていることが知られており、PD-1に対する抗体を用いたチェックポイント治療に細菌の力を借りる臨床研究が行われている。
細菌の効果については、SFBが腸粘膜を刺激してTh17型T細胞を誘導するアジュバント活性によると言う考えと、これに加えて細菌が発現している抗原がガン抗原と交叉反応を示す結果ガン特異的免疫が誘導されるからだという考え方がある。実際、腸で活性化されたT細胞が、抗原とは無関係にガン局所に浸潤すると考えるのはあまりにナイーブに思える。しかし、ガン抗原と交叉する抗原を見つけることは簡単でない。
今日紹介する腸の免疫学の大御所、ニューヨーク大学 Littman 研究室からの論文は、SFBがガン抗原と交叉する抗原を発現することがSFBのガン免疫促進効果の重要な基盤であることを示した研究で、1月14日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Microbiota-induced T cell plasticity enables immune-mediated tumour control(細菌によるT細胞の可塑性が免疫によるガンのコントロールを可能にする)」だ。
「交叉抗原が必要かどうかを解決するためには、SFBにガン抗原を発現させれば良い」と思ってしまう。実際、S.epidermidis皮膚細菌にガン抗原を導入してガン免疫が高まることを示した研究はある。しかし、SFB等のバクテリアを遺伝子改変することは簡単でない。Littman はこの難問を、SFBの抗原を腫瘍細胞に導入するという、まさにコロンブスの卵で解決したモデルを作った。
SFBを経口摂取させた後、普通のメラノーマとSFB-3340分子を導入したメラノーマをマウスに移植し、腫瘍が大きくなってからチェックポイント治療を行うと、SFBを摂取しSFB3340分子を導入したメラノーマの組み合わせだけがガンを抑えることができる。即ち、SFBの場合、ガン細胞と共通の抗原を発現していないとガン免疫を促進する効果が得られないことがわかった。
この実験系で最後の免疫反応の場である腫瘍組織を見ると、Th1型のサイトカインやキラー活性が普通よりブーストされたCD4及びCD8T細胞が腫瘍に強く浸潤していることがわかる。また、抗原がわかっているので、抗原特異的T細胞を調べるとSFB3340と同じ抗原を発現するT細胞が腫瘍組織で増加していることを示しているが、CD4T細胞は腸内で誘導されるTh17型ではなくインターフェロンを強く発現したTh1型であることがわかった。
この腸管から腫瘍までの過程を明らかにするため、抗原に対する受容体とTh17を除去したり、またその発現の歴史を追跡できるシステムを用いて解析し、SFBが腸管内で抗原特異的T細胞を誘導し、これがガン局所に浸潤して強い炎症を誘導できるTh1型へと変化することを明らかにしている。
一方、CD8T細胞は腫瘍内で誘導されるが、この時腸管でSFBにより誘導された抗原特異的T細胞が存在すると、抗原特異的キラー活性をさらに高めることが可能になる。もちろん、この時キラー細胞の活性維持にPD-1に対する抗体によるチェックポイント阻害は必要になる。
最後に、同じような実験をヘリコバクターで行うと、ガン免疫が増強するどころかFoxP3陽性のTregが選択的に誘導され、腫瘍免疫を抑制することも示している。
以上が結果で、バクテリアの抗原をガンに導入するというアイデアで、これまでの問題を解決したプロの仕事だと思う。今後SFBの遺伝子操作を発展させられれば、今度はガン抗原をSFBに導入して免疫を誘導する治療が可能になる。期待したい。
2026年1月15日
昨年注目された医学の進歩の一つは、69種類の遺伝子改変を加えたブタ腎臓を移植された67歳の男性が、拒絶反応を乗り越え退院するまでに回復したというニュースだ。残念ながら、6ヶ月目に拒絶反応とは無関係思われる心臓発作で亡くなるが、このブタ腎臓を確立した eGENESIS社は腎臓移植を待つ患者さんの希望の星になっているという。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、この患者さんの移植後の血液及び組織の免疫反応を詳しく調べた研究で、さらなる改良の方向性を知るために極めて重要な研究だ。タイトルは「Immune profiling in a living human recipient of a gene-edited pig kidney(遺伝子改変ブタ腎臓を移植された患者さんの免疫プロファイル)」で、1月8日Nature Medicineに掲載された。
研究では移植前、移植後7、13,20,26,33,51日目に採決を行い、single cell RNA sequencing も含め、徹底的に様々な免疫学指標を調べている。また、必要に応じてバイオプシーも行い、拒絶反応の可能性を調べている。膨大なデータなので詳細は省いて、読んでいて興味を引いた点をいくつか箇条書きにしていく。
- 拒絶反応に備えて、患者さんには胸腺細胞抗体、CD-20抗体、大量ステロイド、抗C5抗体をまず投与、その後TNF抑制抗体、タクロリムス、ミコフェノール酸、プレドニンを維持療法として使っている。この結果、投与1週目にはB細胞、CD8、CD4細胞の数は減少し、またケモカインやTNF等も期待通り抑制されている。
- 一方で、自然免疫反応は、白血球やNK細胞の増殖と、それを誘導するTLR刺激によるNFkBシグナル、IL-6等の炎症性サイトカインの活性上昇、同じくインターフェロンシグナルの上昇がみられる。すなわち、獲得免疫反応は抑制できるが、自然免疫は移植後持続し、レベルも増大する。
- TやB細胞に対する免疫を抑制し、その効果が末梢血でも見られるにもかかわらず、8日目に典型的移植拒絶反応が発生している。これは、ブタ腎臓から末梢血へ放出されるDNAからもはっきり診断でき、拒絶反応が見られる間はDNAの放出が1000倍近く上がる。幸い、通常の免疫抑制を続けることで、この反応を抑えることに成功している。
- 末梢血のリンパ球は抑えられているにもかかわらず、拒絶反応が起こったときの腎臓バイオプシーではCD4、CD8T細胞や、M1マクロファージの上昇が観察できることから、リンパ節などに持続していたリンパ球が浸潤したと考えられる。面白いのは、脳死の患者さんを対照にブタ腎臓を移植した場合、免疫拒絶が見られない点で、患者さんの状態や、免疫抑制の強さなどの違いを反映しているのかもしれない。いずれにせよ、初期の拒絶反応は抑えられる可能性が十分ある。
- サルを用いた研究では、ブタ抗原に対する抗体が拒絶の主役になっていることが報告されているが、この反応は人間では認められていない。
以上が面白いと思った点だ。残念ながら、この研究ではTregについてはほとんど検討できていない。今後新しい免疫抑制法を開発していくことが重要であることがわかる。そして何よりも、自然免疫刺激は69種類の遺伝子改変でも起こっている。この刺激がブタ組織のどの分子によるのか、これが明らかになると、拒絶の問題の解決に近づくと思う。
2026年1月14日
進化が環境の同化である事が最もよくわかる例は、概日周期だ。他の惑星の生物を調べるとわかると思うが、地球の場合バクテリアから人間まで、24時間サイクル、即ち地球の自転を織り込んだメカニズムを進化させている。しかも、夜と昼の調整を可能にしてしている光による調整メカニズムも存在する。
今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、光による概日周期調節が従来考えられていた以上に複雑で、逆に言うと様々な時差調整法が可能であることを示す研究で、1月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「ipRGC properties prevent light from shifting the SCN clock during daytime(光を感知する網膜ガングリオン細胞は視交叉上神経時計を昼までもシフトさせられる)」だ。
私たちは、視覚に直接関わる桿体細胞や錐体細胞以外に、光を感じる網膜ガングリオン細胞 (ipRGC) が存在し、視交叉上神経を刺激して概日周期を光に合わせて調整している。例えば光のない夜に光にさらされると、概日周期を遅らせる。この論文を読むまであまり考えたことがなかったが、この光の効果は夜には効果があるが、昼には効果がない。と言っても昼に光があるのが当たり前で、当然と言えるが、実際一日中暗くして生活しているとき、自覚的な昼に光を当てても概日周期が変化しないことから、光の調整は体内に備わっている概日周期のフェーズによるとされてきた。
この研究では光ではなく、ipRGCを光ではなく遺伝学的操作で化学物質により興奮するようにすると、本来感受性のない概日周期フェーズでも周期を遅らせることを発見する。この発見がこの研究のハイライトで、後は何故普通に光を当てたのでは周期が変化しないのに、化学物質による刺激では周期が変化するのかの原因を探っている
一つの原因は、これまで知られていたグルタミン酸作動性の回路の他に、RACAPを伝達物質とする別の回路が存在し、これが同時に刺激されることで、昼までも周期を遅らせることがわかった。またこのipRGC神経は、視交叉上神経だけでなく、視床の外側膝上核へと投射する回路を形成しており、これが昼間の概日周期シフトを誘導していることがわかった。さらに面白いことに、この回路は周期の短い紫の光で選択的に誘導されることがわかった。化学物質で誘導するのと比べると周期の変化は大きくないが、昼間に紫の光を当てると1時間近く周期をずらすことができる。
この原因を生理学的に追求すると、通常の回路は普通は光に満ちている概日周期の昼にはipRGCの脱分極ブロックがかかるようになっており、これが光のないときでも概日周期が昼であれば周期が変化することを抑えている。しかし、通常の光以外の刺激や紫の光は、この脱分極ブロックが起こらないため、視交差上核回路に備わった周期の変化を防ぐ機構の影響を受けずに周期を変化させることができることがわかった。
結果は以上で、光による概日周期のメカニズムも複雑な回路形成になっていることがわかる研究だ。考えてみると、動物の多くは夜行性で、昼間寝ている。寝ていても強い昼の光はipRGCによる感じられているはずで、この結果周期がずれてしまうと生活リズムが成立しない。これを防ぐ為には視交叉回路でipRGCの脱分極ブロックは必須だと言える。また、この研究は我々が昼間に時差を調整したいとき、紫の光を使うと効果が上がるかもしれないことを示している。この分野は十分わかっていると思っていたが、まだまだ面白い発見がある。
2026年1月13日
炎症性腸疾患 (IBD) の研究で最近特に目立った研究者の一人がハーバード大学の Ramnik J Xavier だ。このブログでも何度も紹介してきたが、論文は新しいアイデアが満載で読んでいて面白い。例えば2024年11月に紹介した Nature の研究では、細菌叢の研究でほとんど調べられてこなかった、細菌叢と直接触れる消化管全体の細胞の変化を統合するというチャレンジングな研究はその例だ(https://aasj.jp/news/watch/25676)。
今日紹介するXavier研究所からの論文は、IBDの結果起こってくる腸の線維化を誘導するメカニズムについての研究で、腎臓や肺と異なりあまり線維化が取り上げられてこなかったIBD研究に新しい視点を切り開いていると思う。タイトルは「Bidirectional CRISPR screens decode a GLIS3-dependent fibrotic cell circuit(両方向のクリスパースクリーニングによりGLIS3依存性の線維が細胞回路が解読される)」で、1月7日 Nature にオンライン掲載された。
研究は最初からIBDで起こる線維化に焦点を当てている。そしてどう攻めるかを決めるために、クローン病や潰瘍性大腸炎患者さんのデータベースから single cell RNA sequencing や組織DNA解析のデータを集め、線維芽細胞を分類、最終的に炎症により誘導され、炎症や線維化に深く関わる線維芽細胞IAFを特定している。この細胞は線維化に関わる様々なコラーゲンやタンパク分解酵素、炎症細胞を誘導するケモカインに加えて、これまであまり注目されなかった分子を発現している。個人的には、通常リンパ球で発現しているIL-7Rが発現しているのが気になったが、この研究ではIL-11に注目した。
IL-11を抑制すると老化を抑制できるという論文を以前紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/24856)、老化を進める細胞の一つが線維芽細胞で、肺線維症や腎硬化症が老化リスクと連結していることを考えると、IL-11を選んだことはうなずける。事実、IL-11を炎症誘導前にノックアウトしておくとIAFの出現を強く抑制し、線維化を抑えることができる。
次にIL-11発現を指標に線維芽細胞を刺激する細胞やサイトカインを探索すると、マクロファージから分泌されるTGFβやIL-1βが線維芽細胞を刺激し、IL-11のみならず線維化に関わる多くの遺伝子を誘導していることがわかった。
そこでこの線維化プログラムを調節しているマスター遺伝子の探索に進むが、この時タイトルにある双方向性のCRISPRスクリーニングを行っている。双方向とは、Cas9により遺伝子ノックアウトによるスクリーニングに平行して、CRISPRシステムで遺伝子発現を誘導するVP64を作用させる、即ちオンとオフの両方から線維芽細胞活性化刺激に反応する遺伝子を調べている。
このスクリーニングから線維化プログラムのマスター分子として見つかったのがGLIS3だが、他にも予想されるTGFβシグナルや、IL-1βシグナル分子、そしてYAP/TAZと言ったシグナルが関与することも明らかになっている。期待通り、GLIS3を線維芽細胞でノックアウトすると、線維化を強く抑えることができる。また、GLIS3が線維化プログラムに関わる多くの遺伝子の上流に結合していること、さらにはGLIS3がYAP下流のTEADやIL-1β及びTGFβの共通の下流にあるFOSL/JUNと結合することで、遺伝子発現を調節していることを示している。
人間のIBDとの関わりもデータベースで検討しており、GLIS3の発現とIBDの重症度が相関することを示している。
腸管での線維化というあまり研究の進んでいなかった領域に踏み込み、細胞から分子までXavierならではの包括的研究が行われている。この研究は腸にとどまっているが、肺や腎臓でもIL-11やGLIS3の可能性は調べる価値があると思う。