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12月25日 ヒト胚の着床と発生を研究できる培養法の確立(12月23日 Cell オンライン掲載論文)

2025年12月25日
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昨日に続いて新しい培養法確立論文を紹介する。今回はなんと別々に培養した子宮内膜の上皮と間質からなる3次元組織を作成して、この上にヒトの胚盤胞を乗せて、着床から胚発生までを再現できないかというチャレンジだ。米国スタンフォード大学、スペイン・ラフェ保健研究所、そして英国バブラハム研究所が共同で Cell に発表した論文で、タイトルは「Modeling human embryo implantation in vitro(ヒト胎児の着床を試験管内でモデル化する)」だ。

胚盤胞は子宮に戻すと着床して発生するが、をそのまま試験管内で培養すると、最終的には構造が失われ、培地の組成に応じて様々な細胞が増殖してくる。ES細胞はこの時、内部細胞塊だけをつまみ上げて培養することで樹立している。胎児の構造を保った発生過程は、着床過程を再現することでしか達成できない。即ち、着床する相手の子宮内膜構造を再現する必要がある。

この研究では健康女性の子宮内膜をバイオプシーで採取、まず上皮と間質を別々に培養する。次に子宮内膜の間質層をハイドロゲル内に間質細胞を閉じ込め、これをトランスウェルト呼ばれる、底の膜を通して栄養分が浸透する特殊な器に入れて培養する。このハイドロゲルには様々なコラーゲンなどマトリックスが加えられて、できるだけ子宮に近い環境を形成させている。この上に、オルガノイド培養で維持している子宮内膜上皮を撒くと、上皮にカバーされた間質層からなる立体構造ができあがる。

子宮内膜はエストロジェンとプロゲステロンに反応して着床の準備を行うが、この時子宮内膜に見られるほとんどの形態的変化(例えば上皮に繊毛が発生し、ピノポードと呼ばれる上皮の突起が発生する。また、子宮内ミルクと呼ばれる着床に必要な分泌分子の全てが合成されるのを観察できる。

さていよいよ胚の着床が可能かだが、数少ない胚と共培養する前に、ヒトiPS細胞由来の胚盤胞に似たブラストイドを加えて、着床と同じような強い接着を形成し、最終的に特徴的な分化細胞が発生することを確認した後、実際のヒト胚盤胞を加えて着床と発生を追跡している。この時、従来用いられてきた2次元培養法や、マトリックスとの培養などと、人工子宮内膜を用いる培養と比べている。

結果だが、半数が完全に着床し、その半数が構築を保ったままの発生が起こる。最も重要なイベントは、胚盤胞を包むトロフォブラスト内部にハイポブラストと呼ばれる卵黄嚢や羊膜を形成する細胞がエピブラストから発生してくることだ。これにより、トロフォブラストの分化が始まり、胎盤を形成する栄養膜が形成され、細胞が集まった合胞体栄養膜の形成へと発展する。そして、栄養膜は人工子宮内皮を突き破って人工内膜の中へと侵入する。

この栄養膜の活動により胚も人工子宮内膜内に完全に包み込まれ、構造を保ったまま発生する。とは言え、この条件では例えば幻聴形成が起こり、3胚葉が発生するというわけではなく、これを実現するためにはまだまだ研究が必要だ。しかし、栄養膜の発生を誘導でき、胚の着床過程をほぼ完全に再現できたことは重要で、例えばAXLと呼ばれるキナーゼをブロックすることで着床が完全に阻害されるといった実験的検討が可能になることから、着床異常の研究が進む様に思う。

このように、地道なトライアンドエラーを繰り返して、正常過程を再現する培養法の確率を目指す研究の伝統は力強く続いているようだ。

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