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4月21日 p53と膵臓ガン(4月15日 Cell オンライン掲載論文)

2026年4月21日
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昨日はDengさんのp53とiPS細胞の論文を紹介したので、ほぼ同じ時期に発表されていたスローン・ケッタリング記念病院から発表されたp53の初期膵臓ガンでの役割についての論文を紹介することにした。タイトルは「Oncogenic and tumor-suppressive forces converge on a progenitor niche at the benign-to-malignant transition(発ガンシグナルとガン抑制シグナルは、良性から悪性への転換時に現れる前駆細胞に収束している)」だ。

現在p53研究の第一人者を挙げるとすると、この論文の責任著者の一人 Scott W. Lowe は外せないだろう。この研究もさすがプロと思わせる様々な工夫に満ちている。モデルはRAS変異とp53変異が高い確率で見られる膵臓ガンだが、この研究ではRas変異が起こる前と後を同じ組織上で把握して解析することを目的にしている。そのため、p53遺伝子変異が起こる前と、起こった後で蛍光の色が変化するマウスを作成し、同じ組織でp53変異前と後を区別できるようにしている。まさにプロのアイデアで、是非iPS細胞でも使って欲しいと思う。

もう一つのハイライトは、この変化を捕まえるためXeniumと呼ばれる組織上のsingle cell遺伝子発現解析システムを用いて、良性から悪性への変化を空間的に追跡できるようにした点で、この二つのイノベーションのおかげで、単純にRas変異+p53変異=ガンと言った単純な話に収束することなく、ガンの初期状態の多様性を把握することに成功している。

膨大な実験で、さらに組織上での遺伝子発現とその解析が、これでもか、これでもか、と示される論文なので、ここではDeng論文を念頭に置きながら、かなり省略して紹介する。

p53変異前でRasが活性化した細胞を解析すると、いくつかの細胞集団に分けることが出来、遺伝子発現から分化した胃の上皮型 (GE) が徐々に分化したマーカーを失い、未熟消化管上皮型 (PE) へと変化するのを捉えることができる。いずれもp53変異前だが、おもしろいことにp53の標的遺伝子の発現はPEに集中していることがわかった。即ち、Ras変異があっても分化しているうちはp53の発現は低いことがわかる。このp53が未熟なPEに必要であるとする結果は、Deng論文から見てもおもしろい。

このPE状態は上皮自体のプログラムで誘導されるのではなく、周りの間質の影響が大きいことは、炎症シグナルを加えるとPE状態へとドライブがかかることからもわかる。ガン発生が進む組織をXenium解析で調べると、GEからPEへの連続的な変化が組織上で見られるのに対応して、上皮の周りに存在する間質や血液細胞の遺伝子発現も、連続的に変化する。しかも、上皮と間質の相互作用を支えるシグナル分子と受容体もセットで変化することがわかる。即ち、Rasが活性したあと、間質との相互作用がオンになってしまうと、おそらくp53を含む様々な遺伝子にスイッチが入り、間質との相互作用システムがオンになり、これにより間質を巻き込むことで、p53変異が起こる前から膵臓ガン特異的な悪性化への過程が進んでいる。全てのスイッチはRasの活性化である事は、この時点でRasを阻害する間質の変化も含めて消失する。従って、早期変化を捉えてRas阻害剤を使うことは今後重要な治療手段になる可能性がある。

このようにp53の作用により組織上での悪性化が進んで見えるという不思議な現象が示されたが、ではこの時点でp53変異が入るとどうなるのか。結果はDeng論文と同じで、上皮間質転移が起こり、悪性度を保ったままさらに可塑性の高いガンへと変化することを示している。

結果は以上で、p53が欠損するから悪性化が進むのではなく、Rasが活性化された細胞でp53の発現が上がることで、周りの間質を増殖に有利な様に組織化することが最初に起こり、その後p53が変異することで上皮性から解放されたより可塑性の高いガンへと変化する過程が、初期膵臓ガン発生過程で起こっているという結論だ。

昨日のDeng論文と比べると、p53変異で上皮間質転換が起こる点では全く同じだ。さらにp53が存在することで、可塑性が抑えられていることは、p53変異が山中因子による可塑性誘導を抑えるという点でも一致する。しかし化学リプログラミングで逆にp53が必要であるという事実は、リプログラムが単純な可塑性の上昇でないことを示している。おそらく同じ実験系を使ってリプログラム過程を調べると、おもしろい展開があるように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月20日 iPS細胞とp53(4月27日Cellオンライン掲載論文)

2026年4月20日
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昨日紹介した韓国東国大学からの論文のメインは電磁波で自由に誘導が可能な遺伝子発現システムの確立だが、その効果を確かめるために行われた、山中3因子を電磁波で間欠的に誘導して老化を防ぐ実験には多くの読者が驚いたと思う。これを見て友人から、ガンで山中3因子を間欠的に誘導してみたらどうなるだろうかと聞かれた。やってみないとわからないが、元々核移植によるクローンES細胞はガン細胞では起こりにくいことが知られていた。この研究の流れは、東大医科研の山田さんにも受け継がれているが、当時iPS細胞樹立の障害になる様々なガン関連遺伝子が探索された。この中で、ガン抑制遺伝子の一つp53やp21はiPS細胞樹立を阻む一つの要因であることが示された。iPS細胞樹立に増殖が必要だとすると、当然の結果だと思うが、一方でiPS細胞樹立がp53変異を自然選択してガン化の危険を増す可能性も指摘された。

P53がiPS細胞樹立の障害であるという論文は山中研を含む多くの研究室から発表されたが、いち早く論文を発表したのが北京大学の Deng で、中国のiPS細胞研究を何年もにわたって先導してきた研究者で、このブログでも3回も紹介している。特に小分子化合物と無血清培地だけで大量のiPS細胞を樹立(CiPS:化学iPS)して、実際の1型糖尿病の患者さんに移植、ほぼ完全にインシュリンから離脱させた論文は、世界に彼の実力を証明した(https://aasj.jp/news/watch/25297)。

今日紹介するのは、その Deng の研究室から、なんと山中因子の遺伝子導入ではなく小分子化合物だけを用いてiPS細胞を樹立するときはp53が必須であるという驚くべき結果の論文で、4月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「p53 safeguards chemical reprogramming of human somatic cells toward pluripotency(人間の体細胞から多能性幹細胞への化学的リプログラミングではp53が安全を保証する)」だ。

Deng は山中因子導入ではp53が抑制的に働くことを示した張本人だが、その彼が様々な方法でp53を不活化したヒト体細胞から化学リプログラミングでCiPS細胞樹立を試みると、全くうまくいかないことに気づく。かれのCiPS細胞誘導は3段階で行われるが、特に最初の2段階でp53は必須の分子である事がわかった。

Single cell RNA sequencing を用いてリプログラムの過程を調べると、p53が欠損すると、Oct4やNanogを発現した多能性細胞へと移行せず、間質系細胞の誘導因子を強く発現した細胞で止まってしまうことを明らかにする。次に、CiPS細胞樹立に必要な小分子化合物とp53の関係を見ていくと、レチノイン酸受容体を刺激するTTNPBが必要なp53を誘導していることを明らかにする。そして、これにより上皮から間質細胞への分化を抑制するBTG2が発現することで、上皮性で多能性のiPS細胞への分化が間質細胞へ引っ張られることを抑えていることを示している。ただ、p53を過剰発現させると、CiPS細胞樹立効率は落ちるので、増殖のチェックポイントとして働かないレベルの絶妙のバランスでp53が発現することが必要というわけだ。

上の結果を、p53 (+) と p53 (-) 細胞を混合したポピュレーションで山中4因子、あるいは化学リプログラミングで初期化すると、山中4因子で誘導した場合ほとんどの細胞がp53陰性細胞由来になる一方、化学リプログラミングではほとんどの細胞がp53陽性細胞である事を確認している。

では何故このような全く反対の結果になるのか、完全にわかっているわけではないが化学リプログラミングは遺伝子導入方法と比べると、ほぼ1/3の短期間で誘導出来、トライアンドエラーが少ないことから、増殖時のチェックポイントを外す必要がなく、その結果p53欠損の悪い側面、即ち上皮間質転換誘導が化学リプログラミングでははっきりと見えてしまったと考えられる。

とすると、p53がバリアーになってしまう遺伝子導入法は、セーフガードとして使う化学リプログラミングと比べてチェックポイントを解除してしまうため、遺伝子変異が起こりやすいと考えられる。この研究ではヒトiPS細胞で両方を比べ、変異の数が30%程度低下することを示している。期待ほどの効果は無いということにはなるが、しかし安全性は高いと結論できる。

以上、iPS細胞樹立について精力的に研究を行っている研究者が減る中で、今や世界をリードしている Deng ならではおもしろい研究だと思う。やめる前の年、まだまだ若手だった彼の研究室を訪れた時の生き生きした顔が今も浮かんでくる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日 磁場を感じる第六感を遺伝子発現に利用する(4月14日 Cell オンライン掲載論文)

2026年4月19日
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渡り鳥が視覚だけでなく、分子内での電子移動を感知することで、地磁気を信号に変えることができる磁気コンパスを持っていることについてはこのブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/16040)。他にも、TRPV4チャンネルに鉄結合フェリチンを連結することで磁気をトルクに変え、磁気によりカルシウムチャンネルを活性化させ神経興奮を誘導する方法も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/4961)。ただ、これらは極めて特殊なシステムで、生理学的に磁場を感じる、いわば第六感が存在するとは考えたことはなかった。

今日紹介する韓国・東国大学からの論文は、普通のマウスの遺伝子発現を周期的な磁場を照射することで誘導出来ること、そのメカニズム、そしてそれを用いて磁場照射で遺伝子発現を誘導出来ることを示した驚くべき研究で、4月14日 Cell にオンライン掲載された)。タイトルは「Electromagnetic field-inducible in vivo gene switch for remote spatiotemporal control of gene expression(場所と時間特異的に遺伝子発現を誘導出来る電磁場によって誘導可能な遺伝子スイッチ)」だ。

何故実験室のマウスに、周期的な電磁場を投射するだけで発現が誘導出来る遺伝子があると考えたのか、それについては何の説明もないが、こう考えて磁場で誘導出来る遺伝子を探索したことがこの研究のハイライトになる。

おそらく神経系でこのような遺伝子が見つかる確率が高いと考え、脳に様々な強度と周期の磁場を照射、発現してくる遺伝子を single cell RNA sequencing で探索している。組織レベルの探索では陽性細胞が少ないと発見できないので、single cell で見たところが重要だ。その結果、少しは発現が変化した遺伝子がなんと15種類も見つかったが、ほとんどは差が大きくないので、4倍近く発現が上昇したLgr4遺伝子に絞って、この遺伝子調節領域を調べている。最終的に上流450塩基がほとんどの細胞で磁場照射に反応することが明らかになった。また、照射は2mT/60Hzが最も強い遺伝子発現を誘導出来るので、以後はこの上流を用いている。

この上流に蛍光遺伝子GFPを結合させてマウスに導入すると、3日照射でほぼ全身の細胞で傾向が見られる。そして、大体1週間で発現は消失する。即ち、磁場自体はあらゆる細胞が感じることができ、Lgr4遺伝子の上流を活性化することが出来ることになる。

何故このような第六感とも言えるセンサーを体中の細胞が有しているのか、線維芽細胞とCREISPRを用いて発現に必要な遺伝子を探索すると、チトクロームb5b (Cyb5b) が特定された。ここまで来ると納得できる。と言うのも、Cyb5bは膜結合型ヘムタンパクで、Cyb5b還元酵素から電子を受け取り他の分子に渡す働きがある。即ち、鉄を介して磁場と相互作用し、電子を受け渡すことでカルシウムチャンネルを活性化できる。この研究ではCacna1fカルシウムチャンネルに電子を渡すことでカルシウム流入を誘導し、Sp7転写因子を活性化して、Lgr4上流遺伝子を活性化することを示している。Cacna1fは網膜双極細胞での発現が高いことが知られているが、他の細胞でも発現しているか、あるいは同じようなカルシウムチャンネルを用いているのかもしれない。結果、2mT/60Hzを3日間照射すると3−4日間強い遺伝子発現を誘導出来る。

そこでこの系を利用して、なんと山中4因子のうちの Oct4、Sox2、Klf4 を全身で発現させ、電磁波照射を続けると、マウスは1週間で死んでしまう。組織学的に調べているわけではないが、細胞のエピジェネティックな恒常性が壊れれば死ぬのは当たり前だ。

ただ話はこれで終わらず、おそらく山中さんも予想できない方向まで進む。3日照射で3−4日の発現が誘導されるので、1週間に3日だけ照射を続けると、今度は身体に異常は見られない。特にこの条件ではNanogの発現がないので、染色体が揺らいだといった感じになる。そして、遺伝的早老マウスに電磁波照射で間欠的に山中3因子を発現させると、驚くことに寿命が延び、組織的な老化症状を抑えることができる。更には、皮膚損傷でも間欠的刺激により修復を早めることができる。

後は、脳でAβやセロトニン合成経路を場所特異的に誘導する実験を行っており、遺伝子発現システムとしての能力の高さを強調しているが割愛する。

ともかく、チトクロームb が存在すればほとんどの細胞が磁場を感知できること、それをシグナルに変えて遺伝子発現を誘導出来ることが素晴らしい。これだけでなく、iPS20周年にふさわしく、山中3因子の全く予想外の機能も明らかにした。おそらく3因子全てが必要とは思わないが、是非調べてほしいし、例えばパイオニア因子のKLF4だけでも同じようなことが起こったりすると、新しい老化のエピジェネティックス研究が進む気がする。大変おもしろい論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月18日 慢性腎臓病と統一理論(4月16日 Science 掲載論文)

2026年4月18日
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CKD (Chronic kidney disease) という用語で多様な腎疾患をまとめて考えることが2000年の初頭に提唱され、今や世界標準になっている。確かに腎機能を基本にして全身の影響を考えるには重要な概念だと思うが、組織自体が複雑で、病気の起こり方も極めて多様な腎臓病を全てCKDとしてしまうのには違和感があった。

ところが今日紹介するパリ・シテ大学からの論文を読んで、腎臓の病態を統一的に理解することの重要性がわかった気がした。タイトルは「HNF1B integrates signals in a feed-forward loop driving kidney disease progression(HNF1Bは腎臓病の進行を進めるフィードフォワード回路のシグナルを統合している)」で、4月16日 Science に掲載された。

CKDを統一的に考えるためには、原因のはっきりした遺伝性のCKDの発症メカニズムから調べるのが早道だと考え、片方の遺伝子が欠損していることでCKDのリスクが高まるHNF1Bに注目した。この遺伝子のヘテロ欠損では、他の要因と重なると様々なタイプの腎疾患が起こることが知られており、多様な腎疾患で統一的に働いている分子と考えられる。

マウス尿細管でこの遺伝子を任意の時期にノックアウト出来るマウスで生後7日目あるいは30日目でこの遺伝子をノックアウトして経過を観察すると、髄質の線維化と皮質の縮小を中心とする陣病変が誘導される。即ち、この遺伝子だけでCKDを誘導出来る。

一方、他の腎疾患モデルでHNF1Bのレベルを調べると、人間の糖尿病性腎症をはじめとする様々なモデルで一様にHNF1Bのレベルが低下していること、そして尿細管細胞株への添加実験をおこない、CKDの症状の中心であるアルブミンあるいは炎症で誘導されるインターフェロンがHNF1Bを強く抑えることを明らかにした。

以上の結果は、HNF1Bが低下すると尿細管が傷害されCKDが発症すると同時に、炎症など多様な原因で腎臓の異常が起こると、これ自体がHNF1Bの低下を誘導する、まさに悪循環をがこの分子により駆動されていることがわかる。

次にHNF1B低下により起こる尿細管の変化を、遺伝子発現や single cell RNA sequencing 等様々な方法で徹底的に調べ、最も重要なターゲットが細胞周期に関わる遺伝子である事を発見する。即ち、HNF1Bは尿細管細胞が増殖サイクルに移行するのを止める働きがあり、これが低下すると細胞周期に関わるサイクリンD1等の転写が急増し、事実細胞が分裂を始めることを確認している。

増殖を誘導するなら再生が高まって好都合だと考えてもいいのだが、実際にはHNF1Bレベルの低下で急に静止期から外れてしまうと、増殖に伴う様々なストレスが誘導される。例えばDNA損傷を示すγH2AXの発現が高まり、DNA損傷に応答するATR遺伝子の発現が誘導される。

以上の結果は、尿細管細胞の静止期を維持するHNF1Bが欠損することで、尿細管が増殖期へと誘導されることが尿細管の細胞死を早め、髄質の線維化を誘導するが、一旦HNF1Bの低下が始まると、それ自体でさらにHNF1Bを低下させる悪循環が始まるというシナリオを示している。

最後にCKDと診断された患者さんの遺伝子発現データベースを比べ、確かにHNF1Bの標的遺伝子の発現が強く抑制されていること、またHNF1B標的遺伝子の発現と腎機能の指標eGFRは比例していること(発現が低ければeGFRも低い)を示している。

以上が結果で、CKDの進行を考える点でかなり重要な研究だと思う。実験ではCDK4阻害剤を用いてCKDの進行を抑えられることをマウスモデルで示しているが、一般的な治療になるにはハードルが高い。しかし、現在CKDの特効薬と言われるSGLT2阻害剤の効果をHNF1Bから身直すのはおもしろいように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月17日 mRNAワクチンの特殊性の再検討(4月15日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月17日
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コロナパンデミックでmRNAワクチンは一躍脚光を浴びるようになったが、ウイルスゲノムが発表されて、1週間もせずにワクチンが作られ、1ヶ月で動物実験を終え、なんと半年で第三相の治験まで終えるというスピードに驚いた。当時論文を紹介する中で見えてきていた免疫ルートは、筋肉注射によって一部はすぐに所属リンパ節に移行し、そこで抗体反応を誘導するというものだった。実際、1回目と2回目を同じ腕に注射した方がいいとするオーストラリアからの研究は(https://aasj.jp/news/watch/26685)、このスキームを強く示唆していた。

しかし当時行われた研究のほとんどは感染を抑止する抗体誘導を指標に行われていた。一方、ウイルス感染に対する免疫としてはCD8T細胞も重要な役割を担っている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、コロナワクチンと同じ方法で投与されたmRNAワクチンのCD8Tキラー細胞誘導過程について調べ、抗体誘導とは全く異なるメカニズムが働いていることを明らかにした研究で、4月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「mRNA vaccines engage unconventional pathways in CD8 + T cell priming(mRNAワクチンはCD8T細胞誘導に通常とは異なる経路を使う)」だ。

この論文は、抗原を卵白アルブミン (OVA) に固定することで、反応側のCD8T細胞をOVA由来ペプチドに固定して研究できるモデル実験系を用い、筋肉に注射したときのマウスのCD8T細胞反応を全身で調べている。

全身がOVA反応性のT細胞で占められているという特殊な条件ではあるが、ワクチンを注射したときに増殖反応するCD8T細胞を調べると、注射局所や所属リンパ節に反応が限られることは全くなく、早い段階から体中のリンパ組織で増殖反応が認められる。即ち、抗体反応に関わるB細胞やCD4T細胞とは違う局所に限定されない反応が体中で起こっていることになる。

抗原の産生は局所から所属リンパ節に限局されているはずなので、この結果は局所で抗原を受けた樹状細胞やマクロファージが体中に移動して免疫を誘導していることになる。そこで、注射部位あるいは反対側のリンパ節から2種類の樹状細胞、cDC1、cDC2、そしてB細胞を取り出してCD8T細胞を試験管内で刺激すると、注射部位ではcDC1とcDC2のみ、反対側ではcDC2のみが反応を誘導している。これは驚きで、元々CD8T細胞はcDC1が誘導すると考えられているが、cDC2も関与が認められ、しかも注射部位以外ではかなり重要な免疫誘導細胞になっている。

そこで、cDC1、cDC2 がそれぞれ欠損したマウスを用いて、様々なモダリティーの免疫を行うと、タンパク抗原やcDNAを導入した免疫ではcDC1のみが反応する。しかし、mRNAワクチンの場合、もちろんcDC1依存的な反応も誘導されるが、cDC1が欠損したマウスでも免疫を誘導することが可能である事が示された。CD8細胞から反応を見てみると、mRNAワクチンは他のワクチンとは全く異なる免疫誘導経路を使っていることになる。以上の結果から、mRNAワクチンの場合は、抗原が合成される部位で抗原を取り込んだ樹状細胞が、注射した所属リンパ節だけでなく身体全体に移動して免疫を誘導するという驚くべき結論になる。

次に問題になるのは、局所で抗原を取り込んでも、抗体反応に必要な Class II MHC には抗原ペプチドを載せて提示できるが、CD8T細胞誘導に必要なClass I 抗原の場合、細胞内で分子が合成されるか、あるいは外界から取り込んだ抗原を細胞質へ移動させる仕組みが必要で、これを Cross-presentation と呼んでいる。

そこで、Cross-presentation に必要な分子を樹状細胞で欠損させて調べると、CD8T細胞誘導に影響がない。従って、全く異なるメカニズムで樹状細胞は抗原と ClassI MHC を細胞表面に提示していることになる。これを可能にするメカニズムとして、Cross-dressing と呼ばれる、抗原を合成している細胞(この場合筋肉細胞など)の細胞膜とMHC/ペプチドをそのまドレスを着るように膜に取り込む方法が存在する。そこお出、Cross-dressing が起こっているかどうかを、MHCの異なる動物とのキメラを用いて、異なるMHCごと抗原ペプチドが樹状細胞へ移行しているかを調べ、特にcDC2細胞で Cross-dressing が起こっていること、またこれが起こるためには注射部位で誘導された自然免疫、特にインターフェロンが重要な働きをしていることを示している。

他にも様々な実験を行っているが割愛して結論を急ぐと、

  1. タンパク質抗原とmRNAワクチンのCD8T誘導メカニズムは大きく異なっている。
  2. mRNAワクチンは、局所で作られた抗原を取り込んだ樹状細胞が体中に移動して免疫を誘導する。
  3. そのときの抗原の取り込みは、Cross-dressing と呼ばれる、膜ごとMHC/ペプチドを取り込む方法が使われている。

本当に人間で、抗体反応も同時に起こる中で、同じことが言えるかどうか今後検討が必要だろう。しかし、ウイルスにかかってからのワクチン、あるいはガンワクチンを考えると、今回の研究は極めて重要で Cross-dressing を効率化した免疫方法や樹状細胞治療が新しい視野に入ると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月16日 デザイン創薬の基盤モデルは可能か(4月2日 Cell 掲載論文)

2026年4月16日
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政府の成長戦略の一つ先端医療分野でのAI推進方針を見ると、「我が国の強みとしての質の高いデータ」の活用に道を求めているように読める。医療や医学で本当に質の高いデータが我が国の強みとしてあるのかは個人的には疑問に思うが、そうだとしてもデータの質に AI 競争に勝ち残る強みを求めるようでは医学分野での AI 競争には勝てないだろうと思う。例えば創薬を考えてみると、標的分子を見つける過程、標的に対する薬剤設計過程、薬効や動態についての研究過程、そして治験の計画から評価まで、あらゆる分野で AI の役割が期待される。しかもそれぞれの分野で急速に新しいモデルが発展していることを考えると、AI 人材、必要に応じて新しいモデルを開発できる人材を数多く輩出することが重要で、現状を考えるとすぐに出る結果は諦めても、長期の腰を据えた取り組みが必要に思える。その意味で強化学習を取り入れたLLM、DeepSeekを開発した中国は、生命科学分野でも高いレベルの研究を数多く発表している。

今日紹介する精華大学と北京大学のグループからの論文は、標的分子の活性に関わる分子ポケットにはまる様々な分子を設計できる生成AIモデル PocketXMol の開発についての論文で、様々な創薬目的に一つのモデルで対応できる基盤モデル開発を目指している。タイトルは「Unified modeling of 3D molecular generation via atomic interactions with PocketXMol(PocketXMolを用いた原子間相互作用を介した3次元分子を生成できる統一モデル)」で、4月2日号のCellに発表された。。

標的の分子ポケットを決めて様々な分子を設計する目的で使われるトランスフォーマーはでは、ペプチド設計と同じようなDiffusionに言語的指示が使われてきたが(DiffSBDDなど)、この研究では分子を原子、座標、結合タイプで表現して、原子間の相互作用のルールを学習させ、それをDiffusionの指示に使う方法を開発している。原子間相互作用というと、エネルギー法則を考えてしまうが、数式で表現できるエネルギー関数と行った法則ではなく、一個一個の原子の結合形式や、原子座標に分解して分子を表現し(これを原子プロンプトと呼んでいる)、これを学習させることで、物理的法則を自然に含むように設計している。

モデルは1千万の小分子化合物、4万近いタンパク質とペプチドの結合構造、8万5千のタンパク質と小分子の結合構造を、E(3)-equivariant geometric neural network と呼ばれる、物理法則と自然に整合するように設計されたネットワークに学習させている。基本的にこのモデルの構築が鍵で、こうしてできたモデルに、それぞれの原子、原子座標、結合タイプをプロンプトとしてインプットして、分子ポケットに結合する化合物を生成させる。

例えばポケットにフィットする分子を自由に生成させる場合、原子プロンプトは全ての原子を自由に生成するよう指示できる。これは従来のポケットにフィットする化合物を設計する多くのモデルとほぼ同じだ。新しい化合物を生成させて、既存の化合物や、他のモデルで設計される化合物と比べると、パーフォーマンスも上の部類といえる。

このモデルの重要な点は小分子生成にとどまらず様々な課題(実際には13の異なる種類の設計を一つのモデルで済ませる点だ。例えば、原子プロンプトで最初のいくつかの原子の種類や結合タイプを決めておくことで、例えばポケットにフィットする分子を起点に、新しい化合物へと発展させることができる。その結果、プロタックのように標的を分解する薬剤に必要な最適のリンカーの設計が可能になる。

他にもフィットする極めて小さな化合物をポケットに合わせて成長させることも可能で、この時の原子プロンプトは最初の原子、座標、結合タイプを小さな分子に合わせて指示し、残りを自由に生成させる。

このように決めておきたい原子構造とそれ以外を自由にプロンプトとして与えられるので、創薬化学で最も重要な至適化も同じモデルで可能になる。他にも、原子、座標、結合タイプから3D構造を決めるので、分子のタイプに限定されない。例えばペプチドの場合も原子と結合タイプを決めておいて座標を自由に設計させることで生成させることができる。

他にも、環状ペプチドや自然には存在しないアミノ酸を用いたペプチド薬など、現在創薬企業が競って行っている様々なモダリティーを全て同じモデルで設計できることを示している。

最後に、実際このモデルが役立つことを示すため、Caspase-9阻害剤を、まず自由な原子プロンプトでポケットにフィットする化合物を設計、その中から抑制活性の高い化合物を一つ選び、これをプロンプトに至適化を行い、既存の阻害剤とほぼ同じ活性を持つ化合物が設計できることを示している。

次にチェックポイント阻害の標的に使われるPD-L1のポケットに結合するペプチドを生成、この中からAlphaFold等による構造解析や、試験管内での結合アッセイを用いて高い活性を持つペプチドを選び、生体内のガン細胞表面のPD-L1に強く結合するペプチドを得ることに成功している。また、このペプチドがPD-1とPD-L1の結合を阻害することも示している。

以上が結果で、これまでのDiffusionに、直接原子プロンプトで指示を加える方法を組み合わせて、小分子化合物にとどまらずペプチド役に至るまで、13種類の創薬タスクに使える新しいモデルができることを示しているのはすごいと思う。我が国のAI研究にもこのぐらいの熱気が戻ってほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月15日 脳での視覚の生成モデル(4月9日 Science 掲載論文)

2026年4月15日
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ニューラルネットによる AI の進展は、ニューラルネット研究の本家である脳研究を大きく変化させているように思える。その典型とも言える、我々が見た物を思い出すときのイメージ形成が AI ニューラルネットでの畳み込みと同じプロセスを用いていることを示した論文が、Cedars-Sinai 医療センターから4月9日 Science に掲載された。タイトルは「A shared code for perceiving and imagining objects in human ventral temporal cortex(視覚対象を見たときと思い浮かべるときに、人の腹側側頭皮質で共通に使われるコード)」だ。

我々が見て記憶した物を思い出すとき、実際に見たときに興奮する腹側側頭皮質 (VTC) 神経アンサンブルをもう一度興奮させていることは、イタリアの Bisiach と Luzzatti の脳損傷の患者さんに馴染みのミラノのドゥオーモ広場を思い浮かべさせる有名な研究から明らかにされ、その後様々な研究が行われている。ただ、イメージが VTC にどのように再構成されるのかについては、様々なカテゴリーに選択的に反応する神経が存在する以上のことは明らかになっていないように思う。

この研究では、てんかん巣診断のために VTC をカバーして留置された電極を用いて、一個一個の神経細胞の反応を、物を見ているとき、そして思い浮かべるときに記録し、一方で視覚の対象に用いた様々な写真(例えば椰子の木、サル、双眼鏡、Tシャツなどなど500種類)を、ニューラルネット畳み込みを用いて50次元の潜在空間に分布させることで、形やカテゴリーを数値化して扱えるようにしている。もちろん、もっと大きな次元数を用いて正確にイメージを構成することも可能だが、これ以上大きいと神経反応を対応させることが簡単ではなくなる。

これまでの研究のように、カテゴリーや形の特徴を意味的に分類して神経反応を対応させたのと異なり、ニューラルネットでベクター化すると、どの次元軸に個々の神経細胞が反応しているのかを決めることができる。これまで意味や画像の形態要素をベースに神経興奮を解釈したのとは異なり、純粋に画像に即した解析が可能になる。

結果は期待通りで、個々の神経細胞が反応する個別の軸を抽出できる。即ち50次元のほとんどの軸には反応しないが、ある特定の軸の数値に比例して興奮する一個の神経を見つけることができる。そして、この軸に500個の対象を分布させると、それぞれに対する反応はその分布と完全に比例する。

おもしろいのは、同じ軸でさらに高い値を示す画像を再構成して見せると、この神経は経験した実際の対象以上に反応することがわかる。我々のVTCの個々の神経からなるネットワークも、AI ニューラルネットワークと同じように、それぞれの画像を潜在空間に分布するベクターとして処理している可能性が高い。

そして、500個の中の一つ、例えばサボテンを思い浮かべてと命令されたときに起こるVTC神経の興奮は、見たときと比べて40%程度の神経が共通に興奮するだけだが、それぞれの神経細胞が対応する次元軸を見ると、イメージの特徴を最も的確に再構成する軸に対する神経が選ばれて興奮していることがわかる。さらに、記録している全神経の活動をベースに、思い浮かべている実際のイメージを6割ぐらいの確率で再構成することも出来る。この時、100個の神経の記録から、かなり正確なイメージを再構成できる。

以上が結果で、説明がわかりにくかったかもしれないが、我々の脳の画像処理も、 AI ニューラルネットワークの画像処理も、同じアルゴリズムを使っているのではという話になる。そして、生成 AI が一つのプロンプトから新しい画像を生成するのと同じように、我々のVTCネットワークも潜在空間の中から確率論的にイメージを生成していることが示されている。即ち、画像を AI ニューラルネットで多次元空間の数値として表現して、それを個々の神経興奮と対応させるというアイデアで、脳と AI の画像処理を比べた点が研究のハイライトになる。

もし我々の脳も同じ生成モデルを使っているとすると、例えばプロンプトに対する我々と画家の反応を調べるのはおもしろそうだ。これまで言語処理については AI と脳の対比が行われてきたが、今後画像や音と言った様々な要素についての対比が進む予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月14日 βタラセミアを正確な塩基編集を用いて治療する(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月14日
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様々な遺伝子変異でβヘモグロビン (βHb) が出来ない病気がβタラセミアで、結果として赤血球ではαHbだけが作られることになる。βHbと結合できないとαHbは凝集しやすく、赤血球形成過程で細胞死が起こり、赤血球が形成できなくなる。現在のところ治療には赤血球輸血しかないが、大きな負担が起こるだけでなく、輸血による鉄オーバロードで肝硬変や心不全が起こる。タラセミアは様々な遺伝子変異に起因することから、根本的治療は遺伝子治療か、正常ドナーから骨髄移植を受けるしかない。

当然、変異を正常化する遺伝子編集はタラセミアにとって最も期待される治療だが、βタラセミアを誘導する変異は400以上存在し、個別に治療法を開発することは簡単ではない。そこで、βHb遺伝子を活性化する代わりに、通常なら生後スイッチオフされる胎児型ヘモグロビンを活性化し直して、αHbと結合させ、機能を回復させるとともに、αHbの細胞毒性を抑える方法が開発された。胎児型γHbを抑える機構はよく研究されており、2つのγHb遺伝子の両方に存在するTGACCA配列にBCL11Aレプレッサーが結合することで起こる。この配列を CRISPR で欠損させると、胎児型ヘモグロビンが大人でも合成されることになる。胎児型は酸素と結合しやすいので組織での遊離が低下するため機能的には問題があるが、日常生活にほとんど支障がないことが知られている。以上の結果を受けて、BCL11A結合部位を遺伝子編集する試みが行われ、CRISPR/Cas9でこの部位に変異を導入した自己血液幹細胞を移植する治験が52人のタラセミア患者さんで行われ、91%で輸血が必要でなくなる回復が見られたことが、ローマ・サクロ・クオーレ・カトリック大学を中心としたグループにより2024年 The New England Journal of Medicine に発表された(Vol390, 18, 1666, 2024)。

今日紹介する中国・広西医科大学からの論文は、単純にCRISPR/Cas9でBCL11A部位を変異させるイタリアの方法を上回る遺伝子編集法の開発治験研究で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Clinical application of base editing for treating β-thalassaemia(βタラセミアに対する塩基編集法の臨床応用)」だ。

BCL11A結合部位に変異を入れるという目的はイタリアからの治験と全く同じだ。ただCRISPR/Cas9でBCL11A結合部位を切断し修復させる方法では、切断部位のストレスの結果、幹細胞が死ぬ確率が高い。また、使われているシグナル配列が、一部のアフリカ系の人には使えないこともわかっていた。これを改良するため、一つはデアミネーション酵素APOBEC3を用いて、DNAを切断しないでBCL11A配列中のCを他の塩基に変える、塩基編集を用いている。

この研究の徹底性は、APOBEC3にその阻害タンパク質を結合させ通常は活性がない分子をBCL11A結合部位にリクルートし、同時に他のシグナル配列を用いてAPOBEC3と阻害分子を切り離す酵素をリクルートする方法を開発した点だ。この結果、目的の部位だけが編集されるという特異性を2重に保証している。

このような「賢いアイデア」はともすると使いにくいのだが、この研究では人間の血液幹細胞のほぼ4割をBCL11A結合部位特異的に塩基編集でき、最終的に5人のタラセミア患者さんを、塩基編集した自己幹細胞移植で治療している。

結果は全員で輸血が必要でなくなり、移植後3ヶ月でヘモグロビン濃度が11mg/dlを超える回復を見せている。イタリアグループの方法では、2倍の数の幹細胞移植を行っても11mg/dlに達するのに半年近くかかっていることを見ると、Cas9によるDNA切断の影響は大きいと言え、今回の方法が複雑とはいえ、競争力があることを示している。

5例全て輸血から離脱し、移植に伴う様々な副作用を乗り越え2年以上経過していることから、次の治験段階へ進む価値は十分あると思う。しかし、おそらくこのグループの目的は、これにとどまらないと思う。と言うのも、幹細胞を取り出し、遺伝子編集し、元に戻すという方法では、人手とコストがかかることは間違いない。従って、直接編集ベクターを血液幹細胞に届けて編集する、生体内の塩基編集を視野に入れていると思う。そのとき、複雑な方法は効率低下につながるが、安全性が優先されるとすると、今回示された方法は十分な優位性があると思う。ここでも中国の躍進を感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月13日 Short Tandem Repeat 病リスクの大規模ゲノム解析(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月13日
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ハンチントン病をはじめとする70種類以上の変性疾患は、コーディング領域のCAG等の短い繰り返し配列 (Short tandem repeat: STR) の数が増大し、細胞内に繰り返し配列が翻訳された異常アミノ酸が蓄積して起こることが知られている。遺伝病だが発症は遅いことも多く、年齢を重ねるとさらにリピート数が増加することもあり、リピート数が病的と診断できても、病気が発症するかどうかの penetrance を正確に予測するのは難しい。以前にSTRのリピートが発生後拡大するメカニズムについてのおもしろい論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/9001)、このようなリピートが集団の中で維持されているのも興味深い。

今日紹介するリジェネロン遺伝センターからの論文は、エクソーム解析 (WES) や全ゲノム配列解析(WGS) が行われたコホート調査から参加者を集め、100万以上のゲノムデータと臨床データを解析し、STRの拡大と病気の発生及び無自覚の異常を調べた研究で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Population-scale repeat expansions elucidate disease risk and brain atrophy(大規模なSTRについてのゲノム解析はSTRの病気のリスクと脳の萎縮について明らかにした)」だ。

親が発症した子供についてSTRと病気発症を追跡する研究は多く存在するが、病気とは無関係に、人間の集団内のSTRの数を調べた研究は珍しい。と言うのも、STRを調べるためにはコーディング領域の配列決定が必要だが、集団解析に用いられるのはほとんど short read と呼ばれる短い配列を読む方法が使われており、CAG等の繰り返し配列が100続くような長いSTRを正確に判定するのは難しい。この研究では一部のサンプルをさらにPCRで解析する検証も加えて、完全ではないものの、37遺伝子について高い確度でSTRの数を特定できることをまず明らかにしている。また、リピートの長さの分布から、各遺伝子のSTRの長い集団0.1%をPremutation、0.01%をpathogenicと分類している。

こうして得られたハンチントン病やALSに関わる遺伝子など37遺伝子でSTRの長さが pathogenic であると診断された人は、例えばハンチントン病で見ると、病気の発症率として知られている頻度より5-10倍高い。即ちリスクを抱えたまま発症していない人が、他の遺伝子も含めて多く存在していることになる。調べた100万人の平均年齢が58歳なのでこれから発症するケースも十分存在するが、ハンチントン病など有名な病気はともかく、多くの遺伝子については遺伝性疾患として認識されていないことを考えると、ひょっとしたら原因不明の変性疾患の中にはSTR病も含まれていると考えられる。

こうして決定したSTRが各遺伝子の病気の遺伝性を決めていることは、100万人を人種別に解析することで確認でき、例えばハンチントン病HTT遺伝子やALSのC9orf72遺伝子の pathogenic STR の割合はヨーロッパ人で多い。一方、脊髄小脳失調症のCACNA1A遺伝子の pathogenic STR は日本人で多い。この人種ごとの違いは、STR病の進化を考える上で極めておもしろい。

この研究では pathogenic STR の実際のリスクについても、コホートのヘルスレコードと照らし合わせて調べ、STRの長さがトップ0.01%の人では発症率が圧倒的に高まることを示している。おもしろいのは、それぞれの遺伝子で年齢による発症パターンが異なることで、例えばハンチントン症ではトップ0.01%の人でも45歳ぐらいから急速に発症率が上昇、最終的に30%の人が発症するケースや、筋強直性ジストロフィーでは早い時期から発症し、50歳では8割の人が発症するケース、そしてALSのC9orf72遺伝子では50代から急速に年齢と完全に比例して発症率が上昇し、トップ0.01%と0.1%では発症率にほとんど差がないケースなど、様々なパターンがある事を示している。この差も、STR病の発症をより詳しく理解するために重要だ。

最後に、pathogenic なSTRを持つが無症状の人で異常を検出出来るか、MRI検査が行われているUKバイオバンクなどのコホートを用いて調べると、ハンチントン病遺伝子で被蓋領域の20%の萎縮、筋強直性ジストロフィー遺伝子で小脳灰白質の24%の萎縮、そしてALS遺伝子で視床の9%の萎縮を観察している。また神経変性による末梢血に放出されるNflも無症状時期から上昇する事を認めている。

以上が結果で、STR病について知識がないと理解しづらい論文だと思うが、STRが何重もの遺伝子で、しかも集団単位で維持されており、細胞に応じて様々な発症様態を示すことがよくわかる。特に、無症状でも他覚的には病的なSTRを診断できることは臨床では重要だ。ただ、有名なSTR病以外のこれまで原因不明の変性疾患として片付けていた多くの病気の解析が進むのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月12日 チンパンジー集団の分裂と抗争(4月9日 Science 掲載論文)

2026年4月12日
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今の子供たちはもはや知らないと思うが、我々の子供時代のヒーローの一人はアフリカのターザンで、いつもチンパンジーのチータと協力しながら難局を乗り越えるのが映画で描かれた。そのためか、チンパンジーは元々愛らしい動物というイメージが染みついてしまっている。これを打ち破ったのが昨年亡くなった京都賞受賞者ジェーン・グドールで、チンパンジーの異なるグループ間では、互いに殺し合う抗争が見られるという報告だ。実際、ウガンダにチンパンジーやマウンテン・ゴリラを見に行ったとき、ゴリラは安全だがチンパンジーは極めて危険な動物なので注意するよう教えられた(図はキバレで撮影したグルーミングするチンパンジー)。

今日紹介するテキサス大学オースチン校からの論文はまさに私がチンパンジーを見に行ったウガンダ キバレの1グループを25年以上にわたって追跡し、一つの群れが殺し合う2つの群れへと変化する様を観察した研究で、4月9日Scienceに掲載された。タイトルは「Lethal conflict after group fission in wild chimpanzees(野生チンパンジーに見られたグループが分裂した後の殺し合い)」だ。

チンパンジーの群れでは、メスは群れを去って他の群れに合流するが、オスは同じ群れで暮らす。事実他の群れと出会うとグドールさんが観察したように殺し合いになる。従って、群れは100年以上にわたり安定に維持されていくと考えられてきた。また、群れの中での殺し合いはないことから、チンパンジーは明確に群れと、それ以外のメンバーを区別することがわかる。

群れの観察を続ける中で、群れの中に2つのサブグループが出来、個体同士の関係がサブグループで強くなっていくのが観察され、またテリトリーも西側と中心に分かれていった。特に、2014年に分離が急に強まった。それでも、2017年までは2つのグループは出会うと一つのグループメンバーとして振る舞い、グルーミングだけでなく、メスをシェアすることもあった。

ところが2017年以降は完全に別のテリトリーで暮らす2つの群れに分かれ、グループ間の交流は全く見られなくなった。それどころか、それぞれのグループは自分の縄張りを主張し、縄張りをパトロールする中で、ついに殺し合いに至る抗争が普通になって現在まで続いているという結果だ。

おもしろいのは抗争を仕掛けるのはいつも小さい方のグループで、殺される被害は大きなグループだけで出ている。一見不思議だが、大きなグループはバラバラになっていることが多いことから、このような結果になっているのかもしれない。

結果は以上で、チンパンジーでも群れが分離し、敵対してしまうことがわかった。別れる原因としては、群れ自体の大きさが200頭を超したことが原因だが、もう一つグループを超えた個人同士のネットワークが3-4年前から希薄になっていたことが上げられる。そして別れてしまうと、かって一緒に暮らしグルーミングまで行っていた仲間でも殺されることが明らかになった。

この結果から、個人同士のネットワークを常に維持することが平和への道であるとこのグループは結論しているが、団結ではなく分裂を促進するトランプのアメリカに住む研究者の気持ちはよくわかる。私たち日本も同じだが、この論文を読んで私自身は暴力団の抗争を思い出していた。一つの組が大きくなった結果分裂が起こり、他の組とよりさらに熾烈な抗争が起こる。こんな人間の特質も、進化の早くから存在するようだ。

キバレのチンパンジーを大体1時間近く観察する機会があったが、それを25年以上にわたって続けるサル学の研究者はすごい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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