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2月27日 フン族と匈奴(2月24日 米国アカデミー紀要 オンライン掲載論文)

2025年2月27日
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中国の歴史は漢族と北方民族との戦いの歴史と言って良く、その名残が万里の長城だ。そして秦・漢時代に大きな力を振るったのが匈奴で紀元前3世紀から300年間大きな勢力を持つ。しかし、紀元後匈奴は内部分裂、その一部が西に移動したのがいわゆるフン族移動ではないかと考えられている。実際、幼児期に頭蓋骨を変形させる習慣、墓の向き、遺物の特徴などから、フン族は匈奴の子孫であるという可能性が示唆されていた。当然ゲノム研究からこれが確認されると期待されたが、2023年匈奴の高い位の墳墓から出土したゲノム解析から、匈奴自体が実に多様なゲノムが混じり合った多民族国家であることがわかり、ゲノムからフン族との関係を特定することが難しくなった。

今日紹介するドイツライプチヒのマックスプランク進化人類研究所からの論文は、ゲノムから調べる血縁関係に注目して、匈奴がフン族と関係していることを示した研究で、2月24日に米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Ancient genomes reveal trans-Eurasian connections between the European Huns and the Xiongnu Empire(古代ゲノムからヨーロッパフン族と匈奴帝国の大陸を越えた関係が明らかになった)」だ。

この研究では、匈奴時代、その後の中央アジア、そしてフン族の移動以降のカルパチア盆地から出土した人骨のゲノム解析から、identity by descent (IBD) と呼ばれる、血縁関係を調べるための長く連続した部分の類似性の比較に使えるゲノムを選び解析している。

西ユーラシア、北東アジア、南東アジアのゲノムを3極としたとき、匈奴の人たちは早くから様々なゲノムが混じる多民族国家であることがわかる。そして、フン族も極めて多様なゲノム構成を持っており、匈奴のゲノムとオーバーラップするが、例えばヤムナ民族が移動したような移動の流れを捉えることは難しい。

そこで、明確に IBD が見られる個体、すなわち親戚関係が特定できる個体を探していくと、もちろん20cM(ゲノムの長さ)以上の密接な近縁関係はそれぞれの地域でしか見られないが、8cM−12cM 程度のゲノムフラグメントの共有が、後期匈奴、2−5世紀中央アジア、そして4−6世紀のフン族で見られることを明らかにしている。すなわち、移動様式は明確ではないが、大陸をまたいで近縁関係を形成する人的交流があったことになる。

以上から、フン族と匈奴は間違いなく関係があることを示し、当時の歴史が距離を超えた大きな人間の移動により作られていったことが明らかになった。

スウェーデン人のヘディンに始まる中央アジア探検は、各国が入り乱れた発掘競争になるが、そのときを彷彿とさせるゲノム研究の競争が進んでいるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月26日 αシヌクレインの神経細胞への取り込みをブロックしてパーキンソン病の進行を止める薬剤の発見(2月21日 Science 掲載論文)

2025年2月26日
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パーキンソン病 (PD) は αシヌクレイン分子 (αSyn) が繊維状の構造をとり細胞内で蓄積され、細胞変性を誘導することで起こることがわかっている。この繊維状になった αSyn は神経細胞から神経細胞へと伝搬するため、病巣が拡大していく。

今日紹介するともに上海にある上海医科大と復旦大学からの論文は、αSyn 繊維の神経内取り込みに関わる分子を特定し、αSynとこの分子の結合を阻害する化合物を特定し、新しい PD の治療法開発の可能性を示す研究で、2月21日 Science に掲載された。タイトルは「Neuronal FAM171A2 mediates a-synuclein fibril uptake and drives Parkinson’s disease( FAM171A2 分子は αSyn 繊維の神経細胞への取り込みを媒介し PD を進展させる)」だ。

この研究グループは2020年脳脊髄液中の Progranulin の量の遺伝子多型として FAM171A2 を特定していた。また、FAM171A2 発現の検討から、この分子が血管内皮やミクログリアを介して Progranulin を調節することが様々な神経変性に関わると結論していた。

ただ、今回の論文を見るとこのときの実験や結論は正しくなく、おそらく4年間この現象を追求して、今回示されたまるっきり違う結論に至っている。

まず FAM171A2 のいくつかの多型を調べ、PD のリスクファクターになることを確認したあと、またFAM171A2 の発現がドーパミン神経に見られることを示している。さらに脳脊髄駅内の FAM171A2 と αSyn がきれいな負の関係を持つことも症例で確かめ、PDと FAM171A2 の関係を追求していく。

PD モデルとして、αSyn 繊維を脳内に注射して繊維の伝搬を調べることが行われるが、この系で FAM171A2 を過剰発現したマウスでは神経内への αSyn の取り込みが上昇し、逆にノックダウンすると取り込みが低下することを確認している。さらに、機能実験を行い、運動障害が FAM171A2 過剰発現により高まること、逆にノックダウンで PD 進行が抑えられることを明らかにしている。

このように臨床例、動物モデルと進んだあと、細胞モデルで FAM171A2 が神経細胞への αSyn の取り込みに直接関わること、そして分子構造などの解析から FAM171A2 が直接 αSyn 繊維と結合することを明らかにしている。

最後に、既存の様々な化合物をライブラリーを用いて、FAM171A2 と αSyn との結合阻害化合物をスクリーニングし、AXLキナーゼ阻害剤が、この結合を阻害すること、そして化合物を直接脳内に注射することで、αSyn 繊維の伝搬を抑制できることを示している。

以上が結果で、最初の論文と結論があまり違うので本当かと疑いたくなるが、細胞レベルの実験は間違いそうもないので、FAM171A2 を PD の新しい標的として治療薬を開発する可能性が生まれた点で重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月25日 死因についての前向き研究(2月19日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年2月25日
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UKバイオバンクのような大規模コホートは時間がたつほどその価値が高まってくる。特に死亡統計を全く新しいものに変化させる可能性を秘めている。現在の死亡統計は、死亡の直接原因を書いた診断書に基づくことが多い。報道でよく聞くが老衰による死亡などは、個人の死因としては意味を持つかもしれないが、死亡統計から長生きのための手段を探し出す目的には全く無力だ。これに対し、大規模バイオバンクは時間がたつにつれ登録者の死亡数が増えていくので、それまで検討が難しかった死亡に至る要因を分析できるようになる。

今日紹介するオックスフォード大学を中心とする研究グループからの論文は、UKバイオバンクへの登録者の中で75歳以前に亡くなった ( PD ; preature death ) ケースを集めて、ゲノム、環境、年齢、性別などと PD との相関を調べた研究で、2月19日 Nature Medicine にオンライン掲載されている。タイトルは「Integrating the environmental and genetic architectures of aging and mortality(老化と死亡の環境と遺伝要因を統合する)」だ。

この研究の責任著者は、昨年8月に死亡リスクを直接反映する血液検査(https://aasj.jp/news/watch/25007)を開発したグループで、UKバイオバンクの特長を生かした疫学研究を続けている。今回の研究では、このとき開発した血液検査による老化の指標も用いて、75歳以前に死亡するリスクを決める様々な要因を調べている。

老化やそれに関わる病気の遺伝子リスクに関してはすでに多くのデータが蓄積しており、UKバイオバンクに関してはこれらを即座に参照して遺伝の影響を調べることができる。従って、遺伝要因は後回しにして、UKバイオバンクに記載されている様々な環境要因のうち、PD に関わる要因を選び出すことがこの研究の重要な課題になる。

50万人に近い登録者の平均年齢は55歳で、これまですでに7.3%が亡くなっている。そのうちの74%が PD で、すでに2万を超しており統計的にも十分な数に達している。

UKバイオバンクでは、暖炉を使っているかといった点まで、なんと164項目の環境や習慣を調べた項目があり、この中から間違いなく PD と相関している要因を絞っていく作業を行っている。その結果、喫煙や借家・自宅などの経済項目を含む95項目に絞られている。

これらの項目は二次的な相関を持つ要因が混じり込んでいるので(例えば暖炉や自宅などは収入の結果になる)、これらを除き、また先に開発した血液検査による死亡リスクとの相関も含めてリスク要素を絞り込んで、最終的に25項目の要素が PD とそれに繋がる様々な老化と関わる疾患と関連することを明らかにする。

予想通り、死亡リスクにポジティブに関わる要素は、喫煙、貧困がトップに来る。一方、人種、運動、収入、パートナーとの同居などはリスクを軽減する。面白いところでは、10歳時点で背が低かった方がリスクが低い。

これらの結果は、すでに多くの論文で発表されていることだが、全てまとめて、しかも血液検査による老化指標も含めて総合的に調べた点がこの研究の特長になる。

その上で、老化に伴って発症率が高まる様々な病気についても、遺伝と環境のリスクを計算することが可能になる。例えばリンパ腫、肝臓ガン、リュウマチなどは殆ど遺伝要因の寄与はない。また、リンパ腫に至っては年齢だけがリスクファクターになる。一方、乳ガンでは遺伝要因が高く、年齢のファクターは殆どない。また、肝炎などは殆ど環境要因が大きいといった具合だ。

25項目について自分で当てはめてみると、50歳近くまで喫煙者であったことを除くと、長生きの要因がありがたいことに揃っていた。しかし、この要因を見るにつけ、貧富の格差を以下抑えて、国民の健康を維持するかが政治の役割であることがよくわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月24日 免疫システムによるイベントレコーディング(2月21日 Science 掲載論文)

2025年2月24日
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免疫反応は一種のイベントレコーダーと言える。例えばウイルスや病原菌が入ってきたとき、特異的な反応を起こすし、自己の抗原でもトレランスが破れると当然反応し、その反応は B細胞 T細胞が発現している抗原受容体に記録される。さらにクラススイッチは抗原に対する長期の反応を意味するし、T細胞に至っては様々な T細胞サブセットが複雑にからむ。考えてみると、免疫学は免疫システムによるイベントレコーディングを研究してきたとも言える。

これまでの免疫学は抗原に反応している抗体や T細胞受容体 (TcR) に焦点を当てて、他の反応は無視してきたが、AI の登場で全反応を学習させることで、免疫システムの状態、ひいてはホストの状態まで予測できないかという研究が進んでいた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文も基本的には従来の研究とあまり変わるところはないが、将来の検査をにらんでか、様々なインプットと AI モデルを同時に確かめている点が新しい。タイトルは「Disease diagnostics using machine learning of B cell and T cell receptor sequences(B細胞とT細胞の受容体遺伝子配列を機械学習させて病気の診断を行う)」だ。

免疫レコーディングは、クローン増幅と選択という進化の過程として記述される。これが何万というクローンの中で起こるのだが、個人的興味として AI がクローンの量的変化をどのように取り込むかだった。実際には、よく似た配列の遺伝子をクローンとして認識できるようにしている。

基本的には個人のレパートリーを病気の名前のラベルをつけて学習させているが、1) B細胞、T細胞の V遺伝子の配列の集合を学習させる、2) VDJ 組み替えと突然変異が起こる CD3 のクラスターを学習させる方法、そして 3) 遺伝子の配列をインプットすると構造が計算され、その類似性で分類できるLLMを用いる方法(先日紹介した ESM-3 の前に構造予測のために開発された ESM-2 が使われている)を独立に用いて、レパートリーから病気を予測する確率を調べ、病気に関係ある変化を分析しようとしている。

繰り返すが免疫反応は個人レベルで起こるクローン選択反応だが、感染症などの病気でラベルして個人を超えて学習しても、かなりの確率で病気と抗原反応性レパートリーをむずびつけるモデルができている。また、必ずしも ESM-2 を用いた構造比較が優れているわけではなく、特に TcR に関しては V遺伝子の配列レベルを学習したモデルの方が予測率が高い。

さらに、病気の種類でそれぞれのモデルの予測性に差がある。一般的には自由度の高い B細胞 V遺伝子配列だが、自己免疫疾患などでは TcR の V遺伝子レパートリーが情報量が多い。

いずれにせよ、3種類を会わせると診断率は高くなり、末梢血のリンパ球の抗原反応性レパートリーを調べることで病気の診断が可能になると結論している。

結果は思ったほどドラマチックではなく、この入り口からさらに大きな世界が開けることを示す研究に思える。人間の場合、生殖細胞系列の遺伝子の数が多く、その上に組み替えや変異による多用性が重なる。実際、特定の病気で特に強く影響する V遺伝子も、このぐらいのニューラルネットのサイズだと調べることが可能で、様々な感染症や自己免疫病で影響力の多い遺伝子が特定できている。従って、このような情報を積み重ねれば、診断目的の AI モデルは完成に近づいていくだろう。

ドイツ留学時代、抗原に対するレパートリーの形成のされ方について研究した経験から言うと、動物実験でもいいので、免疫システム全体を学習させられるモデル作成を目指してほしいと思う。抗体が抗体を誘導するディオタイプネットワークなど、かっての免疫学はいつか免疫システム全体を把握できる日が来るのではと期待した。さらに、動物によっては変異だけでレパートリーを形成する種もある。ぜひ LLM でかっての夢が実現することを願う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日 B型肝炎ウイルスを学び直せた(2月20日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月23日
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医師として働いていた20代、A型とB型肝炎にかかった。A型肝炎は新人歓迎会シーズンに罹患したので、そのときの飲食の結果だが、B型は自殺未遂の患者さんを治療したときに感染した。今から考えると、当時は手術時以外手袋をすることがなく、医師にとっては極めて危険な時代だった。幸い急性で終わって現在までアルコール摂取にもかかわらず肝臓は元気でいてくれているが、今から考えると冷や汗が出る。いずれにしても、21世紀に入って様々な薬剤が開発され、個人的には興味の対象から外れ、殆ど論文を読んだことはなかった。

ところが今日ロックフェラー大学、コーネル大学、そしてスローンケッタリング ガン研究所からの論文を読んで B型肝炎ウイルス (NVB) にも様々な面白い特徴があることを知り、改めて肝炎のことを学び直せた。タイトルは「A nucleosome switch primes hepatitis B virus infection(ヌクレオソームのスイッチが B型肝炎ウイルス感染の準備を整える)」だ。

HAV や HCV と異なり HBV は二重鎖DNA をゲノムとして持っており、さらに細胞膜から借りてきたエンベロープの下にウイルスのコア粒子を持っている。まず HB抗原を使って細胞内に侵入すると、コア粒子が核膜を突き破りウイルスゲノムを核内で放出すると、環状プラスミドに変わりさらにヒストンによって修飾されることがわかっている。この最初の段階で重要なのは、ウイルスによりコードされた Xタンパク質で、ホストのウイルスへの抵抗性を抑えるだけでなく、多様の機能があり、ウイルスによるガン化にも大きく関わるとされている。

この研究が問題にしたのは、ウイルス感染初期に最も重要な Xタンパク質の転写過程がわからず、感染細胞が血中から取り込んでいるとする極端な意見があるほど混乱している点だ。ウイルスゲノム上に Xタンパク質は存在しているが、明確な TATAプロモーターは存在しないため、一度ホストゲノムに組み込まれて Xタンパク質が血中に供給されるという考えのベースになっている。

この研究では環状を担ったウイルスゲノムを細胞に導入する方法を確立し、特に Xタンパク質に絞って転写のプロセスを、時間経過を追って観察している。そして、HBVゲノムの場合ヒストンが結合しクロマチン構造が形成されたあとに転写が始まり、特に Xタンパク質は導入後4−8時間でクロマチンが形成された直後にまず転写されることを発見した。他の遺伝子の転写は通常ホストにより抑えられるため、Xタンパク質ができて、抑制機構を外さないと始まらない。

さらに、これまで知られているヌクレオソームを不安定化させる化合物を用いると、Xタンパク質の転写が抑制されることを明らかにし、ヌクレオソーム形成自体が Xタンパク質の転写をオンにしていることを発見する。

最後に、通常のウイルス感染でもクロマチン構造を不安定化させる化合物で処理しておくと、ウイルス感染を抑制できることも示している。

結果は以上で、残念ながらなぜヌクレオソームが形成されることが転写開始をオンにするのか詳しいメカニズムはわかっていない。ただ、TATA といった典型的なプロモーター構造を持たない Xタンパク質のプロモーター領域にヌクレオソームが形成されること、それと同時にメディエーターと RNAポリメラーゼが結合してくることは確認している。しかし、HBV感染過程もまさにプロ研究者の段階に入ってきた。

この論文を読んで、HBV の感染過程、特に初期段階をよく理解することができたが、Xタンパク質が必要な時期は多いので、創薬標的の一つになる可能性もある。しかし、感染症は多様で学びがいがある。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月22日 DNAと自然言語がトランスフォーマーモデルで融合し始める(2月21日 Science 掲載論文)

2025年2月22日
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生物分野での AI 研究を代表するのが2021年にスタンフォード大学とカリフォルニア大学が設立した Arc 研究所で、10万以上のトークンをアテンションできる新しい LLM モデルを用いて原核生物のコードしているクリスパーやトランスポゾンの全く新しいデザインを可能にする Evo と呼ばれるモデルを発表したことについては昨年11月このブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/25610)。  Evo モデルは真核生物のゲノムも学習した Evo-2 へと発展し、NVIDIA よりウェッブ公開され、生物が38億年の進化の歴史で積み重ねてきた DNA に書かれたコンテクストを擁するモデルができあがったことを今週号の Nature が報告していた( https://www.nature.com/articles/d41586-025-00531-3 )。

もう一つの新しい AI 研究所が2023年に設立された EvolutionaryScale で、多くの AI 企業からの出資で運営されており、アミノ酸配列、3次元構造、そして機能についての自然言語情報の3種類を統合した EMS3 を発表している。この研究所の所長はメタに在籍して ESMfold などを設計した Rives さんだ (https://www.evolutionaryscale.ai/?utm_source=chatgpt.com)。

今日紹介するのは2つの代表的 AI 研究所、EvolutionaryScale と Arc 研究所が、カリフォルニア大学バークレー校とともに発表した論文で、ESM3 の構築と、これにより何が可能かを示しており、米国の AI 研究の方向性を知るのに格好の研究で、2月21日号 Science に掲載された。タイトルは「Simulating 500 million years of evolution with a language model(5億年の進化を言語モデルでシミュレーションする)」だ。

もちろんこの論文を読んだからと行って私には完全に研究の詳細について理解できるわけではないが、EMS3 の構築をある程度は理解できた。

このモデルでは、遺伝子配列、タンパク質の3次元構造、そして自然言語で表現された機能を別々のトークンとして用意し、モデルにインプットするときに融合して学習させている。実際、我々は自然言語のプロンプトで画像を生成できるし、また GoogleMisense は配列を3次元構造に再構築できるかどうかを基礎に、自然言語に翻訳し直しているので、EMS3 の構築の原理はある程度理解できる。

このような方法が一般的な LLM の法則に従うかどうかを、パラメータを変えたモデルを構築して、パラメータの数が大きくなるほど正しい予測が可能であることを示している。こうしてできあがった多次元空間には各タンパク質の構造が配列、さらには機能ラベルがついて配置されている。

まず、このモデルを使って例えば酵素機能についての自然言語と、ヘリックスループ構造をインプットすると、この機能を保つ新しい分子構造と、その配列がいくつか提示される。これを使うと、同じ機能を保つもっと短いタンパク質を設計させることができる。

この有用性をさらに調べるために、GFP 蛍光タンパク質を新しく設計できるか、必要なアクティブサイトの構築と自然言語のプロンプトから設計させている。実際には数多くのタンパク質が設計できるが、この中から構造をベースにフィルターした一つのタンパク質をベースにさらに設計を繰り返させると、最終的に実際の GFP と匹敵する蛍光を発する全く新しいタンパク質を設計することができる。

重要なのは、こうしてできてきたタンパク質を、実際の進化でできたタンパク質と比較できることで、驚くなかれ、いくつかの蛍光タンパク質とほぼ同じ程度のホモロジーを有していることがわかった。ここからもし新しい GFP が現在のタンパク質から進化すると仮定して計算すると、タイトルにある5億年の進化を、ESM3 がシュミレーションし、最終的に新しいタンパク質をデザインしたことを示している。

すなわち、ESM3 にはこれまでの生物進化により生成された様々なコンテクストを表象している多次元空間になる。そして、全く新しいタンパク質が設計できるということは、これまで自然言語だけで議論されてきた「AI に創造性があるのか」という問題が、DNA を融合した言語モデルを用いることで設計される、今まで見たこともない新しいタンパク質の創造として、答えが示されているように思う。

トランプを眺めるとアメリカも退化したかと勘違いするが、Google、Meta、 NVIDIAといったテックは今や生物学や脳科学に研究の重点を移して勝負を始めている。すなわち、生成 AI の勝負は医学生物学、そして統合的人間学の勝負であることがわかる。このような発想が我が国にはなかなか芽生えないのは残念だ。

いずれにせよ、DNA と自然言語の融合がまさに医学生物学分野で進むことは、17世紀以来の心と身体の問題についての新しいしかも統合的見方ができるようになっていることを示している。なんとエキサイティングな時代か、この歳まで生きられて本当に良かったと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日 腫瘍は協力し合って栄養分を調達する(2月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月21日
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本日午後7時から「ガンと代謝」についてのジャーナルクラブを予定している。ガンで起こる代謝のリプログラミングについて、有名なワーブルグ効果の話から始めてできるだけ多く伝えたいと思うが、学べば学ぶほど複雑できりがない。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文もまさにそんな例で、これまで見落とされていたガンが協力し合って栄養分を調達しているという面白い研究で、2月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cooperative nutrient scavenging is an evolutionary advantage in cancer(協力的栄養分の取り込みがガンの進化的優位性になる)」だ。

現役の頃、細胞培養はまだまだ科学的に説明がつかない経験的要素が多かった。例えば単一細胞の培養は難しく、常にフィーダーを加えるなど様々な工夫が必要だった。なかでも、細胞株は一定の濃度で培養しないと、ガン細胞でも増殖しないのが当たり前だった。

この研究では、なぜ細胞濃度が一定のレベルを超えると、ガン細胞が増殖しやすいのか?すなわち、細胞同士の協力が重要な要素ではないかについて追求している。そして、この協力関係はグルタミンを十分培地に加えると必要がないことをまず発見している。すなわち細胞濃度が低いとき、細胞同士は協調してなんとかグルタミンを調達していることになる。

協調しないと調達できないグルタミンのソースを探すと、細胞によって分解されるタンパク質のフラグメント、なかでもグルタミンに他のアミノ酸が結合したジペプチドではないかと着想し、グルタミンの代わりにジペプチドを培養に加えると、グルタミンが結合したジペプチドなら殆どが一定程度の効果があることを確認する。その中で最も効果が高かったアラニン・グルタミンというジペプチドをその後の研究で用いている。

ラベルしたジペプチドを用いた実験などから、ジペプチドが直接細胞内に取り込まれて処理される可能性は否定され、細胞からまずジペプチダーゼが分泌され、分解されてできたグルタミンをガン細胞が利用していることがわかった。

阻害剤を用いて分解に関わるジペプチダーゼを探索すると、最終的に様々な細胞で広く発現がみられるCNDP2 が関わっていることを突き止める。CNDP2 は細胞から分泌される構造を持っておらず、正常細胞では細胞内で機能するが、なぜかガン細胞ではこれが分泌され、そのおかげで細胞外に存在するジペプチドを協力し合って分解し、グルタミンを調達していることがわかった。

もちろん細胞密度が低い場合も CNDP2 は分泌されるが、酵素濃度は低く、また分解されたグルタミン濃度も効率よく取り込める濃度に達しないため、グルタミン飢餓で細胞が死ぬことになる。

次に CDNP2ノックアウトガン細胞の移植実験で、CDNP2 がガンの増殖に必須であることを確認した上で、遺伝子導入発ガン実験で CDNP2阻害活性を持つベスタチン投与実験を行い、ガンの発生を抑えられることを示している。

マウスを用いた実験では、ジペプチドを食事とともに与えるようにしてガンがジペプチドに依存するような条件を用いているので、通常食でもガン抑制効果が見られるかなど、さらに検討する余地があるが、正常細胞では分泌されない CDNP2 を標的にすることは十分な可能性があると納得がいく。ガンの代謝研究が進んでもなかなか薬剤開発までは進まないのが現状だが、CDNP2阻害剤は魅力的に感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月20日 高地順応を薬剤で実現する(2月17日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月20日
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私たちの細胞では9割近い ATP はミトコンドリアで作られており、そのために組織に酸素を届け続ける必要がある。従って、ミトコンドリアの機能が阻害されるミトコンドリア病では ATP受容を満たすことができず、需要の高い心筋や神経から異常が現れてくる。以前患者さんからのリクエストでミトコンドリア病のウェッブ勉強会を開催したが、そのとき最もつらかったのが、理屈はわかってきても、有効な治療法がなかったことだ。

ところが2016年、マウスモデルではあるが、致死的なミトコンドリア病マウスを酸素濃度が半分の低酸素環境に慣らすことで、症状を改善し寿命を延ばせることを示す論文が発表された(Jain et al, Science, 352, 6281,2016)。これは、低酸素状態にならすことで HIF1α が活性化し、グルコース取り込みが上昇、解糖系が ATP を多く作れるようになり、ミトコンドリアの負担を軽減したことによると考えられる。

今日紹介する論文は、サンフランシスコ、Gladstone研究所からの論文で、2016年 Science 論文の筆頭著者が独立して発表した論文で、同じミトコンドリア病モデルマウスを、低酸素順応ではなく、薬剤で治療できることを示した研究で、2月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「HypoxyStat, a small-molecule form of hypoxia therapy that increases oxygen-hemoglobin affinity(HypoxyStat : ヘモグロビンの酸素結合アフィニティーを変化させて低酸素治療を実現する低分子化合物)」だ。

低酸素環境を実現するには高地で生活するのが一番だが、ミトコンドリア病患者さん全て高地に移動するというのは現実性がない。代わりに薬剤で HIF1α などの酸素センサーに介入する方法もあるが、想定通りには働かないことがわかっている。そこで著者らが着想したのが、ヘモグロビンの酸素結合アフィニティーを変化させて、組織で酸素が遊離される閾値を上げて低酸素状態を実現するというアイデアだ。

そこで選んだのが、酸素結合能力が低い鎌状赤血球の患者さんのヘモグロビンの酸素結合を高める薬剤を利用することでヘモグロビンから酸素が離れにくくし、組織への酸素遊離を抑えて低酸素状態を作る方法だ。

現在鎌状赤血球患者さんに利用されている2種類の化合物、GBT-440 と HypoxyStat を極めて重症のLeigh症候群モデルマウスへの投与実験で比べ、ヘモグロビンとの結合様態の違いから、HypoxyStat だけがモデルマウスの寿命を延ばせることを発見する。

酸素濃度を半分に落とした環境と HypoxyStat 投与を比べると、エリスロポイエチン上昇、ヘマトクリット上昇、グルコース取り込み上昇など、高地順応とほぼ同じ効果が得られ、しかも副作用は殆ど認められないことを確認する。

じっさい、寿命の延長は著しく、通常50日で半数が死亡するモデルマウスで、寿命を150日に延長することができる。また、マウスの行動性も上昇し、神経細胞変性も抑えることができる。さらに、病気が進行したあとでも HypoxyStat 投与で症状を改善することができる。

以上が結果で、すでに鎌状赤血球の患者さんに投与されてきた薬剤なので、臨床応用のハードルは低いように思う。ミトコンドリアの機能不全は、糖尿病や老化でも進むことから、将来はこれらを対象にした薬剤になるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月19日 マクロファージが糖尿病性神経炎を防いでくれる(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月19日
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高脂肪食を続けてメタボになった糖尿病の前段階では、インシュリンへの感受性が低下し、自然塩症状が活性化されていると考えられる。このような状態では、マクロファージは活性化され、動脈硬化層形成にも重要な役割を演じていることが知られている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、メタボの段階でマクロファージが常に悪者というわけではなく、神経炎に対しては神経を守る作用を持つことを明らかにした研究で、2月12日に Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Macrophages protect against sensory axon loss in peripheral neuropathy(末梢神経炎でマクロファージは感覚神経アクソンの喪失を防ぐ)」。

この研究は、肥満によるインシュリン抵抗性を伴うメタボマウスを誘導することで糖尿病で見られるような末梢神経異常、すなわちアロディニアと呼ばれる、小さな刺激を痛みとして認識する感覚と、逆に熱に対する感受性の低下を誘導できるか調べている。マウスに高脂肪食を与えて HbA1 が高値を示す前糖尿病状態を誘導し末梢感覚神経機能を調べると、高脂肪食摂取8週目ぐらいからアロディニアが発生し、また熱に対する感覚の低下を誘導できることを示している。要するにメタボになると、糖尿病まで進まなくても末梢神経異常が発生する。

このとき、熱に対する感覚鈍磨は続くが、アロディニアは高脂肪食を続けていても24週目では殆ど回復する。これは、感覚神経自体が機能しなくなったためと考えられる。実際、アロディニアが発生する時期から皮膚に分布する感覚神経繊維の端末の数が急速に低下することがわかる。すなわち神経変性が始まったことを示しており、糖尿病性神経症に近いモデルができたことになる。

この神経変性の原因は炎症であることがわかっているので、感覚神経周囲の血液細胞を single cell RNA sequencing で調べると、殆どの細胞で変化が見られない一方、マクロファージの数が12週ぐらいで急速に増加していることがわかった。ただ、マクロファージの遺伝子発現を調べると、神経に外傷を加えたときの修復に関わるマクロファージのタイプで、細胞障害性のマクロファージではないことがわかった。すなわち、神経変性は主に自然炎症により誘導され、それが新鋭端末障害に進むと修復のためにマクロファージが浸潤することがわかった。

これを確認するため、マクロファージの浸潤に必要なケモカイン受容体をノックアウトしたマウスでは、高脂肪食でメタボ状態は同じように誘導できても感覚低下が抑えられることがわかった。すなわち、浸潤してきたマクロファージには神経保護作用がある。このマクロファージは損傷修復にも関わるガレクチン3を分泌しているので、ガレクチンノックアウト実験も行い、感覚神経変性を抑えられることを示している。

以上が結果で、例えば動脈硬化のようにマクロファージは悪者として研究を始めたのではないかと思いが、期待に反して神経変性を防いでいることがわかったという、意外性がこの研究の売りになるだろう。考えてみるとアルツハイマー病でミクログリア細胞の活性化は神経変性を誘導すると考えられているが、一方でアミロイドβ を除去するのにも役立っている。全てに2面性が存在するのが生命と言える。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月18日 ウミガメは間違いなく地磁気を使って場所と泳ぐ方向性を検知できる(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月18日
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我々の脳の中に形成される場所細胞に関しては、マウスやラットの実験のような小さな領域だけでなく、コウモリを用いたもっと広い範囲の場所記憶にも適用できることがわかっている。しかし、ウミガメや渡り鳥のような頭の中に形成されていると思われる地球規模のマップに関しては、地磁気を感知することで行われることが磁気検出機構の研究から徐々に明らかにされてきた。しかし本当にそれが地球規模のマップ形成に関わるのか調べられたことはなかった。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は、研究室の水槽に例えばフロリダ沖、あるいはハイチといった場所の異なる地磁気を再現し、そこで条件付けたウミガメがその地磁気パターンを覚えているかを調べる実験を行い、ウミガメの地磁気検出について確認した研究で、2月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Learned magnetic map cues and two mechanisms of magnetoreception in turtles(ウミガメが学習した地磁気マップが行動を指示するときの磁気を検知する2種類のメカニズム)」だ。

ウミガメが地球規模の移動を敢行するとき、地域の磁気の違いを感じていることについては異論はないが、そのメカニズムには諸説存在している。まず各地域での地磁気の違いを感じるには、脳の執念に存在する磁気を帯びた鉄分がセンサーとして機能すると考えられている。また、水中を移動するとき体液との磁気の違いにより誘導電流が生じ、これを移動するためのコンパスとして用いていると考えられている。他にも、網膜にある特殊な色素に光が当たったときにできる不安定な電子状態が方向性を決めるコンパスの働きをしているという考えもある。

この研究では地球上の異なる地域の地磁気を再現し、例えばフロリダで餌付けをした記憶が維持されているかを地磁気を変化させて調べる実験を行い、間違いなくウミガメが地磁気の違いを感じて、それを脳内の地図として形成できることを示している。このマップはかなり正確で、それほど離れていない領域の地磁気でも検出できる。

最初は餌付けした領域と餌がないという経験をした領域間で比べ、地磁気によるマップ形成が存在することを示したが、移動途中のような経験とは異なる地磁気の場所も餌付け場所とは正確に区別していることを示している。

そして、餌付けの記憶領域を目指すときの方向性も、おそらく誘導電位を用いた検出システムで検知していることを、卵からかえったウミガメの泳いでいく方向性から調べている。

この研究では、脳を調べる実験は全く行っていないが、様々な条件で電磁波に晒す実験を行い、地磁気マップは予想通り電磁波には全く影響されないが、誘導電位を感知するコンパス機能は、電磁波照射により影響されることを示している。また、光を吸収する色素による電子の乱れを検知する種ステムについては、ウミガメでは利用していないことも確かめている。

以上が結果で、地球規模の磁気変化を直接感じ、また方向性を決めるコンパスとしても利用していることに改めて感心するが、この結果脳内にどのような場所細胞が形成されているのかさらに興味がそそる。人間の興味は尽きないが、野生動物の研究がどこまで許されるのか難しい判断が迫られる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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