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9月26日 ガンに関する治験の世界状況(9月9日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年9月26日
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ガンに限らず現在の治療法で改善が期待できない患者さんの最も重要な関心は治療法がいつ可能になるかだ。そういう場合、ClinicalTrial Govなどの治験サイトをなるべく調べて答えることにしている。このサイトを眺めていると実に様々な治験が進んでいることがよく理解でき励まされるが、このうち何割が世に出るのだろうという不安も大きい。このように、臨床治験は治療開発にとって必須の通過点で、世界規模で治験の状況を眺めることは、さまざまなヒントを与えてくれる。

今日紹介するWHOから9月9日 Nature Medicine にオンライン出版された論文は、ガンに関する治験の遂行状況を世界規模で調べた調査で、我が国の状況も含めて色々考えるところの大きい論文だ。タイトルは「The WHO global landscape of cancer clinical trials(WHOガンの臨床治験世界地図)」だ。

先にあげた ClinicalTrial gov. は米国の治験登録サイトで、半グローバルと言えるが、WHO には ICTRP と呼ばれる世界17の登録機関のデータを集めたデータベースがあり、2022年12月31日時点で登録されているガンについての臨床治験は11万で、その中から89000余りを選び出して分析している。

まずガンに関する治験の数は2005年から年率で平均7%ずつ増加し、2021年では2005年時点の2倍に数が増えている。これは論文を読んでいて感じる実感と近い。すなわちガンについての科学は着実に進んでいる。ただ、現在もなお治験は100人以下を対象にした第二相以前が多く、最終段階の第三相治験は13%にしか過ぎない。

治験の申請はアカデミアからが64%で、製薬企業の治験は13%と意外に少ない。数は少ないが、5%程度患者さのイニシアチブで行われている治験も存在し、このセクターをさらに高めることは重要だと思う。

この中で抗ガン剤の治験は61%で、細胞移植などを含む生物学的治療は6%存在する。残りは診断、放射線などが主なものになる。

おそらくWHOが最も懸念しているのが治験数の地域的偏りで、アメリカ3割、ヨーロッパ3割、西太平洋(日本や中国を含む)3割で、地域格差は大きい。国別でみると、なんと中国が1位で21%、続いて米国16%、3位は我が国の8%となっており、中国を upper middle income と分類しているが、ほとんどが高所得国で行われている。

WHOが懸念しているもう一つの点がガンの罹患数や死亡数から見たとき、治験が大きく偏ってしまっている点で、一番地件数の多いのがリンパ腫/骨髄腫、白血病で、それに乳ガン、メラノーマが続いている。逆に最も治験数が少ないのが胃ガンや尿路のガンだが、この結果は論文を読んで感じる私の印象に近い。少し意外だったのは、肺ガンの治験が意外と低調なことで、おそらく多くの治験が一つのガンだけを対象にしていないという結果である可能性もある。

他にも地域ごとに同じような解析が示されているが、基本的にはガン研究に関わる人たちの実感に近い結果だと思う。ただ、治験の地域格差については、それぞれの地域の経済力アップと医療システムの整備が必要で、かけ声だけで進む訳ではない。実際、新しい抗ガン剤の価格を考えると、高所得国でもそれらの受け入れには問題が山積みになっていることは、最近の高額医療の個人負担議論からも明確だ。その意味で、今や治験大国となった中国が薬剤のプライシングをどのように決めていくのか注目している。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月25日 生活環境による遺伝的選択(9月18日 Science 掲載論文)

2025年9月25日
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このブログでも紹介したが、チベット人が高地順応する過程で、デニソワ人から受け継いだ心血管機能を変化させるEPAS1遺伝子の多型を選択していったように、生活環境は簡単に我々の遺伝的順応を誘導する。中でも食べ物は重要で、遊牧とともにラクターゼの活性が上がって Lactose tolerance が発生すること、あるいは魚が主食のイヌイットで脂肪酸を不飽和に変換する酵素が高くなることなどが有名だ。その上で、このような習慣は都会化によりいともたやすく消え去る結果、逆に文明病のリスクが高まることも知られている。

今日紹介するバンダービルト大学からの論文はケニヤ北部の遊牧民トゥルカナ族が、森を出て乾いた大地で遊牧を始め、トゥルカナ湖のような塩分濃度の高い環境で血液を飲料とするなどかなり特殊な食習慣を続けた7000年に起こった遺伝的変化の一つについて、最近の都市化の影響も含めて検討した研究で、人類の遺伝的多様性が様々な環境への適応を支えていることがよくわかる論文。9月18日Scienceに掲載された。タイトルは「Adaptations to water stress and pastoralism in the Turkana of northwest Kenya(ケニヤ北西部トゥルカナ地方で水のストレスと遊牧生活に対応した適応)」だ。

この研究で言うトゥルカナ族はマサイやウガンダのKaramojongも含んでいるが、全ゲノム解析を含むかなり精度の高いゲノム解析で、一つの民族であることを確認している。その上で、他の民族やアフリカ以外の人種と比較して、強く選択を受けたと考えられる8種類の遺伝子多型リストができている。

この中には既に研究が進んだ、例えばマサイ族で見られる近視に関わる遺伝子多型などが存在し、サバンナでの視力にも遺伝的要因が強く存在することがわかる。新しく見つかった中で面白いのはアルツハイマー病のリスク、神経原線維変化、Tau繊維化、皮質領域面積などに関わる多型が存在することで、今後の研究が面白そうだ。

ただこの研究では、トゥルカナでの遊牧生活に最も関連していると考えられるSTC1遺伝子を選んで研究している。STC1はカルシウム代謝に関与する分泌タンパク質で、他にも抗酸化作用や抗炎症作用などに関わるため研究が進められている。この多型は血中の尿素と強く相関しているため、まさにタンパク質の多い食事との関連が疑われる。

まず生理学がおさらいされ、STC1は抗利尿ホルモンバソプレッシン (ADH) により腎臓の集合管で発現する。即ちADHは水分摂取が低下すると体内に水を留める働きがあるが、この上流に多型が見られることから、遺伝的にもSTC1のレベルが調節されて、環境に適応していることがわかる。このなかの rs75070347SNP は両方の染色体で揃うと血中尿素が上昇する。そして、トゥルカナ族では調べた全ての地域で強く選択されていることが明らかになった。その選択の強さはラクトーストレランスと同じ強さであることも示された。

これほど強い選択ではないが、トゥルカナ族では脂肪代謝や糖代謝に関わる領域の多型が選択され、多くの遺伝子が関わって環境適応が起こっていることがわかる。

最後に、この7000年の歴史を経たあと、急に都市化したトゥルカナ族について、急な生活環境の変化で起こってくる問題を調べている。都市に住むトゥルカナ族では血液を飲むという習慣は消える。この進化のミスマッチにより「熱に対する反応」「タンパク質折りたたみ」そして「炎症反応」に関わるバイオマーカーに変化が見られる。

以上が結果で、人間という大きな集団では、短い期間に環境による選択を明確にすることができる。そして、これを知ることで、これまでの習慣と現在のミスマッチによる病気をより深く理解することができるようになる。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月24日 悪い肥満と良い肥満を区別する(9月12日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年9月24日
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世界陸上で活躍している投てき種目の選手からわかるように、肥満を一概に身体に悪いと片付けることが間違っていることがわかる。すなわち、良い肥満と悪い肥満が間違いなくあると言うことだが、これをどう区別するかは臨床的にも重要だ。例えばメタボ診断で現在使われる腹囲は、内臓脂肪の蓄積が悪い肥満に近いことを示した阪大の松澤先生たちの仕事に由来する。

今日紹介するマウントサイナイ医大からの論文は、UKバイオバンクのゲノムデータをもとに、良い肥満と悪い肥満を遺伝的に区別する可能性にチャレンジした研究で、9月12日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic subtyping of obesity reveals biological insights into the uncoupling of adiposity from its cardiometabolic comorbidities(肥満を遺伝的に分類し直すことで肥満を心臓病・代謝病から切り離すための生物学的背景を明らかにする)」だ。

肥満はゲノム研究が最も進んだ領域で、肥満に連関する遺伝子の数は1000を超える。この研究では肥満に関わる形質 (BMI) 、脂肪量、腰/ヒップ比と心臓病・代謝病に関わる形質(例えばLDL、A1c)などをペアにした形質を24種類設定し、GWASによる遺伝的相関を調べ、最終的に266種類の相関する多型を特定している。

次に、それぞれの遺伝子多型をもとに、肥満と心臓病・代謝病が切り離されている程度の指標GRSuncopling (GRSuc) を開発し、これと脂肪量指標 GRSbfp を加えて肥満を分類している。結果だが、GRSuncoupling が高いほど、LDL-C、コレステロール、トライグリセリド、A1c など心臓血管疾患に繋がる代謝指標が低く、健康であることがわかる。また、指標に貢献する遺伝子を見ると、これまで心臓代謝疾患を防ぐとされている遺伝子が含まれていることがわかる。

このように肥満と心臓代謝疾患を区別する遺伝子多型を用いると、8種類の肥満のタイプを区別することができ、全てのグループで脂肪量は高いものの、例えばウェスト/ヒップ比とを完全に分離することができるし、脂肪やコレステロールの指標とも分離できることがわかる。おそらく私は5型に入り、肥満でウェスト・ヒップ比が高く、血糖やA1cが糖尿病型だが、脂質代謝は正常といった具合だ。

このようにウェスト/ヒップ比を脂肪量から切り離せることは、どこに脂肪がつくかということが良い肥満と悪い肥満を区別するとする松澤先生たちの結果とともに、この遺伝的背景を特定できることを示している。そして、さらに簡単に臨床分類できるよう、それぞれのタイプに代表的な遺伝子もリストしている。ただ、良い肥満だと行って安心はできない。体重が増えることで起こる病気は確かにあり、例えば蜂窩織炎、変形性関節症、静脈瘤にかかりやすくなるのでご注意。

このように遺伝的に良い肥満と悪い肥満を区別できるようになると、成長期から個人を分類できるため、この差が既に子供の時から検出できることを示している。従って、悪い肥満と診断されたら早くから生活を改めることが重要になる。

この研究で面白かったのは、GRSuncoupling に関わる遺伝子のほとんどは身体の形成や維持に関わる遺伝子で、ほとんど神経系の関与がない一方、一般的脂肪量と強く相関するほとんどの遺伝子が脳の発達や維持に関わる遺伝子である点だ。要するに習慣や好みといった脳活動が肥満を決めており、これ自体は努力でなんとかなるという点だ。もちろん、悪い肥満に繋がる遺伝子といえども、生活上の注意で多くに対応できるはずで、その意味で今回開発された良い肥満と悪い肥満についての遺伝子診断は重要になると思う。といっても、私の年になるともう手遅れだが。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月23日 IL-2バリアントでPD1陽性細胞特異的に刺激する(9月17日 Science Translational Medicine掲載論文)

2025年9月23日
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昨日、メラノーマに対する個人用ワクチンの論文を紹介して感じたのは、メラノーマのように腫瘍特異的ネオ抗原が見つけやすい腫瘍でCTLA4局所投与まで組み合わせて最強免疫を行っても、効果がないケースがある点だ。特に、腫瘍組織で制御性T細胞が増加するのを完全にコントロールできず、その結果免疫がうまく続かないケースが出てくる。

これを解決する一つの方法として思いつくのは、IL-2Rαに結合せず、IL-2Rβ/IL-2Rγに結合して、制御性T細胞の増殖を抑えるIL-2バリアントやIL-15を免疫に組み込む可能性だ。このようなL-2Rβ/IL-2Rγ特異的アゴニストはこのブログで紹介してきたが、これと様々な抗体をハイブリッドにして、抗原で刺激されたエフェクター細胞だけを増殖させる方法が数多く開発され、現在治験が行われている。

その一つがRocheの開発したPD1にIL-2バリアンとを結合したPD1-IL2vで、今日紹介するバーゼル大学からの論文は患者さんの腫瘍内に存在するリンパ球を刺激して、PD1-IL2vがガン抗原で刺激され、PD1を発現した細胞を特異的にキラー細胞へと分化させるとともに、その細胞の増殖も促すことで抗ガン作用を高められる可能性を示した研究で、9月17日 Science Translational Medicine に掲載されている。タイトルは「PD-1–targeted cis-delivery of an IL-2 variant induces a multifaceted antitumoral T cell response in human lung cancer(PD-1を標的にIL-2バリアントで刺激すると人間の肺ガンでの多角的な抗腫瘍免疫を誘導できる)」だ。

PD1-IL2vは現在固形ガンでの治験が行われており、この研究は効果のメカニズムをより明確にするための研究と言える。

最初は卵巣ガンと末梢血の共培養、あるいは腫瘍組織から採取したT細胞と卵巣ガンの共培養に、PD1-IL2vを加えることで、それぞれ単独よりは強い抗ガン活性を持ったT細胞が誘導できることを示している。

PD1を標的にする理由だが、T細胞は抗原刺激を受けるとPD1を強く発現し、PD-L1による抑制作用を受けるようになる。このおかげで免疫反応が続くのを抑えることができるが、ガンのように免疫が持続して欲しいときは邪魔になる。そこで、本庶先生のPD1に対する抗体でPD-L1の作用を受けないようにすると、免疫が持続する。昨日のワクチン接種でも、PD1抗体やCTLA4抗体を併用することで、免疫の持続時間を高め、記憶細胞を誘導することができることから、ワクチン治療には必須のツールと考えられる。

この研究では抗原刺激を受けた時に発現するPD1を標的にしてPD1-IL2vを加えると、抗原刺激を受けた細胞を直接刺激して、PD1抗体でT細胞の疲弊 (exhaustion:Tex) を抑制した以上の効果が得られると期待している。

実験の詳細は省くが、腫瘍内で免疫刺激を受けたT細胞をPD1-IL2vとガン抗原で刺激することで、疲弊したTexの数が低下し、キラー活性の強いエフェクターへと分化するだけでなく、この細胞の増殖も誘導され、エフェクター機能を促進することができる。発現している転写因子を詳しく見ると、この刺激でTexのプログラムがエピジェネティックにリプログラムされ、長続きする免疫が維持されることがわかる。このリプログラミングにより、全身を移動するためのケモカイン受容体を発現したT細胞も出現し、全身でのガンサーべーランスが行われるようになる。

もちろんCD8キラー細胞だけでなく、CD4細胞もインターフェロンを強く発現するTH1型と呼ばれるT細胞が誘導され、キラー細胞を助けるだけでなく、それ自身で強い抗腫瘍作用を示すようになる。

以上が結果で、予想通り、あるいは予想以上の抗腫瘍効果が理論上得られるという話になる。あとは治験の結果待ちだが、ワクチン接種とも間違いなく相性がいいはずで、免疫時に刺激することで、ワクチンに反応したT細胞をエフェクターとして維持し、増殖させることができる。抗体が同じなのでチェックポイント治療と併用は難しいが、チェックポイント抑制よりは多角的な効果が期待できるため、より効果的な免疫増強が可能になる気がする。このように、ガン免疫を高める方法の開発は着々進んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月22日 個人用ガンワクチンへの期待と限界(9月18日号 Cell 掲載論文)

2025年9月22日
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ガンが発生する過程で数多くの遺伝子変異が起こるが、変異した分子がもしガンで発現するなら免疫系にとっては非自己になる。この非自己抗原に対して人間でも免疫が成立してガンを抑制するかどうか20世紀盛んに議論されたが、21世紀に入って本庶先生やAllisonの免疫チェックポイント治療の有効性が示され、ガンに対する免疫のパワーが明確になった。ただ、チェックポイント治療はガン免疫が治療時、あるいは治療中に自然に成立することが条件になり、これがないと副作用だけが出てしまう。これを補うためには、感染症と同じでガン抗原に対してワクチンを投与し、新たに免疫を誘導する必要がある。しかし一人一人のガンは個性があり、共通の変異は限られているため、ガンに新しく生じた変異(ネオ抗原)を個人ごとに探し出すテーラーメード治療が必要になる。

このブログでも何度も紹介し、YouTubeジャーナルクラブでも解説したガンワクチン研究は(https://www.youtube.com/watch?v=0IqrHxI-XgU&t=609s)進展しているが、効果とコストの面でまだまだ一般的にはなっていない。これを前に進めるには、実際の臨床現場で患者さんの承諾を得て徹底的にガン免疫の成立維持状態を調べ尽くす必要がある。今日紹介するダナファーバー ガン研究所からの論文はネオ抗原の発見しやすいメラノーマを対象に、考えられる最強の免疫法を用い、その後臨床経過とともにガンに対する免疫を調べ尽くそうとした研究で、9月18日号 Cell に掲載されている。タイトルは「A multi-adjuvant personal neoantigen vaccine generates potent immunity in melanoma(複数のアジュバントを用いた個人用ネオ抗原ワクチンはメラノーマに対する免疫を確かに誘導する)」だ。

ステージが進行したメラノーマ患者さんの腫瘍をバイオプシーし、ゲノムとRNA解析を行い、基本的にはコンピュータ上で有望なネオ抗原を特定し、可能性の高い20種類について個人ごとにGMP基準でペプチドを合成し、抗原として用いている。11人という限られた数の患者さんでもこの過程に3−5ヶ月かかってしまい、ワクチン接種が遅れる。より多くの人に利用して貰うには、この過程をボトルネックにならないようにさらに改善する必要がある。

この研究ではワクチン作成に時間がかかることを見越し、最初からPD-1に対するチェックポイント治療を始め、既に存在するガン免疫を動員する方法でしのいでいる。ワクチン接種後の免疫も、すぐ利用可能な既存の方法を組み合わせて最強と考える免疫を行っている。実際には、同じくチェックポイント治療に用いられるCTLA4に対する抗体をワクチンとともに皮下注射している。そして、ペプチド抗原はMontanideを基質として使いポリICを自然免疫誘導のために用いている。

その後30週あまりの臨床経過を調べており、6人が再発なしで経過しており、一人は30週目に再発、残りの3人は10週以内に再発している。有効率が50%を超えるのはワクチンの効果がある事を示しているが、これだけのプロトコルでも効かない人がいるのは免疫の個人差を超えられていないことを示している。

とは言え、Elispotと呼ばれる方法で調べると、全く効果がなかった患者さんでも免疫が誘導できていることがわかる。もちろんチェックポイント治療だけでも免疫は上昇するが、ワクチン注射でインターフェロン産生系を中心に高い免疫反応が新しく誘導できている。従って、治療の失敗原因については理解できていない。

反応するT細胞側についてもネオ抗原特異的T細胞を誘導できたか、遺伝子レベルで調べており、すぐに再発した患者さんも含めてチェックポイント治療後、さらにワクチン接種後にネオ抗原特異的と考えられるT細胞が増加していることを確認している。

特に完全寛解した患者さんについては、末梢血だけでなく、ワクチン接種部位、そして残っている腫瘍組織に浸潤した細胞まで詳しく調べている。腫瘍内の免疫細胞については効果がなかった患者さんでも調べており、効果がなかった患者さんではCD8だけでなく制御性T細胞も誘導されていることがわかっており、治療失敗の一因であることを示唆している。

成功例失敗例を問わず、新しい抗原特異的T細胞が3回目のワクチン接種後に上昇がはっきりすること、これはワクチン接種局所の皮膚T細胞でもはっきり見られることを示している。

結果は以上で、ワクチンは抗原特異的CD8、CD4 T細胞両方を誘導し、ほとんどの人でこれらは腫瘍細胞まで浸潤する。ただ、腫瘍へ浸潤する細胞のタイプに個人差が見られるため、効果に差が現れるというのが現在までの結果になる。

とすると改良点としては、個人用ワクチンができるまでガン共通に見られる変異をワクチンとして利用するとともに、CD25と結合しないようなIL-2を用いて細胞バランスを整えることが考えられる。後者については明日紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月21日 小細胞性肺ガンの起原(9月17日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月21日
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最近、小細胞性肺ガン (SCLC) の研究をよく目にするようになってきた。SCLCは膵臓ガンやグリオブラストーマと並んで治療の難しいガンとして知られているが、遺伝子発現の研究が進んだ結果、極めて多様なグループに分類されるようになっている。SCLC-AはASCL1遺伝子の高発現、SCLC-NはneuroD高発現、SCLC-PはPou2F3高発現、そしてYap1を高発現するSCLC-Yが主なものだ。これまで転写因子の発現から、A型とN型は神経分泌細胞、P型は肺のTuft細胞、そしてY型は上皮幹細胞由来とする多起源説が中心だったが、マウスを用いた発ガン研究で神経分泌細胞からほとんどSCLSが発生しないこと、単一細胞レベルの解析で肺の幹細胞と言える基底細胞遺伝子の発現が見つかったことから、全て基底細胞由来として説明できるのではと考えられるようになっていた。

今日紹介するデューク大学からの論文は、マウスのSCLC発ガンモデルを用いて各サブタイプの発生を調べ、基底細胞から全てのタイプのSCLCが発生することを調べた研究で、9月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Basal cell of origin resolves neuroendocrine tuft lineage plasticity in cancer(基底細胞由来と考えることでガンの神経分泌とTuft細胞系列の可塑性を説明できる)」だ。

何度も紹介してきたがSCLCは多様性が大きいが、ほぼ全てのSCLCでRb1とP53遺伝子の欠損が見られる。従って実験発ガンではCre-組み換え酵素を用いてRb1/p53遺伝子をノックアウトし、場合によりMycの発現を高める方法が用いられる。

この研究では肺をナフタレンで傷つけて基底細胞の増殖を誘導し、この時基底細胞だけでRb1/p53/Mycを操作すると (RPM) SCLCが発生すること、こうして発生したSCLCはY型以外はA、N、P型が存在することを示し、基底細胞の発ガン性変化により多様なSCLCが誘導できることを確認している。

今度はより実験をしやすくするため、基底細胞を分離してオルガノイドを形成させ、この時点でRPMをはじめとする様々な遺伝子改変を行い、多様なSCLCを誘導できるか調べている。ガンが発生するまで試験管内で培養することは難しいようだが、遺伝子操作後免疫不全マウスの皮膚に移植すると確実にSCLCが発生すること、そしてA/N/P型全てが誘導できることを明らかにしている。ただ、Mycの発現なしに誘導したSCLCではほとんどN/P型が発生しないことから、Rb1/ P53欠損にMycが加わることで多様性へのドライブがかかることを示している。

この多様性はそれぞれのタイプに特徴的な遺伝子が発現することで起こるが、実際ASCL1をノックアウトすると、P型のSCLCへとバイアスがかかることを示している。一方で人のガンでASLC1遺伝子欠損は認められていないため、おそらくWntやNotch シグナルにより遺伝子発現が抑えられることで、P型あるいはY型へのバイアスが生まれるのだろうと結論している。

他にも、患者さんのSCLC遺伝子解析からリストされてきた遺伝子変異を基底細胞オルガノイド系で誘導することで、例えば PTEN欠損とMycによりP型のSCLCへバイアスがかかることを示しているが、詳細は割愛する。

要するに、これまで考えられてきたのとは異なり、SCLCの起原を基底細胞と考える方がその多様性を説明しやすいこと、そして基底細胞の増殖が誘導されたときRb1/p53欠損に陥ることでSCLC発ガン過程が始まり、これにMycが加わると転写の不安定性を誘導して、多様性が生まれる。もちろんその間に環境要因により他の遺伝子発現が大きく変わる事で、新たな遺伝子増幅や欠損がなくても多様性が誘導されることを示している。このように発ガン過程を追求することで以前示したように(https://aasj.jp/news/watch/27361)新しい治療戦略がもたらされる可能性も高く期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

 9月20日 プロモータとエンハンサーの安定な関係を維持するゲノム構造(9月18日 Science 掲載論文)

2025年9月20日
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遺伝子発現調節セットプロモーターとエンハンサーとの関係はかなり整理されているように感じていた。スーパーエンハンサーのように様々な場所からエンハンサーがプロモータにリクルートされる場合は別として、両者はゲノムの三次元構造で決定される領域内 (TAD) でのみ相互作用ができるようになっていて、その中でなら場所が変わっても同じように相互作用するというデータも示されてきた。

今日紹介するオランダ ガン研究所からの論文はES細胞とSox2遺伝子発現というよく研究された遺伝子調節機構を利用して、TAD内でもエンハンサーの影響は複雑な調節を受けていることを示した研究で9月18日 Science に掲載された。タイトルは「Functional maps of a genomic locus reveal confinement of an enhancer by its target gene(ゲノム領域の機能マップはエンハンサーが標的遺伝子により制限されていることを明らかにした)」だ。

研究では Sox2 がコードされている遺伝子を中心にした 4Mb の TAD のSox2遺伝子近くに、Sox2のプロモーターと蛍光マーカー遺伝子をレポーターとして組み込んだトランスポゾンを新たに挿入し、このトランスポゾンを活性化して様々な場所にレポーターを移動させ、経口の強い細胞から弱い細胞まで、セルソーターで純化し、一個一個の細胞についてどこにレポーターが移動したかを20万個の細胞で調べている。

トランスポゾンはSox2遺伝子のすぐ上流、及び 50kb 上流に挿入してそこから飛ばしている。結果だがどの領域でもほぼ同じようにエンハンサーが作用できるとする予想に反し、エンハンサー活性はレポータートランスポゾンがSox2遺伝子の近く、あるいはエンハンサーの近くに移動したときだけ高く、Sox2遺伝子とエンハンサー領域の間では中程度、そしてそれより外ではほとんど活性が見られないことがわかった。即ち、同じ TAD内でもエンハンサー活性は大きく変化し、さらにこの活性はトランスポゾンとエンハンサーのコンタクトする頻度を反映していることから、正真正銘のエンハンサー活性を反映していることがわかった。

この実験系では元々の Sox2遺伝子は存在していることから、おそらくSox2遺伝子がエンハンサーの作用範囲を制限しているのではと著者らは考えた。そこで元々のSox2遺伝子を除去する実験を行い、同じようにトランスポゾンを飛ばして調べると、今度は TAD の内側であればほとんど同じような遺伝子発現が見られることがわかった。即ち、エンハンサーは同じプロモーターであってもSox2遺伝子に結合しているプロモーターを好んで選んでいることがわかる。

この原因を探るため、Sox2遺伝子のコーディング領域をトランスポゾンに加える実験を行うと、完全ではないが第一エクソンの 1kb を加えると、よりエンハンサーに好まれるようになることを示している。

結果は以上で、実験系が面白いこと、現在考えられているエンハンサーとプロモーターの関係とは異なる結果が示されたことなど、面白い研究だが、まだまだ現象論にとどまっているのは残念だ。

現在生成 AI にゲノムを学習させる試みが進んでいるが、本当にノンコーディング領域に書き込まれたこのようなコンテクストまでキャッチできるようになるのか、行く末を是非見てみたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月19日 脊髄損傷後の自律神経過反射の治療戦略の開発(9月17日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月19日
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6番胸椎より上の脊髄損傷の患者さんで、便秘による腸の拡張や排尿困難による膀胱拡張などにより急に血圧が上昇し、場合によっては脳出血、心ブロック、脳浮腫などが起こって命に関わる状態を自律神経過反射と呼ばれている。脊髄損傷により脳からの抑制が外れた状態で、交感神経が過剰に活性化され、おそらく通常では起こらない回路形成の結果起こると考えられているが、根本的な治療はない。

今日紹介する脊髄損傷研究のメッカと言っていいローザンヌ工科大学 (EPFL) とカルガリー大学からの論文は、自律神経過反射の起こるメカニズムをモデルマウスで解析し、治療戦略を示した研究で、EPFLの脊損グループのポテンシャルの高さに驚かされる。タイトルは「A neuronal architecture underlying autonomic dysreflexia(自律神経過反射の背景にある神経構造)」で、9月17日 Nature にオンライン掲載された。

このグループにいつも感動するのは、脊髄損傷患者さんのあらゆるニーズに応えるべく、様々な問題を取り上げ基礎から臨床までのシームレスな研究を行っている点だ。さらに、リハビリテーションや硬膜外刺激による歩行実現など、治療を企業として進めていく明確な方向性も一貫している。

そんな EPFL が重要問題として選んだのが自律神経過反射で、生命の危険性を伴うという教科書的理解にとどまらず、個の論文でも実際の患者さんへのアンケート調査を行い、四肢麻痺の8割の患者さんで自律神経過反射と診断され、治療が困難であることを確認している。

研究はマウス疾患モデルを作成するところから始まり、頸椎脊損のあとで大腸を機械的に拡張させることで血圧が急速に上がるモデルを完成させている。この機械刺激を加えたとき、過反射までの過程で興奮する脊髄神経を調べ、大腸から求心神経が投射する腰椎部分と、血圧上昇に関わ下部胸椎が強く反応していることをまず明らかにする。

次にどの神経細胞が最も活動しているのかを single cell レベルの転写解析で探索し、四肢の運動にも関わる Vsx2 を発現したグルタミン酸作動性神経であることを発見する。脊損マウスで腰椎及び下部胸椎のVsx2神経を刺激すると血圧が上昇するし、抑えると自律神経過反射を抑えることができる。実際脊髄損傷によって、腰椎のVsx2神経が下部胸椎の Vsx2神経へ投射ができてしまっていることを確認している。即ち、この異常投射が自律神経過反射の原因になる。

次に腸管から腰椎Vsx2神経への投射、さらに下部胸椎Vsx2神経から血圧を上昇させる交感神経刺激までの神経回路を完全に明らかにしている。即ち腸管の刺激を受ける Calca 陽性脊髄後根にある神経が、腰椎Vsx2神経へ異常投射を起こし、このVsx2神経が脊損で神経回路の抑制が効かなくなった結果、下部胸椎のVsx2神経とシナプスを形成する。この神経は元々交感神経と結合しており血圧の調節に関わるが、脊髄損傷による異常な神経投射網の形成により、身体の下部の様々な刺激を下部胸椎のVsx2神経まで伝える回路ができてしまい、異常反射に繋がることがわかった。

次は治療戦略だが、現在行われている低血圧を抑えるための上部胸椎硬膜外刺激に注目し、この刺激が本来の下部胸椎Vsx2神経を調節する神経回路を強めることで、腰椎からの下部胸椎への投射を競合的に抑えることを明らかにしている。

あとは、低血圧発作を抑制するために硬膜外刺激治験を受けている患者さんで、刺激が血圧以外の自律神経過反射を抑制することを示し、今後脊髄損傷後の早い段階から刺激を行うことで、異常回路を抑制できる可能性を示唆している。

脊髄損傷患者さんの生活を一つでも安全快適にするための研究努力に頭が下がる。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月18日 GLP-1 受容体アゴニスト論文3題(9月16日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2025年9月18日
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トランプ政権は米国の医療費を削減するため製薬業界に様々な圧力を加えている。この動きの一つの標的が GLP-1 受容体アゴニスト (GRA) の肥満への処方で、昨日 FDA はイーライリリーとノボノルディスクとともにオンライン診療大手に対して、減量薬の不都合な使用に対する警告書を送ったことが報道されていた。同じ問題は我が国にも存在し、コロナ以降解禁されたオンライン診療は GRA処方をドル箱にしている。

この問題がどこまで広がるのかを調べた調査が8月9日 Rand 研究所から発表されているが(https://www.rand.org/pubs/research_reports/RRA4153-1.html)、Rand 研究所が維持している3000人弱のアメリカ人を代表するポピュレーションに GRA治療を受けたことがあるかを聴いたところ、答えた成人の11%が GRA治療を受けた経験があり、特に50-64歳では女性で20%、男性で16.8%が使用経験ありと答えている。肥満によって生活習慣病になるより手っ取り早い治療と言えるのだが、この広がりを見ると驚く。

実際 GRA が糖尿病患者さんの心血管障害を予防する効果が大きいことを示す治験結果は GRA処方の最も重要な根拠だが、GRA前に代謝改善目的で行われた胃バイパス手術と比べると、第一世代の GRA の効果は多くの点で劣っていることを示す観察研究がクリーブランドクリニックから9月16日 Nature Medicine にオンライン発表された。タイトルは「Macrovascular and microvascular outcomes of metabolic surgery versus GLP-1 receptor agonists in patients with diabetes and obesity(胃バイパス手術あるいは GLP-1 受容体アゴニストの肥満を伴う糖尿病患者さんの大血管、症血管レベルの影響)

この研究はあくまでも観察研究で、また最近使われるようになった GLP-1/GIP 受容体アゴニストに効果がある薬剤ではなく、セマグルタイドのような第一世代の GRA と胃バイパス手術の効果を肥満と糖尿病を持つ患者さんで調べている。さすがに手術対象になるのはかなりの肥満で BMI の平均が46、一方 GRA投与群は BMI 平均が38と、最初から肥満で言えば胃バイパス手術を受けた人の方が重症と言える。ただ、A1cでは7.5対7.6と変わりはない。

胃バイパス手術群1657人、GRA 群2275人を7年以上に渡って追跡したのがこの研究だが、生存期間、大きな心血管イベント発生、腎障害発生、網膜症発生のいずれで見ても胃バイパス手術を受けた患者さんの方がリスクが低いことが示されている。

他にも様々な指標で比べているが、割愛する。無作為化しない観察研究であること、そして減量効果が大きい GLP-1/GIP 受容体アゴニストが含まれていないことから、GRA の心血管系への効果を否定する結果ではないと思う。

実際第二世代の GLP-1/GIP 受容体アゴニストの減量治療への期待は大きい。最後に紹介するケンブリッジ大学からの論文は、遺伝的肥満の中で最も多いメラノコルチン受容体 (MC4R) 機能不全による肥満をGRAで治療できることを示した研究で、8月26日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Tirzepatide leads to weight reduction in people with obesity due to MC4R deficiency(TirzepatideはMC4R不全による肥満の体重減少を誘導できる)」だ。

メラノコルチン受容体は傍室核にある食欲を抑える神経細胞に発現されており、食欲調節の大きな経路のうちレプチン・メラノコルチン経路に属している。MC4R に GLP-1 からのシグナルが入ることも知られているが、MC4R 以外の刺激回路が存在することから MC4R変異を持っていたとしても GLP-1 経路が肥満防止に作用する可能性は高い。

この研究では MC4R 変異による肥満と、それ以外の肥満を選んでリリーの Tirzepatide を投与し、60週にわたって追跡し、MC4R 変異を持っていても、他の肥満と全く同様に Tirzepatide は大きな減量効果を示したという結果だ。

即ち、GLP-1/GIP は MC4R から完全に独立した経路で作用していることがわかる。以上、GRAフィーバーはまだまだ続く。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月17日 オキシトシンと乳児のボーカルシグナル(9月11日号 Science 掲載論文)

2025年9月17日
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子供の呼びかけに応じて授乳をしたり、子供を舐めたりする母親の行動にオキシトシンが重要な役割を演じていることは、動物だけでなく人間の研究でも確認されているが、乳児側の反応とオキシトシンの関係を調べる実験は難しい。人では母親とのスキンシップにより乳児のオキシトシンが上昇する事は知られているが、オキシトシンの乳児行動への直接作用についての研究はほとんど見たことがない。

今日紹介するイスラエル ワイズマン研究所からの論文は15日齢の乳児の脳操作という課題にチャレンジして、オキシトシンの乳児の行動に対する作用を明らかにした研究で、9月11日号の Science に掲載された。タイトルは「Oxytocin signaling regulates maternally directed behavior during early life(オキシトシンシグナルは乳児の母親に向けられた行動を調節している)」だ。

この研究では15日齢のマウスを母親から離したあと、元のケージに戻して最終的に母親の乳首にたどり着くまでの行動とその間の超音波域の発生パターンを精密に記録して、乳児が発する母親へのシグナルを特定している。この時、母親側の行動を制限するため、母親は麻酔で眠らせて、乳児が独自に母乳を探すよう仕向けている。

結果だが、母親のケージに戻ると、特定のパターンの発声でシグナルを送リ始め、乳首にたどり着くとき少し違った発声パターンに代わり、その後発声は消失する事を明らかにする。

次はこの行動にオキシトシン分泌神経が関わっているか調べる必要がある。このため、まず親から引き離した時に活動する神経を調べ、オキシトシン産生神経が活動することを確認したあと、オキシトシン産生神経活動を脳に挿入したファイバースコープを介してリアルタイムで計測し、母親から離れたことにより神経が興奮することを確認している。大人のマウスでは普通に行われる実験だが、15日齢でこれを行うのは簡単ではないと思う。いずれにせよ15日齢では既にオキシトシン神経は形成され、働いていることがわかった。

次はオキシトシン神経をブロックしたときに起こる行動変化を、まず化合物を注射して特異的に神経を抑制する遺伝学的方法を用いて調べている。結果だが、まず乳首に到達する時間が早くなる。発声は抑えられないが、パターンが変わる事から、影響が見られる。

ただ、この結果、特に乳首までの時間が短くなることが説明できないと感じて、これはセンシティブな乳児に腹腔注射を行ったせいではないかと考え、光遺伝学的にオキシトシン神経を抑える実験にチャレンジしている。

15日齢を大人で行う光刺激装置を付けるのは至難の業だったのだろう。代わりに、まだ頭蓋が薄いことを利用して、頭蓋を露出したマウスに、脳まで届く赤い光を照射して光遺伝学的にオキシトシン神経を抑制する方法を開発している。具体的には、マウスを母親から離したところで赤色光照射し、そのあとで母親のケージに戻したときの行動変化を調べている。結果だが、化合物注射と異なり、乳首にたどり着くまでの行動はほとんど変わらないが、分離されたとき、そして乳首に到達したときの発声が特にメスで強く抑えられる事を明らかにしている。

以上が結果で、化合物注射による抑制と、光遺伝学的抑制の結果が大きく違うことから、乳児の実験の難しさがうかがわれる。結論としては、子供から母親へのシグナルを発するコミュニケーションにオキシトシンが関わるということになる。できれば刺激実験もほしかったが、難しいのだろう。

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