過去記事一覧
AASJホームページ > 2026年 > 2月 > 14日

2月14日 卵子とメカニカルストレス(2月5日号Science Translational Medicine、及び1月16日PNASオンライン掲載論文)

2026年2月14日
SNSシェア

今年に入って卵子の活性化とメカニカルストレスについての論文を2報続けて目にしたのでまとめて紹介することにした。

まず前置きとして、卵子の活性化についてざっと見ておこう。卵子の活性化の不思議は、一部の卵子だけが活性化され、残りは休止期を維持することで、このメカニズムの鍵を握るのがFoxo3転写因子だ。この分子が欠損すると、全ての卵子が活性化される早発性閉経に陥る。休止期の卵子ではFoxo3が核内に局在し、活性化を防いでいる。一方活性化のためには、Kit受容体からPI3K/AKTを介するシグナルがFoxo3をリン酸化することで核移行を防ぐ必要がある。これでわかったような気になるが、これだけでは休止期と活性化を分かつシグナルについては理解できず、まだまだ知るべきメカニズムがある。

この難しさを割り切って、卵子の活性化異常の患者さんで、卵子を取り巻く顆粒細胞でKitを刺激するSCFの発現を挙げてやれば異常を治療できるのではと仮説を立て、卵巣細胞を用いてSCFを上昇させる化合物を、なんとPCRでスクリーニングし、臨床で利用されているフィネレノンが卵子活性化誘導活性があることを示したのが、香港大学からの論文で、2月5日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Antifibrotic drug finerenone restores fertility in premature ovarian insufficiency(抗繊維化薬剤フィネレノンは早発卵巣不全の不妊を治療する)」だ。

正直に言ってしまうと「乱暴な仮説のもとで、ともかく実験したら、臨床に使えそうな薬剤が見つかった」とまとめられる。と言うのも、もし全ての顆粒細胞のSCFが強く発現してしまうと早発性閉経と同じような状況になるはずだ。それでも、SCFが少し上昇するフィネレノンを投与すると、老化した卵巣の活性化が可能になるが、受精能や発生といった卵子そのものの機能は保全されることから、早発卵巣不全の治療に使えると結論している。

ただ、活性化のメカニズムを single cell RNA sequencing で探ると、最終的にフィネレノンが細胞外マトリックスの形成を抑えることで、卵子を刺激するという最初の仮説とは異なる結果に行きついている。事実、フィネレノンだけではなく線維化を抑えることが知られている薬剤は、卵子の活性化を誘導する。

この前臨床研究を元にすぐにフィネレノンの早発卵巣不全の治験に進んでおり、観察研究だが排卵が超音波診断で観察でき、その中から12個の卵子を採取して受精実験を行い、試験管内で卵割を確認している。この結果がなければ論文は採択されなかったと思う。

結果は以上で、最初の仮説とは異なる結果だが、マトリックス形成が抑えられると卵子が活性化しやすくなることを示している。臨床実験も計画性を感じさせない、結果オーライの研究で、メカニズムに至ってはFoxo3の染色もほとんどされず、全くわからない。

ところが、この結果を新しい観点で説明できる論文が1月16日、九大の永松、浜田、木村、及び阪大の林さんたちから米国アカデミー紀要に発表されている。タイトルは「The intrinsic impact of mechanical stress on the maintenance of oocyte dormancy(休止期卵子に対するメカニカルストレスのインパクト)」だ。

永松さんは私がプログラムディレクターをしていたさきがけメンバーで、林さんは卵子分化の世界をリードする研究者で、この研究はプロの研究と言っていい。最初から、Foxo3の局在に注目して、Foxo3が核局在する卵胞を試験管内で維持するために、外部からメカニカルストレスを加える必要があることを発見する。そして、顆粒細胞に守られない試験管内分化した卵子でも、KitシグナルでFoxo3を細胞質に留められること、しかしこれにメカニカルストレスをかけると、核局在を誘導できることを明らかにする。

長い話を短くしてメカニズムを説明すると、メカニカルストレスはダイネインの活性化を誘導し、細胞膜上のc-Kitを細胞質内に取り込むことで、Kitシグナルを弱める。その結果、Foxo3のリン酸化シグナルた低下し、Foxo3が核内に移行、休止期を維持するというシナリオが、多くの実験を行って納得できる形で示されている。

この研究ではメカニカルストレスが何かについては明確に示されていない。しかし、香港大学の仕事では、コラーゲンなどのマトリックスがこのシグナルに関わり、Kitシグナルが存在してもFoxo3の核内局在を誘導し休止期を維持していることになる。

おそらくインテグリンのシグナルを調べることで、今後もっと面白い可能性が生まれてくる気がする。実際休止期の卵巣は扁平顆粒細胞でぎゅっと締め付けられたような構造をしている。これが何らかのきっかけで、しかも確率論的に緩んで休止期から解放されるのでは等、想像が巡る。ともかく、さきがけのメンバーが面白い研究を続けていることはうれしい。

カテゴリ:論文ウォッチ
2026年2月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
232425262728