ホモサピエンスがイスラエル回廊を突破してユーラシアに移動したのは4万5千年前前後で、それ以前ユーラシア大陸はネアンデルタール人とデニソーワ人が棲息していた。しかし一旦ホモサピエンスがヨーロッパに侵入すると、ネアンデルタール人は1万年しないうちに姿を消してしまう。個人的な想像に過ぎないが、シナイ回廊で両者が対峙した10万年の間に、ホモサピエンスが何らかの優位性(例えば言語発生など)を獲得した結果均衡が破れヨーロッパに移動、これがネアンデルタール人の滅亡に関わったのではないだろうか。このように想像する一つの理由は、サウジアラビア、インド、ラオスそしてスマトラを通ってオーストラリアに至るルートを通るホモサピエンスの移動はずっと早くから確認されており、オーストラリアには6.9-5.9万年前にホモサピエンスが到達しているからだ。即ち競合者がいない領域では、ホモサピエンスはスムースにアフリカを出ることが出来た。
今日紹介するオーストラリアの Griffith 大学からの論文は、おそらくホモサピエンスが東へと移動する過程でスラベシに棲息した時に残したHandstensil (手の上から塗料を吹きかけて洞窟の壁に描いた手形絵)が、新しいウラニウム同位元素を用いる方法で6万7千年前と特定した研究で、1月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rock art from at least 67,800 years ago in Sulawesi(スラベシで発見された少なくとも67,800年前の洞窟壁アート)」だ。
ホモサピエンスのオーストラリアへのルートは、ウォレス線と呼ばれるラオス、スマトラからパプアやオーストラリアへほとんど歩いて渡れる回廊を使っていたと考えられている。今日紹介する研究では、ウォレス線の最も北側ルートにあるスラベシ地方の44カ所の洞窟の調査が行われ。8カ所の洞窟絵画の時代測定が行われた。この目的で、ウラン系列法という新しい方法で年代測定を行ったのがこの研究のハイライトになる。具体的には絵の表面に形成された炭酸カルシウム層の微少な一部をレーザーで切り出し、底に移行したウラン同位元素を用いる時代測定で、論文の多くの記述がこの方法について行われている。要するに描かれた絵自体を傷つけることなく、正確な時代測定ができる優れた方法のようだ。
絵画のタイプは、handstensil、指で書かれたと思われる人物や動物で、測定された時代はまちまちだが、その中の2つの handstensil の時代測定で、一つは6万900年、もう一つは6万7千800年前に描かれたことがわかり、後はこの発見の意味について考察が行われている。
これまで知られている最も古い handstensil はスペインの洞窟で発見された6万6千700年前のもので、年代からネアンデルタール人によると考えられ、ネアンデルタールも絵を描いた証拠として現在も様々な議論が行われている。
今回発見されたスワレシの最も古い handstensil はこれよりまだ千年ほど古く、世界最古の handstensl になる。ただ、このルートにネアンデルタールは見つかっていないので、ウォレスルート上のホモサピエンスによると言える。既に説明したように、ウォレスルートはこの時代海面が下がって歩いて移動できたのではと考えられるが、今回最も古いhandstensilが発見された北側のルートは当時でも海上移動を必要とす地域で、ホモサピエンスが7万年近く前に船を使っていた可能性を強く示唆すると結論されている。
今回の調査で調べられた洞窟画の半分以上が handstensil で。時代も2万年-4万年が中心だが、それよりさらに新しいhandstensilも存在しており、手を壁に付けてその上から塗料を吹きかける絵画が7万年前から長い間にわたって使われていたことがわかる。今回示された写真では、最も古い handstensil に接して、動物や人物の絵が新しく描かれており、この洞窟が何万年も使われる間に、handstensil を見ながら様々な絵画が発展したことになる。即ち、人間の絵を描く能力の進化についても、スワレシ地方は重要な資料を提供することがわかる。
