タイトルに挙げた Lipid nanoparticle (LNP) は、mRNAを細胞に運ぶ目的で使われるキャリアで、Covid-19のmRNAワクチンに使われ、そのパワーが認識された。ただ、LNPの構成はコレステロールを中心とする様々な脂肪が安定なカプセルを形成されるように配合されているため、取り込まれる細胞の脂肪代謝を変化させる心配がある。
今日紹介する中国精華大学からの論文は、皮下注射でリンパ節を標的にするmRNAワクチンの場合この性質は問題にならないが、元々脂肪代謝が変化している非アルコール性肝炎の遺伝子治療に使おうとすると、逆に肝炎を悪化させることに気づき、LNPにビタミンEを加えることで肝臓の遺伝子治療に利用できるよう改変した研究で、1、2月3日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Metabolism-programming mRNA-lipid nanoparticles remodel the immune microenvironment to improve immunotherapy against MAFLD(mRNA -LNPを代謝的にプログラムすることで非アルコール性肺炎の免疫治療を可能にする環境を形成できる)」だ。
非アルコール性肝炎ではSTAT1やSTAT3シグナルが上昇して肝臓の免疫環境を変化させ、炎症を進行させることが知られている。この研究ではSTATの上昇の一つの原因が、肝臓の代謝変化によるSTATを抑えるフォスファターゼTCPTPの減少によることを確認し、この分子を補充することで肝炎を抑えられることを確かめている。その上で、従来のLNPにTCPTPmRNAを封入し静脈注射で治療を試みると、LNPにより脂肪代謝異常を悪化させることに気づく、
そこでこれを防ぐLNPとして膜内での脂肪酸化を防ぎ、フェロトーシス阻害にも使われるビタミンEをLNPに組み込むことを着想し、最終的にビタミンEを結合させたフォスファチジルコリンが21%含むLNPを完成させる。この新しいVE-LNPはマウスだけでなくブタやサルに投与しても、肝臓の脂肪代謝をほとんど変化させず、しかも肝臓に選択的に取り込まれる。組織学的にも、通常のLNPのようにクーパー細胞や類洞細胞への取り込みは少なく、圧倒的に幹細胞に取り込まれる。すなわち、ビタミンEで脂質酸化を抑えることで、非アルコール性肝炎のような代謝異常を基盤とする肝臓へ遺伝子を届けるパワフルなプラットフォームを開発できた。
これを用いてTCPTPmRNAを非アルコール性肝炎モデルに投与すると、ほぼ完全に肝炎を抑えることに成功している。そして期待通り、肝臓でのSTAT活性を低下させ、炎症細胞の浸潤を抑えることが明らかになった。通常のLNPではSTAT活性を少し抑えることはできるが、炎症は抑えられない。
さらに驚くのは、非アルコール性肝炎モデルにガン遺伝子を導入して誘導する肝臓ガンの発生をVE-LNP-TCPTPが抑える点で、肝臓ガンが肝臓の炎症によって助けられ発生することを明確に示している。即ち、肝臓の免疫環境が正常化することで、肝臓ガンの発生を抑えることができる。
とすると、肝臓免疫環境を正常化することで、ガンの免疫治療そのものを助ける可能性も生まれる。これを確かめるため、VE-LNP-TCPTにガン抗原のmRNAを加えて肝炎を抑えると同時にワクチンとして用いることで、肝臓内に注射したガン細胞を抑えられるか検討し、肝臓内に転移したメラノーマを完全に除去できることを示している。
また非アルコール性肝炎から発生する肝臓ガンはPD-1抗体によるチェックポイント治療が効かないことが知られているが、VE-LNP-TCPTPを投与して肝炎を抑えることで、PD-1抗体が大きな効果を示すことも示している。
以上が結果で、LNPの構成脂質としてビタミンEを用いるという着想を完成させた力量は高い。創薬分野での中国の力を示す一つの例だと思う。
