2026年9月24日
高温でも棲息できる高熱細菌は生物学の発展に大きく寄与している。Covid-19パンデミックで一般の人にも完全に周知されたPCR検査は、高温に耐えるDNA複製酵素が支えている。と言うのもPCRによる遺伝子増幅には、複製したい2本鎖DNAをまず一本鎖に変えてからそれぞれの鎖を複製する必要がある。DNA2本鎖が一本づつに別れるためには94℃以上に熱する必要があり、その後プライマーと会合させて複製を進めるには温度を下げる必要がある。即ち、温度を2本鎖分離、プライマー結合、複製と変える必要がある。この温度変化に耐えるために使われているのが、好熱菌から分離したDNAポリメラーゼで、これら異なる温度で働くことが出来るのは、高熱細菌由来のポリメラーゼだけだ。このように、細菌や古細菌には100℃以上の環境で増殖するものが多く見つかっているが、これまで知られている高い温度で棲息できる真核細胞は、カビや藻類で見つかっているだけだった。
今日紹介する米国ニューヨークのシラキュース大学からの論文は、藻類より進化したアメーバの中にも63℃と言う高温でDNA複製と細胞分裂や細胞移動を平気で行う種の存在を明らかにした研究で、9月22日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A geothermal amoeba sets a new upper temperature limit for eukaryotes(地熱地帯で発見されるアメーバは真核生物が生存可能な新しい限界を示す)」だ。
カビや藻類で60℃近くで生存する種は知られているので、この研究では最初からアメーバに絞って米国のラッセン火山国立公園の49℃-65℃のお湯が流れる川で、pHが6-7と安定している支流を選び、3年かけて探索し、高温で生息できるバクテリアを食べるアメーバを分離するのに成功している。最初は実験室で63℃で増殖させた系統を解析に使っているが、その後同じアメーバを高温の環境から直接分離することにも成功している。
まずゲノムを解析して系統関係を確立し、これまで耐熱性があることで知られる Vermamoeba vermiformis に近い新種で、Incendiamoeba cascadensis(炎のアメーバ)と名付けている。63℃で平気で増殖することから、真核生物の高温耐性の限界を引き上げる新種の発見と言える。
まず細胞学的に、高温で細長い芋虫様形態と典型的アメーバ様構造をとることができる。それぞれは食べる時と移動するための形態といえる。増殖活性は55℃がピークだが63℃まで増殖できる。そして、完全に融資分裂がこの温度で起こることも確認される。また、さらに高温になると増殖は止まりシスト形成により生存が可能だ。これにより70℃までは生存し温度を下げると増殖を再開するが、80℃になると死滅する。
重要なのは、高温でも生存するメカニズムだが、これについてはゲノムや遺伝子発現をざっと見ているだけで、詳しい解析はこれからになるが、それでも熱耐性への進化の道筋は追うことができる。まず最も近い V. vermiformis と比較した時、共通の遺伝子は半分だけで、残り7000近くの遺伝子はこの種特異的であることが分かった。原核生物では遺伝子がコンパクトになるとは逆の戦略がとられている。また遺伝子自体の耐熱性のためのコドンの使用パターンも違う。
温度が上昇した時に発現が変化する遺伝子を調べると、シャペロン、タンパク分解システム、DNA修復、細胞膜やオルガネらとの輸送システムなどが上昇し、アミノ酸代謝、脂肪代謝など軒並み低下が見られる。重要なのは、高温で強く誘導される200遺伝子のうち、70%が機能が予想できない分子で、熱耐性を理解するための宝の箱が開いたかもしれない。
そして、多くのタンパク質で高温耐性が発生している。代表的な分子の構造をAIで調べると、疎水性で側鎖が荷電していないアミノ酸がタンパク質表面から除去されることで、高温でタンパク質が凝集するのが防がれている。また、表面の電荷が少ないのは熱耐性菌でも見られる。
以上が結果で、遺伝子解析は行われていても、なぜ60℃を超える高温でアクチンや微小管をコントロールして分裂や遊走貪食が可能なのかなど、多くの面白い課題が残った。さらに、全く機能のわからない何千もの分子が存在し、全てではないにせよ耐熱性を支える分子の宝箱がどう進化したのか、興味は尽きない。
2026年9月23日
ノルエピネフリン(ノルアドレナリン:NE)は交感神経が、末梢の様々な細胞に働きかけて全身の調節を行う神経メディエーターだが、同じようなNE神経が脳内にも存在しており、交感神経と同じように、シナプスを介する神経伝達ではなく、NEの分泌を通し神経やグリア、更には血管にまで働いて、脳の覚醒状態やアテンションを高める働きがあることが知られている。
今日紹介する米国アレン研究所からの論文は、青班核から脳内に投射するNE神経の構造と機能を一から基礎的に調べ直した研究で、NE神経についてなるほどと理解が進む論文で、9月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Topographic structure and function of locus coeruleus noradrenaline neurons(青班核のノルアドレナリン神経のトポロジー構造と機能)」だ。
まずNE合成の律速段階の酵素を用いてNE神経を標識する方法を開発し、片方の半球の青班核からの神経投射を見ると、脳内のほとんどの場所に神経線維が投射されているのが見事に示されている。
ただ全体を眺めるのではなく、一本一本の線維を追いかけるとNE神経の特徴を見事に表現した構造が見えてくる。まず、青班核の場所に応じて投射する場所が決まる。例えば脳皮質に投射するのは青班核の背側、小脳へ投射するのは腹側中部、そして脊髄に投射するのは腹側に神経が存在している。
さらにおもしろいのは投射で、他の脳神経と異なり特定の神経細胞へシナプスを形成するわけではないので、なんとほとんど分岐のない長い軸索を領域全体に言ったり来たりしながらカバーする。なんと一番長い軸索は70cmを超える。マウスの脳の大きさを考えると、その長さに驚嘆する。NE神経は軸索上に数珠のようにつながるバリコシティーからNEを分泌するので、この構造はまさに一本の神経が領域全体をカバーして、脳細胞全体の状態を調節するという目的にドンピシャで合致しており納得する。
青班核のNE細胞から核を取り出し、single nucleus RNA sequencing で遺伝子発現を調べると、決して単一な集団でなく、極めて多様な細胞集団であることがわかる、この多様性を、組織上で多くの遺伝子の発現を調べる Merfish で調べると、青班核の背側から腹側にかけて、まさにモルフォゲン勾配でも存在するかのように(おそらく存在していると思うがこの論文では研究されていない)、それぞれの遺伝子が勾配を持った分布を示している。この遺伝子発現の違いにより投射の場所が決まっていると思うが、メカニズムについてはこれからだろう。これまでの神経接合の選択性とは全く違ったメカニズムが今後明らかになると期待される。
最後に、NE神経の反応を電気的に、あるいは光遺伝学的にレコードして、学習した結果から行動を決定する課題を行わせるときの反応を調べている。この過程に関わる脳皮質に投射した神経の活動は、同じ行動が続くときより、違う行動をとるときに興奮が高まり、また予測に反する結果を得たときに反応が高まる。これまで指摘されてきたように、興奮状態で脳内を調節して、新しい記憶を形成するのに役立っていることがわかる。
以上が結果で、脳全体をこのように調節する青班核へのインプット、更には投射場所の異なる青班核細胞についての光遺伝学的機能検査など、おもしろい研究が続く予感がする研究だった。なんと言っても、構造をはっきり示されることで脳内NE神経の機能がしっかり理解できる論文だった。
2026年9月22日
レチノイン酸 (RA) は発生学で最も重要なモルフォゲン(濃度勾配で発生パターンを形成する分子)で、ホメオボックス遺伝子を支配して胎児の前後軸を決定したり、左右や背腹軸、更には手足の指のパターン形成にも関わることが知られている。おそらく発生学の専門誌ではRA勾配の研究は続いていると思うが、一般紙ではあまり見かけなくなった。
今日紹介するイエール大学からの論文は、最近では一般誌では珍しいRAモルフォゲンの分子メカニズムからスタートした研究で、9月16日 Nature にオンライン掲載された、私のような引退後の老兵を懐かしい気持ちにさせる研究だ。タイトルは「A retinoic acid autoregulatory loop governing prefrontal–motor arealization(レチノイン酸の自己調節回路が前頭前皮質と運動皮質の区域化を調節する)」だ。
思考や感情をコントロールして高次行動を決定する過程に関わる前頭前皮質は、主にマウスを用いた研究でRAモルフォゲン勾配によって運動皮質と区域化されていることが知られている。この研究の目的は、RA勾配の下流で働く転写因子を特定して、RA勾配が前頭前皮質形成メカニズムを明らかにすることだ。
研究ではまずRAの下流で働き前脳前皮質形成に関わる転写因子を、人間の発生途上の脳を用いて探索している。RNA sequencing やクロマチンを調べる Atac-seq 、さらにRA受容体の結合などを組み合わせて調べ、前頭前皮質形成時期に発現する候補遺伝子として Meis2 を特定している。もちろん他にも同じような遺伝子は見つかっているのだが、何故 Meis2 に絞るのかの理由については、自閉症スペクトラムや統合失調症のリスク遺伝子としてしられていること以外は言及されていない。いずれにせよここからこの論文は Meis の神経特異的ノックアウト研究になる。
Meis2 はマウス、サル、ヒトで皮質形成時に皮質で発現が見られ、RA受容体が遺伝子に結合してクロマチンがオープンになっている。即ちRNの下流で働いている。
脳特異的にノックアウトすると、前頭前皮質が縮小し、運動皮質が拡大する。その結果視床各部位との投射が低下し、逆に脊髄との神経結合が上昇する。細胞レベルでは皮質の上層細胞が消失し、逆に最も下層の第5第6層が拡大し、この細胞レベルの神経分化の変化の結果、他の領域との神経結合が大きく変わってしまう。特徴的なのは、脳梁を介して反対側の大脳への結合がほぼ完全になくなることで、結果として脳全体の調整機能などが失われると想定される。
実際マウスの行動学的には、作業記憶は保たれているが、対象物への興味の低下、不安行動の上昇、目的に向けた行動など、前頭前皮質の機能として知られている機能がほとんど失われる。ヒトでも Meis2 が片方の染色体で欠損すると脳梁が縮小し、また知的障害にいたる脳の発達障害を来すことが知られているが、この研究でヒトの病態の解析への明確な視点が生まれた。また、自閉症スペクトラムや統合失調症との関係もさらに理解が深まると思う。
研究では最後に、Meis2とRA合成との関わりについても調べ、大脳皮質上層でのRN合成が失われることも示している。ただ、Meis2 自体がRA合成酵素を調整するわけではなく、おそらく合成細胞の分化に関わる結果だが、これにより、RA→Meis2発現→皮質上層細胞分化→RA合成という自己再生回路が働き、RA勾配が維持されるメカニズムも示している。
久しぶりのモルフォゲン勾配の論文で懐かしい気分になった。
2026年9月21日
CRISPR/Cas でノーベル賞を受賞した Doudna さんは、受賞後により活動が活性化した一人だと思う。同時に受賞した Charpantier さんと比べるとよくわかる。また活動の幅が広がり、基礎から応用まで、それも新鮮なアイデアで研究が続けられているのを見てただただ感心している。今日紹介する Doudna 研からの論文は基礎研究だが、その中に応用の目がちゃんと隠れていることがわかるおもしろい研究で、9月17日 Science に掲載された。タイトルは「A noncontiguous code for RNA-guided DNA recognition at the origin of CRISPR- Cas(RNAにガイドされたDNA認識の非連続的コードが CRISPR/Cas の起原に存在していた)」だ。
研究の目的は CRISPR/Cas システムの起原を探すことだ。DNAを切断する クラスII-CRISPR の Cas9 の起原はトランスポゾンの一つ TnsB である事が知られているが、より古いタイプのクラスI システムについてはよくわかっていない。それを調べるため、この研究ではクラスI システムの Cas5,6,7 に相同な遺伝子の探索から始めている。ところがDNA配列から似たものを探してもうまく見つからない。そこで、AlphFold2 ライブラリを用いて、構造的に似たタンパク質を探索する DALI-search と呼ばれる方法を用いて、最終的にファージウイルスにコードされている、Viral Interference Program Repeat (Vipr) と名付けた遺伝子ファミリーの特定に成功している。そして、ファージウイルス上で Vipr はそれと対になった Vap1遺伝子とセットで存在していることを発見する。系統樹から、Vpr は Cas5,6,7 の先祖で、それぞれ独自に進化していることも確認している。
次にこのウイルスを大腸菌に感染させ、大腸菌ゲノムに統合された後から転写されてくるRNAを調べると、Vipr と Vap1由来RNA の前後に特徴的な繰り返し配列が存在していることを突き止め、これこそが CIRSPRのRNA アレーに相当するのではと考え調べている。
以前紹介したように Doudna さんの研究室はいち早く様々なAIを取り入れて研究しているが、この繰り返し構造についても、一般的なゲノム比較では相当するファミリーが見つからないので、多くのゲノムをただ学習させた Evo2 に、似た配列を生成させる方法を用いて、GGT に任意の塩基が12回繰り返す構造を特定する。Evo2 に配列を生成させた点には本当に感心する。
その上で、この XX+1 という標的配列が、CRISPRのRNA ガイドの役割を演じていることを実験的に確かめている。即ち、GGT に続くXXには壊したい標的に対応する塩基対が来る。実際このウイルス側のリピートに対応するリピートを設計して壊したい遺伝子の上流に挿入すると、Vipr とリピートを持つ遺伝子により破壊される。
最後に、この Vipr システムがどのように働いているのかを探索し、最終的に感染した細菌に、他のウイルスが侵入してきたときにそれを破壊する目的で発達したシステムであることを発見する。おもしろいのは、それぞれの相手機対応するリピートを持つウイルス同士が一つの細菌を巡って競争までする点で、おもしろい。
結果は以上で、なんとウイルスなどに対応するクラス1 CRISPRの起原は、ウイルスにコードされており、しかもウイルス同士の競争の武器として使われていたというおもしろい話だ。ただ、このシナリオのために、DALIからAIまであらゆる可能性が駆使されているのに驚く。しかも、Vpr1はガイドに従って標的遺伝子を壊せるにもかかわらず、分子は小さいことから、将来の遺伝子編集にも使えるというおまけ付きだ。Doudna さんの次の論文が楽しみになる。
2026年9月20日
毎日論文を読んでいるが、現役を退いた今はもっぱら読んで説明するだけで、論文を自分の研究に使うことはなくなった。もちろん現役時代は、論文に書かれている方法やデータは、自分の研究に使えるということが重要だった。特に最近になって、膨大なデータとその解析手段が生命科学研究の重要なテーマになってくると、ますます論文を使うことが重要になってくる。しかし先日紹介した Google Deepmind から発表された Alpha Genome モデル(https://aasj.jp/news/watch/28262 )を自分の研究室環境でセットアップしようとすると、かなり IT 知識のあるメンバーに、API キーの取得から、Python 環境までセットアップが必要になる。ChatGPT や Claud が使える様になってからは LLM に教えて貰いながらなんとかできるようにはなるが、こんな作業をおもしろいと思った論文で繰り返すのはほとんど不可能だ。
ところが今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、論文を Claude AI Agent を使って、自動的に論文で使われデータやたコードベースを整理し、必要な外部のデータを利用して自分のデータを解析、結果をアウトプットできる MCP サーバーへと変換できることを示した研究で、9月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Reimagining research papers as interactive and reliable AI agents(研究論文を相互作用可能で信頼性の高いAI agentとして再構想する)」だ。
この研究は別に新しいモデルやデータベースを構築したという論文ではない。アンソロピックの Claude Code Agent を使って独自の AI Agent を構築しただけなのだが、画期的なのは発表された研究論文を AI agent に転換したという点だ。多くの読者は LLM に論文をダウンロードして要約させたり、詳細を質問したりしていると思うが、この研究で開発された Paper2Agent は、LLMを使うだけでなく、実際に論文で行われたデータ処理を自分でも行えるようにするため、
論文で開発されたアプリケーションを構築するときに使われるコードベースを探しだし、ダウンロードして自分で使えるようにする。
様々なタスクを実行する AI 環境を整備する。
外部の情報を取り込んで使い方についてわかりやすいマニュアルを作成する。
サンプルを実行して正しく動くか検証する。
このようにして一つの論文から様々な MCP ツールを抜き出して使える様に整備し、論文と同じデータ処理などが出来るよう必要な外部とのリンクを備えた MCP サーバーとしてまとめる。
この結果、「この論文の方法で私のデータを解析して」と自然言語でインプットすると、論文の方法に従って解析した結果が図として現れると言うわけだ。論文を「読んで調べる」から「使う」への変換が行われている。もちろんこの背景にあるアンソロピックやオープン AI の MCP サーバー技術が素晴らしいのだが、これを使って論文専用の MCP サーバーを作ってしまうという発想は画期的だ。
おそらく Paper2Agent を使わなくても、Claude や Chat に、この論文の方法で RNAseq データを解析できるようにしてとインプットすると、自動ではないがターミナルを使って様々な外部ソフトとリンクして、なんとか結果が出るようになることは自分のガンのデータで経験し、そのパワーに感心しているが、Paper2Agent によってこれらの作業が自動的に行えるようになったと考えられる。
その例として、AlphaGenome 論文を読み込ませ、22種類の MCP ツールからなる MCP サーバーを完成させている。これには45分かかり、おそらく Claude 利用代金として14ドルかかると紹介されている。そしてこのサーバーに遺伝子配列をインプットして、この配列の遺伝子発現調節機能を予測せよとインプットすると、答えが出てくる。これにより、例えば自分の知りたい遺伝子多型の機能的役割を調べることもできる。
もう一つの例としては、single cell RNA sequencing の解析方法 SCANPY についての論文をインプットして作成した MCP サーバーをそのまま自分の single cell データの解析に使えることを示している。Single cell データ解析の場合、クオリティーの高いデータの選別から、圧縮次元での表示まで一連の過程を順番に進める必要があり、改めて AI agent のパワーを認識する。
最後に、自己免疫病T細胞の CRISPR による網羅的ノックアウトを single cell level で解析した Perturb seq データ論文と、AlphaGenome 論文を読み込ませて、解析方法とデータを異なる論文から一つの MCP サーバーとしてまとめることで、それぞれの論文の著者らが発見していない新しい発見が得られることまで示している。
実際には AlphaGenome のように研究用の場合無料でアクセスできないと、API アクセスする度に課金されることになるので、まさに研究のオープンアクセスの重要性が問われるようになると思うが、自分の PC から LLM の利用料だけで、AlphaGenome のような無料の API にリンクして操作できる様になる。論文発表の意味が、読むから使うへ大きく変化させた、画期的なアイデアだと思う。
2026年9月19日
奈良の古寺で出会う仏像の顔や衣装に異国の面影が見られるのは、仏像をまつる文化がガンダーラからシルクロードを経て中国へ、そしてそれが日本にもたらされたからだ。この西と東を結ぶのがシルクロードの天山回路で、日本人にも馴染みが深い。例えばだれもが知っている孫悟空の玄奘三蔵が命がけでたどったのがこの回路で、古代から多くの民族が交流していたと考えられる。
今日紹介する中国吉林大学からの論文は、この天山回路を形成するウイグル自治区にある東天山に散在する青銅器時代から鉄器時代の遺跡から出土した人骨のDNA解析研究で、青銅器時代からこの領域で多くの民族が交流していたことがわかる論文だ。タイトルは「Ancient DNA unveils distinctive ancestries in the Bronze and Iron Ages of East Tianshan(古代DNAは青銅器時代、鉄器時代の東天山で暮らしていた他とは違う先祖を明らかにした)」だ。
この研究では東天山11カ所の遺跡から135人の古代ゲノムを解析し、これまで解析されたゲノムと比較している。得られた135人のゲノムを現代の様々な民族の遺伝子マップに重ねると、天山回路の西と東の民族のちょうど間にクラスターを形成し、既に特別な民族を形成していることがわかる。
遺伝子構成を定量すると、東アジアゲノムと西ユーラシアとが合わさったゲノムだが、量的には東アジアゲノムが主要構成成分になっている。即ち、東アジアのゲノムの上に、西ユーラシアを中心に様々なゲノムが交雑して形成されていることがわかる。重要なことは、このゲノム構成が遺物に見られる生活様式や文化の東西交流と相関していることで、今後より詳しい交流史をゲノムから探ることが可能になると期待できる。
青銅器時代の東天山の特徴は、コアになるゲノムとは離れたゲノムが同時に存在している点で、この地域での交流が、異なる民族がゆっくり融合したというより、東アジアゲノムの上に、様々なゲノムが一過性に流入していることがわかる。
そしてこの地域での青銅器時代から鉄器時代にかけての変遷を調べると、コアとなる構造は変わっていないが、東西のゲノムの流入が進み多様化していることが明らかになった。即ち、東西交流の要衝としてのこの地域の重要性が増していく様子がゲノムからわかる。
以上が結果で、より詳しい生活様式などについての考古学と合わせて紹介されるようになると、もっとおもしろい話になると思う。特に言語に関しては、インドヨーロッパ語、チュルク語、中国語など全く別系統が交わった領域と言えるので、新しいシルクロード研究がゲノムとともに始まっていることがよくわかる論文だ。
2026年9月18日
チェックポイント治療やガンのネオ抗原ワクチンなど、現在ガンの免疫療法の主役として考えられているのはαβT細胞受容体 (TcR) を発現したT細胞だ。しかし、以前紹介したようにトリプルネガティブ乳ガンの場合Vδ1を発現するγδT細胞がガン局所に存在すると予後が良いという報告は(https://aasj.jp/news/watch/11533)、γδT細胞もガン免疫に関わっていることを示している。
今日紹介するトロントのマーガレット女王ガンセンターからの論文は、骨髄腫に対するADCを用いる新しい治療を受けている患者さんで予後と相関するリンパ球を探索し、様々なガンに反応するγδT細胞がガン組織に存在すると予後が良くなることを明らかにし、このγδT細胞の特質を調べた研究で、9月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Identification of broadly tumour-reactive γδ TCRs from multiple myeloma(広い範囲の腫瘍に反応するγδT細胞受容体を多発性骨髄腫で特定した)」だ。
多発性骨髄腫 (MM) には様々な薬剤が開発されているが、最新の方法はMMに特異的な抗体に微小管形成阻害剤を結合させたADC、Belamaf を用いる治療で、この研究ではこの治療に反応した患者さんと反応しなかった患者さんの違いを探る中で、血中に流れてきたDNAを調べる検査、 (cell free DNA検査) δTcR遺伝子が高い患者さんの予後が良いことを発見する。
ADCによる治療は直接MMを殺す方法だが、抗体薬でもあるのでγδT細胞が治療を助けている可能性を考え、MMが増殖している骨髄細胞の single cell 解析から、γδT細胞の中でもキラー活性を示すGZMB陽性細胞が治療効果と相関することを発見する。
次に骨髄中のγδT細胞からTcR遺伝子のレパートリーを解析、それぞれのγδの組み合わせをT細胞株に導入して、MMや様々なガン細胞に対する反応を調べるという大変な実験を行っている。これにより治療に反応した患者さんには、MMに直接反応するキラーγδT細胞が存在し、その細胞が発現するγδTcRはMMには反応しても正常細胞には反応しないことを確認している。おもしろいのは、これらγδTcRはMMだけでなくいくつかの腫瘍細胞に反応するので、ガン共通の何らかの抗原に反応している可能性がある。
こうして得られた多くのTcR反応性のデータを機械学習(ランダムフォレスト)で仕分けできるようにした簡単なモデルを作成し、患者さんの骨髄中のγδTcRから治療効果と相関するレパートリーを特定出来るようにしている。
この方法で得られる治療効果を反映する( γδ TcR:Rγδ) を発現するT細胞を骨髄で調べると、多くはGZMB陽性のキラー細胞であることが確認され、治療効果の一つのマーカーとして利用できる。また、治療に反応した患者さんではこのTcRを持つT細胞がクローン増殖していることも確認できている。そしてクローン増殖を指標に病気の再発を比べると、50%progression free survival で 8ヶ月 vs 40ヶ月 と大きな違いが見られる。
最後にではRγδTcRが認識する抗原を探索し、なんとHLAの一つHLA-C(ほぼ全てのHLA-Cタイプに反応できる)ことを発見する。しかし、HLA-Cは正常細胞にも発現していることからγδT細胞がMMや腫瘍だけに反応するという結果と矛盾する。このメカニズムを探り、γδT細胞が発現する KIR3DL1 が正常細胞の HLA-A や B上の Bw4 エピトープと結合し、キラー活性を抑えていると結論している。
結果は以上で、骨髄という特殊な臓器で増殖するMMに限った話だと思うが、γδT細胞による腫瘍免疫を、最終的に抗原とTcRレベルまで突き止めたのはおもしろいと思う。しかし、最後に抗原がHLA-Cと特定された結果、逆に多くの問題が残されてしまったように感じる。なぜ Belamaf の効果を反映するのか、Bw4エピトープのない患者さんは最初からγδTは関与できないのか、これらの問題が解決されると、ひょっとしたらおもしろい免疫治療が生まれるかもしれない。
2026年9月17日
帯状疱疹を予防するワクチンがアルツハイマー病の発症を予防するという報告は大きな話題になったが、同じようにワクチン本来の機能とは無関係な病気とワクチンの相関を調べる研究が増えてきている気がする。そこで今日は、最近目にした2報のワクチン論文を紹介することにする。
最初は8月26日 Nature Medicine にオンライン掲載された、帯状疱疹に対する生ワクチンと、ウイルス表面タンパク質を組み換え技術で作成した shingrix ワクチンの心臓病予防効果を比較したオックスフォード大学からの研究で、8月24日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Recombinant shingles vaccination and the risk of cardiovascular events(組み換え shingles ワクチンと心血管イベントリスク)」だ。
ワクチンが本来の予防対象疾患とは無関係な病気に効果があることを調べることは簡単でない。と言うのも、ワクチン摂取を受けようと思う人は当然健康に気を配っていると考えられ、接種を受けない人と単純に比較することは難しいことが常に指摘されてきた。これに対し、この論文は帯状疱疹の生ワクチンと shingrix を比較することで、ワクチン肯定派と否定派の比較にまつわる問題を回避している。
これが可能になった理由は、英国の帯状疱疹ワクチンは国により提供されており、2017年に生ワクチンから shingrix に変換されたことで、帯状疱疹ワクチンを受けたと登録されている全員が、2017年以前は生ワクチン、それ以降は shingrix を接種されている。この自然の実験を利用して、生ワクチンと shingrix で心不全、虚血性心疾患、そして脳卒中の発症率を7年間追跡している。
結果は、どちらの心疾患もワクチン接種後の最初の3.5年間は発症リスクがオッズ比で0.85程度まで低下している。一方、脳卒中ではそのような傾向は見られない。また、ワクチン接種後3.5年以上経過すると、ワクチンの効果は見られなくなることがわかった。
結果は以上で、3万人以上の調査から帯状疱疹の予防効果が高い shingrix は生ワクチンと比べて、帯状疱疹どころか虚血性心臓血管疾患の予防効果まであること、またこの効果はワクチン接種後3年程度しか続かないことがわかった。
次のフランス・ソルボンヌ大学からの論文はコロナ禍の最中免疫チェックポイント治療 (ICI) を受けたガン患者さんが Covid-19 ワクチンを受けた時、原因を問わない死亡率や、ガンによる死亡率に対する影響を調べた研究で、9月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「COVID-19 vaccination around immune checkpoint inhibitor start and survival in a nationwide cohort of patients with cancer(免疫チェックポイント治療前後の Covid-19 ワクチンのガン患者さんの生存に関する影響)」だ。
全てフランス国立医療システムデータベースの記録からデータを抜き出して調べた研究で、まず ICI を受けたガン患者さん95000人の中から、ICI 治療開始100日前後に Covid-19 ワクチンを接種された人を選び出し、2年間原因を問わない死亡率と、直接ガンに起因する死亡率を算定している。
まず死亡率だが、ICI の適応になるガン患者さんなので、2年目で半数が亡くなっている。ただ、原因を問わない死亡率で見ると、追跡の最初から最後までワクチン接種を受けた人の方が10%程度だが死亡率が低い。当然 Covid-19 の影響もあるので、Covid-19 感染とは関係ない死亡率を抜き出して調べても、10%程度の死亡率の低下を認めることができる。また、ガンが直接原因と考えられる死亡率もほんの少しだが低下している。
ICI 開始の前でも後でも効果が見られるが、ワクチン接種と ICI 開始の時期が離れれば離れるほど、影響は低下する。即ち、クチンを接種して2-3ヶ月は死亡率を低下させる効果がある。
同じデータベースから肺炎球菌ワクチンや、他のワクチンについても同じように調べているが、他のワクチンでも同じような傾向が見られることから、抗原特異的な反応ではないことがわかる。
以上が結果で、最近の免疫性の強いワクチンを注射すると、ガンの免疫も一定程度高められるという結果だ。逆に、mRNA ワクチン接種がガン患者さんに悪影響があるという可能性は統計的に払拭できている点も重要だと思う。
両方の論文とも、メカニズムはわかっていない。Shingrix とアルツハイマー病だとまだウイルス感染を防ぐと言うメカニズムも考えられるが、今回相関が調べられた疾患は感染症とは無関係なので、おそらくワクチンのアジュバント効果などが関わっていると思われるが、そのためには免疫状態を丹念に調べる必要がある。重要なのはワクチンの効果など、国の健康データベースが整備されておれば統計的な調査を行える点で、ワクチン賛成、反対と対立する前に、どちらも科学を重視するならデータベースの前に座ってデータを見ながら話し合えば済むことだと思う。ただ、科学自体を否定するようなトランプ政権には何を提案しても無駄だろう。
2026年9月16日
私事から始める。留学から帰って京大の桂研で実験を始めたときから、私の妻・里美と二人三脚で研究を続けてきた。もちろん最初は研究費にも困る状態なので、里美は身分なしの無休で働いてくれた。実はこの状態は熊大、京大の教授を経て神戸理研を設立するまで続き、里美が正式に有給のメンバーになったのは神戸理研がスタートしてからになる。このボランティア時代に、里美はB細胞の分化を支えるST2ストローマ細胞の樹立から、様々なハイブリドーマまで、その後の研究の柱になる材料を樹立し、そのほとんどは今も世界中で使われている。
里美が最初に造ったのがマウス抗体λ鎖に対するモノクローナル抗体だが、次に樹立したのが1988年の論文で胎児肝からのB細胞分化を試験管内で再現するのに使った骨髄由来ST2ストローマ細胞株だった。その後B細胞分化については分子機構がわかってストローマ細胞を使うことはなくなったが、ST2は1989年昭和大学の須田先生によって試験管内の骨形成のモデル細胞になることをが報告されてから、今も骨形成試験管内モデルとして使われている。
少し前置きが長くなったが、今日紹介するスペインムルシア大学からの論文は、骨粗鬆症の患者さんの骨髄からST2と同じように間葉系幹細胞を樹立して、これを静脈注射することで患者さんの骨形成を高めて骨粗鬆症を治療するための第一相臨床治験研究で、9月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Glycocalyx-edited mesenchymal stem/stromal cell therapy in advanced osteoporosis(細胞表面糖鎖を編集した間葉系幹細胞/ストローマ細胞による進行した骨粗鬆症の治療)」だ。
骨髄由来のストローマ細胞が骨芽細胞として使えるなら細胞治療にも使えるのではと様々な試みがなされたが成功しなかった。その最大の理由は細胞を全身の骨に供給することが出来なかったためで、間葉系幹細胞を用いる治験は今も1500も登録されているのに、骨形成促進を目的とした治験はこの研究だけという有様だ。
では何故このグループが治験まで進んだのか。それは試験管内でストローマ細胞を樹立してから、生きたまま糖鎖の一つフコースを細胞膜上のCD44に結合させる方法を確立したからだ。治験までの研究で、これによりストローマ細胞が糖鎖を使って骨髄内にホーミングし、さらに骨形成が進む領域にまで達してそこで骨形成に参加することが明らかにされていた。
この研究では10人のこれまで骨粗鬆症のために何度も骨折を繰り返してきた中高年女性をリクルートし、この患者さんの骨髄液60ccからストローマ細胞を確立、さらにフコースの転化を行い、患者さんにKg当たり100−200万個の細胞を移植している。
その後何と6年以上観察を続け、第一相試験なのでまず安全性を確認、その上で効果を確かめている。まず安全性については、6年間腫瘍が発生したりということは全くなく、ほとんど何も起こっていない。一方効果は素晴らしく、それまで骨折を繰り返していた患者さんも、一例をのぞいてはほとんど骨折を経験しなくなっている。そして、投与を受けてすぐから痛みはほとんど見られなくなっている。
これに加えて、骨のバイオプシーを用いて骨形成を調べると、明確な骨形成の促進を認めることができる。また骨の代謝の指標となる1型コラーゲンの血中濃度などを調べると、多くの患者さんで様々な時期ではあるが代謝が明らかに上昇していることがわかる。
実際には、RANKLやスクレロスチンに対するモノクローナル抗体や、副甲状腺ホルモンアナログなどの治療が行われており、一人一人の症状やデータ解釈を丹念に行っているが割愛する。私の印象になるが、十分細胞治療として使えると思う。骨粗鬆症にたいしては様々な薬剤が開発されている。従って、症例を選ぶことが重要だとは思うが、ST2が今も実験で使われているとすると、さらに治験が拡大することを望んでいる。
2026年9月15日
マウスを使った免疫実験で使うのは圧倒的に脾臓だった。リンパ節も使うが、得られるリンパ球の数や、ピンセットでつまむだけで取り出せる簡便さなどから、脾臓に勝る臓器はなかった。ところが、白血病などの血液疾患等をのぞくと、脾臓を病気の指標として使うということは短い臨床経験だがほとんどなかった。また、論文を読んでいても、動脈硬化の患者さんの脾臓がどうなっているかなどが言及されていた論文の記憶はない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、脾臓のMRI画像を純粋に画像学的に比較する方法を開発して、こうして得られる脾臓の特徴から脾臓を冠動脈疾患と相関させられることを明らかにしたおもしろい論文で、9月9日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Machine learning–driven spleen imaging and genomics uncover a splenic connection to coronary artery disease(機械学習による脾臓イメージングとゲノミックスから冠動脈疾患と脾臓の関係が明らかになる)」だ。
研究では冠動脈疾患を脾臓イメージングから見直すことを目的にしているが、脾臓のMRI画像を数値化して比較する方法の確立がこの研究のハイライトで、今後多くの病気で同じように調べることができる。
この研究ではUKバイオバンクのデータを使って脾臓画像と様々な健康データを相関させている。驚くのはUKバイオバンクで4万例以上の腹部MRI画像が記録されていることで、UKバイオバンクが世界の頂点にある理由がよくわかる。
脾臓画像の処理だが、200例の脾臓画像を学習させ、これにより脾臓の区域を抽出した上で RyRadiomics と呼ばれる既存の画像解析方法で107種類の特徴量を計算している。もう少し具体的に示すために、GPTに画像解析と、この論文で使われている重要な5つの指標をまとめさせた図を示しておく。生成AIの実力がわかると思う。
当然血液病や自己免疫病を同じように調べるとどの特徴が大きく変化するかなど、さらに明確に結果が得られるはずだと思う。ただ、この研究では一般の病気にも脾臓指標を使うために、動脈硬化や冠動脈疾患と脾臓画像を相関させている。
まず冠動脈疾患と強く相関するBMIとの相関を見ると、上の図で4番のGLRLM等が強く相関を示す。もちろん相関が見られない指標も数多くあるので、脾臓の特徴量自体、異なる生物学的過程を反映していることがわかる。
これを冠動脈疾患のリスクと相関させると、上の図のエネルギーが高いとリスクが低く、4番のGLRLMが高いとリスクが高くなる。
このように脾臓の指標により、一つの病気の様々な側面を抽出できることを示すため、最後に冠動脈疾患と相関することが知られている200以上の遺伝子多型について、それぞれの脾臓指標との相関を調べている。
結果は、多くの冠動脈リスク多型が脾臓の様々な特徴と相関し、同じ多型が脾臓のある特徴形成に寄与していることを明らかにしている。相関する一個一個の遺伝子の詳細は全て割愛するが、上の図の4番GLRBMは血管形成に関わる遺伝子と相関している。他にもマクロファージの形成など、だれが考えても動脈硬化と脾臓に関わると思われる遺伝子も上がってくる。
要するに、冠動脈疾患は様々な要因で形成されるが、その中には脾臓の変化に関わる多くの独立した遺伝要因が存在し、それらをMRIによる脾臓画像の分析により明らかに出来ることを示すことに成功している。脾臓という免疫以外の領域で無視されてきた臓器の臨床的意義を見事によみがえらせたおもしろい研究だと思う。