今日紹介するウェルカム・サンガー研究所からの論文は、組織学的診断が確定した飼い猫のガンのパラフィンブロックからガン組織と正常組織を取り出し、それぞれのゲノム配列を調べ、猫のガンの遺伝子変異を俯瞰的に調べた研究で、2月19日号 Science に掲載された。タイトルはズバリ「The oncogenome of the domestic cat(飼い猫のガンゲノム)」だ。
493種類のガンの割合では、皮膚のガンと口内の扁平上皮ガン、そして皮膚マスト細胞腫瘍が人間などよりはるかに多い気がするが、肺ガン、乳ガン、大腸ガン、膵臓ガン、そして白血病など人間に多く見られるガンは同じように存在している。また、発ガン年齢も10歳前後がピークで、人間で言えば60歳ぐらいに相当するのではないだろうか。
次に突然変異の頻度だが、皮膚ガンが圧倒的に多い。しかも変異のパターンは紫外線照射が原因の変異と特定できる。皮膚と紫外線自体はうなずけるが、しかし飼い猫がそれほど日光に当たっているとは少し不思議な気がする。元々修復機構に異常があるのかもしれない。
今回タイトルには、この論文を読んだ正直な感想を入れたが、発ガンに関わると思われる遺伝子をリストしていっても、今回調べられたガンの中には、人間のガンで最も多いドライバー変異であるRas遺伝子の変異が一つもない。猫にも、K-ras、H-ras、N-rasが存在し、調べてみるとN-ras変異を持ったリンパ腫の報告があるようだが、確かにRas変異によるガンについての報告はほとんどないようだ。従って、トップゲノム研究所が行った500種類の猫のガンゲノム解析でRas変異が全くないというのは、決して間違いではなく、極めて重要な発見に思える(最後にディスカッションしておく)。さらに、Rasとセットになって上皮発ガンに関わるAPCの変異の頻度も少ない。一方、p53等は3割以上のガンで認められている。
この研究では、猫に皮膚ガンが多いのは、ガンにパピローマウイルス感染が見られることから、人の子宮頸がんや喉頭ガンと同じように、これが発ガンに関わってる可能性があると示唆している。とすると、ワクチンによる予防も可能かもしれない。
また突然変異ではなくガンになりやすいゲノムの存在も解析しており、20種類の遺伝子変異を特定している。ただ、何匹もの猫で見つかっている遺伝子は、DNA修復や細胞周期に関わる遺伝子CHEK2の変異にとどまっている。
最後に、人間と猫で共通に見られる変異を調べているが、PI3KCA、p53、Wntシグナルに関わるCTNNB1、ユビキチンリガーゼFBXW7ぐらいにとどまっており、RasやAPCの変異が少ないことも合わせると、猫と人間の発ガンには大きなメカニズムの違いがありそうだ。
最後に、愛猫家が一番心配する変異遺伝子を参考にした治療の可能性だが、PI3KCAを始め、Kit、MAPK、FGFRなど、人間向けに開発された薬剤も結構使える可能性があり、お金をかけても遺伝子を調べて治療する可能性はある。ひょっとしたら、そんなサービスも出来るかもしれない。最後に、標的遺伝子ではないが、ユビキチンリガーゼ変異から感受性が予測できる抗ガン剤の組み合わせを、猫ガンの3次元培養で確かめることも出来ることを示している。おそらく愛猫家には、この結論が一番重要だろう。
しかしこの論文を読んでの大きな驚きは、Ras/APC/p53 という上皮ガンの王道とも言えるセットがほとんど猫で働いていない点だ。すなわち、この経路での発ガンが何らかのメカニズムで抑えられている。例えばクジラがガンになりにくいのは遺伝子修復効率が高まっているからだが、このメカニズムでRas変異による発ガンを押さえられる確率は低い。一方ゾウのようにp53がすぐに高まって老化細胞がすぐ死んだり、ハダカデバネズミのように自然炎症が抑えられているような変化はRasによる発ガンを起こりにくくするかもしれない。などなど、このメカニズムを知ることで、我々に多いRas変異によるがんの予防が可能になるかもしれない。
一般の方は、人間、ネズミ、猫と比べたとき、猫の方が人間に近いと思いがちだが、猫やイヌは進化的にネズミなどより遙かに離れている。その意味でネズミでガンの研究をするのは理にかなっているが、しかし他の哺乳動物からも学べることは多い。
