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2月22日 相手の痛みの共有になんとオレキシンが関わっている(2月19日号 Science 掲載論文)

2026年2月22日
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昨日は育メン行動を押さえるのが Agouti という予想外の面白い話だった。Agouti 自体は毛色を決める分子だが、Agouti 関連タンパク質は食欲を調節する重要な柱だ。他にもレプチンやオレキシン、そして GLP-1 と食欲を調節するペプチドホルモンは研究が進んでおり、どの組み合わせになるかはともかく、近いうちにこの領域からノーベル賞が出てもおかしくない。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、相手の痛みを見て、自分の痛みとして感じる共感行動に、今度は我が国の柳沢さんが発見した食欲調節ペプチド、オレキシンが関わっているというオレキシン作用の多様性を物語る面白い話で、2月19日号の Science に掲載された。タイトルは「Empathy and prosocial behavior powered by orexin-driven theta oscillations(共感と社会的行動はオレキシンによって誘導されるテータ波により駆動される)」だ。

この研究が対象にしている行動を説明すると次のようになる。 同じケージで飼育しているマウスが電気ショックで苦しんでいるのを見ると、マウスでもすくんでしまう。これが代理凍結 (Vicarious freezing)と呼ばれる行動だ。この後同じケージに戻すと、共感を感じた場合、相手を思いやり毛繕いを行うことが観察される。これらの行動は、観察者の方が実験より前に自分も電気ショックを経験しているかどうかで、変化することが知られている。

まず代理凍結の強さだが、自分で痛みを経験している方が強い。しかし、経験しないマウスでもある程度相手の痛みが理解できてフリーズする。ただ最も大きな違いが見られるのは、ショックの後同じケージに戻ったとき、自分が痛みを経験している場合、毛繕いなど共感行動が強く見られるが、経験がないとレベルが低い。

この行動はよく研究されており、対応する脳領域も前帯状皮質である事がわかっている。この部位の興奮をカルシウム流入で調べると、5−7Hzの領域で、まず代理凍結時に興奮が見られる。興奮レベルは圧倒的に痛みを経験していると高まるが、痛みを理解していない場合もある程度興奮する。しかし、自分が経験していない場合、一緒のケージに戻っても全く興奮は見られないが、経験している場合、同じ5−7Hzに強い興奮が見られる。即ち、自分も痛みを知っている場合、代理凍結から共感行動まで、同じ前帯状皮質の神経細胞興奮により行動がドライブされている。

前帯状皮質にはオレキシンを分泌する神経が視床下部から投射されているが、代理凍結とその後の共感行動時にオレキシン分泌を調べると、オレキシンの分泌がそれぞれの行動時に上昇する事が確認される。オレキシンは、食欲や眠りだけでなく、情動や意欲にも関わることがわかっているので、視床下部のオレキシン分泌細胞を抑制すると、痛みを経験したマウスだけで代理凍結から共感行動時の帯状皮質の興奮が抑えられ、特に共感行動が低下する。

さらにタイミングを AI でコントロールしてオレキシン分泌神経を操作する実験を行い、代理凍結時に前帯状皮質の興奮を刺激しているのが視床下部オレキシン神経である事、そして以前に自分が経験した痛みの記憶が、このオレキシン神経興奮としてリコールされ、共感行動を誘導することが明らかになった。

以上が結果で、前帯状回と共感行動については明らかにされていたが、この研究で視床下部のオレキシン神経が前帯状回の神経の5-7Hz神経興奮を誘導して、行動を制御することが明らかになった。昨日の Agouti もそうだが、食欲ペプチドとして最初同定されたオレキシンも研究が進むと、眠りや今回の共感行動に至るまで、多くの行動に関わることが明らかになっている。今はやりのGLP-1受容体刺激ペプチドも、ひょっとしたら私たちの知らない行動変容を誘導している可能性もある。臨床例の慎重な観察が必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日 アフリカ縞マウスに学ぶオスの子育て= “育メン” のメカニズム(2月18日 Nature オンライン掲載論文)

2026年2月21日
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ヨザルなど一部の哺乳動物を除くと、ほとんどの哺乳動物の子育てはメスの役目になっている。それどころか、例えばライオンなどではメスの発情を促すため、メスが育てている子供を殺すことも観察される。

今日紹介するプリンストン大学からの論文は、“育メン” 行動で知られるアフリカ縞マウスを用いてこれに関わる脳領域と育メンを押さえる分子として Agouti を特定した面白い研究で、2月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Agouti integrates environmental cues to regulate paternal behaviour(Agouti は外界からのシグナルを育メン行動へと統合する)」だ。

子育てをするオスマウスに育メンとはおかしい使い方とは思うが簡単なのでこれで通す。さて、タイトルにある Agouti は元々マウスの毛色を示す言葉に由来しており、色素細胞がメラニン刺激ホルモンでメラニンを発現するのを抑制することで、毛色が茶色にする分子として知られている。一方で、脳内で発現するアグーチ関連タンパク質は食欲を刺激するペプチドとして働いている。

さて、この研究は縞マウスが実験室でも育メンする条件を検討し、離乳した後単独で生活すると、他のオスと一緒に生活する場合より育メン行動が刺激され、逆に子供を殺すことはほとんどなくなることを発見する。

次に単独で生活して育メン行動が刺激されたマウスと他の個体と一緒に生活して育メン行動を示さないマウスの脳で、興奮状態に差が見られる場所をFosの発現で調べ、まさにメスの子育てに関わる領域、内側視索前野 (MPOA) が、育メンオスでも興奮することを発見する。

通常なら、光遺伝学を駆使してこの領域を操作する実験が続くのだが、野生マウスではそうはいかない。まずこの反応が幼児と出会う事で誘導され、育メン行動の場合神経興奮によりFosだけでなくEgr1が誘導される。一方、集団で生活し、幼児に会って殺す行動をとる場合は、FosとともにArcが発現することを確認する。

このことから、MPOAではそれ以前の生活スタイルで神経刺激ペプチドの微妙なバランスが変化しているとにらんで、育メンと子殺しの脳の遺伝子発現を比べる過程で Agouti が育メンで最も強く押さえられるペプチドである事を発見する。即ち、Agouti が高まると育メンをやめ子殺し行動をとる。

この結論が正しいかどうか、アデノ随伴ウイルスを用いてAgouti遺伝子をMPOAで過剰発現させる実験を行っている。まず、育メン行動、あるいはまだ行動が定まっていないマウスMPOAに Agouti を過剰発現させる事件を行うと、行動が定まっていないマウスでは全て子殺し行動をとる。ただ、育メンマウスに発現させても子殺しには移行しない。

後は Agouti が持っている他の機能を介して2次的に育メン行動が誘導されているわけではないことを、食欲をコントロールする実験などを通して確認している。

以上が結果で、Agouti 以外のペプチドについては実験が出来ていないので、育メンを誘導するメカニズムについては完全に明らかになった訳ではないが、今後は例えばオキシトシンなどメスの母性行動を誘導する仕組みを参考に詰めていく必要があるだろう。

いずれにせよ、野生マウスの行動を一定レベルの神経科学へと発展させた面白い研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月20日 ビフィズス菌は世界の文化を映す鏡(2月19日 Cell オンライン掲載論文)

2026年2月20日
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乳酸菌と並んでビフィズス菌はプロバイオの2本柱だが、実際にはゲノムがわかっているだけでも100種類以上存在する。また遺伝子の一部を使うゲノム検出方法では、InfantisとLongum が一つに扱われ、ビフィズス菌と我々の身体の相互作用を調べるにはあまりにもデータが乏しい。

今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、世界6大陸48カ国からビフィズス菌を集め、これまで明らかになっているゲノムと会わせて、4098種類のゲノムを解読し、それぞれのビフィズス菌系統の分布やホストとの関係を調べた研究で、2月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Genomic atlas of Bifidobacterium infantis and B. longum informs infant probiotic design(Bifidobacterium infantisとlongumのゲノムアトラスは新しいプロバイオのデザインを教えてくれる)」だ。

ビフィズス菌の4098種類のゲノムを再構成したことがまず素晴らしい。ビフィズス菌は我々の生活と直結している細菌なので、集められた情報の価値は計り知れない。論文ではこの素晴らしい価値についてわかるようデータが示されていく。特に、南アジアやアフリカのビフィズス菌はこの研究で解読されるまで全くゲノムがわかっていなかった。

菌自体としてはまず infantis が生まれ、そこから longum が派生し、それぞれ独自に種分化を進めている。この過程で longum は特に多様化を進め、現在3種類の亜種に分化している。それぞれをinfantis(BI)、longum の亜種を longum longum(BL)、longum suis(BS)、longum X(BX) と分けて調べている。

生息域で見ると、BIとBS、BXはほとんどが幼児の腸に棲息する一方、BLは幼児の腸にも存在するがほとんどは大人の腸に見られる。生息域から見るとBIからBS、BXと徐々に大人の腸にも移行するように出来ている。特にBSは人間以外の環境や動物から分離されたビフィズス菌を含んでいる。

面白いのは、BIは最も古いビフィズス菌だが、アフリカやアジアの子供に多い。一方、BLとBXは圧倒的に高所得国で見られる。面白いのは高所得国の中でも英国だけが比較的多様性を保っていることで、生活スタイルの多様性が維持されているのか面白いところだ。いずれにせよ、ビフィズス菌に関してはどれかの亜種に収束していくことで、ジンバブエやバングラデシュのような例外を除くと、異なる亜種が共存することは難しい。

この年齢及び地域での生息の違いの原因を遺伝子発現から探ると、例えばBIはいくつかのビタミンBや尿酸を利用する代謝経路が発達している一方、大人に多いBLは粘液やグリカンを利用する代謝系を持っている。即ち、BIは母乳が含む栄養分と密接に関わる一方、BLは植物成分を利用するための代謝経路と密接に関わる。そして、この中に地域で食されている植物に会わせて進化してきた菌株が存在する。

ビフィズス菌はプロバイオとしての歴史が古いが、現在利用されているビフィズス菌を他のビフィズス菌と比較すると、確かに様々な代謝経路を備えているが、生存という点では比較的ヨーロッパやアメリカのビフィズス菌に近い。即ち、アフリカや南アジアの細菌叢とフィットしているとは言いがたい。

最後にこれらの複雑性を比較的簡単に調べるためのPCRプライマーも作成し、今後ビフィズス菌を世界規模で調べ直すことこそ新しいプロバイオを開くと結論している。大体わかっていることだが、ここまで精密に調べることが重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月19日 GLP-1受容体アゴニストについての気になる研究(2月16日 The Journal of Clinical Investigation オンライン掲載論文)

2026年2月19日
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GLP-1受容体アゴニスト (RA) や、GLP-1/GIPRA は糖尿病だけでなく、肥満からアルツハイマー病まで様々な病気への適用が試され、2025年の売上高が630億ドル、即ち9兆7千億円になっている驚くべきブロックバスターだ。個人的にも興味津々で論文に目を通しているが、最近目にした GLP-1RA のネガティブな側面を調べた研究を紹介することにした。

まず最初はオーストラリア アデレード大学から2月16日 The Journal of Clinical Investigation にオンライン掲載された論文で、GLP-1RA の副作用についてこれまでの研究をまとめた総説だ。タイトルは「The science of safety: adverse effects of GLP-1 receptor agonists as glucose-lowering and obesity medications(安全の科学:血中グルコースを低下させ肥満を軽減する薬剤GLP-1受容体アゴニストの副作用)」だ。

これまで一例報告も含めて GLP-1RA の副作用が数多く報告されているが、その一つ一つについてメカニズムも含め著者らが感じる結論を明確に示している総説で役に立つ。

まず、この薬剤の最も多い副作用は吐き気、嘔吐、下痢で、偽薬と比べ吐き気(19.3vs6.5%)、嘔吐(7.6vs2%)、で下痢も含めると実に半数近い頻度で起こり、治療中止の最も多い理由になる。現在のところ、ゆっくり量を上げる以外に抑える方法はない。と言うのも、この副作用が GLP-1RA の持つ食欲中枢への直接作用なので、もちろん効果の重要な要素にもなっている。

これ以外の消化器症状として、胃内容物の十二指腸への移行が遅れるという報告があるが、これについては実際に内視鏡で調べた結果では問題がない。

最も重大な副作用の可能性として、胆管炎が指摘されているが、これまで報告されたような胆嚢炎や膵炎のリスクはほとんど上がらない。問題は、ほとんどの患者さんで血中アミラーゼやリパーゼが上昇する事で、これが膵炎などの診断につながっている。

甲状腺ガンのリスクについてもレポートがあるが、正常の甲状腺細胞には GLP-1R は発現されていない。しかし、遺伝性の内分泌腫瘍など前ガン状態に入ると GLP-1R が発現するので、この場合は甲状腺ガンへの進展を後押しする。実際北欧でのコホート研究ではリスク比は0.93と逆に低い。

網膜炎も GLP-1RA の副作用として報告されているが、このほとんどは基礎にある糖尿病による物で、GLP-1RA の直接作用で起こるわけではない。他にも、non-artertic anterior ischemic optic neuropathyと呼ばれる希な病気のリスクも報告されているが、頻度が少ないのであまり問題にならない。

うつ病を誘導するという報告もあるが、大規模コホートでは逆に頻度が下がるということがわかってきた。

あと最も問題になる高齢者のサルコペニアだが、これも本当に筋肉量が低下するかどうかは結論できないとしている。機能的には大規模コホートで筋力が上昇したという報告もあるので、高齢者に使っていいかはさらに検討が必要という結果だ。

以上、全体の雰囲気はほとんど問題がないという結論になっており、消化器症状さえ問題にならなければ長期に使えるという結論だ。

もう一つ紹介したいのは昨年暮れに Journal of Marketing Research にコーネル大学から発表された論文で、GLP-1RA を使い始めた過程での消費動向を調べた面白い研究だ。タイトルは「The No-Hunger Games: How GLP-1 Medication Adoption is Changing Consumer Food Demand∗(おなかが空かないことの影響:GLP-1薬剤は消費者の食を変化させるか)」だ。

この研究では GLP-1RA を使い始めた患者のいる家庭の消費動向を1年にわたって詳しく調べている。まず驚くのは、米国では家庭に GLP-1RA を使っている家族がいる率が2023年で16%を超えていることで、人口比率で見ると8.3%にも達する。肥満が40%の国と考えると当然だが、医療費も考えると大変なことだ。コクラン調査によると、米国では1月のコストが1400ドル近くになる。

これらの家庭では、食料品の購買額が驚くなかれ、8%近く低下する。特に高所得者ほどその傾向が強い。ただ、食品の内容を調べると、GLP-1RA を使い始めることで、食は健康指向が強まり、ケーキやチップスの消費はどんと低下し、逆にヨーグルト、果物の消費は高まっている。

結果は以上で、この雑誌は Marketing の雑誌なので、食品業界に深刻な影響を及ぼす可能性があることを強調している。

以上、おそらく高齢者も使える治療法として定着しそうで、個人的にはその結果食生活が改善されるのなら言うことはない。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月18日 膵臓ガンのマトリックスとオートファジー(2月16日 Cell オンライン掲載論文)

2026年2月18日
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このブログでも紹介してきたように、膵臓ガンは細胞内の不要物を再利用するオートファジーを活性化させて増殖していると考えられている。しかし、オートファジー阻害剤の効果は期待されたほどではない。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、膵臓ガンのオートファジーレベルは極めて多様で、増殖には確かにオートファジーは効果があるが、抗ガン剤の感受性にとってはオートファジーは逆の効果があることを示した研究で、2月16日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Extracellular matrix sensing regulates intratumoral heterogeneity of autophagic flux(細胞外マトリックスのシグナルは腫瘍内のオートファジーの多様性を調節している)」だ。

この研究では、膵臓ガンを2次元培養するとオートファジーが低い均質の細胞として増殖するが、マトリックスを含むマトリゲル3次元培養にするとオートファジーレベルが極めて多様になることに気づき、膵臓ガンが単純にオートファジーが高いというより、マトリックスに応じてオートファジーレベルを調節していることを明らかにする。

後は、膵臓ガンでオートファジーに必要な分子の転写因子をポジティブに調節しているのが神経線維腫症の原因遺伝子NF2で、逆にネガティブに調節しているのがYAP分子である事を、クリスパースクリーニングにより突き止める。

NF2とLAT2は通常細胞内の栄養状態を感知してオートファジーを活性化するが、YAPは相方のTEADと協力してレプレッサーとしてオートファジー関連遺伝子を転写レベルで抑制していることになる。またマトリゲル内での3D培養の結果から、YAPを活性化するのはマトリゲルに含まれる様々なマトリックスの可能性が高い。

そこで、YAPを活性化するマトリックスを探索し、最終的にラミニンとそれを感知するインテグリンα3がYAP活性化に関わることを明らかにする。

膵臓ガンは周囲に線維芽細胞が密集し、線維化が進んでいることが特徴とされ、これが膵臓ガンが悪性である重要な要因として考えられてきた。ところがこの研究では、ラミニン・インテグリン・YAPはオートファジーを抑制する方向に働くことから、ガンの増殖にとってはネガティブな作用を持つことになる。とすると、膵臓ガンのマトリックスも単純にガンの悪性化を助けていると言えなくなる。

この問題に対して、膵臓ガン細胞株や膵臓ガン患者さんから採取した膵臓ガン細胞のオルガノイド培養を行い、インテグリンをノックアウトしても細胞の増殖に全く影響がないが、オートファジーを抑制するクロロキンで処理した時に、インテグリンの膵臓ガン抑制効果が見られるようになることを示している。即ち、インテグリン/YAPを抑制してオートファジーを高めることでよりクロロキンへの感受性が高まることになる。ただ、オートファジーだけを膵臓ガン治療の標的にすることはないので、より臨床に近い、クロロキンとゲムシタビンによる治療実験系でインテグリンノックアウトの効果を調べると、ゲムシタビンの抗腫瘍効果をインテグリン/YAPによるオートファジー抑制が促進することを発見している。

この実験はデータもそれほど明確ではなく、そのまま真に受けられるかはよくわからないがオートファジーは増殖を助ける一方、ゲムシタビンなどの感受性を下げる効果があり、これが膵臓ガンの治療を難しくしていることになる。

結果は以上で、膵臓ガンを単純な細胞集団として捕らえるのではなく、周りの環境に応じて多様化して、異なるストレスに集団として対応しているやっかいな集団とみることの重要性を示した研究と言える。ただ、その分実験はわかりにくい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月17日 ゾウの鼻ヒゲの解剖学を突き詰める(2月12日 Science 掲載論文)

2026年2月17日
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毎日目を通す論文のほとんどは、名の知れた雑誌が中心で、専門誌に目を配ることはコンサルテーションで必要なとき以外ほとんどない。論文紹介のために専門誌を読むのは、紹介する論文を選んだ後、その仕事の背景を調べるときに限られる。このように名の知れた雑誌しか目を通していないにもかかわらず、よく論文が採択されたなと思える変わった論文に出会うことがある。すなわち、ほとんどの人が選ぶとは思えない課題に、真面目に徹底的に取り組んでいる研究で、その真面目さが微笑ましい。

今日紹介するドイツ シュトゥットガルトのマックスプランク情報システム研究所からの論文もそんな一例で、象の鼻ヒゲを、感覚毛であるという仮説の下に、ただ真面目に調べた研究だが、なんと2月12日 Science に掲載された。タイトルは「Functional gradients facilitate tactile sensing in elephant whiskers(ゾウの鼻ヒゲに見られる機能的購買が触覚を高める)」だ。

触覚というタイトルを見て、当然、神経科学の研究かと思ってしまう。実際マウスでは、一本一本のヒゲ由来に対応する、解剖学的に特有な神経配置をとるバレル構造が存在し、生後にヒゲを抜いたりするとばれる構造は消失する。ゾウではどんなバレル構造が見られるのかと読み進むと、この研究では全く神経や毛根の話は出てこず、もっぱらゾウの鼻に分布するヒゲの構造解析に終始している。しかし面白い。

まず鼻ヒゲと言ってもゾウの鼻は長く、定義は難しい。鼻に生えている毛と定義すると、ゾウには1000本の鼻ヒゲがあるらしい。

構造の最大の特徴は、毛が平べったいことで、このおかげで曲がる方向が薄い側に決められる。この構造は生まれてすぐには存在せず、成長とともにわざわざ平べったくなることから、ゾウを特徴付ける重要な構造と考えられる。毛根で作られたばかりの根の部分は他の動物と同じで丸いが、中程になるほど平べったくなる。また、同じ鼻でも物をつかんだりする鼻先ほど平べったい構造がはっきりしていることから、感覚を支える重要な特徴としている。しかし、平べったい毛を形成するメカニズムを知りたいものだ。

次は構造で、他の動物では毛の中心に孔が通っているのが見られるが、ゾウの場合中心の孔はない代わりに、毛全体に数多くの小さな穴が分布している。また、外側にうろこ状の構造がないのも特徴になる。この構造は毛というより、角やひずめに似た構造で、物理学的特性をシミュレーションすると、固有振動数が上昇した結果、外部の振動に強く共振できることが想像される。

このように成分や構造からゾウの鼻ヒゲは基部が固く先に行くほど柔らかい構造を持っているが、ヒゲの感度が高いとされる猫も同じような構造を持つらしい。その結果、フレキシビリティーが増大し、壊れにくが感受性の高い感覚毛が出来ている。さらに、感覚のダイナミックレンジも広い。

以上が結果で、構造の解析と、様々な物理学的テスト、そしてシミュレーションから、鼻先で食べ物をつかんで口に入れるという複雑な行動がゾウで可能になっている秘密のほとんどは、この鼻ヒゲの構造にあると結論している。とは言え、生理学的には少し言い過ぎの気がする。解剖額や発生学的には、元々丸く固かった毛がと中で大きく変化するメカニズムが知りたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月16日 Oncolyticウイルスによる免疫活性化(2月11日 Cell オンライン掲載論文)

2026年2月16日
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腫瘍細胞にウイルスを感染させて殺してしまう治療法補開発は、20世紀後半からずっと進んできた。腫瘍細胞ではよく増殖し、正常細胞では増殖しにくいように細工したウイルスが使われ、多様なOncolyticウイルスが開発されている。ただ、いくら腫瘍特異的と言っても、全てのガン細胞に感染し全て殺してしまうことは至難の業と言える。そのため、一時開発は停滞したが、その後ガン免疫のパワーが再認識されると、ガン免疫を誘導するきっかけとしてOncolyticウイルスを用いる可能性が生まれ、結果現在では400種類以上の臨床治験が行われる大ブームになっている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、まさにこのトレンドを科学的にバックアップするための研究で、ヘルペスウイルスを用いたグリオブラストーマ治療により腫瘍局所で起こる免疫反応を、CODEX及び Xenium として知られる最先端の組織学テクノロジーを使って調べ、Oncolyticウイルスがガンに対する免疫を強く誘導していることを明らかにしている。タイトルは「Persistent T cell activation and cytotoxicity against glioblastoma following single oncolytic virus treatment in a clinical trial(一回oncolyticウイルス感染を感染させるグリオブラストーマの臨床治験から持続的な腫瘍に対するT細胞活性化と細胞障害性が明らかになった)」だ。

研究では16人の再発性のグリオブラストーマの主要部位に直接ガン特異的に増殖する単純ヘルペスウイルスを感染させる治験を行っている。この時治療前のバイオプシーと治療後の腫瘍切除標本を集め、これをこのブログでも以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8803)CODEXと呼ばれる同時に何種類もの抗体を用いる分子発現検査と、Xeniumと呼ばれる拡散プローブを用いた多重分子発現検査を組み合わせて、腫瘍と様々なリンパ球との関係を調べ上げている。組織をバラバラにして調べる single cell テクノロジーと異なり、空間的情報が全て保持されているため高いレベルの情報が得られる。

まず、ほとんどの症例で腫瘍内へのCD8及びCD4T細胞の浸潤は10倍近く上昇し、しかも9ヶ月以上維持されている。それぞれのリンパ球の遺伝子発現から、キラー活性に関わるグランザイムが腫瘍近くのT細胞で発現していることも確認でき、間違いなく腫瘍に対するキラー反応が発生している。

腫瘍とT細胞の空間的関係を調べると、キラー活性を発揮するエフェクターは腫瘍内に潜り込んで反応している。また腫瘍内で新たなキラーT細胞を呼び込むケモカインを発現しており、新たなT細胞をリクルートする構造ができあがっている。面白いのは、新しいT細胞を供給するリザーブとも言える集団は、腫瘍から離れたところに存在して、そこからT細胞を腫瘍に供給している点だ。腫瘍内にはマクロファージの浸潤があるので、これが移動してリザーブを刺激していると考えられる。

ウイルス遺伝子を調べると、腫瘍が壊死に陥った部分にウイルスが存在するが、T細胞からは離れていることから、これまで議論されていたようなウイルスに対する免疫反応が腫瘍を傷害しているとは考えにくい。実際、T細胞のレパートリーを調べると、ウイルスに対する反応はほとんどないと考えられる。即ち、最初からガンに対するT細胞がウイルスにより細胞障害が始まることで急速な増殖を行い、残っているガンを傷害していることがわかる。

だとすると、全ての患者さんが免疫のおかげで治ることになる。実際、腫瘍内でT細胞が増殖しているほど予後は良さそうだが、しかしグリオブラストーマに対しては免疫も完全ではない。T細胞が存在しない腫瘍ゾーンを調べると、特に線維芽細胞様の形態をとり、低酸素により誘導される遺伝子が発現している領域からT細胞が完全に排除されている。この結果、免疫から逃れるガンが発生する結果、免疫治療が限定されることになる。

以上が結果で、実際には様々な情報が得られた研究だが、免疫の可能性とともに新しいガンのしたたかさが明らかになった。このガンのしたたかさを狙った治療を開発することが次の段階になるが、グリオブラストーマも徐々にではあっても治療が可能なガンになりつつある。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月15日 DNAとタンパク質のクロスリンクと老化(1月29日号 Science 掲載論文)

2026年2月15日
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反喫煙の社会的取り組みがそろそろ一段落してきたところで、最近は反アルコールの様々なキャンペーンが医学界を中心に進んできたように感じる。タバコについてはキャンペーンのおかげでやめることが出来たが、現在の生活スタイルから考えて、アルコールをやめるのはおそらく難しい気がする。ただ、量を問わずアルコールが身体に良くないことはよく理解している。アルコールの毒性の要因の一つは、アルコールデハイドロゲナーゼにより生成するアセトアルデヒドがタンパク質同士やタンパク質と核酸をクロスリンクさせることにある。これを防ぐ為に、我々はADH2分子でアセトアルデヒドを分解するが、加えてクロスリンクされたタンパク質と核酸の複合体を分解するSPRTNと呼ばれる分解酵素を備えている。

SPRTNの変異はルイイス-アールフス症候群 (RJAKS) と呼ばれる早老症の原因になるが、今日紹介するドイツ・フランクフルト大学からの論文は、SPRTNの異常がRJAKSの様々な症状を示すメカニズムを明らかにした研究で、1月29日 Science に掲載された。タイトルは「DNA-protein cross-links promote cGAS-STING–driven premature aging and embryonic lethality(DNA-タンパク質のクロスリンクは cGAS-STING による早老症と胎児死亡の原因になる)」だ。

まず細胞株の遺伝子操作でSPRTNを自由に分解する実験系で、SPRTN が除去されるとS期とM期でクロスリンクが蓄積すること、またSPRTNと結合するタンパク質を調べ、M期ではトポイソメラーゼやKI67、S期ではHMGA1やHMGA2など、細胞周期に応じたタンパク質がクロスリンクされSPRTNの標的になっていることを明らかにする。

もちろんDNA上にタンパク質が居座ってしまうと、細胞分裂に大きな問題が生じる。特に分裂期の異常が起こり、その結果分裂中に染色体がちぎれて出来る小核形成が起こる。また、ヒトRJAKSの変異に相当する変異を誘導したマウスから肝臓ガン細胞株を樹立し、同じように細胞分裂期での停止が起こり、小核が形成されること、そして特にこの小核で修復されないで残存するDNA損傷が蓄積することを明らかにする。

このように、核外に小核というかたちでしかもDNA損傷が起こったままのDNAが存在すると、cGAS-STINGを刺激して自然免疫が誘導されることが予想される。実際、突然変異型SPRTNを持つRJAKSモデルマウスでは強く自然免疫反応が誘導され、インターフェロンレベルが上昇することを確認している。また、同じような異常は変異がないマウスでも、メタノールを摂取させてクロスリンク作用の強いフォルムアルデヒドを生成させるだけで起こることも示している。

これらを総合すると、RJAKSはSPRTN変異による細胞の分裂異常と、その結果起こる損傷を残したままのDNAによる炎症が症状を形成していることになる。ただRJAKSではどちらの要因が早老症に強く影響しているかを調べるため、変異マウスをcGASノックアウトマウスと掛け合わす実験を行い、炎症を止めると早老症をある程度抑止できることを示している。

また、変異マウスは胎児期に死亡するケースが多く、8%しか生まれてこない。ところがcGASノックアウトやSTINGノックアウトと掛け合わせることで、胎児期の死亡率も減らすことができる。以上から、RJAKS変異では、分裂異常は起こっても(実際ガンの発生率が高い)なんとか様々な方法で処理できているが、cGAS-STING 刺激による自然炎症の亢進が、胎児期から身体を老化させる主原因である事が明らかになった。

以上が結果で、自然炎症を遺伝的にうまくコントロールすることで長生きするハダカデバネズミを見るにつけ、老化における自然免疫の役割の重要性を実感する。もちろんハダカデバネズミでもSPRTNはしっかり働いていると思うが、さらにcGAS変異でDNA修復効率まで上がっているのを見ると、早老症を知ることが長寿を知ることだと確信する。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月14日 卵子とメカニカルストレス(2月5日号Science Translational Medicine、及び1月16日PNASオンライン掲載論文)

2026年2月14日
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今年に入って卵子の活性化とメカニカルストレスについての論文を2報続けて目にしたのでまとめて紹介することにした。

まず前置きとして、卵子の活性化についてざっと見ておこう。卵子の活性化の不思議は、一部の卵子だけが活性化され、残りは休止期を維持することで、このメカニズムの鍵を握るのがFoxo3転写因子だ。この分子が欠損すると、全ての卵子が活性化される早発性閉経に陥る。休止期の卵子ではFoxo3が核内に局在し、活性化を防いでいる。一方活性化のためには、Kit受容体からPI3K/AKTを介するシグナルがFoxo3をリン酸化することで核移行を防ぐ必要がある。これでわかったような気になるが、これだけでは休止期と活性化を分かつシグナルについては理解できず、まだまだ知るべきメカニズムがある。

この難しさを割り切って、卵子の活性化異常の患者さんで、卵子を取り巻く顆粒細胞でKitを刺激するSCFの発現を挙げてやれば異常を治療できるのではと仮説を立て、卵巣細胞を用いてSCFを上昇させる化合物を、なんとPCRでスクリーニングし、臨床で利用されているフィネレノンが卵子活性化誘導活性があることを示したのが、香港大学からの論文で、2月5日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Antifibrotic drug finerenone restores fertility in premature ovarian insufficiency(抗繊維化薬剤フィネレノンは早発卵巣不全の不妊を治療する)」だ。

正直に言ってしまうと「乱暴な仮説のもとで、ともかく実験したら、臨床に使えそうな薬剤が見つかった」とまとめられる。と言うのも、もし全ての顆粒細胞のSCFが強く発現してしまうと早発性閉経と同じような状況になるはずだ。それでも、SCFが少し上昇するフィネレノンを投与すると、老化した卵巣の活性化が可能になるが、受精能や発生といった卵子そのものの機能は保全されることから、早発卵巣不全の治療に使えると結論している。

ただ、活性化のメカニズムを single cell RNA sequencing で探ると、最終的にフィネレノンが細胞外マトリックスの形成を抑えることで、卵子を刺激するという最初の仮説とは異なる結果に行きついている。事実、フィネレノンだけではなく線維化を抑えることが知られている薬剤は、卵子の活性化を誘導する。

この前臨床研究を元にすぐにフィネレノンの早発卵巣不全の治験に進んでおり、観察研究だが排卵が超音波診断で観察でき、その中から12個の卵子を採取して受精実験を行い、試験管内で卵割を確認している。この結果がなければ論文は採択されなかったと思う。

結果は以上で、最初の仮説とは異なる結果だが、マトリックス形成が抑えられると卵子が活性化しやすくなることを示している。臨床実験も計画性を感じさせない、結果オーライの研究で、メカニズムに至ってはFoxo3の染色もほとんどされず、全くわからない。

ところが、この結果を新しい観点で説明できる論文が1月16日、九大の永松、浜田、木村、及び阪大の林さんたちから米国アカデミー紀要に発表されている。タイトルは「The intrinsic impact of mechanical stress on the maintenance of oocyte dormancy(休止期卵子に対するメカニカルストレスのインパクト)」だ。

永松さんは私がプログラムディレクターをしていたさきがけメンバーで、林さんは卵子分化の世界をリードする研究者で、この研究はプロの研究と言っていい。最初から、Foxo3の局在に注目して、Foxo3が核局在する卵胞を試験管内で維持するために、外部からメカニカルストレスを加える必要があることを発見する。そして、顆粒細胞に守られない試験管内分化した卵子でも、KitシグナルでFoxo3を細胞質に留められること、しかしこれにメカニカルストレスをかけると、核局在を誘導できることを明らかにする。

長い話を短くしてメカニズムを説明すると、メカニカルストレスはダイネインの活性化を誘導し、細胞膜上のc-Kitを細胞質内に取り込むことで、Kitシグナルを弱める。その結果、Foxo3のリン酸化シグナルた低下し、Foxo3が核内に移行、休止期を維持するというシナリオが、多くの実験を行って納得できる形で示されている。

この研究ではメカニカルストレスが何かについては明確に示されていない。しかし、香港大学の仕事では、コラーゲンなどのマトリックスがこのシグナルに関わり、Kitシグナルが存在してもFoxo3の核内局在を誘導し休止期を維持していることになる。

おそらくインテグリンのシグナルを調べることで、今後もっと面白い可能性が生まれてくる気がする。実際休止期の卵巣は扁平顆粒細胞でぎゅっと締め付けられたような構造をしている。これが何らかのきっかけで、しかも確率論的に緩んで休止期から解放されるのでは等、想像が巡る。ともかく、さきがけのメンバーが面白い研究を続けていることはうれしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月13日 リンパ浮腫に関する新メカニズムと治療(2月11日 Nature オンライン掲載論文)

2026年2月13日
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例えば乳ガンで腫瘍切除とともにリンパ節の郭清を行うと、切除側のリンパ管が機能しなくなりリンパ浮腫が起こる。リンパ管の再生も起こるはずなのに、リンパ浮腫の治療は難しく患者さんたちを苦しめる。下肢に起こる重症のリンパ浮腫では、ゾウの足のようになってしまい、単純に体液の循環が悪いという以上に、局所の組織の不可逆的なリプログラミングが起こる。

今日紹介する国立シンガポール大学からの論文は、リンパ浮腫をコレステロール蓄積という観点で見直し、コレステロール除去により症状を改善させることが可能であることを示した重要な研究で、2月11日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting excessive cholesterol deposition alleviates secondary lymphoedema(過剰なコレステロール蓄積を標的にすることでリンパ浮腫を改善できる)」だ。

病院で働いていたときリンパ浮腫の患者さんの受け持ちになったこともあるが、今回リンパ浮腫の患者さんの組織像を見て、単純に体液が溜まると言った話でないことがよくわかった。ステージが進むと皮下脂肪細胞の肥大が進み、上皮下の強い線維化と肥厚が起こっている。そして、自然炎症が高まるというより、脂肪細胞分化に関わる遺伝子の発現がほとんど消失して、要するに脂肪細胞のリプログラミングが起こっている。炎症の観点から見ると、線維芽細胞の刺激とTh2反応が誘導されている。

この研究では、リンパ浮腫の患者さんで組織にコレステロールが沈着していることに着目し、まず外科的処置でリンパ浮腫が改善した患者さんを調べ、コレステロールの沈着が軽減していることを発見、リンパ浮腫の主要原因がコレステロールがリンパ管に沈着し、組織液のリンパへの灌流を妨げるからではないかと考えた。

そこで高コレステロール症が発症するApoEノックアウトマウスの皮下組織を調べると、コレステロールがリンパ管に沈着し、特に皮下脂肪組織の肥大と線維化が進んでいること、すなわちリンパ浮腫と同じ組織像を示すことが明らかになった。

このマウスにコレステロールを下げる目的でHDLやApoA-Iを注射すると、コレステロールが下がることでリンパ浮腫が軽減する。ただこの治療法はリコンビナントタンパク質合成などコスト面での問題があるので、この代わりにコレステロールに巻き付いて排出する効果を持つシクロデキストリン (CD) の皮下投与でリンパ浮腫を改善できないか、ApoEノックアウトマウス、外科的に誘導した下肢リンパ浮腫、他様々なリンパ浮腫モデルを用いて試している。

結果は期待通りで、完全に元に戻るわけではないが、コレステロールの組織への沈着が押さえられ、浮腫を抑えることができることがわかった。さらに、長期的に経過を追うと、CD投与を受けることでリンパ管新生も促進され、組織に開いたリンパ管端末の数が2倍に増加することがわかった。すなわち時間がたてば、さらに浮腫は軽減していく可能性が大きい。結果は以上で、CDが食品に広く使われ、さらにリソゾーム病の治療に髄腔内投与が行われていることを考えると、人間への臨床応用もそう遠くないと思う。

この研究は、リンパ浮腫を新しい観点―即ち過剰コレステロールがリンパ管の入り口に沈着することが主要原因であるという観点―から見直し、これを証明するとともに、安価な治療法まで提案した重要な貢献で、臨床研究のお手本になると思う。この考えに立つと、外科的にリンパ管を除去してしまった場合でも、時間がたてば浮腫からの回復を期待できる希望が生まれたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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